100話まで続くのだろうか……。
一色愛梨。通称「
一色家は十師族に選ばれる資格を持つ師補十八家の一つであり「神経への干渉」を研究している魔法師の家系だ。ただし、相手を操るような干渉の仕方はタブーとされているが……。
「リーブル・エペー」と呼ばれる魔法を使用したフェンシングを得意とし、中学時代から様々な大会で優勝を収め、移動魔法を使った剣捌きの鋭さから「
十師族の一条将輝と共に三高では期待の選手として九校戦に出場するため、懇親会に参加している愛梨だが、本人は周囲の浮かれた雰囲気に辟易していた。
「戦いの前だというのにお気楽なものね。まったく軽薄で嫌になるわ」
九校戦出場選手の中でもトップクラスの美貌の持ち主である愛梨は、先ほどから多くの男子から声をかけられていた。
そのたびに有無を言わさぬ勢いで相手の心を折っては一瞬にして立ち去る姿から、一部の男子たちから「エクレール・ジャッジメント」などと恐れられることに。
また一人他校の男子生徒を斬り捨てると同じ三高の女子らと合流した。
「うかうか一人で歩くことすらできないわね」
「それだけ愛梨が美人という事じゃ」
「まったく、懇親会を何か別のものと勘違いしてるんじゃないかしら」
呆れ顔で喉が渇いたわ、と給仕を探す愛梨。メイド服のようなものを着た女性を見つけるが、給仕が来るより先に、愛梨の元へまた新たな男子生徒が歩み寄った。
周囲の人間は『またか』『お疲れ様』と慈悲深い視線を男へと向ける。
「久しぶりだね愛梨ちゃん」
「み、宮守遥……」
愛梨の表情に警戒の色が灯る。
「今貰ったばかりだから口付けてないしどうぞ」
飲み物が入ったグラスを愛梨に手渡す。愛梨は匂いを嗅ぎ、それが自分の好物の飲み物である事を確認すると喉を潤した。
懇親会と言っても高校生のパーティーなのだからアルコールは無し。それでも酔ったように頭を覆いたくなる気持ちを抑えながら遥と向き合う。
「ありがとう。そしてお久しぶりね、宮守遥」
グラスを机の上に置くと、愛梨は片足を斜め後ろに引き、もう片方の膝を軽く曲げる。そして両手でスカートの裾を掴むと軽くスカートを持ち上げた。
それだけで二人の関係性が伝わってきそうだが、社交界に疎い周りの生徒たちは愛梨のカーテシーに見蕩れる。
「なんじゃ、愛梨はこの絵に出てきそうな美男子と知り合いなのか?」
「ええ、彼は……」
「初めましてお嬢様方。僕の名前は宮守遥と申します。以後お見知りおきを」
今度は遥がお返しとばかりに床に片膝を付けて跪くと、愛梨の隣にいた小柄の女子生徒の手を取り、その手の甲に唇を添えた。
「なっ!?」
手の甲にキスされた女子は驚きのあまり身体が硬直してしまった。隣にいたもう一人の女子生徒が顔の前で手を振っても反応がない。
「沓子しっかりなさい」
「……はっ、一瞬意識が飛んでおったようじゃ」
「大丈夫?」
「初めてあんなことされて驚いただけじゃ。もう大丈夫」
愛梨はポケットからハンカチを取り出し、彼女の手の甲を軽く拭いた。
「気を付けなさい。彼はこういう人間なのよ」
「……強敵じゃのう」
キスされた女子は僅かに頬を赤く染めながら不敵に笑う。
「宮守遥、と言ったか。わしは四十九院沓子じゃ」
「十七夜栞」
「沓子ちゃんに栞ちゃんだね。よろしく」
「栞ちゃん?」
「僕は女の子には紳士でありたいからね。名前で呼ぶようにしてるんだよ。嫌なら別の呼び方にするけど」
「……諦めた方が良いわ。拒めばとんでもない渾名を付けられるわよ」
愛梨も経験があるのか、見たことのない愛梨の顔を見て二人は受け入れることにした。
「それより『僕』って言い方止めてくれない? 気持ち悪いのだけれど」
