※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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102、冬木の日々 03

 エルマはいきなり間桐臓硯の名前から話を始めた。

 

『名をな、臓硯としたのは蟲に置き換わる自らの肉体……即ち臓物を惜しんだからじゃよ。そうせざるを得んかった運命を忘れんために硯(すずり)なんじゃよ』

『何で臓物? それなら肉硯とか臓筆じゃ?』

『幾ら何でも肉はないじゃろ。じゃから修練場を指す蔵という字に肉月を付けたんじゃよ』

『その発想も変わってるね?』

『ほっとけ。それに墨があれば指でも書けようが。筆より墨、よって硯だったんじゃ。ま、『思い』の問題じゃからな。語呂合わせ優先だったのは間違いないわい』

 

 次にエルマは『慎二』という名について尋ねたらしい。

 

『ふむ。漢数字の『二』ににはな、『継ぐ』や『次ぐ』などの意味だけでなく、『陰陽』の両義を指す意味もあるんじゃよ。然し乍ら姓名判断では『天地』という意味合いも含んでの、『天地人』を指す『三』の方が縁起が良い。よって次男や次女でもない限り、普通は人名に『二』は使わんものじゃ。それは運気が下がるからよ』

『つまり、ゾウケンくんの世界でも慎一さんは居たって事?』

『おったよ。数日しか生きれんかったが……。儂と変わらんくらい魔術回路があっての。期待しておっただけに残念じゃった……』

 

 その『間桐慎一』という人物が『エル』の世界では存命であり、その世界の臓硯を滅ぼしているという。

 

「名前の音くらいでどうこう言うのは変ですけど、どうもゾウケンくんは真一くんの名前で引っ掛かっているみたいですね」

 

 そういう事か。それをエルマが伏せていたから、何か隠し事があるのではと私が訝しむに至った訳か。

 

「ゾウケンはあの少年を『間桐慎一』の生まれ変わりとでも?」

「言葉では『そんなワケがあるか』って言うけど、気にはなっているみたいです」

 

 なるほど。

 

「では、君はどう思う?」

「半信半疑ですね。お姉様や『エル様』みたいに慎一さんをよく知っているなら、魂の色とかでわかるのかも知れませんが、私にはそこまでわかりません」

「そうか……」

「でも」

「でも?」

「ゾウケンくん、杖になっても魔術師なんですよね」

 

 どういう意味だ?

 

「魔術が使えれば、魔術師と言っても差し支えなかろう?」

 

 例えそれが杖に備わる機能だとしても、魔術が使えるのならそうなるのではないか?

 

「違いますよ。魔術回路と刻印を持っているって意味です」

「はぁ? 杖なのにか?」

「そうです」

 

 そうして私は間桐臓硯という怪物の怪物たる所以をエルマの口から知ったのだった。

 

「答えは単純です。魔術回路や刻印が筋肉や神経、リンパ節など肉体にあるのでなく、魂に持っているという珍しいタイプなんですよね。だから蟲になっても魔術師で居られ、杖になっても魔術師で居られたんです。刻印蟲が開発できたからじゃないですよ? それなら杖はないでしょう? そういう特殊な魂を生来から持っていればこそなんですよ」

 

 そういう事か……。私はどこまで行っても中途半端な知識しか持たぬ魔術使いあがりなのだなと自覚した。私の神経と絡み付いた魔術回路も珍しいものだと聞いていたが、よもや魂に……。ん? だが、それは遺伝するのか?

 

「となると、慎二の父親や叔父は?」

「そちらは何代目かの当主の奥様から入った血のなせる業ではないですか? だから枯れるのも早かったのだと。むしろゾウケンくんは何も手を打たなければ、自分の代で終わるとわかっていたのだと。そこが焦りとなり、晩年の悪行に繋がって行ったのでしょう」

「なるほど」

 

 本当になるほどだ。実に説得力のある説だと思った。なお、私が間桐慎二を慎二と呼び捨てたのは、今更過去を隠しても仕方ないからだ。何よりエルマは英霊の弱点を知り抜いており、その一部を披露された『英霊のイリヤ』を震え上がらせた実績がある。その一例が空間転移を使った目への徹底的な攻撃だ。

 何でも良いのでキッチンにある調味料を直接目に掛ければ、英霊相手でも結構常人並みのダメージを与えられる。辛子やワサビのような刺激物でなく砂糖でも良い。確実に効果があり、間が空く。そこへ『王の財宝』からチョイスした『何か』だ。この方法は元々『エル』が行っていたものらしい。それをエルマはしっかり学習しているのだ。

 ただしエルマの方が優しい。『エル』ならば肺や気管支に唐辛子やワサビを空間転移で送って来るという。英霊には通常兵器が効かない。だが、肺や気管支に直接、大量のワサビや唐辛子を送り込まれれば、常人なら気を失うか悶絶しつつ死ぬかも知れん。ところが既に死人である我々は、ただただ悶絶し続けるしかないのだ。そんな事を真面目に研究し続ける魔術師……悪魔だろう。

 

「今までの話を聞くと、間桐慎一は、臓硯と同じく魂に魔術回路があるのか?」

「はい。それでゾウケンくんは真一くんの魂を、杖の機能で解析した可能性があります」

「となると……真一は?」

「早まらないで下さい。だからと言って、杖になる前のゾウケンくんが魂を解析できたかどうかは不明ですし、仮に出来たとしても、生後すぐの慎一さんにそんな解析をした可能性は低いと思います。ですので真一くんが慎一さんの転生という証拠は何もありません。現段階ではただただ、喉の小骨のように気になっているだけですよ。そこを私は友人として気にしていただけで……」

 

 漸く合点がいった私だ。

 

「けれど、本当の意味で身内や仲間以外にも目を向けられるようになって来たんだなって、私は嬉しいですよ」

「ん?」

「『悪の廃絶』なんて、腸内の悪玉菌を全部失くしたいと言っているようなものですからね。ゾウケンくんがそう『決めた時』にたまたま悪玉菌になっていた日和見菌まで消してしまったら、腸内環境はどうなるでしょうね?」

 

 う~ん……腸内菌だけでなく人もそういう側面が確かにある。まして地球を『腸内』と捉えれば人類も菌の一種だと言えなくもない。だがそれは土台無理な話だ。かつての『正義の味方』が夢物語であったように。今のゾウケンならそれくらい理解できるだろう。つまり過去の自分が持った願いなど実現不可能であったと。

 これは願いの美醜や行動力の問題ではない。他人の心は千差万別で、単純な善悪二元論では語れないし断ぜないのだ。そしてそれ即ち、過去の私の全否定であり、守護者の存在の否定でもある。だが『目を向けられる』という言葉が気になった。

 

「ああ、そこの意味ですか? まぁ、一般論として男性は大なり小なりアスペルガー症候群ですからね」

 

 過去の自分を振り返るとその傾向が強い。ゾウケンもそうだったのだろうか?

 

「そりゃそうですよ。男女差は筋力や体格だけではありません。例えば頭脳の明晰さに男女差は余り出ませんが、立脚点の差は出ます。攻守の差と言いますか。これは狩猟生活の時代からそうですが、外に出なければならない男性の方が女性より勇気があります。ですがその勇気は諸々の負の感情を捨て去って作り上げた仮初のポーズの場合がほとんどです。自信のある男性は過去の経験と実績、そこに到るまでに得た知識と経験があったればこそです。新規事業立ち上げとなったら縮み上がるのが普通ですよ。なのにドーンと行けるのはアスペルガーが良い方向に働いていたからです。つまり自分の欠点を良い方向に転換できるように促す幼児教育が大事な訳ですね。身に覚えがあるでしょう?」

 

 極論のような気もするが、妙に頷きそうになる。私は被災して幼児時代の記憶が抜けている。なので……その後にジイサンと藤ねえから受けた教育しか知らないからな。

 

「そもそも表の顔と裏の顔という二面性を幼い頃から叩き込まれるのが魔術師です。それを自覚して演じられないと生きていけないのですよ? ですので魔術師は、男女問わず後天的かつ人工的なアスペルガー症候群と考えて間違いありません」

 

 あっけらかんと即答された。やがて食堂の飾り付けが終わったエルマは、私とマルガリータで仕上げた料理を次々とテーブルに並べてくれた。そのペンギン型の髪飾りはどこで売っているのだ?

