(話って何かしら)
暮色が迫って来た中、深雪は真由美たちの部屋に呼ばれた。真由美がスピード・シューティングで優勝した時はミニ祝勝会という形で生徒会メンバーと摩利が部屋に集まって祝福したが、今回は皆目見当がつかなかった。
摩利が退院したという連絡が来たため、それの祝いかとも思ったが、結果としてバトル・ボードを棄権したのだから祝いという雰囲気でもない。
「司波深雪です」
真由美たちの部屋の扉をノックすると、すぐにあずさが深雪を出迎えた。
「失礼します」
あずさの後ろから部屋に入ると、手を揃え、目を伏せ、礼儀作法のお手本のようなお辞儀を見せた。洗練された仕草に、思わず椅子に座っていた花音がたじろぐ。
摩利や生徒会メンバーたちは深雪の所作に見慣れているのか、平然としている。あずさが深雪に椅子を差し出すと、ようやく全員そろったようだ。
真由美が話し始める前に深雪が摩利に向かって軽く頭を下げた。
「渡辺先輩、退院おめでとうございます。と言ってもよろしいのでしょうか?」
「あぁいいさ。心配かけたな」
「いえ、それで、お身体の方は……」
「いたって健康だ。明日にもミラージバットの試合があっても大丈夫なくらいピンピンしてるよ」
さすがにそれは摩利の強がりだった。まだ摩利のお腹には包帯が巻かれて今日明日は様子を見なければいけない。
「駄目ですよ摩利さん、ちゃんと休んでくださいね!」
前回の祝勝会の時にはいなかった花音が摩利を介助する。病人を扱う態度に摩利は一瞬ムッとした表情を浮かべるが、花音の優しい対応に頬を緩ませていた。
「千代田先輩はアイスピラーズブレイク優勝おめでとうございます」
「ありがと。司波さんも新人戦頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
和やかな雰囲気に包まれながら真由美が口を開く。
「これで全員ね」
これは女子幹部たちによる集い。花音は摩利が心配で部屋を訪れただけだが、花音もいずれは摩利の推薦によって風紀委員長になることが確定している。彼女がいても問題は無い。
「今回の話は、そうねぇ……皆に集まってもらう事でもないんだけど、少し聞きたいことがあってね」
と、前置きしたうえで再び真由美が口を開いた。
「男子から苦情というかとある事を訴えられたのよ」
「苦情?」
全員の顔が訝しがる。
「私はそうは思わないんだけどね、まぁ、簡単に言うと『宮守遥君が他校の女子をナンパしたり女子に対してセクハラしてる。このままでは一高の品位が下がる可能性がある。どうにかしてくれ』って事なのよ。みんなはどう思うかしら?」
あ~、と何故か全員が納得したように乾いた音を出す。
「彼がこの九校戦期間中に他校の女子を口説いているところを見た人はいる?」
皆がそれぞれ全員の顔を伺う。しかし誰も口を開く者はいなかった。
「いないのね」
「単純に宮守君を糾弾しようとしているのではないのですか? 彼、男子選手たちからハブられているようですし」
鈴音の意見に真由美も頭を悩ませる。
「でも遥ならしてそうだからなぁ、あいつの女好きは誰もが知ってるし、たまたまあたしたちが見てないだけって可能性だってある」
摩利の言葉に「ですです」と、あずさが小さく頷いた。
「宮守くんを擁護するわけではありませんが……」
深雪の声に、それまで口を開いていた者たちが口を閉ざした。上級生たちに囲まれた状況で、自己主張できるのは稀な能力ともいえる。
「本来九校戦は魔法師育成のために学校単位で競争させ、向上心を煽ることが目的だと思うのですが……それと同時に全国に九つある魔法科高校の生徒間同士での交流も目的の一つなのではないでしょうか?」
毎年九校戦では懇親会と後夜祭合同パーティなど、交流を目的としなければありえない催しが開かれている。
そうでなければ後夜祭で舞踏会が開かれたりはしないだろう。
「であれば、宮守くんの行動はその理念にそっているのではないでしょうか?」
