発足式が終わり、ようやく一息つける時間ができた。
九校戦はこれからが本番なんだけれど、肩の荷が少し下りたような気がする。
でもまだ生徒会長としての仕事が残っているのよね。
特に今年は一高の九校戦三連覇がかかっているからみんな気合が入ってるし、先輩方が繋いでくれたタスキを後輩たちにも繋げる必要がある。
私の代で優勝が途切れることがあってはならない。
男子は十文字君やハンゾー君たち、女子は私や摩利、一年生には深雪さんたちがいるから、順当にいけば優勝は確実。
けれど一つだけ危険分子というかなんというべきか、懸念材料が見つかった。
今、私が見ている監視システムの映像に映っている彼。
宮守遥君の存在がとても不安なのよね。
今は九校戦に向けて一生懸命体力トレーニングに励んでいるんだけれど、彼を一言で表すなら「変人」という言葉が当てはまるかもしれない。
彼の入学試験の結果を見た時は、尖った存在だと思った。実技試験では新入生総代の深雪さんと同じ成績を叩き出したが、理論では平凡な成績に終わる。
確かに二、三年生にも実技が得意で理論が苦手な人はいるが、ここまで極端な成績を取る人はいない。
今年はその逆の生徒も入学してきたけど、話題性でいえば遥くんが上かな。
アルビノのような白い髪の毛に白い肌。
神秘的な美しさを漂わせながら、微笑んだ時に歪む唇にドキッとさせられる。
一年生の中では深雪さんと実力・容姿ともに双璧を成す存在。
二人ともあの容姿にあれほどの魔法力。それで十師族と関係ないというのだから今年の一年生は驚かされることばかり。
遥くんの入学試験の結果がまぐれではない証拠に、期末試験の実技では深雪さんを大きく離して一位。理論は相変わらずだったけど、魔法力だけで言えば私たちにも引けを取らないかもしれない。
実力は申し分ない。欲を言えば彼が美術部ではなく運動部に所属していてほしかったと思うくらいで、私たちが引退した後の生徒会に欲しい人材だ。
一度風紀委員に欲しいと摩利に勧められたが達也君を推した私が言えた義理ではないけれども。
今になって摩利が風紀委員に欲しがっていた理由が分かった気がする。それくらい突出した存在だもの。
まあ彼は少し頭のネジが外れた人間みたいだけどね。
そうじゃなきゃ入学してから何人もの女子生徒を口説いたりしないわよ。多分過去にこんな人はいなかったと思う。
彼曰く、口説いているのではなく一種のコミュニケーションとの事。だけど会うたびに「今日も美しいですね」「今度デートしませんか?」「真由美ちゃんの笑った顔って可愛いですよね」なんて普通言うかしら? 言わないわよ。
私もそれなりにお見合いモドキや男性と話した経験はあるけれど、遥くんはそんな男性たちとは比べ物にならないほど常軌を逸してぶっ飛んでいると思う。
呆れてものも言えないとは正にこの事でしょうね。
別にそういう事を言われるのが嫌だというわけではない。綺麗と言われて嫌な女性はいないし、小さな変化に気づいてそれを誉めてくれるのは嬉しいことよ。
この前なんて疲労からか、少し体調が優れない時があった。悟られないようにしていたという事もあり、他のみんなは気づかなかったのに遥くんだけは『顔色が悪いですよ。少し休んだ方が良いんじゃないですか?』と飲み物を渡してくれた。その後の『真由美ちゃんは頑張りすぎなんですよ。膝枕してあげますからどうぞ』という一言が余計だったけどね。
爪を切った時、シャンプーを変えた時など、他の誰も気づかないような小さな変化にもよく気づき、人を気遣える稀な存在。
恋人がいると違うのかしら?
