一.
自失としていた男のいる部屋に、一人の少年が入ってきた。
「お疲れ……驚いたね」
「ジョージか……」
「そのままにしてたら風邪引くよ」
「あぁ、すまない」
男、一条将輝は少年、吉祥寺真紅郎から渡されたタオルで雨に濡れた髪の毛を荒々しく拭いた。そこには爽やかな若武者風の美男子はもういない。
「奴は何者だ?」
決勝戦で対峙した男は予選とはまるで違う動きを見せた。
喉の奥まででかかっていた毒を吐かぬよう、できるだけオブラートに包んだ口調。
「それにあの魔法……ジョージは知ってるか?」
「解説の人が『ムスペルスヘイム』って言っていたよ。主にUSNAで浸透してる魔法らしいけど、僕も初耳だった」
「そうか、ジョージが知らないなら俺が知ってるはずがないな」
自嘲気味に笑った。
「それなんだけど、おそらく司波達也が関係してると思う」
「司波達也が?」
「うん。『氷炎地獄』や『ニブルヘイム』、『フォノンメーザー』、『パラレルキャスト』が扱える技術を持った彼の事だ。USNAに精通していても不思議じゃない」
真紅郎は同じ技術者という目線で達也の事を評価するのは分からなくない。しかし、少しばかりそちら方面に肩入れしすぎているような気もする。
「将輝は今日、彼に会いに行ったときに彼が言った言葉を覚えているかい?」
女子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合前の事。主な会話の内容といえば彼らの宣戦布告なのだが……。
「僕は司波達也に『僕たちは明日のモノリス・コードに出場します。君はどうなんですか?』と聞いた。そして彼は『そっちは担当しない』って言っていた」
たった数時間前の出来事だ。将輝も鮮明に覚えている。
「『そっちは』という事は……」
「まさか!?」
「そのまさかなんじゃないかな。宮守遥の担当エンジニアは二年生の中条あずさという女子が登録されているけど、同じチームメンバーなら誰が担当しても一応は規則違反にはならないしね」
真紅郎は達也が遥のCADの調整をしたのでは、と考えているようだ。
彼らの達也に対する評価は至極当然なものだが、遥に対する評価はあまりにも低すぎた。これも全ては遥が予選で手の内を見せなかったためなのだが、まんまと術中にはまっている。
「もしかしたら予選は本当にその女子生徒がCADの調整を行っていたかもしれない。それで最終戦だけ司波達也に代わっていたとすれば……予選との違いすぎる戦い方にも納得できる」
「なるほど、アイツに……俺たちは戦う前から負けていたというわけか」
事故やアクシデントにより大会委員が認めれば試合直前の選手変更も認められている。事実、今大会でも本戦女子バトル・ボードで摩利が事故に遭った時、小早川という女子が代わりに三位決定戦に出場した経緯がある。
一方技術スタッフ側は、二人のエンジニアが一人の選手のCADを調整することもあれば、一人のエンジニアが一度に複数人の調整を行うこともある。選手側ほど細かな規定は設けられていないのだ。
「司波達也……またしても俺たちの前に立ちはだかるというのか……」
忌々しそうに呟く。
新人戦は第三高校が優勝候補と言われていたが、達也の介入によって波乱が起きていた。将輝たちが敵視するのも無理はない。
「でも、切り替えなきゃいけないよ。新人戦優勝のためにはもう一度だって負けられない。ミラージバットは一色さんに頑張ってもらうとして、僕たちも明日からのモノリス・コードは絶対に優勝しなきゃいけない」
新人戦はあと二種目。花形ともいえるミラージ・バットとモノリス・コードを残すだけとなっていた。
ミラージ・バットで愛梨が優勝。モノリス・コードで第三高校が優勝すれば逆転が見えてくる。極めて厳しい条件だが、彼らはまだ諦めていない。
「ああ、新人戦は俺たちのモノだ!」
諦めなければチャンスを訪れるだろう。優秀な者は切り替えも早い。将輝は明日の試合に向けて動き出した。
二.
