予選の結果から真由美はスピード・シューティングの決勝トーナメントへ、摩利がバトル・ボード準決勝へと駒を進めた。
バトル・ボードの準決勝、決勝戦は中一日の八月五日に行われ、午後からはスピード・シューティングの決勝トーナメントが予定されている。
今は昼休憩の時間。この後、バトル・ボードの予選の続きとスピード・シューティングの決勝トーナメントが始まるが、束の間の休息といったところか。
遥やほのか、雫たちは多くの人の波に呑まれながら、全ての屋台を制覇する勢いで動いていた。
基本的に九校戦期間中の生徒たちは自由行動が認められている。何をするかは本人たちの自由。
チームメイトの試合を観戦する者がいれば、試合直前まで調整に充てる人もいる。
一年生は新人戦まで時間があるため、ほとんどの人は先輩方の応援に駆け付けているが、昼になればホテルに戻り、ホテルで食事をとる人が大半だ。
ホテルでは衣・食・住が無料で提供されている。
食事は朝、昼、晩、食べ放題。さすがにタッパーに詰めて持ち帰る人はいないが、大量の料理を皿に取ってお腹をパンパンに膨らませる人は過去にいた。
衣服も部屋着や湯着であれば無料で貸し出し可能となっており、選手たちに快適な空間が広がっている。
遥たちのように外で自腹を切って屋台を廻っている方が珍しいようだ。
そして達也も例に漏れず昼休憩になるとホテルに戻ってきていた。ただ、達也の場合は少々事情が異なっているが。
達也はホテルの高級士官用客室へと向かった。
部屋は遥たちが泊まっている最高級スイートルームには劣るが、それでも選手たちが泊まっているツインルームよりは広い部屋だ。
一介の高校生には分不相応すぎて気負いしそうになるも達也はそのまま入室した。
「来たか。まあ掛けろ」
部屋に入ると数名がティーセットを並べて一服しているところだった。
達也は男に空いている椅子を勧められたが、周りの人間を見て躊躇いを見せる。
一対一ならともかく、達也と、達也に声をかけた者の関係は、他の人間がいる中で言葉通り受け取って『では遠慮なく』と言える間柄ではない。
「達也君。今日は君を『戦略級魔法師・大黒竜也特尉』として呼び出したのではない。我々の友人『司波達也』君として招いたのだ。座ってくれないか?」
着席を促す声が掛けられる。
達也が座る席が下座とはいえ、彼らは達也を同列の友人として迎える。
「では失礼します」
達也は男、風間少佐の向かい側へ腰を下ろした。
「どうぞ。ティーカップでは様になりませんが、乾杯と行きましょうか?」
「藤林少尉ありがとうございます。藤林少尉だけではなく、真田大尉、柳大尉もありがとうございます」
風間の副官である女性士官の藤林響子からカップを差し出され、達也は歓迎してくれた二人の男と共に感謝を述べた。
久しぶりの友人たちとの再会。久しぶりと言っても何年も顔を合わせていないわけではない。一番長くても半年といったところか。達也が非正規の士官であり、学生というのが会えない主な原因だろうが、彼らからすれば些細な問題に過ぎない。
再会を喜びながらも、話題は自然と現況報告へと変わる。
「CADの調整をしていてたまたま侵入者を撃退とはね」
「はい。それで、侵入者は『
昨夜、達也はCADを調整中に侵入者の存在に気づき対処していた。
犯罪組織『無頭竜』の存在も風間から聞いていたため、警戒していなかったと言えば嘘になるが、昨夜の侵入者との遭遇は本当に偶然だった。
「ああ。だが詳しい目的などはまだ調査中だ」
風間が答える。
高校生の行事に犯罪組織の一員の存在。なんだかきな臭い気配がしてきたが、重苦しい空気を紅一点である藤林が変えた。
「ところで達也君は技術スタッフとして参加してるのよね?」
