「予選突破おめでとう雫!!」
「まだ決まったわけじゃないよ」
全ての試技を終え、控え室に戻ってきた雫の元に、観戦していたほのかたちが駆け寄る。いつものメンバーに加え、同じくスピード・シューティングに出場していたエイミィも合流し、祝福ムードが漂っていた。
労いの言葉が飛び交いながら、控え室に設置されているモニターへと目を移す。
「あれだけパーフェクトを出したら予選突破は確実だよ!」
ほのかの言葉に呼応するように、モニター画面が雫のハイライト映像を映し出していた。
雫は最初の試技こそ誰かのせいでパーフェクトを逃したものの、その後に行われた、残り全ての試技をパーフェクトという好成績で終えたのだ。
新人戦でパーフェクトを出したのは真由美以来の快挙。客席からは『エルフィン・スナイパーの後継者』という声が上がり、雫の可愛らしい小柄な体型も相まって着々とファンを増やしていた。
ファンが増えることなど雫にとってどうでもよかったのだが、夢にまで見た舞台で活躍できたことに少なからず興奮しているようだ。今になって手が震えだしていた。
「お疲れ様、凄かったよ」
「ありがとうほのか」
幼馴染であり親友の手を握り合うほのかと雫。気づけば手の震えが消え、雫の顔にも笑みが灯る。
雫が落ち着いたところで達也が雫とエイミィに声をかけた。
「予選突破は確実だろう。準々決勝からは対戦形式だ。CADの調整は朝のうちに済ませてあるから、落ち着いたら感触を確かめておいてくれ」
「分かった」
「エイミィもだからな」
「おっけ~」
新人戦の予選突破ラインは、例年通りであれば命中率八割程度。雫とエイミィは余裕でクリアしているため予選突破は確実といえる。
「俺は滝川さんの所に行ってくる」
滝川とは雫やエイミィと同じく新人戦女子スピード・シューティングに出場している三人目の女子生徒の事である。
彼女はまだ予選の試技が残っており、エンジニアの達也が補佐につくようだ。
達也は新人戦女子スピード・シューティングに出場する三名の選手のエンジニアを務めている。一年生がエンジニアを務めるだけでも異例だというのに、達也はそれをそつなくこなしていた。
大会前まで達也の腕に疑問を持っていた選手たちも、次第に達也の事を認め始めている。深雪はそのことを嬉しく思いながら、控え室から出ていく達也を見送った。
「司波君の調整したCADだといつも以上の力が出るから不思議だよね~」
「そうなの?」
「うん。さすが深雪のお兄さんだね!」
エイミィがそんなことを口にするものだから、深雪は上機嫌だ。
「雫もそう思う?」
ほのかは雫に聞いた。
「うん。確かにスムーズに魔法が発動できる感じがする。家で雇ってる技師よりも優秀だと思うよ」
「そんなに?」
ほのかは今回の九校戦で達也からCADを調整してもらうことはない。
九校戦前の打ち合わせでは新人戦ミラージ・バットに出場する三選手、深雪・ほのか・スバルのエンジニアを達也が務めるという話になったが、ほのかが拒否反応を示し、ほのかだけはあずさが担当することになった。
達也の事を認めていないというわけではなく、単にほのかが遥以外の男の人と二人きりになるのを忌避したからだ。
練習でも達也と関わることはなかったため、雫の言葉に驚きの反応を見せた。
北山家はいわゆる大富豪である。母親の紅音は国際ライセンスAランクの魔法師だったが、父方に魔法師はいない。雫の弟も魔法師の資質は無く、そのせいかわからないが、父親の雫に対する入れ込みようは並大抵ではなかった。
雫に才能があるとわかるや否や、日本でも有数の魔工師を雇って英才教育を施してきた。その雫がここまで言うのだから、いかに達也が凄いというのが伝わってくる。
「CADのメンテナンス契約を結びたいと思ったけど――」
雫がそこまで言うと、遥の方へ視線を向けた。
「どんなに凄い魔工師がいても、私には必要ないから」
そう言い切った。
雫の言葉に遥は頬を緩め、それを見た雫が恥ずかしそうに目を逸らした。
「雫には私がいるもんね!」
「えっ、あ、うん」
『ほのかには自分のCADを任せることはできないよ』なんてことを思いながら首を縦に振る雫だった。
終始和やかな雰囲気の中、モニターの映像が切り替わる。
『まもなくスピード・シューティング第二ブロックの予選です』
アナウンスが流れ、今度は本戦のハイライト映像へと切り替わっていた。
「第二ブロックの試合見に行ってもいい? 気になる選手がいるから」
「それって三高の?」
「うん。そのうち当たるかもしれないし」