会場の大型モニターに【第一高校 宮守遥 WINNER】の文字が表示されたすぐ後の事。
「すごいッ……すごいよッはる君は……やっぱり、カッコいいッッ……カッコよすぎるよ……!!」
「うん、そうだねほのか」
一条将輝の敗戦にどよめく会場で、二人の少女が興奮と感動に打ち震えていた。
ほのかの瞳には潤みが帯び、雫も言葉には現れない感情の昂ぶりを感じている。
「雫っっ!! はる君がっ、勝ったんだよ!!」
「うん、うんっ!」
反応が薄くても、幼馴染であり親友のほのかには雫の喜びが伝わってきていた。手を握りしめると僅かに震えているのが分かる。
「はる君に……会いたいな」
ポツリと呟いたほのかの言葉に雫が答える。
「会いに行く?」
「ううん、もう少しだけこの景色を味わっていたいから」
自分の事のように勝利の余韻に浸るほのか。
試合前までは三高の応援と一条将輝への声援一色だったのが、今では遥の名を呼ぶ観客たちで溢れている。その光景を見るだけで頬が紅潮し、会場の熱気に陶酔する。
「あっ!」
「いまハルカ、こっち見た?」
「うんっ! 間違いないよっ、ほら手を振ってくれてる!!」
ステージの櫓の上では遥が観客たちの歓声に応え手を振っているが、一万人を超える人の中から二人を見つけ出したようだ。遥は一層大きく手を振ってくる。
「はるく~~んっおめでとぉぉおおおっっ!!」
ほのかはその場で飛び跳ねながら頭の上で大きく手を振り返す。その際、ほのかの大きな胸がプルルンと揺れたのを雫は見逃さなかった。
「どうしよ雫、すごく嬉しいっ」
あまりの心臓の高鳴りに胸の前で手を組んで落ち着かせようとするが、大きく脈打つ心臓は治まることを知らない。
「これが九校戦だよ」
「うん、雫の気持ちが分かった気がする」
しかし九校戦だけが理由ではない。
愛する者が真剣に戦う姿に、強者へ立ち向かう姿に、そして勝つ姿に……。この全てが加わって今の歓びがある。
遥がステージから退場するときも二人に向けて手を振っていたのだが、そんな二人の周囲から耳がキーンとなるような喧噪が広がった。
「今、宮守クン私に手振ってくれたわ!」
「えー私によ~!」
「あー一条くんかっこいいけど宮守君もかっこいいな~」
「うんうん! 一条くんは十師族だから雲の上の存在すぎるけど宮守君ならワンチャンあるかもしれないし、後夜祭でダンス申し込んじゃおっかな~」
「ズルいっ私も!!」
「こらこら、女子からダンスのお誘いするなんてはしたないわよ!」
「じゃああんたは踊りたくないのね?」
「別に踊りたくないとは言ってないじゃない!」
会場は超満員。ほのかや雫の他にも立ち見の客は大勢いて、ほのかたちの近くにいた他校の女子生徒らの集団が甲高い声で盛り上がりを見せていた。
「わぁ~はる君がみんなに認められていってるよ!」
呑気にそんな感想を述べるが、ほのかがはしゃぐのも無理はない。
有線放送の事前特集では『十師族、一条将輝、まずは一冠へ向けて!』などの番組が組まれ、いかに将輝が凄いかを解説されていた。将輝もマスコミに持ち上げられすぎた被害者なのだが、対戦相手である遥の名前が一切出てこないことに不満を持っていた。