ナンパすることは決して褒められることではないが、糾弾される事でもない。誰が誰と交流していようと咎められる謂れはないのだから。
「そうなのよねぇ、他校から苦情や問い合わせがあったわけでもないし、何も問題はないんだけど……」
「問題になってからでは遅いかと思います」
真由美の言葉を鈴音が遮る。
「だからこうして相談してるんじゃなーい」
貧乏くじを引かされてしまった真由美。遥の事を恨みながら、遥の顔を思い出すと思わず頬を赤らめてしまう。
「こうしたらいいとかない?」
「現状は苦情を言ってきた男子に詳しく話を聞くのが一番かと。それと宮守君本人へ確認するくらいでしょうか。あとは宮守君を監視するなどの案もありますが実用的ではないでしょう」
「うん、さすがリンちゃんね!」
鈴音の言葉に真由美が表情を明るくする。
「早速明日にでも当人たちに話を聞くとして、みんなにも聞いておきたいんだけど、はるか君にセクハラされたとかはない?」
おそらくこの場にいる全員が一度は遥に口説かれているため、真由美もその問いかけはしなかった。
「そういう真由美はどうなんだ?」
摩利はニヤニヤした表情で真由美に問いかけるが、真由美は頬を赤く染めながら摩利に訴える。
「……無いわよ! そう言う摩利だってどうなのよ!?」
「……あたしも無いぞ」
「摩利さんがセクハラされたら逆にしばき倒してますよね?」
「……あぁ、勿論だとも」
生徒会長と風紀委員長の答えまでに妙な間があったことは誰もツッコまない。まさかセクハラ以上の事をしているとは誰も思わないだろう。
「あの、一つよろしいでしょうか」
「なぁにリンちゃん?」
「セクハラ、とまではいきませんが、身体的接触なら何度か……」
「えっ!?」
まさかの申し出に真由美や摩利が驚愕の表情を浮かべ、深雪も思わず口を開けて驚いた。
「り、リンちゃんそれははるか君と、ってことよね?」
「はい。けれどあれは仕方なかったことですのでわざわざいま話すことではないと思います」
「いやわからないぞ、あいつの事だから計算ずくかもしれないし」
「そ、そうね。リンちゃん美人だからはるか君もリンちゃんのこと狙ってるかもしれないし話した方が良いわよ!」
二人の怒涛の口車に乗せられて鈴音は話し始めた。
「あれは試験が終わった頃でしょうか。使わない備品や教材などを準備室に運んでいたのですが、その時に宮守君が運ぶのを手伝ってくれたんです」
「まぁ、はるか君はそういう所あるわよね……」
遥が女子から人気が高い理由の一つ。
さも当然のように気遣いができるため、自然と好感度が上がっていく。だがこれは相手が女子限定であり、男子からすれば女子に媚びをうっているように見えてしまうのだろう。
「一緒に準備室に行ったのですが、何かの衝撃で積み重なっていた荷物が私の方に崩れ落ちてきてしまい……」
「ええ!? 大丈夫だったのリンちゃん」
「その時に宮守君が私を荷物から守るように覆いかぶさってくれまして、私は無事でした」
「ってことははるか君は怪我したの?」
「怪我と言うほどではありませんでしたが、手の甲が少し切れてしまい出血したくらいですかね」
本当に大したことのないかすり傷だ。
「手当てしようと言ったのですが、宮守君は『唾でもつけておけば治りますよ。それよりもリンちゃんが無事でよかったです。美人な顔に傷がついたら大変ですから』と腕の中で抱きしめられながら言われてしまいまして……」
真由美には、遥の事を話す鈴音がいつもよりも声が弾んでいるような気がしてならなかった。
「やむを得ない事情ではありましたが、一応これが宮守君と接触した経緯です」
「でも市原。さっきは何度か、と言っていたじゃないか。今の話だと一回きりだと思うんだが」
摩利の疑問に花音も同調する。花音は婚約者の啓にしてもらったことを想像して悶えていたが、摩利の問いかけを聞いて表情を戻す。
