※この作品はR-18です。

輝姫(パロ)   作:夢枕 七変化

7 / 9
翁:イゾウ 相方:ナース
前編


 今となっては昔の事であるが、竹を取り様々な用途に使い暮らしていた翁と呼ばれる男とその相棒がいた。翁の名はイゾウ、相棒は異性ではあったが妻ではなく、昔からの馴染みであり相棒としか呼べぬ間柄であったそうな。

 彼等は若い頃に色々やらかしたので、後はもうのんびり隠居でもしようと早々に竹薮の中を切り開いて住み着いていた。その場所では水も出たので井戸も作れたし、湯も出たので温泉もある。

 そんな訳で、彼等は隠居生活に困る事は特に無かったのである。だが、彼等は大切な人を尽く喪い、それ故に隠居している身でもあった。

 イゾウの相棒たる女、元治癒士のナースは二人分の洗濯物を抱えて立ち上がる。そんなナースに、イゾウは視線を向けた。

 

 「井戸でやるのか?」

 「その方が楽だけど……川の方が魚も捕れるから、川に行くわ」

 「なら、俺も仕事してくるかね」

 

 そう言ってそれぞれが動き出したのは、日の登り切った時間帯。そこまでのんびりと過ごしていたのだから、優雅であると取るべきか、貧乏であるのは自業自得と言うべきか、悩ましいところである。

 そうしてナースは川へ、イゾウは竹藪へと足を向けた。イゾウは翁と呼ぶには、余りにも美し過ぎる男であると言えるだろうが、その事を気にする余人もこの場には存在しない。

 そうして翁が竹林にでかけると、光り輝く竹があった。不思議に思って近寄ってみると、その光は竹の1部だと分かる。

 とりあえず光の少し上を切ってみるかと、使わなくなって久しい刀を抜いて1振りすると、素直に落ちる竹。突然何かが生えて襲いかかって来るとかでも無いので、輝いているなら灯り取りに使えるかと中身を確認し……硬直した。

 中には三寸(約9cm)程の可愛らしい女の子が座っていたからだ。蜜柑色の髪のあどけないそれを見て、流石に灯りにするにはどうかと思いながら家に持ち帰る事にしたのである。

 二人は話合い、自分達の子供として大切に育てる事にした。とは言え子育てなんぞ無縁な男。

 経験があるのは幼かった弟の世話だが、乳飲み子の頃から育てた訳でなし、扱いにほとほと困り果ててしまう。それでも敬愛した父や主は、このような幼子を見捨てたとあらば天に召されて後何を言われるかわかったものでは無い。

 治癒士と言えども、ナースも子育ての経験はない。けれども二人で協力すれば敬愛していた父親に顔向けできないような事にはなるまいと、二人は力強く頷いて対応を開始した。

 育て始めてひと月もする頃には、子供は人の子供と同じ位の大きさになっていた。あどけなく笑う少女からは蜜柑の香りが漂い、素直に懐く可愛い少女に二人は完全なる親馬鹿と化してしまう。

 

 「本当にナミは天女なのだろうね。天女を守るのは、只人たる翁の努め。……何処にも行かせはしないよ」

 「イゾウ……?なら、ナミはずぅといっしょにいられるの?」

 「勿論さね。俺の可愛い天女を誰かの手に触れさせるなんぞ、許す筈も無いだろう」

 「イゾウ隊……イゾウさんは、少しばかりナミ離れしてくださいな」

 

 呆れを隠さずに苦言を呈するナースに、イゾウは鼻で笑う。その様子は翁と呼ぶには些か……悪辣過ぎる。

 往々にして物語においては、翁の方が善人である筈なのだが。本当に予定通りにならない男だ。

 

 「俺の天女に手を出そうってんなら、鉛玉か加減の出来ない刃に沈む事になる。ただ、それだけの話だろう?」

 「ほんっとに!物騒ね。まだ数年は先なんだから、そんなに今から騒がないでよ」

 「何を言うんだか。ナミの成長速度を考えたら、それこそ半年もしない内に有象無象が集まって来るだろうさ。熊ならばともかく蝿では鍋にもできやしないのが問題だな」

 「ふたりとも、ケンカはだめー!」

 「「ナミ」」

 「ナミ、ふたりがケンカするなら……!きょーから、ひとりでおふろはいるんだから!」

 

