帝……ルフィは、返された手紙を見て溜息を落とす。それは明らかに恋文では無く、交換日記に近い物を感じていたからだ。
それに最初に送られた拒絶の手紙とは、明らかに※手が違う。って事は……。※筆跡が違うの意。
「酷いな、イゾウの兄貴……。俺の事エースと似てて可愛いって言ってたのに、輝姫に関しては、舐めさせてもくれねェつもりかよ。まァ、隙見て味見するけど」
無論、直前の言葉からも分かるように、そんな事で諦めるようならこの国でトップなんてやってない。そもそも、義理とはいえ兄弟である以上女の趣味が似ていて何の違和感があると言うのか。
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十二単を着ている筈の存在が駆け回っている足音が聞こえて、俺は首を傾げる。確かに十二単とは衣を十二枚着てる訳では無いが、重い事に違いは無い。
名前の由来は、充分を超える時の言葉としてある、十二分と言う言葉を元にして、十二分に着る単衣だから十二単なのだ。それを考えれば元々家の中で過ごし、筋力を鍛えたりしない女性に着せるべきものでは無い。
それでも着せるのは、娘を何処にも行かせたくない親心と、自分の女を何処にも行けなくしておきたいという男の勝手な願望。そして、力づくで何かしようとした時に、簡単に押さえ込む為だ。
……そんな物に頼らねば女ひとり襲えないのならば、襲う資格は無いだろうがな。そもそも嫌がる女相手では、双方痛いばかりだろうし、やるなら壊す勢いで捕らえるか大切に慈しむかのどちらかにすべきだろう。
女を苦しめ、男だけが征服欲を満たしているような関係を良しとは思えねェ。だと言うのに、歴史を見ればそんな男が多い事を物語る。
そもそも、どの時代、どの国でも、衣服とは男に都合よく作られている物なのがその証拠だ。例えば、洋服の合せが男女逆なのは、男が脱がせやすいようにであるし、ドレスの下に身につける下着にパンツもブラジャーも存在しない。
着物に至っては湯文字……つまり腰布だけである。ドレスの裾を持ち上げたらすぐ挿れられるし、着物の合せを広げればすぐに挿れられるように作られていると言う訳だ。
纏足も逃げ足が遅くなるように、転びやすくして逃げようとしても簡単に連れ戻せるようにと作られた文化である。こうして見ると、世の男共は情けない事この上ない。
「イゾウ?難しい顔してどうしたの?」
「俺のお姫さんが愛おしくて、どうしたら俺だけを見てくれるかなと考えていただけだ」
「イゾウ……」
可愛らしい顔が、困ってますとばかりに眉を寄せる。本気で対応に苦慮してる事は解るが、俺しか映さないその瞳が嬉しい。
自然と頬が緩む俺の耳に、突然入る無粋な声。友人としても家族としても大切ではあるが、輝姫については好敵手と言える相手だ。
「私がいる限りナミは私も見るわよ」
「なら、先にナースを始末しないとなァ?」
「できるものなら、やってご覧なさい!ナミに泣かれて嫌われる覚悟があるならね!」
「ヤダ!ナースを苛めないで!イゾウの馬鹿!」
半ば本気で銃に指を掛けた時、ナミがそれまで高笑いをしていないのが不思議な程に勝ち誇っていたナースに飛び付いて庇うように俺を睨み付ける。そんなナミを抱き締めて、ナースはニタァ……と勝ち誇った笑みを浮かべるのだから苛立つのも当然だろう。
俺の可愛いお姫さんは、時に阿呆である。頭そのものは悪くないのに、どうしてこうなるのか。
「そんな事を言っていると……今夜、寝かせてやらないよ?」
「え?灯りの無駄遣いは良くないわ」
「灯りなんざいらねェ。月明かりの下、愛らしく歌ってもらうだけだからね」
俺の言葉に頬を染める事もなく、何かを考え始める。その様子に首を傾げたくなったのは俺の方だ。
