―第4次南シナ海大規模反攻作戦
深海棲艦出現後、各国は内陸部に引き篭もり、引き篭もる余地のない島国などは国民の大半が難民化する憂き目にあった。艦娘の出現後、各国は残存戦力を結集して幾度となく反攻作戦を繰り返し、その国土を奪回し続けており、日本所属の艦娘も何度もそれに参加していた。しかしながら南シナ海などは深海棲艦がひそむ島々が多く、かつては海賊問題などでたまに話題になっていた辺りなどは、「海賊がそっくり深海棲艦に入れ替わった」などと冗談か愚痴なのか判断もつかない言葉が飛び交う程であった。各国軍部首脳としては掃討作戦と言いたいところであったが、実態は反攻がいいところであり、塹壕戦のごとく海域や島々を一進一退する現状であった。
大規模作戦のため、特段の事情がなければ日本の各鎮守府からも戦力抽出が行われ、書類上は残っている「国連軍」として、深海棲艦との戦闘に加わることとなっている。舞鶴第4からも天龍を旗艦とする舞鶴第一艦隊―天龍、鳳翔、榛名、加賀、赤城、雷の6艦―いや6名が参加していた。戦力的に旗艦が天龍であることを多少妙に思う者もいたようだが、他艦隊からの詮索はない。いくつかの同類からは大体理解を示されていて、当の天龍としては泣きたい気分であったが。
「赤城、悪いが頼りにさせてもらうぜ」
空母赤城―繰り返しになるが通常の艦娘ではなかった。舞鶴第4に非公式に所属した彼女を、天龍はいたく気に入ったかのように重用している。古参の加賀や榛名は、時折不満を見せ拗ねるようなこともあったようだが、天龍が自分たちをないがしろにしているわけではないと理解していたのだろう、癇癪を起すようなことはなかった。しかし鳳翔さんの笑いながら笑っていない目は怖かった、と後に天龍は愚痴っていたりもする。相談相手を間違えるそういうところだぞ、と愚痴られた赤城は思ったとか。
「効きますかね?」
「さんざんイ級だので試しただろう?ま、やばけりゃオレと榛名で壁になるからな」
そう口にするとくるりと榛名の方を向く。
「榛名、すまんがすまんが壁役に付き合ってくれ」
この天龍、マメと言えばそうなのかもしれない。
「榛名は、大丈夫です。大丈夫です」
「二人で」という点に大分ご機嫌な榛名だったが、わずかに上がる口の端以外、表情を読み取るのは難しい。いちいち繰り返すところに赤城と雷は引き気味である。
「加賀は第一次攻撃隊だけまず上空待機で頼む。んで、鳳翔さんは後詰な」
「わたしは?」
「雷は鳳翔さんの護衛、つーか雷と鳳翔さんセットだからな。魚雷をいつでも撃てるように待機で、周囲警戒をメインで頼む。対空・対艦は全部鳳翔さんに任せて、潜水艦に特に注意でな」
なお、公式には赤城の代わりに響が出発時にいたのだが、もともと「独立艦隊」への補給のために編成に入れていたのであり、合流した赤城と入れ替わりに沖縄の無人島群で待機中だ。天龍が要請した通りに、特務課はあきつ丸を旗艦とする補給部隊を付けてくれたので、後顧の憂いはない。もっとも
「ありがとうございます!」
と感謝する磯波に、いきなり土下座をかまし
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな」
「てい」
とあきつ丸に斜め45度のチョップで気絶させられた「特務課の雷」に面食らうというやりとりがあったり。無論、磯波もその雷とは面識はなかった。軽く尋ねてもただのPTSDでありますよ、とあきつ丸が彼女の状況を述べたあたり、特務課の闇も大分深い。続くやり取りも天龍にとっては何ということもない内容であったが、
「まあ、生きて帰ってきてくれれば問題なしであります」
「帰れりゃいいがな」
「貴殿なら出来るであります」
「おだてないでくれ、とでも言えばいいか?」
「その調子ですよ」
ぽん、と天龍の背の艤装を叩くあきつ丸。その腕の上をトコトコと歩いてヘルメット着用の妖精さんが艤装の中に潜り込んだあたり、あきつ丸にとっては必要なやりとりであった。特務課艦隊はそのまま取って返し、あきつ丸自身は舞鶴第4の捜査に加わるというブラック労働ぶりである。
