「どうなっている!!」
アンティオキア公国の軍議が行われている会議室に怒号が響き渡る。
声をあげた執政官は、拳をテーブルの上に叩きつけると憤りを隠そうともせずに声を荒らげた。
「も、申し訳ございません…!」
公国軍を率いる軍団長は、声を震わせながら深々と頭を下げる。
そんな様子を見ながら、執政官ほどではないにしても文官や貴族たちは不満、不安、焦燥と各々の感情を表情に浮かべていた。
「帝国など恐るるに足りなかったのではなかったのか!」
実際の戦場に立つことのない執政官にとって、戦況を見極めるのは事前情報の戦力のみ。
事実、軍団長が見積もっていた戦力差というのも帝国軍との差はむしろ公国軍が優勢であったし、事実帝国軍のみで戦っている間は間違いなく押し込んでいた。
ドルガルドンという新勢力が現れるまでは、の話だが。
兵数の問題だけで言えば、ドルガルドンの介入はそれほど大きな問題とされていなかったはずであったが、頭数一人当たりの戦力が公国の想定を遥かに上回るもの、とくにグレンデルの戦力は例え話の問題ではなく、文字通り一騎当千とも言えるものでものの見事に戦力も戦況もひっくり返されてしまったことの衝撃は大きく、特に戦場を見ていない役人たちにとっては自軍の無様を晒しているようにしか見えず、その責任者へとむけられる怒りは大きかった。
特に、グレンデル率いるドルガルドンの本格的な参戦によって戦況は押し返されるどころか、奪った帝国領を取り戻されるどころか自国の領地までどんどん奪い取られ始め、侵略戦争の形式すらもいつのまにか立場を逆縁され、焦りは相当なもの。
当時は軽視していたドルガルドン戦力の評価を大きく変え、後手になりながらも戦力の要と改めたアンティオキア軍は中心人物であるグレンデル、そして帝国側の最大戦力であるシュナイダーの二人の暗殺を企てる。
しかし、刺客を送り込んでの暗殺は二人の実力によって容易に返り討ちにあい、毒殺呪殺の間接的な殺害は全てエフィやノインといったシュナイダーの仲間の神官たちに事前に読み切られ阻止されてしまう。
魔術での暗殺も、グレンデルの裏で暗躍しているドゥーゼの術によってすべて打ち破られ、後手に回っての対応は全て失敗に終わっていた。
「英雄と呼ばれた男も堕ちたものですな!」
軍を率いるオニールも、今や英雄としての立場は完全に崩れ落ちてしまい、敗戦濃厚の戦犯兵のような扱いを受けていた。
「この状況を覆せなければその立場でいられるとは思わんことだな!」
役人や貴族たちから無能の誹りを受け、会議室から半ば追い立てられるようにしたオニールは退室すると屈辱に表情を歪ませる。
「クソッ!戦場を知らん間抜けどもが好き勝手ほざきよって!」
グレンデルのあの圧倒的な戦力を目の当たりにしていないからこそ無責任に自分にすべてを押し付ける役人たちに苛立ち、しかしそれでも現状として今の状況を好転させなければ立場が危ういという現実に何よりオニールは焦っていた。
五星姫のシュナイダーさえも退けた自分ならば、帝国を確実に打ち破れると思っていたしその予想は決して自惚れではなかったはず。
だからこそ、この想定外の戦況の翻当には自分だけではなく国全体が大きく揺れ動いているのだ。
「…こうなったら、どんな手を使ってでもあの二人を始末するしかない」
確かに、現状帝国側が大きく優勢に傾いてこそいるがその要となっているのはグレンデルとシュナイダーという二大勢力のおかげだ。
逆に言えば、帝国側の兵力はその二人以外は公国側からすればそれほどの脅威ではない、ということ。
今、台風の目になっている二人の存在を打ち破ることさえできれば現状を逆転できる。
オニールは、自分の立場が崖っぷちに立たされたことで大きな賭けに出ようとしていた。
「何だか攻めが単調になってきたな」
帝国側が大きく優勢になったことで、公国軍は防戦を余儀なくされ攻めは自然単調なものになってきた。
前衛をグレンデルとシュナイダーの二人で固め、突破に特化した攻めの陣を組んで一気に公国軍を蹴散らす。
グレンデルの戦力が圧倒的すぎて、下手な挟撃も通用しない現状としては突破のみに意識を注力することができ、それがさらなる突破力を生んでもはや止めることができない状態。
そんな中、グレンデルはどこか公国軍の単調な動きに疑問を抱いていた。
「なすすべがなくなってるんじゃないか?」
シュナイダーはそんなグレンデルの言葉に、圧倒的な優勢になっている状況とアンティオキア公国軍の弱気な采配に向こうがそれだけ追い詰められているからだと言う。
しかし、そんな油断を誘うことこそがオニールの策であった。
オニール率いるアンティオキア軍は、挟撃するどころか戦力を一点に集中させてグレンデルとシュナイダーのいる中心点へと一気に特攻を仕掛けてくる。