それから少しの時を置いて、奇っ怪な問い掛けがかえる。……これは、何を言っているのか。
「……何がいい?」
「…………は?」
「曲目は、何がいいの?」
この流れで本気で曲の歌だと思う阿呆に頭を抱えれば、流石のナースも憐憫を込めた眼差しを向けて来た。……軽い屈辱である。
初めてナミの花を散らしたあの日から、既に三年。俺に男としての魅力が無いのか、ナミ箱の手の事にだけ妙に疎い。
それでも愛しいからとそれを受け入れてはいるが、言葉で分からないならば身体に教えこんでやるしかないと思うのも当然。早目にややでもできれば、変わるのだろうか。
その日の夜……。最近は、よく見かけるようになった姿を目にして、俺は動きを止めた。
明確な理由は分からない。だが、ナミが消えちまうような……そんな気がする。
月を見上げては物思いに耽るナミが、余りにも美しくて……。そのまま光に溶けるような……そんな気がする。
もしも月がナミを奪うと言うならば、俺は月を撃ち壊すだろう。俺が拾い、育てた、愛しい女だ。
そんな事を思いながら、俺は月に見せ付けるようにナミを抱く。恥ずかしいと暴れるナミだが、結局俺には逆らえやしないんだから……大人しく身を任せていれば良い。
紅い紐で縛って、月からよく見えるように辱めてやろうか。俺を求めて泣くその身体を、見せ付けてやりたい。
そんな日々が続いたある日、ナミは激しく泣くようになった。それ迄殆ど涙を見せなかったナミが、苦しそうにハラハラと涙を落とす姿は俺とナースを困惑させるには十分過ぎる。
「ナミ……!そんなに泣くなんて……。今すぐイゾウのモノを叩き潰して二度と使えなくしてやるわ!」
「ナース!?やだ!イゾウを傷付けないで……!お願い」
そう言って可愛くオネダリされてしまえば、ナースは手にしていた木槌を床に落としてナミを抱き締める。まァ、もし使えなくなったらそれはそれで、ナミを鳴かせる手段はあるので構わないが。
そんな不穏な事を考えている間に、ナミは再びハラハラと泣き出す。その様子は、巫山戯た事を考える余念を簡単に奪い去る。
「私はこの国の人ではなく月の都の人であって、十五日に帰らねばならない。ほんの少しの間という事であの国からやって来た事を思い出しました。けれども忘れていた事もあり、この様にこの国で長い年月を経てしまった。それでも自分の心のままにならず、お暇申し上げるしか「「許す訳、ねェだろ」」」
俺とナースの声が重なる。ナミは涙を落としながら俺とナースを交互に見て、不安そうにするが、何もナミを怒ってる訳では無い。
ナースの口が悪いのは今更である。ナミの前では、化け猫を被っていたに過ぎない。
俺が立ち上がると、ナースは無言で荷物を纏めた。俺が告げるまでもなく、ルフィに告げる為に動き出したのがわかる。
こんな時は、先程迄の遊びやお巫山戯の雰囲気は消える。俺達はこうやってこれ迄生きてきたんだ。
「今すぐ帝に告ろ。月が輝姫を奪いに来ると」
「是」
これは双方本気であるとわかる。その位の期間、共に生きてきたのだ。
月が我等の輝姫を奪いに来ると言うのならば、月を破壊する事も、滅ぼす事も厭わない。誰にも、ナミは渡さねェよ。
その瞬間に消えたナースにナミが驚いてる間に、そっとその細く小さな身体を抱き締める。震えるナミは、俺が怖いのかと不安になる程だ。
だが、少し待てばナミは素直に教えてくれる。だからこそ、待つしかない事も理解はしているので、理性を総動員して待っていた。
「イゾウ……!私、選べないっ!イゾウやナースから離れるなんて嫌っ!でも、家族なのっ!皆が、待ってるのよ……!!」
「ナミ……大丈夫だよ。ナミの事を悲しませたりしない」
