〈うむ。ランサーとも相談したんじゃが、高度な案件と言わざるを得んのぅ〉
真一くん転入初日、朝陽が昇る前から私はランサーにゾウケンくんを持って徳島まで走って貰っていた。それは……。
『エルマや。真一なんじゃが……もしや『憑いとる』のではないか?』
「憑く? 憑くって何?」
『聞いた事があるじゃろう? 魔力の強い子供は魔を引き寄せる場合があると。ましてや真一はまともな教えを受けとらんのじゃから、そういう魔術障壁も張れんじゃろうし、心構えもできとらんので精神障壁も脆い。よって憑かれた訳じゃ』
「それって魔物に?」
『妖怪、魔物、悪霊、動物霊、悪魔……この場合は何でも良いわ。それより重要なのは、この地はちゃんとしたセカンドオーナーが霊脈や霊地を調整しとるのじゃぞ? 聞けば凛の師匠がそれらを全部見直しておった。つまり今の冬木で怪異はまず起こらんのじゃ。それにな? この家そのものがエーデルフェルトの張る強力な結界に守られとる。善意の守護霊くらいなら入れるやも知れんが、悪霊は入れんのじゃ。よって真一が『発動したチカラ』は真一の持つ能力じゃ。じゃがな、これまでの暴漢どもが全員骨折とは何じゃ?』
ゾウケンくんの言いたい事がわかってきた。
「つまり、真一くんの能力を増幅している何者かが憑いている可能性があるって事だね?」
『そうなんじゃ。病の気が高まるにしても棲家(すみか)が街や村のどの辺りにあるか、その周囲の山や川はどの辺りにあろうかとの配置もあろう?』
風水?
『まぁ、言葉は何でもええわ。じゃが、それも魔術師の目を通し、魔術師の頭で考えるんじゃ。霊脈も絡むんじゃからな?』
「あ、そっか」
『それに地脈や大陸の位置も関係ある。つまり西欧の神秘と東洋の神秘はその成り立ちも、決まり事も異なりよる。となれば平安時代頃にあったとされる『方違え(かたたがえ)※』などの陰陽思想もな、迷信じゃと言い切れんものなんじゃ。さりとて、こと冬木の中での事なら儂にもわかる。が、それが冬木から遠く離れた場所では何とも言えんのじゃ』
ゾウケンくんは、続けてこう言った。
『じゃからエルマ。儂は一度、真一の地元を魔術師として見て来ようと思う』
※)平安貴族は方角だけでなく日にちや大まかな時刻も加味して占い、行く先や帰る先の方向や道順、行く行かないなどを決めていた。それらの行為を全部引っ括(くる)めて『方違え』と言っていた。現代では迷信でしかないが、意外な出会いや運はそんなところから来るので、魔術師なら一概に否定できない要素もある。対処に困る東洋の神秘の一つだ。だけれど大まかには霊脈と建物の作りと配置、その界隈に住んでいる人達の運気で決まって来るので、私でも読めなくはない。実は私の『自転車散歩(ポタリング)』好きは、そういうのを感じながら走っているからとも言える。珍しいものを見たり、知らない美味しいものに当たるのも、そうやって運気の良い方向に走るからだ。
私とゾウケンくんの関係は『主従』じゃない。共同研究者でもある。と同時に、そこが年の功なんだろうね。私にない視点や気づきを教えてくれる、ちょっと隅に置けない齢の離れた友人でもあった。
「わかったよ、ゾウケンくん。じゃ、ランサーと行ってくれる? 彼も魔術師としてそういうのに詳しいだろうし」
『うむ。あ奴なら文句なしじゃ』
そんな話から、ゾウケンくんとランサーは四国に再び渡ってくれたのだった。先程の念話はその調査の第一報だった訳だ。それで『高度な案件』とは────街というか村に建つ建物同士の組み合わせやそれぞれの向き、川や山との相対位置と関係、並びに霊脈の流れと向きが全部お互いがお互いを打ち消し合うようになっているところだった。
それら偶然の寸断が筌(うけ。竹などで作った魚の罠)状の袋小路となって、まるで冬木の大聖杯のように、ある一点に陰気が溜まる構造になっていた。それが真一くんの住んでいたアパートであり、真一くん達の部屋だったのだ。つまり魚を罠に誘う餌が真一くんだった。
確かにお母さんは癌で入院した。だけれどこの構造がなければ、もっとお歳を召された後に出て来る腫瘍程度で収まった可能性が高いらしい。だから親子がそのアパートと集落から出た今の状況は良かったらしい。またそういう魔による障害から来た癌でもあるから、そこを遮断さえすれば治る見込みも高くなるだろうとの事だった。
またゾウケンくんは、そうしてお医者から寛解を告げられ退院できたなら、凛さんと相談の上で冬木の良い場所を見繕い、そこで療養すれば生来の寿命を全うできるだろうとも話してくれた。
〈その後に凛が真一を遠坂の眷属にすれば良かろう。それとランスロットを寄越してくれい〉
(それは構わないけど、どうして?)
〈聖剣で結び目を斬らせる。要は霊脈の流れを良くして、澱みを失くすんじゃ。でないとその内、誰も住めん土地に成り下がりよるぞ?〉
魔はヘドロ汚れで、アロンダイトはパイプマンらしい。お姉様のセイバーさんが居ればそれが最上だと思うのだけれど、あの人も今は倫敦だ。アルトリアは私と同じ学生だから、そんな平日に四国まで出張なんてできない。そう考えてのランスロットさんだったらしい。
(パイプごと壊すのがエクスカリバーなのだと、この頃の私はわかっていなかった。だから小出力でも使えるアロンダイトの方を、ゾウケンくんは前々から高く評価していたのだそうだ。またお姉様に仕える、この仲間のランスロットさんは、ガレス卿やガヘレス卿と同時に召喚された後に『エル様』のセイバーさんや他の円卓の騎士から赦されている。なのでランスロットさんのアロンダイトは聖剣の性能を取り戻していた)
ただランスロットさんのマスターはお姉様だ。魔力供給は、今は私とトロンメルだけど、これもいつでも切り替えられる。だから家に戻ると直ぐ様、『これこれこういう理由で』と倫敦のお姉様へ事情をメールで送った。その後にランスロットさんにゾウケンくんからの依頼を伝えたのだった。するとランスロットさんも急いで準備に掛かり、四国へ出立してくれた。
なお今回の動きはゾウケンくん自身の経験もあるけれど、凛さんとルヴィアさんが初めてトロンメルと出逢った時にあった事も参考になったらしい。それは何かと言うと、端的に言うと『英霊憑き』だった。別の言い方をすれば憑依型英霊召喚だろうか? そんな事ができた人は誰だと聞けばやはりその世界の『志保さん』だった。
凛さんとルヴィアさんの師匠となった凜様が、トロンメルをこちらに送るついでに合流してクイズを出したんだっけ? そこへ妹弟子の凜さんが王様やアルトリア様と現れて、その後にこちらに来たんだ。『エル様』はインドかどこかに商談だったのかな? 確かそんな風に聞いた憶えがある。
それで『志保さん』の事を説明すると、『エル様』の世界ではご健在で、その世界でもご健在だった訳だ。元の名を遠坂志保と言い、遠坂司郎の実姉であった。つまり衛宮士郎の実姉だ。今は陰陽師の方の未遠家の養子となって未遠志保と名乗られている。本当の意味での遠坂家初代である、安倍晴明の弟子だった遠坂時貞の能力『蔵』を色濃く継ぐ子孫でもあった。衛宮士郎やアーチャーの持つ固有結界は、実はこの『蔵』の変形なのだった。
何の才能も無い者が努力もなしに突然強くなったり、隠された能力に目覚めるなんて、そんな少年マンガみたいな話は現実にはあり得ない。真実は元々そういう血筋の者だっただけでしかない。だから活動中だった生前のアーチャーを知り、彼に憧れたどこかの少年は衛宮切嗣の嫌った『プロパガンダに乗せられた被害者』でしかないとも言えた。
