開会式が終わると選手たちはその場で解散となった。
九校戦一日目は本戦スピード・シューティングの予選から決勝まで。バトル・ボードは予選のみ行われる。
スピード・シューティングでは真由美が、バトル・ボードでは摩利が優勝候補として挙げられていた。
ほのかと雫が出る種目という事もあり、彼女たちは彼氏である遥、それに達也と深雪も一緒に一般用の観客席へと向かう。
「おーい!」
種目別に会場が分けられているがスピード・シューティングが行われる会場は人で埋め尽くさんばかりの盛り上がりを見せていた。
空席を探す方が難しいほどの賑わいだが、関係者エリアではなく一般観客席に来たのは彼女たちと合流するためだった。
「エリカありがと!」
ほのかがお礼を言うとエリカ、美月、レオ、幹比古と合流する。
上段では美月、エリカ、ほのか、遥、雫の順で、下段では幹比古、レオ、達也、深雪の順に陣取る。
「それにしてもよく席が確保できたな。難癖付けられなかったりしなかったのか?」
達也がレオやエリカの方を見て尋ねる。
「一席開けて座ってたから大丈夫だったぜ。それでも何人か間に座ろうとしてきたけど、エリカが睨むと怯えて逃げて行ってたな」
「人を猛獣みたいに言わないでくれる? あたしはみんなの分の席を守ってただけなんだから」
いつものやり取り。遥の『寝取られ対策』が無ければ今頃レオの頭を叩いていたところだろう。
「エリカちゃんありがと」
「ふんっ」
遥に礼を言われたエリカは目の下を赤らめながらそっぽを向き、そんなエリカを両脇に座る美月とほのかは温かい眼差しを向けていた。
競技が始まる前、会場の巨大スクリーンには有線放送と同じ競技説明の映像が流れている。
「スピード・シューティングは通称『早撃ち』って言われてるの」
新人戦のスピード・シューティングに出場する雫が映像に補足しながら説明していく。普段物静かな彼女とは思えないほど流暢に話す。
【スピード・シューティング】
三十メートル先の空中に投射されるクレーを有効エリア内で、魔法で破壊する競技。クレーは五分間の制限時間中にランダムに射出されるため「素早さ」と「正確さ」が求められる。
予選は破壊したクレーの数を競うスコア型。
六回の試技によるスコア上位八名が決勝トーナメントに進出。トーナメントでは一対一の対戦型となり、紅白のクレーが百個ずつ用意され、自分の色のクレーを破壊した数を競う。
「予選では大破壊力のある魔法でクレーを一気に破壊するという戦術が可能だが、トーナメントでは自分のクレーだけを撃ち抜く精密さが要求されるってわけだ」
雫が話し終わったタイミングで達也が口を開いた。いつの間にか彼らの周りにいた一般客も雫らの言葉に耳を傾けていた。
「普通なら予選と決勝トーナメントで使用魔法を変えてくるところだが……」
「七草会長は予選も決勝も同じ戦い方をすることで有名ね」
達也が言いかけた台詞をエリカが横取りする。
「だからだろうな」
達也の視線は観客席の最前列に伸びる。
視線の先では、観客たちが前列の前へ前へと詰めかけている光景が広がっていた。
スピード・シューティングでは空中を高速で飛ぶクレーを撃ち落とすため、最前列よりも後列の方が首と目に負担なく観戦できる。それでも多くの観客が最前列を陣取っているのには理由があり……。
「一高の七草真由美だ!」
「『エルフィン・スナイパー』だ」
「素敵ですお姉様~!」
「まゆみちゃ~ん」
前列に押し掛けた観客たちのお目当ては、もうすぐ行われる試合に登場する真由美の姿を見ることにあった。
可愛さと凛々しさが融合し、ヘッドセットやゴーグルを身に着けた姿は近未来映画のヒロインのような雰囲気がある。
「会長さんの同人誌を作っている人もいるくらいですからね」
「え?」
「美月、貴女そういう趣味が?」
ポロリと美月が溢した言葉にエリカが反応し、深雪は流し目で美月に問いかける。
「美術部に所属していたらそういうモノを目にする機会があるってだけだよ。ね、美月ちゃん」
「は、はいっそうですっ」
遥の援護。
しかし今の発言に眼を鋭くさせたのはほのかだった。
「ってことははる君も七草会長の同人誌を見たことがあるんですか?」
「……まあ、俺も美術部に所属してるからねぇ」
「むぅ~」
「安心してよ。真由美ちゃんのあんな姿やこんな姿の同人誌は見てないから」
何を想像したのか、レオや幹比古だけではなくエリカや深雪までもが頬を紅くしていた。
「始まるぞ」