昼間でも分かる照明弾、着色煙幕弾、そこらじゅうで鳴るサイレンで攻撃が開始される。赤城が矢継ぎ早に観測機として零戦を発進させると同時に、加賀が九七艦攻からなる攻撃隊を上空に上げた。鳳翔も同様に護衛機として零戦を打ち上げる。
「さーてっと、見えてっか?」
眼帯をめくり上げた天龍の「鷹の目」に、接近する深海棲艦たちが映る。編成は変則で数は10。海上の天龍が視認している時点で赤城・加賀・鳳翔の3人にも見えているわけだが
「きます」
そういった直後に回路同調(トレース・オン)、と呟いた赤城が剣を生成して矢として放った。連続して放たれる矢は天龍達の視界で敵艦隊に着弾し、呆気ないほどにその半数を海の藻屑へと変える。残念ながら、着弾の衝撃で弾薬が誘爆したのかどの艦も爆散してしまい、剣を爆雷代わりに使用することは出来なかったが。
「次」
「待て、連続じゃ息切れしちまうだろう」
「ですが」
こういうところで赤城―アーチャーは先走りがちになる。
「皆にもいいところ見させろっての。榛名、撃て」
天龍の視界では建て直しに躍起になっている深海棲艦たちが見えた。そこへ榛名が15.2cm単装砲、35.6cm連装砲を立て続けに発射する。
「いいぞ、2つ沈んだ」
直後、榛名と自身の立ち位置から方向を決めた天龍が、14cm単装砲を放つ。命中、しかし沈まず。
「ちっ、威力足らねえな。加賀、残り3」
上空待機の九七艦攻がうなりを上げて残存戦力に殺到する。なけなしの対空射撃を深海棲艦は試みるものの、接近前の砲撃の余波で艤装の機能も落ちていたため、あっという間に海中に没する羽目になった。
「やりました」
無表情のまま胸をはる加賀に、いいぞ、と声をかける天龍。赤城はその光景にどうも変な痛ましさを覚える。
「さてと、鳳翔さん、そろそろ敵航空隊も漏れてくるころだろうから注意してくれ。前線を押し上げる指示も来る頃合いだしな」
実績の低い哨戒・遠征鎮守府の艦隊である。作戦区域外縁の、比較的的戦力の薄いエリアに投入されていた。もっとも、時間経過とともに戦線を前進させるのが常のため、弱小艦隊でも激戦区に足を踏み入れる羽目になる。
「おっと」
いきなり天龍が右目、左目の順で一方向を見ると、14cm単装砲を連続して放った。遠方でやや大きめの爆発が起こる。
「お隣さんの撃ち漏らしだな」
実視界限定ながら、単艦でも観測もどきの精密射撃をやれるのがこの天龍の特徴だ。直後無線ががなり立て始める。
『第一段階成功、損害軽微!全艦、前へ!』
「ほら、きなすった!」
何時間経過したのか。途中弾薬・燃料の補給を受け、更に戦線を押し上げる。南沙諸島の敵をほぼ掃討し、日本からの艦隊はさらに南下した。予定通りならば欧米艦隊はインドネシア側から北上している筈である。東南アジア連合軍は主要上陸可能地点に陣地を置きながら、深海棲艦が陸に隠れないよう砲撃を加えていた。少ない同軍所属艦娘を遊撃させながらである。
戦線を押し上げるにつれ、双方の戦力が密集し始め、激戦の様相を現し始めた。
「激戦ですね」
指示された交戦海域に移動中、周囲警戒に上がっている零戦の視界を見て赤城が感想を述べる。
「ペース抑え気味でよかったろ?お前の砲撃は補給の効果が薄いからな」
弾薬を補充したところで剣製の残弾は増えない。燃料なら多少効果はあるが、実のところ通常の食事に休息しか、魔力の回復には効果がない。入渠すれば恐らく回復するものと考えられるが、ここは戦場だ。
「色違いの赤城ってのも新鮮かもしれないけどな、他にも色々ガタくるだろうし、無理はやめとこうぜ」
「3時方向、敵航空隊!」
護衛機を散開させていた鳳翔が警告の声を上げる。即座に赤城が矢継ぎ早に全金属の矢を放った。必中の矢が敵編隊の中層を叩き落とし、前列と後列で分散させる。若干知能のある空母から発進した部隊らしく、混乱しながら再編成を行おうとしたところに、鳳翔の零戦航空隊が襲い掛かった。
「分散状態で突撃しても各個撃破、立て直しを試みればこっちからの先制攻撃か。オレじゃできねえな」
「出来るようになりますよ」
「そこまで戦場に長居したくねえっ、回避行動取れ、戦艦だ!」
