ドォン――。
翌日。
聞きなれてきた戦闘音で目が覚めた。
結局、敵はヒュドラを出したのみで、こちらを襲ってはこなかった。
食事をとりながら最後の確認を取る。
「襲ってこなかったわねー」
「ゼラ。可能性としてはどういうのを考えている?」
ルーファスの質問に私は乾パンをスープに浸しながら返事をする。
スープは浜から取れた魚と貝をベースにしたもので、焼き魚の香ばしい香りが食欲を誘った。
「楽観的な方なら、あのヒュドラが切り札だった。
それだと、ヒュドラを潰しておしまいなんだけどね」
「じゃあ、悲観的な方は?」
「あれを使い潰してもいいものを用意しているけど、ジャングルじゃあ使えない」
割り込んだグラスランナーのぺぺに返事をすると、皆が一様に嫌な顔をする。
このパターンが一番いやでかつ、一番厄介なのだ。
「多分あれはこの地の遺跡の守護獣。
それを解き放って私たちに襲わせたなら、あんな守護獣が守っていた遺跡の中で待ち受けるに決まっているでしょう。
私なら、そうする」
ナイトシェードが手をあげる。
「ねぇ。ゼラ師匠から遺跡ごと叩くとかできないんですか?」
「できるわよ。
けど……」
ナイトシェードに向けてニヤリととてもいい笑顔で言う私。
一度魔術師からドロップアウトして盗賊になった押しかけ弟子に私はその理由を告げた。
「あんなのが守っていた遺跡のお宝、全部吹き飛ぶけどいいの?」
「「絶対にダメです!!」」
ナイトシェードだけでなくナイトウインドまで一緒に声を上げて皆に笑い声が広がる。
この姉妹、いい所での貴族なのに姉がドロップアウトして妹もとドロップアウトしたのだから親御さんも頭が痛いだろう。
それが今回の冒険で私の押しかけ弟子になったのだから、教えていた師が悪かったのではとちらと思ったり。
口にするつもりはないが。
そんな関係なので、妹弟子ができたと『押しかけ弟子三号』のラヴェルナがおねーさん風を吹かせていたり。そういう所はまだおこちゃまである。
なお『押しかけ弟子二号』のアルミンはオランの賢者の学院で、私の業績をまとめる作業をしていたり。しなくていいのにと言ったが、オランだけでなくオーファンからもまとめろという声が来て私が押しきられたのである。話がそれた。
で、『押しかけ弟子一号』兼、私の外付け良心ことカルダモンが仕事とばかりに話を元に戻す。
「とりあえず遺跡の攻略は後回しで。
とにかくあのヒュドラを何とかしないと、ジャングルの奥地を探索できません」
「そう。だからあなたたちがこの戦いで重要なのよ。
気張りなさい!」
私の一声で押しかけ弟子たちの顔が引き締まる。
村の端に置かれているのは、対帆船用武器のバリスタだが、これを人の手で操作するには手間と時間がかかる。
それをストーンゴーレムでさせれば攻撃も格段に楽になるのだが、欠点もあって、上位古代語でないとゴーレムの操作ができないのだ。
という訳で、作戦はこうだ。
まずは、ミスリルゴーレムと戦っているヒュドラに私たちが参戦する。
とりあえず、ミスリルゴーレムとルーファスで二本はこれで潰せる。
で、七本の内用意したバリスタが五基。
ナイトウインド・ナイトシェード・カルダモン・セーリン・ラヴェルナ用で、最大射程から油樽つきの矢を打ち込み続け、良い感じに油まみれになったヒュドラを私とラヴェルナがファイヤーボールで丸焼きというのが基本である。
私が敵なら、この別動隊をゴブリンたちで潰すから、アシュレイたち冒険者はこの別動隊全力防御を依頼している。
ラヴェルナとローンダミスはヒュドラと殴り合いができるレベルではあるが、遊撃隊として自由に動いてもらう事に。
特にラヴェルナには遠見の水晶球を渡して、バリスタの着弾観測をしてもらうから任務は重大である。
食事を終える頃には、村の広場もすっかり慌ただしくなっていた。
昨日まで誰もいなかった無人村に、今日は怒鳴り声と木材の軋む音が響いている。
五基のバリスタは対帆船用というだけあって、その一基一基が小屋ほどとは言わないまでも、人間が抱えて運べるような代物ではない。
それをストーンゴーレムが二体ずつ担ぎ上げ、残ったゴーレムが油樽や予備の矢を運ぶ。
人間が何人もかけて動かす兵器を、石の巨人が無言で持ち上げる光景は、見慣れていてもなかなか異様だった。
「バリスタ一番、ナイトウインド」
「はい!」
「二番、ナイトシェード」
「了解です、師匠!」
「三番、カルダモン」
「承知しました」
「四番、セーリン」
「はい」
「五番、ラヴェルナ」
「任せてください、ゼラ高導師」
順番に確認してゆく。
既にこの時点で、十五体のストーンゴーレムがノシノシのジャングルに入ってゆく。
人だと苦労するジャングルもゴーレムのパワーで道が作られてゆく。
「アシュレイ」
「はい!」
「あなたたちはバリスタ隊の護衛。ヒュドラを見る必要はないから」
「見なくていいんですか?」
「むしろ見ないで。ヒュドラを見ている間に、横からゴブリンに射られたら意味がないでしょう?
