『勝った方が栄冠を手にする大一番。新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの最終戦に出場する二選手が登場しました。一人目は第三高校のえんじの制服に身をまとった十師族、一条将輝選手! 尚武の校風を掲げる第三高校のエースが第一高校の新人戦優勝に待ったをかけるのか!」
女子の試合と同じようにハイテンションなアナウンスが会場内に流れる。それにつられて観客たちのボルテージも徐々に高まり始めた。
『それとも新人戦優勝に王手をかけるのか!? 対するは第一高校、宮守遥選手です! ファンサービス旺盛で男子選手では貴重な袴姿。女性ファンが急上昇中との噂ですが、現代の光源氏は十師族相手にどんな戦いを見せてくれるのでしょうか。楽しみにしたいと思います!』
雫模様が画かれた薄蒼色の衣に白と灰色の縞袴に身を包んだ遥。
女性ファンが急上昇中だったのか、とアナウンスの声に耳を傾けながら手を振って声援に応える。この男には緊張するという感情は無いようだ。
両者ともに端正な顔立ち。凛とした雰囲気を漂わせながら、客席の熱とは反対にステージ上は涼しげな空気が流れている。
将輝は制服の内ポケットから赤みを帯びた拳銃形態の特化型CADを取り出し、遥は手のひらを相手に見せるように右手を前にかざした。手首と薬指にはCADらしきものが見える。
『
優勝がかかった試合だからといって試合前に何かがあるわけではない。選手の準備が終わればあとは雌雄を決する戦いが始まるのみ。
始まりを予告する赤色のランプが点った。
「ハルカ……」
「はる君」
超満員の会場では遅れてきた彼女たちの座る席はなかった。選手用関係者エリアから立ち見で愛する者に視線を送る二人の女子生徒。手を組んで祈る彼女たちを見て神様はどんな結末を迎えさせるのだろうか。
女神はどちらに微笑むのか。灯火の色が変わり、『宮守遥』という名前が世界に轟く第一歩が始まる。
――爆裂!
油断や慢心など一切感じられない高火力の『爆裂』が開戦と同時に放たれた。
『爆裂』。それは一条家の秘術。対象物内部の液体を瞬時に気化する発散系魔法だ。今回の対象物は氷柱だったから氷が爆発するだけで済むが、それが人体だった場合……。
『おおーっと!! 今回も試合開始と同時に一条将輝選手の『爆裂』が発動! この塵や霧が晴れれば相手陣地の氷柱は全て無くなっていることでしょう!』
将輝はこれまで全ての試合で開始直後に爆裂を使用。試合平均時間が十秒もかからないという圧倒的な力で勝ち上がってきている。それも一撃だ。
轟音とともに相手を瞬殺。毎回彼の試合の後は客席からため息が洩れるのだが、これは感嘆のため息ではなく、満足していない時に出るため息。
彼の試合が地味なわけでも、つまらないわけでもない。対戦相手の実力不足感が否めないだけだ。
観客は一方的な試合展開も好きだが、白熱した
そして多くの人は
遥は性神様の加護を与えられし存在。快感を味わわせることに関しては天才的な腕を持っていた……。
『霧が晴れ、宮守遥選手の氷柱が全て爆破して……アアッ――ッッ!!!? 一本残っています!!! 何という事でしょう! 一条選手の爆裂を受けたというのに、宮守選手の陣地には氷柱が一本立っています!』
アナウンスの声は冷静を欠き、会場からは歓声やざわめき声で溢れた。観客たちは無意識のうちに前傾姿勢になっている。
『これは一条選手が魔法の範囲をミスったという事なのでしょうか!?』
有線放送では解説役の魔法師がいるにもかかわらず『ふむ』や『なるほど、そうか』としか発言せず、実況の人が困り顔を浮かべている。
「お兄様、これは……?」
雫との試合を終えた深雪は一高の制服に着替えた後、達也と合流して控え室のモニターから遥たちの試合を見ていた。
爆裂を防いだことの解説を求めるように達也の顔を覗き込んだ。
「一条ほどの魔法師が魔法の範囲を間違えるという事はありえない」
まずはアナウンスの言葉を否定する。
「アイス・ピラーズ・ブレイクのステージの規模は予選も決勝リーグも変わらない。なら範囲を弄る必要はないからな」
「それでは……っ」
