多くの仲間たちがそれぞれの道を選び、その後を見据えていたこの時、世界情勢は激しく動いていた。
アザーン諸島の海賊『赤い血の兄弟団』討伐の為に聖王国アノスが討伐に乗り出したのだ。
で、その初戦に苦戦しているという。
「またどうして?」
アノス王国の使者として来た聖戦士タイデグリーに私が質問する。
オランの魔術師ギルドでの会見なので私もアンバーローブ姿である。
宿である『古代王国の扉』亭でもよかったのだが、それだと多分ヤった後という事でこっちでという配慮である。
「アザーン諸島は、アノス王国の海軍出身者の故郷なのだ。
それゆえに、親兄弟と戦うと言って忌避している人間も多い」
聖戦士タイデグリーが悲痛そうな顔で理由を口にした。
信仰心と正義だけではどうともならない戦争の現実が言葉の端々にあった。
「船員は専門職ですからね。
育成に時間もかかる。
まず、アザーン諸島に着かなければ、自慢の騎士団の仕事ができないと」
これはこのオラン王国でも同じだった。
ロマールが起こした西方諸国侵攻は沿岸航海の物流を飛躍的に向上させ、いまや船はどこもかしこも取り合い、それ以上に足りないのが水夫という始末である。
「それもあるが、アノスの侵略とザラスタあたりでは疑心暗鬼が広がっているのだ」
聖戦士タイデグリーの言葉に怒りがのっている。
よほどの対応をされたのだろうが、人は正しさだけでは生きていけないのだ。
「ザラスタ。たしかアザーン諸島の港町でこの大陸とアザーン諸島を繋ぐ航路の玄関口の港でしたよね?
百年ほど前に都市国家として独立して今は大商人の評議会が街を運営しているとか?」
「さすが賢者と名高いお方。
向こうの事も熟知しておられると見える」
聖戦士タイデグリーのおぺっかに苦笑する私。
肉便器とか遺跡解放者とかゴーレムマスターとかは呼ばれたが賢者は初めてである。
まぁ、魔術師あたりをよく知らない人にとっては、魔術師と呼ばれるより賢者と呼ばれる方が聞こえがいいのは事実。
話がそれた。
「ザラスタの評議会がまとまっていないのだ。
海賊退治を名目にアザーン諸島にアノス王国が侵攻してくると疑心暗鬼になっている」
商人からすればその疑心暗鬼はある意味当然だろう。
大国が視線を向けるだけでも対応を迫られる。
ましてや、アザーン諸島にも対海賊組織はあるのだ。
「パナンスの海上騎士団ですね?
そちらとの提携は?」
「もちろん、順調に進んでいるのが、それが更にザラスタの疑心暗鬼にさせているのだ」
パナンスにある海上騎士団はファリスの聖騎士によって編成されている。
問題はこのパナンスという港町はアザーン本島の大部分を統治するアザニア王国が統治している訳で、ザラスタとは表面上穏やかな関係ではあるが、裏では当然軋轢がある訳で。
ファリス聖王国であるアノスとファリスの聖騎士を主力にするアザニア王国が組んでザラスタを取りに来るという疑心暗鬼は妄想と片付けるには生々しいのである。
「ザラスタが使えないという事は、アザーン諸島の奥に艦隊を送り込む事ができないという事だ。
我らの拠点がアノス王国内の港町ソーミーにある以上、アノスとオランの航路の防衛はできるが、海賊の撃滅はできない」
当たり前だが、人は疲れるし船も修理しなければいけない。
その為どこの港が使えるかは必然的に制海権に関わっている。
海賊はこのあたりの海を熟知している上に、ある意味損害上等で突っ込んでくるが、防衛側のこちらはそれができない。
私がそんな事を思っていると、聖戦士タイデグリーがついにため息をついた。
「ファリスに誓って、邪神を信仰している海賊たちを野放しにはできないのだが……それだけに集中する訳にはいかんのだ」
オランとアノスを分けるグロザムル山脈には大規模なダークエルフの集落がある。
暗黒神ファラリスを崇拝する彼らの討伐はアノスの国是と言っていいだろう。
アザーン諸島にかまけて、ダークエルフに浸透されたら本末転倒である。
「お話は分かりました。
で、一介の冒険者に何をさせたいので?」
私が切り込むと、聖戦士タイデグリーは素直に頭を下げた。
「賢者が持つ船団を海賊討伐の為に雇いたい。
私の独断で」
何かやらかしたら冒険者のせいにして、最悪聖戦士タイデグリーを処分しておしまいというろくでもない任務なのに、当人は聖騎士らしからぬ真摯さで頭を下げる。
多分この人、これだからこっちに飛ばされたんだろうなと察する。
「一応聞きますが報酬は?」
「一介の聖騎士に、賢者殿を雇う金があるとお思いか?」
冗談っぽく首を横に振った聖戦士タイデグリーの目は真剣だった。
その言葉も力強い。
「何かがあの島で起こっているのだ。
多分、邪な陰謀が。
きっとそれは、世界にとって災いとなる」
こっちに飛ばされただけあって、その正義漢と勘は本物らしい。
彼の予感は本当に起こるのだから。
どうせ片付けなければならなかった世界の危機の一つである。
「その依頼はお受けできません……が、私が勝手に行って勝手に遺跡を荒らすのは自由でしょう?
それをアノスが咎める理由も必要もないはず」
賢者というのはこういう立ち回りを求められる。
冒頭の言葉を聞いて失望しようとした聖戦士タイデグリーは、改めて静かに頭を下げる事で私への敬意を示したのであった。