正午過ぎ。
「雫、優勝おめでとうっ!!」
控え室に戻ってくる雫を、ほのかがギュッと抱きしめる。最初はその大きな胸に顔が埋まることに抵抗を示す雫だったが、ほのかの嬉々とした声を聞くと、素直に抱きしめられるのだった。
「ほのか、苦しいよ」
「だって嬉しくて!」
まるで自分の事のように喜ぶほのか。そしてほのかが喜んでくれていることを嬉しく思う雫。その二人の幸せそうな空間を、温かい目で優しく見守る深雪。そんな彼女たちにねっとりとした視線を送る遥。それを観察する達也。
三者三様の思惑が飛び交う控え室ではしばらくの間、ほのかの喜色満面に溢れていた。
「エイミィも二位おめでとう」
「ありがとう深雪。あ~でも、本当に雫強かったなぁ」
幼馴染二人が百合百合しい雰囲気を醸し出しているため、横では雫と決勝戦で戦ったエイミィをお祝いするべく司波兄妹が囲んでいた。
「最初は全部狙おうとしてるんだけど、試合後半になるにつれて『あれは雫が壊してくれるから無視でいいや』って甘えちゃうんだよね。そういう時に限って精度の高い方の魔法使ってくるから、慌てて狙うんだけど間に合わないってパターンで負けちゃったな~」
「雫の策略にまんまとハマってしまったのね」
「うん……あれも司波君の作戦?」
「いや、魔法自体は俺が考えたが、作戦は北山さんから提案されたものだ」
「雫が?」
エイミィが尋ねる。
「正確には遥と一緒に考えたらしい。遥は選手になれなかった場合でも作戦スタッフとして活躍していただろうな」
達也がそこまで他人を評価するのも珍しいため、深雪は心底驚いたように遥の方へ視線を向ける。深雪の視線に気づいた遥は、ニコリと微笑みかけたが、深雪はそのまま達也へ視線を戻した。
「雫には名参謀がいたのかぁ。ふむふむ、これはほのかの試合も楽しみですな~」
試合を終えたばかりで素直に負けを認め、負けを引きずらないのがエイミィの凄いところだ。エイミィはそのまま笑顔で百合百合しい幼馴染の輪に加わった。
「おりゃぁ~、雫ばっかりほのかの胸を堪能してズルいぞ~!!」
「え、えいみぃ!?」
「私にも揉ませろー!」
「ちょっとエイミィ!!?」
「俺も揉ませろー」
「ハルカ」
「はい、ごめんなさい」
おっさん化したエイミィがほのかに襲い掛かる。ついでに遥もほのかの元に駆け寄ったが、雫によって制止させられていた。
「お兄様?」
「俺は何も見ていない」
エイミィの手によって、ほのかの胸が制服の上からでもわかるほどムニュッ、と変形した。これには思わず深雪も眉をひそめて達也を咎める。
達也はたまらず身体を彼女たちとは反対方向に向けながら遠くの壁のシミを数えることに。されど聞こえてくるほのかの艶声。
「深雪」
「はい、何でしょうかお兄様?」
「女子たちは……同性同士でああいうことをするのか?」
「……セクハラですよお兄様」
「いや、深雪が被害に遭っていなければいいんだ」
「それもセクハラですお兄様」
もし深雪に手を出せば氷漬けにされた上、最悪、最強の兄によって存在自体が抹消させられるため迂闊には手を出すことができないだろう。
「ほら、エイミィ。ほのかはそろそろ試合の準備をしないといけないのだから離してあげないと」
「あっ、そうだった」
深雪の言葉で桃源郷の世界に終焉が訪れた。
「頑張ってね!」
「う、うん」
「ほのか、リラックスしないと」
「う、うん」
エイミィと深雪の言葉に頷くほのかだが、緊張で表情筋が硬直してしまっている。先ほどまでの百合百合しい空気はどこに行ってしまったのだろうか。
「落ち着いてほのか」
「分かってるよ雫。でも……」
エイミィから解放されたほのかは、手のひらに三回『人』と書いて飲み込んだ。緊張をほぐすおまじないとして古くから言い伝えられているが、実際にやる人を初めて見た雫や深雪は苦笑いを浮かべる。
どうやったら緊張をほぐすことができるか、達也の意見を聞こうと深雪が横を向いた瞬間、ほのかの悲鳴が聞こえてきた。
「ひゃっぁッ!?」
