「さて、あれをどう倒す?」
テレポートで船まで飛んだ後、私たちはラム村まで戻ってきた。
もっとも、村と呼んでも今は住民の姿などない。
ジャングルに隣接する小さな開拓村。
粗末な木造家屋が十数軒。
中央には小さな広場があり、村の端を流れる小川はジャングルからそのまま海岸へ落ちている。
その周囲を申し訳程度の木柵が囲んでいた。
昨日まで村人のふりをしていた海賊たちは捕縛して船倉へ転がしてある。
家々はそのまま。
食器も。
寝台も。
薪も。
人だけが消えた。
そんな妙な静けさを持つ村の一軒を、私たちは臨時の作戦本部にしていた。
もっとも、静かという表現は少し間違っている。
ドォン――!
遠くから重い音が響き、窓枠が僅かに震えた。
「またか」
窓際に立っていたルーファスがジャングルを見る。
そして、このやたら女の多いパーティーの中心人物。
今となっては誰も突っ込まないが、客観的に見れば立派なハーレムパーティーである。
まあ、その最古参が私なのだが。
閑話休題。
ジャングルの奥では、今もヒュドラとミスリルゴーレムが殴り合っている。
距離があるおかげで直接姿は見えない。
そこで、私が魔晶石を砕いて持ってきた遠見の水晶球を机の中央へ置いていた。
その水晶球の中では、ミスリルゴーレムがヒュドラの一本の首を掴み、別の二本に噛みつかれながら、そのまま巨大な頭を殴り飛ばしていた。
「……とんでもないわね」
最初に口を開いたのはレイアだった。
別動隊を任せていた前衛戦士。
魔法剣を腰に差したまま、水晶球を覗き込んで眉を寄せる。
その隣では、同じく前衛を務めるイジェルファが腕を組んでいた。
「私たちが前に立ってどうこうする相手ではないな」
「珍しく弱気ね」
「現実的と言え」
レイアがからかうと、イジェルファは少しだけ顔をしかめる。
「首が九つだぞ。盾を構えて一つ止めても、残り八つが暇をしている」
「正しいわね」
二人のやり取りに私は頷く。
実に前衛らしい見方。
「凄いな……これは……」
ローンダミスも水晶球へ顔を近づける。
騎士だけあって、巨大怪物そのものよりもゴーレムの動きに目が行っているらしい。
「実際に戦う所を見ると、これが我が国にあると思うと安堵するよ」
「ローンダミス。ここで国家の話は無粋かと」
すぐ横からラヴェルナが呆れた声を出すが、彼の視線は逸れない。
「分かってる。
だが騎士としては気になる」
「あなたはそういうところがありますね」
「嫌いか?」
「別に」
はいはい。仲がよろしいことで。
ラヴェルナは高レベル魔法使いで、私の弟子扱い。
弟子といっても、もう手取り足取り教えるような段階ではなく、自分で考え、自分で動ける魔法使いだが、体は大人だが中身は子供である。
だからこそ、こういう所でむくれるのが可愛い……おっと、また話がそれた。
遠見の水晶球から音は聞こえないが、それでも映像だけで凄まじさは十分伝わる。
ズズン……。
少し遅れて、実際の格闘音が村まで届いた。
「音だけ後から来るの、不気味ですね」
エルフの精霊使いのアクシリアが小さく呟く。
彼女は窓の外へ目を向けてから、隣にいる同じ精霊使いのシャミナへ尋ねる。
「森の精霊はどう?」
「アクシリアさんも感じていると思いますが、ドリアードたちが逃げてます。
姐さまたちが逃げてきた時よりは落ち着いてますけど、戦っている場所の周りには近づきたくないみたいです」
「でしょうね」
シャミナが即答するとアクシリアは嫌そうに肩を竦める。
「精霊に嫌われるほど暴れている怪物なんて、近寄りたくないわ」
「私もです」
「でも、あなたはゼラについて行くんでしょう?」
「姐さまが行くなら」
「でしょうね」
シャミナの即答に何故かアクシリアが納得するのはさすがに突っ込まざるをえない。
「ちょっと、そこで私を基準にしないで」
「今更では?」
私のツッコミもシャミナはあっさりと返す。
妹分のくせに、最近遠慮がなくなってきたのは良い事ではあるのだが……いかん現実逃避したくなる所をおでこを軽く叩いて集中し、水晶球を見ながら腕を組む。
古代魔術王国の富と技術の結晶。ミスリルゴーレム。
正直、並のドラゴンなら、あれだけで相手ができ負けるとは思わない。
「でも……勝てるとも言い切れないのよね」
自分でも嫌になる声が出た。
「ゼラ高導師。どうしてそんな顔をするので?」
「ヒュドラが大きすぎるのよ」
ラヴェルナの質問に私は水晶球を指差す。
