新人戦一日目、午後。
「これで二人が準々決勝突破か」
「次は北山さんの出番ね」
一高本部の天幕で、スピード・シューティングの結果を見た摩利と真由美がそう呟いた。
「今年の一年女子はレベルが高いな」
同じ学校からエントリーした三名が予選突破するというのは、本戦・新人戦を通じて過去にあまり例がない。
さらにベスト四に同一の学校の選手三名が入るとなると過去に一例しかないのだ。これを快挙と言わずして何というのだろうか。摩利は腕を組んだまま感心する。
「バトルボードの方はどうなっているのかしら?」
真由美の問いかけに答えたのは同じく天幕内にいた鈴音だった。
「男子は三レース全てで予選落ち、女子は一レースに出場して予選突破です」
「女子の方では最終レースの光井さんが予選突破確実でしょうから、あーちゃんにはもう少し頑張ってもらわないと」
男子が全滅という結果に摩利は顔をしかめ、真由美はあずさの事を憂いていた。
「当校も、もう少し技術者の育成に力を注ぐべきかもしれないな」
一高はエンジニアの数こそ足りているが、それを補助するスタッフが不足している。そのためエンジニアの生徒に負担がかかり、一日に何人もの選手のCADの調整が強いられていた。
摩利と似たように、顔をしかめながら自分の端末を操作していた克人が、苦みを混じった声で応えたのだった。
スピード・シューティングの会場では雫がシューティングレンジで試合開始のシグナルを待っている。
前の試合では雫のチームメイトである二人が準々決勝を勝ち上がり、三高の栞も準決勝へ駒を進めた。雫もこの試合に勝てば準決勝に進み、約束通り栞との対決が実現することになる。
気合が入っているのは客席にいるほのかや深雪たちにも伝わってきていた。そしてその気合が空回りしないよう、試合前に遥との触れ合いでリラックス済み。達也のCADの調整も相まって雫の負ける要素が一つもない状況だ。
「えっ、予選と同じCAD使ってるの?」
雫の持っているCADを見たエリカが驚いたように口を開いた。
真由美の時も同じような反応を示していたが、スピード・シューティングでは予選の個人試技と決勝トーナメントの対戦形式では異なる魔法を使うのが一般的だ。
そうなればCADも違うものを使う場合が多い。
「いや、予選の時は特化型だったけど、いま雫ちゃんが持ってるのは汎用型だよ」
エリカの疑問に遥が答える。
確かに予選の時と同じようなCADに見えるが、予選の時とは異なり、今、雫が持っているのは汎用型CADだった。
特化型のCADは系統の同じ組み合わせの起動式を九つしか格納することができない。つまりこの競技における『能動空中機雷』は、得点有効エリアに設定した九つの震源地を変数として起動式にしているため、それだけで九つの起動式が埋まってしまうのだ。
特化型CADだと『能動空中機雷』しか使用できないため、決勝トーナメントでは汎用型を装備している。
汎用型は特化型に比べて起動式の展開速度が劣るが、格納できる起動式は九十九個となる。遥との性行為によって魔法力が上昇している今の雫ならば汎用型だろうと特化型に勝るとも劣らない速度で魔法を発動することが可能だ。それを考慮しての選択だろう。
雫の使う『能動空中機雷』は対戦形式に向いていない。この魔法では震源地を設定するだけで、細かな制御ができないため、敵味方のクレー関係なく破壊してしまう可能性があるからだ。
『能動空中機雷』とは別の魔法が見られるのかと、興味津々といった様子で雫と飛び立つクレーを注視していたが、彼女たちの視界に飛び込んできたのは予選と変わらぬ光景だった。
「うわぁ……敵のクレー関係なく全部壊すつもりなんじゃないの?」
エリカの感嘆とした呟きに、試合前まで興奮していた美月も呆然を口を開けていた。
試合開始のシグナルが点り、会場内を紅白のクレーが宙を舞う。雫の破壊すべきクレーは紅だ。だが『能動空中機雷』によって紅白のクレーが次々に破壊されていく。
「ダイナミック過ぎない?」
「相手の選手も困っていますね」
エリカは苦笑いを浮かべ、美月は違った意味で不安そうな表情をしている。
それもそのはず。本来は紅色のクレーだけを破壊すればいいのだが、雫は敵の白色のクレーまで壊しているのだから……。
「ああ見えて雫ちゃんは肉食系だからね」
遥の呟きの本当の意味を知るエリカと美月は照れたように頬を紅くさせ、言葉通り受け取った深雪や男性陣たちは聞き流していた。
「もうすぐ中盤ですけど、大丈夫なんでしょうか?」
