化け物が化け物たるのはその大きさだろう。
ジャングルの木々の上から九本の頭を出してこちらを睨み叫ぶ姿はたしかに怖い。
叫び声が空気そのものが殴りつけて、木々が揺れ、枝から水滴が一斉に落ち、沼の水面が波立つ。
「うわっ!」
アシュレイたちが耳を押さえ、私は歯を食いしばって杖を構えた。
声だけでこれだ。私やルーファスはともかく、他がもたない。
「撤退!」
ルーファスがもう一度叫ぶ。
「アシュレイ! 全員まとめろ!」
「は、はい!」
「クリシィ!」
「もう見てる!」
私の叫びにクリシィが周囲を見回すのは、戦うためではなく逃げ道を見るため。
「南西! さっき来た道が一番まし!
倒木を越えたら浅い沼が続く!」
「シャミナ!」
「ウォーター・ウォーキング!」
シャミナが呪文を唱えようとするが、ヒュドラの一本の首が伸びた。
「来る!」
私は叫ぶ。
巨大な顎が開く。
狙われたのはセーリン。魔法使いは怪物に知性があるなら、先に潰したい相手。
「セーリン!」
アシュレイが飛び込みセーリンを突き飛ばすと、ヒュドラの首が横薙ぎに振られる。
「ぐっ!」
アシュレイが吹き飛び、木に叩きつけられる。
鈍い音のままそのまま地面へ落ちた彼は動かない。
「アシュレイ!」
「行くな!」
ブルーダが駆け寄ろうとするのをルーファスが叫んで止める。
別の首がそこへ食いつこうとしており、ブルーダは間一髪でかわす。
「ライトニング・バインド!」
魔晶石を砕いて拡大させた私の呪文はヒュドラの首三つを絡めとるが、今までの攻撃と合わせて、あと四回攻撃が残っていた。
ルーファスが走り、ヒュドラの頭が振り下ろされるが、それをかわす。
更にもう一頭がルーファスを狙うが、それもよけると剣をヒュドラの頭へ突き刺す。
ヒュドラが叫び、怒りでルーファスを狙おうとした所にぺぺがヒュドラに向かって何かを放り投げる。
「炎晶石!!」
ファイアボールと同じ威力を持つ魔石が複数同時に起爆し、ヒュドラが怯み、ルーファスも飛ばされて沼の中に落ちたが泥だらけで起き上がる。
「ルーファス!」
「大丈夫だ。
次からは合図をくれると助かる」
「わかった」
私の声にルーファスはぺぺに声をかけ、それとなくジェニがルーファスのフォローに回る。
その隙に、ホロウとブルーダがアシュレイとセーリンの所に駆けてゆく。
「駄目です!息はありますが気を失っています!!」
「こっちもじゃ!足を挫いておるから治癒の呪文をかけねば!!」
状況は最悪。
けど、諦めるにはまだ早い。
「少し時間を頂戴」
「わかった」
私の決意に、ルーファスがジェニと共に剣を構え私はぺぺ目がけて炎晶石の入った袋を放り投げる。
「ここから取ったでしょう?
助かったから全部あげるわ。あれにぶん投げなさい」
「わかった♪」
グラスランナーの悪戯心がこんな所で助かるとは……
こうして、第二ラウンドが始まった。
ルーファスとジェニが前に出て回避に専念すると、まだライトニング・バインドから抜けきれない頭を除いた六頭の頭が二人に襲い掛かる所を、ぺぺの投げた炎晶石がまた炸裂する。
今度はヒュドラも警戒していたらしく食らったのは一頭だが、そこにクリシィが投げた炎晶石が炸裂し、予想外の攻撃にヒュドラ二頭が怯む。
残った三頭がルーファスとジェニに襲い掛かるが、ルーファスとジェニは避け切った。
「ミスリルゴーレム!
ヒュドラをやっつけて!!」
切り札のミスリルゴーレム召喚。
召喚というか無限のバックにしまっていた奴だが、取り出してヒュドラに突っ込ませる。
「こっちへ!はやく!!」
シャミナが唱えたプラントシェルに、アシュレイたちを避難させようとしていた。
ジャングルに擬態させているので、一目には分からないだろうが、ならば打つ手は一つだ。
「シャミナ!動きを止めさせて!!
ルーファスとジェニ!逃げて!!」
炎晶石の連続爆発で大量の水蒸気が巻き上がっていた。
目隠しでいいならこれで十分。
「ブリザード!!!」
魔晶石で拡大させた吹雪に水蒸気が瞬時に凍結し、ダイアモンドダストの中私たちはシャミナの作ったシェルターに駆けこんだのだった。
シェルターの中に飛び込んだ瞬間。
(全員、静かに!)