そこではミスリルゴーレムの拳を避けた首の横から、別の三本が同時に襲いかかっている。
「普通のヒュドラじゃない。
あれは再生能力持ちだから、首一つを潰しても、他の首を潰している間に再生される。
ゴーレムは負けないかもしれないけど、手が足りない」
「では、一つずつ潰す方法は駄目と?」
「多分ね」
私は椅子へ腰を下ろした。
導き出した結論は軽口としてこぼれる。
「あれは、下手するとエンシェントクラス」
部屋の空気が変わった。
「……エンシェント?」
神官戦士のグリーナが眉をひそめ、隣の神官戦士のミレニアも似たような顔をする。
彼女たちは私と同じ大地母神ラーファの信者なので、勇者と共に歩んだ後その子を産み繋げるのが使命だからこそ、いざとなったら退くのも躊躇わない。
逆に戦いの神マイリーを信仰しているジェニはその名前には喜色の顔で反応した。
「ジェニはどう思う?」
「可能性はあると思う」
ミレニアの質問にジェニは腕を組んだまま答える。
「私もあれに近づいたけど、普通の大型魔獣と圧が違った」
「じゃあ前衛は?」
「避ける事が一番になる」
グリーナの確認にジェニが真顔で返す。
このパーティーは大所帯だが、ルーファスを活かす形でパーティーが作られている。
クリシィが偵察し、前衛がルーファス・レイアとイジェルファで、ジェニがその後ろでサポートに回る。ここにミレニアとグリーナが入る。
後衛が私、シャミナとアクシリアで、ラヴェルナとローンダミスが今回加わるから、ラヴェルナが後衛、ローンダミスが前衛に加わる形になる。
「ルーファス・レイア・イジェルファ・ジェニ・ミレニア・グリーナにローンダミスがそれぞれ一本ずつ受け持って七本」
「今戦っているミスリルゴーレムも入れれば八本。
それでも一本ヒュドラの方が余る」
ジェニの指摘に私が突っ込みを入れるが、その突っ込みも不利になるのだから私の声も浮く訳もなく淡々と指摘するのみ。
「その一本に後衛を蹂躙されたら、前衛からジェニとミレニアとグリーナが回復の為に下がる」
「そうなると、前衛が捌く首が増えて潰されると……なるほど」
「納得しないでよ。ルーファス」
それでも冗談めかしていられるうちはいい。
エンシェント。
伝説クラスのモンスターで倒せるとしたら勇者のみ。
いや、倒したからこそ勇者と呼ばれるそういう強さ。
実力・作戦・運。
全部揃って初めて勝負になる。
「だとしたら猛毒を持っているかもしれないわね」
私が言う。
「嫌ねえ」
「毒なら治せるけど」
ミレニアが露骨に顔をしかめ、グリーナも続け、私は指を一本立てて口を開く。
「そのたびに私たちかジェニが一手取られる。
ただでさえ九回攻撃してくるかもしれない怪物相手に、解毒で一人潰されるのはきつい」
「毒だけ?」
「最悪を想定する」
ジェニの確認に私は首を振る。
「猛毒。
強化された再生。
毒のブレス。
他にも何かあるかもしれない」
「姐さまでも分からないんですか?」
「分からないわよ。だから最悪を想定するの」
シャミナに私は即答する。
この世界のヒュドラには、たしか毒はなかった。
少なくとも、私が知っているゲームのモンスターデータでは。
でも、もう完全には信用できない。
ずれた物語、狂ったジャングル、出てこなかった敵、知らないシナリオ。
そして、明らかに知っているものより大きなヒュドラ。
「完全でない知識を前提に動いて失敗するのが一番まずいわ」
「つまり、既知のヒュドラを基準に対策を立てつつ、未知の能力が一つか二つある前提で余裕を残すと?」
ラヴェルナの返事に私は彼女を指差す。
「正解。さすが私の弟子」
ローンダミスがラヴェルナへ小声で言う。
「褒められたぞ」
「子供ではありません」
と言いつつ、ちょっと嬉しそうなのが丸わかりである。分かりやすい。
「だからあれを運ばせているんですか?」
ラヴェルナが窓を見る。
「そうよ」
私は立ち上がる。
村から海岸線へ続く道のその向こうから。
「そーれ!」
「押せー!」
「重い!」
掛け声が聞こえてくる。
船で待機していたナイトウインドとナイトシェード姉妹とダバール・マーティー・カインズ・カルダモン・スィートゲイルたちが、数体のストーンゴーレムを引き連れて、巨大な台車を引いて村へ向かっていた。
雇った冒険者たちは力量が足りないから今回の戦闘に正面から投入するつもりはない。
だから、彼らの仕事は、今のところ運搬と後方支援。
台車の上に載せられているのは、巨大バリスタ。二基。
