「いやぁ、さっきはホントびっくりしたね~」
ホテルの廊下を遥と摩利が進んでいた。一歩前を遥が歩き、その斜め後方には摩利が歩いている。二人の手は繋がれており、誰にも見られる心配はないというのに摩利の恥じらいの表情が印象的だ。
「まさか警報が鳴るとはね」
そう言いながらほころばせた顔で振り向くと、摩利の胸の鼓動はさらに速くなる。今までとは違う視点――恋人がいない状態で遥と二人きりというシチュエーションが摩利を落ち着かない気持ちにさせていた。
何気ない会話でもどこかよそよそしく感じられる。
「でもすぐに解放されてよかったよ。あの人に感謝しないといけないね」
「あ、あぁ、そうだな」
廊下を歩きながら遥と摩利は同じ記憶を思い出していた。時をさかのぼること十分ほど前。修次の魔法を遥が防いだ時のことである。
「殴らせてくれるはずじゃなかったのかな?」
「殴らせるとは言いましたけど、素直に殴られるとは言っていませんので」
「そうか、そうだったな。本当に君は……不思議な男だ」
「ありがとうございます」
「褒めてはいないんだけどな……はぁ、摩利を頼んだよ」
「はい」
「もし摩利を泣かせるようなことがあれば今度こそ僕は君を断罪しないといけない。その時にはこの障壁を真っ二つにできるよう、もっと剣の腕を磨いておくから」
自慢の剣術が防がれたことに思いのほかショックを受けたのか修次の声色は低かった。修次は摩利に一言感謝を述べたあとに立ち去ろうとした瞬間、ロビーに警報音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
摩利を始め修次も警戒体勢を取るが、遥だけは作り笑いを浮かべながら頬をかいていた。
「多分だけど、修次さんの魔法に反応したんじゃないかな?」
「え?」
「一応このホテルは軍用施設だし、セキュリティーは厳重だと思うんだよね。ここって魔法使っていい場所じゃないし……」
その通りであった。修次の発動した「圧斬り」に防犯システムが反応したのだ。幸いにも現在このホテルは九校戦関係者の宿泊施設であり、その多くは会場にいたため大事にならずに済んだが、その原因となった三人は事情聴取を受ける必要があると判断された。しかし、ホテルの従業員から連行されそうになったところをある女性が助け舟を出してきた。
「ちょっといいかしら?」
その人物は従業員に何やら伝えると従業員は渋々といった表情のまま敬礼したのちすぐに下がった。
「千葉修次さんと渡辺摩利さん。それに、宮守遥さんですよね?」
従業員を引かせた女性は三人の前に立つ。
「国防陸軍少尉、藤林響子よ。千葉予備役少尉なら知っているわよね?」
「はい」
修次が代表して答える。
藤林響子。軍務で鍛え上げられたメリハリのある目の毒なプロポーションの持ち主は、平凡なブラウスとスカート姿だというのに魅力的な女性に映って見える。
遥は瞬時に衣服の上からでもわかる胸のふくらみと腰のくびれ、形の良いお尻に引き締まったふくらはぎへと視線を這わせたが、再び彼女の目へ視線を戻したときには彼女は遥へ微笑みかけていた。
――やべっ、気づかれたか?
女性は視線に敏感な生き物だと知っているからこそ、これまでは慎重かつ大胆に女性の身体を視姦してきたというのに、響子の余裕そうな笑みに暗雲が立ちこめる。
「今回の件は旧友三人が久しぶりの再会でじゃれあっていただけという事で私の方でかたをつけておきました。被害は何もないようですし、今後は魔法禁止区域での魔法の使用は改めるように。特に千葉予備役少尉はね」
「はい。申し訳ございません」
大人の余裕とでもいうのだろうか、初対面の女性を舐めまわすような目つきで見ていたのも不問に付すようだ。
――これはこれで興奮するんだけど、彼女は無理かな?
