「I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)」
砲撃よりは静かな風切音とともに、接近する重巡ネ級の胸部に風穴が空く。
「チ、威力を上げ過ぎた」
貫通してしまったカラドボルグⅡを破棄、剣は宙に溶けるように姿を消した。過敏になった神経に、艤装の稼働音とともに背後で鍛造するが如き音が障る。天龍は意識不明、鳳翔に抱えられて「曳航中」のままだ。彼女の艤装上で見かけない妖精があちこちに資材らしきものを貼り付けては修理を行っている。
「雷撃、これでカンバンです!」
雷が宣言通り残魚雷を水中へ投入する。放射状に3つに伸びた航跡が、突出する深海棲艦にばらばらな回避行動を強いて船足を落とさせる。これで雷の武装は12.7cm連装砲、それと無理やり積んできた対潜爆雷だけ。ばらけた敵を立てるづけに射掛け、爆破する。
―体が軽い、まずい傾向だ
加賀もここまでの過程で飛行甲板に打撃を受けており、残存する航空隊の着艦のみ、鳳翔が受け持っている状態だ。榛名は自力航行こそ可能だが、速度は落ちており加賀に支えられている。天龍の意識は未だ戻らず、鳳翔が肩を貸すようにして曳航している。この場での戦力足り得るは、己と雷のみ。
―使用した魔力さえ即座に回復している
つまり、「枷が外された」ということだ。鍵はどう見ても天龍である。投影のタイムラグさえ極度に減少し、ソードバレルは打ち出し速度さえアーチャーのそれを上回っている。アーチャーと赤城の違いからくる動作の誤差も、ノータイムで投影した干将莫耶ですれ違う深海棲艦を違和感なしに斬り捨て、ほぼゼロのレベルで修正されていることが分かる。つまり、天龍の負傷は抑止力にとって想定から外れる事態を招くと言うこと。万が一天龍が死亡した場合、おそらく赤城―アーチャーは深海棲艦及び艦娘双方を殺し尽くすまで思考を奪われるだろう。
「鳳翔、天龍の具合はどうだ?」
会話も赤城ではなくアーチャーのそれになっている。尋ねながらも投擲を行い、即座に次の得物を投影している。ほぼ自動で接近する敵を排除している。
「艤装の修復は止まりました。止血も行われたようです」
峠を越したとみるべきか。だが、左後方、完全に認識外の魚雷に黒鍵を「投擲させられたこと」で、艦隊の誰も落とせないことを理解する。
「榛名、雷、両名ともこれ以上撃つな」
「でも!」
雷の異論を言わせずに畳みかける。
「戦力は私だけだと敵に認識させる。私を倒す以外に道はないと奴らに理解させる。そうでなければもっと恐ろしいことになる。お前たちを対処すべき存在だと知らせるな」
天龍が生きていても、彼女たちが消えれば、天龍の枷が外れるということだ。
「さあ、今の私は非常に機嫌が悪い。沈みたい奴からかかってこい」
不機嫌の表明をつきつけた相手は深海棲艦だったが、その不機嫌さは世界に対するものだった。
一方、鎮守府においても、アーチャーの危機感と同じものが認識されることとなった。
「進士、どうだ」
第二憲兵隊長、後藤の問いに部下の進士―眼鏡の男が答える。
「それが、一部の艦娘が完全に黙秘していまして、手間取っています」
「黙秘する理由がなさそうなんだが」
胡乱げな顔でさらに問う後藤に、
「僕もそう思うんですが、多少聞ける子でも何か話がかみ合わない感じでして」
「どゆこと?」
「明確なことは言いにくいんですが・・・ちょっと来てください」
後藤を連れて再度進士が取り調べに使用している資料室に入室する。室内で艦娘初雪を監視していた部下―大男の山崎はそれを見て首肯する。
