『ブルルルッ』
ベッド横のフットライトだけが点く暗闇の中、振動アラームが鳴った。
「……あさ、か」
今日の日の出予定時刻は四時五十分。それよりも一時間早い起床だ。普段ならばあと三、四時間は夢の中にいるが、この時間にアラームを設定したのには理由があった。
両脇の恋人たちを起こさないよう、感覚だけで腕に抱きつく彼女たちを離す。
「んぅっ」
「すぅ、すぅ……」
恋人たち、ほのかと雫は安らかな寝息を立てながら、先ほどまで遥が使っていた枕に抱きつく。
昨日は一緒に試合を観戦しようと約束していた三人だったが、スピード・シューティング決勝トーナメントでは遥が真由美の補佐に就いてしまったため約束が果たせなかった。
そのことで不機嫌になった二人を宥めようと、夕食の時間を惜しんで情痴の限りを尽くしていた。
スピード・シューティング決勝戦が終わると、二人は急いでホテルの部屋まで戻り、遥はシャワーを浴びていたのだが、そんなのお構いなしに交わった。
九校戦期間中は体力面から激しい行為はしないと誓っていた遥だったが、彼女たちの艶麗な裸体を前にして理性が保てるはずもなく、その誓いは脆くも初日で破られる結果となる。
勿論、新人戦までまだ日数があるというのも考慮しての行動であるが……。
最初は浴室。その次は寝室で。ベランダや部屋の扉付近でも交わり、家では味わえない背徳感を味わいながらの性行為を愉しんだ。
行為直後はホテルの清掃員が見れば水漏れでもあったのかと疑問を抱くほどの大惨事が広がっていたが、ほのかと雫が果てて眠りについた後に遥が処置していた。
今ではすっきり綺麗になり、汗と精液などの匂い以外は彼らが来る前と変わらぬ清潔さを保っている。
遥は軽くシャワーを浴びて身体中にこびりついた体液を落とすとラフな格好に着替える。そして置手紙を残すとそのまま部屋を出た。
目的地は決まっている。
一高女子が泊まっているフロアでエレベーターを降り、エレベータから一番遠い角部屋の前で立ち止まった。
端末を操作すると、まるで扉の前で待っていたかのようにすぐ開錠の音が鳴り、中から制服姿の真由美が出てきた。
競技シーンとは異なる化粧で取り繕わないいつもの真由美の姿。
学校と違うのは、ブレザーを着ていないこととスカートの中が素足だということくらいだろう。細く美白の二の腕が遥の眼に映し出されている。
「おはようございますっ」
「……おはよう」
対照的な二人。真由美は眠たいからテンションが低いわけではない。なんなら昨日は二十時には就寝したため体調は万全だ。
「制服なんですね」
「当たり前でしょう? 時間が時間とはいえここは軍の施設内なんだから」
「でも生徒同士の部屋の行き来にそこまで気を使う必要はないですよね?」
「……男女の部屋の行き来は別よ」
兄妹でもない限り異性の部屋に行くということは滅多に起こらない。特に女子から男子の部屋に行くことはあり得ないだろう。これは現代の貞操観念から、男性に媚びていなくて格好いいとされているからだ。
また、異性の部屋に行かざるを得ない状況になった場合も、着ていく服装の種類によって相手への気持ちを表す習慣なども存在する。
九校戦期間中で言えばエンジニアがCAD調整のために異性の部屋に赴く状況があるかもしれない。その時の服装によって、相手をどう思っているかがわかるというわけだ。
逆もしかり。男性から女性の部屋を訪れる時も、女性がどんな服装で待っているかで自分への好感度がわかる。
例えば、複数人で部屋を訪れる、または部屋にいた場合はノーチャンス。一対一の雰囲気すら耐えられないとスタートラインにすら立てていない状況だ。
一人の場合も、制服やスーツなどしっかりと身なりを整えた正装ならばノーチャンスに等しい。ここから恋愛関係に発展することはあるかもしれないが望み薄である。仕事上の関係として、もし仮に無理やり迫ったとしても手痛い正当防衛が待っている。
私服姿でようやくスタートラインに立つことができる。少なくとも嫌われていないという事だ。
そして肌の露出具合や服装の種類によって自分をどう思っているかがわかるというわけだが、この場合はどうだろう。
真由美は制服姿。しかし肌の露出は多く、胸元も第二ボタンまで開けられているせいで、遥との身長差で胸の谷間が見えている。
焦ってボタンを閉め忘れたという可能性もあるが、こういう場合の女性の心理は……。
「バスの時のワンピース姿だったら最高だったんですけどね」
「あれは……帰りは別の服にするつもりよ」
「えー残念」
「……それより早く場所を移動しましょう。摩利が起きちゃうし、監視システムがこっちを向いてしまうわ」
