ずっと傍で守り続けてくれた、私の大切な二人のお父さん。〝光ってたから灯りにしようと思った〟なんて言ってたけど……まぁ、多分本気だったと思う。
疑う必要もないくらい、本気が見えたし、もしも本当に光ってたなら迷わずそうするだろう事は分かってる。でもね、人が光ってたとか有り得ないよね。
全く……夢見るおっさん達は困ったものだわ。どうしてベックは、あんな巫山戯たおっさんを許しちゃうのかしら。
そんな事を考えながら、そっと温泉に浸かる。少し前までは無かった竹で作られた目隠しは、恐ろしい程の圧迫感を与えてくれるけど、これが無いと文字通り血の雨が降るのだから仕方ないかな。
私にも流石に、母親がいないと産まれられない事は分かる。シャンクスとベックのどちらとも血の繋がりは無いって聞いてるし、髪の色を思えば無いんだろうなって思うけど……。
なら、私の両親は誰で、何処にいるんだろう。そう考えた時、シャンクスの光ってたって言葉を思い出す。
だってね、月を見る度に月に、帰って来なさいって言われてる気がしてるから……もしかして、本当に私は人とは違うんじゃないかって……そんな事を思ってしまうの。そんな事言ったら、私の二人の父親は月さえ撃ち落としそうな気がして言えないけど。
これが……誇張なら良いのに。この間も私への求婚者を全員追い払って、それでも残った五人の貴族に無理難題を言い渡したらしい。
当然誰もクリアなんて出来なくて……。被害者の中には、笑い者になってる人も居るらしいのよね。
何が悲しいって……もしそれで、その試練を乗り越えるのがいたら……本当に私を誰かの〝お嫁さん〟にしてたかもしれないって考えちゃうところ。それに、その人達に申し訳ないの。
人の噂は誇張されてるから本当かは分からないけど、怪我した人がもし、シャンクスやベックを怨んだら……二人に何かあったらと思うと、それが怖いの。……何よりも、人様にご迷惑かけるなんて許されないわ。
「なんだ、入ってたのか」
「あ、シャンクス!いい湯加減だよー」
声に反応して振り向けば、タオルで隠す事さえしてない育ての父がいる。……うん、いい身体してるわ。
無駄な脂肪とか無いし、だからって痩せ細ってるなんて事も無い。明らかに他の人達よりも背も高いし、顔だって……悪くは無いと思う。
「……あんまり見るなよ」
「怪我とかしてないか心配なだけよ?温まったら教えてね。背中洗ってあげるから」
「……そろそろ恥じらいと警戒心を学ぼうな?」
「なんで?」
呆れたように言われるけど、分からないわ。いつも1緒に入ってたし、シャンクスになら何されてもいいのに警戒心なんて抱ける筈もな……い……?
あれ?
何されてもって、何されるんだろう?
……骨を折られるとか、かな?
「ナミ?」
考え込んでたら不思議そうな様子で呼ばれるから、それに笑ってしまう。警戒しろと言う人が、心配してるってなんか不思議。
「シャンクスの何を警戒したら良いの?」
「ナニを心配してくれ。頼むから」
「……よくわかんない」
何を言われてるのか分からなくて、私は先にお湯から出て頭を洗う。お湯に入る前に簡単に身体は流したけど、ちゃんとは洗ってなかったのだ。
そんな時においでと言われるから、素直に近付けばシャンクスは私の頭を温泉の中から手だけ出して洗ってくれる。その手つきが優しくて、少し眠くなるのは小さい時から変わらない。
「お嫁さんになんて、行きたくないな」
「……ずっと、俺達と暮らすか?」
「そうできたら嬉しい」
「そうだな。それが良いよな。……誰にも、渡さなくても構わない筈だ。俺が見付けて、俺が育てたんだから」
「うん、私はシャンクスの傍に居たいよ」
そんな事を言いながら、お互いに頭とか背中を洗い合う。シャンクスになら何されても構わない。それは間違いようのない私の本音。
─────
人様を傷付けたりしちゃいけません!!と、叱られた数日後。求婚者が殺到するようになっても恥らう事もなく、警戒する素振りも見せないナミと入浴して……俺は自分を褒め讃えたい衝動に駆られている。
良くぞ、襲わなかった……!!
ベックから、そろそろ別で風呂に入れと言われるようになってどれぐらい過ぎたのか。久しぶりに見たナミの身体は、俺の身体の1部を容赦無く刺激した。
それも、身体を洗われてる時にどう隠すかと慌てる俺に対して、本気で何も気付かないナミがいた。あれば、どうなってんだ。
「なァ、ベックー……。ナミが、警戒心とか持ってねェの、困らねェ?」
「俺も流石に性教育はしてねェから、知識がねェんだろ。諦めろ」
「……あ。成程。男しか居ないもんな、この家」
「だから誰か雇えと言っただろ」
呆れを隠さないベックに、俺は嫌だ!!と1言。人なんか雇って、女なら俺とかベックに色目使ってナミをいじめかねねェし、男ならナミが危険だ。
何より俺は、ナミが小さい身体で必死に作ってくれる手料理が大好きなのだ。だと言うのに……どうして人を雇えると言うのか!!