敵機飛来方向、島の影から戦艦ル級、空母ヲ級、軽母ヌ級、重巡リ級にイ級が2が出現する。リ級とイ級が急速にこちらに接近してくる。
「榛名、突貫するぞ。赤城、航空隊も使え!」
天龍、榛名の順で回避行動を取りながらの前進。後続で鳳翔を中心に前に赤城、左右に雷、加賀の疑似輪形陣となる。赤城を含む空母艦娘が航空隊を追加する中、航跡の見えたリ級の雷撃に天龍も雷撃をぶつけるという荒技に出る。複数の水柱が中間地点で上がり、同時に突出した天龍の真横にも飛来した砲弾で水柱が上がる、ル級の砲撃だ。
「2発抜けた!雷、回避しろ」
右側を抜けていく航跡に、牽制の砲撃をばらまきながら後方の雷に注意を促す。リ級の砲撃が天龍の体を掠めたところで、榛名の砲撃がリ級よりも突出してしまったイ級2隻同時に沈めた。
目と鼻の先となったリ級の目の前で「撃たなかった魚雷」の残りを海に落とす。
「グアァァ」
警戒の声らしき叫びとともにリ級が回避行動をとった。外れた魚雷はそのままル級へと航跡を描き続ける。加賀を小破させていたル級は、外縁から近づく魚雷に追撃を中止して回避行動を取る。上空では増援らしき深海棲艦の艦載機が撃ち減らされていくものの、乱戦の様相を呈しており制空権が確定しない。
「おらぁ!」
対艦刀―実際は衝角攻撃でしかない突きをリ級に叩きこむ。イ級を取り付けたかのような右腕でそれを跳ね上げると、リ級は左腕で砲撃を放つ。直前で身をひねった天龍の背後右側で7.7mm機銃が吹き飛んだが、逆側に装備されていた14cmが火を噴く。
「ガアァァァ」
直撃を受けて悲鳴を上げるリ級、その口に引き戻した対艦刀を加速しながら突き上げる。装甲を無視した一撃で、即死したリ級の首が上へと引きちぎれた。直後、着弾。
「がっ」
死んだ味方ごとの深海側の爆撃に、天龍の装甲を表す制服の左側面が弾け飛ぶ。単装砲も軸が歪んだのか異音を発し、砲の旋回速度が極度に落ちている。ほぼ中破の状態だ。斜めに傾いだリ級の向こう側、加賀の攻撃隊でヌ級が黒煙をあげたところで榛名の背中が視界を塞ぐ。
「ばっ」
砲撃を阻害するために魚雷でル級を敵空母に寄せたのだ。ヌ級が沈んだということは。
斉射する榛名に、「障害物」の減ったル級はヲ級の斜め後方から砲撃する。大破するヲ級の陰でル級は健在となり、一方の榛名は大破に追い込まれた。
「赤城!雷!榛名を後方へ曳航!」
制空権が確定する前に艦隊戦の結果は出た。ただし、深海棲艦はそれさえも無視する場合がある。思考能力があったらしい軽母、空母は轟沈と大破。ル級の行動は?2人の到着を待たずに榛名の影を出て天龍は斜めに全速航行、「ヲ級が盾になるように」ル級に接近する。角度が定まらない単装砲を身を曲げることで強引に照準し、弾をばらまく。お返しの砲撃が自分に集中する。
「天龍さん!」
「鳳翔は護衛機を維持して後退!加賀、搭乗員を回収しろ!」
加賀・鳳翔ともに航空隊の消耗も激しい。破損でスパークする己の艤装に、パラシュートで乗り付けた搭乗員までいる始末だ。
「こっから先は貧乏くじだぞ!」
肩に乗ってきた搭乗員妖精にそう声をかけると、パン、パンと特に軽い音が響く。ちらりと見れば妖精は十四年式拳銃に見えるそれを深海棲艦に向けていた。
「馬鹿野郎が」
ヲ級を抱えるように後退し続けるル級。陸に補給点があるのか?底が見えるまでに島に双方接近している。既に中破の天龍、少なくとも戦艦ル級に突撃するには無謀の域である。だが、浅瀬だと言うなら、本来の軍艦では考えられない戦闘が可能だ。艦同士の衝突、転覆、座礁。正常な艦なら全て回避すべき事柄である。海上戦中ならばそのことに留意するのは当然。特に浅瀬においてはいつ底に足が着き「陸戦」となるか全くわからない。だが複数種の艦娘はそう言った常識外の行動を既に常識としている。天龍型もその一つだ。
妖精が頬を突き一方を指し示す。視界の端に後退を命じたはずの鳳翔が映り、同時にル級もヲ級を投棄しそちらに砲を向けた。さらに加速、上体を曲げて仰角から動かなくなった単装砲を下げて発射。ル級の砲撃は衝撃でずれ、着弾音ははるか遠く。同時に14cm単装砲も装甲から火を噴き脱落する。この時点で目的の半分は達成した。本日2回目の衝角攻撃。浅瀬で倒れ込み半身を水の上に出したヲ級の間近、衝突音が響いた。