本当に怖いのはその能力でなく、『嵌められたループ』の方なのだ。私達のアーチャーさんはお姉様にそこを指摘され、若き日の自分が憧れたセイバーと列するとまでと評価していた『アーチャーという存在』が、自分を誑かすための抑止の広告塔だったと知り随分と落ち込んでいた。そんなの早々に気付けよという話だけれど、ま、一気に言うと酷だからね。そこをやんわりと徐々に徐々に理解させたのがお姉様だった訳だ。
ゾウケンくんはそんな世界の話をルヴィアさんにでも聞いたのだろう。だから澱みが意図もしない憑依術に直結して居るのではないかと訝しんだ訳だ。これを限定的な『憑依』と捉えるか、もっと厄介事を呼び込む『霊障』と捉えるかはその人次第だけれど、少なからずゾウケンくんは集落の構造や配置だけでなく、『生まれた時の星の配列からして、そうなっておった可能性がある』と考えているらしかった。
ランスロットさんが出発したばかりの今の段階ではなんとも言えないけれど、不運を『星のめぐり合わせが悪い』という一言で済ませない、研究者らしいゾウケンくんの考え方に私は大いに感じ入った。ゾウケンくんの言う通り、真一くんが今後も冬木で暮らすならおそらく大丈夫だと思う。後は凛さんがどう教え導くかだろう。
落ち着いたところで私はもう一度部屋に戻り、制服から私服に着替えた。時計を見れば時刻は10時半。朝起きていつものように軽くランニング。その後にワルキューレを使って分裂、着替えて身嗜みを整えてから朝食を頂いた。真一くんを小学校に見送って、その後学園に行って間違って持って来ていたお弁当をもう一人の『私』に預けてから家に戻って今だ。
今回の分裂は今の私と学園の『私』、それとアサシンと本屋さんを巡っている『私』が居る。新都の本屋さんは10時開店だ。これは私の本でなく、トロンメルに贈る本だった。歓迎会の日のすれ違った『お手伝い申し出』だけでなく、お姉様が倫敦に行かれてからトロンメルは私をずっと気遣ってくれていた。きっとお姉様に言われていたのだと思う。
だけどそれは私も同じだ。お姉様から『私が居ない間はあなたが皆んなのお姉さんなのですから、クロエちゃんやおチビちゃんだけでなく、トロンメルの事もみてあげて下さいね』と。
(こんな気遣いのできるお姉様だからこそ、後年嫁ぎ先で過剰なまでに可愛がられたのだと思う。勿論家事全般何でもござれで働き者な人だから九州の本家の人々からも気に入られ、世間を騒がす嫁姑問題なんかどこ吹く風だった。ただ、妊娠中もコーヒーを止めなかったところはどうなのかなぁと妹の私は思ったものだ。
けれどお姉様は倫敦時代に弓道の三段、四段を取り、正式な婚約中に剣道の初段を、長女の灯ちゃんを宿すまでに二段を取っていた。灯ちゃんが小学校に通う頃は弓道五段、剣道三段だったし、薙刀(なぎなた)も習いたいとまで言っていた。武家の血が流れる吉川先輩も、さぞ鼻が高かったろう。そんな吉川先輩が道場を正式に継いだのは、三人目の子供でお姉様のお腹が大きくなった頃だ。それが実際は男女の双子で、二人ともお姉様並みの魔力の持ち主だった。その子達に私は散々振り回されるのだが、それはまた別の話だ。
なお正式な婚約とは、お姉様が日本に戻ってから取り交わされた形式に則ったもので、吉川先輩からは200万の結納金、お姉様からは50万円の返礼金だったという。これらはそれぞれがご自分で働いて貯めたお金だ。だけど名目上の父親である御館様と切嗣さんからは道場の改修費(今でなく後々のためのお金)、並びに二人の新居費用として億のお金が動いたらしい。
では正式じゃない婚約はというと、これは学園卒業後に吉川先輩がお姉様に指輪を持たせて倫敦へ旅立たせた事を指す。それも見送りに来た空港で何の前触れもなく突然渡したのだ。で、親や姉妹の見守る中で熱い抱擁と熱烈なキッスだ。クロエちゃん、すっぽかして正解だ。憶えていないのだが、私は空港の待合で『私にもキスを!』と叫んでトロンメルに押さえつけられていたらしい。あいつは私にそういうすぐバレる嘘をついてからかってくる。悪いクセだ)
さてさて、『私』はお目当ての本を探し当てただろうか?
「エルマ、降りそうね?」
「そうだね。帰る頃、雨だったら嫌だなぁ」
『私』は桜と机を寄せ合ってお弁当を頂いていた。ごま塩が掛かったご飯ゾーンは薄く、底に張り付いている感じだ。その上にカップが並び、そこには『おからの煎り煮』『大豆と昆布の煮物』『玉子焼き』などと一緒に『ウルメの生干し』と『梅干し』が並んでいる。別添えのミニタッパには『キュウリとおナスのぬか漬け』だ。お漬物が被っている。これが女子高生のお弁当だろうか?
まぁ、ぬか漬けは蓋を開けて置いておけば、桜なり仲の良い級友達がパクパク食べてくれるので困る事もない。だけど一見留学生にも見える、いかにもガイジンなこの『私』が、こういうお弁当で本当に良いのだろうか? だけれど良いのだ。これはアーチャーさんやマルガリータさんがどうこうではない。愛しいお姉様が遺された哲学なのだ。
『冷めても美味しいフライものや中華・洋食は存在しない』
確かに。エビフライもエビチリも、冷めると全然美味しくない。だけれど、この小エビが入った『おからの煎り煮』は、冷めていても美味しくてご飯が進む。『大豆と昆布の煮物』も絶品だ。だから少しおダシの入った『玉子焼き』が箸休めとなってほっこりするのだ。そうとなれば、ぬか漬けのキュウリやおナスの食感も楽しいものとなるのだろう。私はこの和歌山から取り寄せている『はちみつ漬けのつぶれ梅』で十分だけれど。
梅干しには色々な漬け方があって、塩分濃度の高そうな梅干しとシソの入った梅干しが王道とするなら、塩分濃度の薄いおかか入りやはちみつ漬けなどもある。これらは紀州南高梅と言い、かなり大粒だ。そんな梅干しの専門店からお姉様は通販で定期的に取り寄せていた。木箱入りで、一箱3~4000円はする高級品なのだ。
だけれどお姉様は賢い人なので、これらを正常品1対『つぶれ梅』2くらいの割合で注文していた。『つぶれ梅』とは、漬けている間に梅の皮が破れてしまって正常品から外れてしまったものだ。破れてしまうと贈答品などには使えないので、少し安くなる。けれどお弁当などの日常で頂く分には何ら問題ない。焼酎の梅割りがお好きな男性にももってこいだ。
それに正常品と同じように各種あるから、お好みの味が手に入るところも良い。はちみつ漬けは酸っぱくて塩辛い梅干しが苦手な人向けだから、ルヴィアさんでも平気だった。お姉様はそんなリサーチもしていたのだ。だけどその梅干し屋さんで扱っている『金山寺味噌』はルヴィアさんに受けなかった。そもそも嘗味噌のようなものはそこにルーツがない人には厳しい。
ルヴィアさんは『もろみ味噌』でやっとなのだ。それでも偉いと思う。あちらの『巫女のイリヤ様』や『イリヤ様』が特別なのであって、こちらのイリヤ姉さんも『金山寺味噌』や『もろみ味噌』はダメだった。だけれど同じ梅干し屋さんから取り寄せた『おかか生姜』は皆んなパクパク食べていた。私もこれが好きでよく食べている。単なるご飯加速装置なだけでなく、生姜で体が温まるのが良い。
冷え性で低血圧な凛さんに向けてお姉様が取り寄せ始めたのだけど、今の凛さんは自分で取り寄せていて毎日食べていた。ならばとアーチャーさんも生姜や茗荷をよく使うようになった。焼き魚にも凛さんのお皿にはハジカミ(矢生姜。金時生姜の芽の事。美味しいけれど少し高い)が乗っている。え~と、第12代将軍徳川家慶だっけ?
