舞鶴第4は、現在は無人の沿岸部に作られた鎮守府である。元々は複数の海水浴場を主とした地域であったが、深海棲艦出現初期に全国的に沿岸地域が攻撃を受け、急ピッチで避難が行われた。貿易港のような人口密集地域、またある程度の規模の漁港などはその役割から防衛戦力が置かれ、住民の避難は最低限となったりもしたが、舞鶴第4のような人口の少ない場所では無人化する場合がほとんであった。艦娘の出現により本格的に防衛・反攻作戦が可能になってくると、そういった無人地域が防衛の穴となる問題が持ち上がった。深海棲艦はともかく小型であり、既存のレーダー設備などでは探知できても反応の小ささから深海棲艦かそれ以外の判断が難しく、また航空機による監視にしても海洋生物状の、または海上に立つ人影のような存在を探すという困難な任務である。艦船・艦娘による海上警戒も当然行われるが、それに加えて陸上からの監視、カメラでも目視でもいいがともかく「目」と、それに即応する戦力が欲しいという状況になったのである。
そういう地域ではもともとあった家屋や、学校等の公共建築物を鎮守府施設として利用する場合もあったが、舞鶴第4では比較的利用しやすかった駐車場などの場所に鎮守府設備を新設している。というのも、周辺の家屋等は最大でも2階建ての宿泊施設や、道の駅等であり、軍施設として利用するには不安だらけであったからだ。そのため、付近には多くはないものの無人の家屋が複数点在していた。
その日、天龍は買い物袋を提げ、鎮守府から東に既に数百mと離れた場所を歩いていた。彼女はこの鎮守府では外出を許された数少ない艦娘―つまり、逃げないということ―であるが、それでも自由に外出出来るわけではない。にも関わらず、彼女は現在、無許可で出歩いていた。整備の半分放棄された道路はところどころ傷み、民間の乗用車なら少々厄介なことになりそうな具合であり、ぼうっと歩いていれば簡単に転びそうだ。彼女の目的は、さらに数百m行ったところにある複数の廃屋であった。鎮守府の人間はそちらにはまず行かない。鎮守府の「人間」は、西に―つまり舞鶴港に向かって、車なりなんなりと手段を用意して移動するのである。少なくとも数十kmの範囲は無人の沿岸部を行こうとする酔狂はいなかったはずである。この時までは。
「旦那、いつまでついて来なさるんで?」
くるりと振り返った天龍は、通り過ぎた道端の看板に声をかけた。
「お前がどこに行くのか気になった、それだけの話だ」
人が隠れられるほどのそれは、つまりそこしか隠れる場所がないと言うことだ。姿を現したのは、駐留する3人の憲兵の一人、阿久津であった。
「面白いもんじゃないですよ?」
「無許可外出は関心せんなぁ、天龍」
やれやれ、と首を振る彼女に、男は先を促す。
「2日前、大回りで戻ってきたんですがね、どうにも気になるんですよ」
「何がだ?」
男の疑問に、軽い口調だった天龍がその程度も分からないのかと真顔になった。
「アタシらが気になるって言ったらアイツらに決まってるでしょう。見たのか、それとも見間違えか?寝首を掻きにくるなら頃合いなんじゃと思いまして、逆にこっちから仕掛ける下準備てな具合で」
天龍の説明に男はさらに疑問を返す。
「ならば正式に哨戒の申請をすればいいではないか」
「うちのボスは近場の事には少々疎いでしょう?今回みたいなあいまいな話だとねぇ、外れた時が大変で」
「ふむ、あの御仁、気分屋ではあるからな」
それから阿久津はさも名案だといわんばかりに言葉を続けた。
「よし、天龍。この件は自分が同道することで、お前はその命令、いや憲兵である俺の要請を聞いた、ということにしようじゃないか。無論発端の気がかりはお前の言う通りであるが、俺も気になったと言うことにすればそう角は立たん」
「そいつはまあ有難いですがね、危ねえですよ」
「俺も軍人だぞ、侮るなよ。それに取り越し苦労だった場合に備えてのその酒、俺が見逃すとでも思ったか」
買い物袋からは酒瓶の首が2本ばかり飛び出していた。他につまみと思しき缶詰・軍用糧食または保存食の類も覗き込めば見えただろう。
「あちゃあ、ばれましたか」
「何、奴らが居なければ少々の休息を楽しめばいいだけのことよ」
少々にやけた表情で男は天龍舐め回すように見ると、そう告げたのであった。
「仕方ないお人ですねぇ、後悔しても知りませんよ」
その言葉を最後に、二人は東へと急ぎ歩みを進めるのであった。
さて、天龍が言ったことは嘘でない。気になる影を見たのは彼女にとっては事実であったし、その確認が必要であった。だが、買い物袋の中身は、つまみにしては食料品が多かったのである。しかも、その底には少量ではあるが艦娘用の携帯食料化された鋼材、及び人間用の飲料缶サイズではあるが燃料缶が複数入っているのだ。そもそも酒にしても国産のウイスキーが2本、これは消毒用目的であった。
あいつら、こいつが居るの見れば隠れたままでいるよな?