唯一表情を変化させなかった達也の声に皆が口を閉ざした。
野太くもあり、甲高い声援が一瞬のうちに静まり返る。
試合前の静寂。単発小銃のような小銃形態のデバイスを構えた真由美の集中と気迫が観客席に緊張感の波紋を広げていく。
「早い」
開始のシグナルと共に雫が呟いた。
クレーの射出数は五分間に百個。
真由美は一個の取りこぼしもなく不規則な間隔で撃ち出されたクレーを個々に打ち砕いていく。
高速にして正確無比。これが七草真由美。またの名を『遠隔魔法のスペシャリスト、エルフィン・スナイパー』と呼ばれる所以である。
「パーフェクトとはね」
五分間の試技時間はあっという間だった。
結果はわかりきっていたことだが、改めて直接目にしてみると真由美の異常さを実感することになる。
達也は真由美の妙技に舌を巻く。
「まゆみちゃ~ん!」
「真由美! 真由美! 真由美! 真由美!」
「こっち向いて~~~!」
ゴーグルとヘッドセットを外し、観客の拍手に笑顔で応える真由美。学校にいる時とは違って人前用の御粧しをしている彼女は、思わず目を奪われる優美さを兼ね備えていた。
客席を見渡す真由美だったが、大勢の観客の中で遥と目が合った。見つけてしまったという表現が正しいだろう。
真由美の変化に気づけた者はおそらくいない。達也も深雪やレオ達に真由美が使っていた魔法の説明で目を逸らしていたため、彼女の顔が一瞬強張ったのに気づいていない。
一人を除いては……。
今もスピード・シューティングの試技は続いているが、バトルボードの種目に出場する摩利の試合を観戦するために会場を移動することにした。
バトルボードはほのかが新人戦にエントリーしている種目。エリカは乗り気じゃなかったが、全員が観戦に行くというので渋々付いてくることにした。
「あっ、ごめん、ちょっとトイレ行ってくるから席取っててくれる?」
「え?」
「わかった。早く戻ってきてね?」
「うん、じゃあまた後で」
ほのかと雫にそう言い残すと遥はバトルボートの会場に進む道から逸れた。
遥が向かった先はトイレではなく関係者用の競技エリア。専用のIDチップが内蔵された徽章が無ければ入場することができず、関係者以外が入ろうとしても出入口を警備する大会運営の人に止められてしまう。
競技エリアの出入口付近では、一般人が選手たちのサインを求めて出待ちする人がちらほら見受けられ、少々混雑している。
関係者入り口に歩く遥に対して視線を送る人もいたが、まだ無名の彼がサインを求められるはずもなく、すんなりと競技エリアへと進めた。
競技エリアは各校ごとに控室を設けられており、他校の選手と顔を合わせる心配もない。
ここではエンジニアによるCADの最終チェックや作戦スタッフによる作戦の最終確認が行われるため、音や中の様子が外部に漏れる事はない。
キーも大会運営と各校の代表者しか持っていない。完全な密室で、中で何が行われていようと外の人間にはわかりようがないのだ。
「失礼します。やあ真由美ちゃんお疲れ様です」
「は、遥くん」
控室では試技を終えたばかりの真由美が一人でベンチに座っていた。驚いた表情を見せ、遥から距離を取る。
「パーフェクトさすがです。次も頑張ってくださいね」
「……」
胡散臭いモノを見る目つきで遥を見つめる。
遥が一歩近づくたびに真由美は一歩後退りする。だが十歩ほど後退したところで壁に背中をぶつけた。
「私はまだ試合が残ってるんだけど?」
「だからその激励に来たんじゃないですか」
「普通試合前は集中させようとそっとするものじゃないの?」
「またまた~練習中だって試技の前にこうして会ってたじゃないですか」
試合前は一人で集中力を高める者も多い。もちろん試合ギリギリまで調整する者もいるが、エンジニアは試合一時間前に最終調整を終わらせることが推奨されている。
「だ、駄目よっ。それ以上近づいたらルール違反として例の約束をなかったことにするわ!」
二人の距離が一メートルを切ると真由美が鼻を塞いで拒絶する。
例の約束。それは……。
「え~それは困りますねぇ」
遥の声は変わらない。しかし真由美はチークではない別の赤みを頬に宿しながら遥の事を睨む。
「パーフェクト取らないように動揺させようと思ったんですけど、これ以上は止めておきますね」
「え?」
「ふふっ、どうしましたか?」
「い、いえ、何でもないわっ」
距離が離れたことに安堵より驚きの声を上げる。
