瑞鶴は激怒した
この邪智暴虐の提督を除かねばならぬと決意した
14の小娘たる瑞鶴に、軍規の細則など分からぬ
命令は聞くべきものである、だがそれは理にかなっているものの筈だ
少なくとも、友人たる吹雪がその純潔を奪われるに値する理などある筈がないのだ
「くたばれクソ兄貴!」
弓の様に引き絞った右が振り向いた提督の顔面に突き刺さる
ぶべら、と言う声とともに、少々危険なレベルで首が回ると同時に小太りの体を回転させて、加害者たる提督はその身を被害者から引き離された。ぶるん、と妙な音もさせながらである。ふらふらと回転を続けた下半身丸出しの15の小僧は、そのままバランスを失ってばたりと倒れ込んだのである。
この時点で何事かと人が集まり始める。正面玄関にいたはずの歩哨、2名の憲兵、艦娘、医務官。吹雪の惨状に気が付いた数名の艦娘が、なけなしの勇気を振り絞って近くの部屋から毛布等を持ってくる。幸い、注目はほぼ瑞鶴に集まっていた。
「瑞鶴、貴様何を」
悪党の一味たる憲兵の問いに彼女はあっけらかんと答える。
「ブッ血kiった。何の後悔はないわ。ただのケジメだもの」
そしていきなり地べたに正座すると、呆然としたままの吹雪に土下座をかまし、腹の底から声を振り絞って語りだしたのである。
「この度は我が一族の愚か者がまこととんでもなき不始末起こし、申し開きのしようもございません。何より隣人・友人として接していただいた皆々様方に対する乱暴狼藉、まこと許し難く、またそれを止めることも出来なかった自身の不甲斐なさにも呆れ、愛想も尽きた次第であります」
この時点で憲兵達の顔が蒼白になった。一言で表すならば、志願艦なんて聞いてないぞ、といったところである。志願艦はある意味罠だ。命令に対し原則忠実な純建造艦・自然発生艦に対し、そもそも人間である志願艦は戦闘能力こそ純然たる艦娘よりも劣る傾向があるものの、思考は人間のそれだ。艦として建造後の記憶の混乱等はあるものの、時間とともに正常な記憶・思考を取り戻し、運用上は軍部内の不正・理不尽に対するカウンターとして作用し始める。妖精・艦娘出現後、人間が艦娘(息)になれる、という事実をも発見した大本営は、そういった思考能力の差異についての情報も制限した。自浄作用として働く要因は多い方がいいからである。故に、鎮守府詰めの憲兵ごときでは、噂レベルでしか情報を得られず、また誰が志願艦かなどと言う情報は本人がしゃべらない限り知ることが出来ないようになっていた。
「かくなる上は、駄兄の首を落とし、己も自害する所存。駄兄の数々の罪、どうか我らの命でケリとさせていただきたく。まこと勝手な言い分ながら平にご容赦を」
では、と瑞鶴―間桐凛奈は立ち上がり、くるりと兄慎一の方へ向きを変えると再び右腕を引き絞った。首を落とし、どころではない。艤装なしとはいえ必殺の意思を込めた艦娘の拳は、それが志願艦であっても人の頭を打撃のみで潰し得る。ここにきて遠巻きにしていた艦娘たちが凛奈に殺到した。人間様に提督殺しと兄殺しを同時に為さしめるわけにはいかない、それが現在鎮守府に残っている純艦娘達の総意となった。問題は、瑞鶴の異常性である。右腕に二、左に一。背に飛びついた一、腰に縋りついた二。両足に一ずつ。計八隻で止めにかかっているにも関わらず、じりじりと前進する瑞鶴。
「みんな、離してくれない?ソイツ殺せない」
艤装を装備していないにもかかわらず、「人対人」の範疇から外れているのだ。
「誰か、艤装持ってきて!」
「早く!」