「接触があった後ですかね。荷物を運ぶのを手伝ってもらったお礼と、怪我を負わせてしまったお詫びを兼ねて宮守君にお弁当を作ったんです」
「えっ!? リンちゃんが!?」
「といっても普通のお弁当ですよ?」
鈴音にとっては普通でも、美人が作ったというだけでその価値が何十倍にも膨れ上がることを理解していない。
「もしかして前にリンちゃんがお弁当を二つ持ってたのって……」
「はい。そうですね。好き嫌いがわからなかったので二種類持って行ったんですが……」
「二種類も!? えぇっっ!!?」
真由美は声を高々にしながら口を尖らせる。
「宮守くんには恋人がいるので、もちろん恋人の光井さんにも許可を取って渡しました」
「リンちゃんってそういうところ真面目よね~」
「渡したら一緒に食べようと言われまして、光井さんも是非、ということで一緒に……」
「食べたんだ」
「はい。光井さんや北山さんもいましたが」
「昼に何度か市原がいない時があったが、遥と一緒にご飯を食べていたとは……」
「光井さんや北山さんもいましたので」
「でもお弁当ってリンちゃんの手料理よね?」
「お礼ですので」
声に抑揚が無いため鈴音の感情が掴めないが、鈴音は誰とも目を合わせずに虚空を見つめていた。
「中庭で昼食をとったんですが、その時に『頭に葉っぱが付いてますよ』とか『口元にご飯粒がついてますよ』など色々触られまして……」
「セクハラね」
「あぁセクハラだな」
花音と摩利が有罪宣告するが、鈴音は頭を横に振った。
「いえ、そのまま教室に戻っていたら恥をかいていたのは私の方でしたしあの程度の事でセクハラと認定するのは難しいでしょう」
真由美と摩利の体験上、既に鈴音は遥の策略に嵌ってしまっていると苦笑いを浮かべるしかできなかった。
こういう思考になってしまえば抜け出すことは困難だ。
「二種類のお弁当を持っていったのに、美味しいと言って両方とも完食してくれました。男の人の胃袋を舐めていましたね。宮守君は細い割に大食漢という事がわかったので今度作る時には量を考えないといけません」
今度? と鈴音の言葉を聞き逃さなかった真由美。
摩利はそんなこと聞いていないと鈴音にジト目を向ける。
二人は遥の触手がこんなところまで伸びていることに呆れながらも、仕方ないとため息を吐いた。
「深雪さんはどうかしら?」
こいつはもう駄目だ、と鈴音を諦めて深雪に話を振る真由美。
「私は……何度か頭を撫でられたことはありますが……特に嫌だと思ったことはありませんし、宮守君は女子生徒が嫌がることはしないと思います」
「そう」
頭を撫でるくらいなら大丈夫か、と思える倫理観に恐怖を抱きながらあずさと花音にも話を振っていく。
「あーちゃんは?」
「私は特にそう言うのは無いと思います」
これが普通なのだが、不満そうに目を鋭く光らせていた。
好意を寄せているというわけではないが、自分だけ何もないことに劣等感を抱いているのだろう。
「あ、でも」
「え、あーちゃんも何かあるの!?」
「い、いえ、宮守君が『あーちゃん先輩』と呼ぶので辞めさせようとしてるんですけれど、いまいち効果が無いんです」
「セクハラで訴えるわよ、って言えばいいんじゃない?」
花音があずさに問いかける。しかしあずさは花音の言葉に小さく『はい』と返事をしただけで会話が途切れた。
どうやら二人は同学年だが関わりは薄いようだ。
あずさは気弱な性格だし花音のような女性を苦手としているのかもしれない。
「ま、まあ、あーちゃんは、はるか君のエンジニアなんだし、エンジニアとして認めさせてあげれば尊敬して言うこと聞いてくれるんじゃない?」
「だといいんですけど、宮守君ってあまり調整しなくても常にいい状態で魔法を発動するので私必要ないんじゃないかと思ってるんですよね」
「そんなことないわよ。きっとあーちゃんの技術が凄いからはるか君も魔法の調子が良いのよ!」
「うーん、そうですかねぇ」