「それに約束が無かったことになるのは真由美ちゃんとしても避けたいんじゃないですかね」
「……それ、は」
「スピード・シューティングで全試合パーフェクトだった場合、俺と摩利ちゃんの関係をきっぱり断ち切る。それが真由美ちゃんの願いですもんね」
遥と真由美は九校戦が始まる前、七月下旬の事だ。九校戦の練習の合間を縫って逢瀬を楽しんでいた。楽しんでいたのは一方的に遥だけだったが、真由美も素直に応じる辺り嫌じゃなかったのかもしれない。
その時にある約束を交わした。
『真由美がスピード・シューティングで全試合パーフェクトを出した場合、真由美の言うことを一つ聞く』
真由美の願いは『遥と摩利の関係の解消』だと言っていた。最終的な願いは競技が終わった後に真由美から告げられるが、概ねこれに近しい願いだと遥は予想する。
これだけならば遥が呑むことはなかった。遥にとって何のメリットもない。
しかし真由美からもう一つ条件を提示された。
『真由美がスピード・シューティングで一試合でもパーフェクトを逃した場合は遥の言うことを一つ聞く』
真由美に厳しい条件かもしれないが、彼女は自分に自信があるからこその提案。
二つ目の条件を聞いた遥は満面の笑みを浮かべて了承した。これが二人の間に結ばれた約束。
「そうだけど……」
「それとも摩利ちゃんとの関係を断ち切りたいのは俺を独占したいからですか?」
「馬鹿なこと言わないで。私は摩利の事を想って……」
「そうですよね。真由美ちゃんは友達想いの優しい女の子ですもんね」
「ちょ、っ……あっ」
真由美が油断した隙に遥は一気に距離を詰めた。
あれほど貫禄ある試技を行った人物と同一人物とは思えないほど華奢な身体つきの女の子。その小さな身体を力いっぱい抱きしめると、真由美は喘ぐように吐息を漏らす。
「んっ、だめっ、よ」
「これが最後になるかもしれないから、思いきり抱き締めさせてくださいよ」
「んぅ、さいご?」
「はい。もし真由美ちゃんが全試合パーフェクトを出したら真由美ちゃんにも手を出すのを止めますから」
「えっ、どうして?」
「嫌がる女の子を無理やりってのも俺の主義に反するので。真由美ちゃんが求めるなら応えますけど」
「ンッッ、つよっ、ぃ」
真由美は見た目の可憐さからは想像もできないほど、首絞めプレイが好きなドМな変態だ。周りの人間は真由美を小悪魔的な女の子と評するが、エリカしかり、よく人をからかう人間ほど自分がからかわれるのに弱いのかもしれない。
肉体的に痛みを与え、甘い言葉で惑わす。
暴力男が女性を手懐ける手口によく似た言動だが、真由美は居心地の良さを感じてしまっていた。
「俺としても真由美ちゃんみたいに努力家で、責任感が強くて、そして何よりエッチな女の子と離れ離れになるのは辛いですけど、我慢しますよ」
「ぁんっ……ぁ、っ」
言葉とは逆に二人の距離は密接に交わり合っている。
「は、る、かくんっ」
「はい」
「……もし、もしよ、私が一発も外さなかった場合、何でも私の言うことを聞くのよね?」
「はい。勿論です。死ねと言われれば死にます」
「そんなこと、言うわけないじゃない。私の事どんな風に思ってるのよ」
「多くの男子を惑わす魔性の女性、ですかね。その男子の中には俺も含まれてますけど」
「ばか」
真由美は遥の腕に抱かれながら顔を綻ばせた。
「はるか、くん」
「なんですか?」
「んぅっ、練習の前に、いつもしてたことお願いしてもいいかしら?」
「練習の前ですか? なにしてましたっけ?」
「とぼけないで……。それしてくれたら、魔法の調子が良くなるのよ。この後、決勝トーナメントもあるし、駄目、かしら?」
「いいですよ。やっぱり真由美ちゃんはエッチな女の子だ」
誰にも見せない女の顔。特別な後輩にしか見せない女性の顔をしながら、遥の顔を見上げ、目を閉じた。
「ンッ」
触れるだけの優しいキス。
真由美は唇を開いて自分の口腔を侵す遥の舌を受け入れる準備を取った。
だがしかし、いつまで経っても腰が砕けるほどの快楽が襲ってこない。
「んう、どうして?」
「ふふっ、どうしました?」
「……」
物欲しげに遥の方へと見上げる。
そこには年下の癖に生意気な笑みを浮かべて自分を焦らしてくる少年がいた。
「試合前ですからね。あまり刺激を感じすぎて試合に差し支えたら大変ですよ」
いつもなら真由美が拒絶しても無理やり快楽の沼に引きずり込んでくるが、いざ待ち構えていると何もされない物足りなさ。
真由美の胸の中に満たされない感情が灯る。