 

 

 

 

 自室で着替えた私は時計を見て『まだ早い』と思い、今度はメイド服に着替えてエルマを手伝おうと思った。このメイド服はエーデルフェルトのものだけど、長袖しかないアインツベルンのものと違って、夏場の半袖もあったから大変便利なのだった。冬場は中に着た白いブラウスの襟を外に出す。

 普通は身頃と別体になったつけ襟だろうけど、このエーデルフェルトの冬用は寒い北欧らしく、ワンピースの中に背中開きのブラウスを着る事で保温性を高めていた。この冬服を着ると1958年版の『Mädchen in Uniform』というエルマの好きな映画を思い出す。これ、日本語で『制服の処女』というタイトルなんだけど、古くは1931年にも映画化されていて、舞台がドイツの寄宿制女学校なんだよね。

 まぁ、映画の内容は『マリみて』みたいな『プチ百合』と考えて間違いない。問題はそんなのが1931年と1958年なんて大昔に、2回も映画化されているところだ。当時の世俗や風潮を考えると斬新だと思う。しかも1958年版はヒロインと憧れの女性とのキスシーンがある。よく撮れたなと思わない?

 それでその女学校の制服は色こそ灰色だけど、背中開きのブラウスの上にワンピースを着て、その上にエプロンを着ける訳。それで学内の記念日や記念行事の日には、エプロン無しでもっと襟が大きなフリフリブラウスを着る事になっている。そんな映画が大好きなのだ、エルマという女は。なのでエルマは姉さん以上にこのメイド服が好きみたいだ。

 ただ日本の春・秋シーズンには少々暑い時もあるので、つけ襟のタイプも用意されている。また高温多湿な夏だと全く違うタイプが必要だった。今着ているこの半袖が折り返して白い部分が可愛い夏服も、エーデルフェルト家が高温多湿な日本の夏向けに作ったものらしく、デザインの大本はルヴィアさんで、それをオーギュストさんが外部のプロに外注したものだ。ただし生地はエーデルフェルト家で編んだ物だという。

 だから着心地はサラッとしていて、とても涼しい。姉さんが居た頃の去年の夏の私はエルマのアルバイトのお供だったから、この半袖を着るようになったのは夏休みが明けた頃だった。だけど姉さんは『良く出来ている』と高く評価していた。ちょっと不思議なお話に聞こえるかも知れないけれど、男性でワークウェア好みな人が居るでしょう? コスプレ好きと言うのとも少し違って。姉さんもきっとワークウェア好きなタイプだったんだろうね。

 

 私は階下に下りて食堂に入った。けれど何でもかんでもエルマが一人でするので、付け入る隙きがない。私は用無しも良いところだった。なので歓迎会が始まるまで部屋で待機しようと一旦戻った。それからメイド服のリボンを解き襟元を開いて、ヘッドホンで音楽を流しながらギターを抱え、耳に入る曲と全く違う曲をアンプを通さないで弾いていた。

 この方法は他人には薦められない事だけど、意外とデタラメ弾きでも指ほぐしになるし、頭の中できちんと違うメロディーが浮かぶなら、苦手な運指の練習にもなるので私はこういうながら練習を良くしていた。

 苦手=余り好きでない、=飽きる、=面倒くさいとかだから、ヘッドホンの曲をBGMだと思えば、それらのネガティヴな思考を逸らして練習するのには好都合だった。ただしこんな練習方法は私がホムンクルスだから出来る事であって、普通の人はしないだろうし、仮にしたいという人が居てもお薦めしない。

 マルチタスクはアインツベルン製ホムンクルスの特徴だった。本来のそれは家事や炊事、育児のためのものだ。その特質を技術系や芸術系にまで応用する試みが自然に発生し、それをほぼ完成させたのが『エル様』なのだ。勿論、その業績は先代御館様だという説も当然あって、それがため第六世代ホムンクルスは先代御館様が開発したとされている。

 実際、マアエモさんを含めた同世代のホムンクルスから今に至るまでが第六世代とされている。けれど先代御館様と今代御館様の『エル様』は共同開発もしているので、『エル様』の中ではマアエモさんですら第五世代という認識だ。ユスティーツァ様を含むリズライヒ型や大婆様が第三世代だとも。

 なのでトントさん達を救うために使われたボディと、『エル様』自身が鋳造した私達を含むメイドこそが第六世代であると私は聞かされていた。だからエルマを第七世代のプロトタイプと言ったのだ。エルマ、今年の夏は桜とまたあのアルバイトかな? 私は衛宮先輩(士郎さん)と軽く相談していて、もし空きがあるなら近藤先輩とともに嶽間沢さんのところでアルバイトをしたいなと考えていた。

 ただ、今年近藤先輩も衛宮先輩も3年生だ。夏期講習などもあるのにバイトをしていた姉さんが奇特なのであって、普通はそんなの無理だろう。さて今年はどうなる事やら……。

 

 

 そうだなぁ……それから20分くらい経ってからかな? 襟を止め直して、リボンをきちんとした私は再び階下に下りた。

 

「さっきは手伝ってくれる積もりだったってわかっていたから言わなかったけれど、パーティなんだから私服で良かったのに」

 

 あ、そうか。

 

「まぁ、良いわ。トロンメル、これをお向かいに持っていってあげて。私はこっちを美遊ちゃんの家まで運ぶから」

 

 そう言った『これ』と『あれ』のタッパには既に料理が詰まっていた。おからと合い挽き肉のハンバーグに、和風のタレ。大根おろしも添えてある。それと一口カツとコロッケ。多分このコロッケもおから入りだ。こういう洋食におからを使うのは、姉さんがこの家で広めた方法だった。

 アーチャーさんも馴染みがあったのか、すぐに真似していた。だけど『おから』の語源は知っていても(御殻。豆殻の意)、単なる豆腐製造の際に出る副産物では無いというのは知らなかったようだ。お豆腐は水に浸けた大豆が十分に水を吸った後に機械で擦り潰し、蒸気を使う大型の専用圧力鍋で炊き上げ、ドンゴロスのような厚手の袋に空けて絞り出した一次豆乳から各種を作っていく。

 この一次豆乳に『にがり』を加え半固形化させ、次に木綿の布地を敷き詰めた型箱にこの半固形化した豆腐の素を器で掬って入れていき、蓋を締め重しを載せるかプレス機で圧を加えるのが木綿豆腐だ。型箱に入れず笊(ざる)などに半固形状態で盛れば笊豆腐やおぼろ豆腐となる。このざる豆腐やおぼろ豆腐は自宅で作れる。

 先の一次豆乳に『にがり』を加えず取り置き、次に水気を逃す穴のない専用の型箱へ先に溶いたにがりを入れておき、バケツなどに絹に似た合成の布を張って一次豆乳を濾す。この濾した二次豆乳が世間で言うところの豆乳だ。その豆乳を型箱ににがりが良く混ざるよう対流を起こすようにして流し込む。その固まった豆腐が絹漉豆腐で、合成布に残った滓(カス)が料理に使える『おから』だ。

 つまり絹漉豆腐を作る際の副産物で、木綿豆腐を作る際に出る『おから』とは違う事をアーチャーさんは知らなかった。これはお豆腐屋さんで取材するか訊ねない限り、ネットで調べても出て来ない。だけど姉さんは知っていた。間違いなく『エル様』も知っている。と言うのは、『エル様』は初等部の4年生頃、これを自主研究したからだ(疑問があると自主的に突撃取材するところが『エル様』だ)。

