素晴らしき日から数日が立ち、毎日恒例の夕食後の交流会で雫ちゃんとほのかちゃんが少女探偵団を結成したことを聞かされた。
司波達也が風紀委員の活動中に何者かに襲われ、その犯人を見つけるためにエイミィちゃんと証拠を集めているらしい。
危険なことはしないと約束したが、原作通りであれば深追いした彼女たちは襲われてしまう。俺はそのことを言わずに彼女たちの動向を見守ろうと思う。
人は失敗してから学ぶこともある。彼女たちの正義感を押しつぶす必要はないし、次への糧にしてもらいたい。
そして俺の周りでも少しばかりきな臭いことが起こり始めている。
美術部を始めとする文化部にエガリテのメンバーと思わしき生徒がやってきたのだ。特徴的な赤と青で縁取られたリストバンドをしていたからすぐに分かった。念のために鑑定すると【エガリテ信奉者】と表示されたから間違いない。
彼らの主張はこうだった。
「一科と二科の差別をどう思う。クラブ活動まで魔法の腕がいい方が優遇されるなんて間違っていると思わないか。我々非魔法系クラブで連携して、学校に魔法だけが全てじゃないってことを抗議しようじゃないか!」と宣伝して回っていた。
剣道部の部員が中心となって非魔法系クラブの部員に対してしつこく勧誘活動を行っていた。新入部員勧誘週間とは違ったしつこさだ。
今日も剣道部の部員が勧誘に来た。
部長が対応してるけど文化部では活動さえできれば、廃部さえならなければ良いという考えの持ち主が多い。部長もその一人で、余計な波風を立てて学校や生徒会に目を付けられたくないようだ。
「大変そうですね」
「……そうだね。ちょっと行ってくるよ」
教室の外では部長と剣道部の人が言い争っている声が響いてくる。美月ちゃんも心配そうに教室の扉の方に視線を送っているし、唯一の男の部員である俺が動くべきだろう。
「部長、ここは俺に任せてもらえませんか?」
「宮守君……そうね、お願いしてもいい?」
「はい」
部長を教室に戻して勧誘者と対峙する。
「あれ、壬生先輩?」
「あなたは……」
勧誘に来ていたのは壬生紗耶香だった。鑑定すると【洗脳状態】と表示される。
「初めまして、一年A組の宮守遥と言います。よろしくどーぞ」
「壬生紗耶香よ。あなたはどうして私の名前を知っていたの?」
「俺は学校中の美少女の事は全員頭に入っていますので。当然壬生先輩の事も存じております」
「……私を揶揄っているの?」
「とんでもございません。壬生先輩に彼氏がいなければ俺が立候補していたところです」
「いないわよそんな人!」
「あれ、昨日カフェテリアで彼氏と痴話喧嘩したという噂を聞いたものですから、違ったのですか?」
昨日は壬生紗耶香が司波達也をカフェテリアに呼び出し、司波達也を有志同盟の仲間に誘ったのだろう。残念ながら断られたようだが、俺も彼女のような美少女に呼び出されたいものだ。
「誰がそんな……」
「先輩は美少女ですから人目に付きやすいのですよ」
先輩を口説くたびにキッ、と鋭い視線で睨まれる。洗脳されてるから一科生である俺の言葉は全て挑発にでも変換されているのだろうか。
「じゃあ彼氏はいないのですね。よかった」
「あなたは一科生でしょ? どうして二科生の私なんかに――」
「その、私〝なんか〟に、って自分を卑下するの止めませんか?」
「え?」
「先輩はとても魅力的です。綺麗で、スタイルもよくて、剣道も強いと聞きます。充分誇らしいじゃないですか」
おまけにポニーテールだしね。ポニーテールフェチって訳じゃないが壬生紗耶香のポニーテール姿を見てると興奮してくる。
エリカちゃんも最近ポニーテールにできるくらいに髪の毛が伸びてきたし、目の保養は多い方がいい。
「あなたに私の何がっ……」
「魔法がうまく使えないからって侮られるのが嫌ですか?」
「ッッ!?」
「俺は先輩の事を素敵な女性だと思っています。さっきも言いましたが恋人になりたいくらいあなたに惚れているかもしれません」
「どうしてそんな……何のかかわりもないのに」
「一目惚れに理由なんてありますか? 一目見た時にビビッと来たんですよ」
