一週間ぶりの投稿です。
横浜、中華街。
満漢全席、とまではいかないが、高価な食材がふんだんに使われた中華料理がテーブルの上に並べられ、それを陰鬱で苛立たしげな表情をした男たちが囲んでいた。
「新人戦は第三高校が有利ではなかったのか?」
会話は全て英語で行われているが、苛立ちや焦りが見える。
「それに何故第一高校の渡辺選手はそのまま本戦ミラージ・バットにエントリーしたままなのだ!? あの事故で怪我を負ったのではないのか?」
「このままでは第一高校が優勝してしまうぞ」
人種的には明らかな東ユーラシア人混血種の特徴を備えた男たち。
「本命が優勝したのでは、我々胴元が一人負けだぞ」
「特に今回は大口の客を集めたんだ。支払い配当は我々にとっても安くはない。今後のビジネスに大きな影響をもたらすだろう。そうなれば……」
男たちは深刻な表情で顔を見合わせる。
「……ここにいる全員が責任を取らされるだろう」
「粛清されてしまう……」
重苦しい空気に耐えかねた男がテーブルに肘をつく。
「損失額によってはボスが直々に手を下すこともあり得る」
重い沈黙。
「死ぬだけならまだいいが……」
ポツリと漏らされた呟き。その声は恐怖に震えていた。
「計画変更だ。九日の新人戦ミラージ・バットから手を出すぞ」
一人の男の申し出に、誰も異論を唱える者はいなかった。この選択が後に悪魔を呼び起こすとも知らずに……。
料理は冷めていた。
同時刻、一高の選手、スタッフたちは食堂で夕食を摂っていた。
朝や昼は各々自由に食事をとることができるが、夕食だけは食堂を使える時間が各高校ごとに定められており、今は一高が利用できる時間となっている。
一日で唯一自校のメンバーが一堂に介する機会。この時間は『食事を摂る』だけではなく、その日の戦績に喜びと悔しさをチームメイトたちと分かち合う時間でもあった。
現在は新人戦期間中の為、上級生たちの表情は比較的明るいが、一年生が囲む食卓は見事に明暗が分かれていた。
暗は、一年男子が集まった一角。
明は、一年女子が集まった一角。
女子集団の中に、一人だけ男子生徒である達也が混じっているのだが、ハーレム状況下でも浮かれた笑み一つすることなく気が滅入った様子でいた。
「深雪、雫、エイミィ予選突破おめでとう~!!」
賑わいを見せる女子の集団の中で、ほのかのご機嫌な声が響く。
「いやぁ司波君の組み立ててくれた魔法がよかったからね。自分でも得意魔法をあんな風に使えるなんて思ってなかったし」
達也を称賛するエイミィの言葉に同調して周りの女子生徒たちも達也を褒めだした。
「わかる、すごいよね彼」
「私もCAD調整してもらったんだー」
「深雪のアレもすごかったわよね」
「『氷炎地獄』って言うんでしょ? 先輩たちビックリしてたよ。A級魔法師でも中々成功しないのにって」
「あれも司波君のおかげなの?」
一年女子はスピード・シューティングで表彰台を独占。クラウド・ボールでは二人が入賞。アイス・ピラーズ・ブレイクでは三人が三回戦突破と快進撃を続けている。
想像以上の好成績に、女子メンバーらはお祭り気分に浸りながら、その立役者を褒め称えていた。
それに気を良くしたのが深雪だ。
「ええ、もちろんお兄様なくしてはできない魔法だったわ」
九校戦が始まる前までであれば、ただのブラコン発言にしか受け取られなかっただろう。しかし、今は深雪の言葉に耳を傾け、うんうんと頷いていた。
「雫の振袖姿も綺麗だったよー」
「エイミィの乗馬服とガンアクションも格好良かったしね!」
アイス・ピラーズ・ブレイクに出場している三人は、明日の午前中に行われる各ブロックの決勝戦に勝てば決勝リーグへと駒を進めることができる。
深雪はともかく第三高校の十七夜栞と戦うエイミィや、優勝を狙う雫は煽てられても気を引き締めた表情だ。
「スピード・シューティングに続いてアイス・ピラーズ・ブレイクも表彰台独占なんかしちゃったらすごいことだよ~」
「そういえばスピード・シューティングで雫が使った術式は司波君のオリジナルって聞いたけど本当?」
兄が周りから認められていく光景を深雪は夢心地で眺めている。
当の本人は、大会前の腫れ物扱いから、女子の態度が急変したことに戸惑っているようだ。ぎこちない対応で女子たちの質問に答えていく。
「いいな~、私も担当してもらってればもっと上位を狙えたかもしれないのに~」
「おいおい」
そんな中、ある一人の女子生徒が不穏な言葉を発した。周囲の一年女子だけではなく、上級生たちにも聞こえただろう。とても聞き流せる発言ではなかった。
周囲の雰囲気を察した深雪は、角が立たないように柔らかく諭すことに。