涙を落としながら、震えながら紡ぐ言葉に嘘はない。ナミは元来嘘などが下手なのだから、それも仕方ない事だろうが。
「私がっ……帰るのを、皆がっ待ってるっ!!なのに、私は……離れたくない……の……」
そのまま泣き続けるナミを、俺はただ抱き締めていた。悲壮感を漂わせながら言葉を紡ぐその姿は、絶望の中に埋もれているのだとわかるもの。
それはいつもの大人としての、理性に満ちた姿からは想像もつかないものだ。それ程迄に、追い詰められているのだとわかってしまう。
「イゾウやナースの事が好き……。愛しているのっ!二人の傍に、ずっと……いたい……!!」
その言葉が聞きたかった。そう思ってそっと涙を唇で拭えば、ナミから俺に甘えるような視線が向けられる。
それに根負けしたのは、当然。そっとその額に口付けを落としてから、笑みを浮かべた。
「今宵は、何も考えられなくしてやるよ。だから、身を任せるといい」
そのまま涙を落とし続けるナミを甘やかすように抱き、涙が落ち着く頃にはナミの意識は深く沈んでいた。俺はその瞼が腫れないように熱いタオルを乗せたり、冷たいタオルを乗せたりして腕の生えた枕と化して、身体を清めるついでにと大切に大切に己の愛しき姫を部屋の中に捕らえている。
結局その十五日には、帝が各役所に命じ勅使として中将高野大国を指名し、六衛府を合せて二千人を竹取の家に派遣する騒ぎとなった。家に行って、築地の上に千人、建物の上に千人、家の使用人がとても多かったのと合わせて、空いている隙もなく守らせたのだから、本気の度合いも分かろうと言うものだ。
ナースはナミを抱きかかえ、塗り籠めの奥に陣取り、俺もまたそれを内側から戸に錠を下ろして戸口に立っていた。そんな状態でナミは、震えながら言う。
「私を閉じ込めて、守り戦う準備をしていても、あの国の人に対して戦う事はできないのです。弓矢で射る事もできないでしょう」
「妖術使いか。それでも俺は……ナミを手放したりはしないと誓うよ」
妖術使いならば、扱いに慣れている。帝とて、妖術使いだ。
それの兄であるエースもそうだった。そんなエースを指導していた俺が、その程度で怖気づくと思われたくはないな。
「このように閉じ込めていても、あの国の人が来たら、皆開いてしまうでしょう。戦い合おうとしても、あの国の人が来たら、勇猛な心を奮う人もまさかいないでしょう」
「ナミの望む未来を手にしてみせる。だから、心を定めておきな」
俺の言葉にナミは涙を落とす。ハラハラ、ハラハラと。
こんな泣き方をするのは初めて見た。そうして身も世もなく泣きじゃくる姿は、いつもの聡明さが隠されて妙に幼く、同時に美しい。
「離れたくないの!二人の傍に、ずっといたいのよ!でも……っ!私、帰らないと、皆が……!!」
「ナミ」
「帰って、それから、お嫁に行かなきゃ、なの」
「「は?」」
「育つまでの時間、ここにいただけなのよ。私がアーロンの所に行かないと、皆が殺され「分かった。そいつ始末したら良いんだな。容易い」」
ふぇ?と言って俺を見たナミに、俺は殺気立つのを抑えられないままに微笑んだ。なんだ、月を破壊するよりはずっと楽な話じゃねェか。
ナミの家族を血祭りに上げるのとは違って、何も問題にならない。万事解決だな。
「イゾウ?」
「大丈夫よ、ナミ。私達が隠遁していたのはね、帝の兵力なんて私達二人の前だと塵に等しいから、私達の存在が帝を脅かすと判断したからなの。だからね、安心なさい」
ナースが微笑む。だがその背後には明らかなる怒りの炎があり、ナミは微かに怯えを残した顔で俺とナースを交互に見る。
「ナース、でも、そうしたらルフィが……」
「他人を気遣ってる場合かい?……俺以外の男の名を軽々しく呼ぶなら、その男のモノを切り落としちまうよ」
「それは、駄目よ」