「……ぅ」
そう簡単に洗脳は解けない。
「ごめんなさい。あなたとは付き合えないわ」
「あぁ、フラれちゃったなぁ。ざーんねん」
「本当に残念に思ってるの?」
「勿論ですよ。泣きそうです」
「そんな風には見えないけど」
雫ちゃんばりのジト目を向けられる。少しは気を許してくれたかな。やはり口説くというのは女性との距離を縮めるために有効な手段である。
最初は気持ち悪いとか変人に思われるかもしれないが、自分の事を想ってくれる人がいるというのはそれだけで嬉しいものだ。何事も言葉にしなきゃ伝わらない。
「一科にもあなたのような人がいるのね」
「俺だけじゃないと思いますよ」
「そう」
悲し気に伏せ目になる。
「少なくとも俺は壬生先輩に一目惚れしましたからね。それだけは覚えておいてくださいよ」
「……」
「一目惚れというのは、俺は壬生先輩のことが好きということですからね」
「わ、わかってるわよ!」
「そうですか」
「ど、どうしてそんな恥ずかしげもなく言えるのよ」
「本心ですから」
「っっ」
頬が赤く染まった。初めて告白されたのかな? 初々しい反応が余計にそそられる。
「また遊びに来てくださいね。その時はまた告白しますから」
「……もう来ないわよ!」
撃退成功。これぞ平和的解決というやつだ。
揺れる後ろ髪とプリプリしたお尻を眺めながら壬生紗耶香を見送った。途中でこちらの方に振り返ってきたから手を振るとすぐに顔を背けられた。
もう二度とこの場に勧誘の手が伸びることはないだろう。少なくとも俺がいる限りは彼女はここには来ない。
文化部の平和が訪れた。
これまでにも文化部の部員が有志同盟に勧誘されたことがある。その場では応えず保留にしていたが、俺が文化部の部員一人一人を説得すると彼女たちは一様にこう答えてくれた。
「宮守君が言うなら、ねぇ」
「一科生なのに私たちを見下したりしないし」
「なにより「「「優しいもんねぇ~~!!」」」
これが俺の人望である。入学してから二週間足らずで文化部の部員全員と交流した甲斐があるというものだ。イケメンってだけで人生イージーモードだな。
みんな俺に彼女がいることを知ってるから、変に勘違いする人もいないし平和そのものだ。
そんなある日の放課後、手芸部で使う材料が足りなくなり買い出しに行くという話が出たので俺が立候補した。
校舎を出ようとするとカバンも持たずに端末を操作しながら校門の方へ歩いていく深雪ちゃんの姿があった。
すれ違う生徒全員が振り返り深雪ちゃんの美貌に見惚れている。黒髪が可憐に舞うのを追いかけながら深雪ちゃんに声をかけた。
「やっほー深雪ちゃん、帰る……ようには見えないけどどこか行くの?」
「こんにちは宮守くん。今から生徒会の備品を買いに行くところなんです」
「そうなんだ、実は俺もクラブで使う材料を買いに行くところなんだけど……よろしければわたくしめとご一緒していただけませんか深雪お嬢様。ぜひともご案内させていただきたいと存じます」
「ふふっ、それではお言葉に甘えてエスコートしてもらおうかしら」
左手を胸部に当て、右手を後ろに回す。執事の真似事をしてみたけど思いのほかウケたようだ。イケメンだから許された。
レガリテだかエガリテだかのせいで溜まった鬱憤も深雪ちゃんの笑顔で消し飛んでしまったよ。
「でも二人きりで外出だなんて、ほのかに怒られないかしら?」
「見つかったら怒られるかもなぁ、だから二人だけの秘密ってことにしてくれない?」
「まぁっ!? けれども私が喋らなくともほのかの耳に入るかもしれませんよ」
超絶美少女の横を歩く男子は誰だと殺気を向けられる。当然深雪ちゃんもその視線に気づいているけど無視している。
「ほのかちゃんに怒られることと、深雪ちゃんのような綺麗な人とデートすることを天秤にかけたら、俺は怒られる方を選択するよ」
「宮守君はイケない人ですね。ほのかがかわいそうだわ」
微笑みながら言っても説得力ないんだよなぁ。それにほのかちゃんも深雪ちゃんが俺の彼女になったら喜んでくれるに違いない。ほのかちゃんは深雪ちゃんのこと尊敬してるし、そんな人の淫らな姿を見れば興奮するだろうな。