「不評だった?」
「ええ、とっても」
「じゃあいつも通りいこうかな」
周囲がざわつき始め、彼らを見詰める視線が増えていく。
「愛梨とこのとんでもない男はどういう関係なのじゃ?」
「そうね、どう説明しようかしら」
「正直にお見合いした仲だって答えればいいんじゃない?」
「お見合いっ!?」
沓子は派手なリアクションをする女子のようだ。遥に近い人間でいえばほのかタイプ。逆に栞は物静かでこちらは雫に近い性質を持っている。
栞も声を上げないまでも目を見開いて驚いていた。
「彼の家が一色家へ資金提供してくれていて、その流れで私個人のスポンサーにもなってくれていたのよ」
「宮守って名前を聞いたことがありませんか?」
「みやもり……」
「宮守グループ?」
「正解。栞ちゃんは聡明なんだね」
褒められた栞は遥から目を逸らす。
「それで父が胡麻を摺る意味で私と彼のお見合いをセッティングしたのよ」
「胡麻を摺るって……それを本人の前で言ってもよいのか?」
「別に構わないわ。本人にも言ってあるし」
「お見合いの席で二人きりになった時に告げられたときは驚いたよ。とても素直で魅力的な女性だなぁと思ったけど」
遥の父が過去にスポンサーの話を持ち掛けたのは十師族だけではなかった。
スポンサーになった家からそういう話をされたのは初めてで、その時すでに遥には恋人がいたが、興味本位でお見合いを受け入れて実現した。
二人のお見合いが催されたのは彼らが中学三年生に上がる前で、時系列的に言えばほのか、雫と恋人になり、エリカと性行為した後の事だ。
「初耳じゃな」
「誰にも言ってないもの」
「それで二人はカップル成立とはならなかったわけじゃろ?」
「……」
「え?」
相変わらず遥はニコニコと微笑むだけ。愛梨も沓子の問いかけに答えないため、沓子と栞が顔を見合わせる。
「私個人としては複雑なところだけれど、一色家としては良家と関係を持てるのは好ましいことだもの」
「愛梨ちゃんは一人娘だもんね。結婚するってなったら宮守家に嫁がなきゃいけないし、そうなったら一色家は養子を取らなきゃならなくなるわで色々大変なんだと思うよ」
遥と愛梨の子どもを一色家の跡取りにすることも可能。
一色家としては宮守グループの長男で魔法師としても力がある遥との縁談を進めたいと思っているが、愛梨が首を縦に頷かないでいた。
「それだけじゃなくて貴方、すぐに女性を口説くじゃない。今みたいに」
「魅力的な女性が目の前にいれば口説くのは礼儀だよ」
「それが気にくわないのよ」
遥は愛梨の遠慮なくズバッと言う性格を好ましく思っていた。
愛梨としても遥との縁談を拒む理由はない。しかし、感情的に遥と結婚したとして、遥の性格的に将来へ不安を覚えていたのだ。
理屈ではない感情の問題。
まだ重婚制度が根付いていない社会と倫理観の弊害ともいえる。
「なるほど。確かにこやつの相手をするのはちと骨が折れそうじゃな」
「俺としては沓子ちゃんも可愛らしくて是非お近づきになりたいと思うんだけどね。勿論栞ちゃんとも」
「私は遠慮しておく」
「え~フラれちゃった俺~?」
栞もストレートに言う性格のようだ。
フラれてもなお笑顔のままの遥。強心臓なメンタルに沓子は遥の事を好ましく思っていた。
まだ興味がある程度で好意までは抱いていないが。
「わしはおぬしみたいな人間は嫌いじゃないぞ」
「ありがとう。俺も沓子ちゃんみたいな子は好きだよ」
「すき……?」
「嫌いじゃない」ではなく「好き」と言うと愛梨の目つきが鋭くなる。
「じゃあ連絡先を交換しようよ。栞ちゃんも、連絡先を交換するだけなら駄目かな?」
「……それなら」