「チッ!そういうことか!ぬんっ!!!」
グレンデルは突破をかけてくるアンティオキア軍へと迎撃するように大太刀を一気に振るい、薙ぎ払う。
「怯むな!壁になれ!」
オニール率いる軍は、それぞれ捨て身でグレンデルの太刀へと立ち向かい、体を切り裂かれながらも後続の兵士の道を作るように物量で一気に攻める。
グレンデルこそその場から動かずにいたが、シュナイダーは流石にその圧殺するような物量の兵士たちの波を抑えきることが出来ず、グレンデルと完全に分断されてしまい押し流されてしまった。
「未だ!囲め!!五星姫を打ち倒せ!!」
グレンデルやドルガルドンの人外の戦士たちの屈強な部隊と完全に切り離すことに成功したオニールは、シュナイダーを精鋭部隊たちで包囲し、命掛けの決死の作戦を成功させた。
「くっ!来るなら、来やがれ!」
オニール率いるアンティオキア軍の精鋭部隊によって作り上げられた包囲網の中、シュナイダーは一人ながらも四面楚歌の状況で奮戦していた。
愛剣を手に、周囲からひっきりなしに切りかかり、槍で囲い込むようにして突きかかってくるのをいなし、切り伏せ殴りつけ、常人ならば既に討ち倒されている状況でありながらも体に手傷を負いこそするものの致命傷だけは避け、兵士たちを幾人も屍へと変えていた。
「休ませるな!どんどん攻め立てろ!」
一見すると、オニール側が追い詰めているように見えるが後がないのはアンティオキア軍も同じであった。
この作戦に失敗は許されない、故に全員で命をかけ確実にシュナイダーを仕留めるためにも一時も休ませないように波状攻撃を仕掛け、次々シュナイダーを追い詰めていく。
精鋭部隊も決してザコではなく、シュナイダーと一騎打ちで戦ってたとしたら一瞬でなぎ倒されるような相手でも複数人で四方八方から攻撃し続けることで少しずつ手傷を負わせ、疲労を蓄積させて削っていく。
「ぐっ!くそっ…!」
仲間たちの援護さえ届かない場所まで分断され、完全に孤立させられたシュナイダーは現状をどうにか突破しなければこのままじわじわ体力ごと削り取られてしまう、という未来が容易に予想出来る危機的な状況の中、視線はついグレンデルを探してしまっていた。
自らの剣よりも、仲間たちよりも、あの男を。
この状況ですらも、グレンデルならば何とかしてくれると無意識に頼るようになってしまっていたのだ。
しかし、さすがの一騎当千であるグレンデルと言えどもオニールの率いる決死隊の大軍を前にしては一薙ぎというわけにもいかず、剣を振るうたびに確実に敵兵を屍へと変えていきながらも即座にシュナイダーの元へ、とはいかなかった。
「はぁっ!はぁっ…!!くっ!このままじゃ…不味い…!」
必死に敵を切り伏せていくも、まるで勢いを衰えさせることのないアンティオキア軍の特攻が徐々に自分のちからを削っていくのを感じ取っていた。
(行ける…!行けるぞ…!惜しいが、仕方ない…何よりまず命あってのものだねだ)
オニールは、グレンデルを押し留めシュナイダーを確実に追い込んでいる状況に自分は賭けに勝ったと確信していた。
元より、オニールはシュナイダーを女として自らの手元に置くことを欲していたが、自分の立場と命がかかっている状況では流石にそこまで意識を回す余裕はなかった。
オニールは、確実にシュナイダーをここで葬り去るために更に兵士たちに一斉に弓を射がけさせ、炎、雷、毒、氷と言った魔術を込めた矢を一斉に放って特攻する兵士たちごと貫く。
「ぐっ!!あぁあっっ!!」
兵士たちが影になって射出の瞬間を見逃し、シュナイダーは魔法矢に体のあちこちを撃ち抜かれ思わずもんどり打って地面へと倒れこむ。
「殺った…!!!」
態勢を崩し、倒れ込むシュナイダーを見てオニールは勝機と見るや馬を嘶かせ、一気に間合いを詰め勝負を決めにかかる。
馬上から一気にシュナイダーの首を刈るようにして一気に斬りかかる。
「はっ!?しまっ…!!」
大量の魔法矢を受け、地面に倒れ込んでしまったせいでオニールからの襲撃に気づくのが一歩遅れ、無理な態勢で何とか首だけは守るようにして剣でオニールの一撃を受け止める。
しかし、充分な態勢とは言えない状態で斬撃を受けたせいで馬上からの一撃で吹き飛ばされて地面へと大きく投げ出されてしまう。
「貰った!!」
一撃目こそ、本能的な反射によって奇跡的に攻撃を防ぐことが出来たが今度こそ完全に態勢を崩してしまいオニールの追撃を目を見開いて見ていることしか出来なくい。
(殺られる…!!」
倒れ込んだ態勢が悪く、起き上がることも回避に転じることも出来ない状態にシュナイダーの脳裏に完全に死が過ぎる。