つまりは、脱走した艦娘への補給品運搬を兼ねて、いやそれが主目的なのである。
「どうした天龍、そら、駆け足だ!」
遅れがちになる天龍を急かした上に行軍訓練だ、などと声を上げて速足になる男に、最悪こいつバラす(解体)するか、と剣呑な思考でやや遅れて追随する。この先にいる艦娘は発覚したならば便宜上脱走兵となるはずだが、実際は書類上は解体されていたり、轟沈したことになっているのである。
荒れた道を走ること二十数分。国道に沿って4km以上を踏破して辿り着いたのも、やはり山を背にした海水浴場の跡地だ。天龍は複数の無人の筈の家屋に素早く目をやると、そこに人影のないことを確認して安堵のため息をつく。彼女たちはちゃんとこちらを見ていたようだ。
「さて、家探しといくか」
比較的無事な民宿や家屋を見て、阿久津がそう言うのを天龍は即座に否定した。
「旦那、イ級ですよ。陸(おか)に上がるのは流石に無理でしょう」
流石に生活の跡を発見されるのもまずいし、また気になった影は人型ではなかった以上、無駄は省く。どうせこの後はろくでもないことになるだろう、と彼女は考えていたし、無駄に体力は使いたくないものだ。
「ふむ、そうか」
それに同意すると男は提げていた水筒をあおる。そんな阿久津をちらりと見ると、天龍はこれ見よがしにそばの堤防にのぼり、海を眺めた。ご丁寧に上体を曲げ、尻を突き出すかのような姿勢でだ。双眼鏡などは持ってきていないが、艦娘は艤装稼働状態になくても目は良い。さらには片手で左の眼帯を上へめくり上げる。天龍という艦娘はこの左目に差異がある場合が多い。単純に隻眼であったり、ここだけが探照灯として機能する場合であったりなどである。噂では片目がガチ魔眼の類であることも眼帯艦娘(木曾、天龍)ではあるとか。なお、彼女の場合は「鷹の目」と呼ばれる部類のものである。視界の中央と周囲で大きな差異があり、天龍自身、左目を開いたままでの生活や、通常の戦闘行動をとることは困難だった。
「なにか見えるか?」
天龍の見る先をのぞき込むかのように、横から顔を突き出してくる阿久津。天龍タイプの艦娘としては大き目の160cmある彼女だが、戦艦型の榛名よりも低身長であるし、兵隊に採用されるような男よりは小さい。そのくせ他より若干高い身長分、肢体の成長具合はただでさえ軽巡らしからぬ天龍型のその上をいっていた。背から覆いかぶさる男の手がその豊満な乳房を服の上から鷲掴みにする。
「っ。なにも」
視界の端をかすめた影を左目で確認した彼女はそう返した。
「ふむ、取り越し苦労であったか?」
先ほどより軽くなった男の口調に、彼女は眼帯を戻す。
「そのようですねぇ、旦那」
ゆっくりと身を起こす彼女を背から抱きすくめたまま、男はせわしなく手を這わせる。
「旦那、立ちっぱなしってのは腰のモノだけにしてくださいよ」
「ふむ」
天龍の抗議に意外と素直に納得する男。彼女は首をめぐらすと堤防上の、かつ堤防の内側に設けられたベンチを見る。ゆっくりと男の手を解くと、男の手を引きながら背もたれのないベンチの一つに座る、いや身を横たえる。座れば半身は堤防より上に出て海水浴場を一望できるベンチだったが。
「提督には内緒ですよ」
「はは、そんなに口が軽いように見えるか」
「どうですかねぇ。随分と榛名のことは可愛がっているようですが?」
「一人では楽しめん相手でなぁ」
今のところこの男を含む複数におもちゃにされているのは榛名、ゴーヤ、加賀の3名であった。
「最低2人はおらんとな、ろくに鳴かん」
数日前の天龍自身が見たものが、どうやらここでは通常の榛名らしい。遠征の多い天龍である、残念ながらフォローはしきれていない。
「その点小僧のお気に入りのお前や鳳翔は、随分とまあいい顔をしているのでな」
まあまともに反応しない人形と、生きた人間らしいものであれば、こういった男なら嬲りがいのありそうな方を選ぶものだ。そもそも初期のおイタを除き、榛名が提督からは戦力として以外は放置されているのも、そのせいであった。
「さいですか」
顔を歪めた彼女に、男は笑いながら彼女の股の間をまさぐる。
「まあ、それならお相子ってとこですかね」
やや意味不明な発言をしながら、手早く済ませろとばかりに天龍はスカートの下の布をずらした。潮の音に、衣擦れや複数の音が混じる。
「随分と諦めの早いところは気に食わんが、大井も沈んでしまったことだし、久方ぶりのまともな女だ。しばらくつきあってもらうぞ」
