エリカと美月を教室まで送り届けた後、遥がA組の教室に戻ってきたのは放課後になってからだった。
既にほとんどの生徒が放課後の活動に向かった後で、教室にはほのかと雫、深雪の三人しか残っていなかった。何故深雪がいたのか不思議に思った遥だったが、遥と連絡が取れないと狼狽していたほのかを落ち着かせていたらしい。
可愛い恋人を心配させてはいけないとお叱りを残して深雪は教室を出ていった。
「心配かけてごめんね」
「……いえ、何もなくてよかったです」
深雪が教室を出た後、飛びついてくるほのかを受け止めると、そのままお姫様抱っこをしながら三回転。ほのかはいつも通りの遥に安心したようだ。
しかしほのかだけではなく雫も心配していた様子。表情には出さないが、無言のまま遥の方を見つめている。
その視線に気づいた遥はほのかを抱きながら自分と雫の額をコツンとぶつけた。
痛みはないが額を抑えながら雫の頬が緩む。そして遥と距離を縮めると肩を寄せ合った。
「どこ行ってたんですか?」
「……ちゅ」
誤魔化すようにくちゅっ、ちゅぷぅっ、とほのかの唇を貪る。
隠し事があるときや、やましいことがあるときのキス。ほのかは快感に抗いながら問い詰めようとするが、遥の唇の虜になっていく。
「んっ、あむっ……ちゅぱっ、ちゅっ……」
唇を離すとまだ足りないとばかりに遥の首筋に吸い付こうとする。だが首筋には自分が付けるより前に、誰かに吸われた痕が付いていることに気づく。
そして襟に赤い血痕のようなモノが付着しているのが見えた。
「血?」
「え?」
「この赤いの血ですか?」
「……実はエリカちゃんに噛まれてね」
彼女たち相手に性行為したのを隠し通すことは不可能である。
ほのかの反応を見て、今にも雫が遥のズボンを下して股間のニオイを嗅ごうとしていた。射精したことがバレるのも時間の問題。ならば自首した方が罪は軽く済む。
「エリカとエッチしてて授業休んだんですか?」
「エリカちゃんと美月ちゃんとだね」
二人との性行為は「静と動」であった。エリカとは優しく、美月とは激しく行為に耽り、時間を忘れて絡み合っていた。
今も二人の体内には遥の精液がたっぷりと注がれている状態だ。特に下着を履いていない美月は今頃焦っているに違いない。
美月の心情を考えただけで再び遥の感情が昂ってくるのだが、そんな遥の前にほのかが悲しげな声を出す。
「それならそうとちゃんと連絡してくれないと不安になります」
「……ごめんね、これからは連絡するよ」
一瞬にして下半身の熱が冷める。
たかが数時間連絡が取れなかっただけじゃないかと思うかもしれない。しかしブランシュ事件が起こってからほのかと雫は遥に対して過保護になっていた。
遥が誰と恋人になり誰と性行為しようと遥が決めたことなら咎めるつもりはないが、危険なことに首を突っ込むのだけは許さないようだ。
「許してくれる?」
「最初から怒ってないです」
「じゃあ仲直りのキスして?」
「喧嘩してたわけじゃないんですけど……ンッ……んふっ」
しぶしぶ口づけすると、ほのかは妖美に微笑んだ。
「雫ちゃんもキスしよ」
「うん」
ほのかを下ろすと膝立ちになる。顔の高さがちょうど雫の胸元当たりにくるため、雫は遥の頭を抱きながら顔を近づける。
「舌だして」
雫の艶めいた声に従う。
唇が触れない舌先だけの触れ合い。
艶めかしい音が二人の鼓膜を揺らし、舌を離すと扇情的な唾液の糸が伸びる。
「もっとする?」
「する」
遥の視線が一瞬雫の後方、教室の隅に設置されている監視システムの方へ向いた。しかしすぐに視線を雫の方に戻すと再び顔を近づけて……。
「失礼します。宮守君はいますか~?」
二人が重なることはなかった。教室の扉が開き、外から中条あずさが入ってきた。
雫の表情が強張り、ほのかは背筋をピンと伸ばして硬直している。
「あー!! やっと宮守君を見つけました~~っっ!!」
あずさは雫に頭を抱えられている遥の姿を確認し、興奮した様子で指をさしながら歩いてくる。
「あれ、どうしたんですか?」
気まずい空気を察したのかあずさは首を傾げた。
「いえ、寝ぐせが付いてるって髪の毛を直してもらってたところなんです」
「そうだったんですか」
放課後のこんな時間まで寝ぐせが付いてるのはおかしいが、授業中に付いた寝ぐせだと勘違いしてくれたようだ。
遥はあずさから寝ないで授業はしっかり聞くようにとアドバイスされていた。