時には下手に出て相手の様子を伺う。交渉術を駆使して早速二人の連絡先をゲットした遥だった。
少し前から周囲の男たちは言葉を失っていたが、遥たちは気にすることなく会話を続ける。
「みんなはどの種目に出るの?」
「なに、敵情視察?」
「ふふっ、既に出場種目と個人の紹介文がパンフレットにも記載されてるしこれくらいなら日常会話の範疇じゃない?」
「ならパンフレットを見ればいいじゃない」
「可愛くて美人な愛梨ちゃんたちとコミュニケーションが取りたいんだよ。勿論容姿だけじゃなくて愛梨ちゃんが努力家で真面目だってことも知ってるけど」
「ふんっ」
机に置いておいた飲み物を再び煽る。中身が無くなったことでお代わりをと思ったが、すぐに遥が給仕を呼ぶとグラスを取っていた。
「相変わらず気持ち悪いくらい気が利くのね」
「他の男たちにはできない芸当でしょ?」
「ええ、そうね」
懇親会に参加して初めて愛梨が笑った。その瞬間、周りの人間が混乱したようにざわめきだした。
「私は新人戦クラウド・ボールとミラージ・バットに出場するわ」
「新人戦?」
「ええ、それがどうかした?」
「ミラージ・バットも新人戦に出場するの? 本戦じゃなくて?」
「何故本戦だと思ったのかしら。本戦は先輩方が出場するわよ」
「……そう、だよね」
遥の記憶では一色愛梨という女子生徒はミラージ・バット本戦に出ていた。記憶違いか、もしくは遥の知っている史実との乖離が起きているのか、遥にはわからない。
沓子と栞の出場種目も聞くと、遥も出場種目を告げた。
「俺は新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出場するよ」
「え?」
「それはなんというか……」
「ご愁傷様ね」
栞、沓子、愛梨の順で遥に対して微温的な態度を取る。
栞と沓子に至っては肩をすくめながら苦笑いを浮かべていた。
「ふっ、残念だけど今年は本戦三連覇と新人戦は一高がもらうから」
遥は情けをかけられるのを嫌う。彼女たちの対応が遥に火をつけ、挑発するように発言する。
刹那、三人の雰囲気が一変した。
「あら、それはこちらの台詞よ。今年こそ一高の優勝を阻んであげるわ」
「それにこっちには王子様がおるからのー」
「本戦はともかく新人戦は三高がもらう」
戦いの火蓋が切られた。
戦いの前の鞘当て。
懇親会の醍醐味だと、遠くから見つめていた摩利や真由美たちが愉快そうな笑みを浮かべていた。その隣では摩利と会話していた三高の三年生が頭を抱えていたのは言うまでもない。
「その王子様だけど、一高の女子に対して夢中のようだね」
「え、そんなわけが……」
「一条が他校の生徒に夢中?」
「なんじゃとっ、親衛隊が荒れるぞ!」
三高には王子様を見守る親衛隊という組織が非公式ながらも存在する。
「文句を言ってやろうと思ったけどあんなのには太刀打ちできないよぉ……」
「何者なのあの子~」
親衛隊が涙を流しているのを見た三人は、三高の王子様こと一条将輝の惚けた姿を見て驚愕しながらも、彼が見つめる視線の先へと視線を伸ばす。
「な、なにあの子……いったい何者?」
「親衛隊が何も言えないのもうなずける」
「おぬしと言い今年の一高はバケモノ揃いじゃの……三高も血筋から言って美形も多いし目が慣れているつもりじゃったが……」
愛梨たちの目には一人の女性が映っていた。
司波深雪。このホール内でも一際視線を集める絶世の美女。
遥もそれなりに視線を集めていたが、それを軽く凌駕するほどの異彩を放っていた。
愛梨は本能的に畏怖を感じながら、深雪の元へと歩いていく。
「私たちは彼女とお話ししてくるわ」