「それじゃ初雪、ちょっと繰り返しになるけど、いいね?」
「うん」
「君の所属から」
「舞鶴第4鎮守府、第2艦隊、駆逐艦初雪」
「最近の任務は?」
「・・・」
「船団護衛や資源回収任務、哨戒が主だよね。話せないかな?」
初雪はけだるげな顔で口を開く。
「指揮官の、許可なく任務の内容を口外できない」
ここで先ほどしたという遣り取りを進士は行う。
「君らの提督は現在指揮を取れない状態にあるよ。またとある理由で先ほどのその指揮権を停止された。現在君は、僕たちにその内容を話さなければならないんだけど」
ここで大体無気力と言われる「初雪」が似たような回答を繰り返した。
「指揮官の命令は、今も有効だよ。上がごたごたしてはいるみたいだけど」
「という状況なんですよ」
これに後藤は山崎の方を見る。彼もうなずくことで、初雪は似たような反応しかしていないと理解する。やや思案した後藤は、それを口にした。
「第13独立艦隊に対する補給行動は?」
本当に知らない、または名称を知らないのか。実際は初雪が名称を知らないだけだったが。
「知らない、それどこ?」
「違うか・・・うーん、あ。大井と磯波が生きてるのは知ってる?」
はっと息をのむと黙り込んでしまう初雪。後藤は知らないが、初雪は喋らない様に言われていた事柄である。
「当たり、だな。そりゃあ指揮権は有効だわ。初雪、ごく基本的な質問だ。君の指揮官は作戦行動中、だね?」
「・・・天龍さんは作戦行動中です」
進士と山崎は目を見開いて顔を見合わせる。
「隊長、これって」
「いやあ、危なかった。一歩遅かったら内乱だったなあ」
初雪もまた、天龍を指揮官としている一人であった。
そうして、制限解除された赤城により、天龍達は欠員を出すことなく帰還の途についた。意識を回復した天龍は作戦区域を離れ、行きと同じ航路を取る。無人島群で待機中の響を回収するためだ。自身及び榛名が大破、加賀が中破で行きよりも時間がかかり、その他の問題も山積みである。おそらく、資源が足りない。帰還時に特務課が行動を起こしていないかったら、また誰か逃がさなければなるまい、と天龍は思案する。そうして帰港した天龍を出迎えたのは、普段より多い民間船、報道のヘリ、そして桟橋に立つ軍服の見慣れない男女達、艦娘達だった。
「どういうことだ、ここまでの騒ぎにするのが目的か!」
航行機能しか残っていない艤装を解除しないまま、出迎えた男に吠えたてる。
「そのつもりはなかったんだけどね、事態が急変したよ。間桐提督は軍病院に救急搬送、吹雪は医務室。拘束状態にあるのは瑞鶴と鎮守府所属の憲兵隊員だね。ここまで言えば分かるよね?」
出迎えた金田准将の言葉に事態をおぼろげながらにつかむ天龍。そして、意外そうな顔をして口を開いた。
「そこまで「出来る子」だとは思わなかったんだけどな」
「建造や回収された艦娘ではこうはいかなかっただろうね。志願者で、かつ提督の実妹と判明したよ。もっとも提督が実の兄と「思い出した」のは暴行の現場を目撃した瞬間だったという話だね」
志願者はしばしば記憶の混濁を起こす。根本的には忘却しているわけではないらしい、というのは近年までの研究で判明している。しかし艦としての記憶の存在により、人としての記憶が思い出しにくくなっているのは事実であった。
「兄の不始末のケジメは妹が、か。くそ!」
「悪いけど表向きには君も拘束対象だよ。艤装はいったん回収するよ」
建造・解体記録の操作による裏帳簿の存在だ。それが結果として鎮守府内外の艦娘を守り、またその艦娘によって守られた国民を守ったのは事実であるが、不正は不正である。さらには以前の憲兵殺害容疑も加わる。
