※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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第一章『ホムンクルス』
1、始まり


 〈ああ、来るッ!〉

 

 腰が砕ける程の快感で目が覚めた。腰骨の後ろがズキズキする。溜まってたからなぁ。ピチャピチャ、ペロペロ、チュ~ッ……。しっかり尿道に残っていたものまで吸い取ってくれる。

 

「おい、もういいぜ」

「ん?」

 

 俺の股間に居たのは、この家をシェアしている、従兄弟であり共同研究者でもあるアントニーでなく、オレの無い知恵と技術を補って貰ってやっとこ造れた理想のメイドでもなく、ピンク掛かった髪をした美貌の持ち主だった。アントニーの恋人で、ヤツの元サーヴァントでもあるアストルフォだ。

 

「おい……アントニーに悪いと思わないのかよ?」

「うん? 起こして来いって、マスターに言われたのさ。それとこうして起こすんだよってクロエにね」

 

 あのポンコツエロメイドはぁ~~~!

 

「こんな起こし方がお好みって……君も大概だね?」

「うっさい!」

「そう言わないでよ。君とボクの仲でしょう?」

 

 はいはい。何でオレがアントニーを差し置いて、お前に魔力供給しなきゃなんなかったのか。それは嫌ってほど覚えているさ。それはニッポンのフユキって街で4年前に行われた、ヘヴンズ・フィールって儀式の中での止むに止まれぬ出来事(アクシデント)だった。あん時はそれしか手が無かったからな。ま、かくいうオレもコイツにキュンと来たのは隠しようもない事実だったんだけど。

 

「チッ……いつこっちに?」

「うん、昨日の夜だよ」

「そうか。見てこれたか?」

「うん。一通り全部ね」

 

 アストルフォは少し寂しげな顔をした。コイツとオレには共通点がある。何故かオレには前世か前前世か前前前世かの記憶がある。と言っても、アストルフォの場合は前世でなく、以前現世に居た記憶なんだけど。

 

「懐かしいな……おかえり、アストルフォ。もう2年過ぎたんだな」

 

 その寂しげな横顔に『手掛かりなし』と書いてあったんで、当たり障りなく話した。

 

「うん。さ、朝食ができてるよ」

「オーケー。今まで何をしていたのさ。聞かせてくれよ」

「いいよ」

 

 

 

 4年前。オレとアントニーはまだ、地元の学校の12年生を終えたばかりだった。秋からは大学と偽って倫敦の時計塔に入る手筈だった。そんな折り、本家の祖父さんから連絡があったんだ。

 

『お前とアントニーとでニッポンのフユキに行って欲しい。そこで、お前の姉を救けて来い』

 

 姉? 姉だって? このオレに?

 

『お前は実は双子なんじゃよ』

『嘘だろ?』

『本当じゃ』

 

 まずこれを話さないとわかり難いと思うが、オレもアントニーも祖父さんも、一族の者は皆んな魔術師と呼ばれる存在でもあった。魔術師とは神秘を追求し、行使できるチカラを持った古い家系だ。まぁ、魔法使いの何歩か手前で、ちょっぴり不思議な事ができる変わったヤツラだと思ってくれればいい。

 そしてオレの生家も祖父さんと同じ一族で、オレもその魔術師として必須な魔術回路がこの身にあったんだ。だから引き取られたと言ってもいい。この魔術というのは、絶対に他人に明かしちゃいけないものでもあった。それは知られてしまうと神秘が拡散され、威力が弱まるからだった。だけど、そういうものが『あるらしい』と言う程度には知られていないと、これまた威力が弱まるという厄介なシロモノだった。だから秘匿と信仰は対で教えられ、子供の頃から叩き込まれる。

 また時計塔とは、別名魔術協会とも言うんだが、そんな魔術師の互助会であり徒弟が集う学校でもあった。こういう場がオレ達に必要なのは、この魔術というものを生涯を懸けて研究し、次代(子孫)に伝えないとイケないからだ。要は自分と同じ魔術師の嫁さんを見付けて来いって事だ。

 

 オレは物心つかない赤ん坊の頃、とある家に引き取られた。それ以来、この祖父さんの曾々孫として遇して貰っている。つまり養親(正確には養父)がこの爺さんの曾孫なのだ(祖父さん、一体幾つだよって話だ)。とは言っても祖父さんはスイス人で、家もチューリッヒにバカでかいのがある。対するオレは赤ん坊の頃こそドイツ人だったらしいが、今はアメリカ人だ。従兄弟(養父の姉の息子)のアントニーも同じアメリカ人で、以前オレ達はテキサスに住んでいた。同じ幼稚園から同じ私学の学校に進んで、プライマリー、ジュニア、ハイスクールとずっと一緒だった。

