エイミィをキャビネットに乗せた後、俺たち三人は同じキャビネットに乗って帰宅した。手芸部の材料は一度学校に戻るという深雪ちゃんに任せてしまった。あとでお礼を言っておかないといけない。カバンが学校に置きっぱなしだが、必需品は持ち歩いているからこれも後日でいい。
キャビネットの中では二人は終始俯きながら無言だった。始めは不安と恐怖から解放されて涙腺が崩壊してるのかと思ったが、彼女たちの目に涙はみえない。
家に着いて玄関で靴を脱ぐと、ドン、と背中に衝撃が走る。
「どうしたの?」
ほのかちゃんに抱きしめられていた。
「ごめん、なさい」
声が震えていた。振り向けば雫ちゃんも俺の袖を掴んでくる。二人とも無言だったのは俺が怒っていると思ったんだろう。
何回も注意したし、危険なことをしないと約束したのにそれを破ってしまった事に対して罪責感を抱いていた。
「ごめんなさい」
雫ちゃんの髪の毛が垂れる。俺は床に両膝を突けて彼女たちより視線を低くする。俯く二人の暗い表情が見え、俺と視線が重なるとすぐに反らすが再び見つめてきた。
「何に謝ってるの?」
「……はる君との、約束を破ったから」
「それで俺が怒ってると思った?」
「はい」「うん」
殺される恐怖よりも俺に嫌われる恐怖が上回っているのか、二人の目が潤んできた。
駄目な男に惹かれる女性の気持ちが少しわかったような気がする。庇護欲が掻き立てられ、抱きしめたくなる気持ちを押し殺す。
「俺が怒ってるような顔に見える?」
「見えないです」
「じゃあどんな顔してる?」
「……えっと」
「泣きそうな顔してる」
答えられないほのかの代わりに雫が答えた。
「正解」
今なら演技派男優になれる気がする。ポロリと一粒の涙が頬を伝うと二人は目に見えて狼狽え始めた。
「二人が無事でよかったっ」
無理やり笑おうとすると涙が溢れてくる。俺の声を聞いた途端に歯を食いしばっていた二人の涙腺が崩壊した。こみ上げてくる嗚咽を漏らしながら俺の胸へと飛び込んできた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいぃっ!!」
彼女たちが少女探偵団を結成した時からこうなる未来はわかっていたはずなのに、実際に彼女たちが襲われている現場を目撃すると動揺する自分がいた。
加護の力を信じていないわけではなかったが、彼女たちが無事だったことに安堵し、気づけば涙が流れていた。
彼女たちは壊れた機械のように何度も謝罪の言葉を発し、泣き疲れたのか俺の胸の中で眠っていた。
部屋まで運ぶ途中に見えた二人の首には、宝石を装飾する部分だけが空洞になった指輪のネックレスが付けられている。
平和と安寧のために渡した石が役目を果たしてくれた。新しい石をプレゼントしないといけないな。俺は彼女たちを寝かしつけた後、静かに部屋を出た。
彼女たちが起きてきたのは日をまたぐ少し前だった。目の腫れが痛々しく感じるが、泣いたことで気持ちがすっきりしたのか二人は俺に頭を下げてくる。
「ごめんなさい!」
「心配かけてごめんなさい」
それから俺たちは朝方まで話し合った。どうすればよかったのか、これからどうするか。そして魔法師として命の重さを問うた。
彼女たちは真剣に考え、自分なりの答えを口にしていた。答えのない問題をいつまでも話し合い、そしてまた二人の顔に笑顔が戻ったのは日が昇り始めてからだった。
「今日は学校休もうか」
「でも……」
「そんな目が腫れた状態で?」
「……はい」
俺たちは初めて学校をサボった。けれど休んだからといって身体を重ねるわけではない。
「今日から一ヵ月間エッチなこと禁止ね」
「「えっ」」
二人の絶望した顔を見るとつい噴き出してしまった。低い唸り声が聞こえる。
「当たり前でしょ? 悪い子にはお仕置きが必要なんだから」
「で、でも!」
「言い訳する子にはもっとキツイお仕置きをしようかな」
「……はい」
少し可哀そうになってきたな。
「でもハルカはエッチしないと身体が勝手に女性を襲うって」
「たしかにそうですよ!」
「俺にはエリカちゃんがいるからね。それに一人でも性欲処理はできる」
俺が適当に考えた設定を雫ちゃんは思い出したかのようにして迫ってきた。
「エッチなことって言っても今まで通り手を繋いだり、キスまではいいんだよ?」
「うぅ……」
雫ちゃんは耐えられそうな感じだが、俺にべたべたのほのかちゃんは厳しそうだ。まぁ、雫ちゃんは来訪者編で留学するかもしれないからこれを耐えられないと話にならないな。それにしても本当に留学するのだろうか。何ヵ月も触れ合えないとか俺の方がおかしくなりそうだ。
「我慢できなくなったら俺以外の男とエッチなことする?」
「そんなこと絶対にありえません!! はる君以外の男の人とそんなことっ、想像しただけで気持ち悪いですっ」
「私もありえない。男の人に触れられるだけで嫌」