深雪ちゃんと話すことはあっても、長い時間二人っきりで話すことはなかったから幸せだった。この至高な時間を永遠に味わっていたかったが、そんな幸せの終わりを迎える時が来た。
「あれほのかと雫じゃない?」
「ん? 本当だ。エイミィちゃんもいる」
「エイミィ?」
「俺たちと同じ一年生でB組の子だよ。最近二人と一緒にいることが多いけど何してるんだろ」
備品を扱っている店内から三人の姿が見えた。
物陰に隠れながら誰かを監視してるようだ。誰を監視しているのかは肉眼では確認できなかったが、おそらく司甲を尾行しているのだろう。本当はここで止めに行くべきなんだけど、どうしたものか。
「ほのかたちが気になりますか?」
「ちょっとね。変なことに手を出してないか心配なんだよね」
「変なこと、ですか?」
「ブランシュの事とかね」
「っ!?」
なぜそれを知ってるの? って顔だね。実はこの間深夜さんからブランシュやエガリテの情報が送られてきたんだよね。彼らのことは知っていたけどさすが四葉だ。俺が知らないようなことがずらりと記載されていた。まぁいくら四葉とはいえブランシュの総帥が七賢人の一人、ジード・ヘイグということまでは掴めていないだろう。
「俺にも少しだけ伝手はあるんだよ。その顔を見るに深雪ちゃんもブランシュのことは知ってたんだ」
「い、いえ、生徒会で少し話題になった程度ですので」
「ふぅん」
まあ言うわけないよね。
「心配でしたら会ってきてはどうでしょうか? 私もこれを購入したらすぐ追いかけます」
「……ごめんね、俺の方から誘ったのに」
「いえ、宮守くんのエスコートは堪能できましたので」
ゲームであれば「深雪ちゃんと一緒にいる」「ほのかちゃんたちに会いに行く」なんて選択肢が出てるだろうな。ここは後者を選んだ方が深雪ちゃんの好感度が上がりそうだ。
店内に深雪ちゃんを残して三人の後を追った。二人の持つ石から現在地を割り出すと、行き止まりの路地裏に誘いこまれているではないか。非常に危険な状況だが、俺の心は意外と冷静だった。
少女探偵団の雫、ほのか、エイミィの三人が剣道部主将の司甲を追いかけて暫く経った。学校の監視システム外に向かう司甲の行動に強い不安感を抱きながら、三人は自分たちの力を過信してしまった。これが彼女たちの大きな分岐点である。ここで引き返せば事件は起きなかった。
「気づかれた!?」
「とにかく追うよ!」
突然走り出した司甲を追う三人。しかしそれは彼女たちを路地裏に誘い込むための作戦だった。
三人は司甲を追いかけて駆け出したが、角を曲がるとそこには誰もいなかった。
「行き止まり?」
エイミィが行き止まりの壁を見上げながら抜け道を探すが見つからない。司甲の姿を見失い、彼女たちは来た道へ引き返そうとした瞬間、大型自動二輪車に乗ったフルフェイスのヘルメットを被った人物が唯一の道を封鎖した。
「こそこそと嗅ぎまわって、我々の計画を邪魔するネズミは排除する」
徐々に彼女たちへと脅威が迫りくる。しかし雫は冷静だった。
「合図したら走るよ」
「うん」
「CADの準備を」
雫が二人へ指示を出す。ほのかとエイミィはバレないようにCADを起動する。
「GO!」
雫の合図とともに三人は同時にCADを操作、移動魔法を発動し襲ってくる奴らの間をすり抜け逃走を図る。
「逃がすな!」
「追えっ!」
「私たちを舐めないでよね!」
エイミィが追ってこようとする相手に魔法をお見舞いしたが、全員を倒すには至らず。逆に手痛い反撃を受けることに。
「化け物め……これでも喰らえ!!」
奴らの一人が手を伸ばすと、指輪が光り輝きエイミィの脚が止まった。
「何これ……頭が割れるように……」
「エイミィ!?」
「アンティナイト……キャストジャミング!?」
遥から貰った石のおかげでほのかと雫に影響はない。
「まだ効果が足りないようだな」
「いやぁあっぁぁ!!」
威力を上げられ、エイミィが頭を抑えながら倒れこむ。