力をかけられるほど瑞鶴の体を掴めない、と判断した複数の艦娘が、声に飛び跳ねる用に格納庫に走り出す。流石に艦娘としてのフルパワーでなら、艤装なしの瑞鶴を止めるのは造作もないことである。筈であったが、それでも四艦必要であった。
「はなして、よ」
「いけません」
「ダメ」
「短気はいけない」
「そいつの、せい、で、みん、なひどい目に、あったんじゃない」
「それでも駄目」
「憲兵だって、一緒にやってたじゃない、今殺さないと、また他でろくでもないことになるわ」
艤装なしのままギュインギュインと機関発動中の様な音をさせ、深海棲艦のごとき発光現象を起こしながら、瑞鶴は4人の艦娘と拮抗していた。それが崩れたのは、小さな呟きがきっかけだった。
「いやです」
「吹雪ちゃん?」
「瑞鶴さん、いなくなっちゃ、いやです」
毛布をかけられ、うずくまったままの吹雪は、小さな声でそう続けた。それを見た瑞鶴は少しの間だけ、彼女を見る。そして
「馬鹿よ、あんた」
そういって力を抜いた。そうやって艦娘達が瑞鶴―間桐凛奈を制圧した頃合いで複数のサイレンが皆の耳に入る。
「え、救急車?」
その言葉に歩哨達がいるべき場所へと走り出す。2人の憲兵は呆然としながら、倒れた提督の様子を見ていた医務官の方を見た。その片手には、個人用の端末が握られていた。
「もう隠せないでしょう?」
「貴様」
「天龍と決めた段取りとか色々狂ったけどさ!」
睨み合いを始めた憲兵と医務官に、動けない艦娘たち。そこへと乱入する者たちと言えば、サイレンとともにやってきた者たちであった。
こちらです、と先ほど持ち場に戻った歩哨の一人が、救急隊と憲兵隊、その他将校を案内してきた。
「はいはい、ちょいとどいて」
「道を開けてねー。あー、修羅場だねー」
「あの、患者は」
「そこに転がってる若いのだろう、後藤隊長、救急隊に2人付けてくれないか」
「前来た憲兵隊も来なかったけど、もう握りつぶせないだろ!」
「了解しました、藤村大佐。太田、篠原、病院の方頼むわ」
「はい、了解!」
「なんですとー!捕り物は!」
「うるさいマスコミ対策だと壁役のお前と篠原の口八丁が必要なの、理解した?」
機動隊仕込みの防衛力、存分に発揮してくれとの言葉に渋々了承する体格のいい憲兵。
「く、了解であります!」
「増援、あります?」
「んー、手が空いた奴から回すから、それまで保たせてよ」
「努力は、します!」
「んじゃ、メインキャストがいないのが癪だけど、始めよっか。えーと、確か医務官の源田少尉だったかな。とりあえずその憲兵隊のくだりとか、後でいろいろと詳しく。あ、自分第二憲兵隊の後藤ね、階級は大尉」
「自分は特務課の藤村大佐だ。天龍の協力者の一人は貴様だと聞いている。こちらは特務課の」
「あの、患者を運んでも・・・ってそちらの子は」
「そこの「人間」はさっさと運んじゃって。こっちの子は被害者みたいだけど艦娘は迂闊に外に出せないんで。あ、自分、特務の金田ね、階級は准将」
倒れていた提督が運び出されると同時に、第二憲兵隊の大男が鎮守府の憲兵二名をいとも簡単に取り押さえる。
「んじゃ、仕事仕事。瑞鶴は悪いけど、一旦独房に入れさせてもらうよ」
「そんな、瑞鶴さんは!」
「だから悪いけど、って謝ってるじゃん、形式的な物だから」
「悪いようにはならない筈ですから」
「えーと、この場にいる最高階級者として命令させてもらうよ。如月、初雪、霞に霰、瑞鶴を独房まで連れてって」
「はい」
「あ、その前に瑞鶴」
「…なんです」
「もうちょい落ち着いた方がいいと思うよ。君の実家の人みたいな専門家じゃないから適切かどうかわからないけど、艦娘としての機能が回路として動いちゃったみたいだから、オフにしないと最悪死ぬよ?大体わかった?」