「ところで宮守君、生徒会室までいいですか?」
「……あ、はい」
あずさの言葉にほのかと雫が色めき立つ。
「そういえばほのかちゃんと雫ちゃんも昼休みに生徒会室に呼ばれてたね。それと同じ要件かな?」
まだその話をしてなかったと、キスに夢中になっていた二人は目を丸くする。
「じゃあ行きましょう!」
「はい。わかりました。二人ともまた後でね」
「はいっ!」「またね」
ほのかと雫は教室で待っているらしい。
二人と別れた遥はあずさと隣同士で生徒会室へと向かう。
「やっと見つけたんですよ! 放課後教室に行ったのにいなくて、クラスの人に聞いたらE組にいるかもしれないって言われて行ったら、部活に行ってるかもしれないって言われて、美術部に行ったらまだ来てないって……たらいまわしにされたんですからね!!」
えっ、ハメまわされた? なんて難聴系主人公並みに聞き間違いしながらあずさの愚痴を聞いていた。
プンプンと頬を膨らませながら愚痴を言うものだからついついその頬を突きたくなる衝動に駆られながら小さな先輩の横を歩く。
「他の一年生は教室にいたのですぐ呼べたんですけど、いったいどこに行ってたんですか?」
「鼻血が止まらなくて保健室に行ってたんですよ。そのせいでワイシャツにも血が付いてしまいました」
「……大丈夫だったんですか?」
「はい。この通り止まりました」
あずさは人懐っこい遥の態度に気を許したのか、初めて会った時に比べて自然に会話が繋がるようになっている。
「でも可愛らしいあーちゃん先輩を見ていたらまた鼻血が出てきそうですね」
「ふぇっ!?」
「ほら興奮したら鼻血出てくるって言いますし」
「せ、せせせんぱいを揶揄ってはいけませんよっ!!」
「揶揄っていませんよ。本当にあーちゃん先輩は可愛いと思っていますし、一緒にいて幸せな気持ちになります」
「しあっ、わせ……ももももお、生徒会室に着いたので私はこれで失礼しますっっ!」
狂喜乱舞。
あずさは顔や首、耳を真っ赤にさせながら全速力で廊下を走りだした。本当に揶揄い甲斐のある人だと、見えなくなるまであずさが走っていった方を見つめていた。
「宮守遥です」
「どうぞ」
あずさの姿が見えなくなると、生徒会室の扉をノックする。するとすぐに部屋のロックが解除され、生徒会室には七草真由美、渡辺摩利、十文字克人の三人が遥を待ち構えていた。
「こんにちは遥くん。そこに座ってもらえるかしら」
「はい。失礼します」
三巨頭、そのうちの二人は十師族の一員というだけあり厳格な雰囲気が漂っていた。
「既に耳に入ってるかもしれませんが、今日ここに呼んだのは九校戦について直接話をしたかったからです」
真由美が口を開く。普段のお茶らけたものではなく格式張った声色をしている。遥も自然と背筋が伸びていた。
「遥くんは九校戦についてどの程度まで知ってるかしら?」
「人並み程度には。クラスメイトの北山さんが九校戦に詳しいので大体の事は知ってると思います」
「そう……確かに北山さんは凄く詳しかったわね」
そう言うと遠い目をした。昼休みに何があったというのだろう。
「じゃあ細かな説明は省くとして、単刀直入に言います。宮守遥君、貴方には第一高校九校戦メンバーに加わって頂きたいと考えています」
その瞬間、遥の視界にはステータス画面に何か更新された事を知らせる【New】のマークが出てきた。遥はそれを無視して微笑みながらこうべを垂れた。
「かしこまりました。微力ではございますが、わたしでよければ少しでもお役に立てれば幸いと存じます」
「……そう、ありがとう」
洗練された礼儀作法に摩利だけではなく真由美や克人も目を見張った。
顔をあげると窓が閉まっているにもかかわらず生徒会室のカーテンが躍るように羽ばたいた。それは遥を祝福するかのように産声を上げ、真由美たちは不思議そうに顔を見合わせる。
「なんだ、遥らしくないな」
「ま~形式上は真面目にやった方がいいかなぁと思ってね。こっからはいつも通りでいかせてもらいますね!」
「……はぁ、さっきまでの方がよかった気がする」
真由美と摩利は肩の荷が下りたように頬が緩んだが、克人は険しい表情のまま。
和やかな雰囲気に変わり、真由美は机の上に紙の資料を並べていく。
「入試、授業の成績、期末試験の結果から遥くんには二種目に出てもらうつもりです。それで私たちは「クラウド・ボール」「バトル・ボード」「モノリス・コード」辺りが遥くんに合ってると思うんだけど希望はあるかしら?」
