帝……ルフィは、返された手紙を見て溜息を落とす。それは明らかに恋文では無く、交換日記に近い物を感じていたからだ。
それに最初に送られた拒絶の手紙とは、明らかに手が違う。って事は……。
「シャンクスの奴、本気で俺に味見もさせないつもりだな。……ケチだよなァ」
無論、そんな事で諦めるようならこの国でトップなんてやってない。そもそも、師匠と弟子なんてもんは、趣味が近くて当然なのである。
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十二単を着ている筈なのに駆け回る足音が聞こえて、俺は首を傾げる。確かに十二枚着てる訳では無いが、重い事に違いは無い。
そもそもそれだけ着せるのは、家から普段は出ない女を更に動きにくくする事で簡単に手篭めにする事が出来るようになっているからなのだ。どの時代、どの国でも、衣服とは男に都合よく作られているものである。
その証拠に洋服の合せが男女逆なのは、男が脱がせやすいようにであるし、ドレスの下に身につける下着にパンツもブラジャーも存在しない。着物に至っては湯文字……つまり腰布だけである。
ドレスの裾を持ち上げたらすぐ挿れられるし、着物の合せを広げればすぐに挿れられるように作られていると言う訳だ。纏足も逃げ足が遅くなるように、転びやすくして逃げようとしても簡単に連れ戻せるようにと作られた文化である。
「シャンクス……難しい顔してどうしたの?ご飯、できたわよ」
「俺の嫁が可愛くて、変な奴に狙われ過ぎて嫌だなって顔だ」
「え!?お嫁さん貰ったの!?」
驚きを隠さず、けれどもお椀に味噌汁をよそう手は乱れなく動く。良い嫁だろ、どう考えても!!
「……お前だよ!馬鹿か!?」
「私!?いつからお嫁さんだったの!?」
初めてナミの事を抱いたあの日から、俺は嫁のつもりだったのに、三年も俺に愛される日々を過ごしながら自覚が皆無だったとか……信じられるか?
うちの輝くお姫様は、今日も妙な所が阿呆である。だが……飯も身体も最高に美味い。
そんな俺の思考が伝わったのか、苛立ちを隠しもしないでナミは秋刀魚の塩焼きと粟ごはんを俺の元に残して、ベックの元へと逃げて行く。そういう所は相変わらず、俺の娘だった時の面影を強く残しているとは思うんだ。
明日は鰻でも捕まえて来るかな。ナミなら美味く作ってくれるだろ。
その日の夜……。最近は、よく見かけるようになった姿を目にして、俺は理性を失いかける。
何でだろうな。ナミが、消えちまうような……そんな気がするんだ。
月を見上げては物思いに耽るナミが、余りにも美しくて……そのまま光に溶けちまうような……そんな気がする。もしも月がナミを奪うと言うならば、俺は月でさえも斬り刻むだろう。
そんな事を思いながら、俺は月に見せ付けるようにナミを抱く。恥ずかしいと暴れるナミだが、結局俺には逆らえやしないんだから……大人しく身を任せていれば良い。
そんな日々が続いたある日、ナミは激しく泣くようになった。それ迄殆ど涙を見せなかったナミが、苦しそうにハラハラと涙を落とす姿は俺とベックを困惑させるには十分過ぎる。
「どうしたんだ、ナミ。俺にも話せないのか?……この馬鹿のせいで泣いてるなら、その辺に畳んで捨てて来てやる」
「ベック……違う、違うの……!!」
そう言ってナミは泣く。だが待てベックてめェ……今さりげなく俺を始末しようとしやがったな?
