ブラック提督にとってお気に入りの筈の天龍であったが、鎮守府としての成果は出さねばならない。天龍を旗艦とせねば成果が非常に低下するところまで舞鶴第4の効率、いや士気は落ちていた。当然である、本人は気付いていないが、既に天龍の命令でしか動かない艦娘が出ていたのだ。また、天龍自身はそうでない艦娘たちにも慕われていた。元々の天龍という艦娘の特性を知る者が多かったこともあるが、提督に対する「被害担当艦」としての行動を認識されていたが故である。
落ち切った士気による天龍自身の出撃回数の増加、及び舞鶴第4から無人化エリアや無人島へ退避させた艦娘が5人を越え、かつそのうちの無人島の艦娘がよその逃亡艦を含め合計で8人となった現状のろくでもなさ。そしてこの間の証拠品への反応の鈍さに、天龍はカードをもう一つ切った。異常とも言える報告書を上への報告書類に混ぜ込んだのだ。書式は全て整ったその書類は、作成者不明のまま出された文書であり、また書かれている内容もたかだか書類1枚でどうこうできる代物ではなかった。何より、大本営の全部署に対して送付されたため悪質極まりないいたずらの類と取られた。
その書類を「第13独立艦隊開設報告書」という。
題名の時点で報告書と言ってのけたそれは、そのまま大半を裁断されつつ憲兵による犯人捜しの対象となるはずのところであったが、特務課にも送付されたのである。ここで特務課の全員が反応した。曰く、
「第13独立艦隊についてはうちの所属とさせてもらう。手出しは無用。なお開設に伴い、特務課はV作戦の発動を宣言する!詳細は追って知らせる故待たれよ」
「なお、この書類は誤報の可能性もあるため裁断されたものも含め、全て特務課にて回収する」
さらにはV作戦発動、という通知が最優先で全軍に通達された。詳細は全く不明のまま、例えばある鎮守府での提督の演説に合間に「なお、大本営はV作戦を発動する、とのことである。詳細は軍機が多く、諸君らには必要事項のみ伝達されることになっている。実のところ私にも詳細は伝えられていない」といった具合であった。
異端はどこにでもおり、なおかつ大本営は異端を抹殺という形で処理できなかった。そんな大本営が設立したのが特務課であった。制御できぬ羅針盤に、別の羅針盤を欲したためである。建造・開発の資材の組み合わせ、特定地域の攻略のサポート、etc。開戦から15年、特務課設立から8年が経過した現在、異端は自分の足で歩けるまでになってしまったのが大本営の誤算であった。そして、自分たちの同種かもしれない天龍の存在に、特務課の行動は迅速であった。報告書の配送経路から舞鶴第4鎮守府が特定され、もっとも秘書艦とされる頻度の高い天龍が特定された。無論、その行動スケジュールも、である。
書類上用具倉庫とされたプレハブのシャワー小屋で、設置記録のないシャワーを浴びてどうにか一息ついた彼女は、週に一本までと決めておいた缶を存在しない筈の冷蔵庫から取り出した。実のところ取り出したビールさえ鎮守府の会計では購入記録がない。艦娘個人の購入物としては?と問われる方もおられるだろうが、ブラック鎮守府にそんな概念などあるのか?と返されるのがオチである。なお、これが他の皆に教えたシャワー小屋とは、また違う物である点が、さらにろくでもなさに拍車をかけていた。
くそったれ、と天龍は顔を歪めて罵倒を口にした。さんざんと撃ち込まれた白色ペイント弾を洗い流したところで着弾による火災はまったく鎮火せず、おそらく今夜も眠れないだろう。その気になれば睡眠さえ不要なのが艦娘であるが、あらゆる能率は確実に低下していく。とはいえ、阿呆が眠っている間に暗躍できるという利点はあるのだが。