廊下の監視システムは時計の針のようにゆっくりと三百六十度回転しながら監視するタイプ。
表面上は監視しているように見えるかもしれないが、重要ではない場所の警備はガバガバだったりする。
真由美は監視システムに見つかる前に移動しようとするが、遥に手首を掴まれてそのまま部屋の中に引きずりこまれた。
「ちょっとっっ、遥くん!?」
「しぃ、あまり大きな声出すと摩利ちゃんが起きますよ」
「ッッ」
両手を頭の上で壁に固定させられ、身動きが取れない真由美。
「約束が違うわ」
「約束ですか?」
天井灯が扉付近の二人を照らす。先ほど同様対照的な二人だ。
「場所は遥くんの部屋だったはずよ」
「そうでしたね」
遥の部屋は最高級スイートルーム。遥とほのか、雫以外の者は部屋を尋ねる事すらできない特別仕様の部屋だ。
遥と一緒なら入ることができるため、当初の予定は遥が真由美の部屋で合流してから二人で遥の部屋に行くつもりだった。
そこで何をするかは二人だけの秘密。
「ただですねぇ、俺の部屋のベッドには恋人が眠っているので起こしたくないんですよね」
「なっ……」
真由美は遥が色々な女性と肉体関係にある事を知っている。
自分がそれを咎めることができる関係に無いことも理解しているが、自分との約束の前に他の女性と一緒にいたことに多少なりとも嫉妬のような感情を抱いてしまっていた。
「だからここでしましょうか」
「だ、だめよッッ。ま、摩利が起きちゃうわ」
「真由美ちゃんが声を我慢すればいいだけです。それに摩利ちゃんが起きるようなことでもするつもりですか?」
頬を真っ赤に染めながら遥を睨む。抵抗しようと思っても両手を拘束され、足の間に膝を入れられているため動くことができない。
「これは真由美ちゃんが望んだことなんですよ?」
「だ、だけど……」
「あの賭けは俺の負けですからね」
真由美はスピード・シューティングで全試合パーフェクトを出した。その結果遥は、『真由美がスピード・シューティングで全試合パーフェクトを出した場合、真由美の言うことを一つ聞く』という約束を守る必要がある。
真由美が提示した事とは……。
「でもまさか『この関係を続けたい』だなんて驚きですよ」
曖昧にも聞こえる条件。
「親友の摩利ちゃんを魔の手から助けるんじゃなかったんですか?」
「……」
「ふふっ、俺としては嬉しいんですけどね」
真由美はスピード・シューティングで優勝した後、二人きりになったタイミングで条件を提示した。それが『今の関係を続ける』というモノだった。
つまり遥と摩利の関係は解消されず、真由美との関係を継続するというモノ。
「私が摩利とああいうことをしてはいけないと言ってもどうせ隠れてしちゃうんでしょ?」
「だんだん俺の事がわかってきましたか?」
「……だったら、摩利とする時間が作れないくらい私が相手になればいいと思ったのよ」
「友人の為なら自分が犠牲になってもいい。美しい友情ですね」
「茶化さないでよ」
自己犠牲の精神。だが、本当にそれだけなのか。
「でも本当にそれだけですか?」
「ほ、他にどんな理由があるって言うの?」
「真由美ちゃんが俺とのキスにハマっちゃって抜け出せなくなったとか」
「っ……そんなことあるわけないでしょ」
「ですよね。十師族、七草家の長女である真由美ちゃんがそんな淫らな誘惑に負けたりしませんよね」
真由美の顔が歪む。
「責めてるわけじゃないんですよ。十師族って言っても人間ですし、自分の気持ちに正直になるのが一番ですから。俺は真由美ちゃんの気持ちを受け入れますよ」
「……遥くんが本当に年下なのかわからなくなってくるわ」
「よく言われます」
今回の事で真由美は遥との関係を進展させることもできた。だが、現状維持という願いにしたのには理由がある。それは真由美が十師族の一員であること。
真由美には親が決めた婚約者候補たちがいる。あくまで候補であって決定ではないが、真由美は自分で自分の相手を決めることを許された人間ではない。
真由美が良いと思っても七草家当主が首を縦に振らなければ認められない。
そもそも真由美は幼い頃からお見合いモドキをさせられているせいで、妙な先入観を持ってしまっている。
そのため男性という存在に対して俯瞰して見るようになった。
その最たる例が服部や達也に対する態度だ。異性として見るのではなく、兄弟、主に弟と接するように、踏み込むことも、踏み込ませることも許さない一定の距離感で接してしまう。
だからなのか、遥のように無理やり距離を縮めてくる人物に対して戸惑いや妙な興奮を覚えてしまうのは。
