アテナは目を覚ました。
「…………ッ、……! ……げ、ぇっ……ぁ……ごほっ、げほっ……」
同時に蘇る昨晩の記憶に、手足を縛られ床に転がった形のまま、少女は胃酸を吐き散らした。
口元の布はない。服はいつの間にやら新しいものとなっている。
のろのろと周囲を見遣るも、男の姿はない。
体が痛い。
喉が痛い。内臓が痛い。腰が痛い。目が痛い。胸が痛い。頭が痛い。手首が痛い。足が痛い。
何より、男の好きにされた、中央部が痛い。
「げぇっ……、っげほ……ッう、……ぅ、うぅ……」
再び嘔吐する。自然と涙が溢れた。
惨めで、悔しくて、憎くて、つらくて、悲しかった。
「目を覚ましたか」
天幕の入り口から発せられた二度と耳にしたくもない男の声に、アテナは反射的に体を強ばらせた。睨みつけたい憎悪と、蹂躙された恐怖とが胸の中でかち合い、ただじっと固まる。
足音が近づき、男が傍に屈む気配を感じながらも、少女は頑なに顔を背け続ける。彼女の気を知ってか知らずか。褐色の手が少女へと伸ばされ、その頬を撫でるようにしながら、ゆったりとした動作で顔の向きを変えさせた。
「やりすぎたか? まぁ、大人しくなってくれるのは、それはそれで構わないがね。
食事は……今はやめておいた方がいいか」
口元に布を押さえつけられ、アテナはびくりと体を揺らし、力なく首を振った。
「こら、拭いてやるだけだ、抵抗するな」
大きくがっしりとした手からは想像し難いほどの丁寧さで、アロイスは少女の口元を拭く。ふと、その片手が右目へと伸び、アテナは再び体を震わせた。
「まだ泣いていたのか。あれだけ泣かせたっていうのに。ほら、水だ」
「…………」
アロイスは傍らに置いた器からひと匙掬い、アテナの口元へと差し出す。
「飲まなければ脱水で死ぬぞ。ゼダンを殺すのなら、このくらいで死んでなどいられないよなぁ」
「…………っ」
突き出された匙を前に、アテナはゆっくりと口を開いた。少女が飲み込んだのを認めると、アロイスは再び水を掬ってはその口元へと運ぶ。そうして甲斐甲斐しく世話を焼くようにしながら、男は目を細めた。
「分かればいい。生きてさえいれば可能性はあるんだ。命を無駄にするもんじゃあないさ。ま、生きるのを諦めた折には俺が殺してやるが」
「…………」
「くくっ、何か言いたげな目だな。もう喚くのはやめたのか?」
「…………大人しくなれと言ったり、喚けと言ったり」
「言うことを聞いてくれさえすれば、いくらでも喚いてくれたって構わんさ。命じた際に黙ってくれればな」
す、と太い指が濡れた唇をなぞる。アテナは体を揺らしながらも、ぎっとアロイスを睨みつけた。
「あぁ、すっかり牙の抜かれた獣になっちまったかと思いきや、少しは元気を取り戻してくれたようだな。腹が減ったら言ってくれよ、スープを持ってきてやる」
唇から頭へとその手を移動し、アロイスはなだめるようにゆるゆると撫でる。擽ったさと不気味さと嫌悪感に、アテナは顔をしかめた。
「殺し合いは当分先だなぁ。まずは体力と気力を取り戻してもらわねば」
「…………」
「うん? なんだ、俺の命はいらないのか」
「お前も殺す」
「その意気だ、その意気だ」
「撫でるな、気持ち悪い」
「可愛らしいペットは撫でたくもなるだろう」
「…………」
「ちゃんといい子にしていればご褒美もやるからな。……っと、まずはこいつを片付けるとするか」
アロイスは少女が汚した周囲を見遣り、ゆっくりと立ち上がった。