出会えたことを幸運に思いながらも、彼女を攻略するルートが見えないことに早くも黄色信号が灯る。
――性欲満点な高校生が大人の女性に惹かれて恋に落ちるって作戦でいくか、いや、年下の男の子なら彼の方が好感度が高いし、やっぱり無理そうだなぁ。
綺麗な大人の女性は大好物だが、響子と達也の関係性を考えると遥の作戦は頓挫する。特に響子は軍関係者であり攻略難易度は高い。
「それでは自分は失礼します」
遥が策を練っている間に話は進んでいた。修次は足早にここを立ち去ると響子の視線が遥と摩利に向く。
「二人も気をつけなきゃ駄目よ?」
軍に関係ある修次がいなくなったことで響子の口調が柔らかくなった。これが彼女の素の話し方なのだろう。
「それで、本当は何があったか説明してくれないかしら? その方が後で何か聞かれてもあなたたちと話を合わせやすいし援護できるんだけど」
遥たちの表情を見て修次に問題があると察した響子は、修次一人を帰すことで話しやすい雰囲気を作り出していた。
「それは……」
響子の作戦にまんまとはまった摩利がゆっくりと語り始めた。遥は摩利の話を遮ることなく響子を観察する。そして一部始終を話し終えると、響子は摩利の肩に手を置いた。
「私も経験があるからわかるけど男女の別れ際っていうのは色々とこじれたりするからね。円満に終わる方が稀だし、その点で言えば貴女たちは穏便に済んだ方かもしれないわよ」
摩利も年齢の割に大人びているが、それを軽く凌駕するレベルで響子からは大人の女性の色気がムンムンに醸し出ている。
このまま別れるのは惜しい。ラッキースケベを演出して胸でも揉もうかと画策していると、響子の視線が遥に伸びた。
「それであなたたちは恋人同士になったのかしら?」
「いえ、正確にはまだですね」
「そう、まだ……ね」
「はい」
何やら意味深な反応を示す。
「まっ、他人の私がこれ以上プライベートなことに踏み込んでも仕方ないわね。あ、そうそう、宮守くんの試合は見たわよ。一人でモノリス・コードの予選を勝ち上がるなんて凄いわね。アイス・ピラーズ・ブレイクじゃ一条くんに勝っちゃうし、卒業したら軍に来ない?」
「魅力的なお誘いですがまだ卒業後の進路は考えていないので」
「そうなの? あれだけ優秀なのにざーんねん……よかったら考えてみてね?」
「はい」
素の性格がこれなのか、それとも計算高いのか。男心をくすぐる甘い誘惑に、並の男子高校生ならコロッといってしまうだろう。それほど響子からは魔性の女の香りがした。
「もうこんな時間、私は行くわね」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「いいのよ。今度会った時は渡辺さんの恋の話聞かせてね」
「っっ」
「じゃあね」
響子は遥と摩利を残してホテルを出た。その表情は二人に向けていたものとは百八十度異なる軍人の顔つきだった。
「宮守遥君か。九校戦を見た限りでは光井さんって女の子と付き合ってると思っていたけど違ったの? それとも複数の女性とお付き合いを……宮守家の長男だから財力はあるとして、お金で女の子たちをはべらせているのかしら?」
話には出さなかったが、十師族の一条を倒すほどの魔法師である遥の情報は響子の頭にインプットされていた。ここ数日の間で膨大な量の情報を手に入れ、それこそ宮守家の長男ということや沖縄海戦のあった日に沖縄にいたことも調べ上げていた。
響子と遥が出会ったのは偶然ではなく、要警戒人物として裏がありそうな遥をつけていた響子がタイミングを見計らって出会ったにすぎない。二人の邂逅は必然だったのだ。
「でも渡辺さんの態度がお金で靡いているようには見えなかったし、本当に宮守君に魅力があって惹かれているの? そこら辺にいる男子高校生と同じに見えたけど……」
性欲が、という意味である。
直接会ってみて遥の自分の胸や尻を見る視線に気づいていた響子は、性欲に正直なそこらへんに転がる有象無象の男たちと同列に見えていた。ただ彼らと違うのは遥が圧倒的なまでに魔法師としての素質があるという事。
「人前で接吻するのは自分の力を見せびらかすためだと思っていたけど、あれも欲に正直な性格だったと知った今なら理解できるわね」
成金息子や娘の多くは自分の力を見せびらかす傾向にある。多くの金を持ち、親の権力で脅し、誰もが嫉妬するような女や男をはべらせる。