「どうして?ナミに使う危険性は排除しておくべきだろう」
「ルフィは、この国の〝帝さん〟なのよ!子孫が必要でしょう」
相変わらず帝という位にさんという敬称をつけるのだから可愛いものだ。だが、微笑んでいる場合でもない。
可能な限り優しく笑って、視線を合わせる。少しでもナミに不安を残さない為に。
「わかったよ。まァ……つまり、ルフィとナースを合わせれば、俺が三人居るようなもんだ。どんな相手が来ようとも、始末するのは容易い。ナミは、どちらの家族も大切で選べないんだったな?」
「え?……う、ん。えらべない……よ?」
キョトンとしてるナミに、この状態の俺を見て怯えたり泣いたり、気絶したりしないその胆力に驚かされる。多少震えているが、それは他の要因もある事だからと思えば少しも気になりはしない。
俺の娘、俺の妻、俺の最愛。ナミを奪おうとする相手が誰でも俺は構わない。
俺はナミを手放さないし、邪魔する奴は撃ち滅ぼすだけだ。ナミが家族の元に居たいと言うなら、その願いだって叶えてやるさ。
「……いいの?」
「ん?」
何を問われてるのか本気で分からない。そう思って首を傾げれば、ナミがポツポツと言葉を紡いだ。
震える声で、揺れる瞳で、不安を隠さずに。……当たり前過ぎる問い掛けに、泣きたいのか笑いたいのかも分からなくなる。
「私、迷惑しかかけてないのに、傍に居たいって……離れたくないって……願っても、許されるの?」
「ナミは〝私の娘〟なの。つまり、あの人の孫。誰にも奪わせたりしないわ」
「あの人?」
「私が敬愛する父親よ。世界一大きくて、偉大な人」
「会ってみたい……」
「会わせて、あげたかったわ」
俺が何かを言うより早く、ナースが言葉を紡ぐ。そうして、最後には泣きそうになりながら、叶えられない願いを口にした。
確かに親父なら、ナミを可愛がった事だろう。そして、俺を叱っただろうと有り得もしないタラレバの夢を見る。
「ナース……」
「ナミ……」
そうして二人はひしと抱き合う。離れたら、そのまま二度と逢えないとでも言わんばかりに。
震える腕でナミを抱き締めるその姿は、いつもより小さく見える。それが、何やら嫌な予感に近いものを抱かせるから、当たってくれるなよと願う。
ただ、間違いなく、ん?と聞き返した所までは俺だったのに、どうして俺では太刀打ち出来ない親父を引き合いに出してまで気を引くのか。ナースは、卑怯この上ない。
ナミの事を抱き締めて離さないナースを引き剥がし、俺の腕に捕らえる。するとナースが俺の腕を抓るから、余計意固地になってナミを腕の中へ閉じ込めた。
そんな俺達にナミは涙を浮かべて笑った。お母さんが増えたと言って。
……こんな戦う上に、鬼みたいな母親嫌だろうとナースを見て思ったが、どうやらナミの母親も戦うらしい。母と姉は美人で可愛くて優しくて強いんだと言うそれを見て、これは引き離せないなと諦めの溜息をついたのは不可抗力である。
そのままナミは、月に居る家族について語り始めた。それは月の事を思い出しては泣いていた幼い姿とも、儚い姿とも異なる穏やかで優しいもの。
ただ、愛しているだけなのだろう。その家族の為に、本来ならば犠牲になるのを迷わない所を、今ナミは躊躇い悩んでいる。
それが分かるからこそ、俺とナースは1旦争う事を止めて、ナミを守ろうと誓う。無論、無言のまま視線だけで。
そして子の刻、家の周りが昼の明るさよりも明るく輝く。余りの眩しさに目が潰れるかと思う程であったが、大空から人が雲に乗って降りて来ては対応にも困ると言うもの。
彼等は地面から五尺くらい上った所に立ち並んでる。内外の人々の心は、得体が知れない存在に襲われるようで、戦い合おうという気もなかった。