欲求不満の身体は無意識のうちに遥の身体に抱きついていた。
「そんなにキスしてほしければ全試合パーフェクトを取って俺にお願いすればいいですよ」
「そんなみっともないこと……」
「今の真由美ちゃんの顔の方がみっともないですよ」
「え?」
「そんな涎を垂らして年下の男に甘えた表情をして恥ずかしくないんですか?」
「ッッ」
顔を赤面させる。
羞恥心と共に、真由美の中にあるM心が喜びを見せる。
「摩利ちゃんの試合がそろそろ始まると思うので俺はここで失礼しますね」
「ちょ、っと、はるかくん?」
「あー、じゃあ準決勝勝ったらご褒美にまた来てあげますから」
「本当に?」
「はい。約束の印です」
「んんっっ、ぁんっ!」
上着のチャックを少し開け、鎖骨の辺りに噛みつく。
途端に歓びの叫びをあげ地面にへたり込む。
「じゃあ頑張ってくださいね」
返事はない。
直接的な身体の交わりが無くとも、真由美の身体は遥の身体を求めていた。
「遅いハルカ」
「ごめんごめん、トイレ混んでてさ」
何食わぬ顔で遥はほのかと雫の間の席に座る。
バトル・ボードの試合が行われる会場はスピード・シューティングよりも空席が目立っていたが、それでも最前列の方では変わらぬ賑わいを見せていた。
【バトル・ボード】
通称「波乗り」と呼ばれ、動力のないボートに乗り、魔法を使って全長三キロの人工水路を三周して勝者を争う競技。水路は直線、カーブ、上り坂や滝状の段差など様々な細工が施されている。水面への魔法行使は認められているが、他選手の身体やボートへの攻撃は禁じられている。
予選、準決勝はともに一位のみが次のステージに進出することができ、決勝は一対一の試合になる。
既に予選二レースが終わっており、次のレースには優勝候補の摩利が登場する。
「摩利様~~~~!!」
「きゃぁーっっ」
「かっこいいぃぃっ!」
「がんばってぇ~!」
真由美同様摩利にも熱狂的なファンが付いているようだ。真由美と違って摩利は女性のファンが多いようだが。
今回もスピード・シューティングと同じ席順。
「ハルカ」
「うん、はい」
「ありがと」
この試合でも雫と手を繋ぐ遥。実は真由美の試技を観戦していた時も皆には内緒で雫と手を繋いでいた。
これまでは関係を隠すために極力人前では接触を避けてきた雫だったが、先日のオイルマッサージの件以降、甘えん坊になってしまった。
これには遥も嬉しいような、困ったような、複雑な心境になる。ただ、遥と雫が手を繋いでいたとしても『幼馴染だから』で説得できるため、遥も拒むことなく応じる。
「ねえハルカ」
「ん?」
雫が遥の耳元で呟く。
「トイレ行ってたって、嘘でしょ?」
「……ふふっ、雫ちゃんには隠し事できないね」
「今朝会長が付けてた香水と同じ匂いがする。さっきまではしなかったのに」
怒ることもせず手を握る力強まるだけ。
「それに唇の端に付いてるリップが取れきれてないよ」
「え、ウソ?」
「嘘」
雫はにこやかに笑う。
偶然後ろを向いた幹比古が雫の笑った顔を見て顔を真っ赤にしたが、遥と雫が手を繋いでいることに気づくことなくすぐ前を向いた。
「んふっ、バカハルカ」
スピード・シューティングでは自分が出場する種目の観戦だったため、目を凝らして真由美の射撃を見ていたが、関係ない種目という事もあり伸びやかにこの時間を楽しむ雫。
逆に先ほど気楽に観戦していたほのかが、少し緊張した面持ちで水路を眺めている。
「浮気者」
「ごめんね?」
「許してほしかったらこの後付き合って」
「それで許してくれるなら」
「うん」
手を繋ぎなおし、恋人繋ぎになった二人の指は、試合が終わるまで絡み続けるのだった。
摩利のレースは優勝候補に相応しく摩利の完勝で終わった。独走状態で駆け抜け無事予選を突破。
初日、バトル・ボードの試合は予選だけとなっており、午後からはスピード・シューティングの準決勝、決勝が行われる。
摩利の試合を見た遥たちは、午後の試合を一緒に見る約束をして別れた。
試合後の摩利の元に向かいたかった遥だが、雫に手を引っ張られて会場に隣接した屋台エリアで世界各国の料理を奢らされることに。
ここでは雫に付き合わされる可哀想な幼馴染という事で、友人たちの目を憚ることなく手を繋ぐことが許される。
新人戦が始まればこんなお気楽に屋台を回ることもできない。遥は幼馴染と恋人に両手を振り回されながら、午後の試合まで穏やかな時間を過ごした。
【次回の投稿は2月14日19時予定です】