そんな遥に光が当てられている状況に心が躍っている様子だ。だが雫は口を尖らせながらほのかに警告する。
「そんな悠長なこと言ってる場合?」
「へ?」
「ハルカの周りに変な女が群がるかもしれないんだよ?」
「変な女って……でもはる君が注目されるのは嬉しいし……」
「人気ですぎて後夜祭のダンスパーティーでハルカと踊れなくなってもいいの?」
「それは嫌!」
「なら今のうちから変な女が近寄らないようにハルカを守らなきゃ」
雫の警告は遥を独占したいわけではなく、外敵から守るためである。
「恋人であるほのかがハルカの脇を固めないと」
そのためには表向きの恋人であるほのかが行動するしかない。
「で、でもどうすれば……」
「他の女に近寄らせないようにすればいい」
「えーっと、皆に見せつけるようにはる君とイチャイチャすればいいかな?」
「バカ、アホの子ほのか」
「言いすぎだよ雫!」
仲が良いからこそのやりとり。ほのかも嬉々としている。
「それじゃあ逆効果。ほのかがハルカを独占する束縛女だと思われちゃう。ハルカは私たちが悪く言われるのを一番嫌うし、もっといい方法がある」
「それは?」
「それは、ほのかが周りに認められること。九校戦で活躍してハルカの隣に相応しい人間だと周りに思わせることが大事」
「はいっ! バトルボードで優勝しました!」
ほのかは今日の午前中に行われた新人戦女子バトル・ボードで優勝している。序盤は水に関する魔法を得意とする、神道の大家「白川家」の血を引く四十九院沓子と競っていたが、最後は独走状態での優勝。
その後すぐに行われた深雪と雫の試合に話題を持っていかれたが、予選での大会新記録とこれ以上ない活躍を見せている。しかしそれだけでは物足りない。
「それだけじゃ駄目。もっと存在感を示さなきゃ」
「これ以上は無理だよ~」
「明日からのミラージバットで優勝すれば充分だと思うけど」
「それこそ無理だよー!! だって深雪も出るんだよ?」
「ほのかなら勝てる」
「……」
ほのかは頬を膨らませて抵抗するが、舌戦では雫に勝てない。
「私が成せなかった夢を果たしてほしい」
「雫……」
「私じゃ深雪に勝てなかった。でもほのかなら勝てるよ。ほのか、私の分まで勝って?」
二人の身長差で雫が見上げるようにほのかを見た。落ち込んでいるような、けれども強い意思を感じさせる眼差し。
「……うん分かったっ! そこまで言われたらやらないわけにはいかないよね!? 雫、私頑張るから!!」
「ちょろい」
「ん? 雫何か言った?」
「別に。頑張ってって言ったの」
「うん頑張るよ!!」
ほのかの手綱を握る事に関しては誰よりも長けている雫。彼女の誘導によりほのかは拳を天に向けて突き出した。
「優勝するぞー!」
「おー」
策略家・雫は巧みな話術でほのかのやる気を出させることに成功。二人の挑戦は終わらない。一先ず遥を祝福しにこの場をあとにする二人だった。
三.