その前の徳川家斉が贅沢過ぎ、自分の代で財政緊縮をせざるを得なくなって……焼き魚に芽生姜が載っていない事で『庶民も大変だろうなぁ』と思いを馳せたとか何とか……。授業を聞いていた『私』は、『何で他人事のように思ってんだ』と考えたが、初代や初代に仕えた臣下の苦労を知っている若い代の将軍でなく、10代以上続いた後の将軍ともなればそんなものかも知れない。
家が潰れる時は決まってそういう時に種が蒔かれている。土にある間はそれが見えない。けれど一度芽を出し始めて気になった頃はもう遅い。外患内憂の時代ではあったけれど、もう少し上手く立ち回れなかったのかなと、仕える身である『私』なんかは思うな。それに忍者はもう居ない時代なんだっけ? 『私』ならマシューの船の乗務員全員、一晩で殺し尽くすだろう。それで1~2年の間に米国本土の大統領暗殺を成す。それが『仕える』という事なのだと思う。
「聞いてる、エルマ?」
「聞いているって」
そうして『桜』のお腹をポンと軽く叩いた。
「ちゃんと避妊しているんでしょう? 大丈夫。今回は妊娠してないから。不安から来る単なる生理不順だよ」
「魔術って、触れただけでわかるんだ?」
『私』は慌てて桜の口を塞いだ。ここ、学校の教室だぞ? 二重の意味でヤバいわ。原因はありがちだけれど、抜いたゴムから衛宮先輩の精液が漏れていたからだって。『その白いのは、あんたの本気汁だろうが!? すっかり身体に覚え込まされおってからに!』と言ってやりたかった。信じられないだろうけど、今のような話しが耳に入ると、凛さんでなくゾウケンくんが無性に悲しむ。
凛さんは意外とサバサバしていて、望まない妊娠で自分が困らないように避妊だけはちゃんとしろと言うだけだろう。けれどゾウケンくんは違う。本気で嘆く。『反転』とでも言うのかなぁ? まぁ、大体想像は着くので放っておくのだけど。
だけど潔癖なところがある衛宮先輩でも、我慢できるのは3ヶ月が限度なんだね。前回は2月頃だった。前々回が昨年の学園祭前で、それがお初だった。舐めんなよ、魔術師を。だけどその衛宮先輩が盛る周期は、桜の生理周期といい具合にハマっていると思う。おそらくこの周期を守っていれば、ナマでも妊娠しないと『私』は見ていた。そういう『巡り合わせ』が来るような状態に二人はなっていた。多分、お姉様の軽い意識コントロールによって。
「わかるよ。ってか、お姉様ならもっとわかるよ。それと遠坂先輩もね」
「ウ、ウソ?」
桜は真面目な顔で『魔術師って怖い』と言っていた。だけど二人とも身内には甘々だから安心して良いよ。でも、今は言わない。少し緊張感を持たせるためと、『トロンメルも彼氏が居るんだよ? だからエルマも』なんて方向に話しを逸らせないためだ。こういう話術も魔術の内だよ。覚えときな、桜くん。その日、放課後の桜の射は抜群に冴えていた。
だけど帰りに校門からバス停に向かうところで急に降り出し、『私』と桜は濡れてしまった。水が滴(したた)るのはイケメンで、ヌレヌレになるのは色ボケた女と決まっている。部活後のバスは大抵座れる。終点が学園だから、部活後の学園生しか利用しないからだ。部活用のタオルで髪や肩に掛かった水滴を拭う『私』達。お互いの提灯袖(パフスリーブ)が仲良く右側と左側と対称に潰れていた。
折り畳み傘はお互い持っている。それがないと『私』はバス停からずぶ濡れになる。桜はバス停からマンションまで近いのだが、交差点まで行って横断歩道を渡らなきゃならない。行きしななら、バス停がマンションの真ん前なんだけどね。
「お買い物は?」
「行かなくちゃ。お父さんは居ないけれど、冷蔵庫のストックがそろそろね」
海外での仕事が多い雁夜さん。だから普段の桜は一人住まいも同然で、お掃除に洗濯、アイロン掛けにお料理と全部一人で行っていた。記憶を取り戻す前はお姉様が随分と気に掛け、色々とお料理を教えたりしていた。今は凛さんが時々お邪魔しているようだ。『私』も一緒にお料理をする場合があるけど、どちらかと言えば外食に誘う事が多い。
自転車での散歩先で見付けて美味しいと感じたお店に誘うのだ。勿論、それは親友のレパートリーが増える事を願ってと、息抜きをさせてあげたいからだ。トロンメルには悪いけれど、桜には一度近藤先輩のお婆さんの料理を食べさせてあげたいな。だけど姉妹で禅城のお祖母さんのところに顔を出す場合もあるらしいから、やっぱりマウント深山の食堂のようなところが一番かな……。
『私』は新都の街を歩いていた。目的はヴェルデの中の本屋さん。諸々のお礼を兼ねてトロンメルに贈るものだ。実はこの本、近藤先輩に薦められたものだ。あの先輩、『トロンメルに贈るための贈り物リスト』なんてものを持っていて、そこ既にリストアップされているものだった。それを知った時、姉として『私』は嬉しかった。『真面目にリサーチして付き合ってくれているんだな』とわかったからだ。
トロンメルは学園を卒業したら、アメリカのお姉様を頼って向こうの音楽大学に通うつもりのようだ。そうなると近藤先輩とはどうなるのだろうと、やきもきしている。でもお姉様と吉川先輩もそうなのだし、お互いを思う心があるなら大丈夫と思いたい。だからトロンメルの欲しい本を知っていた近藤先輩に感激したのだ。
その本のタイトルは『復刻版 実用真空管ハンドブック』と言うらしい。何だそれ? 今どきどこで真空管が実用されているのだ? ギターのアンプがそうらしいからそれに関する本だろうか? 全く想像がつかなかった。けれど先日、近藤先輩のお宅にお邪魔して『なるほど』と納得したところだ。
と同時に、『近藤先輩、国内の電気技師関連の大学に進学するのではないか』と気付いて、『この遠距離恋愛は大丈夫なのかな』と益々心配している。それでも姉としてトロンメルの事は応援したい。だからこそ『エールの意味』も込めて、その本を贈ろうと決めたのだった。
ヴェルデの前まで行くとオープンして間もなかったのか、ガラガラだった。目敏くエスカレーターに乗って本屋さんのある目的の階まで行った。『私』はレジまで行って『この本、ありますか?』とメモを見せた。すると手隙の店員が書籍の棚まで案内してくれた。『私』は大型書店では自分で目的のコーナーを探さないタイプだ。いきなり店員に尋ねるタイプだった。
