新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクに出場している雫の試合を観戦したほのかは、沓子と別れて一高の天幕へ戻った。
天幕には試合を終えたばかりの雫やエイミィ、クラウド・ボールに出場していたスバルなどもいて、深雪を除いた一年女子主要メンバーが勢ぞろいしていた。
「みんなおつかれー」
「あ、ほのか。お疲れーイエ~イ」
試合に勝利したエイミィは機嫌よくほのかとハイタッチする。
エイミィと雫は今も行われている女子アイス・ピラーズ・ブレイクの一回戦に勝利し、二回戦へと駒を進めている。雫も表情には現れていないが、興奮した様子が見て取れる。
そんな二人とは対照的に、クラウド・ボールに出場したスバルと菜々美はベンチに座りながら悄然たる姿を見せていた。
「二人はどうしたの?」
「あっ、そうそう、ほのかからも言ってやってよ」
ほのかが尋ねるとエイミィが二人には聞こえないように耳元で話し始めた。
スバルと菜々美は、二人ともクラウド・ボールで愛梨に負けたことが原因で落ち込んでいるらしい。菜々美は勝てば決勝リーグ進出がかかった試合で、スバルは決勝戦で愛梨と戦い、完膚なきまで叩きのめされ、自尊心がボロボロになっていた。
「そんな……落ち込むことなんてないのに。二人ともすごい成績だよ」
素直な感想。
ピクリと二人の身体が震えた。
「スバルなんて準優勝だし、菜々美も四位入賞はかなりの好成績じゃない」
「うん。一高が二人同時入賞は控えめに言っても快挙」
「スピード・シューティングに続いて大勝利だって先輩方も大喜びしてたよ」
ほのかの言葉に雫とエイミィも続いた。
二人の結果に真由美や摩利たちが喜んでいるのは事実だった。
試合は愛梨の独壇場だったとしても、成績的に見れば稼いだ得点は二十五ポイント。三高は他の選手が早期敗退したため、ポイントを伸ばすことができなかった。対してスバルと菜々美は二人で二十ポイント獲得した。
一つの競技に各校から最大三人まで出場することが可能だが、三高ではクラウド・ボールに愛梨が出場するため、他の選手は比較的力のない者が選ばれていた。これは優秀な選手たちを同じ競技に出場させて得点効率を下げないための作戦でもある。優秀な選手たちは別競技に出場させて優勝による高得点を狙うのが主流となっている。
一高では深雪、雫、ほのかの三人も、できるだけ競技は被らないように調整している。最初ほのかはミラージ・バットではなくクラウド・ボールに出場する予定だったほどに……。
ということで試合に敗れはしたものの、一高的にいえばそこまで痛手を負うことはなかった。それよりも、複数人が入賞したことへの喜びが勝っていた。
「まぁ、悪くない成績だよな」
「そうだよね!? 私も一色と当たらなかったら決勝リーグ行けたかもだし!!」
ほのかたちの慰めによっていつもの調子を取り戻すスバルと菜々美。静かだと不気味に感じるが、元気になるとそれはそれで一気に騒がしくなる二人。
あまりのテンションの差異に顔を引きつらせるほのかだったが、そんな彼女たちの元に調整を終えた深雪と達也がやってきた。
「あ、深雪」
「みんな集まってどうしたのかしら?」
「別に何も。私とエイミィは報告に来ただけだから。そしたら偶然二人もいて、たった今ほのかが来たところ」
「うん」
この後試合を控える深雪はCADのチェックを受けるために一度天幕へと戻ってきた。競技に参加するためには一度大会委員会のチェックを受ける必要があり、運営本部までCADを持っていくのはエンジニアの仕事となっているが、達也に付き添う形で天幕までついてきたようだ。
「二人とも一回戦突破おめでとう」
「ありがと~深雪も頑張ってね!」
「ええ」
深雪とエイミィが軽く話すと、雫は深雪の正面に立って構えた。
「まだ一回戦勝っただけ。これからが本番……深雪は調整完璧なようだね」
「当然よ。お兄様が調整してくださったんですから、万が一にもミスは無いわ」
言葉の端々から達也への敬いが伝わってくる。それと同時に深雪の気合も伝わってきた。
「今大会、深雪の戦いは初めてだからすごく楽しみにしてるよ」
「そう? ではご期待に添えるよう頑張らなくちゃね」
深雪と雫は火花を散らしながら見つめ合う。
ほのかの眼には、表情を崩さないまでも、静かなる闘志を燃やす親友の姿が映っていた。
アイス・ピラーズ・ブレイクは出場者二十四名によるトーナメント戦だ。そこから三回戦を突破した三人による決勝リーグでの勝敗で順位が決まる。
つまり、この場にいる全員が勝ち残れば、雫、エイミィ、深雪の三人がそれぞれ戦うことになる。
同じ高校だろうと敵同士。特に雫は九校戦が始まる前から深雪を意識し続けてきた。それは魔法師としてだけではなく、女性としても……。