艦種の差により致命傷とはならず、勢いのまま浅瀬にもつれこむ。この時点で互いに艦としてのメリットがほぼ消え去る。あるのはヘビー級とミドル級のパワー差と体格差だ。それをマウントを取るという行為で埋める。衝突時に折れた対艦刀を狂ったように叩きつけるが、その度に残る刀身も欠け曲がり、原型を失っていく。代償とともにル級の装甲も破損し続けるが、素の状態でさえ強固な相手だ。気付くと態勢を入れ替えられているが、砲撃にこだわった敵は態勢の立て直し―すなわち立ち上がることを選択する。転がった状態で真下の敵に攻撃できるようなサイズの艤装ではないためだ。そして半端に立ち上がろうとしたル級の装甲の「継ぎ目」に、天龍は刀身の消えた対艦刀を投げ捨てて右腕を叩きこんだ。
文字通り絹を裂くような悲鳴であった
膝立ちの姿勢からそのまま立ち上がろうとするかのように天龍は体ごと右腕を突き上げる。
「わりいね、前戯もなしでよ!」
体格差から相手の方が大きいものの、立ち上がれるほどではない。ともかく動ける姿勢を確保して天龍は右腕で相手を破壊し続ける―とはいえ掴める肉を引きちぎるか、そのまま内臓を殴るしかない状態だが。ル級はというとありえない痛みに―人体、もとい女性体としての痛みを与えられるなど未経験である。さらにはどう考えても「それ」は無装甲のため打撃も含めあらゆる攻撃が通る状態だ。砲身が突き込まれているわけではないのが救いだが、そもそもこんな攻撃をしてくる奴など―艦娘などいない。発想が艦娘のそれではない。
ギィィ
殴りつけられる部分も狭い範囲の筈なのにバリエーションが多い。えぐるように胃をなぐられ胃液?を吐き、かと思えば逆方向に突き上げられ内側からキドニーブロウもどきを決められる。逃げようにも浅瀬では足を使うしかなく、その足腰が立たなくなり始めている状態で、刻一刻と何か別の死が近づいてくる。
「くそったれ、とっとと逝ッちまえよ!」
戦艦級の拳なら死ねたかもしれないが、軽巡の拳では逝く前にイく方が先としか思えない。先ほどからめったやたらに砲声はしているがどれも膝元に潜り込んだ相手には届かず、悲鳴を隠す効果しかない。気付くとル級は再び仰向けに倒れていた。かはっと吐いた息が自分の物であることを確認した時、狂ったように笑う艦娘―天龍の顔が目に入る。
「引きずりだすくらいしか手がねえな!」
そう言った直後に最奥へと打撃が打ち込まれ、悲鳴と砲声を響かせてル級はのけぞる。足を振り回せば蹴り飛ばすくらいはできただろうが、腰が抜けたからこそ倒れ込んだのであり、足など強姦魔の性欲をそそる添え物にしかなっていない。そしてナニカをつかまれた感触に彼女はヒッと声を上げた。しかし直後、爆音とともに彼女を蹂躙していた「モノ」が萎えた。
「?」
ヒューヒューと荒い息をさせながら、狭い視界で己の足先の方を見ると、左足の先に片腕―右腕のない天龍が転がっていた。ふと痛み―正確には損傷の感知を覚えて自分の左手を見れば、主砲も数門が破損している。飛行音がぐるりと回っているのが聞こえ、残っていた味方機が爆撃にて天龍に対処したことに気付く。では、今のうちに止めをと思い立たない足腰を叱咤してあがく。立ち上がれないまでも浅瀬を踏もうと、下肢に力を入れ、しかし意識してしまった異物に彼女はびくりと震えた。
「天龍さん!」
先ほどル級が目にした艦娘―鳳翔が、転がっていた天龍をひきずっていく。対処したいが姿勢を変えるのも困難なル級はそれを今は見送った。艦娘が撤退を始めている事を認識し、ともかく生き延びたらしいことを理解する。ほぼ機能停止した左手の艤装をその場に落とすと、彼女は身を起こして
「ン、ウッ」
血と、考えたくもないそれ以外に濡れたそれを引きずり出した。
「テン・・・リュウ・・・?」
おそらくはそれが己を蹂躙した艦娘の名だとル級は当たりをつけるが、なぜそれを気にしたのかまでは、理解出来なかった。ただ、傷だらけでありながらその右腕の白い肌を見つめ、立ち尽くす。
わずかに上気した横頬に、虫の息のヲ級の視線が刺さるのも気付かぬままに。