「なぜ自分に白羽の矢が立ったのでしょうか?」
上級生らの視線を集める中、物怖じすることなく達也は問いかけた。
「それは……」
愛想笑いを浮かべながら中々言いだせない真由美。それを見かねた克人が代わりに口を開いた。
「学校の成績はともかく、入学直後の模擬戦で服部に勝ったと聞いた。実戦ならば一年の中でトップクラスだろう」
一番と言わなかったのは、達也より上だと思っている人間がいるからだろう。克人という人間は嘘がつけないようだ。
そんな克人の言葉に服部は苦虫をかみつぶした表情に顔をしかめた。居心地が悪そうにしているが、自分の立場をわきまえて差し出口は挟まない。
「モノリスコードは実戦ではなく、肉体的な攻撃を禁止した魔法競技ですが。それに、自分は選手ではなくただのエンジニアです。代役を立てるなら、一競技にしか出場していない選手を起用するべきではないでしょうか?」
達也の正論に克人は腕を組む。しかし上級生の説得がこれしきのことで終わるはずがない。
「他の選手じゃ駄目なのよ」
「それはどういう意味でしょうか?」
真由美の返事に達也は首を傾げる。
「だって……遥くんとチームを組むのよ?」
「それが何か問題でも?」
言葉の意味を理解できなかったのか、達也は疑問符を浮かべる。
「こう言ってしまったら遥くんに失礼かもしれないけど、遥くんって……男子とあまり仲が良くないじゃない?」
「あー」
思い当たる節があるようだ。
「正直に言うけど、選手の中で遥くんとチームを組んでくれる子っていないのよね。森崎君は遥くんがどんな性格でプライベートがどんなに荒れていたとしても、優秀な魔法師の一人として勝つためのメンバー選出だと受け入れてくれたけど、三人目を見つけるのだって大変だったんだから」
モノリス・コードのメンバー結成秘話を聞かされ、真由美の声色からその心労が伺えた。
遥は「女好き」「浮気野郎」「女に媚び売る最低野郎」と大量の男子生徒からヘイトを集めていた。そのため遥とチームを組むのを拒む選手が続出。一時は遥をモノリス・コードのメンバーから外すことを考えたが、森崎の説得によって三人目が決定したという過去がある。
まだ精神的に未熟な高校生らしい問題ともいえる。
「達也君にお願いしたい理由は、一年男子の中でもトップクラスの実力に加えて、遥くんと一番仲の良い男子だと思ってるからなの」
「俺が遥と……?」
「あれ、達也君も遥くんのことは嫌いだった?」
「いえ、嫌いという感情は無いですが……」
一番仲が良いかと聞かれれば疑問が残る。しかし、遥の浮ついた話を聞いても嫌いになれないほどに親しいのも事実だった。
「私と十文字君がお願いすれば他の一年生も出てくれるでしょうね。けれど、嫉妬や劣等感からその人の中身を知ろうともせず、噂に惑わされてチームの和を乱す足手まといなど必要ないでしょう?」
真由美の言葉が部屋に響き渡った瞬間、この場の空気が凍り付いた。
克人でさえ一瞬だけ真由美の方へ視線を向けたが、真由美の放つ冷たい威圧感に言葉を見失っていた。
「ここだけの話よ?」
ニコリと微笑んだ。冷房の効いた部屋だが、真由美へ視線を向けた者の背中には脂汗が流れる。
真由美の裏の顔を見た気がする。否、これが本当の顔というべきだろうか。
真由美としても愛する者の悪評にイラついていたのかもしれない。組織の代表者としては褒められた言動ではないが、正式な場では無いからこその発言だろう。
ある意味気を許した面子しかいないことを指していた。
この真由美の発言に、達也が返す言葉は決まっていた。
ミーティングルームでは真由美と克人が向かい合いながら椅子に座っていた。遮音障壁が形成された部屋には先ほどまでいた他の生徒はいない。
だからといって逢瀬を楽しんでいるわけではなく、二人の間には男女の良い雰囲気など存在せず、十師族の一員としての重苦しい空気が流れている。
「七草にはメールが届いたか?」
克人も無闇に距離を縮めたりせず、一定の距離を保ちながら真由美に話しかける。
「……父から暗号メールが来てたわ。師族会議からの通達ってタイトルだけは解読したけど、中身はまだよ」
師族会議用の暗号解読には手間がかかるため、短くない時間一人になる必要がある。ついさっきまで遥と一緒にいた真由美には中身まで読む時間が無かったのだ。
真由美とて十師族の人間として教育を受けている。公私混同することなく遥にも師族会議のメールを見せるような愚かな真似はしない。
「その様子だと十文字君は読んだのね?」
「ああ」
「内容は?」
形式的な問いかけ。
「昨日、一条が宮守に負けた件だ」
「それで?」
「十師族はこの国の頂点に立つ存在。たとえ遊びであろうと十師族の力に疑いを残すような結果を放置しておくことは許されない、そうだ」
「あの試合を見てお遊びで片付けるあたりあの人たちは――」
真由美はそれ以上は発しなかった。
「つまり何を求めているの?」
「十師族の強さを誇示するような試合を……だ」
淡々とした台詞だが、克人の言葉には力があった。
二人は現十師族の直系だが、克人と真由美とでは立場が違う。克人は真由美と同じ十師族の直系だが、真由美と違って十文字家の次期当主と定められている。
今回この九校戦に参加している高校生の中で言えば将輝と同じ立場だ。その将輝の失態を自分のことのように責めているのかもしれない。
「それじゃあ十文字君に十師族としての力を見せつけてこいってこと?」
「その解釈であってるだろう」
「馬鹿馬鹿しい」
「そう言うな」
師族会議の教義と真由美の想いは違うらしい。