この新人戦女子スピード・シューティングには優勝候補と呼ばれる注目選手がいる。雫ではない、今話題に上がった人物だ。
「よしじゃあ行こう!!」
目を輝かせながらほのかは雫と手を繋ぎながら部屋を飛び出していった。
「えっと……ほのかさんは午後から試合なんじゃあ……」
思い出したように美月が呟くが、その声が本人に届くことはなかった。
『お待たせしました。それではこれよりスピード・シューティング第二ブロック予選を始めさせていただきます。一人目、第三高校十七夜栞選手の登場です!』
雫たちが試技していた時よりも会場の席は埋まっていた。さすが注目選手と言ったところか。アナウンスも熱がこもっているように感じられる。
『先ほど第一高校の北山雫選手がパーフェクトを記録して会場を大いに沸かせましたが、こちらは優勝候補ナンバーワンと前評判の高い十七夜選手。いったいどんな魔法で我々を沸かせてくれるのでしょうか!!』
栞はシューティングレンジで単発小銃のようなCADを構えながら開始の合図を待っている。
会場内のざわめきが収まるとスタート開始のランプが点り、会場の大型スクリーンに『START』の文字が表示された。
「おおっ!!」
「これはっ!?」
開始と同時に複数のクレーが射出され、クレーが得点有効エリアに飛び込むと栞はCADの引き金を引いた。
「クレーが次々に!?」
一つのクレーが破壊され、その破片によって周りを飛ぶクレーが粉砕されていく。
パズルゲームの連鎖のように、一個のクレーの破片が周りのクレーへ、そしてその破片によって壊されたクレーの破片が、またその周囲のクレーへと飛び散った。
ただの偶然ではないのは火を見るよりも明らか。
「一つ目のクレーを破壊するのは振動魔法として、どうして他のクレーに破片が飛ぶんだろ」
「移動魔法かな?」
「……他の魔法を使ってるようには見えないけど」
「じゃあ破片がどこに飛ぶのか予測してクレーを壊してるだけ」
同じ競技に出場しているエイミィと雫が栞の魔法を考察していく。
「壊してるだけって……それがどれだけ凄いことだとわかってる~!? まさかあんなにたくさんの破片の数を把握して破壊させてるって言うの?」
「そうとしか見えない」
「クレーだって止まってるわけじゃないんだから、あのコンマ秒でそれぞれの破片を認識するなんて……スーパーコンピュータじゃなきゃ無理だよ!」
次々に破片を連鎖させながら粉砕していく光景を見ていくと、エイミィが口にしたことが事実となって見えてくる。
「まさか……全部見えてるってこと!?」
そう、栞には全て予測できていた。
愛梨に誘われて金沢魔法理学研究所で才能を磨き、ランダムな要素に見えるクレーの破片の軌道が全て見えるまでに成長した。
他の誰にも真似することはできない栞だけの魔法。それはスーパーコンピューターをも凌駕する演算能力を駆使した美しい数式の旋律だ。
『
誰かがそう呼んだ。
エイミィは驚きを隠せずポカンと口を開け、雫は静かに栞の試技を見つめていた。
準々決勝は同じ高校の選手と戦うことはない。つまり一高の選手が三人とも予選を通過した場合、誰かが彼女と戦う可能性があるという事だ。
自分が彼女と戦って勝つことができるか、そんな不安に襲われながらエイミィは軽く嘆いた。
「パーフェクトだ!」
「新人戦で二人もパーフェクトを出すなんて今年はいつもと違うぞ!!」
「今年の新人戦はレベルが高いなー!」
観客たちは栞の試技に魅了され、満開の拍手の花を咲かせる。
会場の熱気とは裏腹に、エイミィはというと諦めたかのように不貞腐れながら遥に買ってもらったジュースで喉を潤す。
「あんなの反則だよぉ」
「うん。凄いと思う。でも私は負けない」
「……雫は勝てるの?」
「勝てる。だって……」
右隣に座るエイミィの方を向き、左隣に座る人物の手を強く握る。
「だって?」
「だって……」
雫が続きの言葉を言おうとした瞬間、左側に座る人物の手が雫の頭に乗った。
「俺がいるからね」
遥は雫の頭を撫でながらエイミィの方を向いた。
「俺の手はゴッドハンドと呼ばれてるからねぇ、頭を撫でられた人は必ず好成績を取るんだよ。エイミィちゃんも頭撫でよっか?」
「えーっと……大丈夫だよ。ほのかに悪いしねー」
遥の背後から並々ならぬオーラを感じたのか、エイミィは身体を逸らしながら断った。
「ゴッドハンドなんて初めて聞いた」
「今初めて言ったからね」
「……」
呆れてモノが言えないのか、雫は口を閉ざしたままジト~っと遥の事を見つめていた。
「でもこれで雫ちゃんが優勝したら本当にゴッドハンドって呼ばれることになっちゃうかもね」