ここはヴェルデなので慣れてはいるけれど、例えば誰かの着ている服が良いなとなって、『色違いがヴェルデの◯◯にあるよ』との情報を得れば、その◯◯を総合案内でどこにあるのかを最初に訊く。だってその方が早いからだ。これはトロンメルも同じだと思う。だけどお姉様なら『ブティックは2階だ』と覚えているから、2階に行ってお店を探しついでに他のお店の服を見て歩く。
これはお姉様がオシャレだからだけでない。そういう新作が出る季節になったのかと自覚し、歩きながら似たデザインでもっと自分向けなものや、色合いが似ていても、もっと違うデザインのもの、より安く、けれどチープ感のないものを探しているからだった。イリヤ姉さんは『キョロキョロと目だけ動かしているのよ? 鷹の目ってああいうのを言うのかしら?』なんて話していたけれど。
イリヤ姉さんは生前、オーダーメイドの洋服ばかりだったそうだから、お姉様との洋服のお買い物は本当に楽しいらしい。以前はよく一緒に新都に行っていたようだ。それとお姉様が感心しながら話して下さったのだけど、意外とフォーマルや洋服の『格』なんかに詳しいらしい。そんなイリヤ姉さんは今、ヴェルデの1階にある喫茶店でアルバイトをしていた。
だから本を買った後に立ち寄った。本は3000円くらいした。高いな~。カランコロンとベルを鳴らしてお店に入ったら『いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ』と言われた。そのウェイトレスさんがイリヤ姉さんだった。適当な席に着くとお水が置かれた。
「アイスティーをお願いします」
「畏まりました」
そして小声で……。
「サボった?」
「登校しています。ワルキューレですよ」
そう返して本の入った袋を見せた。それを見る前に『私』の髪の色でカードを使った分身だと気付いていたみたいだけれど。それから『私』の前にコースターを敷き、アイスティーを置いた。伝票を置く時に再び小声でこう言った。
「無茶してない? 何かあったら相談してね」
ああ……いらない心配を掛けさせてしまった。そしてイリヤ姉さんの言葉の裏には『お姉様や衛宮の家の人々に迷惑を掛けないように』という意味もある。忘れてはいけない。こんな優しい人でも英霊で『アーチャー』なのだ。しっかし『アーチャー』率の高い姉妹だよねぇ。
喫茶店を出た後はヴェルデからアーケードの屋根の下を歩いて、商店街の方へ向かった。本の入手が滞りなく達成できたので、ここから先はまったくの私事と頼まれ物だ。それはドラッグストアへ行く事だった。シャンプー、リンス(コンディショナー。髪のキューティクルを潤わす)、トリートメント(髪を内部から潤わせ、栄養を補う)、歯ブラシと歯磨き粉。以上を人数分だ。
この他がお洗濯用洗剤、食器洗い洗剤、キッチンペーパー、チャック付きビニール袋(数種類のジップロック)、アルミホイルシート、お魚シート、ラップ(業務用幅広タイプと通常サイズのロングタイプ)、トイレットペーパー(12ロールでなく18ロール入りのダブルソフトタイプ。女の子ばかりなので消耗が早い)、トイレにお風呂のお掃除用洗剤、各ブラシ類やスポンジ、『私』の生理用品……などなどだ。
これらは消耗品なので定期的に買い揃えるのだけど、アーチャーさんやマルガリータさんに『私』が『思いつきで個別に近場で買う』と思ったよりも高くつくのだ。なのでストックの残りなども考慮して、こうやって新都の商店街にあるドラッグストアでいつもまとめ買いしていた。その理由は『私』調べで、トータルで一番安くつくからだった。次点が郊外にあるホームセンターだね。
クルマに乗れるお姉様はホームセンターを利用していた。けれど今のエーデルフェルトで、ちゃんと自動車免許を取得している人は皆無だ。だいたいまともに登録しているクルマがない。なのでホームセンターに行こうと思えば、自転車で行くかセラさんに頼むしかない。だけれどバスで新都に行けば『私』かトロンメルなら荷物を宝具に押し込める。難点は往復のバス代だった。そんな訳で何かの用事があって新都に行った際に、今日みたいに『ついで』に買って帰っていたのだった。
お目当てのストアは、新都は新都でも少し意外な場所にある。駅前のバス通りは道路を挟んだ両側歩道にアーケード(屋根)がある。これが大体バス停一つ分、1kmほど西(遠坂神社、或いは冬木山の方角)に広がっていた。これが駅前商店街だ。自治組合も駅前商店会を名乗っている。
JR冬木駅に、トロンメルの通う楽器屋さんや比較的新し目のビジネスホテルなどはバス通りの北側にあり、さっきまで居たヴェルデや、洋菓子で有名なフルールの本店は道路の南側にある。この南側にはところどころ南北にもアーケードがあって、その一つがヴェルデのあったところだ。それとは別に少し短い東西のアーケード街があり、そうだなぁ『土』という漢字の下の横棒がバス通りの南側だとするなら、上の横棒がその短いアーケードだ。
この『土』を新聞文字の『圡』で表すと『、』のところがヴェルデとなる。その上の横棒を左(西)に、アーケードを出るまで歩くと目的のドラッグストアがあるのだ。ちなみにこのドラッグストアは『マルエツ』と言い、全国チェーンではないがローカルでは結構主要な街にある気がする。なので『スーパー・トヨエツ』の系列かという噂もある。(こういう『 』もある(土の上に『、』がある文字。投稿して表記されない事に気付きました)。変換の仕方は難しいけれど、文章で地図を示す時は便利だ)
と言うのは、マウント深山にもある『スーパー・トヨエツ』だけれど、実は冬木本店がこの新都にあるからだ。だからその日に売り切りたい生鮮産品や日配品の特売や、惣菜のタイムセールは『マウント深山店』でも良いのだけれど、お醤油やマヨネーズなどのセールは『冬木本店』の方が数円安い。この僅か数円をどう考えるかはあなた次第だけれど、同時にトイレットパーパーや箱ティッシュも買うとなったらどうだろう?
