高身長でグラマラス、美しい黒ロングヘア。
ロタリム国騎士団、リーヤ部隊隊長。
トナータ・リーヤの役職は、それだけではない。
「ひょほほほほーーーーっ! ほーほほほーーっ! 何が騎士だ、雑魚共めー! 同じ人間であることに変わりはないわ! 今ここで、養分にしてくれようぞおーーーっ!」
全身緑。
枯草や枯れ木に囲まれた荒れ地の真ん中で、大蛇のように細長い体と四肢を持つ植物怪物・タンレータの高い声が響き渡る。
その周囲には、全身を地面から生えた同じく緑の蔓で雁字搦めにされた少女達の姿があった。
「……っ」
「うう……」
「く……」
「……」
惨敗。
彼女らは、リーヤ部隊の騎士達という任に就いている少女らだ。
足下には、最早誰のものとも取れない剣が乱雑に放られており、蔓の隙間から見えている頬や手、脚は、泥塗れに汚れている。
土に汚れた彼女らに対し、ゆらゆらと揺れながら不気味に嗤うタンレータ。
「ひょほほほ! ひょほほほ! おまえらは弱い! もう何もできない! さあ、養分をいただきまぁああ~~~す!」
だが、少女らを縛る蔓が、さらに強く絞られたその時だ。
勇壮な曲をバックに、両刃の剣を斜め向きに、敵の首へと向け構えた1人の女が現れる。
「この、草公があ……あたしの仲間達を食おうって!? お勧めしないよ。逆に殺菌されてあんたが死んじまうからね!」
騎士部隊長トナータ・リーヤ……を演じる劇団員少女、アーリスの登場であった。
「おお……」
「トナータ様!」
「トナータさん!」
「来たあーーーーっ! アーリスちゃん!」
老若男女の紳士淑女……客席が、今日も大いに沸き上がる。
ここは、劇団“騎士”の大ステージ。
土も、枯れ木も、とり落とされた剣も、みな精巧な作り物だ。
ロタリム国で起きた、民衆を守る騎士達の戦いを、美しくも完全に再現して後世に伝えるという責務を負っているため、非常に人気が高い。
その中でも、アーリスは素晴らしい。
本来の姿は“可憐”であれど、“凛々しき”女騎士をも見事に演じ切る実力。この演技を見れば、誰もが魅了され、それからのこのトップスターの活躍を望んでやまない。
現代ロタリム最高の役者が、彼女だ。
「ほらあ、ぼーっとしてんじゃないよ! たたっ斬ってやるから覚悟しなっ!」
その激しい啖呵に、客席はさらに沸き立ち、目の前の怪物は表情を歪ませた。
そして“逆さになっている顔”を、歪ませる。
“逆さ”とは、どういうことか。
このタンレータ、逆立ちをした役者が、太腿に顔を描いた状態で演じているのである。
その役者の名は……トナータ・リーヤ。
――なんで、自分の言った言葉で罵られなくっちゃならないんだい……。
別の人間が自分を演じ、自分は自分の戦った敵を演じる……自分のすべてを持っていかれた気分だ。
アーリスは、普段の自分が着て戦っているような、美しい純白の制服に身を包んでいるというのに。
自分は、楽屋でまずビキニパンツ一丁になった。
大勢の劇団員たちの前で、1人だけ乳房を腕で覆う哀れさは、筆舌に尽くし難く。
その上から、劇団員らによって、刷毛を使って体中を、緑色に塗りたくられた。
“ひゃ! 冷て! うわ、わわわ! くすぐってー!”と、戦いの中では言わないようなみっともない言葉を上げながらだ。しかし、この、今している間抜けな姿と役回りが目の前に迫っている状態では、弱気になってしまうのも無理からぬこと。
巨躯の戦鬼と呼ばれる姉御肌の女騎士がこのようなことになっているなど、誰も思うまい。
次にしたのは、被り物だった。
艶のある緑色をした木の幹……ラバーのような素材の部分着ぐるみを逆立ちして入ることによって、腹から上をそっくり隠した。下半身を残して地面の穴に詰まってしまった、バカ者のような気分になった。
しかも、パンツ一丁で。
その後、脚の膝から下にも、特殊な加工のなされたブーツを着用させられた。
ブーツは左右を浅く繋がれており、先端からは生い茂る草を生やしている他、怪物の鞭のように長細い腕、手、指が膝の横に備えられている。
これをトナータは、紐の操作でうまく動かすのだ。また、移動は被り物に備えられたタイヤで行う。腕の力で、巧く。
最後に、さらさらと“顔”が描かれた。
トナータの太腿に目と、穿いたパンツに口をだ。
にやにやとしたいやらしい目つきで笑うタンレータの笑い顔を完全再現……これを、トナータは太腿をずらしたり、腰をひねることで、表情に変化をもたらす。
――なんで、なんでこんなこと、あたしがしてるんだい……大勢の前でこんなに! もし、もしもあたしがパンツ一丁でこんなことしてるなんてバレたら、一生は終わりだよ……!