「瑞鶴はどうなる?あと吹雪にも会わせてくれないか」
艤装を解除しながら天龍は懇願した。
「悪いようにははしないって。面会についてはまたあとでね。あ、自分、特務課の金田ね」
つまりは何かあればこの男を呼べ、ということを彼女は理解した。
「みんな、指示に従え。あと赤城、お前の物資の回収はあとでいいから、鎮守府に入れ」
「了解です」
「ああ、彼女が君の秘匿戦力ってわけか」
「こいつがいなきゃ今頃海の藻屑だったよ。あと、榛名と加賀はまず入渠させてくれ」
「天龍さん、私はあとでかまいません」
「榛名は、大丈夫ですから」
加賀と榛名が口々にいうものの、
「お前らの方が時間かかるんだから、先に行け。オレは修理にかかる時間も短いしな」
と隻腕の状態で説得力のない事を言う彼女であった。
複数の車両が舞鶴第4の正面に乱暴に停められる。もちろん既に同タイプの車両が駐車しているのだが。
「第二の連中ですね。それと確か、向こうの2台は特務の車両です」
「連中の方が速かったか!」
あとに到着した憲兵隊隊長―以前も訪れた第四の鏑木は残念そうに
「ここに来るには少々遅かったじゃない、鏑木さん」
「後藤、貴様か」
第四憲兵隊の鏑木大尉は。声を掛けて来た男、後藤に確認する。事前に情報を得ていたのか、という確認である。
「いや、うちは呼ばれただけでねぇ」
「相変わらず特務の使い走りか」
「人聞きの悪い言い方はやめてくんない?手柄までくれる相手だよ、そりゃ空飛んででも来るさ」
代わりに艦娘の身柄はほぼ向こう側だけどねぇ、と後藤はおどけて見せる。
「まあ、それはそれとして、聴取可能な相手はついさっき拘束したところでね、鏑木さんも来るでしょ?」
「いいのか?」
「向こうさんがご指名でさ」
満身創痍―おまけに右腕もない艦娘が聴取対象、というのは鏑木には想定外であった。申し訳程度に包帯を巻いたり絆創膏を貼ったりと、手当はされているが、本質的には資材がなければ解決しない。戦場に置いて来た右腕については、骨格の継ぎ足しから始めなければならないだろう。
「よう、遅かったじゃないか」
その負傷をなんでもないかのように、声を掛けてくる天龍に、彼はやや気圧された。
「天ちゃん、それ死亡フラグ」
ともに来た後藤以外に同席しているのは第二憲兵隊の隊員に、特務の藤村大佐、大淀、そして金田准将である。
「はて?なんかいたっけ?」
「ほら、ダブルスパイしてたスイカ好き」
金田の回答に、思い出した、とばかりに頷く天龍。
「あー、あのおっさん・・・いや、むしろ今じゃ兄ちゃんか、そういやそんな台詞の後で銃声だけ響いて退場だっけ?」
「そーそー、結構覚えてるじゃん。それはそうと、モルヒネいる?」
その准将が当の聴取対象と世間話ともつかない会話をしていた。なお、特務ではこの程度の会話は日常らしい(藤村大佐談)。なお、天龍はモルヒネを断った。
「それはそうと、遅かったってことは?」
「くたばった憲兵のスマホ、そっちの鏑木さんの手に渡ってる筈でよ。ま、データのコピーはさっき言ったあいつらに持たせたんだけど」
「大淀ちゃん?」
「先ほど、旧海水浴場で2名保護しました。所持品は現在チェック中です」
保護に向かったのは第二憲兵隊の人間だった。稼働状態ではなかったらしいが、フル装備の艦娘の保護はさぞ肝が冷えた事だろう。
「ま、いいか。んじゃメインキャストは揃ったことだし、始める?」
「帳簿は回収したよな?ならいいぜ」
それに鏑木は天龍の損傷具合を持ち出して異を唱えるが、