何とか心を奮って弓矢を構えようとしても、手に力も無くなって萎えてしまった。気丈な者が堪えて射ようとしたが矢はあらぬ方へ飛んでいき、ただ茫然とお互い見つめ合っている。
その様子を見て、情けない事この上ないと帝は自ら前に出るが、雲に乗っている者の代表はそれを無視する。そして言った。
「イゾウとかいったか……?出て来い、儂は……ナミの父親だ!」
「ほお、初めまして義父さん」
「誰が義父さんだ!?毎晩毎晩庭先から見えるような所を選び、恥ずかしがるナミに何してくれとんじゃ貴様ァァ!」
「見てたのか。野暮な上に変態だな」
「見せられてたんだ!!」
顔を真っ赤にして怒る傷だらけの親父に対し、飄々としたイゾウ。二人の喧嘩は周りにいるその他大勢にも筒抜けで、ナミは羞恥で泣きそうになる。
その様子を見ていたナースが殺気立つ。泣きそうなナミを抱き締めて、低く、地を這うような声が轟く。
「なに、二人がかりで辱めてんのよ……?」
「「申し訳ございません!!」」
その後何故か口で喧嘩をするイゾウと親父さん。そんな彼等を無視してナースは言う。
「ナミ、選びなさい。地上に残るか……月に帰るのかを」
「そんなの……!!」
「共にいたい相手ではなく、住みたい場所を選べばいいのよ。人は後から考えたら良いわ」
「場所、だけ……?なら、私……は、帰り、たい」
「分かったわ」
たどたどしくしか答えられない私を、そう言って優しく頭を撫でてくれるナース。その間も喧嘩を続けていたらしい二人の声は、右から左へと抜けて行く。
でも、突然聞こえて来たその悲痛な声に、私は顔を上げて振り向く。そして、大切な月の父が、表情を取り繕ったままその瞳だけで泣いているのを目撃してしまう。
「巫山戯るなっ!誰が好き好んで嫁がせるものか!ナミだけを犠牲にする事を、娘を不幸にする事を誰が望むものか!!」
聞き出せた本音は、痛みを隠さない。恐らくこれは、ナミも知らなかったのだろう。
イゾウはは務めて冷静に声を掛けた。そうする他、選択肢等無かったと言うのもあるが、やはりナミの父親だからというのが大きい。
「……だから、手を貸してやろうって言うんだろうが。俺は、俺の大切な者を喪うつもりも奪わせるつもりもねェ」
「ゲンさん……ナミが、泣いてるよ」
髪の色は違うが、確かにナミと良く似た瞳の少女が顔を覗かせる。だが……違うのだ。
髪の色だけでなく、肌の色だけでなく、やはり違う。似ているのに、似ていない姉妹だと思う。
「俺はやはり、俺のお姫さんが1等愛しいらしい」
「……ナミの事、そんなに……好き?」
「いや、好きじゃねェよ。……誰よりも、愛している」
俺の応えを受けて呆れたように笑った女のすぐ側で、いつでも銃を抜けるように構えていた女が、恐らく母親だろう。気の強そうな女傑に小さく笑みが零れ落ちた。
ナミが愛してやまない、大切な家族。……少し、妬けるな。
「俺が、ナミの大切な者は全て守ってやる」
「待てよ!俺の活躍のシーンねェじゃんか!少しはくれよ!」
騒ぐルフィを無視して俺は問い掛けた。ナミを誰にも奪われない為に。
「アーロンってのは、何処にいる?」
そうして俺がナミを伴い雲に乗り込むと、ナースが地上から笑って手を振った。何事かと見詰めれば、薄い笑みを浮かべて言う。
「私は親父様の墓を守らなきゃ。……ナミを泣かせんじゃないわよ」
「ナース母さん……」
「ナミの家族はもう、そこに居るわ。ソレは旦那になるとしても、母親は二人もいらない。……それにね、離れていても、お互いを想い合う事はできるのよ」
言葉もなく、涙を落とすナミに、ナースは微笑む。俺はこれまで1度も見た覚えがない、優しいそれに少しだけ驚いた。
「ナミ、愛してるわ。幸せになるのよ。……いやになったら、帰って来なさい。ここも、貴女の家なのだから」
