※この作品はR-18です。

初めてコンプレックス   作:イーヴィル・ヒート

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月夜 上

「それで、今日は彼女が家(うち)に来るんだよ」

「へぇ~よかったじゃん」

 

 隣のクラスから来た友人の言葉を適当に受け流した。昼休みの雑談の中心は彼からののろけだった。彼は先月から同級生と付き合い始めている。その経過を本当にうれしそうに報告するのはここ最近の日課になってしまっていた。昼食のおかずとしては最悪の部類だけれど、それを咎めることを僕はできていない。

 嬉しそうに話す人を止めるのは気が進まないし、勇気を出して得たリターンを喜々として伝えたいというのは、理屈の上では分からない訳でもない。

 けれど、心情的には理解できない。僕はまだ彼のように勇気を出せたことがない。だから本当の意味で、彼の気持ちを理解することができない。

 それは多分ずっと。童貞がどうとかそれどころじゃない。手をつないだこともない。それに自分がそうしたいとか思っていない。

 望んでいることはないわけじゃないけども、とてもじゃないが実現できるとは思えない。あんな望みは……

 

「────それで、お前に頼みがあるんだよ」

 

 会話に意識を向けていなかった間に僕は頼みごとをされてしまったらしい。弁当箱から視線を移した。

 

「何? のろけを聞かされた挙句に頼み事までされるのか、僕は」

「それは悪いとは思うけどよ……。お前にしか頼めないんだ、頼むよ!」

 

 パン、と両手を合わせて彼は頭を下げた。それに対してため息をつく。彼がこういった頼みをすることは珍しい。

 部活などで付き合いは長いけれど、あまり経験はなかった。

 

「そこまで言うなら考えるけど、要件を聞かないことには決められないな」

「それはまあ……そうだな。ちょっと隅に行こう」

「なんで、ここじゃダメなのかよ」

「あまり大勢に見せられるものじゃない。聞かせたくもない」

 

 あまりにも真剣な眼差しでいうものだから、僕は言われるままについていった。そこまでして僕に見せたいものとは何なのか気にはなった。

 教室の隅、自分たちの体で壁を作ると彼が持ってきていたカバンから一冊の雑誌が抜き放たれる。

 

『お姉さん先生に調教される本』

 

 凝ったフォントで、教室に置くにはあまりにも浮いているタイトルが飛び出す。表紙を飾る着崩したスーツの女性に面を食らった。

 

「馬鹿っ、お前……何やってんだよ」

「あまり大きい声を出すなよ。お前の言いたいことはわかってるさ。でも────こういうの好きだろ?」

 

 いや、好きだけども。

 

「だからってここで出すなよ」

「こいつを預かってほしいんだ。今日だけでいい」

「いや、話聞けよ」

「何も言わずに、どうか……」

 

 まあひょっとしなくても彼の目論見はわかっている。目的は彼女に見られる前の緊急脱出。最大警戒で今日の放課後にかけているのだろう。

 正直気が進まない。うちには妹が二人いるし、部屋にはガシガシ乗り込まれる。見つかったら面倒極まりない。だから、彼の頼みは断るつもりだった。

 

「悪いが──っと」

 

 この時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。気を取られている隙に彼は机に本を押し込むと、足早にこの場を去ろうとしていた。

 

「ちょっと待て!」

「待てねぇ! だがこの恩はいつか必ず返す!」

 

 そう言って彼はガラガラと扉を閉めた。時間的にも追うことは難しそうだ。というかそもそもあんな本を持って彼を追いかけまわすことはしたくない。それに、次の授業は──

 彼の出ていった扉から入れ替わるようにガラガラと教師が入ってくる。パリッと引き締まったスーツの女性。タイトなスカートからはタイツに包まれた足がすらっと伸びている。いつも通り険しい表情で、彼女は教壇へ向かう。

 

 数学の佐渡(さわたり)先生。僕は先生が好きだ。取っつきにくい態度も、聡明で論理的な言葉運びも、似合わず冗談を言って笑っているときも、全部……好きだ。

 けれどこの想いは、成就することはきっとないだろう。自分も、おそらく彼女もそんなことは望んでいない。勇気を出して結果が出る彼のようにそう単純にはいかない。だから決して、胸の内を外に出すことはない。

 

 始業のチャイムが鳴る。先生が正面に立って、生徒を一瞥して授業が始まる。ノートを取り出そうとして、新聞紙にも似た雑誌の感触を味わった。

 

 逃げおおせた彼へのふつふつとした怒りが湧き上がってくる。けれど表情に出さないように努めた。ノートを出して、教壇へ目を向ける。

 

「問1、ここの因数分解は一度──」

 