 ちなみに新木綿(ソフト木綿とも。京都の老舗湯豆腐店に倣って、嵯峨豆腐という呼び名もある)は、一次豆乳に『にがり』を加えず取り置き、木綿を敷いた型箱に大きなビニールを敷き詰め、そこで『にがり』を溶いておき、取り置いた一次豆乳をヨイショと持ち上げ対流を起こすように流し込んで固め、途中でビニールをエイヤッと引き抜き、短時間だけプレスしたものだ。

 旧来の36丁型箱でなく切れば細長くなるパック向けの72丁型箱を使うので、短時間で大量に作れるからスーパー向けのお豆腐となった。と言うかパックの機械に合わせて、そういうお豆腐屋さん専門の道具屋さんから(一次豆乳を受ける大きな桶や、専用の豆腐切りという包丁などを扱っているそうだ)型がセットで出て来た感じらしい。

 お豆腐の副産物には、この他薄く切って水気を取り、低温で二度揚げする薄揚げ(油揚げ(あぶらげ))や、木綿豆腐を厚さ半分に切って水切りして(パック用ならそのままでいい)、三角形に切って高温で揚げる厚揚げ、八等分くらいにして揚げるコロ揚げ、絹濾豆腐を切って揚げる絹揚げ(これ、トースターかフライパンで少し焼いて生姜醤油で頂くと美味しいよね)、崩した豆腐を少量の油で練りながら山菜を入れて低温で揚げる飛竜頭(ひろうす。形を整える際に薄く広く伸ばすからでもあるらしい。別名、がんもどき。こちらは雁のつくねに似るからという説もある)などがある。

 お店に拠っては夏場に自家製ところてんを扱っていたり(簡単に作れる)、納豆や油類を扱っているところもあるらしい。特に個人商店数軒からスーパーに変貌したところは仕入れの権利でそうなっている場合があるようだ。

 それから、販売できる『絹漉おから』は良いとして、豆殻だらけで廃棄するしかない『木綿おから』はどうするのかというと、これらは専門の業者が運んでくれるのだが、言ってしまえばいわゆる生ゴミだ。だからどういう業者のルートに乗せる(頼む)かで引き取り価格が大きく変わるのだった。ベストは乳牛か豚を飼っているローカルな牧場が近くにある場合だ。こちらは乳牛や豚の餌になるので、回収料金がほぼタダ同然だ。

 けれど通常のゴミ収集車だと結構な回収料金になる。一丁100~120円くらいで販売している街のお豆腐屋さんだとこのコストは痛い。あちこちのスーパーなどに納品している工場生産の豆腐業者で、採算がやっとこではないだろうか……と、以前姉さんは皆んなに話していた。

 それをアーチャーさんは聞いて感心していたのだった。それはそうだろうね。だって以上の情報はネットどころか、料理研究家の本にも載っていない。本当にお豆腐屋さんで取材するか、働くかしないとわからない事なのだ。なお、姉さんは柚子豆腐や胡麻豆腐、玉子豆腐の作り方も知っていたから、私とエルマは呆れていたのだけれど、姉さんが言うには『エル様』は『パープー』と鳴らす、お豆腐売りのラッパ(年代物の本物)を持っているそうだ。取材先で頂いたのだと思うけれど、それを深山町のような下町で夕方に吹くと、どこからともなく桶をもったお年寄りが出て来ると言うが本当だろうか?

 なお、『おからを炊いた料理』は、『おからの煮物』でも『おからの炊いたん』でもなく、正式には『おからの煎り煮』と言うそうだ。それはおからに具材や調味料を加えながら煎って煮るからだ。『炊きもの』でも『煮物』でもない、和食の中では珍しい部類の調理法だと思ったら、『里芋の煮っ転がし』や『きんぴら』と同じだと言われた。それと『そんな名前よりも重要なのは水分の飛ばし方ですから、そこはしっかり覚えなさい』と言って実演して教えてくれた。

 お酒や味醂でなく、オリーブオイルとバジルを加えて洋風にも出来るし、マッシュポテトと混ぜてかさ増しする方法もある。きっとコロッケの中身はそれだ。

 

 エルマはタッパを包んだ袋を持つと、玄関に止めてあるラレーの自転車に跨って出て行った。あの自転車はお買い物用にと昨年姉さんが組み上げたものだ。あれを見て凛さんやルヴィアさんも自分の自転車を買い、ついでにルヴィアさんはコックのニコさんやメイド用にと数台買い揃えたのだった。

 それらも今は本国フィンランドに送られたが、マルガリータさん用と予備の2台だけ取り置いてあった。当然ながら今エルマが乗って行ったラレーはその2台とは別だ。あれは姉さんが自分で買って来て組んだ最初のもので、当時居たメイドさんに使って貰うためのものだった。だけど今はエルマのものとなっている。そういう取り決めでもあったのだろうか。そこは知らないけれど、サーリーの良いのも持っているのに。私もあのラレーは借りる時があるけれど、通学用のママチャリでお買い物へ行く事の方が多い。

 お向かいへ、マルガリータさんやアーチャーさんが仕上げた料理のケータリングに行けば、玄関まで受け取りにセラさんが出てくれた。その後ろからクロエちゃんとイリヤちゃんがニコニコと手を振ってくれていた。内心はパーティに参加したかっただろうに。けれど真一くんの心情を察すれば、そんな大袈裟に出来るものでもなかった。

 だから今夜の歓迎会はあの家の一員となってこの街で暮らす『けじめ』であり、本格的なパーティは数年後にお母さんが快癒して、真一くんを送り出す時にしようと皆んなで決めたのだった。なので今のところはアーチャーさんもランスロットさんもランサーも『英霊』とは明かさず、『コック』や『庭師』として彼と接している。

 

 

 

 家に戻って食堂に入ると、きちんと身なりを整えた真一くんも、既に席に着いていた。床屋さんに行かされたのか髪型がスッキリだ。一番大きな違いは襟足と耳の周囲に眉。こういうところで、ちゃんと生活している子なのかどうかがわかるものだ。昨日までの彼、お母さんの事もあったろうけどそこいらが甘かった。

 今まではお母さんが髪を刈っていたのではないかと、凛さんも話していた。食費も抑えていたと思うけれど、育ち盛りの男の子だ。自ずと限度がある。なので生活費を削ろうと思えばそういう風にならざるを得ないと凛さんは読んでいたのだ。だから、一見いいトコの子に見えるような、このコーデも凛さんだろう。

 どこかの小学校の制服のような紺色の半ズボンに、黄色と赤の二本線の入ったハイソックス。あれは3足幾らや5足幾らのレベルじゃない。1足で千円は越えそうだ(ちょっと大袈裟な物言いだけれど、私とエルマは5足千円のスクールソックス愛用者だ)。そして半ズボンの上は白い半袖のボタンダウン・シャツだけれど、これも仕立てがしっかりしていて、胸ポケットの縫製に使われている糸が茶色く、襟を止めるこれまた茶色いボタンとマッチしていた。私はこれで凛さんに『ショタ疑惑』を抱くようになったのだが、それはまた別の機会に。

 それでそんな凛さんとルヴィアさんに挟まれた真一くんは、私を見て思いっ切り驚いていた。正確には私でなく私の格好だ。鈍い私でもこれは『メイド』、あるいは『家政婦』と認識されたなと気付いた。でもあながち間違ってもいないし、一緒に暮らせばその内わかって来るだろう。だから『まぁ、良いや』とばかり、私は彼や凛さんとルヴィアさんに頭を下げてから席に着いた。