両手で自分の肩を抱きしめる。その腕には鳥肌が立っているから本当なのだろう。俺がいないときに男が傍にいるだけで違和感を抱くはずだし、彼女たちは無自覚の内に男性に対して嫌悪感を抱くようになっている。
「ごめんね、嫌なこと言った。謝るよ」
「いえ、大丈夫です」
「お詫びにこのエッチ禁止期間を少し短くしてあげる」
「ホントですか!?」
表情の移り変わりが激しい。
「今回の事件が収束するまで、っていうのはどう?」
「でもそれじゃあ一ヵ月以上かかるかもしれない……」
それはないと断言できる。彼女たちが司甲を尾行して暴漢に襲われたということは、奴が関係してるのは明白である。
司甲自身もそのことに気づかないほど馬鹿ではない。近々行動を起こすのは目に見えている。それに深雪ちゃんが動いたということは司波達也も動くということ。
今月中には全て解決していることだろう。
「そうかな? 俺は今週中には解決すると思うけど?」
「どうしてそう思うんですか?」
俺は締まりなく笑いながらほのかちゃんの唇にキスした。黙秘するという合図である。
「ズルいです……エッチなことできないのに、こんなことされたら私……」
ほのかちゃんの口が開く暇も与えないように何度も唇を重ねた。それを見かねた雫ちゃんも俺の傍にやってくると、時間の許す限り唇を貪りあった。
この二日間、俺たちは男女の恋愛感情だけでなく、人としての絆がもう一段階深まった気がする。それから俺は一日の活動限界を迎えて眠りについた。
もちろん部屋に鍵を閉めて二人が入ってこられないようにしたけど、目が覚めたら二人が横で眠っていたのはどうしてだろう。性欲値が下がって無いということは、キチンと言いつけを守っているということか。偉い子たちだ。
彼女たちに禁欲生活を言い渡してから二日後、早くも奴らが行動に移してきた。授業が終わり部活に行こうと椅子から立ち上がった瞬間、教室のスピーカーが大音量でノイズを発した。
『全校生徒の皆さん! 僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!』
「えっなに!?」
隣にいたほのかちゃんと雫ちゃんは耳を塞ぎながら顔を歪ませる。
「うるさいぞ!」
「何処の馬鹿だ! 抗議してやる」
「差別ってなんだよ!!」
クラスの男子たちがヒートアップする。中には教室を飛び出して放送室に向かったであろう生徒までいた。
『魔法教育は実力主義。それを否定するつもりは僕たちにもありません。しかし、校内の差別は魔法実習以外にも及んでいます。例えば、魔法競技系のクラブに割り当てられている予算は、そうでないクラブよりはるかに優遇されています!』
止まない演説に耳を傾ける者、馬鹿馬鹿しいと聞く耳を持たないものに分かれる。A組では圧倒的に後者が多い。
『僕たちは魔法師を目指して魔法を学ぶものです。しかし同時に僕たちは高校生です。魔法だけが僕たちのすべてではありません。僕たちはこの差別撤廃について、生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します! この要求が受け入れられるまで――……』
「行かなくちゃ。また明日」
「うん、また」
「深雪頑張ってね!!」
生徒会から呼び出しを受けた深雪ちゃんが教室を出ていった。ほのかちゃんの声に力があったのは気のせいだろうか。
この問題が解決されればエッチが解禁されるからそりゃあ応援するわな。まぁ単純に深雪ちゃんを応援しただけかもしれないが、そう思うのは俺の心が汚れているからかもしれない。
放送室が差別撤廃有志同盟に占拠され違法放送があった二日後、彼らの望む通り対等な立場での交渉が行われることになった。
放課後、全校生徒が見学可能の討論会が開催されることが決まり、有志同盟のメンバーも熱を入れて勧誘活動を行っていた。
討論会が行われる当日、俺は雫ちゃんとほのかちゃんにクラブ活動を休むように言い、先に帰ってもらった。
理由はなんでもよかった。ローストビーフを食べたいから作っててとお願いしたら、ほのかちゃんは首を傾げながら頷き、雫ちゃんは俺の異変に気付いていたようだが何も聞かずにほのかちゃんを連れて帰宅した。
二人を見送った後、俺は二科生の教室が並ぶ廊下を歩いていた。少しばかり冷ややかな視線を向けられたが慣れたものだ。そのままEクラスの教室の扉を叩く。
「宮守君」
一番最初に俺の存在に気づいたのは美月ちゃんだった。透き通る声にクラスにいた大半の視線を受けることになったが、廊下にいた二科生よりは好意的な視線を向けられる。
クラブ活動がある日は毎日この教室に来てるし、俺のことが認知され始めたのかもしれない。
美少女二人が待つ場所まで歩いていく。
「ほら白馬のオウジサマが来たわよ美月」
「エ、エリカちゃん!!」
何それ、もしかして美月ちゃん、裏では俺のこと白馬の王子様って呼んでるの?
