「まさしく、鷹より生まれた大鷲だ」
「生まれながらにして、すべての力に恵まれている。素晴らしい族長となることだろう」
何一つとして不自由はなかった。族長の家系に生まれ、苦労もなくその跡を継いだ。
知恵でも戦闘技術でも、俺に並び立つ者はいなかった。誰もが俺をもてはやし、誰もが俺に期待を寄せる。俺は同胞らの
ゆえに、俺の望みを叶える者はいなかった。
俺は知っていた。
広き外の世界。まだ見ぬ強者。俺は味わってみたかった。一刹那でも気を抜けば命を落としかねぬ、極限の戦いというものを。俺をも殺しうる猛者との出会いを。
だが、俺は族長となるべくして生まれた者であった。自らの望む望まぬに関わらず、同胞の期待に応え、彼らを率いる義務があった。己の欲のままに生きることは、俺に許されたことではなかったのだ。
物心ついた頃から、俺の胸中にある種の退屈さが燻り続けていたことは、そう不自然なことでもないだろう。
もしも……俺を小さな世界に縛りつける、その理由を奪う解放者が出現したら。
みなに望まれる素晴らしき族長として振る舞いながら、そんな子供じみた僅かな夢を心の隅で抱く日々。それを打ち壊すこととなる出会いを――高熱に苦しむヒューリンの少年を救ったあの日を、俺は片時も忘れたことはない。
「余がそなたとの決闘に勝利すれば、余の望みを聞き入れてもらえるだろうか」
その言葉を耳にしたとき、思わず俺は色の白いその顔をまじまじと見た。人の踏み入ることなき
この付近を、ただの迷い人が生き永らえながら彷徨うなど容易にできることではない。決して強靭ではない体でありながら、彼はなにゆえに、いかにしてここまでやって来たのか、興味の惹かれたことは確かであった。だからこそ、偶然その姿を発見した際、捨て置くことができなかったのだ。
只者でないことは薄々感じていたために、彼を見くびっているわけではなかった。それでも俺は笑って、いいだろうと軽く答えた。
ゼダンと名乗るその少年は、見事俺に勝利した。
フィジカルでも地の利でも、あらゆる面で俺の方が有利であったはずだった。それなのに、奴は俺の上を行っていた。
目で追えぬ動き。先を読もうとも、瞬時に裏を突く瞬間的で的確な判断力。肉体の不利をものともせぬ戦闘技術。何より驚くべきは、終始こちらの脚を無自覚に止めるかのような気迫──あるいは、覇気ともいえるもの。
全てが初めての経験だった。
初めての敗北。初めての出会い。そして、初めて抱いた感情。
それは屈辱でも無念でもなかった。心の底からの感服、そして畏敬の念であった。
勝者たるゼダンは俺へと告げた。
「余の求めるは太陽神が神剣、魔剣クラウ・ソラス。その入手のために遥か
雷神グランアインが我ら天翼族を生み出された際、神は命じられた。山中に蔓延りし、邪に連なるモノの掃討。そして太陽神の遺せし神剣、“銀の剣”クラウ・ソラスの守護。
クラウ・ソラスの在処を知り、入手のための鍵を持つのは代々の天翼族族長のみ。強大なる力持つ神剣が誤った持ち主の手へと渡らぬよう、それを見極め選定することも、族長の存在理由であった。
俺の興味は膨れ上がる一方だった。なぜにこの少年は神剣を求めるのか。この俺をも凌駕する力を身につけるに至ったのか。その底知れぬ青き瞳に、どのような考えを秘めているのか。
「ヴァンスター帝国初代皇帝はフィンジアス統一を望み、クラウ・ソラスを手にしたと伝え聞いている。お前はどのような望みを抱いて、
知りたかった。この男のことを。その思考することを。求めることを。ゆえに、尋ねた。
「余の望むは」
いずこか遠くを見つめるかのような目で、若き男は答えた。
「エリンディルの統一だ」
なんと壮大な野望であることだろうか。誰かが同様の言葉を口にしたところで、俺は面白い冗談だと笑い飛ばしたことだろう。
だが、今それを発したのはそこらの少年とは異なる、覇者の瞳を持った者であった。世界を動かしうる力を持つ、“普通でない”人間であった。
この男であれば、本当にそれを成し遂げられるかもしれない。
そう思考すると同時に、俺の心は一つの望みを訴え始めていた。
「……承知した。神剣の眠ると言い伝えられる遺跡へと案内しよう。
だが、神剣へと到達しうるか否か、そのすべてはお前次第。大望を抱くお前へと立ちはだかる、神からの試練ともいえるだろう」
「覚悟の上だ。道半ばで死ぬのであらば、その程度のさだめであったということ」
男の瞳の揺らがなきを見、俺は頷き、先導した。
ゼダンは山頂の遺跡へと挑み去り、数日の経過ののち、再び姿を現した。その手に、銀に輝く剣を携えて。
神の顕現とも見紛うその様に、やはり俺の目に狂いはなかったと確信した。同時に、抱いていた望みが己の胸の内にて強まりゆくのを確かに感じた。
俺の心は、彼の力となることを、俺より強きその男の覇道を共にゆくことを強く望んでいた。
「太陽神が佩剣を手に入れし者よ。クラウ・ソラスの守護を担いし我ら天翼族、戦神にして雷神たるグランアインの名に誓い、神剣の使い手たる貴殿の力となろう」
自ら膝を突き、
ゼダンの命じるがまま、俺は帝国への恭順を示し、同胞らへと呼びかけた。正当なる神剣の所持者にして、俺をも超越する強者の出現。自らの力を存分に振るいうる舞台への参戦。望む者は俺に続けと口にすれば、目を輝かせぬ者はいなかった。力に心惹かれるのは我々天翼族に共通する思想ゆえ、それは自然なことであったともいえよう。
俺たちは天空兵団として、神聖帝国の翼となった。
数度の海戦を終え、大陸本土へと上陸を果たした現在も尚、兵士らの士気は衰えるどころか、益々の興隆を見せている。
「よいか、これは聖戦だ。我らこそは神の希望そのものであり、この地を開き、調和を導く者である」
軍の先頭に立つ神聖皇帝は緑の平原を示し、国章の
未だ帝国は全戦全勝。その進軍の止まる気配は露ほども感じられない。
俺の上に立つ君臨者に出会えたこと。彼がために無敗の進撃を続けることは、喜ばしいことではあった。不服はない。だが、欲を言えばもう一つだけ。
俺が長年抱き続けてきた最上の望みは、まだ叶えられていないのだ。
「神話を現代のものとするは、我ら神聖ヴァンスター帝国だ!」
その声に応えるように、友の隣にて拳を突き上げながら、俺は遠き前方へと目を向ける。
果たして。この三葉の平原のどこかに、あるいはその先に、俺を殺しうる者は――俺を楽しませてくれる者は、いるのだろうか。