ほのかと雫は小学校時代からの親友でありライバルだ。遥が加わってからは三人で切磋琢磨して育ってきたが、ほのかと雫にとって遥は異性であり恋人。ライバルという目線で見ることができなかった。
そのためほのかにとっての最高のライバルは雫であり、雫にとってのライバルはほのかだった。周りには二人に比肩する魔法の才能を持った者は、遥を除いて誰もいなかった。
「数字付き」の百家の子弟には何人か知り合いがいるが、その中にもライバルと呼べる同級生はいなかった。
もしかして自分たち以上の才能の持ち主はいないのではないか。そんな驕りは高校に入学して早々撃ち砕かれることに。
今、ほのかと雫の視界に映る、この美しすぎる少女によって……。
二人には、深雪が「別格」に映っていた。嫉妬することすら馬鹿馬鹿しくなるほどの圧倒的な才能、と実力。女として憧れの美貌。
彼女が十師族と言われても素直に信じる程度には自分たちとの差を感じとっていた。
もしかしたら自分たちの恋人は、自分たちを捨てて彼女の元に行くのではないかと思ったこともある。
けれど変わらず注いでくれる愛情に、恋人を信じられなかった自分を恥じ、そして決意したのだ……。
高校に入学して四ヵ月。
入学時点で感じ取っていた深雪との圧倒的な差がどこまで縮まり広がったのか。それとも追い越すことができたのかを確かめる機会を二人は手に入れた。
雫はアイス・ピラーズ・ブレイクで、ほのかは真由美や摩利にクラウド・ボールへの出場を打診されたが、それを断ってまで深雪との対戦を望んでミラージ・バットに参戦することを決めた。
わがままと言われようと、それが彼女たちには通らなければならない道だった。
深雪の好敵手と呼ばれるに足る人間なのか、遥の隣に相応しい人間なのか。
もうすぐそれを確かめる機会が訪れる。
誰よりも遥を愛していると自負する雫が燃えないはずがなかった。
「私も負けないからねー!」
そこにエイミィも加わった。彼女は遥どうこうの問題ではなく単に友達として本気の戦いをしたいのだろう。
実力からいってこの三人が決勝リーグに勝ち上がる可能性は高く、本人たちも決勝リーグで戦う事を望んでいるようにも見えた。しかしそんな三人を見て、ほのかは複雑な想いを抱いていた。
(その時、私は誰を応援すればいいんだろう)
幼い頃からの親友でありライバルの雫。超えるべき目標でもある深雪。過ごした時間は短くても濃密な時を過ごした友人。
全員に勝ってほしい、と叶わぬ想いを抱きながら三人を見守っていると、横から復活した菜々美とスバルが深雪に話しかけた。
「そういえば深雪はどんな衣装でいくの?」
「僕も気になるね。エイミィと雫は随分と派手だったからなぁ」
アイス・ピラーズ・ブレイクの楽しみの一つでもあるファッションショーに興味がある様子。ここでようやく女子に囲まれて存在を消していた達也が口を開いた。
「確かにエイミィの乗馬服はともかく、雫の振袖には驚かされたな」
「普通だよ。着慣れてるし……」
雫は毎年振袖姿で初詣に行っているため着るのには慣れていた。
「雫の振袖もよかったけど、宮守君の袴? っていうのかな。着物姿もよかったね~」
「うんうん、女子の評判はすごく良かったよ! 先輩方も盛り上がってたね」
「男子で衣装着る人は珍しいからね。応援に来ていたクラスメイト達はたくさん写真撮っていたよ」
さっきまでの沈み込みようが嘘かのように、エイミィと一緒になって盛り上がる菜々美とスバル。
「あれって雫とお揃いなの?」
そう深雪は尋ねる。
美月たちが何かしているのには気づいていたが、それが衣装製作だと知ったのは夏休みが始まる一日前のこと。
遥へのサプライズプレゼントだと知った深雪は、自分が関わってはいけないと思ったものの、美月とエリカに求められて少しだけ手伝うことにした。
さきほど美月と会った時に遥が喜んでいた旨の事を伝えられたが、だからといって遥に対する気持ちが大きく変化するわけでもなく、純粋に雫の振袖と遥の衣装が類似している点が気になったようだ。
「お揃いじゃないけど……あらかじめ美月からハルカの衣装の完成系がどんな感じなのか教えてもらってたから、それと似たものを用意してもらった」
「聞いてよ深雪~ズルいんだよ雫ったら! 私に黙ってはる君とお揃いの振袖準備してたんだよ~!」
噓泣きを見抜けないほど深雪の目は曇っていない。それが親友同士の戯れであることを悟った深雪は、軽くほのかをいなした。けれどそれしきのことで諦めるほのかではなかった。
「みゆき~」
たわわな肉体が抱きついてきて嫌な人間などこの世に存在するはずがない。それは美少女でほどよく実った肉体を持っている深雪も例外ではなく、ほのかの柔らかさに驚いていた。
「ほのか、お兄様が見ている前ではしたないわよ」
「もう少しだけ~」
「……仕方ないわね」
ほのかは甘やかしたくなる小悪魔的魅惑を秘めていた。