そしてその『スーパー・トヨエツ冬木本店』のある場所が、バス停で言えば二つ分西で、そこにも南北のアーケードがある。お姉様がべた褒めな美味しいお鮨屋さんもそこにあって、実は駅前のアーケード街より歴史が長い。桜のマンションはそのアーケード街から300mも離れていないので、あの子はもっぱら『スーパー・トヨエツ冬木本店』でお買い物をしている。
それでそこの南北アーケードを南に抜けると本当に意味での旧商店街に入り(そちらの商店はもう残っていない)、その近くに三枝先輩の家があるらしい。だからお買い物先が三枝先輩と被る桜は、タイムセールでいつも負けるそうだ。
(これはお話を盛るための誇張だ。気の優しい桜なら、そもそもオバサンに勝てなくて押し出される。何より雁夜さんの収入がそこそこあるし、ほぼ一人だからそこまで無理してセールを狙わないだろうと思う。それと桜のマンションから道を二本こっちに戻ったところを入って南に行けば、お姉様や『私』が自転車を買ったお店がある。お姉様は自分でメンテする人だけど、『私』は定期的に自転車屋さんで診て貰っていた)
そのアーケードの北端はバス通りだけど、信号を渡ると美綴前部長や氷室先輩がお住まいの蝉菜マンションがある。つまりこの辺りが本来の冬木の中心地で、JR冬木駅の旧駅や、移転する前の旧市役所があったところなのだ。現在の新市役所は駅前からバス停四つ分西にある。ワクワクざぶ~んもその近辺だ。いわゆる新都の再開発地区だ。
なお蝉菜マンションからもっと港湾寄りに行けば、先日トロンメルと近藤先輩の家に伺った道に出る。つまり位置的に近藤先輩の家は駅前からバス停三つ分くらい西となる。その先に卸売市場や回転寿司がある訳だ(だから回転寿司店が賑わうのだ)。
メモにリストアップしていたもの全部と、商品を見てその場で思い出したリスト外のものなどを隈なく買い揃えた『私』はドラッグストアを出るとバス停に向かおうとした。けれどそのタイミングで、お腹がグゥ~っと来た。腕時計を見れば11時30分。ふむ。今くらいにお店に入れば並ばずにお昼が頂けそうだ。
ちなみに『私』はラーメン好きではあるけれど、そんなに頻繁には食べていない。3~4ヶ月に1回くらいで、昨年で年に3回だった。ルーマニアでの事があったのでトロンメルが大袈裟に解釈しているだけだ。あの時、確かに私は定番のインスタントラーメンを大量に持参していた。けれどその意味は緊急食糧でしかない。敵の本拠地でのキャンプだから、手っ取り早い方が良いと考えての事だ。それにそれらはほとんどモードレッドが一人で食べていたのだ。
だけどここは日本の冬木だ。それも新都の商店街。そこで聞こう。あなたならどういうお店を選ぶかな?
フレンチ? お昼から贅沢だねぇ。そんなにお金持ちな女子高生はいませんよ。イタリアン? ランチタイム・メニューなら高校生のお小遣いでイケそうだけれど、そうなるとパスタだけって可能性もある。それじゃイヤだしなぁ。カフェのランチもご想像通りでカロリーが多いし、脂っこいハンバーガーやフライドチキンも却下だ。牛丼? 嫌いじゃないけど、ラーメンと同じで味が簡単に想像出来るだけに今日のような気分の日は避けたいところかな。
そこで『私』はアーケード街の横道に入って、お酒を出すお店が並ぶ辺りに向かった。目指すはお昼の定食がある居酒屋さんだ。それも焼き魚定食や一口カツ定食があるようなお店。出来合いで揚げるだけの冷凍ミックスフライでなく、自分のところの夜メニューで使っている食材が定食でも使われているお店。小鉢が自家製の煮物や和え物なら言う事なしだ。
それでそんな小鉢が、突き出しで出て来る美味しいお店ならだよ? 『私』は堂々とお酒を楽しめる年令になれば即座に大手を振って繰り出し、常連と言われるまで通うだろう。何なら高校生の今、夏は無理でも冬のアルバイトをそのお店でしても良いくらいに考えている。
それで入る前に『私』に張り付いてくれているハサンが、泣きそうな顔で心配気にこちらをチラ見していたので、『冒険だよ』と念話で知らせてから入った。決め手は表の立て札にあった『お昼のランチ』。各定食が730円、日替わりが680円だった。730円の列に書かれた『ほっけ定食』も魅力的だったし、何が出て来るのか不明な『日替わり定食』にも気が唆(そそ)られた。この50円違いをどう捉えるかで変わるのだろう。『私』は『日替わり』に決め、『日替わり定食、ご飯少なめ』とカウンターの中に居たオジさんの店員さんに申し添えて頼んだ。
正解だった。出て来たのは『肉じゃが定食』だった。この居酒屋さんは何とも家庭的なお店らしく、入ってすぐの『L字型』カウンターにはレジスターの次にガラス張りの冷蔵ケースがあって、そこには既にお刺身の小鉢や、酢の物、和え物の小鉢が並んでいた。朝から仕込んでいるのだろうか。そんなカウンターの奥には壁一面に短冊型のメニューが貼られていて、その中に肉じゃがもしっかりあった。単品だと350円のようだ。
お刺身の小鉢も350円、450円、550円と、盛られたお造りの内容でお値段が変化するみたい。おでん盛り合わせも350円だったから、そこから推測するに、日替わり定食は350円の肴一品と小鉢にご飯とお味噌汁のセットなのだろうと読めた。読めたけれど、随分と安くないか? これで採算が取れるのだろうか? 心配になるくらい良心的なお店に思えた。
届いた定食のお盆には、幾つかのお皿とご飯、お味噌汁にお漬物が並んでいて、ご飯のお茶碗は丼だった。『少なめ』と頼んでいたから、ご飯は本当に少ない。だけれど使っている器は丼だから、普通に頼めば他の店の大盛りくらいありそうに思えた。小鉢は小ネギと下ろし生姜が乗った冷奴だった。そしてお皿に盛られた肉じゃがには、えらく大きな男爵いもが二つも入っていた。
この大きさはスーパーでは手に入らないだろう。間違いなく産地から直接仕入れている。だって一つがCDの直径くらい、12cmくらいはあるのだから。『す、凄い……』。思わず胸の裡で呟いた。そのじゃがいもの大きさにも参ったが、このじゃがいもがお箸で割ると芯までしっかり染みているのだ。なのに外に妙なひび割れがないし崩れてもいない。こんな煮方は『私』には無理だ。お姉様でも難しいのではないだろうか……。
薄いお肉は一応牛肉。輸入牛の『コマ肉』だろう。『切り落とし』はある特定部位の端っこを指すが、『コマ肉』は色んな部位の細切れを指す。だからこの肉じゃがのような煮物には『コマ肉』が正解だ。そんなお肉の煮汁に、おダシにお酒や味醂を加えて、別のお鍋でアク抜きした糸コンニャクとタマネギを加えて完成なのだろう。ニンジンなどは入っていない。ウリはきっとこの大きなじゃがいもだ。本当に『肉じゃが』なのだ、このお店は。
『レベル、高ぇ……』。これが『私』の正直な感想だ。ここまで気を配った煮物が美味しいのは当たり前で、どうやれば煮崩さずに芯まで味を染ませられるのかが謎だった。むしろこれが350円で提供できるところに畏れ入る。感激してオジさんをチラリと見れば、使い込まれて短くなった柳刃でスッスッとお刺身を引いていた。
そこから目を横に流せば、カンターの途切れたところに小さな暖簾があり、その奥でオジさんとお顔のよく似た別のオジさんが揚げ物をしていた。兄弟だろうか? どこかの高級料亭で修行していた兄弟が、修行の果てに独立して構えたお店がここなのだろうか? そんな妄想仕立てのストーリーに『私』はワクワクした。
そして徐々に増える他のお客もオジさんばかりだった。隅っこのテーブルに陣取ったお爺さんは『湯豆腐定食』なるものを頼んでいた。ちょっとお爺さん、そんなの表の看板に無かったよ? だけどカウンターのオジさんは『アイヨ~』と軽く返事をしていた。いや、カウンター越しの短冊には『湯豆腐 350円』とある。350円なら組み合わせ自由なのか、ここ!?