「いや待て、その傷を」
「今回の作戦おかげでうちは表裏どっちも資材・バケツは品切れだよ、憲兵の旦那。せめて一週間早く踏み込んでくれりゃ、資材とかはマシだったんだけどな」
と、当の天龍に否定されて却下された。承知で榛名と加賀を入渠させたのだ。彼女の分の資材など、現時点ではひとかけらも残っていなかった。そのやりとりの横で、急に入室したあきつ丸が金田に端末でそれを見せる。真顔になる金田に、こちらで片付けると返すとあきつ丸は第四憲兵隊の鏑木の顔を見た。
「すまんでござるが手勢を2名ほど借りたい。何、手柄はそちらで結構。ただし、艦娘の身柄はこちらに渡していただくが」
加藤あきつ丸「准将」の要請を、鏑木は受けた。彼女が一枚噛め、と言っていることに気付いているからである。廊下に待機させた部下たちに声をかける。もっとも、手柄をやろうと言うあきつ丸だが、その実はそれに付随する書類仕事を押し付ける意図もあったりする。
「矢田、佐竹、准将につけ」
続いてあきつ丸は天龍に確認する。
「解体された者は何名か?」
「・・・3人、だな。オレの知っている限りは」
「ふむ、残念ながら命の保障は出来んでありますが、全力は尽くすと誓いましょう」
「ならオレからは文句はねえ」
「あと最後に、天龍。おそらく、拳の振り下ろし先はなくなったでござる」
そういうと返事も聞かずに憲兵と川内を連れて行ってしまった。言われたことを理解する前に、第二の後藤が開始を宣言する。
「んじゃまあ天龍。まずはこの2つの帳簿について聞きたい事いっぱいあるんだけど、大丈夫かな?」
「ああ、なんとかな。『天龍は大丈夫です』ってところだ」
それに彼女は榛名の真似をして肯定した。来なかった連中に対する当てつけだったかもしれない。
「加藤准将、どちらに?」
正門で歩哨の証言を聞いている藤村に尋ねられた。
「ちょっと黒幕退治と生きているなら艦娘の保護に、冬木まで行ってくるであります」
この時点でついて来た憲兵はびっくりである。川内も戦力的に大丈夫か?という顔をする。
「冬木、ですか」
「あまり聞かん土地でしょうが、厄介な場所であります。迂闊に踏み込めば行方不明になれますな」
「地元なんですが・・・ぐうの音も出ません」
「なんと」
物騒な会話に2人以外肝を冷やす。
「遠坂、衛宮、間桐、藤村組。どれかに繋ぎをつけられますか?」
「衛宮と藤村ならば、可能です。ろくに帰れていませんが、身内でして」
ふむ、と思案するあきつ丸。
「では、その両方でお願いしましょう。衛宮邸―確か武家屋敷状の邸宅でしたな。そこで話を聞きたいと言うことで」
「よくご存じで」
冬木市―衛宮邸にて。
「いきなり雷蔵さんから連絡来てびっくりしちゃった」
「あの方ですか。なかなか自分からは連絡してこなさそうですが」
セイバーの藤村提督に対する評価に、雷画が続ける。
「あいつも不器用だからなぁ」
しかしせっかくの堅気がなぁ、と愚痴る雷画。藤村提督、見かけはごついが前職はサラリーマンである。極道に半ば引き入れた罪悪感半分、それを通り越して軍人になる羽目になった昨今の情勢に対する恨み言半分、といったところだ。
「それで、どういう要件なんですか、藤村先生?」
微妙に沈みがちな遠坂―いや衛宮凛が尋ねる。
「んー、それがねぇ、衛宮か遠坂の手を借りたいって話でねぇ」
この時点で凛は目を見開いた。
「すみません、もう一度お願いします」
「うん?」
良くわかっていない大河と、その言葉で凛と同時に臨戦態勢に入るセイバー。その様子に、
「嬢ちゃん、厄介ごとか」