 それで倫敦の時計塔へ約3年半留学した。その時計塔は学生なら長くて5年、早いヤツは2年で基礎を学び終え、そこから専門分野を選択し、好きなだけ学べるし居たいだけ居られる。なので専攻の中には30年くらい学生をやっているなんて奇特な人も居た。

 それと、もう一つ重要なのは、オレ達魔術師はこんな風な研究者でもあるから、自分だけの学習や実験が行える部屋が必須だった。それをこちらの用語で『工房』って言うんだが、それを専攻に上がると無償で貸与して貰えた。勿論、諸々の器具や装置の注文は自腹だし、時計塔を去る時は引き取らなきゃならない。とは言え、掃除もそういう専用の業者が居るので、時計塔時代は本当に便利に感じたものだ。

 時計塔の学生は、基本指定の寮か認定を受けているアパートを借りて暮らしている。場所が倫敦なんで、ボロっちくても結構な賃料だ。なので数人でシェアする場合がほとんどだ。オレもアントニーとシェアしていたし、時計塔から帰っても倫敦時代と同じく、カリフォルニアで共同生活をしていた。

 

「マスターにも言ったけどさ、ここいい家だね?」

「だろ? けどドイツとかあの辺を廻ってたんだろ? よくアメリカまで1人で来れたな?」

 

 アストルフォはちらりとマスターであるアントニーに視線をやった。念話か。どうやらマスターとサーヴァントで結ばれるパスを通じて頭の中で会話して、ここまでの道案内をされていたようだ。この海外までパスが通じるって、トンデモな出力があるのはアントニーだからだ。自作の礼装(魔術装置)を使って距離の壁をある程度越えているんだ。当然このパスを通じて、アストルフォを現世に括り付ける魔力も送っている。

 現世に括り付けるって何の事だって? ああ、これも説明しなきゃな。アストルフォは騎士道物語が現れるよりもっと前の11世紀後半から12世紀に記された、武勲詩に描かれた騎士(パラディン)だ。つまりローランらと同じ、シャルルマーニュ(カール大帝/チャールズ大帝)十二勇士の1人で、要は過去の英雄だった。そんな過去の英雄が現世に神秘を帯びて現れる姿を指して『英霊』って言うんだけど、自然現象でも滅多に無いこんな特大の神秘を、ある特定の方法で召喚可能にした儀式があったんだ。それがさっきも少し話した、ニッポンのフユキで行われていたヘヴンズ・フィールだった。

 これは先に特定の役割を振られた枠というか匣を定め、それに沿って英霊を落とし込むっていう変形の召喚方法だった。この枠は七つあって、剣士の『セイバー』、槍師の『ランサー』、弓兵の『アーチャー』、騎兵の『ライダー』、狂戦士の『バーサーカー』、魔術師の『キャスター』、暗殺者の『アサシン』、以上の七枠7人(7騎という言い方をする)がレギュラー・クラスだ。これ以外にもイレギュラーなクラスがあるらしいけれど、オレもイマイチわかっていない。

 

 トーストを齧りながらアストルフォが地図を広げた。

 

「マスター? ここってどこになるの?」

「ん~と。ここら辺りだよ」

 

 アントニーの指は、カリフォルニア州オレンジ郡の海に近い街を指していた。ここは祖父さんの別荘があるハンティントンビーチで、俺とアントニーが借りているアパートもその街にあった。1階はまるまるガレージで、2階が住居の二戸一だ。3階は無いが屋根裏に倉庫がある。まぁまぁなダイニングとリビングが続きで、L字型に奥まったスペースにキッチンがある。このキッチンの裏がサニタリー(バス・トイレと洗濯機置場)。部屋は玄関横に一室とサニタリーの奥にもう一室だ。

 玄関横はアントニーの部屋で、サニタリーの奥はオレの部屋。だけどオレのベッドは、オレの造ったホムンクルスのクロエも一緒に使っているので少々狭い。一応キングサイズだし、クロエは見た目13~14歳なんでそう場所は取らないんだが、なんでか寝相が悪くてな。もう何度も蹴られているんだ。これは言ってみれば『欠陥』なんだけど、オレは妙に気に入っていた。

 

「アストルフォ。アントニーから聞いてないけど、もうずっとこっちに居るつもりだろ?」

「うん。もう旅はいい。満足したよ」

「なら、今夜は歓迎パーティだな。それに今後は、アメリカのあちこちに連れて行ってやるよ」

「今度は君らと旅かい?」

「ああ。クロエも連れてな」

 