 かつかつとチョークの音と先生の声が混ざる。その姿にさっきの表紙の女性、半脱ぎのスーツの女性が重なる。一瞬、先生を性的な目で見てしまう。

 首を振ってその幻影をかき消した。馬鹿か俺は……のろけを聞きすぎて欲求不満になったのか? わきまえろよ。僕はそれを見るだけでも十分だったはずじゃないか。頭の中で言い聞かせて、ため息をついた。

 

 ▼

 

 部活が終わってから、暗い校舎の中を足早に歩く。僕は焦っていた。急な呼び出し、それから慌てて部活に言ったせいで押し付けられた本の存在を忘れていた。

男子校ならまだしも、共学の学校で、あんなものが見つかってしまったら、僕はどうにかなってしまう。だから日をまたぐ前、明日を迎える前に回収してこの不安から免れたかった。

高まる心臓の高鳴りをそのままに手前のドアを横に引いた。ガラガラと音を立てたそれはさえぎっていた教室の姿をあらわにする。

 

「……え?」

 

 思わず声が漏れた。目も前の教室には誰もいないはずだった。けれど、そうはならなかった。

 

「……佐渡先生?」

「あら? どうしたの、こんな時間に」

 

 やっぱりそうだった。僕が先生の背中を間違えるはずもない。ずっと見てきたから。

 

「ちょっと、忘れ物を取りに来たんですよ」

「……そう」

 

 佐渡先生は僕の言葉を反芻してからそう返す。先生と話すときはいつもそうだった。その間に思慮深さを感じる。そういうところも僕は好きだった。

 

「先生こそ、どうしてここに?」

「私は……やり残したことがあったから」

「そうですか、何してたんですか?」

 

 相槌を打って、話を合わせつつ自分の席まで足を運ぶ。先生がいたことは想定外だった。けれど先生がいたからこそ、あの本をそのまま放置しておくわけにはいかなかった。他の誰よりも見られたくないし、時間的にもここを逃して帰ればもう二度とチャンスは回ってこない。

 机の中に手を伸ばす。雑誌の感触は教科書やノートとは明らかに違う。確認、それから教科書に挟んで、取り出せば問題なくこの場を切り抜けられるはずだ。

 

「……どうしたの?」

 

 ない。あるべきはずの物がない。本の端をなぞった時、新聞紙にも似たあの感触が感じられなかった。思わず、勢いよく机の中を覗き込む。

 

「それじゃあ机の中がよく見えないでしょう? 電気つけましょうか」

「いえ! それには及びません!」

 

 自分でも出したこともないぐらい大きな声がでてしまった。先生が驚いているのが横目で分かった。どうしてないんだ。確かにあいつは机の中に入れていったはずだ。誰かに盗(と)られたのか? そんなはずは───

 カツカツと、リノリウムの床を叩く音がした。

 

「ねぇ、何を探してるの?」

 

 背後から両肩に手を置かれた。先生の身体が、息遣いが、匂いが、普段では考えられないぐらいに近くにある。その事実に、こんな状況でも意識がいって、心音が更に大きくなる。

 

「言ってくれたら、手伝ってあげられるかも」

「いや、そういうわけにも……」

「遠慮しないで」

 

 耳元で声がした。羽毛で撫でられるような甘い声。

 

「普段と違って、すごく焦ってるじゃない。清志郎君(くん)らしくないよ」

 

 自分に向けられた言葉。彼女が自分を見てくれていたという事実。それが僕の心を満たして揺らす。

 ちょっとぐらいならいいじゃないか。

 心の中で誰かが囁く。ここで強引に断るのはあまりにも不自然だ。どうせないのなら、ぼかして伝えて、ちょっと探してから帰ればいい。それがいい。それしかない。

 何度か自分に言い聞かせるように、心中で繰り返す。

 

「……雑誌、なんです」

「雑誌……か、学校に持ってくるなんて感心できないな。校則違反なのは知っているでしょ?」

 

 彼女の言葉の細やかな棘が自分に刺さった。悪いのは自分ではないけれど、先生に言われていると、よけいに重く、深く刺さった。小さい頃に叱られたことを思い出す。

 

「……ごめんなさい。だから、言いづらくて。借り物だから、置いていくわけにもいかなくて……」

 

 僕の言葉を聞き届けた先生は「……そう」と呟いた。わずかに水音が立った気がした。

 

「じゃあ、これはやっぱり君(きみ)のだったのね」

 

 後ろから腕を回して、自分の間の前に探し物を突き出される。

 

「『お姉さん先生に調教される本』かぁ……へぇ」

 