いやいや、待て待て。そうなると小鉢の冷奴と湯豆腐が同じ『お豆腐』で被るぞ? 厳密には絹漉豆腐と木綿豆腐だから違うのかも知れないけれど、これはどうするのだ? するとオジさんはちゃちゃっと和え物を作って小鉢に盛り付け、お爺さん用のお盆に載せた。それで奥のオジさんがそこに湯豆腐と『私』より小盛りなご飯などを載せていき、最後にコップ酒を載せていた。
「徳さん。味噌汁は後で出すよ。ご飯、足りないなら言ってくれな」
「おお、ありがとう」
お爺さんは湯豆腐と小鉢でお酒を空けて、お味噌汁とお漬物だけでご飯を掻き込んだ。それで大きなじゃがいもに悪戦苦闘している『私』より先にスッと出て行った。お勘定を払っていないのだ。『私』は目を丸くした。食べ終えてお勘定をお願いしたらオジさんが小声で教えてくれた。
「心配掛けてごめんね、お客さん。さっきのお爺さんは、この商店街にある魚屋さんの先代で、商店会の会長だった人なんだ。今は息子さんが後を継いでいるよ。身元も分かっているし、昼と夜にこうしてウチに来て何かを摘むのが唯一の楽しみらしくてね」
ああ、そういう事なのか。納得だ。同じ商店会なら顔馴染みだろうし、商売が長いなら気心も知れているだろう。それと、商売一筋だったから趣味もほとんどなかったのだと思う。だから跡を継いだ息子さんが『このお店なら良いよ』と許可を出しているのかな? そんな気がした。
家がこんな商店街のど真ん中なら犬や猫も飼えないだろうし……。1階が店舗、2階以上が自宅で、物干し場はアーケードの上だろうか? そう言えば、この呑み屋の並んだ一角でなく、筋一本東に戻ったアーケードのところに、老舗らしいお魚屋さんがあった。きっとそこの先代さんだ、あのお爺さんは。火災が怖いからタバコも家の中で制限されている可能性は高い。
アーケードのある商店街あるあるだけれど、お爺さんで二代目とかなら、幼少期から辛い思いをしていただろうね。そりゃ、お昼のコップ酒くらいなら息子さんでなくとも許すだろうなぁ。
「ご馳走様でした、美味しかったです。特にじゃがいもの染み具合が絶妙で。また来させて頂きますね」
そうオジさんに言ってお代金を支払ってからお店を後にした。オジさんは少し照れていた。奥からも『ありがとうございました~』と声が届いた。きっとお二人とも最初は緊張したと思う。こんな見てくれガイジンの女が真っ昼間から居酒屋さんだし。まぁ、その緊張も『日替わり定食、お願いします』『ご飯、少な目で』と来たものだから一気に雰囲気が変わったのだけど。
冬木の街は比較的海外出身の人が多いという。だから深山町の洋館街ではそういう人達を良く見掛ける。だけれど地方都市なので海外からの観光客はまず見ない。マウント深山に馴染んでいるランサーは例外として、ほぼ、セラさんやリーゼリットさんのような移住者だ。だから意外と新都ではいわゆるガイジン顔は見ないのだ。けれどこれからは増えそうな気がするなぁ。
まぁ、それはおいてあのお店は良かった。美味しかったし、お腹がパンパン。大当たりだ。こういう『わかる人にしかわからない』奥深さと出逢えるから、ふらりとお店に入るのが止められない。自転車散歩もそうだ。
(後年、『私』はあのお店の常連となり、穂群原学園の就職祝いも桜とあのお店で開いたのだった。そして『私』は初任給で衛宮の人々とパーティを開いた。初めてのボーナスでは、軽バンの中古車を買った。探査魔術を掛けて一番壊れにくく、良いエンジンのものを選んだ。そして、そのクルマでの旅や車中泊にハマって行った。
なお、この気持ちを誰よりもわかってくれたのがクロエちゃんだった。あの子も『私』と同じで『プチ冒険』が大好きらしく、中等部では自転車、高等部ではバイクにハマってあちこちに旅をしていた。6年生だったこの年も、遊びにいったアメリカでとんでもない事をするんだけど、あちらのお姉様が無事に解決してくれ、後でそれを知った『私』は冷や汗を掻いたのだけれど、倫敦のお姉様は笑っていた。こういう『余裕のある大人』になりたいよね?)
お店を出た『私』は腹ごなしに少し歩いた。隣のバス停から深山に帰ろうと考えたのだ。そうして東西のアーケードのところに戻り、それから西に向かって歩いた。やがて天を覆うアーケードが消え、曇天の空が広がった。帰るまで保つかな? いや、ギリギリだな。だから人が途切れたところで宝具から傘を取り出した。
木柄の赤いジャンプ傘で、傘の縁に茶色とベージュのチェック柄がある。このお気に入りはバーバーリー製で、15000円はする。『私』は普段贅沢はしないけれど、自転車がそうなように身に付けるモノは良いものを選ぶようにしていた。それはより『好き』になりたいからだ。そういうお気に入りは決まって大事に扱うし、長持ちする。『私』なりの哲学だ(例外は初めて買った箱バンだけだ)。
そうして気分良くプラプラ歩き、適当なところで左に曲がった。バス通りに出ようと思ったのだ。すると雑貨屋? CD屋? 何とも判然としないお店があった。これは……。きっと何かがある。これはこれで面白い。この直感を信じよう。『私』は流れに任せてお店のガラス戸を引いて中に入ったのだった。
中に入るとお店の両棚に天井までCDがドッサリで、その前に置かれた低い棚、中央の棚の左右にもCDがギュウギュウ詰めになっていた。そんな棚に囲まれた空間に細い通路が二つある。お店は狭い。昔は中古レコード屋さんだったのかも。それがCDになったのは時代の流れだろうか。
一番奥の小さなカウンターには古いレジがあり、そこに暑くなって来たのにニットのビーニー(折り返しのないワッチキャップ)を被ったお爺さんが居た。『いらっしゃい』の声もなければ、軽い会釈も愛想笑いも何もない。だからと言って不機嫌なようでもない。ただじっと入り口のガラス戸の上に掛かったスピーカーから流れて来る、古めかしい音のクラシック音楽に耳を傾けているだけだった。
『シベリウスだ。交響曲の第7番、ハ長調……』
どうしてそんなのがわかるのかというと、ルヴァアさんがシベリウスを好きだからだ。と言うか、シベリウスを嫌うフィンランド人なんて居ないと思う。ジャン・シベリウスはフィンランド随一の作曲家で、特に交響詩のフィンランディアを、一度も聞いた事がないフィンランド人は居ないとされているほどの人だ。そしてドビュッシーやチャイコフスキー、マーラー、ドヴォルザークらとほぼ同時代の彼は、フィンランド人の心の故郷である『カレワラ』を思い起こさせる柔らかな、大自然を彷彿とさせる曲を数多く書いた人でもあった。
『カレワラ』は神話であると同時に、ロシアに接収されたカレリア地方を舞台とした民族の歴史書でもある。国技であるラリーの英雄が束になっても『カレワラ』への思いと、シベリウスへの畏敬には敵わない。北欧四ヶ国ではない。言語的にもゲルマンの歴史を紐解いても三ヶ国+フィンランドなのだ。だからその旋律はドイツ系のそれとはかなり違うし、フランスの印象派とも違う。