 そこからイリヤ(姉)さんがアルバイトから戻り、マルガリータさんとアーチャーさんがテーブルに着き、最後にエルマが戻って来た事で本日の歓迎会のメンバーが揃った。『英霊』の存在は魔術を学ぶようになった上で明かせば良いだろうとは凛さんとルヴィアさんの意見だった。私もそう思う。だからランスロットさんもランサーも本日の席はない(お料理はマルガリータさんが既にデリバリー済みらしいけど)。こうして凛さん、ルヴィアさんの歓迎の言葉と再度の自己紹介から、真一くんの歓迎会が始まったのだった。

 

 凛さんもルヴィアさんも思った以上に真一くんと打ち解けていた。美味しい料理はお酒並みに舌を滑らかにする。これは事実だ。だけどそれを真一くんに促したのは、マルガリータさんの料理でなくアーチャーさんの料理だった。私としてはちょっと意外だった。たしかに東南アジアのエスニック料理が得意なマルガリータさんだけど、その実力は確かで、姉さんが両手で褒めて憚らない人だ。それに日本の一般家庭の食卓で並ぶ普通の料理も上手な人だ。

 だけどもう一方のアーチャーさんも料理上手な人だけれど、その味付けは少し甘いところがあった。

 

『元が日本人だから、醤油・味醂・酒などに味が偏るからですよ。マルガリータさんはハーブや魚醤の使い方が上手です。それを和食に合うように工夫しているところが素晴らしいですね。また、逆に和食の旨味と彩りをエスニックに取り入れ、自分だけのオリジナルに昇華しているところも素晴らしいです』

 

 いつか姉さんがこんな風に高く評していた。私もそうだと思うし、エルマなんて姉さんに接するみたいにマルガリータさんに親しみ、真剣にあの人の料理を学んだりしていた。だからこそ不思議だったのだ。『それでも』『されど』と言葉は色々あるだろうけど、ありふれた手巻き寿司の何が真一くんをしてそこまで夢中にさせたのかを。

 

「いや、今回は私の反則だ。事前に凛から聞かされていたのだよ。父親が生きていた頃、真一に関する記念日は必ず手巻き寿司だったと。旨いかどうかより、笑顔の家族が囲む食卓……わかるだろう? 通り一遍のものではない。そこに居るのは自分の成長を心から祝ってくれる両親だ。そんな思い出に敵う料理なぞあるまいよ」

 

 そんな風にアーチャーさんは後で種明かしをしてくれた。記憶にある具なんて安いキハダマグロとおそらくは旬のスルメイカ、それと母親手作りの玉子焼きに、キュウリとカイワレ、後は寿司飯に白胡麻ぐらいのものだったそうだ。だけど幼かった真一くんには『それで十分』だった。それをアーチャーさんは再現したのだ。

 お米の銘柄が異なる、寿司飯の酢や砂糖の配合が異なる、ネタの切り方が異なる……等々の違いはあったと思う。だけどそれを指摘する野暮な真一くんではない。彼は躾けの行き届いた、ちゃんとした子供だった。だから今回はアーチャーさんの勝ちだった。

 

『食べる側の人が、その時に欲しかったものが用意できる。それが一流だ』

 

 大魔導師の旦那様、英霊のシロウさんの言葉だ。この言葉の『食べる側』を『饗(もてな)される側』と置き換えると私達メイドにも通じる。それはとても大切な事だった。こんな具合に他人様の言葉の一部を置き換え、自らの教訓に出来る人が充実した人生を送るのだろう。そうして、『出逢う人皆教師』なんてキザな言葉が出るのが『エル様』だった。

 これは『愚人は体験から学び、賢人は歴史(過去)から学ぶ』という諺(ことわざ)を更に深く解釈したものだ。何故ならその歴史(過去)も自分以外の人々が積み上げたものだからだ。私はこの歓迎会を通じて、素直な真一くんにそんな『おもしろ解釈』が出来る人になって欲しいと思った。だってそんな『おもしろ解釈』が出来る人の方が、人生が楽しいだろうと思えたからだ。

 

 そしてパーティも終わりに近づいた頃、真一くんと打ち解けあって親しく話す私を、ルヴィアさんと凛さんがジッと見ていた。それで片付けを終えてお風呂に向かうと、ルヴィアさんと凛さんから逃げ場もない状態で一方的に質問攻めにあった。スッポンポンの美人二人に気圧され、背中が濡れたタイルに当たり『アヒャッ』って変な声が出た私だ。

 

「なんであんた、そんなに話し上手なのよ?」

「はい?」

 

 無口ではないけれど、どちらかと言えば口数が少なく、愛想もそんなに良くないと言われる私だぞ?

 

「知らぬ間に変わりましたわね、トロンメル。シンイチへの接し方が上手なので感心致しましたわ」

 

 そうなんですか? 普通に話していただけですよ、ルヴィアさん。私はこの状況を、まるで舞台がどこかの女子校の女子寮か部の合宿所みたいに感じていた。お風呂場なのでお二人の声が反響して耳がキンキンと痛い。決して声は大きくないし、後輩の私を諌めている訳でもイジメている訳でもない。ただ疑問点を問い質しているだけだ。だからエルマもお二人を止めようとはしていない。

 けれど私は『どういう事よ?』と腰に手を当て、上半身を乗り出し、人差し指を立てる凛さんを見て『裸なのに絵になる人だなぁ』と思うだけだし、その後ろで腕組みして『理由を話しなさい』と無駄な威圧をするルヴィアさんを見て『胸が本当に大きいな』と思うばかりだった。

 いつか姉さんがルヴィアさんをして、『ホルスタイン系女子』と称したのも魔術と関係がある。エーデルフェルトの跡継ぎは必ず双子を儲ける事になっているからだ。『母乳がたっぷり出るように代を重ねて品種改良されている』のだそうだ。これに嫌悪感を懐くなら魔術師には向かない。その昔は乳房が三つも四つもある乳母が居たのだと姉さんが話していた。だけど後年、世間に合うよう乳房も二つに戻されたのだと思う。

 眼の前の問題に対処しながら、こういうくだらない事を考えるのは私の悪いクセだった。物事をいつも客観視して、状況を観察してから答えを出そうとするから、『何を考えているかわからない』という周囲の感想になるのだろう。だからと言って当事者ではないという現実逃避ではない。

 自己分析するに私は少々『ADHD』気味で『ASD』の傾向もある。おそらくそれがエルマに欠けている芸術性と関係がある気がしている。だから悩む程ではないけれど、メイドとしても学園に通う一学生としても他者とのコミュニケーションは重要だから、いつも自分を測る上で、他者の観察と客観視は外せないクセになっていた。きっと私のそんな一歩引く姿勢が、真一くんの今の心情とたまたまマッチしたのだと思う。ただそれだけだ。

 強いて言うなら、真一くんは恩に感じていても凛さんとルヴィアさんのグイグイ行くところに戸惑っていたのだとも思われる。まだ11~12歳の少年だ。イケイケなお二人の決断や物事の進め具合に気後れして怖かったのかも知れない。『そういう君も一人でここまで来たのに?』『結果が良い方向で同じなら、迷う時間が無駄だよ』とは話してあげたけれど。それと楽器が好きでギターを弾いている事と、お寿司が好きなら美味しい回転寿司店を知っている事を話してあげた事くらいだ。

 

 

 だけど翌々朝の月曜日にわかったのだが、どうやらその回転寿司が『鍵』だったらしい。

 

『なぜ真一の思い出の料理が手巻き寿司だったと思う? 手巻き寿司が一般家庭の食卓で広まったのは、昭和の後期からだったと聞く。昭和の中頃なら、『ばら寿司』や『ちらし寿司』でもご馳走だったろうから、庶民に下りてきたのは割合最近だな。だが今は平成の世だ。具材を凝れば回転寿司の方が安くつく場合も大いにあるだろう。そもそも『すし』は酢飯からの変化であり、『寿司』と書く場合は『箱寿司』や『押し寿司』をも含んだ表現だ。だから魚の切り身が乗った『すし』は『鮨』と書くのが本義なのだよ』

 

 だから魚編に旨いと書くのだそうだ。

 