「ああまったく、戦艦級であひんあひん言わせてくれりゃそれはそれで諦めもついたかもしれねぇってのに、あの短小」
まったく反抗する気がないくらいに虐げるか、一気に反乱まで行くくらいに弾圧してくれりゃ後腐れなくていいのによ、と苦い液体を呷りながら彼女は一人愚痴る。なお、全裸である。もう一本だけ残っている缶に意識が行く。自棄酒を呷りたい気分だった。どう考えても大本営の憲兵共の動きが遅すぎるのである。書類仕事で原因が分かってしまったために、余計に腹立たしかった。
「木馬」
唐突に聞こえた声に一瞬で身を翻すと対艦刀のみを顕現させ音源に対峙する。艤装なしでも「収納」できる数少ない武装だ。
「木馬」
切っ先を向けられた女は、ただもう一度言葉を繰り返した。
「は、はは、マジか、マジで来たか!」
「答えて」
川内(せんだい)―改二の彼女はそのように問いを続けた。この時点で天龍が書類の出所であるのは明白ではあったが、確証がなければ特務課所属である彼女は帰還は出来ない。
「どの答えだ?ホワイトベースか、RX-78か!こっちが欲しいのはブライト・ノアとミデアだ」
回答の一部は川内があらかじめ教えられている言葉と一致した。余談ではあるが、作品は存在しなかった。天龍の好きなジム系列のキットも、影も形もなかった。
「あんたが第13独立艦隊の開設者ね」
「そうだ、もう一度言うぞ。ブライトはともかくミデアを寄こせ。でないと8人の艦娘が干上がっちまう!」
川内は疑問に思う。特務課の実働戦力はさして多くない。天龍を特務課内で見たことはないし、少なくとも川内が閲覧できる範囲でも戦力リストには存在していない。
「メッセンジャーの私からは返答できない。艦隊の所在地は?」
「明後日にオレが旗艦で例の作戦に出る。そいつについて来い。こっからならそこまでは片道2日だ。こっちでも物資は持っていく予定だ。で、どこまでやる?」
川内は先ほどまで舞鶴第4の提督とこの全裸の肢体の絡み合いさえ見ていたのだ。なお、屋根裏にものぼってきた変に甘い匂いが気になったのだが。最後の一言に対し問いを返す。
「帳簿は?」
「今年度の先月までの分と「取引先」だ。オレの帳簿はまだ渡せないぜ」
天龍が近くの用具入れから取り出し投げてよこしたのが、公式の会計記録と裏帳簿、そして裏側の取引先の記録の一部であった。いずれもしかるべき先に渡すために天龍が持ち出したわけだが、初手から使うにはリスクが高すぎた。ざっと目を通した川内がさらに問う。
「この取引先とやら、本当に?」
特務課はその特性上、憲兵隊や情報部に近い行動も行うが、やはりそこまでの場数はない。それがここまでの大事に付き合う羽目になったのだ。
「下手に商社所有の人間を提督にするもんじゃねぇな」
「間桐物産―資源回収分どころか支給資材まで横流しされてるなんて」
「書類仕事まで肩代わりさせてきやがったんでまあわかったわけだけどよ。提督個人の資産は見かけじゃ増えないんでかえって発覚しにくいってとこじゃね?」
一回一回は微々たるものだが、数年にわたって積算すると相当量の資源が一方的に運び出されており、しかもそれに対して金銭の支払い等は行われていないのである。現状では裏帳簿のみが証拠であった。
「まあ、あとは工廠のログにない建造記録があるわけだが、先に押さえとけよ。あれはオレでも提督でもいじれないことになってるが、最悪砲撃で破壊できる」