ほのかというスタイルも良く顔も可愛い女の子を好きにできるという「力」を見せつけるために、多くの目が向けられている中で口づけをしたと思っていた響子だったが、本人と話してみて彼女の中で「宮守遥像」が形成されていく。
それは「力」よりも「下半身」に正直な性欲馬鹿なのだと。
「それなら簡単に堕とせそうね」
響子は遥を十師族の人間もしくはそれに近い人間だと思っている。宮守の血を引いているが司波達也のような例もある。
「達也君と同じなんてことはないと思うけど……」
一条を倒すほどの魔法師が一般家庭出身とはどうしても思えなかった。
「千葉の麒麟児の攻撃を防いだという障壁も気になるし、ホテルの防犯システムに潜り込んで映像を見てみないとね」
謎に包まれた人間の皮を剥ぐことに長けた響子は、パンドラの箱を開けようとしている。
「ま~りちゃん」
「なっ、なんだ!?」
「部屋着いたよ」
「そうか……」
遥の声で我に返る摩利。ホテルとはいえ初めて異性の部屋を訪れ緊張感が襲ってくる。しかし、遥がカードキーで開ける前に扉が開かれた。
「あ、はる君おかえりなさい!」
「ただいま。どこか行くの?」
「はい、雫と美月とお昼ご飯を食べに行こうかなって思いまして」
ほのかがそう言うと部屋の中から雫と美月が姿を現した。
「そっか」
「はる君は摩利先輩と……うふふっ、じゃあいってきま~す!」
ほのかにしては珍しく不敵な笑みを浮かべる。
雫と美月の唇が妙に艶々しているのが気になったものの、引き止めるのも悪いと思い彼女たちを見送った。
「あれ、そういえばエリカちゃんは……まあいっか」
美月が部屋にいたことやエリカがいないことは些細な問題でしかない。遥は摩利を部屋に招き入れると制服の上着を脱ぎ捨てた。
「っっ」
ただそれだけなのに摩利は頬を赤らめる。
スイートルームの豪華さなど気にも留めないほど雰囲気に呑まれていた。
「どうする?」
「な、何がだ!?」
「シャワー浴びた方がいい?」
「あ……いや」
「そう? まあどうせ後から入るもんね」
デリカシーのない事を口にするが、それが余計に摩利の心音を速くする。
「は、はるか……」
「どしたの?」
「あたしはシャワー浴びた方が……。汗臭いだろうし……」
「いいや、俺も摩利ちゃんの匂いが好きだから気にしないよ。汗の匂いがしたらその方がより興奮するし」
「そ、うか。そうなのか……」
性癖の告白に引くどころか自分も同じだと幸福感を感じる摩利。遥の後ろをついていき、遥が寝室に入ると「あっ」と素っ頓狂な声を上げた。
「どうしたんだ?」
「別に大した事じゃないんだけど、入ってきていいよ」
「わかった」
恐る恐る寝室へ足を踏み入れると、鼻腔が異臭を捉えた。否、異臭と呼ぶには少々香ばしすぎる甘美なニオイが寝室から溢れ出てくる。
「いったい何のニオイだ……?」
キングサイズのベッドの上に寝転がる一人の少女。ニオイの正体は少女とその周辺のシーツに染み込まれた体液のニオイのようだ。
「……何があったんだ?」
「ほのかちゃんたちにやられちゃったのかな?」
「え?」
あの不敵な笑みの理由が解明される。
「俺たちよりも先にほのかちゃんたちで楽しんでたってことだよ。エリカちゃんが滅茶苦茶にされるのは珍しいけどいい気分転換だったんじゃないかな」
エリカは修次や摩利の事で複雑な気持ちを抱いていた。普段はほのかや美月が絶頂快楽堕ちのターゲットに選ばれていたが、おそらくは彼女たちも気分転換のつもりでエリカを狙ったに違いない。
ブラジャーを身に着けているだけでそれ以外は何も身に着けておらず、一見すればレイプ現場にも見えるが、エリカの安らかな寝顔が全てを物語っていた。
「摩利ちゃんゴメンね。先にエリカちゃんを相手にするから摩利ちゃんも手伝ってくれない?」
「別にあたしは……あたしも、か?」
「うん。仲を深めるいい機会だと思うし、見たことのない色んな表情が見られると思うよ?」
「……わかった。だが、後で怒られないか?」
「怒る気力が湧かなくなるほど滅茶苦茶にすればいいんだよ」
笑顔で快楽地獄へ突き落とす遥の恐ろしさを知っているからこそ、その言葉には説得力があった。
遥はズボンのベルトを外すと、禍々しい牡の匂いが部屋中に充満する。
次回の投稿については活動報告にてお知らせしているので気になる方はご覧ください。
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