 この言葉に慌てた2人は、慌てて仲良しだよと仲良しなフリをしてみせる。それを見て満足そうに頷いた少女は、ニッコリと笑った。

 

 「なら、おふろ!みんなではいろ!」

 

 その瞬間、二人は同時に崩れ落ちる。げに強きは、幼子の無邪気さであろうか。

 この時の荒唐無稽としか思えなかったイゾウの与太話が真実となるのは、それから僅かな未来の事である。掌サイズだった少女が、人の子のサイズになるのにひと月。

 その後僅かひと月で10歳程度のサイズに成長したのである。それでも二人はただ、ひたすらに少女を愛でていたし、少女も素直に二人に懐いている。

 その少女が憂いを帯びた瞳で空を見上げれば、切なくもなろうというもの。縁側に腰掛けているナミの傍にイゾウが近付くと、幼子とは思えぬ悲哀を帯びた声が響く。

 

 「ねぇ、イゾウ……私がいると諸経費が増えて、負担になるわよね」

 「何を、言ってるのかな?俺のお姫(ひー)さんは」

 「だって!知ってるのよ、私。ここの生活苦しいんでしょ!?」

 

 幼子と言うのは、案外親の事を見ているし周りの事も分かっているものである。何も分からないというのは、大人の願望に近いと言えるだろう。

 涙を零さないギリギリの所で、ナミは耐えながら言葉を紡ぐ。その様子に流石のイゾウも焦りながら、宥めるように言葉を選ぶ。

 

 「どちらもまともに働いちゃ居ないんだ。それは俺達の自業自得だよ。ナミは気にしなくていい。稼ぎ口はいくらでもあるのに、何もしないのは俺達なんだから」

 「え?なら、私……ここにいて、迷惑にならない?」

 「いなくなる方が、迷惑だ。傍に居ておくれな」

 

 そっと抱き締める腕が震えたのは、見た目にそぐわぬ賢さゆえか。ナミを子供だと侮っていたイゾウは、考えを改めざるを得なかった。

 それから更にひと月後、竹薮の中から拾われて三ヶ月が経過した頃には、妙齢の娘となっていた。とは言えこの時代の妙齢の娘、現代の感覚では10代半ばである。

 だがそうなれば、ナミのその状態をナースが放置する訳もない。髪を結い上げる儀式を手配し、用意出来る最高級の裳を着せた。

 金子を気にするナミに、問題ないわと微笑むナースだが、その言葉に嘘偽りはなかった。肥料作りの為にと山で穴を掘れば、何故か金銀財宝が出て来る等もあり……彼等の生活は働く必要が無い程に潤っている。

 結果としてこの頃までに何故かやたらと金銀財宝に恵まれていたので、彼等の懐事情は良くなっており、子育てすればする程豊かになって行っていた。なのでもう、金に糸目はつけずに誂えたその姿は、元の美しさもあってか、この世のものとは思えない程の美しさ。

 それにより家の中には暗い場が無い程に、光に満ちていた。イゾウとナースは心が悪く苦しい時も、この子を見れば消えると頬を緩めて幸福に浸っていたのである。

 ここに来て彼等は漸く、年頃の娘さんだからと、外で名乗れる名をつける為に人を呼んだ。呼ばれて来た御室戸斎部(みむろどいんべ)秋田に命じて二人は名前をつけさせた。

 秋田はこの時、ナミに〝なよ竹のかぐや姫〟と名づけたのである。これが、彼女が輝(かぐや)姫と呼ばれるようになった所以と言えるだろう。

 この時、人を集めて詩歌や舞など色々な遊びを催し、三日に渡り盛大な祝宴をした。……まさかこれが、悲劇の始まりとなるとも知らずに。

 その宴の席でナミを見た者達が、その余りの美しさに貴賤を問わず皆どうにかして輝姫と結婚したいと、殺到した。噂に聞いては恋い慕い思い悩み、その姿を覗き見ようと竹取の翁の家の周りをうろつく公達は後を絶たず、彼らは翁の家の垣根にも門にも現れる。

