魔王城でおやすみなさい―MASEX!― 作:( ˘ω˘)スヤァーリンおじさん
世話係の仕事にもようやく慣れて来たまーくんは、今日もエリート淫魔としての誇りを胸に、魔王様から与えられた仕事へと取り掛かる。
姫の為に用意された居住エリアは広く、日課の点検や清掃などを行うだけでも時間がかかった。
とはいえそれほど汚れたり、何かが破損したりするといった事はなかったので、ごく短時間で朝の作業を終える事ができた。
そして世話係の務めとして、仕える姫君に規則正しい朝の目覚めを促すのも少年の役目だ。
「――朝ですよ、姫様。朝食の用意も出来てますので、お目覚め下さい」
「ん……ん~っ……あと、五時間…………すやぁ」
「それだと昼食になっちゃいますよね???」
むにゃむにゃと寝起きを嫌がる様子は、顔がさっきゅんと似ているせいもあってか、なんだか妹がもう一人増えてしまったかのように感じる。
「仕方ないので……失礼しますよ?」
「ぬわーっ!?」
まーくんは、姫のくるまった毛布を剥ぎ取る。
諦め悪くしがみつく姫をひっぺがし、手の届かない遠くまで没収する。
そして下ろされていたベッドの天幕を全開にし、魔法の陽光を浴びせることで覚醒を促した。
先に陽光を浴びせてしまうと姫は防御を固くしてしまうので、まずは装備から剥がすのがセオリーだと、まーくんはここ最近の攻防で学んでいた。
「……ふぁ~」
「おはようございます、姫様」
目尻に涙を浮かべて、大きな欠伸をする姫様。
そこに高貴なお姫様らしさはなく、けれどもどこか気品を感じさせるのは、人類王家の血が成せるわざなのだろうか?
そんな事を考える少年淫魔に、姫はこくりと眠そうに頷く。
「……ん、おはよ」
最近では姫の方も少年に慣れて来たのか、こうして挨拶を返してくれるようになっていた。
最初はほぼ無関心であり、まーくんが事務的な事を一方的に話していた事を思えば、これは大きな変化だった。
それにまーくんは姫の事を、王族として尊敬していた。
それも魔王様の次くらいには。
まーくんが淫魔であることを知った上で傍に置く。
それは並大抵の度量や胆力で下せる決断ではない。
何せ人界においても淫魔はドスケベ種族であると広く認知されており、更にはその噂に背びれ尾びれが付きまくった結果、現在の人間達の間では、悪魔族らしく狡猾で残忍、人間をたんなる玩具としか見ず、魔性の技で堕落させ、人々を破滅させる恐ろしい存在とされている。
人界にある「魔物絶対ぶっ殺ランキングリスト(冒険者組合発行)」では堂々のベスト3入りをしているほどだ。
何でも不義密通不貞の類いは全て淫魔の仕業であり、見つけ次第駆除すべしという事だった。
遥か昔の、ブイブイ言わせていた神話時代の孕めオラオラ淫魔達ならともかく、現代のスタイリッシュ淫魔であるまーくんにとっては誠に遺憾な評価だった。
そんなのは淫魔の里でも一握りだけだというのに。(いることはいる)
なおそのリストで淫魔の男女は別枠扱いで、何故か淫魔(男)だけが駆除対象に入っている事にまーくんは疑問を禁じ得ない。
(いやまぁ、いいんだけどね? さっきゅん可愛いし、冒険者とか前線の兵士とかやっぱり男の人が多いしね。スケベなのは仕方ない)
それに
ちなみに魔王様が貫録の第1位に輝いていたが、悪魔修道士の判断で当の本人には内緒にされていた。
そんな風に、恐怖の代名詞である魔王様と上位争いをするほど、人間は淫魔を忌み嫌っている。
それなのに。
『――いいよ、君のままで』
姫にそう言って貰えて、まーくんは本当に嬉しかった。
それに最近では姫の世話を焼くのにも慣れ、仕事を楽しめるようになっていた。
やはりお世話をするなら、嫌いであるより好ましい人物の方がモチベーション的にもやりがいがある。
今日の朝食メニューは、ふわっふわ卵のオムレツに上質な魔麦粉のパン、果物のジャムは瓶ごと複数用意してあるのでお好みで。
スープは魔界産高級野菜の滋味がたっぷりとしみ込んだコンソメベースの物を温かいうちに。
飲み物は脂肪を溜めにくい体質になる効果があるという、魔ハーブを煮出したお茶を給仕する。
特に最近の姫様は甘いお菓子やジュースを摂る事が多かったので、魔ハーブティーは今後も継続して淹れる予定だ。
最初は環境の変化に対するストレスを考慮して、更には姫が自分で稼いだお金から購入したという事もあり大目に見ていたが、度が過ぎるようであれば制限しなくてはならないだろう。
いつか人界に戻った際、姫が魔族の呪いで豚にされたなどと言われてしまっては、申し訳なさ過ぎて魔王様に顔向けできない。