そんな俺達はまだ知らなかった。これが、嵐の前の静けさである事など。
─────
シャンクスが人様にご迷惑をおかけしたらしい事を知って半月程した頃、この国の王様……帝と呼ばれる人のお使いが来た。その人は内侍中臣房子って名前らしい。
勿論シャンクスが門前払いした。いやもう、文字通り本当に門を通さなかったのよね。
それでもめげないと言うか、お仕事に忠実と言うか、それからも毎日のようにその人は来た。来る度に色々持って来るけど、それに対して持ってきた物を貰うだけ貰って追い返すシャンクスって、本当に凄いと思う。
「ベック、どうなの、あれ?」
「まァ……あの使者を切り殺してないだけマシだろ。……帝も何考えてんだがな」
「あれ?もしかして、帝さんと知り合いなの?」
「帝さんって……!ま、まァ……そうだな。シャンクスの……古い、友人というか、弟子と言うか……そんな感じだ」
帝と言うのが位を意味するから、さん付けしたらおかしいらしい事をそのついでに説明される。でもって、この国で1番偉いから様はつけても良いけど、基本的には帝って呼ぶのが正しいらしい。
それにしても帝の師匠って……シャンクスがそんなに凄い人だとは考えてもみなかった。でもなら、なんでこんな山奥で竹細工の職人してんだろう。
そう思うけど、問いかけるより早くベックはシャンクスの頭を殴りに行ってしまったのでそれを見送る事になった。そんな騒動もあり、シャンクスは不機嫌な事が増えたんだけど……でも、それよりも怖いと感じるのはシャンクスから最近向けられるようになった眼差し。
……どうして、シャンクスが怖いんだろう。私の事をこんなにも、大切に育ててくれた人なのに。
「ナミ」
「シャンクス……」
「……ナミは何も悪くないのに、どうしてだろうな。泣かせちまいそうだ。だから、あまり俺に近付かないでくれ」
どうやらシャンクスも、その感情を持て余してるのだと気が付く。だけど、今の私に何が出来るだろう。
ただ、壊れそうな心を見てしまった気がして、無意識に伸ばした手をシャンクスが掴む。そのままその視線だけで、喉元に食いつかれたような心持ちにされてしまう。
「今言っただろ。……無闇に近付くな。怪我、したくないだろ」
「シャンクス……に、ならっ……傷付けられても、構わない」
怖いのは確かなのに、だからこそ声も引き攣ってるのに、私は本音しか紡げない。真っ直ぐにシャンクスを見詰めて告げた言葉は、紛れも無い私の本心。
拾って育てたのがシャンクスなら、私を壊すのも、捨てるのも、シャンクスにしか許されない。私に関わる全てが、シャンクスにより形作られてるんだもの。
「……っ!?……馬鹿野郎っ!!手放してやろうと、してたのにっ!!」
その想いが伝わったのか、その言葉と同時に覆い被さるようにして来たシャンクスと、私の唇が重なる。けれどもそれは書物にあったような甘いものなんかじゃなくて、息苦しくて、怖くて……でも……。
「ふぁっ……きも、ち……ぃ……」
「……っ!馬鹿ナミ」
思わず声に出してしまった私のそれは、シャンクスを何故か苦しみと悲しみ、そして喜びの渦に落とした様子だった。そんな時に、私が微笑んだのは何でだろう。
ただ分かるのは、私はシャンクスが愛しいと言う事だけ。シャンクスの傍から離れたくないという事だけなの。
唇が離れた時、シャンクスは私を見て、苦しげに言う。まるで悪い事でもしてるみたいに、つらそうに。
「俺は……ナミが好きだ。愛してる。誰にも、渡したくない」
「私も、シャンクスが好きよ。大好き」
「ナミの好きと、俺の好きは……種類が……」
言葉を詰まらせたシャンクスに私は今度こそ手を伸ばして、私には随分大きく思えるその身体に抱き着いた。シャンクスに、伝われば良いのだけど。
私がどれだけシャンクスを好きなのか。必要としてるのかが……。
同じように育ててくれたのに、ベックでも駄目なの。私はただ、シャンクスが欲しい……。
誰にもシャンクスを傷付けないで欲しいと、守りたいと願ってしまった。その〝誰にも〟には、私も含まれてる。
「悲しまないで、私の全てはシャンクスのものだから」
「ナミ?」
「シャンクスに拾われたんだから、私はシャンクスの物でしょ?……不法投棄は犯罪ですよ、翁」
クスクスと笑えば抱き上げられた身体。そのまま奥の部屋にある塗り籠めに連れ込まれ、何も見えないその場所で私は痛みを覚悟した。
けれど与えられたのは、ただひたすらに優しい、甘過ぎる快楽。その最中幾度も呼ばれた名は〝輝姫〟では無く、家族だけが呼ぶ〝ナミ〟と言う諱。
後にシャンクスのその名も諱だと知ったけど、今更他にどう呼べば良いのか分からなくて……困ってしまう。そのままで良いと、何があっても手放さないと誓うように告げてくれたシャンクスは、もう、その瞳に悲しみや痛みを宿らせてはいなかった。