 誰も彼もが夜も寝ず、闇夜に出でて穴をえぐり、覗き込む程に夢中になっていた。これにより、女に求婚する事をよばひ(夜這い)と言うようになったと伝えられている。

 だがしかし、それをいつまでも笑っていられるような保護者達では無い。秘密裏に処理された彼等は命こそ奪われなかったものの、その姿を見せる者は極端に減って行った。

 それでも最後に残ったのは、色好みといわれる5人の公達で、彼らは諦めず夜昼となく通ってきた。5人の公達は、石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂と言う。

 そんな彼等を見てナミは怯えを隠せずに、その身を震わせた。それから甘えるようにナースに抱き着いたものだから、ナースはそれを優しく受け止める事となったのである。

 

 「ナース姉さん、私……お嫁になんて、行きたくないっ!」

 「……ああ、あいつらのせいだね?全員、始末してあげような、ナミ」

 「ちょっと、イゾウさん!辞めなさい!そういう事はナミの前では言わないで!……秘密裏に殺(や)るべきよっ!」

 

 怒りの声を上げるナースだが、それは宥めているうちに入るのか、それとも煽っているのか。そんな事を突っ込める存在は居ないので収拾がつくかは定かではない。

 そもそも、彼女の発言が物騒に感じたのは何故か。けれどもそんな事に気付けない程に、ナミは怯えていた。

 

 「お嫁になんて、行きたくない。ずっとここにいていいって、二人とも言ってたのに……!私、もう、いらない?」

 

 うるうるとその瞳を潤ませる様子に、二人は感極まり互いを払い除けつつナミを抱き締める。結果二人の間にいるナミが、小さく痛い……と言うものだから即座に二人の手が離れた。

 どうやら、この二人はどちらも本物のお母さんらしい。そんな訳で、とりあえず代表してイゾウがナミを抱き締めると、少しずつ様子は落ち着きを取り戻して行く。

 

 「俺がナミを手放す筈も無いだろう。大丈夫さね。おとなにしてな」

 「お嫁さんは、イゾウがいいな……」

 「ん?」

 「イゾウを、お嫁さんに欲しい」

 「……そいつは困った。俺が嫁さんになると、苦労するぜ?」

 

 クスクスと笑ったイゾウは、そっとナミの額に唇を寄せて優しく微笑む。そのまま抱き上げて部屋に連れて行こうとしたのは、ナースによって阻止されたが。

 まだ、手を出すには早すぎる年頃であるので控えなさいとは、誰の言葉であろうか。とりあえずこれにより、ナミは清らかさを何とか保てたのであった。

 それから数日後のある日、庭先に五人を集めてイゾウは言った。そう、輝姫ではなく、翁が言ったのである。

 

 「今から言う物を持って来られた奴には、求婚する権利を与えてやる事も吝かじゃねェさね」

 

 そう、持って来ても与えられるのは権利だけ。結婚させるとは言ってないのである。

 その上、吝かじゃないという事は、確実な約束でもない。この男、本気で手放す気が皆無であるらしい。

 だがしかし、翁は単なる平民。竹職人を気取ってるただのご隠居である。

 それでも輝姫の父親だからと、大貴族である彼等は耳を傾けた。そうしなければ、翁と同等に怖いもう1人の方によりその姿さえ見る事は叶わないからである。

 

 「それ迄はうちのお姫さんの家族での呼び名(特別な名前)は教えねェよ。あ、うちのお姫さんはそっちで呼ばないと、返事どころか反応もしないからな」

 

 既にそれは通称である輝姫は名前としてどうなのかと言う問題が発生したが、そんな事は彼等にとってどうでもいい事である。そうしてイゾウは、無慈悲に言い放った。

 

