久住は顔色が悪い。
体は細く、家に帰るなりベッドにたおれこんだ。
ポケットでスマホがなっている。
「しんど……」
もうほとんど意識がとびかけながら、力ない手でスマホを取り出した。
着信は弟からだった。
ほとんど寝た状態で応答する。
「なんだよ」
「なんだよじゃねぇよ! なんででねぇんだよ! 親父とお袋が……」
これは夢だ。
そうだ夢だ。
頭がガンガン鳴っている。
それによって久住義孝の人生は一転することになったのだった。
久住は弟に呼び出されるままあわただしく葬儀をすることとなった。
葬儀といってもほとんど葬儀やにいわれるまま二人で決めるばかりだ。
久住の父と母は飛行機事故でなくなった。
二人はとても仲が良かった。
老後は二人で異国で暮らそうなどといっていたものだ。
二人とほとんど連絡もとらず、盆も正月も働いた久住には、二人の顔をうまく思い出すこともできなかった。
遺産も保険金も弟と均等に分けることになった。
そして……。
日常に戻って仕事をしていた。
給料を下ろそうと残高をみた。
あまりの多さに驚き、通帳に記帳した。
久住はその額に驚愕した。
一度みて、そして閉じる。
震える手で弟に電話をかける。
「どうした兄ちゃん」
「どうしたじゃねえよ、おまえ……おまえ」
「いやあ、驚いたよね。俺が一生働いても稼げないような金額だよ」
弟はけろっとしていた。
次の日、久住は会社に休む連絡を入れた。
ずっと、頭の奥がズキズキと痛んでいた。
数日後、退職願いを出したのだった。
久住はニートになった。
シャツと短パンで今まで無駄にした寝る時間を取り返すように眠った。
細い体は食事を多くは受け付けない。
近くのコンビニに弁当を買いにいく。
金はあまりの多さに、いくつかの銀行に分けて預金した。
時間はたっぷりあった。
なんども、起きては眠る。
寝て起きては弁当を食べた。
独り暮らしのしがないアパートだ。
結婚なんて考える余裕もなく、三十九年生きてきて、まだ女を知らない。
生きることで精一杯だった。
鏡に写る久住は死人のような顔をしていた。
深いクマは何度寝てもとれない。
金があっても遊ぶ友達も手段もない。
あまりにも、縁がなさすぎた。
「はあ」
久住はため息をついた。
どうしたものかと考えながら、家のなかを歩く。
歩くといっても数歩歩けば、端からはしにいってしまうような狭さだ。
部屋は汚く、薄汚れている。
たばこも吸わないのに、どこもかしこも黄ばんでいるように見えた。
「引っ越すか……」
久住はすぐ近く二人暮らし用のマンションに引っ越しを決めた。
今の家より広く明るければいいくらいの条件だったので、すぐに決まった。
場所を伝えたのは、弟くらいだった。
久住の両親はほとんど駆け落ち同然で、親戚付き合いはしていなかった。
引っ越すと、ものがなくて驚いた。
今までワンルームだったうえに、ほとんど働き詰めだったから、家具自体が少なかった。
実家は、おそらく両親が海外に移り住もうとおもっていたからか借家だったし、物もだいぶ整理されていた。
そうおもうと、まるで本当に海外で生きているのではないかとおもえそうだった。
引っ越して数日で、久住は広い部屋をもて余して困ってしまった。
久住は気づいた。
自分は、家事ができなかったのだ……!
弟に連絡を入れた。
「どうした兄ちゃん」
「俺な、仕事やめたんだ……」
「俺もー」
「しかも、最近気づいたんだが、家事ができないんだ」
「俺もー」
「おまえ、どうやって生きてるんだ」
「最高な家政婦さん雇ったんだ」
「俺にも……俺にも紹介してくれ」
「高いよ?」
「いい、金の問題より生命の危機なんだ……!」
「すっごいよ?」
「頼む……! おまえしか、頼れないんだ!」
「わかった! じゃあ、一番人気の桃果さんに頼んでみる」
「ありがとう! ありがとう!」
「どういたしまして。じゃあ、新居で登録しとくよ。契約については自分で確認して、じゃ」
スマホをもって、久住はいつの間にか正座していた。
人に頭を下げるのが体に染み付いている久住なのであった。