私が一番最初にはる君を見たのは小学四年生の始業式のとき。同じ「み」から始まるから始業式では隣に座っていて、急に悲鳴を上げながら倒れたから本当に驚いた。苦しそうに頭を押さえながら横になり気を失ってしまった。不謹慎かもしれないけどその時の寝顔がとても綺麗で印象的だった。
始業式が終わり教室に戻ると出席番号順に自己紹介が始まった。自分の番が近づいてくるたびに胸の鼓動が激しくなってきて何を言えばいいのかわからなくなる。
雫が私の方を見てきて『大丈夫?』って心配してくれるけどだいじょばない。次が私の番。席を立ってみんなの方を向くと、隣の席の空席が目に入った。私は彼の綺麗な顔を思い出しながら口が勝手に言葉を発していた。
「光井ほのかです。始業式では隣の人が急に大声で倒れてしまったので驚きました。私は大きな声を出さないので安心してください」
そう言うとクラスのみんなと先生まで笑って私を歓迎してくれた。だけどすぐに私のやったことが最低なことだと気づき、後悔した。
遅れて彼が教室に入ってきた。教室の雰囲気がガラッと変わり、全員の視線が彼へと向けられる。
彼は黒板の前に連れられて一人で自己紹介をさせられた。私だったら恥ずかしくて委縮していたに違いない。けれど彼は自信満々に堂々としていた。
私とは大違いだ。私も彼のような大きな人間になりたい。その時には既に私の頭の中は彼の事でいっぱいだったんだろうな。
そのあとすぐ彼に謝罪したけど、後日何に対しての謝罪かわからなかったと言われ、全部を説明したあとまた謝った。
彼は優しくて笑いながら許してくれた。その笑った顔も素敵で、二度と彼の顔に泥を塗るようなことはしないと誓った。
魔法師を目指すという共通点から彼と一緒に過ごす時間が増えていった。
でも彼は雫のことが好き。雫に告白したって言ってたし、雫といる時は楽しそうにしている。だからどこかで距離を置いていたのだろう。そのことを雫に咎められてしまった。
「私はハルカの事を友達だと思ってる。だからほのかがハルカの事が好きならどんどんアタックするべき」
「ふぇぇえ!?」
「私たちに遠慮はいらない」
雫は雫だった。彼と同じ強さを持っている。私も二人のように強くなろうと、二人の背中を追いかけるのではなく、隣を歩けるように変わろうと思った。
でも人はそんな簡単には変わらない。
運動会のリレーの選手に選ばれた時には必死に練習したし、本気で勝ちたかった。彼も夜遅くまで練習に付き合ってくれて、帰りは危ないからと家まで送ってくれた。
それなのに運動会当日のリレーで転んじゃって白組も負けて、彼と白組のみんなに申し訳なくてたくさん泣いた。
雫や男子たちは慰めてくれたけど、変われなかった悔しさに涙が溢れてくる。彼も失望したに違いない。
霞む視界の中で彼の事を探すと、彼は輪の外から私の手を引っ張ってお姫様抱っこしてくれた。
「保健室行くよ」
責めることも慰めることもなく抱きしめてくれた。それだけで彼の想いが伝わった気がした。
初めて彼に抱かれたこの時のことは今でも鮮明に覚えている。匂い、心臓の鼓動、見上げた時の表情。あぁ、やっぱり私は彼の事が好きなんだなぁって思ったよ。
運動会が終わった頃からだ。女の子たちから仲間はずれにされたり、男子から意地悪され始めたのは。
「お前、俺のこと好きなんだろ?仕方ないから付き合ってやるよ」
クラスの男子からこんな気持ち悪いことを言われたこともある。私が好きなのは彼だけ。そう言えればどれだけ楽だったか。でもそれだと彼に迷惑が掛かってしまう。この問題は私自身が解決しなければいけない。
ただでさえ私と彼は仲が良くて距離感が近いから「お前たちいつも一緒でキモイよな」「夫婦が来ましたー」なんて弄られることがある。
私は反論しようとするけど、彼は違った。彼は他の男子とは違って優しくて大人っぽくてカッコいい。男子たちの言葉に対して堂々と返事をする。
「悪い?」「俺、ほのかちゃんのこと好きだから」「じゃあ将来夫婦になろっか」
バカバカバカ。そんなこと言われたら本気にしちゃうよ。好き。
嬉しくて彼以外にだらしない顔を見せたくなくて俯くと、彼は優しく頭を撫でて心配してくれる。私も好きと言えばよかったんだけど、その時の私にはまだ勇気が無くて俯くことしかできなかった。
そして問題の日が来る。
先生から職員室に呼ばれた帰りに、オオサキさんに用があるからと女子トイレに入った。すると女子トイレの中に男子が二人もいて、急に怖くなった私はトイレから出ようとしたけど外に誰かいて扉が開かないようにしていた。
動揺する私の手を掴む男子。男子は私のパーカーの袖を掴んで手を後ろで拘束された。男子の力には勝てず抵抗もできない。