『80年代や90年代の売れ残ってレーンを何回も回っているバッテラがあった時代ではない。『鮨』と、君達が好きなデザートが回っているのが今の回転寿司だろう? それは真一にしてみれば夢のような店ではないか?』

 

 なるほど。だから私の話しに食い付いたのか。ちなみに私はデザート女子ではない。それに当時は今ほどデザートは無かった。何より私は季節物の特選品(フェア品)は頼むけれど、後はマグロと茶碗蒸しがあれば幸せなタイプだった。この注文もタッチパネルでなくカウンター越しのお兄さんに口頭で頼む方式だった(北海道にこの方式のお店が今もあるよね? なお、姉さんなら『ツケ場の板さんに注文する』みたいな言い方をしただろう)。

 

 それから朝御飯なんだけど、イリヤ姉さんが起きて来ないのはいつもの事として、真一くんが来ていない。そこでエルマに合図された私が彼の部屋まで行った。私達が使わせて貰っている客間のある棟から食堂や厨房、以前の従業員食堂の脇を抜けた廊下のもっと奥、オーギュストさんやニコさん、アーチャーさんが使っていた部屋のあったところ……そこに真一くんの部屋はあった。

 真一くんの部屋は元ニコさんの部屋だ。元オーギュストさんの部屋をルヴィアさんが開放しなかったのがルヴィアさんの気持ちなのだと思う。それはさておき、この一角は男性従業員専用なので、そこまで小さくない、成人なら4人は同時に入れそうなお風呂や男性用小便器付きの共同トイレも別にある。

 合計6部屋で廊下を挟んで4対2だ。その2部屋の方に共同トイレとお風呂がある構造だった。だけど多分、ここが全部埋まった事はないと思う。つまり部屋が余っているのだ。それなのに真一くんがニコさんの部屋に決まったのは、タンスや生活家電にベッドなどが揃っていたからだ。

 掃除も私とエルマ、それにマルガリータさんとで行ったからかなり綺麗だ。またアーチャーさんの提案で、男の子らしい壁紙に張り替えてある。これはアーチャーさんとランサーが行った。それにこの一角は屋敷の一番奥だから意外と静かで裏口にも近く、外に出ればすぐに庭だからランサーやランスロットさんの小屋にも近いのだった。

 彼らはこの裏口か、建物の反対側にある厨房に近いもっと前にある裏口からこちらに通っている。その理由は食材や冷蔵庫、野菜保管庫にある。基本ほぼ自給自作な彼らだけど、おかずが後一品欲しいとか、今日はご飯をガッツリ食べたい、お酒をちょびっと飲みたいとなった場合にこちらから回してあげていたのだ。と言うか勝手に持って行って良い事になっている。余計な買い物が増えると誰も考えていない。むしろこちらが女の子ばかりなので、余剰な在庫が出ないから助かっているのだった。

 また、自給自足の意味は、社交的で口の上手いランサーはマウント深山でアルバイトをしたりもするのだが、釣りも結構得意でコンスタントに魚を釣って来るからだ。例えば週一の釣りで5~6匹も釣れれば、おかずと考えるのなら上等どころか十分なのだった。現代はランサー達の時代のような、それだけ食べて終わりじゃない訳だから大漁だと返って困るのだ。それに日持ちするよう魚を捌いて下処理できるのもアーチャーさんとエルマくらいで、さすがのマルガリータさんもそんなに得意ではない。姉さんやニコさんが居なくなってエーデルフェルトは鮮魚部門が弱くなったと思う。

 一方野菜は、姉さんの音頭でサウナ小屋の周囲に菜園が造園されていて、そこでポピュラーな野菜やハーブを育てている。1月にはビニールハウスも作った。これらの畑の水遣りや追肥はランスロットさんに一任されていて(本を数冊、姉さんが贈っていた。だからランスロットさんは庭師なのだ)、今のエーデルフェルトはかなり家計に優しい家となっていた。

 思うに姉さんは、こんな頃から自分で野菜を育てる事に憧れみたいな感情を持っていたのだと思われる。だから後年、あんな畑を持つに至ったのだろう。倫敦でも育てていたと知ったのはもう少し後だった。また、この菜園の造園を一番喜んだのはマルガリータさんで、ルヴィアさんもノッていた。不思議に思うだろうけど、北欧やロシアの人々は春や夏が短いので、菜園を持つ人が多いらしい。

 特にロシアでは郊外にその街や村が共同で管理する菜園場があり、そこで皆んなが好き好きな野菜やハーブを育てているのだそうだ。そういう菜園場を『ダーチャ』と言うらしいけれど、マルガリータさんが住んでいたニジニ・ノヴゴロドというところの郊外にも何ヶ所かダーチャがあり、その内の一つのすぐ近くに家があったそうだ。

 庭付きのそこそこな家だったらしく、その庭でも野菜を育てていたという。それで家の裏は天然の白樺林で、表皮にキズを入れておくと樹液(白樺水)が垂れて来るので、ペットボトルを加工したそれを受け取る容器をセットすると、一晩で容器が一杯になったという。ミネラルたっぷりな白樺水はほんのり甘く美容にも良いとされているので、ロシアでは愛飲している人が結構いるのだとか。

 それとニジニ・ノヴゴロドのあるノヴゴロド州の近隣には少数民族の自治国が多くあり、東のマリ・エル共和国や南のモルドヴィア共和国、更に東のタタールスタン共和国などの市場に行けば、野菜やお肉に牛乳・卵が日本人だと想像できないような激安で売られているのだそうだ。だから家族の多い人は、晴れた休日に200~300kmはクルマで買い物に走るらしい(ガソリン1Lで60円くらい)。

 お薦めはタタールスタン共和国の首都、カザンの市場で手に入る馬肉のソーセージだそうで、高タンパク低脂肪なので結構人気があるそうだ。1本5~600円だという。赤身の牛肉が3kgくらいで1000円しないらしいから、高級品なのかな? 高級部位とされるところはやっぱり高いらしいけど、牛タンが丸々1本で1500円程度だそうだから推して知るべしだね。

 まぁその分、勤めに出ても月給は日本円で5万あるかなしだし、冬場は職場への往復だけで体力が奪われる。だからこそ春から雪が降るまでの間に、どれだけ生活費を切り詰められるかに掛かっている。そんな理由でダーチャという菜園が重要になるらしかった。おそらく姉さんは『エル様』の体験から、そういうロシアの半農半民な生活を知っていて、それを『苦』でなく『楽』、つまり楽しい事だと思えたのだろう。

 正に『地』ならぬ『土』のアインツベルンだ。『どんなに優れた魔術が使えても、たくさんのメイドを揃えられても、人は土から離れては生きられないのよ』とか言いそうだ。

 

 

 

 コンコン。

 

「おはよう~、真一く~ん。起きてる?」

『はい、起きてます』

 

 返事があったので、ドアを開けて良いかと許可を求め了承を得てから部屋に入った。別にベッドで寝転んでいた訳でも、着替えの途中でもなかった。真一くんの身嗜みはバッチリで、ワークパンツ風のサイドにポケットがあるハーフパンツとショート丈のソックス、その上にTシャツとデニムのシャツをレイヤーしていた。

 転校先が公立だから私服なのだ。学習机の上には黒いランドセル(6年生なのにピカピカの新品だ!)と通学帽があった。先日の歓迎会と全く違う今どきの男の子らしい服装は誰のコーデだろう? ルヴィアさんだろうか? そこはわからないけれど、窓の外は雲が厚いけれど雨は降っていないようだった。

 コックのニコさんは、姉さんが言うには繊細な心の持ち主で、窓際に置いたCDラジカセで音楽を聞いたり、厨房で食材のチェックをしながら考え事をする事が多かったそうだ。たまの休日も厨房道具を見に、そういうお店を回るだけだったという。どうしてそんな事を姉さんが知っていたのかというと、とある曲と関係があった。