 自分の足元が崩れていくような、絶望的な感覚。呼吸が荒くなる。まるで百メートルを全力で駆け抜けた後みたいだった。かすれた戸惑いの声が漏れてしまう。

 

「──君(きみ)、こういうのが好きなんだ?」

「違っ、だからそれは……借り物で」

「でも、好きじゃなかったら借りないでしょ?」

 

 不格好な弁明を切り捨てられる。先生にだけは見つかりたくなかった。他の同級生の誰よりも、先生にだけは……。血の気が引いていく。どうしようもない失望感が広がっていく。

 本が机の上に置かれる。静かな室内に音が響いた。自由になった両手が僕の頬をなぞる。唐突すぎて、身体が震えた。

 震えを強引に止めるように体を抱き寄せられる。背中に彼女の持つ二つの果実が押し当てられる。

 

「私も、好きなの」

 

 耳元での囁き。頭がかき乱される。何が起こっているのか整理ができていない。そんな僕を諭すように彼女は言う。

 

「君(きみ)みたいな、何も知らない子を……ぐちゃぐちゃにしちゃうのが、たまらなく……ね。それこそその本みたいに」

 

 身体を隅から隅まで指先で撫でられたようだった。ぞくぞくとした刺激が、脳に届く。甘い痺れが理性を奪っていく。

 

「でも、本当に強引にするのは流石にね」

 

 パッと拘束が解かれる。彼女の肢体が僕から離れて、冷たい空気が僕らを隔てた。振り返ると目と目があった。今までに見たことのない蕩けた表情だった。

 

「もうすぐ校舎がしまるのは、君(きみ)も……知ってるよね?」

 

 彼女の指先が薄暗い教室に掛けられた時計を刺す。六時の五分前だった。

 

「君(きみ)さえよければ、十分後……保健室に来て。邪魔は入らないから」

 

 そう告げて、先生は僕が開けっぱなしにしていた扉から彼女が出ていく。教室に残された僕の意識はもう、目の前の本に向けられることはなかった。

 

 ▼

 

 ゆらゆらとした足取りで保健室へ向かった。鍵はかかっていなかった。それどころかわずかに細く引き戸が開けられている。雰囲気に中(あ)てられた僕を誘うように、少しだけ。

 手をかけて、なるべく音をたてないように引いた。漏れていた月光が少しずつ増えていく。

 

「……よかった。あれで逃げられちゃったら、どうしようかと思ったよ」

 

 手元から僕へ先生の目が映る。持っていたスマートフォンの電源を切ると、部屋を照らすのは月明かりだけになった。先生の身体が暗闇で朧気に儚げに、眼に映る。

 もう誰も、この色気に誘われないようにと完全に扉を閉めて、奥へ……奥へと歩いた。それを見て先生が丸椅子から立ち上がる。僕に並んで、さっきみたいに肩に手を置いた。

 

「奥へ行きましょう?」

「……はい」

 

 自分の声がこわばっているのがわかる。緊張が僕の全身を包んで重くしていた。先生がカーテンを開けて、ベッドに腰を掛ける。それから自分の隣を促すようにシーツを撫でた。

 

「隣、座って」

 

 誘われるまま、口を開くことなく彼女の隣に座る。自分の体重でベッドが音を立てた。

 

「緊張してるのね。清志郎君(くん)は私のことをずっと見てたし……憧れの女性って感じなのかな?」

 

 右太ももをズボンの上からそっと撫でられた。それが呼び水になって、教室で彼女にされたことを思い出させる。

 

「ねぇ、言ってみて」

 

 何も言えないでいると手の甲に彼女の手が重なる。お互いの指が絡まりあう。絞り出すように自分の喉奥から声を出す。

 

「そう……です。僕はずっとっ……先生のこと……。だから今日は夢、見てるみたいで……」

「そっか……嬉しいなぁ」

 

 彼女の空いる手がワイシャツのボタンを一つ、また一つと外していく。肩からワイシャツがずり落ちていく。月に照らされる下着姿。柔らかな曲線を描いたそれは、自分の身体からはあまりにもかけ離れていて美しかった。それこそ、言葉が出てこないぐらいに。

 

「清志郎君(くん)は……初めて?」

「……っ」

 

 そう聞かれて、自分の心臓に爪を立てられたように息苦しくなる。劣等感が自分の身体を包む。思わず目をそらしてしまった。

 けれど先生はそれを許さない。手を握る力を強くして引き戻す。瞳から逃れることができずに、言葉がにじみ出る。

 

「初めて……です。そういうことは、経験ありません」

「そっか。よかった……」

 

 先生の頬がほころぶ。見たことがない表情。その意図をつかみかねて、僕は言葉を返せなかった。

 