「はい、そうですね。深雪のCADの調整を他の人に任せるわけにはいきませんので」
「そっか~達也君は深雪ちゃんの事が大好きだもんね」
藤林響子は軍務で鍛え上げられたメリハリのある目に毒なプロポーションの持ち主だが、加えて整った容姿に飾り気のない性格で、所謂憧れのお姉さん像を体現したような人物だ。
軍内部でも人気が高く、年齢が近いため達也も気楽に言葉を交わすことができる。
「あの天才CAD技師の『シルバー』様が高校生大会のエンジニアとはなぁ」
「レベルが違いすぎて反則のような気がしますけどね~」
「先生に真田大尉、達也君だって歴とした高校生ですよ?」
山中と真田を笑いながらたしなめる藤林響子。
達也の実力を知るからこそ、高校生レベルでは相手にならないことを理解していた。
「それよりも驚いたのはあの方がここに来ていることだな」
山中の抽象的な言葉の意味を、この場にいる者が理解できないはずがない。和やかな空気に変わりつつあったが、一瞬にしてひりつく雰囲気に戻る。
「四葉家当主、四葉真夜殿か」
目を瞑ったまま腕を組む真田と風間。
「あの御仁は毎年顔を出しているから驚きはなかったが、まさかあの方までわざわざ足を運ぶとは思いもしなかったな」
「今年は達也君と深雪さんが出場するからかしら?」
山中の言う人物とは九島烈と四葉真夜、二人の来賓を指していた。
先日行われた九校戦懇親会で、サプライズゲストとして四葉真夜が、九島烈と一緒に選手たちの前に姿を見せたのはこの場の全員が知っていた。
その場にいた達也でさえあまりの驚きに瞠若したほどだ。彼らが驚くのは無理もない。
藤林が達也に確認するが、達也は頭を横に振った。
「そのくらいでは叔母は出向かないでしょう。別の理由があると思います」
「そのくらいって……九校戦は高校生にとって一大イベントなんだけどね」
この中で唯一九校戦に出場経験のある藤林響子は肩をすくめる。その時は二高の初優勝に貢献し、それ以降二高が優勝旗を手にしたことはない。今でも二高では最強世代と語り継がれるほど伝説を残している。
「別の理由とは何だね?」
藤林の隣に座る真田が達也に問いかける。達也は少し躊躇った後、口を開いた。
「懇親会で見た時の叔母は、壇上で誰かを探しているように見えました」
「達也君と深雪さんじゃないの?」
「いえ、一瞬だけ目が合いましたがすぐに別に視線を移したので違うでしょうね」
「それで目的の人物はいたのか?」
「……最後まで見つけることができなかったようです。少し落胆したように見えましたので」
藤林と真田の問いに達也は答える。
「じゃあ懇親会に欠席した者の中にお目当ての人物がいたのかしら? 確か、毎年数人は体調不良を訴えて休むもの」
「今年の懇親会欠席者は誰もいませんでした」
「じゃあ……」
藤林の疑問を遮るように達也は言葉を発する。
「一人だけ、懇親会を途中で抜け出した奴がいます。おそらく、叔母の目的の人物は彼かと」
確信めいた口調にこの場にいた全員が達也に視線を送る。
達也のカンは恐ろしいほど当たることを知っているからこそ、それが正解なのだという空気が流れる。
「それで『彼』と言うくらいなのだから、達也君の知り合いなのかしらね」
自分から『誰』と聞くことはしない。達也に選択肢を与え、自分から発言することを促す。
「はい。そいつの名前は――」
自信をもって達也はその者の名前を呼んだ。
「達也君、こっちこっち!」
スピード・シューティング女子決勝トーナメント会場。同時刻に男子も別会場で決勝トーナメントが行われているが、予選以上に人の出入りが活発となっていた。
それこそ立ち見が現れるほどの大盛況。
風間たちとのティータイムから戻った達也は、関係者エリアで観戦することも視野に入れながら友人たちを探していると、達也を見つけたエリカから声がかかった。