人質の姫の健康管理もまた、まーくんの重要な仕事だった。
「食べ終わった器をお下げしますね。ところで、ここでの食事はどうでしょうか? 何かご不満な点などはありますか?」
「うーん……特にない。結構な美味。王宮の料理にも引けをとらない……どころか、私好みの味だよ」
その言葉を聞いて、まーくんは嬉しくなった。
魔王城の料理人達はやはり優秀だ。補修部隊の魔物達もそうだが、戦うだけが魔物の力ではないと立派に証明している。
こういう裏方の仕事を評価されるのは、戦闘能力よりも
ドスケベ種族に仲間面されても、相手は困惑するだけだろうが。
「それは良かった! 料理人達も喜ぶでしょう、伝えておきますねっ!」
長年執事の真似事で、城内の雑用をしてきたまーくんは顔が広かった。
料理人達の間でも姫の人気は高いので、伝えればきっと喜んでくれるだろうと気分を弾ませる。
そんなぽわぽわ笑顔を浮かべるまーくんを、姫は冷静な目でじっと観察していた。
「……ねぇ、君ってほんとに魔物なの? 人間にしか見えないけど」
「え? あ、はい。僕はちゃんと……ちゃんとっておかしいですけど、魔物ですよ? 正真正銘の『エリート淫魔』です。あ、角とか翼とかは邪魔なんで、普段はしまってますけど、ちゃんとありますからね?」
エリート淫魔である少年は、ある程度の擬態能力を持っている。
まだまだ低級淫魔であるさっきゅんには出来ない事だったが、淫魔としてそれなりの力があれば、魔物としての特徴を隠して人に紛れる事も可能だった。
能力を解放させるような戦闘時ならばともかく、日常生活で角とか翼とか邪魔過ぎる。
そんな理由から擬態を続ける事数百年。もはやこの姿に慣れ過ぎて、角とか翼のある生活には戻りたくなかった。淫魔の誇りとは一体。
「見せて?」
「え? なにをですか?」
「角とか翼とか……見せて?」
淡々と催促してくる姫様に、少年は困惑する。
なんで人間である姫が、わざわざそんな物を見たがるのか、理解できなかった。
人間的な感覚に置き換えれば「パンツ見せて?」と言われたに等しい。
自動的にまーくんの中で、さっきゅんが「パンツ隠せない娘」扱いされている事実が判明するが、まーくん的にはそんな所も可愛い妹ポイントだったので、特に問題とも思ってなかった。やはり淫魔はスケベ。
そして当然一人前のエリート淫魔であるまーくんは、人様にパンツを見せつけて喜ぶような性癖など持ってなかった。逆ならばともかく。
「嫌ですが???」
「 見 せ て 」
「ひっ……わ、わかりました」
姫のゴリ押しの圧に負けたまーくんは、その迫力に思わず了承してしまう。
レベル的にも能力的にも負けるはずはないのだが、何故か逆らえない。
これも王家の血筋故なのか、存在としての格が違っているような気がしてしまう。
(でもなぁ……解放すると淫魔の本能が強くなるから、あんまり出したくないんだけど……)
だけど少しの間くらいならまぁ……と、まーくんは仕方なく解放した。
その額からはくるりと曲がった
腰からは悪魔族らしい被膜の翼を。
そしてブラウンの瞳は、魔力の宿った黄金へと変わる。
人間に擬態し、外見も能力も人間に近かったエリート淫魔の少年は、魔物として本来の姿を解き放った。
(姫の傍にいるのは、もう無理だろうなぁ……短い間だったけど、思えば結構楽しかったかも……)
初めは命令された仕事だった。
さらわれる姫への同情や会議に口出しした責任感、そして魔王様への忠誠から臨んだお役目だ。
だがそれも、これで終わりだろうとまーくんは思った。
人が魔を恐れるのは本能である。
『ただその、もし……もしもそのお姫様が、少しでも
世話係を拝命した際に、魔王様と交わした契約。
この姿を見た姫は、一体どんな反応をするのだろう。
悲鳴を上げるか、それとも気を失うか、あるいは逃げ出してしまうだろうか。
そんな姫様は見たくないな、と少年淫魔は悲しく思う。
だが当の姫様の反応は、どこまでもまーくんの予想の斜め上だった。
ガシッとまーくんの角を両手で引っ張ると、その色艶を確かめ始めたのだ。
「へー、いい艶してるね? ……形も優美で色合いもグッド」
「いだっ!? いたたたっ!? ちょっ、姫様!? なにを!?」
「……これ、取れる?」
「怖いんですがッ!?!?」
ヒュンッと、反射的に出していた物を引っ込めてしまう。
淫魔の角や翼だけではなく、少年の玉も思わずヒュンッとしてしまった。
姫様のあれは、獲物を見定める捕食者の眼差しだった……!