 「石作皇子には〝仏の御石の鉢〟を。車持皇子には〝蓬莱の玉の枝〟を。右大臣阿倍御主人には〝火鼠の裘(ひねずみのかわごろも)を。大納言大伴御行には〝龍の首の珠〟を。中納言石上麻呂には〝燕の産んだ子安貝〟を持って来て貰おうかね」

 

 蓬莱の玉の枝とは、根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝と言う代物。火鼠の裘とは、焼いても燃えない布である。

 まぁ簡単な話、どれも話にしか聞かない珍しい宝ばかりで、手に入れるのは困難だという事。それでも男達は諦めなかった。

 だがその努力に対し、結果は伴わなかった。その結果だけ見れば全員が失敗し、けれども言葉だけは後世に残したのだからある意味で凄いと言えるだろう。

 石作皇子は、大和国十市郡の山寺にあった只の鉢を持って行き嘘がばれてしまう。にもかかわらず、鉢を捨てて翁を押し退け輝姫に言い寄った事から、思い嘆く事を〝はぢを捨てる(恥を捨てる)〟と言うようになった。

 勿論無理に言い寄った事でナミは怯えたので、死なない程度に後にナースが始末したとか、しないとか。治癒ができる拷問師は、長く苦しめる為に治療ができるらしいが……はてさて、彼女の場合はどうなのか。

 車持皇子は、玉の枝の偽物をわざわざ作った。……のだけれども、その報酬を支払われていない職人達がやってきて偽物と発覚。

 その後姿を隠してしまったのである。そうして長い年月、姿が見えなかった事からたまさがなる(質が悪い)と言うようになった。

 阿倍は、唐の商人から火鼠の裘を購入した。この衣は本来燃えぬ筈であったが、翁が焼いてみると燃えたので贋作と分かり、阿倍に因んでやり遂げられない事をあへなし(張合いが無い)と言うようになった。

 大伴は、船で探索するが嵐に遭い、更に重病にかかり両目は二つの李のようになってしまう。それにより、世間の人々がこう噂した。

 

 「大伴の大納言は、龍の首の珠を取りなさったのか」

 「いや、御目に二つ李のような珠をつけていらっしゃる」

 「ああたべがたい」

 

 と……。それにより理に合わない事を〝あなたはがた(ああ耐え難い)〟と言うようになった。

 石上は、大炊寮の大八洲という名の大釜が据えてある小屋の屋根に上って、子安貝らしき物を掴んだが転落して腰を打ってしまう。しかも掴んだのは燕の古い糞であり貝は無かった事から、期待外れの事を〝かひなし(甲斐なし)〟と言うようになった。

 その後、中納言が気弱になり病床にある事を聞いた翁が鼻で笑って言い放つ。それは大変に冷たい言葉だった。

 

 「まつかひもない(待つ甲斐もない)」

 

 中納言はそれを知りかろうじて、人を通じて返事をした。その返事がこれである。

 

 『かひはなく有りける物をわびはててしぬる命をすくひやはせぬ』

 

 これの意味は、貝→甲斐(かい)は無かったけれど、思い悩んで死んでいく命を、かい(匙)で掬うように、救ってはくれないのか……である。そうして彼は息絶えた。

 これを聞いては流石の翁も少し気の毒に思った事から、少し嬉しい事を〝かひあり(甲斐が有る)〟と言うようになった。結局、翁が出した難題をこなした者は誰一人としていなかったのである。

 自分に詰め寄った1人を除いた人達の事を後に知ったナミが怒り狂い、涙したのは当然である。しかしそれが翁の怒りに油を注ぐ事になったのは、ある意味当然の事とも言えただろう。

 何せ、愛して守って来た存在が……他愛無い存在の為に己に歯向かい、涙したのだから。そんな翁を止められる者など、存在はしないだろう。

 可愛さ余って憎さ百倍……。この難題を超える為に過ぎた時の関係で、ナミは本当の意味で美しい年頃の娘になっていたのも、これは災いしたと言えるのやも知れませぬ。

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