殺気立つ俺を無視して、ベックはナミにかかりきりだ。過保護な母は、相方の事なんて欠片も気にしちゃいなかった。
「私はこの国の人ではなく月の都の人であって、十五日に帰らねばならない。ほんの少しの間という事であの国からやって来た事を思い出しました。けれども忘れていた事もあり、この様にこの国で長い年月を経てしまった。それでも自分の心のままにならず、お暇申し上げるしか「許す訳、ねェだろ」」
言葉を遮り、俺は立ち上がる。それに合わせてベックが身支度を始めるから、低く命じた。
こんな時は、先程迄の遊びやお巫山戯の雰囲気は消える。俺達はこうやってこれ迄生きてきたんだ。
「今すぐ帝に告ろ。月が輝姫を奪いに来ると」
「是」
その瞬間に消えたベックにナミが驚いてる間に、そっとその細く小さな身体を抱き締める。震えるナミは、俺が怖いのかと不安になる程だ。
だが、少し待てばナミは素直に教えてくれる。元来ナミは嘘や隠し事が得意ではないのだから、当然だろう。
「シャンクス……私、選べない、よっ」
「ナミ……」
「家族なの。皆が、待ってるのよ。私が、帰るの、待ってるっ!!」
「ナミ……」
「でも、シャンクスやベックから、離れるなんて……私、出来ない。愛してるの……!!はなれたく、ないよ……」
そのまま泣き続けるナミを、俺はただ抱き締めていた。その涙が落ち着く頃にはナミは眠っていて、俺はその瞼が腫れないように熱いタオルを乗せたり、冷たいタオルを乗せたりして腕の生えた膝枕と化している。
結局その十五日には、帝が各役所に命じ勅使として中将高野大国を指名し、六衛府を合せて二千人を竹取の家に派遣する騒ぎとなった。家に行って、築地の上に千人、建物の上に千人、家の使用人がとても多かったのと合わせて、空いている隙もなく守らせたのだから、本気の度合いも分かろうと言うものだ。
ベックはナミを抱きかかえ、塗り籠めの奥に陣取り、俺もまたそれを内側から戸に錠を下ろして戸口に立っていた。そんな状態でナミは、震えながら言う。
「私を閉じ込めて、守り戦う準備をしていても、あの国の人に対して戦う事はできないのです。弓矢で射る事もできないでしょう」
「妖術使いか。それでも俺は……ナミを手放したりはしない」
「このように閉じ込めていても、あの国の人が来たら、皆開いてしまうでしょう。戦い合おうとしても、あの国の人が来たら、勇猛な心を奮う人もまさかいないでしょう」
「ナミは俺達から、離れたいのか」
問かければ涙を落としながら、ナミは首を横に振る。こんな泣き方するのを見たのは、初めてだ。
身も世もなく泣きじゃくる姿は、幼いのに美しい。ナミが離れたくないと言ってくれるのならば、俺は相手が誰でもそれを阻ませはしねェ。
「嫌っ!離れたくなんてない!でも、私……帰らなきゃ。皆が……!!」
「ナミ」
「帰って、それから、お嫁に行かなきゃ、なの」
「「は?」」
「育つまでの時間、ここにいただけなのよ。私がアーロンの所に行かないと、皆が殺され「分かった。そいつ始末したら良いんだな。容易い」」
ふぇ?と言って俺を見たナミに、俺は殺気立つのを抑えられないままに微笑んだ。なんだ、月を破壊するよりはずっと楽な話じゃねェか。
ナミの家族を血祭りに上げるのとは違って、何も問題にならない。万事解決だな。
「シャンクス?」
「ナミ……俺達が隠居してたのはな、帝の万の兵力よりも俺達が強過ぎて帝が俺達に頼り過ぎちまうからなんだよ。まァ……帝も本気出すとシャンクス並に強いが……な」
「ベック?」
「つまり、俺が三人居るようなもんだ。始末するのは容易い。ナミは、どちらの家族も大切で選べないんだったな?」
「え?……う、ん。えらべない……よ?」
キョトンとしてるナミに、この状態の俺を見て怯えたり泣いたり、気絶したりしないその胆力に驚かされる。多少震えているが、それは他の要因もある事だからと思えば少しも気になりはしない。
俺の娘、俺の妻、俺の最愛。相手が誰でも構わない。
俺はナミを手放さないし、邪魔する奴は斬り捨てる。ナミが家族の元に居たいと言うなら、その願いだって叶えてやるさ。
「約束した筈だ。ナミの事は誰よりも幸せにしてやると。俺の※北の方は、ナミだけだ」(※正妻の意)
「……いいの?」
「ん?」
何を問われてるのか本気で分からない。そう思って首を傾げれば、ナミがポツポツと言葉を紡いだ。
震える声で、揺れる瞳で、不安を隠さずに。……当たり前過ぎる問い掛けに、泣きたいのか笑いたいのかも分からなくなる。
「私、迷惑しかかけてないのに、傍に居たいって……離れたくないって……願っても、許されるの?」
「ナミは〝俺の娘〟だ。シャンクスがなんと言おうと、俺は手放さないからな」
「ベック……」
「待てコラ。恋人は俺だ」
間違いなく、ん?と聞き返した所までは俺だったのに、どうしてベックはいつもいつも良いとこ取りすんだ!?
ナミの事を抱き締めて離さないベックを引き剥がし、俺の腕に捕らえる。誰が相手でもナミは譲らねェぞ!