 それが録音されたのは1945年1月23日だ────。場所は敗戦色濃厚なドイツ・ベルリン。そのコンサートは夜に行われたという。曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番「皇帝」だった。1945年なんていう大昔にそれはステレオ録音で、空襲の只中だったのか曲中に爆撃機に応戦する高射砲の発射音が入っているのだという。指揮者やオーケストラもピアニストの名も私は知らない。聞かされたかも知れないけれど憶えていない。

 ともかくニコさんはそのCDを姉さんやルヴィアさんに聴かせてくれたのだという。だけど姉さんの記憶には同じ日の昼間に行われた別の指揮者のブラームスと、この「皇帝」があった。と言うのは先代御館様が原盤から複製されたオープンリールテープを持っていて、世間にレコード化やCD化されるもっと前から聴かされていたかららしい。

 姉さんはそのブラームスのCD(交響曲第一番の第四楽章のみらしい。それ以外に47年のザルツブルグでのライブや同年の復帰コンサートなど)をニコさんの「皇帝」と交換して貸し合っていたそうだ。だから姉さんとルヴィアさんという話は変で、本当にニコさんが聞かせたかった相手はルヴィアさんだけだったのだろう。私もこの「皇帝」は後に聞いたのだが、確かに遠くで『ドーン、ドーン』と砲撃している音が入っている。

 それなりの防音設備があるコンサートホールに、外の音が入って来るのだからどんだけだと思う。なのにピアニストもオーケストラも演奏を止めず、見事に最後まで弾き切るのだ。ロックでも嵐の中のライブとかあるけど、空爆中のライブなんて無いと思う。『エル様』が反戦歌や反戦活動を嫌うのは『舞台』に立たないからだと姉さんは話していた。

 

『リアルな世界にはバサラもミンメイも居ません。本当に戦争を止めたいなら、両者の主要な者を掌握するか改竄するしか方法がないのです。『エル』が『ラインの黄金』を欲したのはそのためです』

 

 それが姉さんの識っている『エル様』だった。だから姉さんも『エル様』のそういう『善』な部分は一切否定しなかった。だからこの1~2年で起きている『事象』にも静観している。エルマに聞いたが、姉さんは時計塔の『聞かない上層部数人』を2~3年掛けて『掌握』する積もりなのだ。つまり彼らの持つ障壁を秘密裏かつ気取られずに突破するには、それだけの時間が必要だと計算しての倫敦行きだった訳だ。

 これは私も勘違いしていたのだけれど、姉さんは『掌握』や『改竄』が使えないのでなく、使えるがそこまで威力がないのだそうだ。『ラインの黄金』があるから、その魔術が使えるのでなく、なくても姉さんは使えたのだ。つまり『ラインの黄金』は増幅装置だった。そんな事を今更ながらに知って私は驚いた。

 また『ゆっくりと2~3年くらい掛けて術にハメろ』と姉さんに言ったのは『エル様』でなく、香港に居るという『エル様』が派遣した『アオレアール』という人らしかった。それはあちらにはあちらの都合があり、それを姉さんと擦り合わせる必要があったかららしい。そんな擦り合わせはスイスの『エルさん』や、この世界の御館様とも行っていて、姉さんを含めたこれらの人々が、この世界をより良くするためのそれぞれ配置された『駒』でもあるらしい。

 なおニコさんはポップスも聞いていて、お持ちのCDはほとんどビリー・ジョエルだったそうだ。姉さんも『ニューヨーク52番街』や『イノセント・マン』を持っていたから、そういうのでもウマが合ったのだろう。

 

『長い下積み時代にあっても成功した後のビジョンを明確に持っていたところが彼の凄いところです。ニコさんもそんなビジョンを持って働いています』

 

 この意味は深い。若くして成功し、身を崩すスポーツ選手やミュージシャンのなんと多い事か。だけどビリー・ジョエルという人は、25年ほど頑張って成功していたなら、残りの人生は好きな音楽とともに在ろう……なんて考えていたらしいのだ。これは宝くじなどで高額当選した人にも当て嵌まる話かも知れない。

 自分は自分であって自分以上にはなれない。チャレンジする精神は必要だけど、それも年齢に応じて変化する。できる事、できない事をその都度見極め、自分の人生の上半期、中期、下半期を計算しながら真面目に生きる……そういう賢い人なのだそうだ。

 本国に帰ったニコさんは、現在ヘルシンキでレストランを経営している。窓際の陽当たりが良い席に、時々オーギュストさんが座っているらしい。この人もレストラン・オーナー兼シェフは更なる成功への足掛かりでしかないだろう。けれど自分の限界からはみ出ない、ビリーのような賢い人なのだと思う。

 

(生きている間に成功を掴み大成功を収め、晩年までその名声と収入を衰えさせなかった芸術家は、ロックやポップスを除けば、カラヤンとピカソだけだと姉さんは話していた。姉さんの好きな、例のブラームスを指揮した指揮者……そうだ、フルトヴェングラーだっけ?

 その人も成功していたらしいけれど、それはナチス政権下の限られた期間で戦後はナチス協力者と見做され演奏禁止になったりもしていた。その芸術性の高さから今も彼の遺したレコードやCDは廃れず売られ続けているのだけど、特に人気が高いのは1942~1945年頃の大戦末期の演奏だそうだ。けれどその印税はもはや死んでしまった彼には入らない。

 だけれど姉さんは、『人類史に残る名盤はほぼ彼の録音です』とまで話していた。特にベートヴェンの『英雄』や『運命』『第七』『第九』は、他の指揮者だと聴く気にならないのだそうだ。『オーケストラを使った、アドリブしないジャズかも知れない』とも話していたから強烈な演奏だったのだろう。

 とりわけ『英雄』は44年、『運命』は47年の25日、『第七』は43年かウィーン・フィルを振った50年、『第九』は51年のバイロイトか、54年のルツェルンだとも聞いた。ちなみに『運命』はその二日後の27日盤が有名らしいが『コーダが走り過ぎ』なのだとか。だけどイングヴェイもびっくりな速さだから一度は聞いておきなさいと言われていた。

 んでCDを借りて聴いたら、『ジャジャジャジャーン』じゃなくて『ン、ジャジャジャジャ~~ン』なんだね。しかも揃ってないし……。それで話にあったコーダだけれど、何、そのフルマラソン後の100m全力疾走は? ピッコロの人はいつ息継ぎしているのだろう? 姉さんの言う通りその『運命』はロックだった。それで動機で揃っていないところも、ブルースじゃないけれど、これはこれでブルージーなのだとわかった。

 これは何でも指揮法にその原因があって、超絶技巧揃いなベルリン・フィルの名人達を敢えて不揃いにさせて、演奏に『生々しさ』を加味するためだったらしい。このフルトヴェングラーという指揮者は録音よりも演奏会に重きを置いていて、求めているのはいつも、聴衆やオケの空気も含めたその時の『ライブ感』だったようだ。だからテンポがその都度変化するらしい。

 また51年のバイロイト『第九』はリハーサルの音源も混ざった編集盤だから、54年のルツェルンの方が良いらしい。それとロックな『第九』もあって、それが1942年のヒトラー誕生日前夜祭コンサートだそうだ。これは興が乗ったからの速さでなく、ムカついてさっさと帰りたいからの速さらしい。このコンサートに先代御館様も嫌々参加させられていたらしく、帰りしなに宣伝省大臣のゲッベルスにガンドをぶち当てて季節外れの風邪っぴきにしたのだとか。本当なの?