再びほのかの方へ視線を向けると、遥がほのかの事をお姫様抱っこのように横抱きで持ち上げていた。
「は、はる君!?」
「緊張で歩けないみたいだから俺が更衣室まで運んであげるね」
「だ、大丈夫です、歩けますよ!!」
「だーめ。そのまま俺がウェットスーツを着させてあげようか?」
「ええ!?」
声を張り上げたのは深雪だった。
「も、申し訳ありません」
控え室にいた全員の視線を浴びた深雪は、自分のはしたない叫び声を恥じたのか、頬をピンク色に染めながら頭を下げる。
この中で唯一、そういうことに対して耐性が無い深雪の反応を喜ぶ遥。そういう意味ではエイミィもなのだが、エイミィは美月と同じタイプで元から知識があるらしい。
「冗談だけどね。深雪ちゃんは何を想像したんだろう?」
「~~ッ」
「遥」
「おぉ~お兄様がお怒りになられてる。でも、ほのかちゃんの喘ぎ声を聞いておいて俺を怒る資格はないからな!」
「いや、音を遮断する魔法を耳にかけていたから声は聞こえなかった」
「あれれ~でも音を遮断しなきゃいけないような声を聞いたってことだよね?」
「……早く行かないと中条先輩が心配で迎えに来るぞ」
「まぁ、達也君を問い詰める役は深雪ちゃんに任せるとして、じゃあほのかちゃん、行こっか」
頬を赤らめていた深雪が達也の背後で吹雪を咲かせていたのだが、その後どうなったのかは遥とほのかは知る由もない。
勝者がいれば敗者も存在する。
第一高校スピード・シューティング一年女子チームの成績は、他校でも波紋を呼んでいた。特に『今年こそは覇権奪取』を掲げ、新人戦では優勝確実と言われていた第三高校では過剰とも取れる反応を見せていた。
盛り上がる一高とは対極に、第三高校の天幕では神妙な面持ちで新人戦出場選手十九人による会議が開かれていた。
「ここまでの結果だが、予想以上に一高が得点を伸ばしている」
「本戦女子バトルボードで先輩が優勝したのに、新人戦で足を引っ張ってしまっているな」
摩利のアクシデントにより、本戦女子バトル・ボードで優勝したのは第三高校だった。これにより、一高と三高の総得点差は縮まったのだが、新人戦だけの結果を見れば一高に大きく引き離れてている。
「さすがにスピードシューティング女子の一位から三位独占は予想できなかったな」
「ああ、優勝確実なはずの十七夜が四位で敗退したのはデカかった」
「まさか三位決定戦でも負けるとは……」
一年生たちによる嘆きの声。栞を責めているようにも聞こえるが、彼らに栞を気遣う余裕はなかった。
当の本人は明日も別種目に出場予定の試合があるため、体調を考慮して会議を欠席している。
愛梨は悔し気に空席となっている栞の席に目を落とす。
新人戦女子スピード・シューティングでは、大会が始まる前から栞が優勝候補と言われていた。しかし、準決勝で雫との再試合の連続で溜まった疲労が抜けきれず、緊張の糸が途切れた栞は、続く三位決定戦では信じられないようなミスを連発。
普段の力を出せば負けるはずのない相手だっただけに、三位決定戦での栞の敗北は三高チームの動揺を誘った。
「そこまで実力差があるようには見えなかったのだが……」
ある生徒の発言に、この場に同席していた一条将輝が口を開いた。
「その通りだ」
「将輝?」
「確かに優勝した北山選手の魔法力は卓越していた。だが、二位、三位の選手はそこまで飛びぬけて優れているという印象はなかった。魔法力だけなら表彰台を独占される結果にはならなかったはずだ」
落ち着きながらも淡々と話す将輝。
「それにバトルボードは今のところウチが優位だし、一高一年のレベルが特に高いとも思えないよ」
将輝に続いて吉祥寺真紅郎は発言する。
現在の時点で、三高のバトル・ボードの成績は男子は二名が出場して共に予選突破。女子も二名が出場して一名が予選突破。対して一高は、男子三名が出場して全員が予選敗退。女子は一名が予選突破。この後ほのかのレースが残っているが、スピード・シューティングとは真逆の結果となっている。