そんな俺達にナミは涙を浮かべて笑った。お母さんが増えたと言って。
……こんな戦う上に、ごつい母親嫌だろうとベックを見て思ったが、どうやらナミの母親も戦うらしい。母と姉は美人で可愛くて優しくて強いんだと言うそれを見て、これは引き離せないなと諦めの溜息をついたのは不可抗力である。
そして子の刻、家の周りが昼の明るさよりも明るく輝く。余りの眩しさに目が潰れるかと思う程であったが、大空から人が雲に乗って降りて来ては対応にも困ると言うもの。
彼等は地面から五尺くらい上った所に立ち並んでいる。内外の人々の心は、得体が知れない存在に襲われるようで、戦い合おうという気もなかった。
何とか心を奮って弓矢を構えようとしても、手に力も無くなって萎えてしまった。気丈な者が堪えて射ようとしたが矢はあらぬ方へ飛んでいき、ただ茫然とお互い見つめ合っている。
その様子を見て、情けない事この上ないと帝は自ら前に出るが、雲に乗っている者の代表はそれを無視する。そして言った。
「シャンクスと言ったか。……出て来い。儂は……ナミの父親だ!!」
「ナミの父親は俺だっ!!」
思わず飛び出した俺に髭親父はニンマリと笑い、拳を握る。どうやらこちらの事は筒抜けらしい。
笑ってるのは表情だけで、怒り心頭なのが伝わればその位わかる。それに、諱も知られてるからな。
「父親が娘を襲うか!この、大馬鹿者がっ!!うちの娘に何してくれとんじゃ!!」
「何だよ!ナミが望んでねェ相手に嫁がせようとしてる癖して!!ナミは俺のなんだよ!」
「巫山戯るなっ!誰が好き好んで嫁がせるものか!ナミだけを犠牲にする事を、娘を不幸にする事を誰が望むものか!!」
聞き出せた本音は、痛みを隠さない。恐らくこれは、ナミも知らなかったのだろう。
俺は務めて冷静に声を掛けた。そうする他、選択肢等無かったと言うのもあるが、やはりナミの父親だからというのが大きい。
「……だから、手を貸してやろうって言うんだろうが。俺は、俺の大切な者を喪うつもりも奪わせるつもりもねェ」
「ゲンさん……ナミが、泣いてるよ」
髪の色は違うが、確かにナミと良く似た瞳の少女が顔を覗かせる。だが……。
「確かに美人系だが、ナミは可愛い。と言うか、ナミより可愛い存在を俺は知らん」
「……ナミの事、そんなに……好き?」
「いや、好きじゃねェな」
その瞬間、銃口を迷い無く向ける女に気付く。これが、母親か。
確かに戦う女らしいが、ナミには実力も劣るか。成程、これが……ナミの守りたいモノって訳だな。
「……俺は、ナミを愛してる。障害になる物は全て、破壊してやるよ」
「え……何だよこの流れ!俺当て馬以下じゃんか!!」
騒ぐルフィを無視して俺は問い掛けた。ナミを誰にも奪われない為に。
「アーロンってのは、何処にいる?」
そして俺はナミとベックを伴い雲に乗り込んだ。その時ナミがルフィに振り向き、最後となる手紙とふたつの箱を差し出した。
それを受け取ったルフィは、小さく舌打ちしてから仕方ないなと肩を竦めてみせる。それが何だか、俺にも覚えがって……変な所まで似たもんだと苦笑しちまう。
その時見せたナミの反応で、どうやらナミはルフィを弟か友人のように大切に思っていたらしいと知る。それを感じていたらしいルフィは、諦めたように頷いた。
「幸せになれよ。それと、俺の〝師匠達〟を宜しくな!ナミ!!」
「ええ、ルフィも……元気でね」
「なんで、名前知ってんだよ」
「さっきから、おっさんもシャンクスも輝姫をそう呼んでたじゃねェかよ。今更何言ってんだ」
そのやり取りを受けて俺は唸り、ナミは笑う。永久の別れとしても、その表情は暗くは無い。
そうして俺達は三人揃って月の都へと向かい、その1角に巨大な城を作っていた馬鹿を捻り潰して、空き家となったその場所には俺がベックとナミを連れて行き、住む事にした。元々嫁に出すつもりだったらしい家族は、ゲンさんと呼ばれていたオッサン以外はアッサリと認めてくれて、平穏に過ごし始めている。
夜になるとルフィ達の様子がこちらからは良く見えた。それによりナミが時折心配そうにそれを見ているのを眺めて、こればかりは仕方ないかと許してやる。
俺達しか知らなかった筈の少女が、それ以外で長く交流を持った大切な〝友人〟なのだから。因みにルフィに渡した箱にはそれぞれ〝天の羽衣〟と〝不死の薬〟が入っている。
「〝師匠達〟も〝親友〟も居なくなっちまったのに、俺だけ〝不死〟になってどうすんだよ。馬鹿輝。……誰かある!!」
「はっ!」
「どの山が天に近いか」
「駿河の国にあるという山かと思われます」
「ならばその山にて、この薬と手紙を燃やしてこい」
それにより出発した男達が不死の薬を燃やした事から、その山は
そんな帝が儚くなるその時まで、三人は彼を天より見守っていた。無論その間も彼等は仲睦まじく月の都で穏やかな時を刻んではいたが。
輝姫はこうして、愛しい家族達に囲まれて笑っていた。そして、強欲な男達は輝姫の願いを何ひとつ取りこぼさないままに、自らも輝姫を失わない選択を迷わなかったのである。
だから月を見上げると、今も変わらずぴょこぴょこと彼等の周りで飛び跳ねるナミと、彼女の為にと餅を作る彼等の姿が影となり、見える時もあるでしょう。彼等が今も、その場所にて幸福に笑い合っている証として。