カチャカチャとする音に仕方ないといわんばかりにさらに胸元も開ける天龍。さらけ出されたそれを片手で揉みしだきながら、男は単装砲を突き込んだ。男の背に回された手が不審な動きをしたことに気付かないまま、彼は天龍の上に覆いかぶさる。
ザリ、と砂を踏むような音がしたものの、男は気付かない、いや
「旦那、それは勘弁してください」
男が天龍の眼帯に指をかけたことで出された声に、ある意味かき消された。
「使える目だろう?お前の顔を見せろ」
「こんな「そば」じゃまともに見えないんですよ、こっちは」
抗議を聞かずに男は眼帯を引きはがす。その男の背後に対して、天龍の左手は手のひらを向ける。続いて海側を指さし、最後に手のひらを下にして下げる。砂を踏むような音はしない。ただ、わずかな金属音がしただけだ。
「うん?」
歪む天龍の顔を撮ろうとばかりに、男はつながったまま端末を取り出していた。なお、アンテナの整備だけはしているのか圏内である。
「まじで勘弁してくださいよ」
撮影音はしない。憲兵の所有する端末だ、場合によっては「そういう用途」でも使用される。
「ほれ、いい顔ではないか」
歪んで、それでも紅潮した自身の顔を見せられる。それはすぐに違う顔に変わったが。
「そこへいくと加賀などはな、まったく楽しめん」
完全に無表情の加賀が写っていた。全裸で、全身に色々なモノを浴びているのでなければ何の問題もないと勘違いしそうなレベルだ。ギリ、と天龍が歯を軋ませる。
「は、さらにいい顔になったなぁ」
まるで無抵抗の天龍ではあったが、その分反抗的な表情が阿久津の嗜虐心をそそったようである。体を起こすと天龍の両ももを抱え上げ、より奥に己を突き入れる。ご丁寧にも端末は胸ポケットからレンズを出した状態で「作動中」だ。ハァハァと男女の息遣いが大きくなる中、天龍は人間よりはいい耳でそれを聞いた。
「オレの次は、鳳翔さんって、わけですかい」
「は、そいつは、難しそうだな」
運動をやめないまま男がそういうのを、天龍は両足を男の腰に絡めて強引に止める。さらには左手を男の胸につくと、右手で胸ポケットの端末を取り出した。
「何を」
数瞬ののちに轟音が響き渡る。その直前には力が抜けていた男から素早く離れると、天龍は堤防の下に転がり落ちた。鉄が軋むようなイ級の鳴き声が響き渡る。天龍を含め、艦娘たちが聞いていたのはこれだ。二人分の足音が駆け寄って来る。口を開こうとする二人―時雨と白露(しらつゆ)を制して携帯を操作する。数秒のコールののち、
『何だよおっさん!』
「天龍です、提督。鎮守府東側約5kmの沿岸部、イ級が2です。鳳翔さんの攻撃隊発進させてください」
『天龍か、阿久津のおっさんは。ああ、くそ、鳳翔!とっとと起きろ!』
う、あ、とうめき声がスピーカーから漏れ出る。なまじ性能がいい携帯だと向こうの音も丸聞こえだ。
「阿久津殿はその、今出られない状況でして」
ちらりと堤防の上を見る。
『ああ、くそ、もたもたしてんな、鳳翔!』
とっとと攻撃隊を飛ばせ!と怒鳴り声が聞こえたあたりで天龍は通話を切った。
「あのガキ、あんだけ搾り取ったってのにまた鳳翔さんに悪さしてやがったな」
彼女は悪態をつきながら堤防を離れ、物陰に隠れる。あの分では迎撃が上がるまでに時間がかかりそうだ。
「天龍さん」
「悪いな、次の場所は見つけてあるか?」
「3キロ奥に行った神社なら」
「近いな・・・最悪、さらに先に行くか、もしくはその近辺の山中で数日やり過ごしてくれ。一応検証範囲が広がらないようにしては見るが、多分憲兵が来るだろうから、気まぐれを起こさんとも限らん」
堤防の内側で散発的な砲撃をやり過ごしながら、必要な情報を伝達する。しばらくして聞こえて来たプロペラ音に安堵する。
「よし、もう行きな」
はい、とうなずくと、無事な物資を抱えて二人の艦娘は奥へと走り去る。木々に二人の姿が隠れた辺りで、海側からひときわ大きい轟音が響き渡った。再度堤防の上に登ると、右手側奥―北に延びた地形から、西に伸ばした桟橋の付近で腹?を上に向けたイ級が目に入った。上空を見れば、引き返す九七式の編隊の最後尾の一機が翼を振りながら数回円を描くのが見えた。それを見た後、先ほどまでいたベンチの方を見やる。
「だから言ったでしょう、危ねえってさ」
そう呟いた天龍の視線の先には、着用見本のように憲兵服を着た体が横たわっていた。