 アストルフォとクロエは似たようなポーズで両手をあげて喜んだ。

 

「なら、ボクねぇ、ネズミーに行きたい」

「私も!」

 

 この2人、メンタルがメッチャ似ていた。精神年齢も似たようなものかも知れない。オレの造ったホムンクルスのクロエは、全部が全部オレの作品じゃない。オレの腕だと、以前は部屋の机のガラス瓶に入った『アダム(今はネコ)』と、ちっこい人形の『バルナバス(今はイヌ)』が限界だった。『クロエ』(3人は名前がアルファベット順だ)は、オレが召喚したキャスターが手伝ってくれてできた、初めての完全自立型ホムンクルスだった。材料が足りなかったんでこんな少女のような姿だけれど、中身は最高で神秘と叡智の結晶だった。今まで何度助けられたかわからない。

 またオレやアントニーの家は、こういうホムンクルスを造る(鋳造っていう)のが得意な家で、そっち方面では名門と言われていた。オレはそんな家の分家の末端から、本家にかなり近い家に引き取られたって訳だ。そして祖父さんが言った『姉を救けろ』とは、そのオレの元の家、つまり実家で育った姉を救けろという意味だった。

 何故オレが養子に、それも神秘の薄いアメリカに出されたのか(事実、養父母は魔術師じゃない)、どうして姉だけがドイツの山奥に残されたのか……そん時のオレは、まだわかっていなかった。そんな諸々が全部わかったのは、再三話しているが、今から4年近い前にあったヘヴンズ・フィールが切っ掛けだった。

 

 

 

 あれは2003年の12月、オレもアントニーも18歳の時だった────。

 その前の8月に無事時計塔への入学許可が下りたオレ達は、真夏の倫敦を訪れ、紹介された寮やアパートを見学していた。寮をヤメてアパートにしたのは、その見学で訪れた寮が余りにもボロかったからだ。少し歩けば階段の端の装飾用タイルがボロっと剥がれ落ちるし、部屋のドアもギ~ッと気味悪い音を立てるだけでなく、最後でショルダータックルして押し込まないと閉まらないし、そのまま押しながら少し上に持ち上げないと鍵が閉まらなかったからだ。

 これがどの部屋も似たり寄ったりなものだから、寮の先住民はドアを取っ払ってカーテンにしている者まで居る始末だった。夏場は風通しが良さそうだけど、冬は寒いぞ?

 

「そもそも、この廊下のヒーターパネル。中が錆びついていて、絶対にお湯なんか通らないだろうって雰囲気だよね?」

 

 アントニーの言う通りだと思った。それでこれはダメだと寮は諦めて、時計塔に登録してあるアパートの方を見学に行ったんだ。家賃や諸条件を聞きながら、係の人と廻ったんだけれど、ワザとじゃないかってくらいどれもこれもお粗末だった。

 

「あ、そうだ」

 

 そう言ってアントニーは祖父さんの紹介状(そんなの持ってたのかよ!?)を係の人に見せた。

 

「ア、アインツベルン理事の……?」

 

 ん? オレもアントニーも姓はハーウェイだ。アインツベルンは魔術師名だから秘密にしろって……ああ、時計塔だもんな。問題ないのか。

 

「早く言って下さいよ~」

 

 それまで無愛想だった係が急に愛想良くなって、そこからは結構良い家を案内してくれた。まぁ、これは仕方ない。アメリカと聞いて魔術師なんて、誰だって連想しない。それっくらいオレらの祖国は魔術後進国だった。学生だから舐められただけじゃないんだ。旧来の西欧魔術はヨーロッパのものだ。そこで発見され発展し、協会なんかが発足したんだ。なのでアメリカやオーストラリアに魔術師なんて、まず居ない。居ても代々って事は絶対にない。ほとんどが欧州から渡って来た初代か、あるいは西欧に根ざした家の次男や三男だったんだ。

 かくいうオレを引き取ってくれた家も、アントニーの家も、元は祖父さんの次男であるブルーノという人に行き当たる。このブルーノという人にも魔術回路はあったんだが、何か悪さをして魔術を使うと死んでしまう体だったらしい。それで魔術を諦め、新天地のアメリカに渡ってビジネスで成功した。病気に関わらずこういうケースはままあって、跡継ぎが魔術を追い求め、それ以外の者は財産を増やすという家は結構あるそうだ。