瑞鶴が目を見開いた直後、瑞鶴の体から力が抜ける。
「瑞鶴さん!」
物騒な宣告と瑞鶴の脱力に、彼女を抑えていた駆逐艦達が心配するが、
「オフに出来た?」
「多分・・・・」
「早急に君の家か親戚の人呼んで見てもらうようにするから、それまで感覚は思い出さないようにね」
それと同時に4人の駆逐艦以外の一人に、独房までレーションの類でもいいから瑞鶴に食事を持ってくるように指示すると、金田准将は藤村大佐に合図を送る。
「こちらで指示したもの以外は別命あるまで食堂で待機、行動の許可は最寄りの憲兵に求めよ。証拠品類の捜索もあるのでな、自室へ戻るのもいったん禁止だ」
コツコツと靴の音をさせてあきつ丸は歩く。既に公式に乗り込んでいる以上、気配を殺すつもりはない。癖なのか腹心の川内が足音を消したままだったが、半素人を自認するあきつ丸から見ると悪手に見えた。
「川内、公の場では足音はさせるものです」
「正門から入らなかったじゃないですか」
「悪党が逃げるなら裏からであります。勝手口を抑えるのは基本でござろう。このレベルならむしろ逃げ場などないことを知らせてやるべきであります」
挟撃ということならば川内も理解できた。もっとも、このあきつ丸、打つ手が玄人とも素人とも取れないのがネックだ。大体丸く収めているので玄人側らしい、と川内は理解していたが。
「さて、甘い匂いとやらはここであったか?」
第4鎮守府、執務室及び隣室の提督用仮眠室である。裏から入ったのに誰とも会うことはなかった。あとで将校用のプライベートルームも探さなければならないだろう。
「私室の方も手分けして探しましょう」
「たわけ、各個撃破されるつもりか?腹心NTRダブルピースなどリアルでやられる趣味、ないでござるよ」
部屋に踏み込みつつ、3本の寸鉄を左手に保持したあきつ丸は、部下の進言を一蹴した。むせるような甘い匂いにいるな、と彼女は断言する。
「腹心ねと・・なんです?」
「知らぬならそのままでいる方が良いかと。馬鹿話をするなら知っている方が楽しくありますが。寝物語でいいというなら、実地で教えんこともないでござるよ?」
「すいません、私、男の人がいいです」
ふむ、と何かにうなずいたかと思うと、いきなりあきつ丸の外套がはためき、部屋全体に風が行きわたる。直後にキキィと鳴き声を上げて何かが入り口に向かって床を走るが、放たれた寸鉄で床板に縫い付けられるだけであった。
「間桐の時点で可能性はあったが、やはりか」
長い尾を持った甲虫、そう表現するしかない奇怪な生物が寸鉄で串刺しにされていた。甘い匂いが急速に霧散していくように川内には思えた。
「なんですか、このUMA」
「ふむ、とりあえず深海棲艦の攻撃としておくでありますか」
「それ、大問題じゃないですか!」
あきつ丸提督の言葉に、川内は気色ばむ。
「おそらくこれ一匹ではないが、この感じだとここには一匹でありますな。澱みが消え申した」
オカルトの面から見ると呪詛の深海棲艦、浄化の艦娘である。特にこの加藤あきつ丸、そう言った不可解な力を平然と振るう存在だ。
「他にもいると?」
「12で徴兵された15の世間知らずが、4年近くもこんな馬鹿げた不正を続けられるほど、世の中は間抜けぞろいではないですな。まっこと口惜しい限りだが、黒幕がおるに決まっとりましょう」
いつの間にやらその不気味な虫を回収し始める上司に自分が、と進言するが
「年頃の娘にこんな猥褻物扱わせるなど、言語道断である!」
との剣幕に引き下がる。とか言いつつ先ほどの口説きもどきといい、相変わらず良くわからない上司だった。