助けを求めようと大声を出そうとした瞬間にオオサキさんにガムテープで口を塞がれる。トイレの一番奥の個室に閉じ込められ、オオサキさんと男子二人の視線に吐気が襲ってくる。
恐怖、不安、焦り。
「ダイジョウブダヨ」
男子の一人がノイズがかった気持ち悪い声を発する。その人は私に付き合ってやるよとか言ってきた人だ。なんであなたがここにいるの。
きっとここで乱暴される。そう思うと怖くて動くことすらできない。
助けてという心の声は届くことはないだろう。ここは女子トイレ。彼が来ることはないし、雫が来たとしても雫に危険が及ぶ可能性があるから来てはいけない。
絶望して目を瞑りながら時間が過ぎるのを待つ。時間が解決してくれるはず。そう思っていると、トイレの外が騒がしくなって急にトイレの扉が開く音がした。
個室に閉じ込められて外の様子を確認できないが、すぐに誰が来たのかわかった。
「俺が好きなのは今もこれからもずっとほのかちゃん――――だよ」
いま世界で一番愛しい人の声。冷たい涙から今度は瞳が熱を帯びてきたみたいに温かくなる。好きという言葉では表しきれないほど彼に惹かれている。
でも私のせいで彼が危険な目に遭っている。殴られたような音が聞こえてきた時は胸が張り裂ける思いで心配した。
顔が殴られて口から血が出ている。それなのに何故、あなたはそんなにも笑顔で私を抱きしめてくれるの?
光井ほのかは宮守遥を世界で一番お慕いしております。
いつか彼に相応しい、彼に守られるだけじゃなくて彼の横を歩ける存在になれるように頑張ります。だからその時には……私を彼女にしてくれますか?
中学生になりハルカの身長がさらに伸びた。ハルカと横に並ぶと私の頭が彼の肩ほどの高さしかなくて嫌になる。
女子の中では普通だけど男子と比べると背が小さい。だから男子と話すときは見上げるように顔を上げて話さなきゃいけないから首が疲れる。でもハルカと話すときはその身長差がまったく気にならない。
ハルカはしゃがんだり蹲踞の姿勢で話してくれるから顔を上げなくて済む。同じ目線で対等に話しているようで嬉しくなる。
ハルカは偶に私の頭を撫でてくる。最初は恥ずかしくて嫌だったけど、ハルカの目線を知ったとき、頭を撫でたくなる気持ちがわかったから受け入れるようになった。確かに頭を撫でたくなる。
ハルカとは小学二年生の時に初めて会った。第一印象は俺様系自己中男。親の権力を笠に着てふんぞり返るタイプの人間だと思った。現に父のパーティーに参加するとそういった男たちをよく見てきたから。
少しカッコいいからって何でも自分の言うとおりになると思ったら大間違い。だけど彼の最初の言葉でその印象がすべて崩れ去った。
「雫さんをお嫁に下さい」
自分の耳を疑った。当時小学二年生の私でもその言葉の意味は知っている。何言ってるんだこの人はと思った。
「可愛い」「綺麗」
初対面でそういう言葉は何度もかけられたことがある。大体は私じゃなくて父に気に入られたいがための方便。
だったらこの人は? 真摯に私の目を見て、私しか見ていなかった。このとき彼の印象が少しだけ変わった気がする。
告白の返事はしなかった。こういう場合はいつも父に任せているから。結局父は保留、お母さんは怒っていたような気がするけど否定はしなかった。もし断っていたらと思うとゾッとする。
ハルカとは小学四年生のクラス替えで再会することになる。始業式でほのかの隣が彼だって気づいた私は気が気でなかった。
ほのかは可愛いから彼の毒牙にかかってしまうかもしれない。私は彼を注意深く観察していたら先生から注意されてしまった。解せない。
一瞬視線を逸らした瞬間、彼は急に悲鳴を上げながら頭を押さえて倒れた。周りは騒然。式も中断する騒ぎに。何が起こったのかわからない。彼はあの宮守グループの跡取りだから毒殺でもされたのかと思った。テレビの見過ぎかな。
だけどケロッとした顔で戻ってきたからさらに驚いた。ついでに少し雰囲気が変わったような気がする。
あの告白をされたあと、母から宮守家は代々魔法が使えないって聞いた。魔法師と非魔法師の結婚には多くの障害があることも実体験から色々教えてくれた。だから私たちの結婚は反対していると言っていた。でも宮守グループは大きな会社だから、今は関係を築いておいて用が無くなれば切ればいいとも言っていた。理屈はわかるけど、感情的には母の意見に反対だ。
そんな彼がみんなの前で優秀な魔法師になりたいと発言した。自分が魔法を使えないことを知らないのかな。魔法は生まれたときの素質の有無で決まる。後天的に魔法が使えるようになることはない。
一般の人は魔法に詳しくないからそんなことも知らないのかと可哀想に思った。