声を落として美月は隣に座る遥に尋ねる。現在得点は両者ともに五十対五十。
この対戦形式では相手のクレーを破壊しても問題は無い。ただ、相手のクレーを破壊した場合は、当然自分の得点になるわけではなく、自殺点……つまり相手の得点となる。
そういう意味で決勝トーナメントでは正確な射撃が求められるのだが、雫はこの常識を紅白のクレーのように粉砕していった。
「そうだね、ほのかちゃんが説明してあげてよ」
「はいっ!」
先ほどから話したそうにうずうずしていたほのかが満面の笑みを浮かべながら頷いた。
「いま、相手の選手は、雫が全てのクレーを壊しているから全然魔法を使っていない状態です」
試合開始直後は普通の試合のようにクレーを狙っていたが、魔法を発動するより先に雫の魔法によってクレーを壊されてしまうため、中盤に入ると油断したように呆然と立ち尽くしていた。
「雫は予選でも同じ魔法を使っています。なので、相手も雫の魔法がどういうものなのかは理解してると思います。雫があの魔法しか使わないことも」
予選と違う点はCADが特化型から汎用型に変わったこと。しかし、使用している魔法は同じで、相手側から見れば予選と同じ立ち回りしかできないんじゃないかと考える。
「相手はこう思ってるはず。『北山選手は座標設定が苦手なのか。このままミスを待てば勝てるんじゃないか』と、けど、雫は細かい精度の魔法も得意なんです。それこそ、スピード・シューティングだったら七草会長とも渡り合えるほどに」
ほのかの言葉にも熱が入る。
「だから本来はこんな大範囲に魔法を発動する必要なくて、本当の狙いは……」
両者同点のまま試合は終盤へと差し掛かる。
「あっ!!」
誰かが叫んだ。それは遥たちのメンバーの誰かなのか、それとも会場内にいた観客の誰かなのかは定かではない。けれど、その叫びが会場全体へと伝染し、驚きの波が広がった。
「相手のクレーが!?」
「そう、雫はこれが狙いだった」
終盤まで紅白全てのクレーを粉砕していた雫の魔法だったが、残り十を切ったタイミングで紅白に重なる二つのクレーのうち、紅色のクレーだけが砕け散った。
白色のクレーは得点有効エリア外へと飛び立った。これには思わず相手の選手も慌てて魔法を発動するが、間に合わず、これが致命傷となる。
そのまま雫はパーフェクトで試合を終え、一ポイント差で雫の勝利が決まった。
会場はあっけにとられしばらく静まり返っていたが、雫が遥たちの方に手を振ると、遥の周囲にいた人たちが万感の拍手をはじめ、それが会場全体へと響き渡った。
「相手を油断させるのが目的だったってこと?」
「うん。でも本当は自分のクレーの周りにある相手のクレーだけを一緒に壊すだけの予定だったんだけどね」
本来の作戦は相手は雫がどのクレーを壊してくれるのか、それとも壊さないのか。疑心暗鬼によってミスを誘発するのが狙いだった。
おそらく得点有効エリアのクレーを壊すことに快感を覚えてしまったのだろう。緩衝材のプチプリ君を潰すように、気持ちよくなった雫は当初の作戦から逸脱してしまっていた。だが、それが逆に功を奏したらしい。
「相手が油断しないでクレーを狙い続けたらどうするつもりだったの?」
「その時は作戦を変えていたと思うよ」
エリカの問いにほのかが答える。
「多分、次の相手はそうだと思うしね」
会場の大型モニターには準決勝の組み合わせが発表される。
【北山雫 VS 十七夜栞】
三十分の休憩後、準決勝一試合目が行われ、二試合目が彼女たちの試合だ。
『皆様こんにちは! 新人戦一日目、女子スピード・シューティングは早くも準決勝を迎えます。予選では超高校級の魔法に度肝を抜かれ、準々決勝では熱い戦いが繰り広げられました。そしてその戦いもついにベスト四までが決まりました!』
全国に流れている有線放送の映像が会場内のモニターにも映り、アナウンサーの声が会場を轟かせている。
『今年の新人戦女子スピード・シューティングでは一高フィーバーが止まりません! なんと、ベスト四の四選手のうち三名が第一高校の選手。そして第二試合では注目のカードが実現します!』
煽り立てるように、雫と栞が向き合う構図の映像が流れる。
『予選では新魔法「能動空中機雷」で会場を興奮の渦に巻き込んだクールビューティー! 準決勝でも圧倒的魔法力で相手を制圧するのか!? 第一高校北山雫選手!!』
対するは今大会全ての演技でパーフェクト。その正確無比な軌道予測に天下無双! 連鎖で奏でる重奏曲「数学的連鎖」は準決勝でも炸裂するのか!? 第三高校十七夜栞選手!!