 

『本当ですよ。若い頃のゲッベルスは金融資本家……即ち『あいつら』が搾取し放題なこの社会を嫌って活動家になった人です。ですので結構お祖父様とは通じるところもあったのですね。まぁ、その後に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)に参加してしまうのですが……それがあっての招待状だったらしいですよ?』

 

 という事らしいから驚きだ。ちなみに先代御館様はフルトヴェングラーとベルリン・フィルのパトロンだったそうだ。なのでベルリン・フィルを引き継いだカラヤンのパトロンでもあったらしい。そんなカラヤンは最晩年まで自家用飛行機で各国を巡り、ポルシェを乗り回してお城のような家に住んでいたという。

 けれどそれは確かな才能があり、その音楽性が時代とマッチしたからだけでなく、マッチさせていたからだそうだ。つまり自分から変えて行ったのだ。『英雄』の第四楽章だけは『カラヤンも良い』と姉さんも評価していた。この意見はピアノも弾く姉さんならではで、ああいう変奏曲は前のフレーズと今のフレーズがどう違うのかを楽しむためのものだから、大仰にしたりテンポを変えてはダメでサクッと流すのが良いらしい。と言うか、その『バリエーション』こそがベートヴェンが自信を持つ『ウリ』だったそうだ。

 何より『あの曲はどんなだった?』『あのオペラってどうだった?』という時は、カラヤン盤で視聴するに限るのだとか。つまりその膨大に残された録音から、クラシック音楽を広く普及させた人でもあった訳だ。

 クラシック音楽は文字通りクラシックなので作曲家は基本、何十年も何百年も前に死んだ昔の人達だ。だからクラシックはその形式云々の前に大昔のヒット曲だった訳だ。だからオーディオとは違う意味で、クラシック演奏を再生芸術という言い方もある。すると、この現代で初めてクラシックに触れる人はコンサートより先に、レコードやCDで知るしかない訳だ。そこを見抜いていたからカラヤンは凄いのだという。またそんなカラヤンの成功を後押ししたのが家庭用オーディオ装置の普及でもあった訳で、時代にマッチしたとはこの意味もある。

 

『英・ウエストレックス(※)や独・クラングフィルムなどの音響装置で再生してしっくり来るのはSP録音時代のクラシックです。カラヤンは70~80年代の現代の装置の方がしっくり再生されます。そんなものですよ』

 

※)米・ウエスタン・エレクトリック(AT&Tの流れを汲む音響会社。アルテックもJBLもここの流れにある)の言ってみれば英国支社。ヴァイタボックスやグッドマンがユニットを卸していたらしい。その音はアメリカのそれとは違い、クラシック向きなもっとしっとりとしたものだそうだ。クラングフィルムもジーメンスの前にあった会社で、有名なオイロダインも元はクラングフィルムの製品だった。ちなみにオイロダインのオイロはユーロのドイツ語読みだ(オイロパなどと同じ。なお、その女神と同じ名を持つ映画館向けの巨大アンプもあった)。

 

 そんなSP時代の録音をして缶詰録音と言うのだけれど、ジミヘンのワイト島にラジオの混線が無いと何か物足りないように、それはそれで時代の『味』であり『薬味』なのだそうだ。そしてその『味』や『薬味』が万人に受け入れられるかと言えばそれはない。芸術の難しさは料理の味と同じように千差万別だからだ。

 少し話は変わるが、日本には伝統芸能が数多くある。これらも再生芸術だと言えるだろう。だけどその芸術的意義や歴史的重要性とは裏腹に、それらの継承者は後継者に悩み、その芸能に見合った収入を得られていない。広く普及させる事がいかに難しいか。つまり千差万別な『好み』がある中で『わかる人にはわかる』という敷居の高さがネックにもなっている。

 食べればわかる、聴けばわかるというとう単純なものでもない。その間口の狭さこそが芸術性の高さを表しているとも言えるが、どうなのだろう? ビデオやDVDの広まった今なら好機と思わなくもないけれど、時代を逸した感は否めないと私は思う。

 だからこそこの話の締め括りに、『ミュージシャンを目指すなら、そこをしっかり考えなさい』と姉さんは私に言ったのだ────)

 

 

 

 そんなニコさんが眺めたであろう窓は4部屋並んだ側にしかなく、樹々の向こうにルヴィアさんのサウナ小屋(遂に完成した)やランスロットさんの小屋、手作りの炊爨場などが見える。私達の部屋がある棟よりも景色が良いのでこちら側も良いなと思う。だけど客間じゃないので、壁紙で想像がつくと思うけれど内装は簡素だし少々狭い。それにユニットでシャワー兼トイレ兼洗面所も室内にあるから余計に狭いのだ。

 このユニットがあるのに2部屋分のスペースを取ってお風呂を作ったのはオーギュストさんの希望だったとルヴィアさんは話していた。広い湯船で手足を伸ばしてのんびりと浸かれば疲れが全然違う。何よりたっぷりお湯がある方が温まるし、筋肉がほぐれるのは誰もが知るところだ。ルヴィアさんはオーギュストさんの事を本当に大切に考えていたのだった。

 

「朝食の後、初登校でしょう? 早く食べないと遅れるよ。緊張したの?」

 

 そう顔を覗き込む私は既に学園の制服に着替え終えていた。

 

「……はい。それで少し寝坊しました」

「いいよ。誰も怒ったりしてないからね。さぁ、行こう。早く食べないと、今度は学校に遅刻するよ?」

 

 そうして私は真一くんを引き連れ食堂に戻るのだった。ちなみにこの時、ランドセルも黄帽にハンカチ、ティッシュ、折り畳み傘、ビニール袋数枚なども持たせてあった。食後に荷物を取りに奥の部屋まで戻る時間が無駄だからだ。お手洗いは食堂近くにもあるしね。実はこれ以前マアエモさんに言われていた事を覚えていたのだ。

 

『お嬢様が女の子だったから『道理』が通じましたが、男の子だったらどうなっていた事やら……』

 

 道理はわかる気がしないでもないけれど、どうも言葉の裏にまだなにかありそうに感じたエルマが訊ねたのだ。

 

『男の子だったら他にも気を付けるべきところがあるんですか?』

 

 するとこんな風に答えて下さった。

 

『ありますよ。まず、男の子はストレスで胃腸を壊しやすいものです。大抵は暴食が原因ですが、仲間との意地の張り合いなどが原因の場合もあります。幼くともコミュニティが競争原理に曝されているのです。私どもは『大食はいけませんよ』『意地も程々になさいませ』としか言えません。後はまぁ、お手洗いにちゃんと行けてるかどうかのチェックですね』

 

 慣れない環境の連続と極度な緊張の持続……。アーチャーさんは歓迎会後もお豆腐やおからを使った料理を提供し続けた。他の副菜も胃腸に良く消化の早いものばかりだった。朝のデザートは3日連続ヨーグルトだ。そこに気付かないエルマや私ではない。それでこの日に朝食はダシ巻き玉子と釜揚げのしらすと大根おろし、サヤエンドウの入った肉じゃがとナスの煮浸し、そこにご飯と、アスパラとピーマンのお味噌汁、キュウリの浅漬だった。

 本当は姉さんが残し、アーチャーさんが引き継いだ良いぬか床があるのだけれど、糠漬けはルヴィアさんとマルガリータさんが苦手なので、皆んなで揃って食べる時は出て来ないのだった。意外と言うか当然と言うか英霊の姉さん(イリヤ)は、糠漬けが平気でポリポリ食べている。最初は嫌がっていたけれど可愛い妹(姉さんの事)が漬けたものだと克服し、今はすっかりハマっていた。やはり『イリヤ様』や『巫女のイリヤ様』と根は同じなんだなと思う。

 なお、ルヴィアさんはこの糠漬けと納豆以外は苦手な和食はまず無い。白子やホヤも姉さんに叩き込まれているから、大抵のものは大丈夫だろう。けれどエスニック好きなマルガリータさんが糠漬けアウトとは意外だった。だから砂糖をほとんど使わない、酸味も弱いピクルスはこの家でよく出ていた。これだとご飯に合うからだ。

 これはマルガリータさんのレシピだけれど、ミソはローリエだけでなく他のハーブとともに綿布でてるてる坊主みたいに包んで酢を煮るところから始まる。ひと煮立ちしたらごく少量のきび砂糖と黒糖を混ぜて液に溶かす。次にキュウリやダイコン、ニンジンなど好きな野菜を適当な大きさに切って、黒胡椒とともに液に入れてもう一度沸かす。沸騰する直前に火を止め、一度冷まし、もう一度煮る。そうすると酸味は薄まるし、ハーブの味が良く染みて美味しいのだ。

 そこそこ日持ちはするけれど3~4日で食べ切りたい西洋のお漬物だ。これにシソ風味のフリカケを掛けても美味しいので試して欲しい。と言うか梅酢や赤シソって西欧には無いのだろうか?