「衛宮か遠坂、の時点で厄介ごとですね」
雷画の問いに凛はそう答えた。と、呼び鈴が鳴る。
「いよう、とおさ、いや、凛」
「やあ、凛ちゃん」
「慎二、雁夜さん」
「いきなり叔父さんも連れてこっち来いって上からの指示でさ」
「何、あんた何かやった」
「んなわけないだろう」
「俺も彼に呼ばれてきただけなんで、事情は分からないなぁ。舞鶴でなんか起こってるって知人が連絡してきたんで、取材に行きたいところだったんだけどね」
「それ初耳だよ。鎮守府絡み?」
「そうみたいでね」
「舞鶴か・・・まさか馬鹿息子がなんかやったか?あいつ以前の僕に似ちまったし」
「もしくは馬鹿娘の方かもね。どこに配属になったんだか」
再び呼び鈴が鳴る。
「お初にお目にかかります。自分、大本営の加藤あきつ丸であります」
憲兵に艦娘、それに傍目からは責任者の様に見える提督服。口を開いたのは艦娘だったが。
「あ、雷蔵さん」
総出とは言わないものの、ぞろぞろと玄関に出てきてしまったのはなんだかんだ言って不安な人間が多かったのだろう。見知った姿に声をかける藤村大河、
「あまり帰ってやれなくてすまん」
その返答にあきつ丸、ぎょろりとした目を驚いたようにさらに開く。
「なんと、ご内儀でありましたか」
「自分にはもったいない限りで」
「ご無沙汰しております、大叔父殿」
「仕方あるめえ、お国の一大事だ」
などと親戚同士の会話もなされる中
「?これで今集まれる人間は全員でありますか」
あきつ丸の疑問に凛が問い返す。
「何か?」
「いえ、間桐の桜殿はともかく、家主殿がおらんなと思いまして」
この時点で冬木組の険しい視線があきつ丸に集中する。
「准将、いかなる事情をご存知か知りませんが、士郎殿は南方で行方不明です」
「はいいい?!まさか提督に?!いや、それなら調査中に自分も気づくであります。ではまさか個人で突撃したでありますか、あの御仁!」
藤村雷蔵提督の指摘に充血気味の目をさまよわせて狼狽するあきつ丸。
「よく、ご存知で」
どすの聞いた凛の声に、あきつ丸は落ち着いたのか平然と返す。
「自分、彼のファンですので。ええ、先ごろまで存在を知らなかったのが悔やまれます」
色々と矛盾する発言である。
「しかし困りましたなぁ」
「何がですか」
険のある表情で藤村提督が問う。
「手を借りるつもりの専門家が一人減ってしまいました。遠坂―いや、今は衛宮ですか。凛殿ですと流石に経費が痛いですし」
「一体いかなる御用件か存じ上げませんが、高くつきますわよ?」
宝石魔術まで知っている、と言うあきつ丸の吐露に、怖い笑みで凛は返したものの、
「うむ、高値で売りつけていただいて結構。誠心誠意もみ消させていただきますゆえ」
「はい?」
もみ消し、の言葉に面食らう。
「間桐物産にカチコミかけねばなりませんので、専門家がいないと流石の自分もアヘ顔ダブルピースさせられかねません」
「カチコミとは穏やかじゃねえな」
「親分さんの縄張りを荒らすようで申し訳ないですが、何分身内のタマ取られてまして。今も監視中の部下が暴発しかねない状況です」
直接的にはおそらく3人、間接的には舞鶴第4で本当に轟沈した艦娘も含めて。他人のシマだろうと殴りこまなければ面子が立たない。
「え、准将、いつ動員したんですか」
「我が虎の子の陸戦隊を間桐物産に張り付け済みですよ。先遣隊は既に地下倉庫に潜入済みです」
川内の問いに自分、揚陸艦ですよとドヤ顔で答えるあきつ丸。
「ほら、とっとと突撃させろと催促に来てしまったではないですか」