……その翌日、ベックにボコボコにされて庭にシャンクスが干されたのは、なんとも言えない気持ちにさせられてしまったけど。そんな日の午後、今度は私に会いたいでは無く、シャンクスに出向けと命令がくだる事となったのは何の因果なのか。
─────
呼ばれるままに出向けば、弟のような、息子のような、可愛い少年が楽しそうに笑って手招く。これがこの国の王だと言うのだから、困ったものである。
「ひっさしぶりだなァ!!で、何で会わせてくれないんだよ」
「俺の娘だ」
「なら、俺が召抱えて何の問題もねェじゃんか。寧ろちょうどいいだろ。あ!お前達下がってろ」
そう言って周りの人間を下がらせてから、飛び付いてくる明るい少年。こりゃ、言っても無駄か。
いや、言えば引き下がるかもな。俺の事大好きだし。
「輝姫は駄目だ。俺の娘として育てたが、実質今は俺の女なんだよ」
「なら、その後でも良いぞ。俺は嫁取り急いでねェから」
「は?」
「シャンクス、女にこれ迄長く入れ込んだこと無かったろ。なら、俺にくれるのは飽きてからでいいから、とりあえず会わせろよ」
この時程、これ迄の自分の行いを恥たことは無かったし、この国の文化が時代により異なる事を痛感させられる事はない。とりあえず、諦めさせる為に会わせるのが早いか。
因みにこの時代、性に関しては本当に奔放であり、父親が誰だか分からなければ、その中で1番都合のいい相手に〝あなたの子です〟と言えば、言ったもん勝ちな時代でもあった。なので、女の讓渡等は差程珍しくも無い事案である。
「……俺の子を孕んでたら問題だろ」
「何言ってんだり子供産めるって証拠になるし、シャンクスの子なら問題ねェよ。その子と俺の子で、この国の未来を支えて貰おう」
……駄目だ。こいつもう、会ってもいないナミを自分のモノと決めてやがる。
その後シャンクスが帝に根負けして、1度会ってやって欲しいとナミに頼んでみたが、答えは否。ふいっと顔を背けて、家から出たくないなんて可愛い事を言われたシャンクスがナミを押し倒したのは必然である。
翌朝書を認め、使いを出したシャンクスは再びナミを喰らおうとして、ベックに縛り上げられ、ナミは漸く泥のように眠る事が許されたのであった。体力馬鹿と、屋敷から殆ど出た事も無いお姫様の体力差を考えてやるべきだろう。
─────
届いた書状を見て、帝……ルフィは笑う。余計に欲しくなったと思いながら。
『帝がお召しになって仰られたとしても、畏れ多いとも思いません』
『多くの人を殺してきた心であるよ』
そう返事を出して、その心を傷付けてみようと試みたが相手は頑なに会う事すら断る。シャンクスが求めた女なら、最高級なのは分かりきってるし、数年なら待ってやるのに何が不満なのかと不満を胸に宿していた。
その頃ナミはシャンクスに、はらはらと泣いて見せていた。ナミとしては恋人に、他の男に嫁げと言われてるようなものだから仕方の無い事でもあるだろうが。
「無理にお仕えさせようとなさるならば、消え失せてしまうつもりです」
「仕えろなんて言わねェよ。ただ、俺にも立場があってだな」
「シャンクスは、私が帝に、シャンクスにされてるような事されてもいいの?」
「良い訳があるかよ。ナミは、俺だけ知ってればいい」
無駄に熱苦しい二人の時間は、終わりが見えなかった。それでもそのままには出来ないと、帝に会って貰ってから諦めて貰おうと考えるシャンクスと、会えば確実に自分のモノに出来ると信じて疑わないルフィ。
二人はどうにか帝と輝姫を会わせようと考える。思惑は正反対でも、途中経過としては同じ事を望んでいたのだ。
そしてルフィとシャンクスは、狩りに行幸するふりをして会う事を決めた。そして……その作戦は成功する。
家の中で琴を演奏しつつ歌う輝姫を見たルフィは、心を奪うつもりが奪われた事を理解する。これ迄に見た誰よりも美しいその姿に手を伸ばした時、輝姫は光だけを残して姿を消した。
シャンクスとベックに育てられたナミは、剃と月歩を使いこなして触れられる直前に逃げ出しただけなのだが。だが……それがルフィの心に火を付けた。
それ迄よりも強く、素晴らしい女だと思い、気持ちを抑えられなくなる。家の中で始まった鬼事にベックは眉を寄せたが、これで諦めて貰える予定だったシャンクスはどうしたらいいんだと頭を抱えるばかりであった。
結局ナミはルフィに捕まる事無く、逃げ果せる。ルフィは次こそ捕まえてやるからな!と言い残して去って行った。
それからはとりあえず意思疎通を図る為に、ルフィは文通を始めた。こうして輝姫は帝と言う文通友達を手に入れ、愛しい翁とその相方の傍で幸福な気持ちのまま三年の時を過ごしていく。