 ただし祖父さんは大金持ちなんで、そのブルーノって人の稼ぎは宛てにしていなかった。むしろ成功した事を喜んで、何度もアメリカに遊びに来ていたという。要は魔術師の家系からは外れてしまったけれど、そのブルーノの家も、祖父さんにとっては子や孫の集う大切な家だったんだな。

 だから魔術回路がバッチリあって、何の支障もないアントニーが生まれたのは青天の霹靂だった。そこにドイツの魔術師の家に生まれたオレだ。

 

「お前さんが女の子なら引き取ったやも知れんがなぁ……返す返すも残念じゃ」

 

 これは見棄てられた訳じゃなくて(オレを見棄てたのは生家の方だ)、オレの魔術回路が期待ほどでは無かったのと、子供を産めないからだった。色々聞くと女の子の方が色々と調整しやすいそうだ。それとアメリカに行った方がビジネスを覚えられるだろうとの期待もあってだったんだ。だからそっち方面は結構頑張っていた。だけど、だからと言って魔術を学ばないのも勿体ないって事で、祖父さんはオレとアントニーに魔術師の家庭教師を付けてくれた。それが祖父さんが鋳造した、ルオンノタルという人だった。女性型のホムンクルスで、寿命設定も加齢設定もない。魔力というエネルギーが尽きない限り、鋳造された時の姿のまま生き続けるんだ。

 オレとアントニーはその人からずっと魔術を習っていた。幼稚園の頃からハイスクールを卒業するまでの14~15年だ。それもオレ達が時計塔に入った事で終わった。今はスイスのチューリッヒでのんびりされているそうだ。

 家賃諸々折り合いが付いたのは、態度が豹変してから2軒目だった。場所はテムズ川を越えたランベスの辺りで、2階建ての二戸一の1番左側だった。ここにはこんな二戸一が3棟建っていて、計6戸が全部時計塔の所有物らしい。だからお隣もご近所も時計塔の職員や講師ばかりだという。前庭はどこもカーポートで、植え込みや芝生を取っ払って2台置けるようにしている家もあった。だから二戸一と言っても、横幅が結構ある。裏にも庭があって、こちらはガーデンや菜園にしている人が多かった。そしてその先が袋小路の歩行者専用道で、その向こうにはまぁまぁな広さの公園があった。

 

「ここにしようぜ。静かで良いよな?」

「だね。…………あ、こんないい場所なのに空いている理由がわかったよ」

「何だ?」

「この家の左隣をよく見て。教会と幼稚園だ。つまりあの公園もさ、園庭の延長的に使われたりして」

「良いじゃんか、そんくらい。オレらも、ガキん時は煩かったろ? 頑張って防音結界を張ろうぜ」

「まぁ、そうだね」

 

 そうして契約を済ませ、必要な当面の衣類や生活用具を徐々に買い揃え、オレ達の倫敦生活が始まったんだ。徐々に馴染むかなぁって気楽に構えていたけれど、基礎科の頃の最初は辛かったな。なんか自由がないし、キングスイングリッシュにどうにも慣れないしで。パンを買うだけでケラケラ笑われるしさ(オレ達はテキサス訛りだ)。

 何より裏に良い庭があるのに、バーベキューができないってのが辛かった。スーパーに並んでいる肉も、イマイチなくせに値札ばっかり高いしさ。

 そんな風に、もういい加減倫敦が嫌になっていたある日の事だ。時計塔の授業が始まる2日ほど前。8月の終わりか9月の頭だった。前庭に置いたプランター(薬草を植えた)に水を遣っていると、でかいリュックを担いだ子供が隣の家にやって来た。年の頃は幼稚園かプライマリー(小学校)の1年生くらい。金髪の可愛い女の子だ。

 

「ハ~イ。お隣の子?」

「あ。こんにちは」

「はい、こんにちは」

 

 挨拶を交わして、引っ越してきた旨や名前なんかを話していたら、中からその子のお婆ちゃんらしき人が出て来て、再び挨拶と自己紹介が始まった。どうもお隣さんは三世代同居で、この子と、この子の母親、そしてお婆ちゃん(と言っても、えらく若く見える美人だ)の3人暮らしらしかった。母親は時計塔の職員なので、わからない事があったら遠慮なく尋ねて欲しいとご親切にも言ってくれた。そう聞いて、お婆ちゃんが若く見える理由がわかった。間違いなく魔術師だ。

 そういや契約の時に職員ばかりが住んでいるって聞いていた。なるほどなって感じだ。

 

「お隣はタナーさんっていうらしいね」

「ちょっと珍しいファミリネームだな?」

「英国っぽいよね」

「だな。あの子の名も珍しいけどな」

「うん」

 