私たちが乗ってきたガレアス船に積まれていた対帆船攻撃用兵器。
「でかいわね」
「これを森へ持っていくの?」
私の隣に来たレイアが呟き、イジェルファが私に尋ねる。
「持っていけるところまで。
その先はヒュドラをこっちへ誘導する方が現実的」
「誘導役は?」
「俺だろうな」
前衛らしくレイアがすぐ聞くとこっちに来たルーファスが当然のように言い切る。
実際、ヒュドラを確実に誘導できるのは彼しかいないだろう。
無言の肯定の後ルーファスは更に続ける。
「バリスタでどう仕留める?」
「これ」
私は部屋の隅を見る。
村に残っていたものと船から持ち込んだものを集められるだけ集めた油樽。
「ヒュドラは火炎系のダメージで潰すと再生しないはず」
「はず?」
クリシィがすぐ食いつく。
「そこ強調しない」
「重要でしょ」
「重要だけど!」
「ゼラは不安になると説明が長くなるからねえ」
「クリシィ」
「はいはい」
付き合いが長いと、こういう時に腹が立つ。
私は咳払いをして話を戻す為に机の上の紙へ図を書く。
ヒュドラ。バリスタ。私たち。
「まずバリスタの矢に油を仕込む」
「樽ごと?」
イジェルファに私は言い切る。
「可能ならね」
「バランスが崩れない?」
レイアの感想にローンダミスも加わる。
「試射が必要だな。
船で撃つのと地上から撃つのでは仰角も違う」
「そういうのは騎士の方が詳しい?」
「攻城兵器として扱ったことがある」
「なら任せる」
「了解」
ローンダミスの了解にラヴェルナが手を上げる。
「はい! 私も手伝います!」
「却下。貴方がいないと私だけでファイヤーボールを撃たなくなるから」
「高導師だったら一人で大丈夫では?」
「バックアップは大事。
……まさかと思うけど、ローンダミスの手伝いついでにいちゃつこうとしていない?」
「……」
ラヴェルナ沈黙。ちょっと赤くなった可愛い弟子。図星らしい。
「矢が無理なら?」
イジェルファが話を戻す。
「油を染み込ませた布を巻く。
とにかく射抜いた場所に燃料を届ける」
「そこを、私たちのファイヤーボールで焼く」
私の断言に、シャミナが口を出し、アクシリアが胸を張る。
「姐さま。私も火の精霊を使えます」
「サラマンダーで支援できるわ」
「火力は私とラヴェルナで足りる。
二人は別の仕事があるわ。
あなたたちには水と土を使ってヒュドラの動きを止めてもらう」
「姐さま。足場を崩すのは?」
「それもあり」
アクシリアも乗ってくる。
「沼へ誘い込んで、シンク系統で沈める。
その間にバリスタ?」
「そういうのが理想ね」
「分かりました。姐さま」
「了解」
精霊使い二人はこういう時本当に便利。
次は前衛だ。
「私たちは回復?」
「基本は」
私は声をかけたジェニを見る。
「ジェニを中心に神官戦士三人で前衛の維持。
首を相手にしつつも、バリスタの射線に誘導するルーファスのサポートが仕事。
レイアとイジェルファもだけど、ルーファスに向かう首を一体だけにして」
「後衛については?」
「最悪、私が支える」
「了解」
ジェニも頷く。
「私がルーファスを見る。
ジェニは後衛。
グリーナはレイアとイジェルファ。
ミレニアは全体」
こうして自然に役割が決まっていく。
こういうところ。
長く組んだ冒険者は楽。
レイアが確認をとる。
「で、私たち前衛は?」
「死なない」
「もう少し具体的に」
「首を相手にしつつ、首を落とそうとしない」
私は紙を指で叩く。
「固定。
牽制。
バリスタの射線へ誘導。
火力担当が攻撃する時間を作る」
「つまり倒す役じゃない」
「正解」
イジェルファの言葉に私は頷き、二人とも不満はないらしい。
強い戦士ほど、倒すことだけが前衛の仕事じゃないと知っている。
「ゼラがこれだから、全体を見張る役も必要じゃない?」
ここで枠割がないクリシィがわざとらしく言い、ルーファスが笑って告げる。
「お前な」
「必要ね」
「ゼラまで」
「じゃあクリシィ」
「はいはい」
「ルーファスが勝手に突っ込んだら足引っ掛けて」
「任せて」
「おい」
「冗談よ」
クリシィが笑うが、多分半分ぐらい本気。
こういう感じの付き合いが私とルーファスとクリシィにはできていた。
「首を落としただけだと再生される」
私は改めて説明を続ける。
「だから切断面を焼く」
ルーファスが頷く。
私はジャングルを見る。
ミスリルゴーレムと戦う音はまだ響いてた。
森。
湿地。
沼。
負けるつもりはない。
「ヒュドラ戦」
私は笑った。
「第二ラウンドよ」