彼女の指さした先には、見える人には見える頭身の低い完全武装の兵隊がいた。あきつ丸自身が探し、スカウトして編成した陸軍妖精である。そこに開発で何故か出る陸戦装備が加わる。
「妖精・・・ですか」
セイバーが障子をわずかに開けたその小さな人影を見る。屋敷の警報が鳴っていない時点で敵意はない筈だが、戦意まんまんの様に見えた。
「なんでい、剣のお嬢は見えてるのか」
「ええ」
「そりゃ水の上を歩ける御仁ですからねぇ。エドガー級防護巡洋艦、ロイヤル・アーサー殿?もしくはアドミラルティS級駆逐艦、セイバー殿ですかな?」
はなしをあわせてください、とあきつ丸の口が無音で動く。
「ご存知でしたか。セイバーで結構ですが、あいにくとこちらへの帰還の際、装備の大半は失いました」
即興でそれらしい話を作るセイバーに、あきつ丸は言葉を続ける。
「天龍殿に大口を叩いた手前、手ぶらで帰った日には首を持ってかれそうでして。何分、軽巡の身で戦艦にも突っかかっていく方のようでして。出来ましたら残存武装だけでも構いませんので、力をお貸し願いたい」
「提督さえ守れなかった無能で良ければ」
これだけは芝居に見えず、あきつ丸は地雷を踏んだことを後悔した。とはいえ、本当に衛宮士郎が死んだとも思えないのがあきつ丸だったが。道理で歳食わねえわけだ、と雷画がわざと話題を反らす様なことを言う。
「うちの会社の地下に、何がいるんだい」
唸るように間桐雁夜が問う。
「雁屋殿の良く知る御仁か、もしくはその残りカスでありますよ。とりあえず生きているらしい5名を取り返したら、駆除ですねぇ」
先行した妖精が5名の人間らしきものを確認したと言うことである。
「殺し損ねてたってわけか。俺も行こう」
「何か効果的な物をお持ちで?」
「「害虫退治」用の礼装なら、今でも作っててね。取りに一度戻るから、現場で合流しよう」
「それは重畳。ちなみに人体には?」
「健康状態によるな。そこら辺は一般の殺虫剤と同じなんでね」
これで少なくとも「間桐」から志願者が出たことになる。ならば報酬を一部なりとも知らせるのが筋。
「それでは、報酬としてまず最低限間桐真一少佐の情状酌量の余地に関する厳密な検討と、瑞鶴―間桐凛奈の提督に対する傷害罪の無罪を約束するとしましょう」
「あの馬鹿息子、何をやった?」
「約4年、舞鶴第4を俗に言うブラック鎮守府化させておりましてね。10代の小僧に出来る所業じゃありませんな。まあ間桐物産の地下の状態から見てくたばった筈の妖怪ジジイ絡みです」
「それで凛奈―姪は何を?」
「その兄を殴り飛ばして現在営巣入りであります。おかげで鎮守府に踏み込めましたので、こちらは無罪は確定でしょうが、完全に殺害目的で二撃目を放とうとしていたようで。身柄確保目的で他から突っ込まれると困るかと」
凛の問いに派閥争い絡みの事情も加えて伝えるあきつ丸。まだ確認はしていないものの、凛が反応したことに彼女はある推測に対し、より強く確信を抱く。
「分かりました。冬木のセカンドオーナーとして、私も参加しましょう。管理責任の問題もありますし」
「うろ覚えでありましたが、知識通りで良かったであります。とはいえ凛殿は手出しは程々に頼みます。原石を輸入するのもなかなか大変なもので」
その言葉を平然と聞き流す凛に、専門部分では探り合いもどきも出来ないかと思考する。
「それと、最後の確認でありますが、セイバー殿を入れて3人。最悪の場合を想定したとして後詰は桜殿の認識で良いでござるな?」
「その認識で合っています」