「毎日美月のこと迎えに来るからクラスで噂になってるのよ」
「どんな噂?」
「遥の髪色が白色だから白馬、それで顔が良いから王子で、毎日美月を連れ去っていくから白馬の王子様ってクラスの女子が呼んでるのよ。あんた顔だけは良いから」
「それじゃあ性格が悪いみたいに聞こえるんだけど?」
「実際そうじゃない」
失礼な。俺が本性を曝け出せるのは信頼してる相手だけだ。
「じゃあ王子様がやってきたことだしお邪魔虫は退散するとしますかねー」
「エリカちゃんっ!」
美月ちゃんの頬が赤くなった。
「いや、今日はエリカちゃんに用事があってきたんだ」
「え、あたしに?」
身の危険を感じたのか一歩分距離を取られるが、それ以上離れないのは俺に気を許してるからなのか。
「ちょっとついてきてほしいんだ」
「どこに行くのよ」
「内緒」
俺が微笑むと訝し気に睨んでくる。
「それと美月ちゃんにはこれをプレゼントするね」
「これは……シュシュ、ですか?」
美月ちゃんに装身具の一種であるシュシュを渡す。教室の端の方から歓呼の声が聞こえてくるが無視だ。
それにこのシュシュはただのシュシュではない。布の部分に携帯化した石を装飾した特別製のシュシュである。大丈夫だと思うが念のために渡しておく。
「美月ちゃんに似合うと思ってね」
「でも私、髪を結うほど長くないですけど……」
「クラブの時に横の髪が顔にかかって邪魔そうに髪の毛を正すところを何度か見たことがあるから作ってみたんだ。いらなければ腕に付けるなりカバンの中に入れてるだけでいいからさ」
本当は身に着けていてほしいが、最悪今日だけは持っているだけでいい。
「見てたんですね」
恥ずかしそうに髪の毛を耳にかける仕草をする。エリカちゃんからは面白くなさそうに上唇を噛んでいるけど、君にもプレゼントはあるから落ち着いて。
「美月ちゃんが魅力的だからつい見ちゃうんだよね」
「ええっ!?」
「美月、遥は女の子だったら誰にでもこういうこと言うから気にしない方がいいわよ」
「失礼だな、俺は可愛い女の子にしかこんなことは言わないよ。だからエリカちゃんにも甘い言葉を投げかけるしね」
「……ふんっ」
そっぽを向くがエリカちゃんの目の下が僅かに赤らんでいるのを見逃すと思ったのかな?
「俺の手作りだから、ほんとに嫌なら捨てて構わないからね」
「えっ手作り? そういえば宮守君、最近美術部じゃなくて手芸部によく行ってますよね。もしかしてこれを私にプレゼントするために?」
「まぁね、素人が一週間二週間で作ったものだから不格好だけどね」
「そんなことありません。とても素敵です。でも……」
「どうして私に?って思った?」
「はい。さっき聞いたんですけど、そこまでしていただく理由が無いと言いますか」
俺と美月ちゃんは所属してるクラブが同じというだけで大した接点はない。それこそ俺が美月ちゃんに惚れてアピールしてるとかならわかるが、俺には彼女がいるしね。
男子からプレゼント、しかも手作りと聞いて不審がらないはずがない。
「一つは同じクラブの仲間としてこれからよろしくお願いしますって意味が込められてるかな」
「他にもあるんですか?」
「二つ目が本当の理由かな。俺が美月ちゃんの髪を結ってる姿を見てみたかったから」
「へ?」
「……こいつ女子のポニーテールが好きなのよ」
まるで俺が変態みたいな言い方だ。でも今ポニーテールのエリカちゃんも墓穴を掘ってませんかね? それじゃあ俺に言われたからポニーテールにしてるって思われても仕方ないよ?
「まあ俺の自己満足だから特に深い意味はないよ。美月ちゃんの彼氏が嫉妬するなら、ホント捨てていいから」
「私、彼氏なんていませんけど……」
「えっ!? こんなに優しくて素敵な女の子なのに!? まったくクラスの男子は見る目が無いなぁ、俺に彼女がいなかったら間違いなくアタックしてたのに」
「ッ……」
イケメンを許すな。イケメンだから許される言葉責めに美月ちゃんの顔が真っ赤に染まってしまった。エリカちゃんも呆れた表情で見てくるけどこれは俺が悪いな。
「今日は討論会で部活もないし早く帰った方がいいよ。帰りが遅くなって可愛い美月ちゃんが暴漢にでも襲われたら大変だ」
「ふぇっ!? あ、はいっ」
「駅まで送ってこうか?」
「だ、大丈夫でしゅっ!」
「美月ホントに大丈夫?」
「だ、大丈夫だから……じゃ、じゃあねエリカちゃん。宮守君もシュシュありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「うん。俺も美月ちゃんに使ってもらえると嬉しいから」
「っ……」
美月ちゃんを帰すことに成功。これならシュシュ渡す必要なかったな。無駄に注目を浴びる形となってしまった。
「じゃあエリカちゃん行こっか」
俺とエリカちゃんは歩き出した。
また明日19時にお会いしましょう!