魔王城でおやすみなさい―MASEX!― 作:( ˘ω˘)スヤァーリンおじさん
姫様専用牢(仮)はなんやかんやの末、一から設計を見直す事になった。
計画書に添付されていた牢の仕様書は、とてもではないが温室育ちであろう姫君を入れていい代物ではなかったからだ。
【 まーくんから見た、姫様のステキにとくべつな牢(仮)の要約 】
気密性:とっても開放的! 高い所にあるから四六時中風を感じられるぞ☆
プライベート:風呂トイレ以外は通路から全て丸見え! もしかして、そういうプレイ?
風呂の大きさ:小型魔物(五十センチ級)用! お湯があるだけ贅沢とか、そんな感じ?
アメニティの充実度:石鹸とブラシ各種! うーん、カス!
牢番:でびあくま! かわいい!!
「……………………これって正気ですかぁ?」
まーくんは思わず戦慄に身を震わせてしまう。
喉からは知らず掠れ声が、悲鳴のように漏れ出していた。
少年はここに書かれている内容が、冗談か何かの類ではないかと信じたかった。
さっきまであんなにも高度な戦略を練っていた幹部達が、まさかこんな案を大真面目に見逃していたとか考えたくもなかった。
外からほぼ丸見えの檻。盗賊のような罪人や咎人ならいざしらず、決して貴人をとらえる造りではない。魔物を恐れるような神経の細い姫君ならば、四六時中魔物達に見世物にされれば発狂しかねない。
魔物が近寄れば、大の大人ですら悲鳴を上げて腰を抜かすことも珍しくないのだ。それがか弱い姫ともなれば、もはや語るまでもないだろう。
おまけに身投げをしろと言わんばかりの開放的な窓辺。ひょいとよじ登ってダイナミック自殺できる程度の柵しか設置されていない。
さらに天窓には風を防ぐ板戸すらなく、ただの石枠でしかなかった。風通しがあまりにも良すぎて、あるいは姫を病気で殺す心算なのだろうか。
備え付けの寝具や小物も、諸々の基準が一般魔物のそれであり、盗賊などを一時的に詰める地下牢よりは多少マシといった程度。
人界最高の姫君であり、考えうる最高級の環境に居たであろう箱入りの姫君を、こんな魔獣の寝息が煩い場所に押し込んでしまえば、下手をせずとも三日と持たずに死にかねない。
というよりも、場所的に飛行型魔獣用の檻だった所を、急遽改装したのではなかろうか?
場所とか牢の吹き抜け具合がいかにもそれっぽいと、まーくんの中で疑惑が膨れ上がる。
そんな中で唯一、姫に提供する食事のメニュー内容だけは、魔王城の誇る料理人達のお蔭で問題なさそうだった――が、それ以外は控え目に言ってカスだった。
特に牢番を「でびあくま」にした何者かには狂気を感じずにはいられない。
あれは誰もが認める愛玩魔物である。むーむー喋る小熊のぬいぐるみと考えて貰えば間違いない。
そんな彼らを、なぜ牢番にしようなどと思い付いてしまったのか。
もしもの時に戦える戦闘力も、時に非情な決断を下す精神力も、彼らにありはしないというのに。
(あれ、姫様の事は最大限尊重するって話だったよね? 実は獄中死させるのが狙いだとか、この魔王城でそんな陰謀とかごめんだよ???)
まーくんの背筋に冷たい汗が流れる。
「あ、あのですね? 檻が頑丈なのは、中から逃げ出さないようにする為だけじゃなくて、外の脅威から姫の身を守る為でもあるんですよ? 魔王城が戦いの場になったら、姫の牢までまっすぐ勇者がやってくるかもしれないですし、そうでなくても優先度はかなり高いはずです。
それなのに外から侵入し放題なのは、その、あまりにも……ここが最後の砦になる可能性だってあるんですから、もっと防衛と防諜を考えた造りにした方がいいのでは?