 その娘さんの名は『Miyako』といった。ミャコでなくミヤコだ。どこの言葉だ? そして会えなかった母親の名は『Ann』でも『Ann's』でもなく『Annzu』だった。名前が複数形って変わっているなと思ったが、どうも違っていて綴りは先の通り。アンズが名なんだ。ちなみにお婆ちゃんは『Christine(クリスティーン)』だった。

 

「あの子さ。君と同じで、どこか東洋っぽさがあったよね?」

 

 アントニーの言う通りだ。オレもアントニーも薄い金髪で赤い瞳なのに、オレだけどこかアメリカのネイティヴのようなところがあった。あの女の子もそうだ。どこかで東洋の血でも入っているのかね?

 それはともかく、ミヤコはその日までサマーキャンプに行ってたらしい事や、地元のプライマリースクールに通っている事などがわかった。と言うのは、翌日にも会ったからだ。その時は赤いチェックのサマードレス姿だった。通りの向こうで待ち合わせているらしき友人に向かって駆けて行ったから、きっとあれが制服なんだろう。赤いドレスはミヤコに似合うと思った。

 そしてその時に、オレは初めて母親のアンズに会った。髪はブラウンだけど、青い瞳の成分が随分とバイオレットに寄っている。これは緑の瞳より珍しく、オレやアントニーの赤と並んで希少だ。そんな蠱惑的な瞳を持つ人は、経産婦とは思えないほど少女っぽく、笑顔の似合う人だった。いや、ホント。同年輩かと勘違いしたほどだ。そんな人が6~7歳ほどの子供を持つのだから驚きだった。

 そこから当たり障りない挨拶と会話が始まって、あちらの年齢などがわかったのは、9月も過ぎて時計塔に慣れた頃だった。ズバリ24歳。アンズは17歳の時にミヤコを産んでいた。そしてお婆ちゃんのクリスティーンは18歳の時にアンズを儲けていた。となるとクリスティーンは現在42歳くらいだ。それは若いはずだ。しかも親子揃って未婚の母だった。事情があるんだろうと、それ以上は聞かなかった。

 ともあれ堅苦しい部分があるにせよ、そんな風にオレ達は倫敦に慣れていったんだけど、バーベキューができないのは本当に辛かった。それでイライラがマックスだった10月。祖父さんが突然倫敦にやってきてこう言ったんだ。

 

「バックアップはしてやるから、お前達でヘヴンズフィールに参加しろ。そして姉を救けるんじゃ」

 

 それで『聖杯戦争』なんて物騒な別名の方がある意味有名な、胡散臭い儀式に参加する事が決まってしまった。というのも、祖父さんは時計塔からの参加者を強引に降ろさせ、その2枠を買い取っていたからなんだ。

 この時に現代魔術科の教授が、オレ達に儀式の事をレクチャーしてくれた。まだ個体基礎科のペーペーだったオレ達の事を心配して、わざわざ指導を買って出てくれたらしい。そこで7枠がどうとかサーヴァントがどうとかを知った訳だ。それから諸々準備をして、ニッポンに向かって出発したのが11月の終わりだった。

 

 

 

「ねぇ、天気が良いんだからさ。どこかに出掛けない?」

「悪いね、アストルフォ。君だけじゃなく、今日は待ち人があってね」

「そうなの、マスター?」

「うん。遠い親戚の人がヨーロッパから来るんだよ。その人を連れて、来週はシカゴに行くからさ。それまで我慢して」

「そのシカゴにボクも行っていいの?」

「勿論さ」

「わ~~!」

 

 そうしてアストルフォは木陰のハンモックで揺られるアントニーに抱きついた。美貌の少女2人が戯れているようにしか見えないのは、木漏れ日が演出する錯覚じゃない。アストルフォも大概だが、名前をアントニアにでもしろよというくらいアントニーも少女と見紛うばかりの美貌の持ち主だった。背も低いしな。

 だけどそれがアントニーの悩みだった。南部のテキサス出身だぜ、オレ達。荒馬を乗りこなし、牛の角を持って引き倒し、ロープが使え、腰には二丁拳銃だ。マジで。学校のない休日は、家の牧場で長年働いてくれているベテランのカウボーイに鍛えられたんだよ。そんなだから、自分の馬も2頭居るし(置いて来たのが寂しい。クルマと一緒に持って来たかった)、手に馴染んだシングルアクションアーミーも2挺持っていた。