消えた資材は開発や建造の失敗、とすればいいだけであるが、工廠の「ログ」だけはガチで妖精さんの管轄のため、高位の権限のある大本営の特殊適性を持った提督しかいじることが出来ない。並の提督では閲覧さえ妖精さんに拒否されるのである。よってこの部分の情報操作はブラック提督ごときには不可能であるが、こういった事実は通常、提督には教えられていない上に大体の提督の認識は機械なんだから記録くらい消せるだろ?みたいな認識であり、その誤った認識を修正してやる義理は、監査担当にはない。
「あんた、ログいじろうとしたでしょ」
「当たり前だろ。「同じ奴」を建造したんだぜ」
つまり、解体処分を言い渡された艦娘を解体せずに建造したことにした、というわけである。この天龍が、提督の立ち合いなしにだ。故に建造資材は天龍専用の帳簿に入る。
「建造も解体ももう些事ってことになってる。そりゃそうだ、書類上の処理だけだからな」
よそでの異常がここでの正常と化している。仲間を守るために、提督の些事であると言う認識を、天龍は徹底的に逆手に取った。本来、提督の立ち合いなしに艦娘の建造も解体も出来ない。艦娘は一部の開発までしか権限を持てないのだ。なお、天龍自身もそのことを認識していない。
「わかったか?」
特務課の川内は、それを知っていた。建造も解体も「命令できる」天龍の異常性を認識するとともに、どこかで納得もいった。この天龍ならわたしも知らない符牒を知っていて当然だ、という奇妙な感覚であった。
「ああ」
「分かったんならとっととレビル将軍に伝えろ」
だが夜戦バカは普通の夜戦バカだったようである。
「あーごめん、ちょっともっかい言ってくれない?レビルとかなんとかノアとか、ちょっと知らない合言葉ばっかりでさ」
知らない単語のオンパレードで少々パンク気味であった。
後日、川内の報告を受けた特務課では、
「なにこのイケメン」
日本人的で一番特徴のなさそうな顔の金田准将はそう評した。下の名前はアキラとかいうらしい。なお、以前よその戦艦が難癖をつけた(つけさせられた)らしいが、直後に壁にめり込んだらしい。繰り返すが戦艦がめり込んだのである。本人曰くやり過ぎた、ガチに大友作品になるとは思わなかったとのこと。
「鼻から愛があふれそうな動画じゃん」
白い制服がはじけ飛びそうな筋肉男―剛田准将はそうコメントした。たまに艦娘たちは訓練で手合わせしてもらうのだが、正直言って提督一人でいいんじゃないかと思うくらい強いのである。また、砲撃を筋肉で耐える異常者でもある。マッスルイズパワー!抱いて!と川内や大淀は常日頃思っているのだが、本人は長門とケッコンカッコガチをしている愛妻家である。最近の心配は後任の長門がナガモンだったことだとか。
「ギギギギ、くやしいのうくやしいのう。こんなワガママボディに砲撃しまくってるとか」
丸坊主に丸い三白眼、でっぷりと太りながら軽快に動く丸太のごとき腕の男は、物理的に歯でギギギを音をさせていた。名を倉土仁左衛門(くらどにざえもん)という。階級は大佐。
「「「「ブラック提督誅すべし!」」」」
発言内容が会議のそれではない。なお川内他個々の艦娘にとっては稀ではあれど、こういった特務課提督の会話はちょくちょく目撃されていた。
「でー舞鶴第4の間桐慎一提督だっけ?」
「覚えたくねぇ名だなぁ、間桐とか、間桐とか!」
「心臓ぶち抜いていい?」
「首をだせい」
「疾く自害せよ!」
会話内容が妖精さんとさして変わりがないのでは?というレベルである。しかも卓上を資料を持って走り回る妖精さんたちが、ショス、ショス?と聞いて回る始末。
「えーと間桐物産の所在地が―マジ?冬木市ってなってるぜ」
「やべぇ、仕事増えた。最悪未遠川に深海棲艦が出現するぞ」
地図データを確認し「未遠川」の表記を見つけた一人が愚痴ともつかないことを言う。
「くっそ、七面倒くさい資材流通調査か」
