それは空に浮かぶ船で、この大陸では二番目に人が魔法を使わずに空を飛ぶ為の翼であった。
飛行戦艦。
かつて西部諸国に暗躍していた組織『死神』が用いた技術は、オーファンとロマールに流れ、オーファンではタラントとの交易にこの船を用い、ロマールは軍事連絡船としてロマール-レイド-ベルダインの間を繋いでいたのである。
そして、この船は王命により先の戦いの功労者に管理・運営を任されることになった。
つまり、招聘されたばかりの軍師ルキアルへ。
ドレックノールとの戦いにおいては、ゴーバに金で雇った冒険者を大量に送り込み、それに刺激を受けたドレックノールの魔獣軍団を冒険者もろともエンシェントドラゴンによって焼き滅ぼした結果、ドレックノールの戦力は大幅に低下。
それを見て動揺しているリファールへラバンが婚姻を持ちかけてシエント同盟の分解を企んだ結果、タイデルの盟約諸国との関係が急激に悪化。
ロマール勢力圏に入ったベルダイン・ザーン・ガルガライスが表面上安定した事もあってロマール軍は西部諸国より撤兵し、その勢力圏は中原から西部諸国に広がる広大なものとなったのである。
ここでドレックノールを潰すべきだと将軍たちの意見が出たが、ドレックノールを滅ぼしてかの盗賊ギルドが地に潜った方が残敵掃討に不利なのと、西部諸国の内部分裂と共倒れを期待しての事だ。
軍は動かすだけでも疲弊し金がかかる。
西部諸国の内三か国を勢力圏に組み入れた今、ここで兵を引いてもおつりがくると王を説得した結果としての撤兵である。
武功をあげそこなったと将軍たちから不満が出たが、彼らも急速に戦力を整えつつあるオーファンへの脅威を説くと撤兵に同意したのである。
眼下に広がるアレクラスト大陸を眺めながら、軍師は次の手を模索する。
発展著しいオーファン王国との衝突はそう遠くない時期に発生する。
ロマールの同盟国であるファンドリアとの摩擦は著しく、ファンドリアのダークエルフがエルフたちと衝突しつつある今、そのエルフが王妃であるタラントがオーファンに接近していた。
西部諸国で残っているタイデルの盟約と戦うなら、ルートは二つでシエント川を遡ってリファールからラバンへ抜けるか、タラントの山道を進むしかない。
ロマールの勢力圏拡大の選択肢はいくつかあった。
まずは更なる西部諸国侵攻。
これは内部分裂を煽った西部諸国がまとまりかねないので却下。
次にトゥーデント半島。
ここは巨人やそれを信奉する蛮族との戦いとなるが、開拓して元が取れるまでの時間がかかり過ぎる。
オーファンとの戦いにおいて、戦力を増やすならば残るは一か所のみ。
ザイン王国。
政情不安なうえに自由人の街道の国なのがいい。
西部諸国侵攻で交易路の拠点を抑える事で巨万の富を得る事をロマールは理解してしまった。
ザインを勢力圏におけば、ロマール・ファンドリア・西部諸国三か国とザインでオーファンを押しつぶす事も可能だろう。
ただ一つの懸念点さえ解決できれば。
『遺跡解放者』ゼラニウム。
今やオーファンだけでなくオランの賢者の学院でも高導師の地位を得ているゴーレムマスターに死霊魔術師。
その彼女が愛人であるルーファスと共にアザーン諸島で海賊退治をしている今が格好のチャンスと思考を走らせようとして思いとどまる。
(……罠ではないのか?)
この飛行船も含めて、彼女は情報を隠そうとしなかった。
結果としてそれが賢者の足を引っ張る。
「軍師様。実験を始めます」
「ああ。始めてくれ」
思考を兵の報告で途切れた事を切り替えて、改めて眼下の大地を見る。
少し先には的があった。
「撃て」
指揮官の声と共に、風を切る音が聞こえて標的に突き刺さる。
バリスタ。
人が持ち運べない攻城用のそれを飛行船に積む事で、この船は飛行戦艦と呼ぶに相応しい戦力となったのに、軍師の顔は晴れない。
こんな事はあの魔女なら知っていただろう。
ならばどうして、それを隠そうとしなかったのか?
かの魔女が主導したオーファン軍制改革は、歩兵部隊の創設、火砲の採用、諸侯軍の強化と随所に行われており、それに彼女と彼女の弟子が操るゴーレム軍団が押し寄せたら、まだ軍師が考えている全力でも勝てない可能性が高かった。
「やはり彼女は盤の外に出してしまうのが一番なのでしょう」
声が自然に出ていたのに気づいて、慌てて口を閉じる。
あの魔女は愛人のルーファスを王にすると公言しており、アザーン諸島の海賊退治もかの地に王国をつくる為なのではという憶測が広がっていた。
アザーン諸島に彼女と彼が王国をつくるのならば、オランとアノスは追認するし、オーファンも歓迎すると間者の報告が入っていた。
ならばかの地に王国をつくって盤から外れてもらえばと思ってそれを首を振って否定した。
高導師魔術師はテレポートをはじめとして空間を超越するからたちが悪い。
オーファンとの戦いで、アザーン王国の戦力をもって援軍に駆け付けるのが最悪なのだ。
「ならば、王国を作らせる事無く駆けずり回らせるのが吉か」
彼の所に気になる報告が上がっていた。
海賊退治が進んでいるのに、オラン沖合での難破の報告が上がり続けているのだ。
海洋交易も広がりつつある今、オランで建造された船も無視できないための報告だが、彼はこれに別の陰謀の匂いを嗅いだ。
「誰か。オランの船舶遭難について詳しい報告を。
そして、それをかの高導師にそれとなくしらせてやれ」