牧歌的な旋律が続くので人に拠っては取っ付き難いだろうけど、リフレインがそんなにないし、曲もそこまで長くないからブルックナーほど眠くはならない。交響曲なら2番や3番が割りと有名だけれど、7番を掛けているとは畏れ入る。こんなのを録音する指揮者は、ムラヴィンスキーかカラヤンだけだろう。このオケはレニングラードの気がする。だからムラヴィンスキーだと思う。ルヴィアさんが一度掛けていたのを覚えていた。そんな大層な装置ではないけれど、食堂に置かれたピアノの側に、一応小さなコンポがあるのだった。
それを使うのはもっぱらルヴィアさんだけだったけれど、ピアノの方はお姉様もよく弾いていらした。だから家でのクラシック好きはルヴィアさんとお姉様というのが家の人の認識だ。これはお姉様しか知らない事だと思うけれど、実は『私』もクラシックのCDを何十枚か持っている。楽器が苦手なので自分で弾く事はないけれど、聴くのは好きだから『プチ冒険』気分で『何』というのに拘らず色々聴いていたのだ。
そんなだから『未知の曲が聴きたい』『新しい体験がしたい』という気持ちが優先して、指揮者やオーケストラにも拘りがない。なので畢竟手元に集まるCDは古い録音の、再発売ものや廉価盤が多い。だからこそ、こういうお店に入る意味があるのだった。それで客にまったく興味なさげな店主に目礼してからCDを物色し始めた。
30分くらい掛けて見付けた『美味しそう』なCDは全部で7枚。主に管弦楽と弦楽四重奏だ。そのどれもが再販物かレコード会社の企画物(◯◯文庫の100冊みたいに、◯◯レーベルの100枚みたいな企画)に選ばれた内容だった。以前もこうしてリムスキー・コルサコフの交響組曲『シェエラザード』やケテルビーの『ペルシャの市場にて』、ボロディンの『韃靼人の踊り』『中央アジアの草原にて』などの佳曲に出会えた。
ショパンの『前奏曲集(プレリュード)』や『練習曲集(エチュード)』もこんな具合で手に入れた。勿論、お店はこことは違うけれど。こういう探し方をする人はあまり居ないだろうけど、特定の指揮者や奏者に思い入れがないなら『LPレコードの時代からあまりハズレが無い探し方』ともお姉様から聞いている。
お姉様はそうやって、EMIでのサンソン・フランソワ/ベートーヴェン三大ピアノソナタ集や、レオポルド・ストコフスキー指揮、ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の『惑星』、ハイフェッツのパガニーニ/24のカプリースの24番などを手に入れられていた。フランス人ピアニストであるフランソワのピアノソナタは、洒脱でハマるととても良いらしい(EMIはこういう企画物や再販物が多いそうだ)。
また、ポーランド人(厳密には母方がポーランドで父方はフランス)であるショパンが活躍したのがフランスのサロンだったから、フランソワのショパンもカチリと噛み合い味があるのだそうだ。特にノクターン(夜想曲)が良いらしい。けれどマズルカやポロネーズのような『誰か』のためでなく、聴衆皆んなに聞かせるような曲はルービンシュタインなのだとか。そんなお姉様もワルツだけはルーマニアのディヌ・リパッティだと言う。
この人は病に冒され、知名度が周知されたのは死の直前だった。中でも死の2ヶ月前の演奏が遺された、1950年の『ブザンソン告別リサイタル』は『何かを本当に削っている演奏だ』としてお姉様も滅多に聴かないのだそうだ。でも言葉は悪いが『病まないとショパンには迫れない』とも話していた。
何となくドラッグやアルコールに溺れたジャズメンの最期の灯火のような話し方だった。だけれどソニー・クラークのバックビートじゃないけれど、ショパンもそういう弾き方でないと合わないのだそうだ。特にノクターンは。でも著名な曲のほとんどを24~5歳で書き上げ、コレラが流行するパリで、あのロスチャイルドの令嬢までを弟子にしていた実績と才能は正に天才だった。
ところがそれ以降のショパンには常に病の気配が立ち込める。やがてインフルエンザ程度で婚約を破棄され失意のどん底に墜ちたショパンは、ジョルジュ・サンドと親密になり波乱に満ちた晩年期に入る事となる。ジョルジュ・サンドが悪女とは思えない。ただ先進的過ぎただけだと思う。だけれど病身なショパンにサンドの先進性は毒だった。そうして天才は39歳の若さでその生涯を終えたのだった。
『惑星』はカラヤン盤やメータ盤が有名らしいが、この組曲をアメリカで初演したのがストコフスキーだそうで、更に言うとこのオケのメンバーは、『覆面』でハリウッドやネズミーのサウンドトラックにも参加しているらしい。だからストコフスキー盤は『2001年宇宙の旅』のサントラに入っていた『ツァラトゥストラはかく語りき』っぽい響きがあるという。また、ズービン・メータが同じロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団と組んでいるのは、そこを狙ったのではないかという話だった。
それとお姉様は、『私』の音楽の求め方を『既存の名盤や有名盤をすべて揃えた後の『通』が行き着いた果ての求め方』とも言ってらした。そして『覆面なら契約上仕方なしという場合もあるでしょうけど、幽霊なら音楽家の預かり知らない盗作(海賊盤)の可能性もあります』とも(※)。だからおかしなものを掴まないよう、注意がかなり必要なのだそうだ。
こう注意を促されたのは、東西冷戦時代に東欧やロシアの西側にはマイナーな指揮者やオーケストラの音源が、大量に流れ出てデタラメな指揮者名、デタラメなオケ名でLP化されたからだ。しかも正規のレコード店でなく雑貨屋などに格安で売られていた。例えば『フリッツ・シュライバー指揮』『ヨーゼフ・バルツァー指揮』、オケなら『フィルハーモニア・スラヴォニカ』『南ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団』などだ。こんな名の指揮者やオーケストラ団体は実在しない。これらは西側には無名な音楽家の音源を利用した詐欺商法だ。そしてお姉様の仰った『幽霊』の正体だ。
だけれど『通』の中には、敢えてこれらのLPやCDを蒐集するマニアもいるそうだから世の中わからない。またお姉様も『社会主義・共産主義時代の東欧やロシアのオーケストラは無名でも馬鹿にできない場合がある』らしい。国威発揚もあって厳しく鍛えられたオケなども混ざっているから、全体的なレベルが高いそうだ。
だから解釈やテンポに聴く側の好みは出ても、音源の芸術性が低いわけではないから、たま~に名盤があったりするらしい。とは言え、お姉様の持っているハイフェッツのカプリースは、こういう幽霊ではないけれど、やはり怪しい類の物には違いなく、おそらくテレビで流すニュース映像か何かから起こした海賊盤CDだろうとの事だった。そんな怪しげなCDだけれど、この曲の中にあるフラジオレット(ギターでいうハーモニクス奏法)と、ピチカート(弓を使ったタッピング?)が信じられないほど凄いので、一聴の価値があるのは間違いない。だから頭ごなしに海賊盤がダメとは言えないと漏らしてらした。