「準々決勝だというのに人が凄いな」
「会長が出るからですよ。他の会場はこれほど混んでいません」
隣の美月が返事をした。美月は左隣の達也側ではない、右側であるエリカの方に身を寄せているのを察したが、その理由を尋ねるほど達也も野暮ではない。
「幹比古と……遥は?」
席に着く前に遥がいないことに気づいていたが、過剰に反応しては不審がられると思い幹比古のついでに聞く。
「吉田君は気分が悪くなったみたいです。この熱気ですし、部屋で休んでるそうです」
美月が答える。本命についてはわからぬまま。
「えっと、はるか君は……」
美月の視線が達也の後列に向いた。視線の先には膨れっ面のほのかがいて、一瞬自分のせいで前が見えないせいかと勘違いする。
「見づらくないか?」
「……大丈夫です」
端的に答える。
ほのかは不機嫌オーラで満ちていた。
「彼女は、どうしたんだ?」
ほのかの隣に座る雫に尋ねる。雫はほのかほど表情に出ないため見た目では気づきにくいが、雫も思うことがあったのか、声のトーンが普段よりワンランク低かった。
「決勝トーナメントも一緒に見ようって約束したのにぶっちされたから怒ってる」
「そ、そうか」
幼馴染の手綱を握っておけと文句を言いたくなるが心の中で堪える。
「宮守くんは七草会長の補佐を務めるようです」
「遥が? 普通はエンジニアか作戦スタッフが待機するんじゃないのか?」
二人の代わりに深雪が達也に話す。ようやくまともに話せる相手を見つけて達也も一安心。
九校戦では試合の会場エリアに選手以外の人間が、選手一人につき一人がつくことができる。
通常は作戦スタッフが帯同し、戦況を把握しつつ新たな作戦を立てるのが一般的となっている。しかし真由美の場合は新たに作戦を立てる必要はない。
それにスピード・シューティングでは試合間のブレイクタイムが無いため補佐の人間は必要ないのだが……。
達也の眼が会場へ向いた。
「あぁあああああまゆみちゃぁーーん!!」
「真由美! 真由美! 真由美! 真由美っ!」
「真由美ちゃん頑張れ~!」
真由美がシューティングレンジに姿を見せた瞬間、嵐のような歓声が会場を揺らした。
「相手が気の毒だな」
達也がそう思うのもわからなくはない。
会場中が真由美の声援で溢れ、相手選手は声援の大きさに委縮してしまっている。
試合前の真由美は歓声に応えることなく集中した顔つきだ。ただ少し予選よりも頬のチークが濃くなっているのに気づいた達也だったが、女性の化粧について詮索するつもりはなかった。
「口紅を変えたんだな」
「え、お兄様何か言いましたか?」
「いや、何でもない。ただの独り言だ」
「そうですか……」
口紅という表現は古かったか、などとどうでもいい回想に浸りながら、真由美を観察する。
達也以外にも真由美の唇の色が予選から変化していることに気づく者もいたが、彼女の色気に溺れて深く考えるのをやめていた。
そういう気分なんだろう。と真由美の姿に見惚れる者ばかり。
『お静かにお願いします』のメッセージが会場のそこかしこに設置されたディスプレイに表示されると、声援が一斉に止む。
達也も深く考えることをやめ、これから繰り広げられる十師族の力を眼に焼き付ける。
「凄い……」
試合前の歓声はやがて陶酔へと変わり、感嘆のため息で溢れる。
開始のシグナルが灯り、素焼きの円盤が空中を飛び交い始める。紅白の円盤が空を乱舞し、選手たちは自分の色の円盤を撃ち落とす。
真由美が撃ち落とすべき標的は赤色の円盤。赤色に塗られた円盤は、射撃有効エリアに飛び込んできた瞬間に、ほぼ同時に全て撃ち砕かれていく。