「うん、また後でゆっくり話そう」
威圧感に阻まれるように愛梨の足は重く、深雪の元にたどり着くまで時間を要した。
愛梨たちが一高女子が集う場所へ向かったのを確認すると、遥は周囲の視線を躱すように人の波に紛れ込み、一人の給仕と一緒にホールの外へと移動した。
「ちょっと、遥!?」
「やぁエリカちゃん。とても素敵な格好をしてるね」
「……まさかあんた」
「ん?」
愛梨たちと別れた遥は、怪盗のごとく給仕に精を出すエリカを懇親会のホールから外に連れ出すことに成功した。
そしてひと気の無い場所でエリカに迫っていた。
「俺に見せるためにこんな可愛らしい格好してくれたの?」
「アルバイトの制服よ。別に遥に見せるためじゃないから」
丈の短いヴィクトリア調ドレス風味の制服を着たエリカ。
ホテルに着いた時の格好といい、遥の感情を昂らせるには充分すぎる色香を放っていた。
「凄く可愛い。滅茶苦茶にしたいほどにね」
「っ、今は駄目だからね!?」
「後でならいいの?」
「……」
「ふふっ」
いつにもまして上機嫌な遥。
壁際まで追いやられ、逃げ道のないエリカは遥の顔を見るしかできない。
「お化粧もしてるんだね。大人びていて綺麗だな」
「んっ、い、今はリップ塗ってるんだからキスできないわよ」
薄赤色のルージュのおかげでいつも以上に唇が艶やかに光っている。
「じゃあ俺が一方的にエリカちゃんに痕を付けるのは良いんだね?」
「んぅ、だ、めっ」
エリカの白い首筋を舐める。途端にエリカの首から上が赤く染まり、上目遣いで見つめる。
「こんなに綺麗なら他校の男子が黙ってないんじゃない? 口説かれたりした?」
「……されるわけ、ないでしょ」
「魔法師の卵たちも見る目が無いんだなぁ」
「んっ」
耳元で囁かれ、潤いに満ちた唇から吐息が漏れる。
「好きだよ。愛してる」
「んんぅっ、うる、さいぃ」
「今はエリカちゃんに手を出せないんだから、言葉くらいは許してよ」
「んはぁっ、はぁっ」
化粧をしているため、遥の胸元に顔をうずめてだらしなく緩む顔を隠すこともできない。
「やっぱりキスしちゃ駄目?」
「……だめっ、よ」
「でも我慢できないかも」
「ぁっ」
顔を近づける。
匂いが濃くなっていき、エリカの温い息が遥の頬を撫でていく。
二人の唇の距離は指一本分の太さもない。
「好きだ……」
「んっ、ちゅっ」
我慢できなくなったのはエリカの方だった。『好きだよ』と最後まで言わせることなくエリカは遥の唇を塞ぐ。
一度目は触れるだけのキス。
「しちゃったね」
「遥のせいだからね」
「うん。エリカちゃんは何も悪くないよ」
「……ばか」
「もっとしたいな」
「ぅん、くちゅっ、ちゅっ……しゅきぃっ」
二度目は舌を絡ませる情熱的なキス。
遥の唇が赤く染まっていき、魅惑的な水音とともにホールの方から握手の音が響いてきた。
「今頃偉い人の話でも始まったのかな?」
「……」
「懇親会に戻る意味もないし、このまま部屋に行こっか?」
「きゃっ!?」
エリカの膝裏と腰に手を回してお姫様抱っこのように持ち上げる。
傍から見ればメイド服にも見えるエリカを持ち上げる王子様の構図。
「バイト代出なかったら俺が代わりに払うからさ、ね?」
「ちゃんと全額払ってよね」
「わかった。身体で払うよ」
「っっ」
真っ赤に染まった唇が三日月状に笑う。
エリカは遥の胸の鼓動を聞きながら、これから始まる夜の営みを想像して赤面していた。
遥がエリカを部屋まで連れだしている頃、懇親会会場では来賓として九島烈、そして原作ではこの場にいなかった十師族当主がサプライズで登場していた。
【次回の投稿は2月4日19時予定です】