遥くんには光井さんという彼女がいる。これは一高に通っているなら、大半の生徒は知っているかもしれない。
理由は明白。
だって一部の男子生徒たちが遥くんの悪名を流しているんだから。
さっきも言ったけど、遥くんは口を開けば甘い言葉で女の子たちを誘惑してくる。今の時代には珍しい積極的でオープンな男性。一昔前にはそういう男性がいたらしいけど、今の男性は消極的というか誘われ待ちの男性が多い中で異質な存在。
だからか遥くんは女の子にモテるし人気者。
まあ、あんなに顔が良くて口が上手ければ男性に免疫のない子たちが惹かれるのもわかる気がする。私は優しい言葉を投げかけられたり、頭を撫でられただけで恋に落ちるような簡単な女性じゃないけどね。
そんな遥くんに嫉妬した一部の男子生徒たちが、遥くんの悪い噂を流しているらしい。詳しくは掴めていないけれど『宮守遥は彼女がいるのに他の女子と浮気する最低男』『一度遊んだら放り捨てるヤリ〇ン野郎』なんて悪名があるみたい。
さすがにこれ以上実害があるようなら噂を流している犯人を突き止めなければいけないけど、今はそんな余裕が無いというのが正直な意見。
みんなが九校戦に向かって力を入れてる中、遥くんの事ばかりに気を取られていられないもの。
恋人がいるのに他の女の子と仲良くする遥くんが悪いのよ。そう言われても仕方ないわ。やっぱり男性は一途じゃないと。
それに噂の一部は噂じゃなくて、真実だもの。
私は遥くんが、光井さんじゃない、他の女の子と……してる所を見たことがある。
あれはつい先日、期末試験が終わって九校戦メンバーの内定を一部の選手に伝えた日の事。
その日は昼休みに深雪さん、光井さん、北山さんに生徒会室に来てもらい、九校戦メンバーに内定したことを伝えた。そのあと少し空いた時間で息抜きがてら日課ともいえる監視システムの映像を見ていた時、問題の映像が映っていた。
小体育館の方に歩いていく遥くん。そしてその後ろをついていく女子生徒二人の映像。
その時は「また女子と一緒にいるのね」程度にしか思っていなかった。けれど遥くんは何の戸惑いもなく女子更衣室へと入っていった。これには堪らず「えっ!?」と叫んでしまった。
幸いにもさっきまで一緒にいた摩利と十文字君はいなかったからよかったものの、どうして一緒にいる二人も何も言わないのかと目を疑った。
もしかしたら更衣室の中に虫でも出たのか、それともロッカーの上に荷物があって取れないのかなと思ったけど、彼らが更衣室に入ってからしばらく経っても出てこない。
更衣室の中には当然だけど監視システムは無いし、外からの映像では何も映らない。音も聞こえず、中で何をしているのか全く分からなかった。
怪しい。私の中の好奇心が中を覗けと言っていた。
既に昼休みは終わっている。
学校では極力使わないようにしてるけど、何かあってからじゃ遅い。
生徒会長として生徒の安全を守る必要がある。
自分の先天的な能力である遠隔視系知覚魔法『マルチスコープ』を発動させて更衣室の中を覗くことにした。
そして更衣室で行われている一部始終を見てしまった。
淫靡な雰囲気が。私の知らない未知なる世界が。
私よりも年下の子たちが、喜悦の笑みを浮かべながら情熱的に、淫らに交わり合う光景が広がっていた。
これ以上見てはいけない。そう思っても目が離せなかった。
遥くんと交わる二人の女子生徒の事も知っていた。達也君と同じクラスの千葉さんと柴田さん。二人とも成績は普通だけど、千葉さんはあの千葉家の娘。柴田さんは特殊な力を持っていることも知っている。
特に千葉さんは剣道部に顔を出して片っ端から男子部員たちを一刀両断するほど男勝りな気性の持ち主だと思っていたのに、あんなにも乙女な表情を遥くんに向けていた。
身体に熱が帯びていく。私があそこにいたらどうなってしまうのかを想像すると、勝手に手が自分の下半身へと伸びていた。
だめ、ダメ、駄目。これ以上はいけない。
私はふしだらな女ではないわ。十師族「七草家」長女七草真由美。これ以上はここでするべきではない。
私は千葉さんが果てる瞬間を見届けるとマルチスコープを解いた。
監視システムの映像では、放課後になってようやく彼らが更衣室から出てきた。二時間以上も更衣室で?