ほのかが自分のした事の愚かさを気づいて謝っていたけど、主語が抜けてて何に対して謝っているのかわからなかったらしい。後日、再びほのかが謝罪したけど、彼は笑ってこう言った。
「それでほのかちゃんがクラスに馴染めたならそれでいいじゃないか。それにもう謝罪は受け取ってるし、大切なのは過去の過ちじゃなくてこれからどうするか、だよ」
これが宮守遥という男なのだというのを痛感した。懐の深さ、というべきか笑って許せる包容力が他の男子とは違っている。
過ちを素直に認めて次に生かす。この成長こそが彼の望んでいるものであり、私が彼の傍にいる理由なのかもしれない。
だから彼はBS魔法師という魔法師の中でも異端の存在でも魔法が使えることを喜んでいる。BS魔法師だったことを恨むのではなく、未来のために。
魔法科高校に入るためにものすごい努力を重ねている。私は少しでも彼の力になりたいと思い、一緒に魔法の練習をしないか誘った。
魔法師になるためには第一に魔法を使うことが大切。幼い頃から魔法に触れ、魔法を理解しなければ立派な魔法師にはなれない。時には辛い鍛錬を耐え抜くことも必要になってくる。
父と母もそのことを理解しているから私に魔法が使える場所を提供してくれて、毎年九校戦に連れて行ってくれる。あの舞台に立てることを目標に私も彼に負けないよう頑張ろう。そう思える。
中学生になり彼は魔法だけじゃなくて武道の方にも力を入れるようになった。ただでさえ魔法の鍛錬が辛くて難しいのに加えて武道まで。いつ寝てるのかわからない。でも彼は日に日に逞しくなっていき表情も輝いて見えた。
彼の原動力は何なんだろう。魔法科高校に入るだけなら武道は必要ないし、彼の眼にはどんな未来が描かれているのか気になってしまう。
そんなある日、私は一人で買い物をしていた帰り道に、知らない男の人に声をかけられ目にスプレーのようなものをかけられそうになった。
だけどスプレーが目に入る前にそれが私を守ってくれた。ほのかがイジメに遭い暴力を振るわれそうになる事件が起こった。その後にハルカからもらった指輪が守ってくれた。当時の私にはその指輪は大きすぎてネックレスにして首にかけていたけど、その指輪が震えたと思ったら私の周りを球状の薄い膜が囲んだ。
声をかけてきた男の他に陰から七人の男たちが出てくる。途端に怖くなって腰が抜けた私はその場にへたり込んでしまった。洩らさなかったのは偉いと思う。
薄い膜は男たちが何をしても壊すことができず、私はひたすら助けが来るのを待った。警察に連絡したけど、警察が来る前に彼が目の前に現れた。練習中だったのにどうしてこのことを知ったのだろう。そんなことより彼が助けに来てくれたことを喜び、心配した。
彼はとても怒っていた。激しい剣幕で男たちを捉えているけどあんな怖そうなハルカは初めて見た。
いつもは男子たちに馬鹿にされたり喧嘩を売られても笑いながら軽くいなしているのに、あのときのハルカは鬼の面を被ったような表情をしていた。
私の知らない魔法で男たちを蹴散らすと、駆けてきて思いっきり抱きしめられた。私と彼との体格差で私の身体はすっぽりと彼の腕の中に埋まる。こんなに強く抱きしめられたのは人生で初めてだ。震えていたはずの身体も彼の温もりに溶け、彼の鼓動を聞くたびに心が安らいでくる。
顔を上げると彼の顔がすぐ近くにあって、あと数センチ顔を前に突き出すだけでキスできそうな距離にある。
ドラマだとここで熱い口づけを交わすんだよね。そして身体を求められて私たちは結ばれる。
でも現実はそんなに甘いものじゃない。このあと警察署に行って事情聴取を受けたり家族に説明したり病院で検査させられる。
「雫ちゃん。好きだよ。俺のお嫁さんになってくれませんか?」
六年ごしの告白。あの時は返事をすることはなかったけど今なら迷わず答えられる。私の返事はずっと前から決まっている。
「私もハルカのことが好き」
お嫁さんはまだ早いかな。
私もハルカとほのかと一緒に魔法科高校に通いたいし、高校を卒業した後にまた告白してほしい。もしかして待てなくて私から告白してしまうかもしれないけど、それにしても六年前の告白をするなんてユーモアがあるというかなんというかハルカらしい。
結局キスはされなかった。ヘタレ。
今度からハルカの前でリップクリーム塗って誘ってみようかな。唇が乾燥してくる季節になってきたし、誰かさんに潤いを与えてほしいな。なーんてね。
今日で10日連続投稿。それなのにまだ原作一巻にも達していないという……。
だけど安心してください。明日から入学編が始まります。
スロー進行ですが楽しんでいただければ幸いです。