体全体がひんやりとした感覚にとらわれる。
顔は隠したりペイントしたり、声は素っ頓狂な叫び声にしているから早々バレることはないだろう。
だがそれだけに、万が一何かあったらば、それは笑い者の極致だ。
『あのトナータ隊長がねえ~』と後ろ指を指されるだろう。
騎士団の、国家の名誉を潰したとして、騎士団から追放される可能性すらある。いや、国外か……?
ぞっとする。
彼女は、その気持ちを必死に抑え込みながら、気丈であくどい残虐な緑の怪物を演じるのだった。
「ひょほほほおーーーーー! 何を言うかー! お前の仲間4人が勝てなかった私にぃい、お前が1人で勝てるものかあー! むちむちー! むっちむちーーー! むちむちむちむち、むっちむちいーーー!」
むちむち……パンツやペイントに覆われた尻や太腿をすりすりとこすり合わせながら、本物の手で作り物の手鞭を操作するトナータ。
タンレータの鞭攻撃が、トナータ役のアーリスを襲う。
リズミカルな心音に似た曲が流れ、客席に緊張が走る。
そうだ、自分もこうやって襲われた。
間近で見たから、わかることだ。
右の鞭を螺旋状に旋回させながら、左の鞭で高速の打ち払いと。
だが、それに対し、自分自身はこう対応した。
「ほらあっ! 動きが止まって見えるよ!? 偉そうなこと言っておきながら、仲間達との戦いで、バテちまったんじゃないのかい!?」
多しく叫びながら、螺旋状になっている右の鞭の中心を通り、あっさりとその剣を敵の身に食い込ませたのだ。
「ひょほお!?」
笑い声が一転、驚きの声を上げるトナータ。
タンレータ……それまでは自信に溢れた笑いの声も、このように止められてしまっては素っ頓狂な悲鳴にしかならない。
初めてこの役をするよう言い渡された時、自分自身、こんな声が出るなんて思ってもいなかったトナータは、自分の中にこんな間抜けな顔が潜んでいたなんて……と、心底落胆したものだった。正体を隠せる一因となったところで、その屈辱は何も変わらない。
鞭を操るための紐を掴んだ状態の拳を床に押し付け、腕の力とタイヤの力で、アーリスのいる右側に向き直るトナータ。
その間も、腿と腰の――どこか扇情的で厚顔無恥な――動きで、おどろおどろしく泣き叫ぶような表情の変化を表現している。描かれたはずの笑顔が、すっかり別のものになってしまうのは見事なのだが。
「ひょほえええええ! 私の右手がぁあー! 私の右手がああーー! 許さない~! ゆるさないい~~~~!」
それからしばらく、タンレータ……トナータの攻撃が続いた。
舞台は暗くなり、ところどころに緑の光が走る。
不気味かつ嫌味なアクセントの加わっている曲の中で、左の鞭がしなり、ばしんと乾いた効果音が鳴り。
更なる閃光と共に、爆発や、風の音、破裂音も時折聞こえた。
「ちっ、やるね。思ったよりも強いじゃないのさ」と、ステップを踏むアーリス。
「その通りー! 私は最強ー! お前達人間も、何もかも私の養分となるからだー! ひょほほほほーーー!」
再び勝ち誇った笑いを取り戻しながら、トナータは次の攻撃に移る。
しかし内心は、
――ちょっと優勢になったからって調子に乗る……なんでこんなバカ演じなきゃならないんだよあたしがっ!