千葉さんと柴田さんの歩き方がおかしかったけど、遥くんは何もなかったかのように平然と歩いていた。
更衣室を出て監視システムの前を通り過ぎようとした瞬間、一瞬だけど遥くんが監視システムの方を見た気がする。いつも優し気に微笑んでくる彼とは思えない鋭い目つき。
胸の奥を鷲掴みにされたような感覚。
まさか、私が監視システムの映像を盗み見ていることに気づいたのか。そう思ったけれど杞憂に終わる。
そのあとすぐに遥くんにも生徒会室に来てもらって九校戦メンバーに選んだことを話したけれど、その時は何もおかしな点はなかったし、普段通りの遥くんだった。
学校であんなことをしておいて普段通りでいる方もおかしいのだけど、それはそれで落ち着かない。
だけどこのままではいけない。更衣室の件だけではなく、噂の件もあるし、一度遥くんとお話ししないと。
もし九校戦で他校の女子生徒に手を出して問題になれば、遥くんだけの問題じゃ済まなくなってしまう。学校だけじゃなく、魔法師全体の問題に発展しかねない。
今は性が解放された時代じゃないのだから、一高の代表選手としての自覚を持ってもらわないといけない。
はぁ、頭が痛くなってきた。遥くんを九校戦のメンバーに選んだのが間違いだったかなと思い始めてきたわ。
能力的にはは申し分ないんだけどね。
千葉さんや柴田さん、それに恋人の光井さんだけじゃなくて北山さんともそういう関係のようだし、キチンとお話ししないと。
ただ、一人で会うと何されるかわからないし、念のために摩利も連れていこうかしら。
監視システムの映像を切ると風紀委員室へと向かった。
向かっている途中に野外演習場の方に歩いていく摩利を見つけたから追いかけようとしたら、なんという偶然か遥くんも一緒にいた。
チャンス!
周りには誰もいないし遥くんとお話する良い機会。二人の後を追いかけると、二人は向かい合っていた。
何をするつもりなのかしら。そう思って少し見守ることにしたのだけれど……
「ッッ!?」
慌てて自分の口を手で覆った。
声にならない悲鳴を上げ、私は物陰から二人の声に耳を傾けた。
「はるっ、かぁ、強すぎるぞ」
「先週は試験のせいでできなかったんだから、今日は二週間分の摩利ちゃん成分補給しないと」
「ンッ……ばかもの」
「そう言いながら摩利ちゃんだっていつもより強く抱きついてるじゃん」
「んはぁっ、それは……」
「俺の汗のニオイ嗅ぎたいから?」
「ッッ……ぁっ、んふぅっ」
どういうこと??
遥くんと摩利もそういう関係だったってこと? でも摩利には修次さんって恋人がいるし、えっ?
自分の目を疑った。けれど間違いなく私の視界の中に映っているのは幻ではなく現実の世界。
木々に囲まれた閑静な野外演習場で、遥くんと摩利が正面から抱き合っていた。遥くんだけじゃなく、摩利も抱きつくように背中に腕を回している。
互いに合意の上での抱合。海外の人が行うコミュニケーション上のハグではないのが見て取れた。
確かに最近摩利は恋人である修次さんから週に一度ほどしか連絡がこないと嘆いていた。自分から連絡してもなかなか繋がらず、不満をこぼしていたけど、こんな不誠実なことを見過ごすわけにはいかない。
親友とも呼べる摩利の浮気現場を目撃してしまい言葉を失う。
ただ、何故かわからないのだけれど自分の胸の鼓動が激しく鳴り響いているのが聞こえる。
「可愛いよ」
「んふっ……ぁっ、ぁ」
「キスしてもいい?」
「だめに、きまってるだっろ……ふぅっ、キスはしない、やくそくだ」
「でも摩利ちゃんの唇、キスしたそうに濡れてるよ?」
「んっ……ちがっぅ、これわぁ……」
「ふふっ、わかってる。ほら、いいよ」
あんな摩利を初めて見た。頬が紅潮し、潤んだ瞳に艶やかな唇がとても色っぽく見える。
対して遥くんは余裕とばかりに摩利の身体を支えながら器用に唇や頬を撫で、キスしそうなほど至近距離で囁いている。
異性の扱いに関して摩利とは経験値が違った。
そんな遥くんは軽く膝を屈ませ、摩利と頭の高さを揃えるとニヤリと笑う。とても蠱惑的な笑みだ。
「ふっ……ンッ……んぅっ。はむっ……んっ」
「ふふっ、唇、気持ちいいよ。前より唇の使い方が上手くなったね」
摩利は自分の唇を遥くんの首に押しつけた。
鎖骨辺りから首筋を這うように顔を動かしながら唇を擦り付けていく。