この場にいない人間の名前を平然と出している時点で自分の評価は急降下中だろう。先ほど浮かんだ「衛宮桜子」という固有名詞も浮かぶが、出す必要もないので控えた。藤村提督が虎に睨まれているが彼は首を横に振っている。
「個人情報については、雷蔵殿からではないでござるよ?ちょっとした予備知識と、優秀な調査会社のおかげであります」
助け舟として出したその発言に、目を白黒させている大河以外はほぼしかめっ面だ。そんな皆に対し
「さあさあ、そろそろ自分の部下も我慢の限界ですので、出発としましょう」
そう宣言するあきつ丸であった。
帳簿の細部、戦果報告の再確認など様々な事に話題が飛ぶ中、再び特務課にとっての関心事―艦娘そのものに話が戻る。
「それでさっきも言ってたけど、本当に解体されたのは3人だけ?」
「俺が見ていた範囲ではな。提督が見に来ていたんじゃ誤魔化しようがねえ」
「第一解体で出る資材なんて建造に比べりゃ微々たるもんだ。なら報告してないオレの資材で修復してもなんとかなる」
「で、建造資材はプールってわけか」
そういうこと、と後藤の聴取に答える天龍。
「で、逃がした子たちは?」
「比較でだけどな、ちょっと腕のいい奴らはなんか知らねえけど修復にも時間がかかるんだ。バケツにも事欠くんだぜ、隠しきれねえ」
解体した、と報告して雀の涙の資材を帳簿と実際の棚に追加をしておく。問題はそのあとの身柄だ。故に沖縄であったり近場の無人エリアであったりとなる。入渠施設がない場合、資材の直接摂取でなんとかなる。もっとも「ケガをしたならともかく食って休めば傷は治る」レベルの話なので入渠よりもさらに時間がかかるのだが。
「その頃にはあのガキ、もう興味を失ってたのか知らねえけど口頭報告だけで済んでた」
「横流しの資材回収屋は?」
「大体資源が目的だし、提督ももう立ち会わなかったからな。やっぱりあいつらだよな、以前、3人を連れてったの」
残念ながら、人さらいの現場に立ち会うことは出来ていなかったのである。
「そこはこれから・・・と言いたいところだけど、あきっちゃんが何か掴んだみたいだから、最悪消息は分かるよ」
口を挟んだ金田に、天龍が声を荒げる。
「最悪・・・なんだって?」
「間桐だよ。そうだね、近い物を挙げるなら、冬木教会の地下って言えば理解できるかな」
ばきり、と机の端が砕けた。天龍が勢い余って握りつぶしたのだ。
「つまりあいつらはここで散々いじめられたあげく、化け物のエサにされたと」
「提督の思考能力の低下にも、気付いただろう?そもそもがおかしかったんだよ。今15のガキだよ?4年もこんなことをやれる人生経験は、彼にはなかったんだよ」
「あんなものは」
ただのフィクションだ、と言おうとした彼女を金田が遮る。
「残念ながらここでは現実だった。今、メールが来たよ。これから間桐物産の地下で害虫退治だ」
「くそったれがっ!」
「表向きは更迭に出来るよ。でもね、厳密には、罪に問えないかな。踏み込んだ先の映像、間桐物産の人間も複数、実際に操られている形跡がある。大本営としても人間同士でのごたごたって形は出来る限り避けたいしね」
鏑木が引き継ぐ。
「死んだ阿久津も含め、深海棲艦の変種による攻撃にすると?」
「その方が丸く収まる。阿久津少尉がイ級の砲撃で死んだのは事実だしね」
「その方が問題になりません?」
「綱紀粛正を進める口実にはちょうどいいよ。深海棲艦の精神攻撃を受けている鎮守府があるってね」
それだけ、怪しい鎮守府が多いと言うことである。
「表向きは更迭、裏は攻撃を受けていた提督の保護、実態は・・・特務の勢力拡大か?」
