夜の夜会の主役は私だった。
「ようこそおいでくださいました。
アルマノニ伯爵家令嬢。マーリア様」
夜会会場に響く挨拶に歓談する貴族や商人たちが私の方を見る。
最初は嘲りの目が驚愕に変わり、最後は欲望に切り替わる。
貴族にしては扇情的な服ではあるが、豊満な胸の上で宝石のネックレスが揺れ、綺麗に整えられた髪に飾られた銀の髪飾りはそれ一つで底辺冒険者が一年は生活できるものである。
私の痴態は話として聞いているだろうが、ここの連中は私がロマールでどう凌辱されたのかを見ていないから、この令嬢姿が基本になる。
するとどうなるか?
「はじめまして。伯爵令嬢。
私は元レイド帝国の……」
「私はラムリアースの……」
「……伯爵家の……」
まぁ、寄ってくる訳で。男たちが。
こっちも誘われたら股を開く人間なので、ホイホイとついて行きたいのだが、建前が優先される貴族社会でストレートに誘うというのはできず、結果、こうあしらわれる。
「まぁ。故郷が焼かれていた時にこちらに逃れていたのですね。
わたくしは最後まで戦って捕まって凌辱されてまだ恥を晒しながら生きておりまして」
「とてもありがたい申し出なのですが、この後オーファンに向かう事になっておりまして。
ええ。ユニコーンの一件で」
「私みたいな身分では公爵様とは釣り合いませんわ」
ストレートにものをだして「しゃぶれ」と言えば喜んでしゃぶるのに、それができない貴族社会の最前線。
高級娼婦は極めると王侯貴族の愛人としての教養が絶対必須なので、会話としぐさでするりするりと寄ってきた男たちをお断りしていたら、目的の人物が声をかけてきた。
「中々難攻不落のようで。
楽しいものを見せていただきましたわ」
「たいした芸でもありませんわ。
エナンチェ男爵夫人」
彼女の本当の名前は盗賊ギルド幹部の一人である『百顔のラミア』。
本当にラミアなのかすら分からない大物である。
「伯爵令嬢に聞いてみたい事がありまして」
「答えられる事でしたら」
「最底辺で嬲られ続けるのはどんなものなのかしら?」
エナンチェ男爵夫人は持っていた扇子を閉じてこんな質問を私に問いかけた。
嘲り半分だが同時に興味も半分で、こちらに恥をかかせないかつ嫌味にも聞こえる実に貴族らしい物言いに、私は思わず笑いながら本心を告げた。
「誠実ではありましたよ。彼らは」
「……誠実?」
想定していない言葉が聞こえてきたので、エナンチェ男爵夫人の言葉から嘲りが消えた。
私はあくまで一般論的な建前を崩さずに、己の体験を伝える。
「彼らは欲望に忠実でしたよ。
ここはほら、時には自分すら欺かないといけない場所じゃないですか」
「……くすくす。
たしかにそうね」
気に入っていただいたらしい。
という訳で、本題に入る。
「この国のとある勢力には少し不義理をしてしまいまして。
何らかのお詫びを考えないといけなくなってしまいました」
「あらあら。
23万ガメルが『ちょっと』なのね?」
23万ガメルはユニコーンの取引価格である。
互いに私たちが交易商ギルドの依頼を受けて、盗賊ギルドが計画したディランの邪魔をするという前提で話を進める。
「この世界では『ちょっと』でしょう?
何しろ、私たちは筋は通しますよ。
慣れないドレスを着て、こんな所に来て、お詫びを言う程度には。
どこかの誰かと違って」
「……くすくす。
たしかにそうね」
絵図面を理解していると話が早くて助かる。
身内の不始末の処理を流れ物のこっちがするという提案を彼女は拒否はしなかった。
「けど、23万ガメルの穴埋めはしてもらわないと、不義理の解消にはならないと思うのだけどどうかしら?」
「オーファンとラムリアースが攻めて来る損失が23万ガメルより軽いのでしたらそうでしょうね。
戦えないでしょう?この国」
私の指摘にエナンチェ男爵夫人は視線を逸らせた。
『竜殺し』リジャール王の武名はこの大陸に轟いている。
彼が率いる騎士団にラムリアースの援軍を加えてこのファンドリアに攻めてくる事は、ファンドリアにとって悪夢に等しい。
「そうね。
私にとっては納得できる話だけど、世の中のクズは手に入るだろうお金を当てにして博打をしているのよ。
その時点で負けなのにね。
そんなクズを説得する口は、私、持っていないの」
そらきた。
保証という形で何かの対価を差し出せと。
もっとも、そんなのこちらは体を出すしかないのだが。
「ところで、男爵夫人。
私、今片方の手が空いておりまして」
「あら。
こんな美しい方を放置するなんて見る目がないわね」
私の『体で払うから、この場で篭絡したい貴族を用意しろ』という言葉にエナンチェ男爵夫人は楽しそうに微笑む。
最初からそのつもりだったくせに。
「八人。できる?」
「たった八人?」
素で唖然とするエナンチェ男爵夫人に、一本取ったと私は楽しそうに微笑んたのだった。