目が覚めるとそこは天蓋付きのベッドの上。
起きると控えていたメイドが私に服を着せようとする。
「おはようございます。マーリア様。
着替えの後は朝食のご用意ができております。
その後、館主からお話がございますので来ていただけたらと」
極上の絹のドレスに体を飾り立てる数々の宝石付きの装飾品。
優雅なしぐさはノーブル技能ではなくコーティザン技能によるもの。
日頃肉便器をやっているが、本業は高級娼婦である。
つまり貴族や豪商の相手をするための礼儀作法はしっかりとできる訳で。
「わかったわ。
で、朝食は何かしら?」
「はい。今日の朝食は……」
私に朝食の説明をする彼女の肌は黒く、耳は尖っていた。
「ようこそいらっしゃいました。伯爵令嬢」
「亡国の肉便器でしかありませんよ。今の私は」
貴族なまりの西方語に、同じような西方語で返す。
館主は少なくとも私の真実を冗談として流した。
「このような国が存在する意義の一つに、敗者の避難場所というのがあるのでしょうな。
そこで力を回復してまた勝者になれるのならば、莫大な恩が売れる」
ファンドリアには多くの敗残者が流れ込んでいた。
旧ファン王国の貴族をはじめとして、旧レイド帝国、ラムリアース王国内戦敗者……などなど。
周辺国の政情不安が勝者と敗者を選別し、敗者は必然的にファンドリアに逃亡する。
持てる限りの財を持って。
ファンドリア商人の財の原資はここにあった。
この館も、ありとあらゆるところに贅沢が施され、それ以上の財を生む商談と陰謀が繰り返され、更なる勝者と敗者を生み続ける。
「分からなくはないですが、レイド復興は難しいですよ」
「その理由は?」
「ロマールの安定がこの国の安全保障の根幹にかかわっているからです」
館主の目が接客から真剣に変わった。
私はあくまで雑談という体を保ちながら、この国が詰んでいる事を諭す。
「オーファンとラムリアースが組んだことで、ファンドリアとの長期的な国力差は広がる事が確定しました。
両国から攻められて、それを支える戦力が提供できるのはロマールの傭兵団しかありません」
銀のティーカップに注がれた薬草茶を口にしながら私は淡々と言ってのける。
まぁ、それぐらい目の前の館主も知っているだろうし、知らない人間が館主なんて地位につける訳がない。
「つまり、旧レイド帝国残党が復興の為に反乱でも起こした場合、この国はオーファンとラムリアースの両国の攻撃を全部支えなくてはいけない。
さらに言うと、この国の騎士団に軍の指揮という統一運用は行えますか?」
ファンドリアの致命的な欠点。
それは軍が機能していない事にある。
内部勢力の争いが激烈だから、最大の武力組織である騎士団は必然的に弱体化せざるを得ず、王の命令を受けたオーファンやラムリアース騎士団の攻撃を受けた際に支え切れるかどうかは怪しい。
むしろ、ファラリス教団やダークエルフたちが個々の活躍で防げるだろうが、それも究極的には数で押しつぶされる。
数と組織化という点において、人間ほど優れている種族はこの大陸には存在しない。
「なかなか手厳しい事をおっしゃいますな」
「それはもう。
そのロマールに負けて無様な姿を晒し続けておりますので」
挨拶と雑談という互いの戦力判定は終わり、ここから本題に入る。
つまり、商談の時間だ。
「で、ただの肉便器に何をさせたいので?」
「貴方自身がおっしゃっていたではないですか。
オーファンとラムリアースとの開戦は避けないといけない。
ユニコーンがこの国に流れる事自体がファンドリアにとって都合が悪いのです」
「あら?
この国の盗賊ギルドの方々はそう思っていないみたいですけど?」
私はわざとらしく一枚の紹介状を差し出す。
この国に来るにあたって、ロマール盗賊ギルド幹部の愛人でもある高級娼婦コルネリアのサインが書かれている。
ロマール盗賊ギルドとファンドリア盗賊ギルドは中立関係にあるとはいえ、トラブルを避けるためにも無視はしない程度の影響力はある。
関わるつもりが無かったので、伝と体と金でどうとでも逃られるというのが私の最初の読みだったのである。
が、こんなファンドリア交易商ギルドトップが出て来る事態になっている。
おそらくは、何かの読み違いがある。
「……そうですね。
ですが、今回の件を仕切っているディランとかいう盗賊は、貴方も困っているのでしょう?」
「ええ。
まぁ、些細な行き違いがあった事は否定しませんが」
館主の返事に少しの間があった。
今までの会話を反芻し、見逃していた事にやっと気づいた。
「ああ。なるほど。
戦力を集めるのは兵法の常道とは言うけど、集めてはいけない兵まで集めた訳ですね。彼は」
ディラン率いる『ダークエルフ』が『ターシャスの森』で『ユニコーン』を狩る。
この一文でターシャスの森のエルフは激怒し、ラムリアースの森林衛視隊とオーファンの騎士団を派遣する口実になる。
ディランがロマール及びファンドリアの盗賊ギルドに所属していないから無関係と言い張れる余地はあったが、ダークエルフは言い逃れできない。
つまり、ディランの行動それ自体が既にファンドリアにとって都合の悪いものになろうとしていた。
「ええ。
その阻止に動けば身内の邪魔として我々が叩かれる訳でして」
暗にディランの行動の邪魔をしろと言っている訳で、身内がすると無理だから他所者にやらせようという発想は盗賊ギルドがディランを使ったのと実は変わらない。
「で、それを受ける私への報酬は?」
「今日の夜の晩餐会の招待状をお渡ししましょう」
金で買えないコネ。
敗者が中心とはいえ、文字通りの上流階級へのアクセス権。
今の私はまったく興味がないのだが、かといって断って館主の心情を壊すこともあるまい。
了承ついでに皮肉を言ってみた。
「ドレス持っていませんよ?」
「もちろん、伯爵令嬢にふさわしいドレスをご用意させていただきます」
なお、用意されたドレスと装飾品だけで数千ガメルのものなのだが、これファンドリア国内では売れないだろうなぁ。きっと。