私ならそうする」
「「「「ああ……」」」」
私のジョークに皆頷くが、ここで突っ込むつもりはない。
我ながら性格悪いなーとは思うが、この手の戦いは性格が悪い方が勝つのだ。
「あなたたちが守るのはヒュドラ討伐隊じゃない。バリスタ隊」
「分かりました」
アシュレイが頷き、セーリンたちも顔を引き締める。
昨日は敗走したが、今日またここに立っている。
そうやって、冒険者は成長してゆくのだろう。
そんな事を思いつつ、私は全員を見回す。
「それと、ヒュドラを追いかけないこと。
前衛が崩れたら撤退。バリスタを捨ててもいい」
「五基ともですか!?」
ナイトシェードが惜しそうに聞く。
攻城兵器にも使われているバリスタは当然数万ガメルもする高額兵器だ。
高いだけでなく、維持にも金がかかる故、導入を主導したオーファンの宰相が『矢でなく銀貨が飛んでゆく』と嘆いたとか。閑話休題。
「命より安い」
「でも対帆船用ですよ?」
「命より安い」
「油樽も?」
「命より安い!」
「「うっわー……」」
ドン引きするナイトシェードとナイトウインド姉妹。
君たちは私のお大尽プレイの何処を見ていたのかと突っ込みたくなるが、私が一喝。
「返事は?」
「「はい!!」」
分かればよろしい。
ルーファスが声をかける。
「ゼラ。そろそろ行くぞ」
「ええ」
私は杖を手に取る。
村の向こうのジャングルの奥から。
ドォン――。
何度聞いたか分からないヒュドラとミスリルゴーレムが、まだ戦っている音。
この戦いの功労者は間違いなくミスリルゴーレムである。
彼が戦い続けなければ、私たちはヒュドラによって村からも追い出された可能性もあったのだから。
「……本当に一晩やったのね」
「ゴーレムだから疲れないしね」
「ヒュドラも?」
「知らないけど、疲れてくれてたら嬉しい」
「それはそう」
クリシィと冗談を言い合う。
パーティーのシーフである彼女はそのまま先行して私たちの安全を確保するのだ。
ルーファスが剣を肩に担ぐ。
「行こう」
ジャングルへ入り、音が近くなると昨日とは景色が違っていた。
「……ひどいわね」
レイアが呟く。
昨日まで真っ直ぐ立っていた巨木が倒れている。
枝は折れ、蔓は引き千切られ、湿地の水は泥で濁り、所々で地面そのものが抉れていた。
ヒュドラとミスリルゴーレムが戦いながら移動した跡。
「道ができてる。
ありがたいような、ありがたくないような」
「バリスタ運ぶには楽ね」
イジェルファのぼやきに私は答える。
実際、ストーンゴーレムたちは昨日よりずっと村に近づいていた。
問題は、それだけ巨大なものが通れる道を作った原因が、今もこの先にいること。
ドン。
また音。
今度は近い。地面が僅かに震える。
「距離は?」
私はクリシィを見る。
彼女はしゃがみ込み、地面へ触れる。
「あれ?
