九校戦六日目、新人戦三日目早朝。
達也と深雪の二人がアイス・ピラーズ・ブレイクの試合に備えて控え室へ向かっていると、第一高校の控え室の前で二人の第三高校の制服を着た男子が立っていた。
彼らは達也たちの存在に気づくと真っすぐと向かってきた。
「第三高校一年、一条将輝だ」
「同じく第三高校一年の吉祥寺真紅郎です」
二人とも初対面の相手に対するものとしては少々横柄な口調だったが、達也は表情を変えることなくと対峙する。
深雪は達也から一歩下がったところで彼らの様子を伺い、達也の正面に立つ一条将輝からは同じ一年でありながらリーダーの風格のようなモノを感じ取っていた。
「第一高校の司波達也だ。十師族一条家の次期当主『クリムゾン・プリンス』と弱冠十三歳にして基本コードを発見した天才少年『カーディナル・ジョージ』がいったい何の用だ?」
害意は感じない。友好的ではないが、敵対的でもない。これを表すならば闘志だろうか。二人から漂う剥き出しの闘志。
「ほう、俺の事だけでなく、ジョージのことまで知っているとは話が早い」
「しば・たつや……聞いたことのない名です。おそらくは九校戦始まって以来の天才技術者……試合前に失礼かとも思いましたが、僕たちは君の顔を見に来ました」
「天才少年に『天才』と評価されるとは恐縮だが……確かに非常識だ」
自分勝手な言い草に、歯に衣を着せるつもりもない返答。だが、お互いに逆上している気配は無い。あくまでも敵を見据える構えだった。
「深雪、先に準備しておいで」
「はい」
まだ時間がかかりそうだと判断した達也は、目線を動かさず、深雪にそう指示した。深雪は達也に一礼した後、達也の前には誰も存在していないかの如く、彼らには一瞥もせず控え室へ入った。あえて目を逸らしているという素振りもない、自然で完璧なまでの無視。
一瞬、将輝の目が横を通り過ぎる深雪の美貌に吸い込まれたが、達也の声に視線を戻した。
「プリンス。そっちもそろそろ試合じゃないのか?」
「……っ」
達也は将輝の動揺と未練を見て悟った。
将輝の態度に拍子抜けした達也は呆れかえってしまった。そして将輝は達也の隠そうとしないあからさまな表情に言葉が詰まり、代わりに答えたのは真紅郎だった。
吉祥寺真紅郎は新人戦男子スピード・シューティングでの優勝者だ。第一高校との対戦成績としては決勝トーナメント一回戦で森崎を倒している。
一高としては森崎で優勝、少なくとも表彰台は行けると計算していたため、彼に苦汁を飲まされていた。
達也としても警戒に値する人物だ。
「僕たちは明日のモノリス・コードに出場します。君はどうなんですか?」
どうとは何だ、と問い返してやりたい気持ちとこのまま話をし続けて無駄になる時間を天秤にかけ、即答する。
「そっちは担当しない」
「そうですか。残念です。いずれ君の担当した選手と戦ってみたいですね」
真紅郎の言葉に『喧嘩を売っているのか』と達也は感じたが、事実、二人は喧嘩を売りに来たのだと思い直した。
やられっぱなしも癪にさわると思った達也は、一つ彼らに宣言した。
「俺は担当しないが、すぐに第一高校の生徒と戦うことになるだろう」
「……?」
達也の言葉に思い当たる節が無いのか、将輝と真紅郎は互いに顔を見合わせる。
「ああ、宮守遥の事ですか?」
そしてようやく思い出したかのようにポツリと口に出す真紅郎。将輝はアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードで当たるかもしれないというのに眼中にないと言った様子だ。
達也はあくまで第三者視点として彼らに苦言を呈する。
「あまりアイツを舐めない方がいいぞ」
「忠告どうもありがとうございます。ですが彼の事なら全て分析済みですよ。僕たちの心配をするよりもまずは自分たちの心配をした方が賢明かと」
「時間を取らせたな司波達也。次の機会を楽しみにしている」
そう告げると、将輝は真紅郎と共に達也の横を通り過ぎていった。
最後まで偉そうなやつだったな、と達也は思ったが、振り返ることはしない。
「足元をすくわれるのはどっちだろうな」
達也の呟きは誰に向けてのものだったのか、真実は達也にしかわからない。
意気揚々と達也たちの前に姿を現した将輝と真紅郎だったが、彼らの表情が曇る出来事が起こった。
午前中に行われた新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合での事。決勝リーグ進出確実と思われていた十七夜栞が各ブロックの決勝戦で敗退したのだ。
相手は予選から圧倒的な魔法力を見せつけていた深雪や、スピード・シューティングで栞を破った雫ではなく、彼女たちよりも実力が数段劣っていると踏んでいたエイミィ。
試合はルーズヴェルト・ゲームのような様相を呈し、土壇場でエイミィが栞の氷柱を破壊して勝利を収めた。