遥とキスしている時だけは、十師族として、今の自分に纏わり付く様々な足枷を外してくれる強烈な感情を抱くことができる。
これが恋なのかと聞かれたらわからない。しかし唇を重ねるたびに、真由美の中で遥という存在が大きくなっていっているのも確かなのだ。
キス以上の刺激を与えられた時、真由美の中の恋愛観がどうなるのだろうか。
「キスしますか?」
「ッッ、ど、どうしてそんなこと聞くの?」
「何となくそういうムードじゃない気がしたので」
「……どうしてこれでムードが作れると思ったのか聞きたいんだけど」
襲われそうになる女生徒会長と痴漢魔の構図。
「でも真由美ちゃん、無理やりされるの好きじゃないですか」
「……好きじゃないわよ」
「ホントですか?」
「……ええ」
「じゃあ試してもいいですよね?」
「え?」
ドクン、と真由美の胸が跳ねる。
僅かに顎を上げ、唇を閉じた。無意識のうちにキスを受け入れる体勢が整ったことに気づかぬまま、遥の顔が近づいてくる。
「ちゅぅっ……いぃニオイ」
「ンッ、ちょ、っ、と……はるか、くんっ?」
「なんですか? ちゅぷっ、ぺろぺろっ」
「ちょっ、んんっ、どうして……ぁん、わきを、舐めてるのかしら……んっ」
両手を固定されているせいで拒もうとしても拒めない。
第一高校の女子用制服は、ブレザーの下は袖なしガウンとなっている。ブレザーを着ないで手を上げると、二の腕どころか腋まで丸見え。
人によっては『腋は性器』とまで言う女性の部位が晒されていて舐めないわけにはいかなかった。
やはり魔法師は首から下の毛が無いのか、腋もツルツル状態。
膣を扱うように吸ったり舐めたりを繰り返す。
身悶えながら必死に声を我慢する真由美。時折吐息が漏れては腕をプルプルと振るわせる。
クチュっ……チュパっ、チュッ。
恥ずかしそうにギュッと目を閉じるが、目を閉じると余計に水音と遥の舌の感触が身体に伝わる。
「んぅ、っ、だめっ、はずかしぃ、から……ほんとにっ……ぁっ、んっ」
遥が来る前にシャワーを浴び終えている。そのためニオイの心配はなかった。しかし、くすぐったさが快感へと変わり、次第に真由美の身体に熱が帯びてくる。
「ハァーッ、ハァーッ……もぅ、ほんとに、っ……はぁっはぁっ」
「……ふぅ、腋を舐められるってのも悪くないでしょう?」
「恥ずかしいだけだから……っ」
「その恥ずかしそうに悶える真由美ちゃんが見たいからなんだけどさ」
「……はるかくんって……いえ、なんでもないわ」
「変態って思った?」
「……いいえ」
「ふふっ、正直に言ってもらっていいんですよ?」
可愛らしい潤んだ瞳を向けられる。
数週間前までは淑女として学校中の生徒から尊ばれていた真由美が、今では一人の男に凌辱されていた。
「そんな変態に気持ちよくされる気分はどうですか?」
「気持ちよくなんか……」
「あぁ、真由美ちゃんは腋より唇にキスされる方が好きですもんね」
「……」
「あまり大きな音を立てると摩利ちゃんが起きるかもしれませんし、優しくしますね?」
「んっ……ちゅぅ……ぁ、いぃ……」
スピード・シューティング準決勝後ぶりのキス。
決勝トーナメントでは、試合が終わるたびに控え室で唇を貪り、化粧が崩れるまで激しく求め合っていた。
その効果あってか、真由美は一切の疲労感が無かった。
そのことを疑問に思った真由美だったが、遥にキスの事を尋ねるのも癪に思いそのままにしていた。
しかし遥と唇を重ね、舌で口腔をかき乱されると身体中の力と一緒に疲労まで抜け落ちていく感覚に真由美は確信する。
(あぁ、やっぱり……)
多くの女性を虜にする魔性の力が遥にはあるのだと。そして自分もその力の虜になりつつあり、抗う気力すら起こらない事を不思議に思いながらも、キスの快楽に溺れていく。
(甘くて、気持ちいい)
もっと、もっと……この快楽を味わい尽くしたいと真由美の身体が求め始める。
(す、き……はるか、くん)
灼熱の甘い蜜は難攻不落と思われた城塞をも融かし、城の奥深くまで侵略を許す。
胸の中でときめく鼓動。この感情が恋慕の情だと気づき始めた真由美。
いつの間にかお姫様抱っこのように遥の胸に抱かれながらキスしていた。
「ふぇぇ?」
「もう立っていられないようなのでベッドまで運びますね?」
「ら、らめっ……だめぇ、そっちは、まりがぁ……」
「大丈夫。真由美ちゃんが声を出さなきゃバレませんから」
「……んぅっ」
まだ太陽が昇る前の出来事である。
いつも温かい感想、応援ありがとうございます。
できることなら毎日投稿を再開したいのですが、いかんせん時間が足りない……。
次回、サブタイトルに星マークが?
【次回の投稿は2月18日19時予定です】