変ね……」
クリシィが倒れた木々を見て眉をしかめる。
彼女の違和感に気づいたのは、森林警護もしていたローンダミスだった。
「奴さん、ここまで来て戻っているぞ」
それは、重要なヒントだった。
あのヒュドラが村に向かおうとして、ここで戻った。
それは、戻る何かの理由があるからだ。
「クリシィ。足跡は?」
「ちょっと待って」
クリシィが倒木の向こうへ回り込み、地面へ膝をつく。
泥。折れた枝。抉られた地面。
ヒュドラの巨大な足跡と、ミスリルゴーレムのさらに重い足跡が入り乱れている。
「……あれ?」
「何?」
「ここ、昨日より乾いてない?」
クリシィが指先で地面を掻き、言われて私も足元を見る。
たしかに、ジャングルの中ではあるが、この辺りには沼がない。
浅い水溜まりも、腐葉土の下に溜まった水もほとんど見当たらない。
村へ続く最短経路は、ジャングルの中では少し地面が高く、左右へ水が抜けているらしい。
「それだけじゃないわね。
この辺り、水の精霊が少ない」
アクシリアが周囲を見る。
同じ精霊使いのシャミナも頷いた。
私はジャングルの奥を見る。
ドォン――。
また戦闘音で地面が揺れる。
でも、昨日の湿地で聞いた音と少し違う。
「ローンダミス」
「何だ?」
「ヒュドラとゴーレム、どっちが押してた?」
「ここまで?」
「ああ」
彼は足跡を見て一言。
「……ゴーレムだな」
「やっぱり。ヒュドラの足跡が乱れてる」
レイアも足元を見て納得し、イジェルファがミスリルゴーレムの跡を指差す。
「これ見て。真っ直ぐ。
ほとんど滑ってない」
そこで気づいた。
私は思わず声を漏らす。
「そういうこと」
「何がそういうことなんだ? ゼラ?」
「ルーファス。昨日の戦場って……」
「……沼だったな」
ルーファスも気づき、私は杖の先で地面を叩く。
固い。
完全な乾燥地ではないが、昨日まで歩いていた湿地とは全然違う。
「ヒュドラは湿地では強い」
水、泥、ぬかるみ。あの巨体。
動くとしたら平地は動きにくいだろう。
だから水辺なのだ。
そういう生体なら、水と泥の中でも戦える。
「でも」
私はミスリルゴーレムの足跡を見る。
「ゴーレムは逆」
重い。とにかく。重い。
おまけに、ミスリル製。
人間どころか大型魔獣とも比べものにならない重量。
「湿地だと足を取られる」
イジェルファが言い、レイアが尋ねる。
「昨日はヒュドラが地形で有利だった?」
「多分ね。
でも、この辺りは違う」
私は頷いて実面を見る。
沼がない。湿地じゃない。水が少ない。
泥が乾いている。
つまり……
「ゴーレムが踏ん張れる」
ローンダミス。
「正解」
私はヒュドラの足跡を見る。
深いが横にずれている。
何度も押された跡だ。
逆に、ミスリルゴーレムの足跡は深いが、真っ直ぐ。
「だから戻った。
村まで行こうとしたけど、ここでゴーレムに殴られて」
クリシィが顔を上げ、私が続ける。
互いの顔には満面の笑み。
「押し返された」
ドォン――!
その言葉を証明するみたいに。
また轟音。
今度は、ジャングルの奥から何か巨大なものが倒れた音まで続く。
「……一晩中」
ルーファスが言う。
「ここで殴り合ってたのか」
「多分」
私は頷く。
ミスリルゴーレムとヒュドラの姿は見えないが、ここでの死闘は想像できた。
「ヒュドラは村へ行きたい。
でもゴーレムが通さない」
笑うのを我慢する私に、クリシィが口元を上げる。
「ミスリルゴーレム、ちゃんと村守ってたのね」
「命令はヒュドラをやっつけろ、だけだったけどね」
「結果的に優秀」
さすが古代魔術王国製と誇らしくなるが、頭の中は別の方向へ動いている。
昨日、私たちはヒュドラの得意な場所で戦った。
湿地の奇襲で、あれだけ苦戦した。
ならば……
「ヒュドラをこっちへ引っ張ればいい」
全員が私を見る。
ジェニが私に質問する。
「この乾いた場所まで?」
「いいえ。ほら。ここから射線が通るのよ」
そう。
バリスタを運ぶため、村からここまで木々は倒されていた。
そして、ヒュドラは村を襲おうとしていた。
村のほとりにはジャングルから流れる小川がある。
その水源はおそらく、戦った湿地帯。
という事は、ヒュドラの移動範囲と目的地が分かった上で待ち伏せができる。
「バリスタはここで。
私たちは村で待ち構えて、ヒュドラが村を襲ったら撃って」
勝ち目が見えた。
指でラヴェルナを呼んでひそひそ話。
「……そこまでするんですか!?」
「私ならするわよ」
「自慢しないでください……」
奥の手を指示して私たちは村へ戻る。
轟音から離れる事になるが耳にはしっかり届いていた。
ドォン――!
待ってなさい。ヒュドラ。
今度はこっちの番よ。