「それは絶対にない」
好敵手の試技を見ても緊張や重圧はまったく感じられない。普段通りの雫である。
「じゃあ私は準々決勝の準備に行くね」
お目当ての人物の試技を観戦し、満足した雫は席を立つ。エイミィは試合まで時間があるのか、まだここにいるようだ。
「雫頑張ってね!」
「ファイト~」
「頑張ってください」
ほのか、エリカ、美月に声をかけられ、微笑みながら小さく頷いた。
「俺は途中まで雫ちゃんを送っていくよ」
やましい気持ちなど一切ない、純粋に控え室までの付き添いのつもりだったが、雫から睨まれてしまった。
「何もしないよ」
「本当に?」
「本当に。でも控え室まで手を繋ぐのはいい?」
「……ハルカがどうしてもって言うなら」
「どうしても繋ぎたいな」
「じゃあ仕方ない」
二人きりになると雫も態度を軟化させる。
九校戦期間中は幼馴染を理由に人前でも手を繋ぐようになったが、本人たちはこの関係を隠す気があるのか甚だ疑問である。
関係者専用エリアで、指を絡めながら手を繋いで控え室へ向かっていると、先ほど試技を終えたばかりの栞が出口に向かって歩いてきていた。
栞の隣を愛梨が歩いているが、愛梨は遥たちの姿を見るや否や目が鋭くなった。
「第一高校の北山さん?」
愛梨は目を背けて関わらないように距離を取ったというのに、事情を知らない栞は雫に声をかける。
「こんにちは。第三高校の十七夜です。予選を拝見しました。大変良い腕をお持ちのようで。貴女と準決勝で戦うのを楽しみにしています」
予選が終わり、次は決勝トーナメント準々決勝だ。組み合わせが発表され、雫と栞は準々決勝を勝ち上がった場合に激突する組み合わせとなった。
フライング気味の宣戦布告に雫の口角が上がった。
「そっか、次の試合は勝つ自信があるってことなんだね。わかった、私も準決勝を楽しみにしてる」
二人が火花を散らす中、視線を断ち切るように遥が雫の頭をポンポンと叩いた。
「ハルカ?」
「ダメダメ。次は準々決勝だよ。まずは目の前の試合に集中しないと相手にも失礼だ」
「……うん、わかってる」
「栞ちゃんも、先の事ばかり見てると足元すくわれるよ」
「そうですね。では準決勝でお会いしましょう」
「いや、わかってないじゃん」
遥のツッコミを無視して栞と愛梨は去っていく。
栞と雫はスピード・シューティングだけではなくお互いにアイス・ピラーズ・ブレイクにもエントリされている。
予選の実力を見ても二人が互いはライバル視してもおかしくはなかった。
こんな好戦的な雫を初めて見た遥は、雫の成長を嬉しく思いながら、控え室にたどり着くまで何度も油断しないように言い聞かせた。
特に今回の九校戦では九頭竜が暗躍している。ここは摩利が怪我をしなかった世界線であり、既に原作の流れとは脱線した軸を歩んでいる。彼らが何をするかわからない以上、隙を作る事だけは避けたかったようだ。
控え室で雫と別れ、会場へと戻ろうと歩いていると、ちょうど愛梨がトイレから出てくるところだった。
とことんトイレと相性が良い遥だが、愛梨は遥の顔を見ると足早に去ろうとした。
「あー覗きが趣味の愛梨ちゃんだ」
「……はぁ?」
しかし遥の挑発ともとれる言葉に立ち止まる。
「どういう意味かしら。あまり人聞きの悪いことを言わないでもらえる?」
「だって事実じゃないか。それともお漏らし愛梨ちゃん、って呼んだ方がいい?」
「なっっ、アナタ知って……ッッ!?」
愛梨は慌てて周囲を確認するが、遥と自分以外誰もいないことに安堵する。しっかりと廊下の曲がり角の奥まで確かめる辺り慎重な性格なのだろう。
「アナタ、誰にも言ってないでしょうね!?」
顔だけではなく耳や首まで興奮したように真っ赤にさせながら遥の胸ぐらを掴んだ。
「もちろん言ってないよ。俺と愛梨ちゃんだけの秘密だもん」
愛梨が漏らしたことは栞も知っているが、栞は恩人の恥を他人に言いふらすほど陰湿ではない。
「愛梨ちゃんこそ俺が真由美ちゃんとセックスしたことや女子トイレで雫ちゃんとエッチなことしてたの誰かに言ってないよね?」
「言えるわけないでしょ!!」
摩利もそうだったが、やはり十師族が相手だと簡単には口を開けないようだ。魔法師全体のイメージに関わるし、何よりも相手が遥というのが大きい。
「じゃあこの事はお互いに墓場まで持っていこうね」
「……」
「信じられない?」
「信じられないわ」
「うーん、それじゃあ……誰にも口を開かないって意味を込めてキスしよっか」
「……ハァあッッッ!!?」
愛梨の悲鳴が木霊した。
【次回の投稿は3月12日19時予定です】