 ここカルフォルニアでは気軽に銃が持てないんだが、役所に登録して正規にショットガンとリボルバーを手に入れていた。一応、護身用だ。魔術師としてはアントニーの方が上なんだが、腕っぷしはオレだ。オレがアントニーの矢面に立たなきゃな。でないとコイツの親父さんとお袋さんに会わす顔がない。

 

「それ、私も行っていいの?」

 

 オレのポンコツメイドのクロエだ。

 

「ああ。留守番なんて言ったらブーたれそうだからな。勿論お前も連れて行くよ」

 

 そう言ったら『ヨシヨシ』なんて頭を撫でて来る。見た目は13歳くらいの少女がだ。こいつのせいでオレはご近所からペド扱いされている。冗談抜きでアメリカでそれってかなり堪えるんだぜ? まぁ、親しい人は妹分だって事で納得して貰っているんだが。

 そんな風にまったり過ごしていると待ち人がやって来た。人懐っこい笑顔で、オレ達に握手を求めてくるその人の名はレオン・フォン・アインツベルンと言った。ハーウェイでない、スイスの本家筋に近い人だ。今回はアメリカの中西部でビジネスを展開しているアードリアン・ハーウェイさんへの、渡りをつけて案内するのがオレ達の仕事だった。

 アードリアン・ハーウェイさん、別名アードリアン・フォン・アインツベルンさんは、曽祖父ブルーノの従兄弟で、オレ達にとっても親族(祖父さんの甥らしいから大々叔父?)になる。別名で魔術師名があるのは、そっち方面でも名の通った人だからだ。きな臭い仕事も多いらしく、ギャングに狙われたりもする場合があるので、そう気軽に会える人ではない。だけど親父達やオレ達にも何くれと気を遣ってくれる親族思いな人でもあった。だから祖父さんは今回の仕事をオレ達に振ったのだと思う。

 それでオレ達は、レオンさんに今日はゆっくり休んでもらって、明日シカゴに飛ぼうと話した。レオンさんもそれで良いと言ってくれたし、アードリアンの叔父も電話で待っていると返事をくれた。この色好い返事には、深い意味があった。ズバリ、『クロエを連れて来い』だった。

 

 

 

 2004年1月2日未明、円蔵山中腹にて────。

 オレとアントニーとクロエの3人は、少し開けた場所で召喚陣となる魔方陣を描いた。供物はここに来る途中で買ったチキンだ。英霊への縁(えにし)となる聖遺物は祖父さんが用意してくれたものだった。

 

「エロエムエッサイム、エロエムエッサイム……えっと……?」

「我は求め訴えたり、だよ」

「おう。求め売った襟……」

 

 すると用意した魔方陣に魔力が流れ込み、それが収斂して人のカタチとなった。成功だ。

 

「成功しとらんわ! グリモアで喚び出すのは悪魔でしょうが!? それにその呪文はエロイムエッサイムだ! 何だよ、エロMエッサイムって……」

 

 そう言ってエロい格好で現れたのが、オレの召喚したキャスターだった。抜けるような白い肌を包み隠すのは、透けるようなアラビア風の衣装で、口元も同じような布で隠していた。いかにも魔女って感じだ。何よりその身に纏った魔力が尋常じゃない。英霊ってこういう存在なのか……。オレ達が唖然と彼女を見ていると唐突に質問が来た。

 

「んで、背の高い方のキミが召喚者でしょう?」

「あ、ああ」

「名は?」

 

 そこでオレは自分の名を彼女に教えた。これから数週間はパートナーだからな。

 

「オレの名はエルヴァだ。エルヴァ・ハーウェイだよ」

 

 

 一瞬だったけど、キャスターはその大きな瞳を更に大きくして驚いていたのをオレは見逃さなかったが、すぐに忘れた。何故なら正しい召喚呪文を教えられ、オレは逃げたくなったからだ。

 

「アントニー!」

「僕のせいじゃないでしょう? どうして肝心な時に呪文のメモを間違うの!?」

「あうぅぅ……」

 

 何とオレは呪文を間違っていたのだ。更には……。

 

「それとですね? 魔力の通りを良くするために生贄の血を使うのは良くある手ですが、フライドチキンを捧げてどうするつもりだったの!?」

 

 ハッキリ言おう。魔術に関してオレはある種のバカで、落ちこぼれだ。だけどアントニーが言った。

 

「予測通りだ。失敗法だと思っていたけど、君なら君に合ったサーヴァントが引けると思っていたんだ」

 

 これにはキャスターが苦笑いした。

 

「あなたはマスターの友人?」

「うん。僕はアントニー。アントニー・ハーウェイだよ。よろしくね」

 