 

 

 

 

 

 朝食後、お手洗いを済ませた私は頃合いを見計らって、真一くんを地元の小学校まで送った。このお見送りは本日のみ。あくまでも学校までの道順を憶えて貰うためと、初登校の緊張緩和が目的だ。そんな事より気になっているのは、学校でオカシナちょっかいを受けないかどうかだった。一時の感情でコントロールできない魔術を使われたら堪らない。なので凛さんもルヴィアさんもそこを一番気にされている。そんな訳で見送った後はアサシンに張り付いて貰う段取りだ。

 え? 私が誰だって? 私はエルマだよ。先日からワルキューレのカードで分身していて、内一人を私と同じアッシュグレイの色になるよう髪を染めさせた。そちらが今バスで桜達と登校している『私』だ。真一くんを見送った『私』も髪を染めるべきか悩んだけれど、このお見送りのスポットなのはわかっていたので、髪と眉だけエーテルで覆い光学迷彩のように色を変えている。

 言わずもがなこれはアニメを観て思い付いた方法だけれど、応用が効くので色々試しているところだ。真一くんの小学校に張り付くルビーもルビー本体でなく、ルビーにエーテル出力させた『いつもの少女』だ。それがあるので『ラインの黄金』を格納した『私』が見送りを買って出ざるを得なかった訳だ。

 本当なら『格納した私』は安全な自分の部屋で眠るかのんびりお茶でも飲んでワルキューレの操作に集中すべきなのだが、そうは問屋が卸さないところが分身や分裂の難しいところだった。必然、目下最大の課題はこのややこしい運用方法を、もっとスッキリさせる事にある。と、カードの同時使用だろうか。

 同時使用はかなり限定的だけれど、現在でもルビーの他にゾウケンくんを併用すればできなくもない。ただそれもカードの組み合わせや操作が結構難しくて、思ったよりも効果が薄いのが困りものだった。何より一番使い勝手の良いアサシンを、百貌が皆んな『狂信者』とか言って嫌がるところが不思議だ。自分達の領分を私が犯したようにでも感じるのだろうか? こういう張り込みにはベスト・カードだと思うのだけれど。

 

『エルマちゃん? この張り込みの意味はわかりますけど、使い魔で良いんじゃないですか?』

 

 私はエーテル出力で少女姿のルビーにそう言われ『ハッ』とした。アサシンも居るし、万一の時は空間転移すれば良いだけだ。そうだね、その手があった。

 

『それに、早く学園に行って『あちら』にお弁当を届けませんと。お昼、抜きになっちゃいますよ?』

「え?」

 

 あ。アーチャーさんからお弁当を受け取ったの私だ。ちなみに『あちら』の着ている制服は替えの方。だから今日は洗濯物が増える予定だ。それと学生カバンはトロンメルから譲って貰ったものだった。お姉様、私の時と同じようにトロンメルの編入の時も学用品を一式揃えてくれたのだけど、あの子自転車通学になってお姉様と同じく小学部のランドセル(※)に替えたから、学生カバンを使っていないのだ。それも部活がある日は、荷物次第でギターバッグの中に教科書とか入れて、ランドセルじゃない日もあるし。

 

※)穂群原小学部のランドセルは一般的な縦長の厚いタイプでなく、少し横長の厚さも学生カバンのような薄いタイプで色も茶色い。お姉様がこれを愛用していたのは、自転車だと担ぎやすいというのもあったけれど、オシャレだったからだ。当然参考書や辞書などが増える中等部生や高等部生が使うのには容量が少ない。いや、当の小学部生でも少ないからサブバッグが何種類か揃っている。

 だけど習字のセットや裁縫のお道具箱、低学年なら算数セットなどなどは体操服や水着と同じくこれと決めたサブバッグで持つ方が、保護者も用意しやすく忘れものが少なく済むので良いらしい。これは確かに言えて毎日毎日時間割に合わせて教科書やノートを入れ替えるのは高等部生でも面倒くさいものだ。なので私はほとんどの学用品を宝具に放り込んでいるし、お姉様も主要な教科書や辞書はロッカーに入れっぱだった。これは高等部だと教科書そのものから宿題が出るなんて事がまず無いからというのもあったが、『エル様』がそうだったかららしい。何でも『学校用』『予習復習用』と教科書を複数持っていたとも聞いている。

 それとお姉様も『エル様』も共にルーズリーフ派なので(『エル様』の情報は可愛がられていたトロンメル情報)、お姉様はノートを持ち歩かない人であった。それでロッカーに替えのルーズリーフが100枚単位でストックしてあると1年の私らにまで噂が流れていた。まぁ、確認すれば事実だったのだけど。

 またこれらの発想はシステム手帳から来ていて、『エル様』がそのシステム手帳(ミニ6穴サイズ)の愛用者なのだそうだ。何でもパイロットのペン習字ペンという極細の万年筆を使って、カリカリとビッシリ書くらしい。このミニ6穴サイズはバイブルサイズより小さいのでプライベート用に使っている人も多いだろう。ただしお値段は高いので学生向けではない。

 だけど表紙や金具を簡略化した女子高生向けのプリクラ帳みたいなのも売られているので、私や桜はそちらを使っている。とは言えサイズがサイズなので文字は書きにくい。トロンメルが教えてくれた『エル様』みたいなペン習字ペンかシャープペンシルでないと難しいと思う。

 そんなところを考慮したのか、トロンメルはA6サイズの小型ノートをメモ帳にしている。銘柄はアピカCDノート。これを鋳造されて暫く経った頃から使っていて、簡単な日記や気になった事(覚え書き)、何を食べたとかなどをずっと綴っていた。あの子、ああ見えて意外とマメなのだ。だけどそういう時系列で過去を振り返られる使い方も良いなと思っている。

 何月何日というタイトルを付けて2ページ見開きで使い、その日にあった事や食べたお料理の感想やレシピなどを書いて残せばかなり役に立ちそうだ。使い終えれば違う色のものにすればカラフルで楽しいだろうし。それでトロンメルはそのA6サイズぴったりなノートカバー(おそらく『エル様』のお手製)と、ペン習字ペンを使っていた。

 だけど愛しの先輩とのプリクラを、そんな『ある日にあった事』と同列にポンッと軽く貼るのはどうなのだろう? まるで『旅の思い出』というアルバムに、箸袋やロープウェイの半券が貼られているかのようだ。だけどこれは後に出た『トラベラーズノート』の考え方と同じだった。トロンメルはそういうところがアーティストっぽいなと思う。

 

 

 

 そんな訳で、使い魔と探査礼装を小学校に設置した後、私達はバスに乗って学園に向かった。バスの定期券は当然あちらの『私』が持っているので少しお財布が痛い。またあちらが居るので、校内には堂々と入れない。だから念話で校門まで呼び出して、守衛さんの目から逃れるためにエーテル出力したルビーから手渡して貰った。

 

「この後、どうしよう?」

『どこかに出掛けるにしても一度帰って着替えたらどうですか? 制服なのも真一くんにトロンメルさんと思わせるためだったんでしょう?』

「そうだねぇ」

 

 だから私達は家に戻ったのだった。私はこの間、ずっとゾウケンくんからの念話に心の耳を傾けていた。

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