「宮守が傍流であっても十師族の血を引いているなら問題は無かったのだが……」
「遥くんは一般の家系出身だもんね。しかもご両親は魔法が使えない」
イレギュラーな存在である遥に頭を悩ませる。
「なあ七草」
「なぁにかしら?」
呆れて退出しようとする真由美を呼び止めた。
「宮守が十師族でないならば、奴が十師族になればいいと思わないか?」
「……どういう意味かしら?」
「師族会議がわざわざこんなメールを俺たちに送ってくるという事は当然一条にも送られているだろう。二度も負けることは許されない」
質問の答えとは別の返事に真由美は無言のまま克人を見つめる。
「もし仮に一条がモノリスコードでも破れるようなことがあれば、その矛先は一条ではなく宮守に向かうだろう」
真由美の目が鋭くなる。
「例えば師族会議が大会本部に圧力をかけるとか、な」
「勝ったのは遥くんが反則したから、とか言いださないわよね?」
「否定はできん」
真由美も自分の父親なら十師族の名誉のために行動することもありえると額を押さえた。その場合は十師族と宮守グループが全面戦争になるかもしれないが、この日本において十師族が負けることはありえない。裏で宮守グループと手を組んだイレギュラーが動かなければ……。
「今回の予選だけ代役を認めないというのもおかしな話だ。もしかしたら一条と宮守の再戦をさせないために既に動いているのかもしれない」
「まさか!?」
「あくまでも俺個人の考えだ。今年の九校戦は色々ときな臭いことが起こりすぎているからな」
それは十文字家次期当主としての意見ではなく、第一高校の一選手としての考え。
「さすがにあの事故が師族会議によって仕組まれたものだとは思いたくないが、宮守が不利になるような妨害は続くかもしれない。あいつは正面の撃ちあいで一条を倒すほど優秀な魔法師だ。失うのは第一高校として、この国としても損失だ。ただの一般人にしておくのは勿体ない」
まさかそこまで克人が遥を評価していたとは思っていなかった真由美は、ポカンと口を開けたままだらしない表情を見せる。
「今年は良くても来年、再来年も一条と戦うだろう。そのたびに妨害されてはあいつが潰れてしまうかもしれない。その前に手を打つべきだとは思わないか?」
「手、って?」
「安直だが、十文字家で養子に取ることも考えている」
ここでようやく先ほどの話に戻った。
「え!?」
「だが宮守の家は日本最大手の実業家だ。ただ養子にするのは困難だろう」
遥は宮守グループの後継者からは外れているが、後継者候補が何かあった時に備えて簡単には長男を外部に出してたりはしないだろう。
「婿養子となれば話は別だとは思わないか?」
「おむこさん……」
「七草、お前は宮守と婚約するつもりはないか?」
「ふぇっ……い、いきなり何をっっ!?」
「幸い七草と宮守は仲が悪くは見えない。他の家が力をつけるよりも七草ならば信用できると思っての話だったが……七草?」
「ふぇ、にゃ、にゃにかしらッ!?」
「大丈夫か、顔が真っ赤だぞ」
「べ、別に全然大丈夫にょ」
唐突にそんなことを言われた真由美の頭が、火が噴いたように沸き立つ。まさか克人の口からそのような事が出てくるとは……。
剛健とはかけ離れた恋愛話にギャップ萌えに近い興奮を覚えていた。
真由美には心の整理をする時間が必要らしい。男女の恋事に関して鈍感な克人には、乙女心までは読めないようだ。
「無理強いはしない。お前じゃなくても妹の双子たちの方が宮守と年も近いし現実的かもしれんな」
「香澄と泉美はダメよっ!」
「ん?」
「あ、え、あの、えっと、二人にはまだそういうのは早いって意味よ、別に変な意味じゃないからね!」
「あ、あぁ」
照れたり怒ったり笑ったりと情緒が不安定な真由美。
「今は頭の片隅にでも置いておくだけでいい。もし、七草がその気だというのなら、その時は俺が十文字家の代表として弘一殿と話をつける」
「父と、十文字君が?」
「ああ。婚約の話は俺から始めたことだ。最後まで責任は持つ。弘一殿も十文字家が間に入ってきたなら無下にはできないだろう」
「そう、ね……」
「七草にその気があれば、の話だがな」
「この話は他の人には?」
「していない。七草に初めて話した」
真由美は改めて自分と遥が婚約するに至るまでのプロセスを頭の中で構築していく。その中で障害となってくるのが、婚約者の存在だ。
現地点ではまだ婚約者候補だが、真由美には五輪洋史という十師族である五輪家次期当主候補の男と婚約の話がある。
それが解決しない限り、遥と結婚するのは困難を極めるだろう。だが、克人の手を借りれば光が見えてくる。
「少し、時間を頂戴」
「あまり時間は与えられんぞ?」
モノリス・コードの結果次第では他家が動く可能性がある。
既に真由美の中では答えが出ているが、一人で決める問題ではないと一度持ち帰ることに。
顔の赤みを誰にも見られないよう急いでホテルの部屋に戻ると、自分のベッドに飛び込んだ。そして胸のときめきを抑えるように深く息を吸う。
「私と遥くんが……ぁ」
遥に告白された時は現実的ではないことにどこか他人事のように考えていたが、いざ具体的な話をされると実感が湧いてくる。
「はるぅ、ンッ、くん……っぁ、んぅ……」
無意識のうちに右手が自分の下腹部へ伸び、布の上からアソコの湿り気を感じる。
「ンふぅ……明日の朝、会いに行こうかしら……」
摩利がいないことなど気にもとめないほどに、真由美は一人で感慨にふけってていた。
【次回の投稿は6月21日19時予定です】