 そう言ってキャスターに握手を求めていた。この時にオレの手の甲に令呪が強く浮かんだ。

 

「彼の事が良くわかっていますね。天才を識る秀才と言ったら失礼なのかな?」

「い、いやぁ……」

 

 違うぞ、キャスター。天才はそいつだ。キャスターは次にクロエに握手を求めた。クロエもそれに笑顔で応じた。ぎこちないがそれなりの表情だ。

 

「ほぅ……。南極2号レベルと思いきや、これはなかなか……」

 

 意味がわからなかった。続いてアントニーが召喚陣に手を加え、聖遺物を入れ替えた。

 

「ターゲットのクラスは?」

「ライダーだよ」

「面白い」

 

 キャスターが感心していた。陣を描き終わったアントニーが呼吸を整え、左腕で右手首を握り締め、腕を陣にかざした。そしてカッコよく召喚の呪文を唱えた。全然違うじゃないか!

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の脚に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―!」

 

 肉眼じゃ見えないはずの魔力が、白い霧のようにあちこちから集まって、やがて陣の上で渦を巻いた。まるで小さな竜巻だ。だから外でやろうと言ったのか。

 白い竜巻になった霧が、グッと小さくなった。真冬なのにアントニーの額には汗が浮かんでいた。そして霧が拡散して、陣の中が見えた。するとそこには、跪くピンクの髪が存在した。成功だ。そしてその少女のような英霊は、開口一番こう言った。

 

「誰がマスター?」

 

 それにアントニーが答えた。

 

「僕だよ、ライダー。僕の名はアントニー・ハーウェイ。彼は親友で従兄弟で今回の仲間でもある、エルヴァ・ハーウェイ。そっちの彼女がエルヴァが召喚したキャスターで、こっちの子が僕達を手伝ってくれる助手のクロエだ」

「ふ~ん、わかったよ。ボクはアストルフォ。よろしくね。それでキャスターは名前を何ていうの?」

 

 この時、アントニーの顔が変わった。美人ばっかりなんで見とれていたオレは出遅れた。

 

「ライダー、ダメだよ。弱点を知られる手掛かりになりかねないから、普通、真名は明かさないものらしいんだ」

「そうなんだ? そんなの英霊によりけりだと思うけどなぁ」

 

 アントニーの眉がピクリと動いた。怒っているんじゃなくて感心したんだ。

 

「理性が飛んでいるって話だったけれど、君の言う通りだよ。それにそういう情報も扱い方次第さ。遣りように拠っては、相手を撹乱する手にもなるからね」

「でしょう? でも、キャスターなら仕方ないのかな?」

 

 そう話しながらアントニーとアストルフォは握手した。その時にアントニーの令呪が光った。

 

「なら、アントニーの考えに乗りましょう」

 

 そうキャスターが呟いた。そして……。

 

「私の事もマスターと同じくエルヴァと呼んで下さい。縮めてエルでも良いですよ」

 

 それでオレ達はキャスターをエルと呼ぶ事にした。アントニーが大賛成したからだ。

 

「万一の場合に備えて?」

「まぁ、そうですね。使い方次第ですが、混乱を産む情報は有益です」

 

 その後オレ達は陣を消したり魔力痕を消したりしてから山を降りた。拠点はとある民家だ。これは祖父さんの手の者が、予め用意してあったものだ。電気もガスも水道も通っていて、食器も調理器具も揃っていたし、暖房器具や寝具なども用意してあった。

 だけど何とも謎なローテーブルがあって、それの使い途がオレやアントニーにはわからなかったんだ。するとキャスターが、ささっと床の上に大きな布を敷き、そのローテーブルを真ん中に置いて、セットになった毛布などを被せていった。そして薄い天板をその上に置いて、エレクトリック・プラグ(コンセント)を挿してスイッチを入れ、足を突っ込んだ。

 

「これって足を暖めるものなの!?」

「おコタも知らないとは田舎者め」

 

 悪いな。テキサスは田舎だよ。

 

「けど、何で英霊が知ってるんだ?」

「あ、聖杯から現代の知識が流れて来るんだっけ? アストルフォにも来るの?」

 

 ところがアストルフォはキャスターの横に入って、テレビジョンを見ながら、キャスターが剥いたオレンジを食べていた。すっかり寛いでやがる。この国のオレンジは妙に小さい。けど、一つ貰ったら甘くて美味しかった。

 

 ピピピピピ。

 

「あ、お風呂が沸いた。先に頂きますね」

 

 そう言ってキャスターがバスルームに行った。

 

「おい、アントニー?」

「聖杯の知識って凄いんだね。いつの間に……」

 