新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合が終わり、第三高校の天幕ではお通夜モードになっていた。
「まさか一条くんが負けるなんて」
最初から優勝以外は考えていなかったため、新人戦だけではなく総合の方のポイントも一から計算し直すことに。
「これで新人戦優勝は絶望的か……」
新人戦三日の成績だけ見れば、第三高校は女子バトル・ボードで二位、男子は三位。女子アイス・ピラーズ・ブレイク四位、男子は二位と中々の好成績を収めている。第一高校が異常なのだ。
第一高校は男女でアイス・ピラーズ・ブレイク優勝。女子は二位、三位の表彰台独占というおまけ付き。更に女子バトル・ボードで優勝するなど、この日だけでポイントを荒稼ぎ。現在新人戦二位の第三高校と大差をつけて独走状態となった。
「だから宮守遥を警戒しろと言ったのに……自業自得よ」
そんな中、三高の天幕内で唯一顔色が普段と変わらない人物がいた。プンスカと呆れる気持ちとどこか誇らしげな雰囲気を醸しだす一色愛梨だ。
今日の彼女は明日のミラージ・バットに備えて休養日。そのためチームメンバーの観戦をしていた。ほのかと沓子の試合ではほのかの潜在能力の高さに驚き、深雪と雫の試合で高難易度の魔法を放つ二人に驚き、将輝と遥の試合で遥の魔法に見惚れた一日ともいえる。
「まったく……」
事前の会議で愛梨は『遥に気をつけなさいよ。変態だけど三高の脅威になるかもしれないわ』と注意したつもりだった。しかし将輝と真紅郎は愛梨の忠告を無視して、その結果敗北。愛梨がため息をつきたくなるのも無理はない。
「すまないのぉ」
「ごめんなさい」
「何で二人が謝るのかしら?」
愛梨の傍にいた沓子と栞が頭を下げる。
「わしが勝っていれば……」
「私が決勝リーグに行ってたら……」
沓子はバトル・ボード決勝戦でほのかに、栞はアイス・ピラーズ・ブレイクで各ブロック決勝戦でエイミィに敗れている。彼女たちも一高の独走状態に責任を感じているようだ。
「貴女たちはよくやってるじゃない。ただ……」
栞に関してはエイミィに勝てる試合だった、と声に出そうだったのを喉の奥にとどめた。愛梨には友を死体撃ちする趣味はない。
「いいえ、何でもないわ。ただ、そうねぇ……私が負けたら一高の優勝が決まってしまうのね」
愛梨がミラージ・バットで優勝できなかった時点で第三高校の優勝は無くなる。愛梨と一緒にミラージ・バットに出場する選手もいるが、彼女たちは愛梨よりも実力が下であり、彼女たちが愛梨に勝つことはほぼ不可能。実力的には表彰台に上がる力もないだろう。
「あの子たちは予選で司波深雪や光井ほのかと同組だったけれど、足を引っ張ることくらいは……いえ、そんな考えは止めておきましょう」
ミラージ・バットでは選手に直接魔法を放つことは禁止行為とされているが、妨害が禁止されているわけではない。大会が始まる前の愛梨であれば、チームメンバーに妨害の命令を出していてかもしれないが、今の愛梨は彼女たちと真剣勝負を望んでいる。
愛梨もまた遥や深雪たちと出会って変わった一人である。
「それに彼も約束を守ってくれたようですし、私も正々堂々と勝負しなくては……」
愛梨は意気消沈する二人を放ってこっそりと携帯端末を操作した。
――ふふっ、ばかね
他人には見せたことのない柔和な笑みを浮かべる愛梨。
端末には愛梨が出場したクラウド・ボール決勝戦の切り抜きの一部が表示されており、そこには遮蔽物に身体を隠しながら顔だけコートに向けている目立つ白髪をした男が映っていた。
――隠れてないでちゃんと座って見ればいいのに……ふふっ私に見つからないようにしたつもりかしら?
自分の試合を見直していた時に偶然見つけた男の姿。応援に来なかったことを不貞腐れていた愛梨の姿はもういない。いるのは満面の笑みを浮かべていたと思えば、突然頬を赤らめさせて内股になる美少女の姿だけだった。
彼女が何を思い出したかは定かではないが、このとき愛梨の表情を見た先輩女子生徒が百合に目覚めたのは言うまでもない。
愛梨はチームメンバーの将輝を倒したことの嫌味を言いに、この男に会いに行こうと立ち上がる。
「ちょっとお手洗いに行ってくるわねっ」
嫌味を言いに行くのは少々声に明るさが滲み出ているが、高揚した心臓の鼓動は止まらない。こういう状態の時こそ最高のパフォーマンスが発揮できるのだが、達也が担当した選手が負けないという『達也伝説』を止めるのは彼女なのかもしれない……。
次回は四、五、六(七、八、九、十)
【次回の投稿は5月14日19時予定です】
私が好きなキャラは
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一色愛梨だ
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十七夜栞だ
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四十九院沓子だ
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中条あずさだ
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渡辺摩利だ