この二人の激突を見逃すな! 両選手の活躍をどうぞお楽しみください。この試合をご覧いただくには有線放送への登録が必要です。登録方法は……』
第三高校の控え室でこの映像を見ていた栞と参謀の吉祥寺真紅郎はほくそ笑む。
「注目されてるようだね」
「吉祥寺君ほどじゃないわ」
「またまたご謙遜を」
栞は雫に負けないほどのクールビュテーな女子だ。あまり表情に出ることは無いが、モニター越しに雫の顔を見る栞の顔は楽しそうに笑っていた。
「さて、本題に移るけど、北山選手の予選、準々決勝の使用魔法を分析した。あの迫力満点の魔法は脅威だけど気にする必要はない。準々決勝の相手は油断して負けたけど、君ならその心配はないだろう?」
「当然よ」
「彼女は敵味方関係ない広範囲の魔法と自分のクレーだけを狙う精度の高い小規模の魔法を撃ち分けて相手のミスを誘う作戦を取ってくるはず」
真紅郎は端末を操作しながら説明していく。
「おそらく広範囲魔法で君の『数学的連鎖』を防いでくるはずだ。あえてこっちのクレーを破壊することで連鎖を途切れさせるのが目的なんだろう。だけど対処はできるよね?」
「連鎖は途切れてもまた新たな連鎖は生まれる」
「うん。大丈夫そうだね」
念入りに作戦を練りながら試合時間まで体調を整え、そして準決勝第二試合を迎える。
「がんばれ雫~~!」
ほのかや深雪らが見守る中、雫と栞の試合が始まった。
真紅郎の読み通り、雫は『能動空中機雷』で自分と栞のクレーを破壊しつつ、栞の『数学的連鎖』を封じていく。しかし、栞は連鎖が途切れても慌てることなく、次のクレーを狙って連鎖を始める。
両者譲らない戦いに会場内の温度がどんどん上がっていく。
「北山選手の流れか!?」
「いや、北山選手の戦術を返してるぞ!!」
「十七夜選手が先にクレーを壊して連鎖を続けてる!?」
「なんて高度な戦いなんだぁ!」
どよめきが広がる。
四十、五十、六十と互いにミスなく進んでいき、あっという間に終盤戦へと差し掛かった。
「雫もすごいけど十七夜選手もすごいね……」
雫よりも派手さは劣るものの、栞の背中から内なる風格が放たれているかの如く、冷静に、そして正確に自分のクレーだけを破壊し続けている。
その無言の威圧感に押されそうになる所を、雫は怒号を響かせながらはね返していた。
どちらが勝つのか。いつの間にか歓声がため息と感嘆の息遣いへと変わっていた。固唾をのんで見守る中、雫の『能動空中機雷』が百個目の紅白のクレーを粉砕した。
「両者パーフェクトだ!!」
「この場合どうなるんだ!?」
感嘆から興奮へ。一気に観客たちが色めき立ち、アナウンスを待った。
ルールブックには同点だった場合、先に最後のクレーを破壊した方が勝者と記載されている。同着だった場合は再試合。
「再試合だ!!!」
会場内の大型モニターには『Re-match』の表記が。すぐに再試合が行われるようだ。
「あーもう! 雫ったら~」
「最後、自分のクレーだけを壊していたら勝ってましたね」
エリカは肩をすくめ、美月は一先ずホッとしたように肩をなでおろしていた。
「同点決着なんてつまらないからね。雫ちゃんはわざと最後のクレーを同時に破壊したんじゃないかな」
「え?」
「どちらかが先にミスするまで続けるつもりなんじゃない?」
「まさか」
遥の呟きに美月とエリカは笑い飛ばすが、遥の言葉が現実になろうとは……。
「ほのか大丈夫なの?」
「う、うん、まだ時間に余裕はあるから」
再試合を繰り返す事六度目。互いに譲ることなく六度目の試合が始まっている。
再試合が五回を迎えたところで小休憩が入り、休憩後一発目の対決だ。
雫は例のごとくトイレ休憩で英気を養い元気いっぱい。対する栞の表情には疲労が見えてきていた。それもそのはず。午前から予選が始まり、この準決勝までで既に十回以上も百個のクレーを砕き続けている。
壊したクレーの総数は千を超えた。一日で千個以上ものクレーの破壊。当然練習では経験したことのない数だ。
選手たちの体調を考えれば翌日以降に延期するのが常識だ。しかし、スケジュールの問題や、大会運営本部の一声により今日中に決着することを求めた。
その結果、先に集中力を欠いたのは栞だった。
「ああっ!?」
「十七夜選手が……っ!!」
「ミスしたぞ!!」
『数学的連鎖』は栞の天才的な軌道予測による連鎖破壊だ。スーパーコンピューターをも凌駕する演算能力を駆使した旋律。
人間がスーパーコンピューターを超える力を出すのに、いったいどれだけの負担が身体にのしかかるかわかるだろうか。
成熟しきっていない高校生の身体が長時間耐えきれるはずもなく、栞は次から次へとクレーを逃していく。
一方の雫はというと、客席から失笑がこぼれるほど清々しいまでの脳筋プレイを披露していた。その小さな体のどこにそんな力があるのだと、疑問に抱く大迫力の粉砕劇が最後まで続いた。
「結局雫の作戦勝ちってことでいいの?」
「雫ちゃんの方が根性あったってことだよ」
両者を称える拍手の嵐の中、歓喜の宴に紛れてエリカと遥は嬉しそうに話す。
「途中ドーピングを撃ちに行った甲斐がありましたね!」
だから美月の際どい発言も遥とエリカ以外に聞こえることはなかった。
今月末は執筆時間が取れないのでそれまでに書き貯めしないと……。
3月25日~31日の間に投稿が止まったら書き貯めできてないと思ってください。といっても4月からは普通に投稿できるので安心してください。
【次回の投稿は3月16日19時予定です】