と怒号を上げていた。
「うわっ!」
爆発音の直後、アーリスが、後ろへと跳んだ。
そして、背中から着地し、頭の方向へとスライディングしていく。
攻撃を受け、ダメージを受けたのだろう。客席がどよめきの声を上げる。
さらに高い声で、大笑いするトナータ。
「ひょーひょひょひょーー! 今度こそ終わりだー! おまえの養分を吸って、右手を復活させてくれるぅーーーー! ひょひょひょひょひょぉおおーー!」
しかし、すぐに、その笑いは止まる。
アーリスが、薄く笑みを浮かべているからだ。
「……な、なんだ。なにが、おかしい?」
「はっ、バカだね……ちゃんと見ていなかったのかい?」
「何!? 何がだー!?」
「周りを、見てみな!」
「あ。あああーーーーーーーっ!?」
少女達を固めていた蔓が、ばらばらになって落ちた。
攻撃をよけ続けているだけと思われたアーリスだったが、実は仲間達を縛る蔓を切り刻んでいたのだ。
自由の身になった部下役の4人が、自身らの剣を取り戻し、トナータを取り囲む。
ファンファーレと共に、おおおおおお、と感嘆の声を上げる観客達。
「しょ、しょんな、ばかなあぁああーーーーーーーーーー!」
4方向からの、串刺し攻撃。
部下役4人それぞれの一撃が、見事に等間隔に四点……トナータの股間、尻、両腰を捉えた。
「えぃえーーーーーーーーーーーーっ!」
無様な悲鳴を上げる、トナータ。
口を前後左右から貫かれ、タンレータは恐ろしいほどの痛みを味わったことだろう。
だが、この悲鳴の中には、人前で秘部二点を硬い模造刀で突かれた屈辱感も多分に含まれていた。
そして、最後の一撃。
「これでお別れだ……とどめだよっ! てやあっ!」
「きょばばばあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
振り下ろし、一閃。
アーリスの一撃が、すっぱりとタンレータの頭部を両断した。
軽く繋がっていたブーツを、両足の力で引き剥がし、大股を開くトナータ。
人前で。
逆さまで。
無防備なパンツ一丁で。
無防備に脚を全開にする女騎士。
あり得ていいわけがない。
こんな女騎士、いたら国の恥だ。
――ああ、あたしがなんで、こんなことやってるんだい……!
「あんた達。何捕まってるんだい。やっぱり、手下を倒す役とボスを倒す役を交代しなかった方が良かったね。でも、ま、最後の攻撃はしっかりチームワークの上達を感じたよ。さ、帰ってメシにするかい!」
トナータ“役”が、白い歯をにかっと見せつつ、部下達を労った。
笑顔の部下達が、一斉に『はい!』と叫ぶ。
ここで、幕が下がる。
拍手が鳴り響く。
お辞儀をする、騎士役5名。
その中で、脚を開いたままプルプルと震えている怪物役。
惨めな怪物の姿に変えられ、自身の栄華を全て奪われた女……。
トナータは、誰も聞こえない被り物の中で、小さな呪いの言葉を吐き出続けるのだった。
「ああ……あたしが何で、こんなことやっているんだい……!」
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