深雪らの試合に比べて派手さは控えめだったが、最後までわからない手に汗握る展開に観客たちは固唾を飲んで彼女たちの試合を見守り、試合が終わると両者を称える大きな拍手が鳴り響いていた。
深雪、雫に続いてのブロック優勝。
これにより第一高校は新人戦女子スピードシューティングに続いて同校の選手三名による表彰台独占という快挙を果たした。
同時進行で行われていた女子バトル・ボード準決勝では、ほのかが一位通過で決勝に駒を進めた。周りの選手のレベルも上がり、さすがに記録更新というわけには行かなかったが、独走状態での勝利に会場は大盛り上がり。
試合後には、再びほのかが遥に抱きつくという青春ラブコメを展開しつつ多くの注目を集める結果に。
一年女子の快進撃は衰え知らず。午前の競技を終えて第一高校の天幕は完全なお祭り状態になっていた。
ただ、一年男子選手たちは一緒に浮かれることができず、気まずい空気を漂わせていた。
それもそのはず。新人戦三日目に入り、三種目を終えたというのに男子が表彰台に誰一人として立っていない。実力だけ見れば女子と同じように表彰台に立つことができるはずだが、揃いも揃って気合が空回りしての敗退。それが他の選手の焦りへと繋がり悪循環の沼へとハマっていく。
大会前までは予想だにしなかった事態。
「ちょっと聞いてくれるかしら」
そんな中、上機嫌の真由美の声がホテルのミーティングルームに広がった。前にはアイス・ピラーズ・ブレイクに出場中の三人と彼女たちのエンジニアを務めている達也が立っている。
「決勝リーグを同一校で独占するという快挙は今回が初めてです。司波さん、北山さん、明智さん、本当によくやってくれました」
普段は深雪の事を名前で呼んでいる真由美だったが、全員を公平に扱う為に苗字で呼んでいる。
その真由美の言葉に丁寧に、静かに、慌てて、三者三様の反応ではあったが、三人は同時にお辞儀した。
「このことで大会委員からある提案をいただきました。新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクは我が第一高校が三位まで独占しました。だから試合をしても獲得ポイントは変わらないため、戦わずに三人とも同率優勝してはどうか、と仰ってくれているの」
柔らかな口調の真由美だったが、三人はそれぞれ顔を見合わせ、達也は皮肉げに心の中で毒づいた。
どう取り繕うとも運営側が楽したいという本音は丸見えだった。
「皆さんの判断に任せますが、あまり考える時間はあげられません。今、この場で決めてください」
真由美の言葉にエイミィが恐る恐る手を挙げる。
「あの、私は言われる前から棄権しようかと思っていました……」
深雪や雫と戦いたくないわけはない。直前に行われた各ブロックの決勝戦、栞との戦いで体力と気力を使い果たして満身創痍の状態なのだ。
試合が終わって気絶し、つい先ほど目を覚ましたばかり。そんなエイミィが彼女たちと満足に戦えるはずもなく、真由美の提案を受け入れることにした。
「わかりました。頑張りましたね」
真由美の労わりの言葉にエイミィは満足したのは軽く笑みを浮かべた。
「それで司波さんと北山さんはどうしますか?」
二人に視線が送られ、先に口を開いたのは雫だった。
「私は……戦いたい……と思います。私は深雪と戦いたい、です」
強い意志が込められた言葉。鋭い眼差しが真由美に向く。
「深雪と本気で競えるこのチャンスを逃したくないです!」
雫の眼差しは真由美から深雪へ。
「深雪さんは?」
雫の気迫に、真由美の深雪への呼び方も元に戻る。
「北山さんがそう望むのなら……私がお断りする理由はありません!」
こうみえて極めて気が強い性格の深雪であれば、こう答えることは達也だけではなく真由美にも分かりきっていた。
話すだけ無駄だったわね、と真由美が肩をすくめて達也を見ると、達也もまた何とも言えない表情をしていた。
「わかりました。では明智さんは棄権。深雪さんと北山さんで決勝戦を行うことにすると大会委員に伝えておきます。決勝は男子アイス・ピラーズ・ブレイク最終戦の前に行われるでしょうから、午後までには準備を終わらせておいてください」
男子もアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグ進出者三名は決まっている。その中の一人、十師族、一条将輝が本日の大取を務めることは既定路線だ。
何の因果か最終戦は一条将輝 VS 宮守遥。その試合の前に深雪と雫の試合が組み込まれるだろう。
雫、遥の挑戦が始まろうとしている。
今回は少なめですが4月が終わり、色々と落ち着いてきましたのでできるだけ投稿頻度を上げていこうと思います。
【次回の投稿は5月4日19時予定です】