鏑木は、どちらかと言えば大本営の主流派である。憲兵と言う立場上深入りしないようにはしているが、ある程度の牽制はしなければ立場がない。
「代わりに置く提督、いないんだよね。派閥争いがしたければ好きに切り取れば?」
「特務は多数の提督を擁していると聞くが?」
鏑木の指摘に、金田は笑いながら答える。
「艦娘への懺悔で四六時中祈り続ける病人共が使い物になると?」
「何?」
「そういやつい先ごろうちの雷が発作起こしたって聞いたな。あいつ磯波沈めたの今でもトラウマになってるからなぁ」
「あの雷、提督やってたのか」
「操作ミスで大破進軍させちゃって轟沈だってさ。でもさ、その沈んだ磯波、言い方悪いけど電子データよ」
「はい?」
天龍の理解は艦娘なのに提督をやっていた特務の雷、である。
「なんだよ、電子データって」
「・・・ごめん、提督業はやってない人だったのか。あー、道理で発見遅れたわけだ。艦隊これくしょん、略して艦これって奴なんだけどね」
「その話、いつ聞いてもどうにも嫌な感じです」
ほぼ空気の大淀―まあ記録係なので空気でいいのだが―が発言する。天龍も知っていれば、もう少しやりようはあったかもしれない。しかも特務課と言う集団がいるのだ。おそらくはもっと早い段階で接触が果たされていただろう。合同作戦や演習、また遠征などで、天龍自身は同類がいることに感づいていたから、「第13独立艦隊」などという符牒を使ったのではあるが。
「わりい、モルヒネかもっと強いのくれ。何もかも忘れてハイになれるヤツ」
「薬中建造する気はないから渡せないねえ」
「やってられっか。大体なあ、15?つまりオレをヤった13の時からあのヒヒオヤジみたいなナリだってのか?」
顔の造作を除くと、現在の間桐真一提督は10代とは思えない老獪さが外観に表れていた。
「挙句の果てには艦これだかなんだか知らねえが、そんなもんでオレもあいつらもこのザマかよ」
「まあ、ここは現実なんだけどね。夢から覚めるわけでもないし、ログアウトのコマンドもない」
「なら、とっととどうにかしなきゃならねーだろうが」
「我々もいたずらに手をこまねいているわけではない」
横合いから発言した鏑木を睨む天龍。いつの間にか腰を上げていた彼女は、呼吸を整える。端から見ると、少しだけ頭が冷えたように見える。
「だから!遅すぎたと言っているんだ!」
訂正、頭が別方向に湧いたらしい。そう叫んだ彼女は座り、べたりと机に頭を置いてしまう。
「気持ちは分かるけどね、人の台詞とるのは良くないなぁ」
そういってちらりと後藤の方を見る金田准将。何故自分の方に視線が向くのか理解できない後藤。なお、後藤も空気になっているが、手を抜けるところでは抜くのがこの男である。こいつが昼行燈にならない時点で情勢はアウトだ。
「電が沈んだんだ」
金田の言葉に、小声で全く別の話を始める天龍。
「タウイタウイにいたらしい。隠れ続けてりゃまだ生きてただろうに」
「その子は、例の場所で?」
「ああ。深海棲艦が民間船襲ってるのに突っ込んで逝っちまったてよ。あいつだけじゃねえ。放っときゃみんな、我先にと駆けて死んじまう」
金田も、憲兵隊員たちも無言だ。
「こんなにひどい目にあってるってのによ」
「どいつもこいつも、あんたらを守りたいって馬鹿ばっかりだよ」
「だから頼むよ。あいつらを助けてやってくれよ」
鎮守府からの逃亡した者。艦隊からはぐれた者。誰にも出会えずさまよっていた者。そういった寄せ集めのごく一部、第13独立艦隊とは。結局のところ、いじめられようと、無視されようとも、人と共に居たいという艦娘たちを人類側に留める艦隊であった。