眼の前へと迫る自分の命を確実に刈ろうとする白刃にシュナイダーは態勢の悪さもあって身動きを取ることができなかった。
「おおおおぉぉっ!!!」
今度こそ確実に息の根を止められてしまう、そんな死の覚悟をせざるを得ない状況の中シュナイダーの意識をを現実へと引き戻すのは雄叫びのような声であった。
あわや、首筋へと刃が迫らんと言った状況の中中空より巨影が舞い踊ったかと思うとオニールの刃の前に屈強な体躯が割って入り素手でその刃を受け止めていた。
グレンデルが飛竜を駆り、いっきにシュナイダーの元へと駆けつけたのだ。
掌に血を滲ませながらもシュナイダーを守るようにして盾となったグレンデルはそのまま、掴んだ剣ごとオニールを馬上から引きずりおろす。
「ぐぅっ!この、化物め!!邪魔するな!!」
馬上から力ずくで引きずり落とされたオニールは地面へと体を強かに打ち付けながらも即座に起き上がり、腕の中の剣を捻り上げるようにして手元へと引き戻し喉を突きにかかる。
グレンデルは即座に掌を抉るような捻り込む剣の動きを先読みして手を離したかと思うと、突きにかかってくる太刀筋を打ち上げて強引に軌道を逸らす。
「邪魔なのは、貴様だ!」
剣技はある程度拮抗しているが、だからこそ生物としてのスペックの差がモロに出てしまう。
グレンデルは、シュナイダーを傷つけられた怒りからか烈火の如く豪腕を振るって激流のように攻め立てる。
激しく火花が散り、剣戟と血風が巻き起こる中オニールは自分の不利を悟るや否や、迷わずアイコンタクトで精鋭たちに更に魔法を打ち掛けさせる。
「グレンデル!!!」
不意打ち気味に襲い掛かる魔法の嵐にシュナイダーは目を見開き、彼の名を呼ぶがグレンデルはシュナイダーを身を挺して守るようにその場に立ちはだかる。
しかし、オーガの屈強な肉体には魔術はまるで意味をなさず魔力形成を維持することが出来ずに霧散してしまった。
「な、何だと…!!」
不意打ちも包囲網も全く通じず、策を成す最後の一歩さえも阻止されてしまったオニールは万策尽きた。
この場から逃げ出そうにも、少しでも背を向ければグレンデルはその一瞬の隙を逃さず確実に自分を殺すであろうことは容易に想像が出来た。
「う、うああああああああ!!!」
オニールは最早、この場から生きて帰るには目の前の怪物を倒すしかないと悟り遮二無二斬りかかる。
半ば、ヤケのような決死の攻めもグレンデルには通じず全てその剣の前に阻まれてしまう。
「死ね…!!」
そして、剣戟を捌き切ったグレンデルはそのまま容赦なく返す刃にてオニールの首を刎ね、彼の命を散らした。
「お、オニール様…!!!撤退!撤退だ!」
包囲網を敷いていたアンティオキア軍の精鋭たちも、この状況では勝ち目がないと悟ったか、動揺こそするがそのまま全軍への撤退命令を出してすばやくその場から退いていった。
「無事か?」
グレンデルは、その屈強な肉体に傷を負いながらもシュナイダーの元へと歩み寄ると彼女を気遣う。
「あ、ああ…助かった…」
死すら覚悟したが、自分が無意識に頼ってしまった男が自分のために傷を負いながらも駆けつけてくれたことに安堵し、シュナイダーは張り詰めていた気持ちの糸が弛緩し、その場に膝をついてしまう。「
「遅くなってしまってすまなかったな」
グレンデルは、そんな傷だらけのシュナイダーの体を優しく抱きしめて身を案じる。
自分ですらも追い込まれ、危うく死にかけた状況すらも覆して見せたグレンデルの実力を改めて感服し、認めながら自分の体を抱きしめて来る逞しい肉体に安心してしまう。
自分も抱きしめ返していいのかわからず、戸惑ってしまいながらも熱い肉体と自分を守ってくれたという眼の前の男に心も体もときめいてしまい、抱きしめられているこの状況に気を緩めてしまえば泣いてしまいそうだった。
その後、オニールが討ち死にしたことはまたたく間にアンティオキア公国に知れ渡ることとなる。
公国側の主戦力であり、英雄として祭り上げられていた存在の討ち死にはアンティオキア軍はもちろん、国民たちにも大きな衝撃を与えた。
士気は一気に下がり、全軍は撤退行動を開始して各地の拠点を放棄して一挙に戦線を引いて帝国とドルがルドンの同盟軍がそれを追う形へと一気に逆転することとなった。
完全に帝国側は優勢となり最早戦の先は誰の目から見ても明らかな状態となっていた。
そして、シュナイダーはそんな中、祝勝ムードの中で夜中に一人グレンデルの元へと向かう。
これはbc8c3zがあらすじ・設定を作り、それを烏丸飛鳥先生に書いてもらった綾守竜樹先生の白の烙印と鈴木忍先生のトランスプリンセスのクロスオーバー作品です。
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