「でも私たちは宮守君とほのかが恋人だって知ってるからいいけど、それを知らない他の人が見たら宮守君と雫の関係を怪しむかもしれないよ? ほのかはいいの?」
深雪とほのかが百合の花を咲かる頃、ふとエイミィが口にした。
「……うん。いいよ。雫は幼馴染だし、親友だから」
遥たちの関係を知らないエイミィたちからすれば理解はできないだろうが、本人たちが良いならと納得する。
「ならいいけどさ、ほのか宮守君に甘すぎじゃな~い? たまにはガツンと言ってあげないと駄目だよ!?」
「う、うん……」
エイミィの勢いに後退りしてしまう。
「ほのかの彼氏、次が三回戦だっけ?」
「うん。そうだけど?」
「次勝てば決勝リーグ進出。新人戦で男子初の入賞か。是非とも頑張ってもらいたいものだね」
スバルの言葉にほのかはハッと頷いた。
「はる君なら絶対優勝するから大丈夫だよ」
「でも一回戦と二回戦は苦戦していたようだけど?」
「あれは……」
ほのかは遥の実力を知っている。だからこそ遥が優勝することを信じて疑わないが、同時に彼が気分屋であることも知っていた。
遥が本気を出せば相手を完封して瞬殺で試合を終わらせることも可能だろう。しかしそれをしないのには理由がある。
ほのかにはその理由が何なのかはわからないが、彼が優勝すると言ったのだからその未来は変わらない。
信じるしかなかった。
「遥は一条を倒すと言っていた」
「お兄様?」
「そうなんだろ?」
「……はい」
「一条に正攻法で勝つことは不可能だ。だったらアイツなりに作戦があるんだろう」
「その作戦って?」
達也の言葉に雫がうなずき、エイミィが尋ねた。
「お兄様ならいったいどんな作戦をお考えになりますか?」
「そうだな。組み合わせ的に遥が一条と戦うのは決勝リーグだ。勝ち上がった三人によるリーグ戦。俺なら一条戦は勝てないと諦めてもう一人の選手との戦いに備える」
「えー?」
「なるほど。戦略としては間違っていないね」
エイミィは不満そうに声を洩らし、スバルや菜々美たちは達也の作戦に理解を示していた。
「だが、アイツは勝つといっていた。なら作戦は一つだ」
「それはなんでしょうか?」
「一条が魔法を発動するより先に一条の氷柱をすべて壊す事」
達也の言葉にその場が静まり返った。そしてエイミィは顔を引きつらせながら笑った。
「いやいやいや、作戦じゃないじゃん!!」
「いや、これは歴とした作戦だ。十師族、一条家の秘術「爆裂」は殺傷性ランクAランクに分類される魔法。液体を瞬時に気化させる魔法でアイス・ピラーズ・ブレイクではこれ以上ない最適な魔法になっている。ヤツの魔法を防ぐ術はない」
皆は口を挟むことなく達也の言葉に耳を傾ける。
「防ぐことができないのならば先に相手に氷柱を壊すしか勝つ方法はない。幸いというべきか試験の結果からも遥の処理速度は深雪を軽く凌ぐほど優れている。もしかしたら一条よりも早いかもしれない」
「そんなに!?」
「あぁ、あとは一撃で氷柱を壊す火力があるかどうかという話だが、これに関して俺は遥の練習風景を見たことが無いからわからない。二人の方が詳しいんじゃないか?」
達也の視線はほのかと雫に伸びた。達也につられるように全員の視線が二人へと向かう。
「どうなのほのか? 雫」
「練習では十二個の氷柱を使った練習はできなかったからわからない、としか答えられない」
どこまで答えられるのか悩んでいるほのかを尻目に雫が答えた。
「ハルカは一撃で十二個の氷柱を壊す手段はあると言っていたけど、大会では使うことができないとも言っていた」
「それはどういう意味なのかしら?」
「私の口からは説明できない」
考えられる理由は一つ。
「おそらく競技用CADではスペックが足りない魔法なんだろう」
九校戦で許可されている競技用CADは、何世代か前のCADが用いられている。現在、普段使いのCADで使える魔法が九校戦ではCADのスペックの違いから使えないなんてことはよく聞く話だ。
だがそれはエンジニアの調整一つで解決する問題だが、並のエンジニアでは解決することはできない。
もし遥のエンジニアが……と達也と深雪は一瞬頭をよぎらせる。
「さっき俺と深雪が調整している時も、二回戦が終わってすぐ遥と中条先輩がCADの調整をしていた。それを見るとまだ諦めてはいないのだろう。後、俺たちにできることは信じて待つだけだ」
達也は勘違いしているが、真実を知るには遥のことを知らなすぎる。
存在が謎に包まれた宮守遥の真の実力が白日の下に晒される時が刻々と近づいてきており、その時、彼らはどんな反応をするのだろう。
深雪の試合時間が近づいてきたためこの場は解散し、ほのかたちは深雪の応援のために会場へと向かった。
「あ、結局深雪の衣装が何だったのか聞けてないや……」
会場までの道中、エイミィの呟きが虚しく響いていた。
【次回は今週中には投稿します。投稿頻度下がって申し訳ありません。今月乗り切れば……】