「一条の『爆裂』は発散系魔法。こちらが対抗するとなれば『情報強化』では防ぐことはできない魔法だ。『領域干渉』であれば無効化することも可能だが、相手はあの『一条』。遥の干渉力はさほど高くないし、氷に傷一つ付くことなく防ぐのは不可能なはずだ」
達也は遥のエンジニアではないが、不測の事態に備えて全選手の魔法力に関してある程度情報を得ていた。そして遥が将輝の干渉力に遠く及ばないことも知っていた。
『情報強化』は相手の魔法を防ぐための魔法。
『領域干渉』は魔法を無効化するフィールドを作ることができる魔法といえばわかりやすいだろう。
しかし一条将輝の『爆裂』は強化された対象物の『強化』を貫通する力を持っている。そのため『情報強化』では防ぐことができない。
『爆裂』は『防御』してもその『防御』の上から貫通してくるため、魔法そのものを無効化する必要がある。
『術式解体』や『キャスト・ジャミング』が有効な対抗策だが、そんな高度な魔法は遥には扱えない。さらに『領域干渉』は術者の干渉力依存のため将輝に分がある状況だった。
「では宮守くんはどうやって防いだのでしょうか?」
「視た限りではあの残った氷には収束系の対抗魔法が展開されている」
「収束系、対抗魔法?」
気体を圧縮して液体に変える魔法が発散系魔法に分類されるのに対し、収束系魔法は気体の密度を高める魔法だ。レオが得意とする硬化魔法がこの収束系魔法に分類される。
達也の眼では遥の陣地に残った残り一本の氷柱にはその収束系魔法が展開されているように視えていた。
氷の密度を極限まで高め爆裂に耐えたのだと。表向きはだが――。
――収束系魔法の内側にもう一つ魔法が視えるのは気のせいか? あの結界と似た色をしているが、気のせいじゃないならあれは……
達也の眼はイデアにアクセスしてあらゆるものの存在を認識することができる能力を持っている。若者言葉で大雑把に説明するなら『解析』や『鑑定』の力を持っていると言えばわかりやすいだろうか。
『イデア』とは巨大なプラットホームのようなもので、この世に存在する全てのモノはイデアに登録されている。達也の眼で視えないものはない。例外を除けば……。
遥という人間はこの世に存在しているが、性神様の加護はこの世ではなく五次元に存在するようなもので達也の眼でも視ることは叶わない。何せイデアに登録されていないものだから。
見ることはできても視ることはできない力。
しかし逆にこう考えることもできる。『視えないモノは全て同じである』と。
偶然にも、さきほど雫の周囲に展開していた結界と今回の収束系魔法の内側に見える力は達也の眼にも視ることはできなかった。そして三年前の沖縄で見た障壁も同様に……。
「お兄様?」
「あ、いや、すまない。考え事をしていた」
「いえ、こちらこそ配慮がたらず申し訳ございません」
「深雪が謝ることはないよ。それより遥が動き出したようだ」
達也が劣等生といわれるように、遥はCADの取り扱いに関しては劣等生だ。CADを扱わなければ無類の強さを発揮するが、九校戦では試合中に使用した魔法の履歴が大会本部に残るようになっている。
CADを使わずに強力な魔法を発動して大会委員にあらぬ疑いを向けられるよりも、優勝のために勝てる戦い方をした方が賢明だと考えた。
その結果、毎試合で先手を取られて苦戦しているように見えてしまった。
見えてしまった、だけだが。
遥は予選を通じて全試合で残りの氷柱が一本のところで勝利を収めている。試合時間も比較的長い傾向にある。
『苦戦している』
『負けるのではないか』
『勝ったのは運がいいから』
『最後の最後で相手がミスしたから』
遥の評価はお世辞にも高いものではなかった。
中には『手の内を隠している』『舐めプしている』など噂する人もいたが、これが遥の中で考えた最善手。
全ては一条将輝に勝って優勝するためのプロセス。最大レベルで一条将輝という魔法師を警戒しているからこその過程だった。相手には吉祥寺真紅郎というブレインもいるわけで、手の内をすべて曝け出して勝てるほど甘くはない。
もちろん負けないためにズルもしている。
遥から見て一番左の手前にある氷柱にだけは結界魔法で細工をしていた。これでその氷柱が壊されることが絶対不可能な状況を作っていた。