おまけにご飯係は当番制? いやいや、そんな……愛玩動物じゃないんですから、専属のお付き一人くらいは付けましょうよ。
なるべく人質と接触する魔物は少なくした方が良いですし、よってたかって色んな魔物達が押しかけても、姫をただ怖がらせるだけじゃないですか」
まーくんとしては別に、人質の姫に思い入れなどなかった。
魔王様が決めた事であり、魔王城の平和を守るためなら協力しよう……そんな程度の気持ちだった。
だが流石にこんな仕様書を見てしまえば、さらわれてくる姫君に対して同情せずにはいられなかった。
特に寝具。淫魔であるまーくんはちょっとばかり寝具にはうるさかった。
遠い親戚である睡魔とは数年に一度の頻度で、寝具の良さについて語り合う仲だ。
睡魔は純粋な寝心地を評価し、淫魔であるまーくんはエッチの際の心地よさを評価するなど若干ズレてはいたが、概ね意気投合していた。
そんなまーくんから見て、この特別牢はちょっと許せないレベルだった。
魔王様や十傑衆の目がなければ、仕様書ごと丸めてゴミ箱に捨てたいくらいだ。
そんな少年淫魔の鬼気迫る様子に「あ、やっべ」みたいな顔をした魔王は、長年の腹心達にアイコンタクトを送る。
先ほどまでのカリスマが台無しだった。
「う、うむ。やはりえりーといんまを呼んだ我輩の目に狂いはなかったようだな! なあっ、あくましゅうどうしよ!」
「え、ええ、そうですね魔王様! やはり人間の事はプロに任せた方が安心できますねっ!」
目を泳がせた魔王と悪魔修道士が、ぎこちない笑顔を浮かべて頷きあう。
プロとは一体。
その横で難しい顔をしたレッドシベリアン・改がまーくんへと確認する。
「風呂周りは俺の担当だったのだが……小型魔物(五十センチ級)用ではダメだったか? 人間の姫はニワトリくらいの大きさだと聞いたんだが」
「それ騙されてない?」
「なん……だと……!?」
驚愕する犬はともかく、他の幹部達からも様々な質問が飛び交い、それにまーくんは一つずつ丁寧に応えていく。
そこに当初あった、幹部達への気後れなど最早なかった。
ここでまーくんが少しでも躊躇してしまえば、姫の身がガチで危ないと必死だった。
蘇生魔法があるとはいえ、その精神の無事までは保証されていない。
魔王と勇者の勝負の結果がどうあれ、いつか人界に姫を返す際に、心が壊れていたとなれば大問題どころの騒ぎではなかった。
そうなれば魔王様の大望も叶わず、争いのない平和な時代など永遠に訪れないだろう。
そんな未来はごめんだと、まーくんは心を
その話し合いは、幹部達が疲労を見せるほどの長時間にまで及んだ。
ようやく問題点の洗い出しとその改善に目途がたった頃、一息ついたまーくんに向かって、魔王は何かを決心した顔で告げる。
「うむ。やはりお前が適任だろうな。――えりーといんまよ!」
「ふぇっ!? あ、はいっ! なんでしょうか魔王様ッ!!」
突然の魔王の覇気に、まーくんは反射的に背筋を伸ばす。
そんな少年淫魔に対して、魔王は驚くべき命令を下した。
「お前を――とらわれ(予定)の姫君、専属の世話係へ任命する!!」
「……は、え? ええええええッ!!??」
一泊遅れて、まーくんの頭がその有り得ない命令を理解する。
魔王とは思えない、まーくんの種族を理解していないとしか思えない言葉に、驚愕の声を上げてしまう。
「え、でも僕、淫魔ですよ!? 人間達から『ドスケベ種族』って軽蔑されまくりの魔物ですよ!?」
まーくんの脳裏に、かつての人間達から告げられた、心無い言葉の数々がフラッシュバックする。
『淫魔だと!? わらわにナニをする気じゃ! この痴れ者め!』
『どうせスケベな事するんでしょ!? 春本みたいに! 春本みたいに!』
『変態! 変態! この淫魔っ!』
『くっ、この俺をどうするつもりだ! 辱めは受けん! 犯すなら殺せっ!(野太い声)』
(…………うっわぁ、嫌なこと思い出しちゃったぁ)
四百年前の動乱時、戦略上仕方なく捕らえた人間達に言われた言葉が思い出される。
人間に近しい姿の者の方が良かろうと、まーくんが捕虜の世話をしていたのだが、まーくんが淫魔である事を知られただけで人間達は、問答無用で凌辱されると思い込み、その華奢で可憐な容貌から、男すらも誑かしているのかと罵倒された。
中にはちょっぴり期待していた風な連中も混ざっていた事が、まーくん的にかなりイラッとさせられた覚えがある。
自意識過剰系な人間達に言いたい。淫魔にだって好みはあるのだと。
まーくんは淫魔として普通に女好きであり、更に言えば男色でもなかった。
「だが我輩は、お前が誠実な魔物である事を知っている。面倒見がよく、細かな気遣いを欠かさない優しい奴だとも。
姫をさらう事を決めた、我輩が言えた事ではないが……この魔王城で、お前以上の適任はいないと信じている」
淫魔である以上、そういう目で見られる事は仕方のない事だとまーくんも思っている。
魔物達ですらそう思っているし、事実それは正しい。
けれどドスケベ種族だからといって、そう罵倒されて傷付かないわけではなかった。
そんなまーくんに向かって、魔王タソガレは真っ直ぐな信頼を向けていた。
「やってくれるな? えりーといんまよ」
「うー、あー……」
魔王の両手が、まーくんの肩を掴む。
その信頼の籠った眼差しに、まーくんは何か言おうと口をぱくぱくさせながら、けれど何も言えず、やがて諦めた様にコクリと頷いた。
「……はい、謹んで拝命します。魔王様」
涙目になった美少女顔淫魔(少年)の肩を掴む、ツノ有り系魔王男子。
その光景を見ていたネオ=アルラウネは、若干ウキウキした声で呟いた。
「――なんだか背徳的な絵面ですわぁ」
「――シッ! 余計な事言うんじゃねぇっ!」
何やら十傑衆の一部が騒いでいたが、幸いにも二人の耳には届かなかった。
まーくんはそれでもと、もしもの場合に備えて条件を申し付けた。
「ただその、もし……もしもそのお姫様が、少しでも
「うむ。まぁ残念なことではあるが……そうなってしまった場合は、決して無理強いはしないと約束しよう」
必死の覚悟で告げた条件を快諾して貰い、少年はほっと胸を撫でおろす。
最初は困った事を命じられたと思っていたが、魔王の寛大な処置にまーくんは感服していた。
「ありがとうございます! お役目、精一杯がんばりますっ!!」
十傑衆代理「えりーといんま」のまーくん。
とらわれの姫様専属の世話係へ就任!
この時のまーくんは、知らなかった。
魔物に恐怖する繊細で箱入りで温室育ちなか弱いお姫様など、どこにも存在しなかったことに!