魔王城でおやすみなさい―MASEX!― 作:( ˘ω˘)スヤァーリンおじさん
人類王家誘拐計画――それはタソガレが魔王を襲名する以前より考案されてきた、一大プロジェクトである。
四百年前、人は神と決別し、魔と争った。
自らこそが神であると驕り高ぶった人間達の手により、神も魔も等しく滅びの危機に瀕していた。
それを救ったのが当時の魔王であり、魔王タソガレの父親でもある先代魔王のウシミツだった。
彼の偉大なる魔王の手によって、地底での生活が切り開かれたのだ。
人々からの信仰を失い、その存在までも失いかけていた神々は、神族へと転生する事でその存在を保ち。
住処を奪われ、個体数を大きく減らされた魔物達は、全て地底へと追いやられたものの、その血脈をどうにか繋いできた。
「いまだ人間を恨む魔物達も多いだろう。我輩はそれを否定せん」
地底に追いやられ、辛苦に耐えて来た過去がある。
排斥され、迫害されてきた歴史がある。
魔王として、そんな彼らの想いを一蹴する事などできはしなかった。
「そして人間達が、我々魔の物、魔族へ向ける感情もまた、理解しているつもりだ……」
人間は魔族に比べて圧倒的な弱者であった。
強大な魔物達にいつ襲われるのか、その恐怖は並大抵のものではなかったのだろう。
でなければ地上から魔族を一掃などできはしない。
それはもはや抗い様のない人間達からの拒絶反応だったのだろう。
「故に立てられたのが、この計画だ」
人類は魔族と戦う為、統一国家を築き上げていた。
その王家の姫をさらうことは、人々に再び魔の物達への恐怖を思い出させる事だろう。
タソガレが魔王となり、地底にいた魔族が再び地上へと姿を現してから早十年。
停戦も終戦もしていなかった争いは、再び燃え上がるはずだ。
それでも。
「どんな結果でも……魔族の代表と人間の代表が正面から戦って、明確な決着をつけなければ、この争いは終わらない。何度でも繰り返されるだろう」
魔族の代表である魔王と、人間の代表である勇者。
魔界と人界、互いの世界を賭した争いに決着をつける。
争いの歴史に終止符を打つためには、明確な、誰にでもわかる区切りが必要だった。
勇者を魔王城へと導く――その為の人質であり、選ばれるのは人類統一国家の至宝たる姫君をおいて他にない。
「――我輩はもう、人と魔が争う時代を終わりにしたいのだ」
それこそが魔王タソガレの願い。
世界が人と魔に分かれた有史以来、連綿と繰り返されて来た争いに終止符を打つ。
まさに世界の理を変えるに等しい、大いなる野望であった。
「魔王様……」
レッドシベリアン・改がぺたんと耳を伏せて、主を気づかわしげに見ている。
そして場違いにも参加させられてしまったエリート淫魔の少年もまた、魔王の御心を知って感涙していた。
(ああ、魔王様……! なんて尊い志……っ!)
冷徹な魔物ならば「甘い」と評してもいいくらい、優し過ぎるほど優しい魔王だった。
けれどそれを聞く十傑衆の誰もが、それを否定したりなどしなかった。
こんな優しい魔王だからこそ、この場にいる魔物達は皆、彼を王と認め、支えたいと思ったのだから。
人間達にとっての勇者でそうであるように、魔物達にとっての魔王は、ただ力が強いだけの存在ではない。
魔王とは魔物達の掲げる道標であり、希望の象徴だった。
その意思を汲んだ幹部達十傑衆も、それぞれが力強く頷き、魔王と志を同じくする。
そのまま始まった会議もまた熱意溢れるものであり、激化が予想される前線の魔物達への兵站管理や各種防衛計画。
そして勇者を魔王の元へと導くルート構築と、そこから予想された勇者が得られるであろう経験値と戦闘力の計算など、高度な内容が次々と話し合われていく。
ただの雑魚が魔王の元に辿り着いたとしても意味がない。
誰もが納得できる「勇者」に成長した、人間の代表となる者と戦ってこそ意味がある。
そんな熱意溢れる魔王と十傑衆達の話し合いに、所詮代理でしかない少年は口を挟めなかった。
(ほんとに僕、なんで呼ばれたんだろう?)
そもそも「幻の十人目」の代理とか言われても、そんなエリアボス、まーくんも知らなかった。
なんだか雰囲気的にまーくんの上司っぽい存在なのだろうが、今まで見た事すらない。
(それって結構やばくない???)
今更ながら魔王城の組織運営に疑問を持ってしまうが、これまでふんわりと何とかなってきたのでまぁいいか、と思ってしまう。
まーくんはほんわか事なかれ主義なのだった。
どうせ執事服を着ているので、と手持無沙汰だったまーくんは、他の皆へとお茶汲みする事にした。
まーくんとさっきゅんが住む淫魔の部屋は植物エリアに近いため、よくネオ=アルラウネから茶葉になる植物をお裾分けして貰っていた。
魔ローズマリーや魔ペパーミント、それから魔レモングラスなどをブレンドした物で、まーくんも朝によく淹れて頭をすっきりさせている。
さっきゅんにも好評なので、そこまで悪い出来じゃないはずだ。
まーくんの自室にある茶器とブレンド茶葉などを魔法でちょちょいと召喚して、手際よく人数分のお茶を淹れると、邪魔にならないように気配を消しつつ、それでいてカップを零さないよう気付いて貰える程度の動きを見せながら配膳して回る。
「おお、すまないな。だがえりーといんまよ。お前を呼んだのは、なにもお茶汲みさせる為ではないのだ」
「え……でも僕、エリアボスとかじゃないので、戦略の話をされても困るのですが?」
まーくんにとって直属の部下といえる存在はさっきゅんのみ。
支配エリアがあるとすれば、さっきゅんと住んでいる一室になるだろう。
周りのエリアボス達と比べて格落ち感が凄まじかった。
「そうではない。今回招集したのは、お前がこの魔王城内でもっとも人間に詳しい魔物だからだ。
我輩などは遠目からでしか人間を見た事がない。書物や人づてにしか人間を知らぬのだ。
その点、人間と暮らした事のあるお前なら、我輩達が気付けぬ穴にも気付けるだろう?」
「なるほど……そういうことでしたか」
魔王の言葉に少年は納得する。
確かに淫魔という種族がら人間の生活様式などには詳しい。
何せ淫魔という種族は本能的に「モテ」を追求する生き物。
生気を得る糧でもある人間達に詳しくなければ話にならなかった。
だがそれも過去の話。
人と魔が分かれて約四百年。まーくんの記憶にも少しばかり怪しい所がある。
さっきゅんみたいな年若い淫魔だと、人間を見た事がないという者も大勢いるだろう。
最近の人間がどうなっているのか分からないが、そこまで大きな変化はしていないはずだ。
天敵である魔族が地の底に姿を消したせいか、全体的に弱体化したという報告はあれど、身体的な構造は四百年程度でそこまで変わらないと思われる。
魔王などはこの十年で大分成長していたが、超越種である魔王と人間を比べる方が間違っていた。
「では微力ながら、お手伝いさせていただきます!」
まーくんも敬愛する魔王様の為に、役立ちたい気持ちは十分以上にある。
この重要な会議に招集された以上は少しでも役に立てるよう、渡された計画書へ真剣に目を通していく。
そして見つけてしまった。
他の魔物達が見逃していた、とある重大な欠陥を。
「あの……なんでこの姫様専用牢(仮)、こんなにスカスカなんです?」
この悪意なき一言が歴史を大きく変えてしまうことなど、全知全能の神でさえ見通せぬことだった。