「ちょっと菜々美、それは駄目よ」
「え……あっ」
担当エンジニアに対する批判ともとれる発言。それに気づいた菜々美はあわあわとたじろいだ。
「そういえば担当してくれた先輩にすっごく失礼かも」
「そうだぞ。自分の至らなさを技術のせいにするんじゃない」
「なな~自分の未熟をCADのせいにしちゃだめよ?」
「はーい、はんせーい」
菜々美と仲の良いスバルとエイミィが彼女をたしなめる。
菜々美のキャラとこの場の明るい雰囲気によって問題には至らず、担当エンジニアが気にしていない素振りだったため無事収束することができた。
「でも司波君のおかげでいつも以上に力を出せたのも間違いないし!」
「CADの調整って、ある意味自分の内側を曝け出すわけじゃない? それが男の子のエンジニアなんて、って最初はちょっと戸惑ったけど、司波君が担当してくれてホントラッキーでした。司波君を譲ってくれた男子には感謝しなきゃですね!」
正確には男子が譲ったわけではないのだが、多大な勘違いをしたエイミィに達也は苦笑いを浮かべるしかなかった。だが、苦笑いで済ませることができない者もいた。
「おい森崎?」
「俺は戻る!」
ガタンッ、と中に入った水を飛び散らかすほど強くグラスをテーブルに置き、早足で食堂の出入口へと向かう森崎の姿が彼らの目に映し出される。
「モノリスコードは絶対勝つぞ」
森崎の後を追う数名の男子生徒。
森崎の表情にはやる気以上に焦りや苛立ちが浮かび上がっていたが、その真意までは誰も気づくことはなかった。
「何?」
「森崎君が出ていったみたい」
「なんか気に障ったのかねぇ」
「しょうがないよ。彼、ガチガチの一科至上主義だから」
興味がなさそうにポテトをつまみながら一瞥するエイミィとスバル。
「一科至上主義なら宮守君はどうなのかなぁ」
「宮守君に関しては単純に嫉妬だと思うけど……彼自身は同じモノリス・コードの仲間として表向きは普通に接してるみたいだよ」
この場に遥はいない。一年男子の集団の中に、というわけではなく、この食堂に遥の姿は見えない。遥がいれば達也一人がハーレム状態という状況にはなっていなかっただろうが、男子生徒たちとの対立はより激化しただろう。
しかし森崎個人としては遥と不仲というわけではない。仲が良いというわけでもないが、モノリス・コードの練習では遥と息の合ったコンビネーションプレーを見せたりもしている。単に周りの男子生徒たちが遥を目の敵にしているだけだ。
「まぁ、いっつもほのかとイチャイチャしてるしねぇ、あの胸を好き勝手出来ると思ったらそりゃ嫉妬の一つもするかっ」
エイミィとスバルの視線は給仕と話しているほのかの胸部へと向かう。
「ほのか何話してんだろ」
「さぁ?」
今も達也の周りで女子生徒らは盛り上がっているが、食堂の貸し切り時間が迫ってきたためエイミィとスバルは腹を満たすことに注力し始めた。
「ほのか、どうしたのかしら?」
「あっ深雪」
達也が女子たちに詰め寄られていることをよく思わない深雪は、気を紛らわせるためにほのかの元へと歩み寄る。
「まだたくさん料理が余ってるから保存容器につめて部屋に持って行ってもいいか給仕の人に聞いてたんだ」
「まさかほのか……夜遅くに食べたらふと……身体に悪いわよ?」
深雪の視線がほのかの首より下、主に胸部から腹部にかけて、へと向く。
「ち、違うからねッッ!? 私じゃなくてはる君に持って行ってあげようと思って」
「宮守君に?」
「うん。CADの調整で夕食の時間に間に合わなかったけど、お腹空かせてるだろうし……」
恋人を想う健気なほのかの姿に、荒んでいた深雪の心は和らいだ。
「そしたら部屋に持っていくのはいいけど、冷めたら美味しくないしルームサービスから頼んだ方が良いって言われちゃった」
「まあそうよね」
「でも、サンドウィッチくらいならいいかなって」
ほのかは大切そうにサンドウィッチの入った容器を両手で抱きしめていた。
「宮守君のところに持っていくの?」
「うん!」
「私も一緒に行ってもいいかしら?」
「え、深雪も?」
「ええ、夕食を少し食べ過ぎたみたいで散歩でもしようと思っていたのよ。ほのかともお話したいし駄目、かしら?」
「ううんっ、全然駄目じゃないよ! 私も一人じゃ心細いから雫を呼ぼうと思ってたんだ」
「じゃあ雫も呼びましょうか」
一年女子集団から離れたところで栗鼠のように料理を胃へと運んでいた雫と合流したほのかと深雪は、一足先に食堂を出た。
すると食堂の外には三高の生徒たちが待機していた。
「三高の?」