「ジョージの言うとおりだ。一高の一年のレベルが高いわけではない。という事はつまり選手のレベル以外の要因がある」
将輝の方へその場にいた全員の視線が集まる。
「その要因はなんだと思ってるんだ?」
「……エンジニア、だと思う」
「エンジニア?」
答えたのは吉祥寺真紅郎だった。
将輝と真紅郎はスピード・シューティングの試合を見て、お互いの意見が一致していることを確認していた。
「僕と将輝はあの試合を見て一つの結論に行きついた」
「ああ。一高の勝利は偶然じゃない。CADの性能を何世代も引き上げる化け物のような技術者がついている」
「一条がそこまで言うのかよ……」
「奴が担当する種目はこれからも苦戦を強いられるだろう」
「全員のCADを担当できるわけではないけどね」
真紅郎のフォロー虚しく、将輝の言葉は会議室に重苦しい沈黙を招くのだった。
雫、エイミィ、達也が一高の天幕で真由美たちから祝福を受けている時、更衣室で愛を注入されたほのかはやる気に満ちていた。
しかし、変に緊張した状況で交わってしまったため、酒酔いのように浮ついた状態になってしまっていた。
「えへへっ、は~る君」
「ほのかちゃん、この後試合だよ?」
「はいっ! 目指すは優勝であります!!」
「……あーちゃん先輩どうしましょうか?」
「あわわ、わ、私にふらないでください!」
控え室でエンジニアであるあずさの最終調整を受けているほのかだが、さきほどからコアラのように遥の首に抱きつきながらぶら下がっていた。
おまけにあずさの前で遥の首に吸い付いたりと、あずさが顔を真っ赤にさせるようなことばかりしている。
「あ、あの、お二人が恋人同士だってことは知ってるんですけど……いつもこういうことをしてるんですか?」
「こういう事って具体的に言ってくれないとわかりませんね」
「……過度な親密表現です」
「そうですねぇ、二人きりの時はするかもしれませんし、しないかもしれません。ね~ほのかちゃん」
「ね~~」
「わわわわわっ」
試合まで三十分を切っているというのにまるで緊張感が無い。
「あーちゃん先輩も手を繋いでみますか?」
「わ、私がですかっ!?」
「はい。何事も体験してみないとわかりませんからね。どうですか?」
「えーっと……」
「だーめです。今だけは私だけを見てください」
ほのかの両手が遥の両頬を包み込み、強制的にほのかの事を見ざるを得ない。今のほのかは甘えん坊で嫉妬深く、笑い上戸という酔っぱらいによく見られる豹変っぷりだ。
「よく見ててくださいね……私、頑張りますから」
「うん。目が乾燥するくらいずっと見てるよ」
「うふふ、何ですかそれ、まばたきはしてもいいんですよ」
あずさが目の前にいたため唇同士の接触はしないつもりだったが、あまりにもほのかが艶たっぷりの笑顔を向けてくるものだからついつい気を許してしまった。
「んーちゅぅっ……」
「えーー!!? そんなっ、舌まで!? え、えっ……あぁっ……はぅっ……」
見てはいけないと両手で顔を覆うあずさ。だが、聞こえてくる艶めかしい濡れ音に、徐々にあずさの指が開いてくる。そして目の部分だけがぱっくりと開かれ、遥とほのかのキスの実況を始めた。
「つ、つつ唾を? え、あ、っ、唾液……うわぁ、あんなに粘り気があるんだ……凄い伸びてる」
あずさは重度のデバイスオタクで魔工師を志望している。研究者を志すだけあって未知なる出来事に興味津々といった様子だ。もしかしたら神秘の謎を解決したいと銘打ってキスの研究のためだからと言えば手伝ってくれるかもしれない。
頬を真っ赤にさせながら二人のキスを眺めるあずさだが、勢いのまま押せばキスできそうな雰囲気が漂っていた。
競技が終わったらエンジニアをしてくれたお礼に迫ってみようかと、そんなことを考えながらほのかを試合に送り出す遥だった。
「あーちゃん先輩も今度是非してみませんか?」
「ししししししませんんッッ!!」
道のりは遠いらしい。
次の次辺りで遥の出番が来るかもしれませんね。
【次回の投稿は3月18日19時予定です】