エンジニアとしてあずさは優秀だ。しかし遥は魔法に関して体調に左右されず、CADも必要としないためあずさにも遥の実力が掴めていなかった。
「花音ちゃんは?」
「私は九校戦の練習くらいしか彼と話したことが無いし、二人きりであったことも無いからよくわからないですね」
「そっか」
「でも生意気だって言うのはわかりますよ」
「え?」
「だってあ~~思い出したらムカついてきたぁ~~!!」
突然髪の毛をかき乱しながら低い声で唸り始めた。
「ど、どうしたの?」
「あ、すみません。彼とピラーズブレイクの練習をしたときのことを思い出してしまって」
「何かあったの?」
アイス・ピラーズ・ブレイクは簡単に言えば先に相手の氷柱をすべて壊した方が勝ちという競技。
学校では大会と同じ自分と敵、それぞれ十二個の氷柱を用意する場所も技術も無いため、一高では三つの氷柱を用いて練習していた。
「彼の障壁魔法が強力すぎて私の魔法じゃ全部壊せなかったんです」
「え、花音ちゃんが?」
「正確には最後の一つだけ壊せなかった、ですけど。十文字会頭の魔法並みに感じましたよ」
非公式で花音と遥は練習試合をしていた。見学者は同じ種目に出場する雫とエンジニアのあずさのみという小規模なものだったが、花音の口ぶりから遥が勝ったようだ。
「その時の宮守の勝ち誇った顔を思い出したらあぁああッッ!!!」
「こんなに乱れるほど酷かったの?」
「え、えっと、私には普通に見えましたけど……」
あずさは花音の乱れっぷりに引きながら答えた。
花音としては、後輩に負けたことで特別なフィルターがかかって見えているのかもしれない。
「絶対にリベンジしてやる」
アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝したことで自信がついたのか、メラメラと熱い闘志を燃やしていた。
「まぁ、花音ちゃんは置いといて……ここにいるみんなは、はるか君にセクハラされた事実は無いという事でいいかしら?」
「……そうだな。少なくとも合意というか、この場に被害者はいないようだ」
「摩利も合意という事ね?」
「あたしは無いと言ってるだろっ」
真由美の攻めた発言に摩利は動揺して声を荒げるが、深雪が冷静に会話に加わる。
「今日の事故の時に渡辺先輩を抱きかかえたことを言っているのではないでしょうか?」
「えっ?」
「摩利ったら何と勘違いしてるのかしらね~」
「ッッ!?」
小悪魔の仮面をかぶった親友が目の前にいた。
「……あれはセクハラとは違うだろ」
顔を真っ赤にしながらぼそりと呟く。
しかしよくよく考えてみれば、身体のスタイルが強調されるウェットスーツ姿で遥に抱かれたんだと、抱かれた部分に熱を帯びてきていた。
「巷ではお二人が恋人同士なのではないかという噂が飛び交っているようです」
「な、なんだとっ!?」
「リンちゃん、それ本当なの?」
「他校の生徒が話していたのを聞いただけですので詳しくはわかりませんが、一目散に宮守君が駆けつけたことで、自分がああいうことをされた時のことを想像をしているようでした」
「自分がああいうことされたら興奮しちゃうってやつじゃないですか? 私も啓にされたら舞い上がっちゃうし、そうじゃなくてもあんな必死な顔で助けに来られたら気にはなりますよ」
恋の吊り橋効果という心理学用語があるように、助けられたり看病してくれた相手を気になってしまうのは不思議なことではない。
また、高校生という生き物は何かと恋愛話に盛り上がる年頃であり、目の前でロマンチックな光景を見せられて妄想を広げるなと言う方が無理な注文であった。
この後、観客たちは遥の事をどんな目線で見るのか楽しみである。
おっと、音沙汰が無かったまさかのキャラがヒロインレースに参加してきましたね。
6人目が誰になるのか注目です。
【次回の投稿は3月6日19時予定です】
5日、もしくは7日になるかもしれません。