ここで流れが変わった。
「その件は蒼崎事務所に調査を依頼したであります」
そう告げたのは特務提督が一人、加藤あきつ丸准将である。名前から分かるように艦娘のあきつ丸である。ただし、その目の下は大体くまで彩られ、他のあきつ丸よりも人相が悪い。なお、中身は推して知るべし。
「はい?」
「冬木があるのでしたら探しますよね、色々と。民間調査ならコクトーの出番ではありませんか!」
「「「「「でかした」」」」」
「そして調査結果がここに!依頼して3日でござる!」
「さすがコクトー、異常な速さだぜ!」
蒼崎事務所のコクトーとは誰だろう?と出席させられている川内や大淀は思った。そんなに出来る人間なら大本営で雇ってはいいのではないかと。
「第13独立艦隊への補給は某が独断でやっておきましたゆえ、しばらくは持ちまする」
揚陸艦の面目躍如である。
「いつもよりくまが濃いのはそのせいか、もういい、休め!」
「添い寝してやるから」
「某、衆道は趣味ではありません故お断り申す」
相変わらず直属の上司の言動は謎だ、と川内は思った。そもそも艦娘で提督、だんびら一本で深海棲艦をなます切りする異常な上司である。そしてしばらく書類をめくる音だけが響く。15分後、提督陣がいっせいにため息を吐いた。
「「「「どうしてこうなった」」」」
頭を抱える特務課の提督たち。
「冬木鎮守府の間桐慎二提督がすんごくホワイト。きれいな慎二きたこれ」
「息子の慎一がなぜここまでブラック!?」
「臓硯死んでることになってるし・・・おい雁夜のおっさん生きてるぞ」
「なんか外部の人間から操作されたか?あとやばい、舞鶴第4の瑞鶴、志願した間桐凛奈だ」
「難題が増えて腹が余計に減ってきた」
「お前は食いすぎ」
腹が減ったと倉土大佐がチョコレートバーをむしゃむしゃと食べる。妖精さんがオカシーと群がると追加でクッキーなどを出すので、妖精さんに群がられていることが多い提督である。なお、海上を歩いて深海棲艦をオレサマオマエマルカジリする超絶びっくり人間だ。それはさておき、間桐本家が所有する間桐商事の子会社が間桐物産であると判明した。間桐物産の株式は慎一が4割、雁夜が3割、凛奈が3割となっていた。親会社の商事の株は雁夜が1割持っている以外は残りは慎二と間桐桜の所有となっている。
「おーい、志願した艦娘の情報、なんで民間業者が調査できるんだ?」
「そりゃ黒桐だからな。あと問題にするなよ、今回は意識しなかったが「黒桐」は調査時の切り札として温存だ」
「ここまで揃えばすぐにでも踏み込めるが、早すぎていつもの隊長に根回しが出来てねぇ」
憲兵隊を動かすにしても、派閥争いが邪魔になることもある。調査に2週間は見ていたため、懇意にしている隊とのつなぎが取れていなかった。
「とはいえ前倒しに出来るな。で、イケメン天ちゃんの帰還は2日後か」
生きて帰ってくればだけどなぁ、と愚痴の様に付け加えたが。
「帰還と同時に踏み込んで全員身柄を押さえるか。マスコミ対策も要るなぁ」
ブラック鎮守府絡みは出来るだけ報道をコントロールしたい、というのが大本営内での共通見解である。ごく単純な取材程度にまでいちいち報道管制など敷きたくはないが、パパラッチもどきの攻勢を艦娘が受ける事態になればやらねばならない以上、外部への発表は人事異動や最大でも「更迭」の言葉だけで済ませたいものであった。
「提督適性の天龍だ、なんとしてもこっちに引き込むぞ!」
しかし、大体物事に置いて最悪というものは向こうから寄ってくるものであった。反攻作戦に参加した天龍達の帰港予定日前日、凶行は起きた。瑞鶴による提督への傷害事件が発生したのである。