「言ったでしょう。私、そっちのほうが好みだもの。君(きみ)みたいに何も知らない子の方が」

 

 言葉が途切れる。先生との距離感がまた、教室の時みたいに縮まっていく。そして耳元で「好きなの」

と続けた。

 

「だから、私に清志郎君(くん)の初めてを……頂戴?」

 

 まただ。彼女に囁かれると、思考に靄(もや)がかかったみたいになってしまう。けれどそれが嫌いではない。むしろ心地良くて、流されるままに首を縦に振ってしまう。先生は「ありがとう」と返事をする。

 また、わずかに水音がした。彼女がぺろりと唇を撫でた音だと気が付いた。

 

「少しずつ、君(きみ)の初めてを奪ってあげる」

 

 繋いでいた手を引かれて、先生の身体へと密着させられる。左の二の腕。掌に密着したそれはイメージ通りに滑らかで、想像を超える弾力だった。

 

「まずはこ~こ。二の腕は良くおっぱいと同じ柔らかさだって言うよね。どう?」

「そんなこと、言われても……」

「ごめんね。ちょっと意地悪しちゃったかな。でも、あとでちゃ~んと触らせてあげるから……許してね」

 

 肌の上を滑らして、腋から彼女の身体の側面へ。脇腹、わずかに浮き出た肋骨の凹凸が程よい脂肪の上から感じられる。それから正面のおなか。へその上を何度か往復する。

 

「君(きみ)に触られると、ぞくぞくしちゃうね。女の子の大事なところの上は」

 

 吐息交じりの声が僕の興奮を煽る。感触に名残惜しさを感じながら履いたままのスカートの上に移った。

 

「……ねぇ、脱がしてもらってもいいかな」

「え?」

「私の、スカー……ト」

 

 先生はベットから立ち上がると僕の正面に立つ。それから両手を引いて、ホックへ。導かれる。

 

「そこ……外して」

 

 スカートが目の前にある。普段から見ていた彼女のスカート。それを自分の手で脱がす。興奮で息が荒くなっていく。

 ホックを外してチャックを下す。彼女の足をレールみたいにして素早くずり落ちていく。隠されていたストッキングの根本。ショーツがうっすらと姿を見せた。

 

「ありがとう。じゃあこのまま続きをしましょう?」

 

 両手をそれぞれ太ももにあてがわれる。ストッキングの上から触るとさっきまでの柔肌とはまた違う。ざらざらとしている。柔らかさは二の腕と似ていた。

 

「清志郎君(くん)は……よく見てたよね。タイツ越しの感触はどう?」

「気持ち、いいです。柔らかくて、温かくて……」

「そうよかった。今度は直接……触らせてあげる」

 

 僕から手を離すと両手を股付近へ。ビッと静寂を割く。ストッキングに隠れていたショーツが完璧に姿を見せた。また彼女が僕の手を取る。破いたところから手を入れて太ももとストッキングの合間に潜り込ませた。

 

 ざらざらとすべすべの感触に挟まれた手は、より高い熱に包まれる。そして後へ。肌ともストッキングとも違う感触。ショーツの感覚。お尻が僕の掌に乗っていた。

 目と鼻の先にショーツが迫って、数十倍に濃くした先生の香りが鼻をつく。それもまた心地いい。

 

「息、当たって……くすぐったい」

「ご、ごめんなさい」

「いいよ。やっぱり気になる? 女の人の下着を直接……見るのは初めて?」

 

 頷く。彼女は「そう……」とうっとりと、吐息交じりに声を漏らした。

 

「やっぱり君(きみ)は、期待通りのイイコ、だね」

 

 頭を撫でて、頬を触って、存在を確かめるように優しく顔を縁取る。

 

「でも、ここで満足してちゃもったいないよ。この先のも見てみたくない?」

 

 その言葉に呆気にとられた。僕の顔を、彼女のショーツにグイっと押し付けられる。ショーツに触れたはずなのに、べっとりと、ねっとりとしていた。

 息が詰まって、深く呼吸をする。強烈な香りに包まれて……。

 限界に近づいてようやく解放される。鼻先と彼女の秘所との間に糸を引いてきらめいて見えた。それであの感覚の正体を理解する。

 

「おまんこ」

 

 教師である彼女の口から本来絶対に聞けないはずの言葉。それがわずかに残っていた理性を溶かしていく。

 

「見たいでしょう? それに……直接触りたくない?」

 

 もっと呼吸が荒くなるのを抑えられない。脈がさらに激しくなる。上目に見た先生の瞳が蠱惑的で……。僕は誘蛾灯に誘われる蟲みたいに、行ってはいけない場所へ────

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