どうやら一高の後は三高が夕食の時間のようだ。予備椅子に座りながら『腹減った~』と呟く男子生徒たちが見える。
「あら、一高の皆さんこんにちは。ご夕食でしたか?」
ほのかの声を聞きつけ、三高生徒らの中から愛梨と沓子、栞が深雪たちの前にやってきた。
「ええ、お先にいただきました。皆様はこれから?」
ライバルの登場に戸惑うほのかと雫だったが、深雪だけは平然とした態度で受け答える。
「ええ。そうです。入れ違いで残念でしたわ。でもここでお会いできてよかった。司波深雪さん。あなたにお詫びしたいことがあります。私は以前あなたを侮った発言をしました。しかし、私の認識が間違っていたことをはっきりと悟りました」
明快に話す愛梨。
「あなたは私たちの世代でトップクラスの魔法師。だからこそ私はあなたに勝利するために全力を尽くし、この九校戦を第三高校の優勝で飾ってみせるわ」
懇親会の時に愛梨は深雪に対して侮蔑ともとれる発言をしていた。その時の謝罪と覚悟が伝えられる。
愛梨の宣言に、ほのかはこの場の異様な雰囲気に動揺し、雫は愛梨が深雪のライバル宣言したことを面白くないような顔をしている。
そして食堂の扉の向こう側では真由美と摩利が愉快な笑みを浮かべながら彼女たちの会話に聞き耳を立てていた。
「どうなるんだこれ?」
三高の生徒たちは愛梨の行動に肝を冷やしながら見守っている。誰も愛梨に口出しはできないようだ。
数秒が何十分にも感じられるほど緊迫した空気の中、深雪は軽く口角を上げながら愛梨へと手を差し伸べた。
「ええ、そうですね。もちろん私もあなたに負ける気はありませんので、お互い全力を尽くし戦いましょう」
一切の動揺が見られない。逆に愛梨の方が深雪を不気味に感じながら深雪の手を取った。
「いい戦いをしましょう」
「ええ」
一高と三高、優勝を争う高校に属するエース同士の握手は、荘重でありながらも周囲の人間の心を揺さぶる神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「それと、光井ほのかさん」
「へ、あ、はいっ!」
深雪から視線をほのかへと移す。思わずほのかは背筋を伸ばして顔をひきつらせた。
「あなたにも失礼な発言をしたことを謝罪します。申し訳ありませんでした」
「い、いえ、だ、大丈夫です」
この九校戦の中で成長していく若人たち。おそらく、三高の中で一番成長したのは彼女だろう。愛梨はほのかに頭を下げると、夕食の時間まで暇をつぶすのだった。
愛梨の宣言を聞いた深雪たちは、遥がCADの調整を行っているはずのトレーニング場へと向かった。
途中、ほのかと雫はトイレに行くと言い、一人になった深雪は、先にトレーニング場に歩を進めることに。
「ほのかはここで練習していると言っていたのだけれど……開いてる?」
CADの調整といっても、エンジニアのあずさが起動式などのプログラミングを終わらせているため、あとは問題なく魔法が発動できるかのテストを行っているらしい。
あずさは食堂で『突然新しい魔法をCADに組み込んでほしいって宮守君にお願いされて大変だったんですよ~』とくたびれた様子で真由美らに愚痴をこぼしているのを深雪は目撃している。
ほのかと雫より先にトレーニング場に来たのは、その新しい魔法とやらを一目見ようと来たのだが、明かりのついたトレーニング場は静けさが灯っていた。
魔法を展開させている時に邪魔をするのはマナー違反。前に美月が幹比古の喚起魔法を行っている最中に声を出して精霊が暴走した出来事があるように……。深雪は音をたてないよう静かに開いている扉の中を覗きそして……
「ッッッ!?」
息をのんだ。
「エリカと……えっ?」
深雪の眼には、白髪の男子と赤髪の女子が抱き合い、唇を重ねている場面が捉えられていた。
友達の恋人と友達の色事に、深雪はハッと息をのみ、声を漏らさぬよう両手で口と鼻を押さえる。
浮気、二股、不倫……。不誠実な言葉ばかりが頭に浮かぶが、さっきまでの幸せに満ちたほのかの表情を思い出すと言葉が出ない。
これをどうほのかに説明すればいいのか頭を悩ませていると、後ろから声をかけられる。
「どうしたの深雪?」
トイレから戻ってきたほのかと雫の姿が……。
次回予告から遅れてしまい申し訳ありません。
前にも言いましたが4月は充分に執筆時間が取れないため、次回の投稿も遅くなるかもしれません。
5月からは投稿頻度が前と同じ程度には戻れると思うので、それまでお待ちいただければ幸いです。
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【次回の投稿予定は4月25日19時予定です】