 二重の意味で驚いた。お湯を張るんじゃなくて沸かすのか? しかも音で知らせてくれるって……自動なのか? それを何の問題もなく扱うキャスター……。

 

「ニッポンのバスって、どうやって入るんだ?」

「知らないよ。あんな深いのにどうやって入るんだろうね?」

 

 後で出て来たキャスターに教えられて交代で入った。最後にキャスターがクロエを伴って、お湯を抜いて洗っていた。教えてくれているらしい。

 

「お湯を使い回すから、先にお湯を被ったりするのか」

「そうですよ」

 

 このポカポカする感覚は冬だと良いな。キャスターもこの国の風土に合ったスタイルだと言っていた。だろうなと思った。

 次の日、オレ達は朝食後に朝っぱらからバスに乗って、この儀式の監督役の下へ行った。川を越えた隣町の丘の上にある教会だ。魔術協会と敵対する聖堂教会がこの儀式の監督をしているんだ。胡散臭いよな。

 この時、キャスターは黒いストッキングの上に赤いキルトのスカートを穿き、ふわふわの白いセーターを着て、これまた赤いマフラーを首に巻いて、ダッフルコートを羽織り、頭にはニットの帽子を被っていた。

 

「どうしたんだ、それ?」

「投影魔術」

 

 ホントかよ!? アストルフォのもか?

 

「魔術で編んだのかどうなのかはわからないけど、正直、助かるよね?」

「確かにな。けど、なんでアストルフォまでスカートなんだ?」

「ん? 可愛いし似合うでしょう? キャスターに頼んだんだよ」

 

 ふ~ん、まぁ似合っているのは確かだし良いか。それよかクロエだ。朝起きると昨日までと違って、表情が豊かになって仕草が細やかになった。こころなしか造形も良くなったような……。

 

「キャスター? クロエになんかした?」

「ちょこっと改造を。明日はもっと良くなりますよ」

 

 勝手に何してんだよ。けど、文句を言えなかった。オレの気になっていた点が全部失くなっていたからなんだ。

 

「キャスターはホムンクルスを?」

「バッチ来~い」

 

 どういう返事だ?

 

「エルヴァ。君、キャスターに教わった方が良いよ」

「だな……」

 

 こんな風にアントニーが指摘するまでもなく、キャスターはあらゆる事に明るかった。それは魔術でも、現世の事でもだったんだ。アントニーが言うには、地頭がかなり良いらしい。今の世で政治家になっても、企業の経営者になっても成功するだろうとの高評価だった。オレもそう思った。

 そもそもキャスターなんてクラスが何であるんだって話だが、ここに来てオレはこういう頭の良いヤツが埋める事の意味をそこで知った思いだった。だって、『私も魔術師だ』なんて言って、アサシンを召喚するって断言したんだから。その手があったかと思い知らされたもんだ。

 

 やがてオレ達は丘の上にある教会の前に着いた。

 

『頼もう~~~!!』

 

 オレの知らない、きっとこの国の言葉だった。

 

『何だ。どなたかな? 三賀日も明けない内に』

 

 そう言って奥から現れたのは後ろ髪が特徴的な、カソック姿の神父だった。日本人にしては背が高い。

 

「あ。英語が話せるか?」

「問題ない。何かね?」

 

 オレは自分達の素性と聖杯戦争に参加する旨を伝えた。

 

「これは、これは……まさか、こんな朝からとは……」

 

 これはキャスターの案でもあった。朝という清澄な光の中だからこそ、暗躍する者達は戸惑って尻尾を顕にすると。そして、それは本当の事だった。オレとアントニーだけでなく、アストルフォもクロエも、この神父の嘘臭さが一発でわかった。こいつは腹に絶対良からぬ事を企んでいる。愛想笑いで受け答えしては居るが、コイツこそが真の黒幕だとわかってしまった。

 

「こんなもんか」

「そんなものですよ」

 

 オレ達程度の青二才でもわかる黒さ。時間帯でこんなに如実にわかるものなんだ。

 

「言ってみれば審判が『黒』なんだろ? どんな儀式なんだよ?」

「……だからだよ。だからお祖父様は僕達に、これをぶっ壊して、エルヴァの姉さんを救けろと言ったんじゃないかな?」

 

 確かにそんな気がした。教会の帰り、地元のスーパーで買い物を終えたオレ達は荷物を拠点の家に置けば、そのままあの山に登った。今度はオレ達の選んだ場所とは違うところで、キャスターが召喚を行った。キャスターはアサシンを召喚した。

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