時折艶やかな水音が聞こえてくるけど、それだけ濃厚な口づけをしているのだろう。物陰に隠れて視界から外しても卑猥な音が響いてくる。
「今度は俺がしてあげるね」
「っっ、ぁんっ……つよすぎっ、ンァッッ……ァ、ァ」
見てはいけないと思っているのに見ずにはいられない。
摩利が遥くんにしていた時よりも大きな水音が鼓膜を揺さぶってきた。この辺り一帯の空間が震えているような感覚。
摩利の両手が遥くんの後頭部を抱き、自分の胸を押し付けるように悶えている。
あんな破廉恥なことを摩利が……。
遥くんの唇が摩利の首筋に吸い付き、噛みつき、唇を押し付けたところには朱い印ができていた。
それを見た私は察した。
あぁ、この関係はずっと前から続いていたのね。
あれはちょうどブランシュ事件が終わった辺りだったかしら。
摩利の首筋が赤く腫れていたからどうしたのか聞いたことがある。その時は虫に刺されたんだろと誤魔化されたけれど、あの時からこの関係があったということね。
二人は同じ道場で剣術を学んでいたというし、もしかしたらその頃から……。
「はるっっくぅ……ぁ、んっ……だめっ、ぁっ……んぅっ」
同じ学び舎で苦楽を共にしてきた友の悦びの声が木霊する。
私はそれを聞きながら自分の身体の変化を感じ取っていた。
身体が熱くなってくるのは仕方ない。けれども、こんなところで自制心を失うわけにはいかなかった。
無意識の内に下半身へと伸びる手を制止するように両手で口元を覆い、零れる吐息の音を消す。
摩利の喘ぎ声、溢れる水音を聞くたびに私の身体が震えてくるけど必死に耐えた。どれだけ時間が経ったかわからない。
けれどようやく秘密の逢瀬が終わった。
摩利は足に力が入らないのか立つことすらままならない。でもそれで当たり前なのか、遥くんは微笑みながら摩利の頭を優しく撫でている。
「素敵な時間だったよ。摩利、愛してる」
「ッッ」
摩利の返事は聞こえてこないけど、潤んだ瞳を尖らせながら睨んでいるようだった。きっと修次さんへの罪悪感でいっぱいに違いない。それが摩利の表情に現れていた。
ならどうしてこんなことをしているの?
摩利の気持ちがわからない。
「九校戦で修次さんと会いたい?」
「……どういう意味だ?」
「いいや、摩利ちゃんにとって最後の九校戦だから、愛する人に応援してもらいたいのかと思ってね。摩利ちゃんの答え次第で俺もどうするか決めるので」
「……会えることなら会いたいに決まってるだろ」
「……そう、ですか」
遥くんの悲しげな表情。何かをはらんだ表情だ。哀愁すら漂わせた佇まいにハッと息を飲む。
「わかった。会えるといいね」
「……そのころ修は剣術指南のためにタイにいる。会えるわけないさ」
「ま~愛があればなんとかなるかもよ? 会えなくてもその時は俺が摩利ちゃんをたくさん可愛がってあげるからね」
「ば、ばかものっ……」
「ふふっ、強がってるのに気持ちよすぎて立てない摩利ちゃん可愛い」
「……」
「今日はこれで終わりだよ。いつも通り先に行ってた方が良い? それとも支えていこうか?」
「こんな姿を他の生徒に見られたら困る。遅れて行くから大丈夫だ」
「はーい。じゃあまた来週ね」
遥くんが校舎の方へと歩いていく。
私はどうするべきか。
摩利の元に向かって二人の関係を問いただす。それとも遥くんの所に行って止めるよう説得する。もしくは、このまま知らなかった振りをし続けるか。
摩利の事を想うなら直接本人に聞いて解決策を考えるべきだけど……。摩利のあんな艶めいた表情を初めて見た後じゃあ聞きづらい。
どうするべきか悩んでいると、摩利が立ち上がって遥くんが通っていった道を歩き出した。
残された私は、答えの出ない問いに対してしばらく頭を悩ませていた。
「真由美ちゃん」
「っ!?」
そのせいで遥くんが目の前にいたことに気づけなかった。彼は先ほど摩利に見せていた、煽り立てるような笑みを浮かべながら立っていた。
「真由美ちゃんが監視システムの映像を見てたのは知ってたけど、覗きなんて趣味悪いんじゃないですかぁ?」
魔の手が迫ってくる。
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【次回の投稿は1月23日19時予定】