どうしてアンティナイトが、と雫には動揺が走る。ほのかはエイミィの身体を抱きしめて運ぼうとするが奴らの方が早かった。
「始末するか」
「ああ手はず通り。我々の計画を邪魔する者には消えてもらう。この世界に魔法使いは必要ない!!」
懐からナイフが取り出され、ジリジリと三人に近寄る暴漢たち。
「ハルカ……」
死を覚悟するエイミィ。エイミィを庇おうと身体を覆うほのか。そして雫はいつかの自分が襲われそうになった日の事を思い出し、愛する者の名を呼んだ。
「……何してんの?」
雫の耳に愛する者の声が響く。声のした方へ顔を向けると、そこには悠然たる態度でこちらに歩を進める遥の姿があった。
「はる、か」
「はる君っ!」
ほのかも遥に気づくと喜悦の声を上がる。
「あ、あれっ、痛みがなくなってる……」
エイミィの身体を薄いオレンジ色の膜が囲い、気が付けば頭の痛みが消えていた。
「説教は後でするからね」
そういうと遥は三人の前に立ち、暴漢たちとの距離を詰める。
「お、おいアンティナイトは発動してるのか!?」
「してるはずだ!」
「ならなんでこいつらは平気なんだよ!!」
「知るかよ! だが魔法は使えないはずだ! やっちまえっ!!」
平静を失った暴漢の一人がナイフを振り回しながら遥へ襲い掛かる。だが遥は動かない。CADを操作する素振りすら見せずに直立しているだけ。
エイミィは驚愕の表情で声を上げるが、雫とほのかはジッと遥の後ろ姿を見つめていた。
「当校の生徒から離れなさい」
鈴の音に怒気がはらんだ様な冷たい声が路地裏に響く。その声の持ち主はいつの間にか遥のすぐ隣まで来ていて、遥に向けられたナイフの刀身を粉々に砕いた。
「いつの間に!?」
「馬鹿な、このアンティナイトの影響下で魔法が使えるはずが……っ」
「もっと出力を上げろ!」
暴漢たちの焦る声。しかし一瞬にしてその声がかき消される。
「無駄です。非魔法師のキャスト・ジャミングなど通用しません」
深雪の氷のような視線が暴漢たちに突き刺さる。とどめを刺そうと手を掲げた瞬間、暴漢たちの身体が宙を浮き、勢いよく壁に吹き飛んだ。
(どうして魔法が?)
その魔法は深雪が発動したものではない。
CADを触る動作はなかったはず、とさっきまで遥がいた場所を向く。しかしそこに遥の姿はなく、ほのかと雫に抱きしめられているいつもと変わらぬ遥がいた。
「深雪ありがとう」
「私からも言わせて深雪。ありがとう」
「本当にありがとう! あっ、初めまして!」
「みんなが無事でよかったわ」
安堵した表情を浮かべるのは三人だけではなく深雪もだった。
「このことは大事にしたくないから口外しないようにしよう」
「でも警察には連絡した方が良いよね?」
「警察に知らせれば全部話さなきゃいけなくなるよ? 怒られるだけで済めばいいけどね」
遥の言葉に三人は顔を顰める。
自分たちが自ら首を突っ込み事件に巻き込まれた。当然警察だけではなく学校や保護者にも連絡がいくだろう。そうなれば困るのは三人。特にほのかと雫は家に連れ戻される可能性だってある。そう考えた二人は遥の提案に首を縦に振った。勿論エイミィもである。
「その、宮守くん」
「深雪ちゃんありがとう。深雪ちゃんが来てくれなかったら俺はナイフで刺されてたかもしれないよ」
「いえ私は……」
遥に向けられていたナイフは深雪が魔法で防いだが、深雪にはその動きすら不自然に思えた。キャストジャミングの中でも魔法を使える事象干渉力の高さといい謎が深まるばかり。
「俺はほのかちゃんたちを家まで送り届けるから、あとは任せてもいいかな?」
「……はい。お任せください」
胸の内が見透かされているような気持ちになる。不気味なほどに深雪の望むままに話が進んでいき、気絶した暴漢たちと深雪がその場に残された。
彼らが去ったのを確認した深雪はサイオンシールド、音波遮断の術式を展開し、兄の師である九重八雲に電話をかけた。
洗脳もマインドコントロールも同じようなものです。表現が違うだけで一緒だと思ってください。
また明日19時にお会いしましょう!