戦術的にはあまり賢い戦い方ではない。先に自分の標的を撃ち砕くという事は、有効エリア内には自分の円盤だけが飛ぶことになり、相手の円盤を撃つ心配がなくなる。
相手は自由に射撃ができるようになるのだが、真由美にとってはそんなの些細な問題だった。
圧倒的な技量。卓越した魔法力。
「え?」
不機嫌だったほのかの口から思わず驚きの声が漏れる。
声には出さないモノの、雫も驚いているのが伝わってくる。
紅白の円盤が同時に射出し、選手たちから見て白色の円盤の後ろに赤色の円盤が重なって飛んでいた。
真由美の相手は微笑む。幾ら命中精度が良かろうと、真っ直ぐな弾道には弱点がある。
それは死角。
白色の円盤の向こう側を飛ぶ赤い円盤を、白色の円盤を飛び越えて撃ち抜くことなどできない。
相手の選手はその円盤をあえて最後まで見送るつもりだった。有効エリアから出る瞬間に撃てば、奥にある真由美の円盤を撃ち砕かせないために。
しかしその作戦は失敗に終わる。
「!?」
白色の円盤の奥で、赤色の円盤だけが砕けた。
「今、下から?」
「下から当てたぞっ!」
「どうやって!?」
真由美の魔法に疑問を持つ人々。
「知覚魔法『マルチスコープ』に死角はありません」
「ああ、そして七草会長なら全方位から撃てる」
深雪と達也は真由美の魔法に賛辞を送りながら解説する。
真由美のその魔法は、作り出すのは弾丸ではなく、その銃座。
『魔弾の射手』ドライアイスの弾丸を撃ちだす魔法だ。
他人が魔法を使用している領域外から死角をついても攻撃することができるという利点がある。
十師族・七草真由美が得意とするAランク魔法。
赤色の円盤が百個全て撃ち砕かれた瞬間、静寂した会場に再び嵐が巻き起こる。
「す、すげぇえええ!!!」
「魔弾の射手!!」
「真由美ちゃんさいこ~~!」
「百発百中だ!」
真由美に魅了された者たちの叫び声が広がる。
鮮やかな演技の裏に隠された真実に気づく者はいない。
これがスポーツでよかった。もしここが戦場であれば、もし殺傷力を最大にした『魔弾の射手』が使用されたら……これが十師族の力だ。
たった一人でも戦争を勝利へ導く切り札となりうる。それが日本最強の魔法師集団『十師族』というものである。
高校生レベルでないのは達也だけではない。照準の精確性において、真由美の魔法力は世界的に見ても最高クラスの水準にある。
高校生が相手では、もはや勝負にすらなっていなかった。
相手が序盤で戦意喪失するほどの実力差。
準々決勝、準決勝とパーフェクトで勝ち上がり、迎えた決勝戦。
これまで通り順調に円盤を破壊していき、 九十九個の円盤を撃ち砕いた。
最後の一個。これまで通り有効エリアに入った瞬間に撃ち砕くのかと思われたが、まさかのスルー。
客席からは疑問の声が上がったが、有効エリアから出ようかというぎりぎりで撃ち砕かれた。
最後の一つを見逃しても勝敗に影響がないほどの大差が付いていたが、さすがは十師族と、真由美を称える声で溢れかえる。
これで予選通して全試合でパーフェクト。会場を埋め尽くした大勢の観客から惜しみない拍手が贈られていた。
ファンサービスを忘れない真由美は拍手に応えながらシューティングレンジを去る。
「雫っ、部屋戻ろっ!」
「うん」
「それじゃあみんな、私たちは先に部屋戻るね!」
「う、うん。気をつけてね」
「うん!」
スタンディングオベーションの中、端末を見たほのかと雫が弾けた笑みを浮かべて席を立った。
エリカと美月はほのかの勢いに押されて見送ることしかできなかった。
「ほのかと雫はどうしたんでしょうか?」
「さぁ、おおよそは予想が付くが……」
「?」
達也は最後の射撃を不思議にも思いながら、準々決勝、準決勝とも違う色をした真由美の唇に視線を送っていた。
次回……ついに……?
【次回の投稿は2月16日19時予定です】