その言葉に号泣したナミは、そっと何かを投げ渡す。それは、美しい羽衣。
恐らくは、それを使えばナースが月に来られるのだろう。ナースがそれをどうするかはともかく、渡したナミの気持ちは分かるような気がした。
そのままナミはルフィに振り向き、最後となる手紙とふたつの箱を差し出した。それを受け取ったルフィは、小さく舌打ちしてから仕方ないなと肩を竦めてみせる。
それが何だか、俺には見覚えがって……変な所まで似たもんだと苦笑しちまう。本当に、血の繋がりがないとは思えない程に、良く似た兄弟だ。
その時見せたナミの反応で、どうやらナミはルフィを弟か友人のように大切に思っていたらしいと知る。それを感じていたらしいルフィは、諦めたように頷いた。
「幸せになれよ。それと、俺の〝兄貴〟を宜しくな!ナミ!!」
「ええ、ルフィも……元気でね」
「そうだ!……ナミ」
突然男の顔をしたルフィは、俺の目の前でナミの唇を奪う。奪われたナミは混乱した様子でルフィを突き飛ばして、俺の元へと半泣きで駆け戻る。
それをそっと抱き留めてから、自然と鋭くなった視線を向けた。それでもルフィに反省の色は無い。
「そんなに、撃ち殺されたいか?」
「まだ、エースんとこ行くには早ェから困る」
「ルフィのばぁか……」
「俺にされたら嫌でも、イゾウの兄貴にされたら嫌じゃないなら、それが答えだろ。素直になれよ」
どうやらナミはルフィに、恋愛相談でもしていたらしい。真っ赤になったナミを見て、ルフィが笑って手を振る。
永久の別れとしても、その表情は暗くは無い。死別ではなく、これは新たな船出なのだ。
そうして俺達は揃って月の都へと向かい、その1角に巨大な城を作っていた馬鹿を捻り潰して、空き家となったその場所には俺がナミを連れて行き、住む事にした。元々嫁に出すつもりだったらしい家族は、ゲンさんと呼ばれていたオッサン以外はアッサリと認めてくれて、平穏に過ごし始めている。
夜になると、ルフィやナース達の様子がこちらからは良く見えた。それによりナミが時折心配そうにそれを見ているのを眺めて、こればかりは仕方ないかと許してやる。
ルフィは俺達しか知らなかった筈の少女が、それ以外で長く交流を持った大切な〝友人〟なのだから。因みにルフィに渡した箱にはそれぞれ〝天の羽衣〟と〝不死の薬〟が入っている。
ナースはナミにとって大切な母であり、姉であり、友だった。そちらもまた、同じ天の羽衣を手にしていて……。
「〝兄貴達〟も〝親友〟も居なくなっちまったのに、俺だけ〝不死〟になってどうすんだよ。馬鹿輝。……誰かある!!」
「はっ!」
「どの山が天に近いか」
「駿河の国にあるという山かと思われます」
「ならばその山にて、この薬と手紙を燃やしてこい」
それにより出発した男達が不死の薬を燃やした事から、その山は
そんな帝とは対照的に、使うでもなくナースは貰った羽衣を大切にしていた。老いて尚あまりにも大切にするので、彼女の友人や知人は、彼女が天にかえる時に共に燃してやろうと約す程。
そんな対極であり、結果的に同じように燃やす事を決めた二人が儚くなるその時まで、月に行った二人は彼等を天より見守っていた。無論その間も、彼等は仲睦まじく月の都で穏やかな時を刻んではいたが。
輝姫はこうして、愛しい家族達に囲まれて笑っていた。そして、多くの者を喪い強欲となった男は輝姫の願いを何ひとつ取りこぼさないままに、自らも輝姫を失わない選択を迷わなかったのである。
だから月を見上げると、今も変わらずぴょこぴょこと彼等の周りで飛び跳ねるナミと、彼女の為にと餅を作る彼等の姿が影となり、見える時もあるでしょう。彼等が今も、その場所にて幸福に笑い合っている証として。