「だ、ダメですよ!? 角も翼も、淫魔にとって大事な器官なんですから!?」
具体的にはチンポと同じかその少し下くらいに。
姫の魔の手から少年が抜け出すと、下手人である姫は残念そうに呟いた。
「だめかー」
「まったく、何なんですか急に! 何かご不満があるなら、まずは口で言ってください! いきなり突飛な行動をされたら驚きますっ!」
ぷんすこ怒る少年に、姫は「じゃあ聞くけど」と尋ねる。
「君の種族って……『いんま』? なんだよね?」
「え、ええ、そうですけど……?」
不思議に思うまーくんだったが、先程の行動にも何か理由があったのだとわかって、内心でほっと安堵していた。
人間として衝動的に魔族を狩りたくなったのだとか、そんなサイコな理由ではない事に。
「君のこと(これっぽっちも)知らないから、調べようと思って」
「ああ、なるほど。僕の(種族を聞いたけど本当の実態の)事を知らないから、その詳細を調査されようと、あんな真似を……」
(この姫様はご自身の目と耳で、淫魔という種族を見定めるおつもりなのか……!!)
姫が淫魔について全くの無知であるとは思いもしない少年は、人界の共通認識を元に説明を始める。
「御存知の通り、淫魔は生気を糧にする種族です。人界では謂れのない……多少は誇張された噂が蔓延しているようですが、現代の淫魔は魔物達にとってなくてはならない、非常に重要な役目を持つ種族なのです」
「???(きょとんとした顔)」
姫の顔を見たまーくんは(あ、これ理解されてないな?)と悟った。
どうした物かとまーくんは少しの間考え込むと、ある方法を決断する。
「では……少し体験して貰った方が分かり易いかもしれません。姫様、お手を拝借してもよろしいですか?」
「別にいいけど……」
百聞は一見に如かず。
淫魔という種族を肌で感じて貰った方がわかりやすいと、まーくんは嫌われる事を承知の上で申し出た。
そして躊躇いなく差し出された、姫の白くたおやかな手の平。
その手をそっと、エリート淫魔の手が握りしめる。
「ッッッ!?」
その瞬間、姫の背筋にぞくりとした電流が走った。
それは決して不快なものではなかったが、姫にとってはあまりに未知の感覚だった。
姫は思わず、少年の手を反射的に払ってしまう。
驚きに目を丸くする姫様に、少年は諦めるような苦笑を浮かべた。
「……これが淫魔による生気の吸収です。こうやって淫魔達は過去、人間達を虜にし、その生気を糧にしてきました」
まーくんは正直に淫魔という種族について説明しながら、その心には諦めと一抹の寂しさが湧いていた。
どんなに頭では理解していても、生理的な嫌悪感はどうしようもない。
理性では淫魔を許容していようとも、淫魔の技を体感してしまった今なら理解できるはずだ。
一人の女としての危機感から、怒りを覚えるのは至極当然の事だろう。
そもそも女をいつでも好きに発情させ、犯せる魔性の存在を前に、これまで普通に生活していた方がおかしかったのだ。
ましてやここは、いくら広くとも牢の中。
誰の助けも来ない二人だけの密室だ。
この事実に、身の危険を覚えない方がどうかしている。
ましてや王族としての教育を受けたであろう姫君ならば、なおのこと危機感を覚えるはずだ。
「こんな僕(淫魔)が不快だ、気持ち悪いと思われたのなら、どうか遠慮なさらずに。
姫様の心身の安全こそが、僕に与えられた使命ですので」
だがそんな諦めは、再度打ち砕かれる。
「もう一回」
「……はい?」
なにを言って。
少年は自身の耳を疑った。
けれど、姫の告げる言葉は変わらない。
「今の、もう一回やってみて?」
「ッッ!? しょ、正気ですかっ!?!?」
驚愕するエリート淫魔を前に、姫は泰然と佇みながら、その口端を歪めた。
ここは理想の安眠の地。
けれどずっと同じではやがて飽きてしまう。
「……最近、少しばかり刺激が足りないと思ってたんだ」
その目はぞっとするほど怜悧に細められ、人界の姫としてのオーラを纏っている。
人は魔を恐れる。
それは彼らが弱者であり、自分達とは違う存在を恐れたからだ。
だが人間の全てが同じわけではなかった。
――そう、一部の例外を除いては。
「君の手って――マッサージにちょうどよさそうだね?」