シャミナが叫んだように聞こえただけで、実際には押し殺した声で言う。
外では重い音が響き、木が折れる音と共に地面が震える。
ヒュドラとミスリルゴーレムがぶつかっているのだろう。
シェルターの壁を作っている蔓と葉が細かく震え、天井から枯れ葉がぱらぱらと落ちてくる。
「すご……」
「喋らないで」
誰かが呟くのを私は止めさせる。
このプラントシェルは見た目こそジャングルの茂みにしか見えないが、防御力がある訳でもないし、姿が隠れるだけだ。
外で戦っているヒュドラに気づかれたら台無しである。
「ジェニ」
「分かってる」
ジェニがアシュレイの横へ膝をつくが、アシュレイはまだ意識が戻らない。
呼吸はあるが浅く、ジェニが手を当てる。
「胸を打ってる。肋骨が何本かいってるわね」
「治せる?」
「治す」
即答したジェニが回復呪文を唱える。
「リジェネレーション」
淡い光がアシュレイを包み、折れた骨や傷ついた肺それらが回復されてゆき、アシュレイの胸が大きく上下した。
「がっ!?」
血を吐くアシュレイにセーリンが顔を青くした。
「アシュレイ!」
「静かに!
大丈夫。今の血は溜まってた分」
ジェニが鋭く言い、更に呪文を唱える。
「キュアー・ウーンズ」
回復呪文に今度はアシュレイの顔色が少し戻る。
「……う……俺は……」
「まだ喋らないで。大丈夫。
怪我は治したわ」
ジェニがブルーダを止める。
「意識が戻っただけで十分。
まだ動けない」
その間にも外の戦闘は続いている。
ヒュドラの叫び。
ミスリルゴーレムが殴りつける音。
木が折れる音に水が跳ねる音。まるで森全体が壊されているような音が私たちに届く。
「なんであれ最初から使わなかったの?」
ぺぺがいつもの声で呟くのをブルーダが小声で突っ込む。
「愚か者。あんな歩く財宝常に出してみろ。
盗賊だらけで夜も眠れぬわ」
その通りである。
負けるとは思わないが、あのミスリルゴーレムそのものが奪われたりしたら私たちでも勝つのは難しいのだ。
特に向こうに高位魔術師がいるのが分かっている中、ミスリルゴーレムを出すのはあまりしたくはなかったのだが仕方ない。
「あのゴーレムに勝ってもらう必要はないわ」
「え?」
「時間を稼いでくれればいい。
とにかくここは撤退」
ヒュドラを倒す事ではない。
今の私たちに必要なのは逃げる時間。それだけ。
「次、セーリン」
ジェニが移動するとセーリンは足を押さえていた。
「折れてる?」
「捻挫……だと思います」
「見せて」
触る。
「痛っ」
「折れてない。
でも腫れてる」
「歩けます」
「今は歩けても村まで持たない」
ジェニが手を当てる。
「リジェネレーション」
腫れが引いてゆき、魔晶石が砕ける。
その欠片が消えてゆくのを眺めて、セーリンが思わずぼやく。
「高位冒険者って魔晶石を本当に使い潰しますね。
それ一つで、私たち一回の冒険の報酬ぐらいありますよね」
「これだけ使っても、あれに苦戦するのが冒険者なのよ」
私が苦笑し、他の人に声をかける。
「ホロウは?」
「平気です」
「ブルーダは?」
「大丈夫じゃ。安心せい」
「ペペは……大丈夫そうね」
「うん」
とりあえず、死者はいない。
それだけは本当に良かった。
「ゼラ」
クリシィが小声で呼んだ。
「なに?」
彼女はシェルターの壁際にいて葉の僅かな隙間から外を見ていた。
無言で隙間を指さすので、葉の隙間から外を見る。
「……うわ」
少し離れた所で、ミスリルゴーレムとヒュドラが戦っていた。
ミスリルゴーレムが拳を振い、ヒュドラの一本の首が避ける。
別の二本が左右から噛みつき、牙がミスリルの装甲へ当たる。
火花が出るが、噛み砕けない。
「硬さなら負けてないわね」
「でも数が違う」
クリシィの言う通り。
ヒュドラの首は九本。ミスリルゴーレムは一体。
いくら固くて攻撃が通じないとしても、攻撃は九方向から九回。
一本を殴れば二本が来る。
二本を払えば三本目が来る。
「うちのゴーレムが壊れるの嫌なんだけど」
「そこ?」
「高いのよ、あれ」
「知ってるけどさー」
ヒュドラの尾が振られ、ミスリルゴーレムが吹き飛び巨木にぶつかりバキバキと木が折れた。
私は口を押えてぼやく。
「まずい」
「何が?」
「少しずつこっちに近づいてる。
……シャミナ」
私は手招きするとシャミナが来る。
「何でしょう?
姐さま」
「シェルター、気づかれる可能性は?」
「近くまで来られたらあります」
「どのくらい近く?」
「分かりません」
「正直でよろしい」
「長居できないわね」
「俺もそう思う」
いつの間にかやってきたルーファスも言う。
ならば、撤退しよう。
「テレポート」
「!?」
「ゼラ高導師!何処からこちらへ……」
「あれから逃げてきたのよ」
洋上に停泊させていた船の甲板にテレポートすると、待機していたローンダミスとラヴェルナが慌てて駆けてくる。
崖の方を見ると、ヒュドラの姿が見えており、戦っているあたりまだミスリルゴーレム相手に戦っていた。
ルーファスが隣へ来る。
「どうする?」
「後で考える」
「そうだな」
「今は」
私は改めてみんなを見る。
怪我人、疲れ切った仲間、泥だらけに血だらけ。
でも、全員帰ってきた。
「生きて帰った」
「ああ」
それで今日のところは十分。