さらに相手の魔法に合わせてCADを用いて対抗魔法を上乗せして発動することで、観客たちにも、大会の魔法使用履歴にも対抗魔法で防いでいるように見えるというわけだ。
そして、もう手の内を隠す必要は無くなった。
『ステージ上には雨が降ってまいりました! これは宮守遥選手が予選でも見せた『天候操作魔法』でしょうか!?』
九島烈が真夜に突然宮守家の話をしたのは、遥のこの魔法を見たからかもしれない。
古式魔法の天候操作魔法である『招雷』。時間をかけて雷雲を発生させ、本物の雷を模倣する魔法を……。
古式魔法は発動まで時間がかかるというデメリットがあり、タイムアタック要素が強いアイス・ピラーズ・ブレイクではまず見られない。
しかし烈には『守護者として仕えた宮守家の力を誇示するためにあえて古式魔法で戦っている』のだと曲解した思いが伝わっていた。烈が見た書物に『妖狐』は『雷に弱い』と記載されていたのが決め手だろう。
遥がこの魔法を選んだ理由は単純に『雷魔法が使える人はかっこいい』『雷って配信映えするんじゃね?』という厨二病的思考だったのだが、IQが三十違うと会話が成立しないように、遥もまた天才すぎたのかもしれない。
だから先日【九校戦期間中、新たに女性一人と性行為しろ】というミッションの達成報酬として受け取った【この世界に存在する魔法一つをプレゼント】でこの魔法を選択したのは自然の摂理といえる。
「天候操作魔法じゃないぞ」
「えっ、お兄様それはどういう……」
誰よりも早く遥の魔法に気づいたのは達也だった。
将輝は自分の爆裂が防がれたことに動揺して一瞬固まっていたが、すぐに次なる魔法を放つ。しかし遥陣地の氷柱は傷一つ付かない。
初弾の魔法が将輝のミスではないことが客たちにも伝わる。あの一条将輝の魔法を封じているのだと、偶然ではない出来事に会場のざわめきはさらに大きくなった。
『おやおや~? 予選の時とは随分と様子が違いますけど、宮守選手は本当に招雷を放とうとしているのでしょう――ッッッ!?』
緩んだ声が一瞬にして張りつめたのを観客たちは感じた。
遥は右手を空にかかげた瞬間、空間が沸騰した。雷光瞬く炎雷の世界の誕生だ。
深雪の空気が凍りつく極寒の地獄が『ニブルヘイム』だとすれば、この魔法は空気が燃え上がる灼熱の地獄を表現している。
気体分子をプラズマに分解し、陽イオンと電子を強制的に分離することで高エネルギーの電磁場を作り出す領域魔法。
雨が弾け、赤や黄色、藍色の電流が流れる。冷気を纏った氷柱からは悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。
――ムスペルスヘイム
かのUSNA軍魔法師部隊スターズの総隊長が使用する魔法。USNA最強の魔法師の称号『シリウス』を与えられた者が使用する魔法だ。将輝も自陣の氷柱に対抗魔法を施していたが意味を成さない。
「……綺麗」
轟音がとどろき、耳と目を塞いだ後に再び目を開けると見えてきたのは、天上からの祝福。
雨は上がっていた。晴れ間さえ除き、地上にはオーロラが、空には七色の虹が架かっている。
神秘的な光景に誰もが息をするのも忘れ、二人の水も滴るいい男の間に立つ一本の氷柱の事など見えていなかった。
【第一高校 宮守遥 WINNER】の文字がモニターに表示されたのはそれからすぐの事だった。
早朝三時のUSNA。日本の時刻は十六時くらいだろうか。
「起きてくださいリーナ!」
「んぅ、いま何時だと思ってるのぉ……まだ三時じゃないの……」
「リーナと同じ魔法が日本で使われました!」
戦略級魔法でもない限り、多くの魔法は魔法式が開示されている。
「あ、でも使われたのは戦略級魔法ではなくて……」
「なら別にどうでもいいじゃないのぉ」
問題は使われた魔法ではなく威力。
「リーナと同程度の魔法力が観測されたと解析班が申しております」
「……」
「しかも術者はまだ
女性の体付きをした少女がもそっと気怠い上体を起こした。
「データは?」
「映像付きで保存してあります。今撮れたてのほやほやですよ!」
九校戦は日本だけではなく世界中で配信されている。この少女が遥に興味を抱くのも時間の問題。
彼女たちの邂逅は近い……。
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