「希望したところで意味はあるのですか?」
「自分がどの競技に適してるかは自分が一番わかると思うし、得意魔法なんかも人それぞれでしょう? だから一年生には自主申告してもらってるのよ」
「選手に選ばれたくて嘘ついてた場合はどうなるんですか?」
「練習である程度能力は把握できるから嘘をついててもわかるわ。それに偽証する人を選手に選ぼうとする人はいないでしょう? そういう人は来年以降も選ばれることはないでしょうね」
過去にそういうことがあったんだろうなと、真由美の黒い笑みを見て思わされる。
また、成績が良くてもその人が持つ魔法特性と競技の相性が悪い場合もある。そういう時は選考が見送りになるが悪いように扱われることはない。
「でしたら自分はアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードを希望します」
「っ……ど、どうしてかしら?」
真由美の表情が一瞬曇った。
「実技試験の結果を見て頂ければわかると思いますが、魔法式構築の処理速度には自信があります。それに障壁魔法を得意としているので今あげた二つの競技が適任かと」
一番の理由は別にあるが、感情論で訴えても説得は難しいと判断した結果である。
「障壁魔法が得意ならクラウド・ボールなんていいじゃないか? それに自己加速術式に慣れてるならバトル・ボードがおススメだぞ。私が直々に指導してあげようじゃないか」
摩利の直接指導という誘惑に襲われながらも遥は首を縦に振ることはなかった。初志貫徹を貫くつもりでいる。
「どうしてもその二つの種目しか出ないつもり? 他の競技じゃ駄目?」
「はい。この二つの事だけ考えて今日まで来ましたから」
「遥くんはどうしてそこまで……いえ、わかりました。少し時間をくれるかしら?」
「わかりました。他のメンバーとの兼ね合いもあるでしょうし今日は失礼します」
遥には最初からそれ以外の選択肢は存在しなかった。
最悪真由美を誘惑してでもアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出場するつもりでいたが、それは杞憂に終わる。
遥が去った生徒会室では摩利は苦笑いを浮かべているが、真由美は頬を膨らませながら困ったように眉が八の字を描いていた。
「遥のやつぅ、少しはこっちの身になってほしいな」
彼らは遥をクラウド・ボール、バトル・ボード、モノリス・コードの内の二つの競技に出すつもりで話を進めていた。
前の二つは遥の魔法特性から、モノリス・コードはポイント面から考えていたのだが、一から考え直すことになる。
「よりにもよってこの二つの競技か」
「そうね。モノリス・コードは予選で一敗しても大丈夫だけど、もしアイス・ピラーズ・ブレイクで一回戦から一条君と当たるなんてことになれば……新人戦は難しくなるわ」
今年、真由美たちと同じ十師族の人間が三高に入学し新人戦に出るとされている。
一条将輝。十師族「一条家」の長男で、次期当主であり殺傷性ランク「A」に分類される爆裂魔法を得意としている。その魔法はアイス・ピラーズ・ブレイクに関して右に出る者はいないと言われるほど相性の良い魔法だ。処理速度どうこうの問題ではない。
一条将輝の得意魔法から推測してアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出場すると踏んでいるため、真由美らは最初から男子アイス・ピラーズ・ブレイクを捨てるつもりで考えていた。
「宮守があそこまで覚悟を決めているのなら我々も覚悟を決めるべきだ。あいつを信じるか、信じないか。最終的なメンバー選考は生徒会長のお前に一任されている。七草、お前が決めろ」
トーナメント表次第で準優勝が狙えるかどうか。負けるとわかっている競技に実技一位の遥を出すのは勿体ないと渋っていたが、克人の一言で真由美は決意した。
生徒会室を退出した遥。遥はまだ確認していないが、先ほどステータス画面が更新され、【New】のマークにはこう記されていた。
【九校戦期間中、新たに女性一人と性行為しろ】
波乱の幕開けのスタートである。
魔法の障壁の事を障壁魔法と称しています。
【次回の投稿は1月15日19時予定です】