西部諸国の一国タラントの王妃の秘密裏の訪問は、外交問題が発生しないように慎重に処理される事になった。
オーファンの王都ファンより文官のブラボノ氏がドノバにやってきて訪問理由を確認すると、『狩猟』名目で国王リジャールが騎士団を率いてターシャスの森へ。
仮にも一国の王妃の秘密裏の訪問という事で、王自らやってきたという訳だ。
なお、この『狩猟』はファンドリアへの恫喝を兼ねているのは言うまでもない。
エルフの里で行われた秘密裏の話し合いの議題は、エルフの聖地である影の森についてであった。
元々マナール湖の南方に位置するマエリムの森の地下にはタラントやターシャスの森にまでつながる地下洞窟があり、それをこの地域のエルフたちは影の森として秘密に守っていた。
それがファンドリアに察知されて、入り口を探られているという。
このルートが開拓されると、ファンドリアがタラントを攻める事が可能になる。
現在のロマールの西部諸国侵攻が更に強烈になるのが目に見えていた。
「で、その話をどうしてこちらに?」
現在ターシャスのエルフの里の長の家にいるのはエルフの長とタラント王国王妃。レルミア。こちらはリジャールと私である。
本来この場所はブラボノ氏が座る事になっていたのだか、エルフの長のたっての希望なので仕方ない。
「こちらも、本来ならばこのまま秘密にしておきたかったというのが本音です。
ですが、ゼラ様はこの地の古代魔術王国の魔術師の記憶を継いでおられる。
この影の森の事、ご存じだったのでは?」
長の言葉に私は視線を逸らせる。
事実知っていたのだが、それを知らないことにしていた私の努力を無にしないでほしい。
「そうなのか?」
リジャール陛下乗らないで。ここで乗ると答えないといけないから。
それを見て長が苦笑する。
「ゼラ殿。
貴方がこの地にて我々の暮らしを犯すことなくゴブリンを掃討した信頼を信じております。
貴方が触らなかったこの秘密を我らが触れた事で、この件が既に抜き差しならぬ所に来ているのを理解していただきたい」
長の言葉にレルミアが続く。
「現在の西部諸国は、ロマール王国影響下にベルダイン・ガルガライス・ザーン三か国、それに対抗する形で発足したドレックノール・リファール・ゴーバの三か国のシエント同盟、残った国々のタイデルの盟約の三勢力に分かれています。
我々としては、背後を固めつつロマールから西部諸国を解放しなければいけないのです」
その背後ってのがオーファンなのは言うまでもない。
さっきの報復とばかり私が少し意地悪な質問をする。
「だそうですけど、攻めます?西部諸国?」
「それをすると背後からファンドリアがぶん殴ると言ったのはそなたではないか。
そちらの事情は分かったし、こちらとしても話を聞く用意はある。
王妃よ。何がお望みか?」
私とリジャールとのかけあいを確認しながら、レルミアは要求を切り出した。
「我々の望みは、オーファン王国との相互不可侵と、経済協定の申し入れです」
「同盟ではなく?」
「はい」
王の確認に王妃は頷く。
大国オーファンとはいうが、建国したてで経済力はそれほど高くはない。
その上、文化レベルは西部諸国の方が高い。
軍事力はともかく、経済力は西部諸国は侮れないのだ。
「その話をするだけならば、わざわざ王妃が出る必要ないですよね。
それと、我々とはどなたのことですか?」
私は意地悪く確認する。
レルミアの笑顔に少しヒビが入る。
タイデルの盟約において最前線となっているのは、実はタラントである。
歌声の街道という山道でベルダインと繋がっているのだ。
現状、ロマールの狙いはドレックノールではあるが、だからといって警戒は怠る訳にはいかない。
「よせ。
向こうからすれば、こちらが応じるのを理解しての申し出だ。
あえてそれ以上は問わぬ」
「承知いたしました。陛下」
タイデルの盟約をだしにしてタラントの国益を考えているだろうレルミアの追求を私は止める。
ロマールの西部諸国侵攻に合わせて、ファンドリアがオーファンにちょっかいをかける最高のチャンスだったのだが、私のミスリルゴーレムのせいでファンドリアはちょっかいをかけにくくなった。
だったら、ファンドリアとしてはロマール支援として影の森経由でタラントに手を出してくる訳で、それをされたら困るタラントとエルフはオーファンと組んで背後を固めると同時に、オーファンのファンドリア侵攻を誘うという所だろうか。
「でしたら、少し色をつけて頂けると嬉しいかなと」
「そちらの要求にもよりますが」
警戒の色を出すレルミアに私は色の内容を告げる。
「そちらの発明博士が発明した蒸気機関の設計図を頂きたいのです」
「ああ。そんなものですか」
タラントに住む発明博士ジョン・ペインズが作った蒸気機関の設計図は、全て爆発するというろくでもないものである。
とはいえ、『爆発する』まで蒸気機関の理論を詰めたと言ってもいい。
これが産業革命に繋がることを知っている私は、内心喜ぶのを我慢して色を協定の書類に追加する。
「では協定の書類にサインを」
文官のブラボノ氏が用意した不可侵協定と経済協定の書類にリジャールとレルミアがサインをする。
それぞれ城に持ち帰って布告する事で協定は発行する。
里から帰る前に王は私に話を振った。
「先に言っておく。儂はファンドリアに攻め込むことはない」
「英断でございます。陛下」
ファンドリアへの出兵はオーファン国内に負担をかける。
今は動かない事で力をつけるのが大事だろう。
「で、そなたはこれを見てどう動くのだ?」
協定の入った筒を振りながら王が尋ねたので、私は用意していた言葉を口に出す。
「足元を固める選択をなさったのでしたら、そのお手伝いをしようかと」
森で隠れた西の先にはベレーヌという村があり、その先には一人の老魔術師が住む塔が建っているはずだった。
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