(その妙技はお姉様に言わせると、そこらの巧者や名人が裸足で逃げ出すほど凄い演奏なのだとか。『きっとパガニーニ本人よりも上手ですよ』との事だ。また彼に続く巧者はマキシム・ヴェンゲーロフという人だそうだ。『だけどスィープが甘い気がする』のだとか。日本に戻ってからはオーガスティン・ハーデリッヒという人を褒めていて、ずっと後年ではダニエル・ロザコヴィッチという人を褒めていた)
なお、このハイフェッツ盤はお姉様から預かったCDの中に入っておらず、さりとて倫敦へ持って行かれた痕跡もない。どうにも調べてみるとトロンメルに貸し出したままらしい。『いい加減返しなさいよ』と言ったら『ギタリストで良かった。ヴァイオリニストなら、ヴァイオリンを棄てていた』と言いやがった。そこまで凄いのかと『私』は驚いた(つまり、『私』は真価をわかっていなかった)。
『クラシック音楽を嗜まない魔術師はダメですよ。バンドの在籍年表のように著名な作曲家を年号の下に横棒で引っ張ってみなさい。そして表の歴史上重要だった事件を縦棒にすればどうですか? 彼らの人生や作品に、隠された歴史が浮かんで来ませんか? これは演奏家や画家にも当て嵌まりますから参考にしなさい』
これは『エル様』からお聞きした言葉だ。また姉さんは、ボロディンの『韃靼人の踊り』、つまりオペラ『イーゴリ公』第二幕のあの有名なメロディに歌詞を付けて歌ってくれた事があった。というかあのオーボエとイングリッシュホルンは管弦楽曲版で、オペラでは歌なのだ。
『ウリタィ~、ナ クルィリヤフ ヴィトラ~、ティフ クラィ ラドノィ ラドナヤ ペスニャ ナシャ~、トゥダ グジェ ムィ ティヴャ スヴァボドナ ピェリ~、グジェ ブィラ タク プリヴォリナ ナム ス タボユ~』
と、ロシア語をカタカナで書けばまるで呪文だ。だけどその意味は、
『翔び往け~風の翼に乗って~故郷へ、我が故郷の歌よ~、彼の地では(皆が)気ままに口ずさみ、(いつも)心安く傍らにあった歌よ~』
と、失われた故郷を偲んで、時空を越えて故郷の歌が届いて欲しいと願う、タルタリアの歌なのだそうだ。だからあの旋律が、人の魂に訴え掛け、タルタリアの血を引く者を郷愁に誘うのだという。『イーゴリ公』というオペラがあまり知られないのも、横やりが入っているかららしい。
例えばティンパニの入る部分にも合唱が入っているのだが(前半部が乙女の踊り。ティンパニ以降が戦士の踊り)、そこは『ハーンを讃えよ』という歌詞らしい。ハーンとはチンギス・ハーンのハーンだ。そうやって歴史が改竄されているのだという。
ボロディンはこの他に『中央アジアの草原にて』という交響詩でも知られるけれど、その草原がどこを指すのかは推して知るべしだ。このアレクサンドル・ボロディンはサンクトペテルブルクの人だけれど、父方はジョージア(グルジア)のタヴァディ(領主、地方豪族程度の意味)で、その人と人妻のロシア人との間に生まれた不義の子だ(要は愛人でなく、不倫の末にできてしまった子供。だから父方に認められていなったそうだ)。
それでタヴァディは生まれたばかりの赤子を農奴のボロディン家に預けて放置した。だけれどボロディンは不遇をバネにして、サンクトペテルブルクで時節到来を待った。そして26歳でドイツに留学し、ハイデルベルク大学に入った。そこで化学を学んだのだ。卒業後はサンクトペテルブルクに戻り、サンクトペテルブルク大学の医学部に入った。そこを卒業後は大学に残って医学部生化学の助教授、教授と進み有機化学の研究家としてその生涯を捧げ数々の功績を遺したそうである。
では作曲は? となるが、これが趣味だったと言うのだ。だから生前に『イーゴリ公』を完成できなかった(動脈瘤破裂で急死したとされる。53歳没。1833-1887)。それを補筆し完成させたのが交友関係にあったニコライ・リムスキー=コルサコフとアレクサンドル・グラズノフだった。
その死因を『エル様』はずっと疑っているとお姉様は話して下さった。ボロディンは間違いなくタルタリアと関わりがあり、このオペラを書いていたがため(もっと奥深い事を知っていた?)に殺された可能性が否めないらしい。
『陽の光は眩しく輝き、故郷の峰を照らす。谷間には薔薇が咲き乱れ、緑なす森では鶯が鳴いている。甘い葡萄が実る故郷に自由に羽ばたいていた歌よ、彼の地に翔び往け』
この『イーゴリ公』はロシアに行けば時々上演されていて、結構面白いらしい。それでお姉様が学園祭で投影したインド風のおヘソが出た衣装は、本当はこの『イーゴリ公』の乙女の踊りで使われている衣装だったらしい。インド風でもありペルシャ風にも思えるそのデザインの大元が、失われたタルタリアの衣類だったそうだ。
モンゴル人はそんなデザインの衣類ではないし、元の時代はおヘソを出すほど暑くはない(だからハーンが改竄だという)。だけれど北半球が常夏だった時代が確実にあったのだそうだ。その常夏が失われたのが3年は続いたとされる『夏のない年』だ。それは1816年から始まったとされ、原因はインドネシのスンバワ島にあるタンボラ山で起きた噴火による自然な寒冷化だとされている。
だけどナポレオンのロシア進行や米英戦争は1812年だ。あまりに近過ぎる。そこで核兵器とは言わないが、諸々の証拠隠滅のために何らかの大魔術か地殻変動を促す兵器が使われたのではないかと『エル様』やお姉様は考えていらっしゃるようなのだ。『私』にはわからないけれど……。
結局『私』が選んだ7枚は合計で4000円もしなかった。お爺さんは『ありがとう』も何も言わない。でも安いから仕方ないか……。さぁ、ボディガードを務めてくれたハサンにお礼を言って、今度こそ家に帰ろう。
儂とランサーは吉野川を遡り徳島県の一番奥、ほぼ愛媛県の辺りまで来ておった。真一の地元なんじゃが、これは……町ではなく村じゃな。行政区分は町なのじゃろうが、その有り様は村そのものじゃ。折り襟の学生服に半ズボンじゃったから、戦後のわっぱ(童子)かと思っとったら、本当にこの辺りは昭和で止まっとる。
まぁ、そんな何もないところじゃからな。儂とランサーは到着後直ぐに調査を開始し、昼頃には下調べが済んだ。やはり、エルマに念話で送った通りじゃった。霊脈的に詰まっとる。支流の流れはランサーが調整した。後はランスロットと合流後に、アロンダイトで一気に流せば詰まりは取り除けるじゃろう。
「ゾウケン。飯は?」
「おお、もう昼じゃな。どこぞで食えるところがあれば良いが……」
こうも何もないところじゃと、徳島ラーメンもフィッシュカツもありゃせん(食った事もないのに、こういう知識があるのはエルマのお陰かの?)。
するとランサーは農作業に勤(いそ)しむ者に声を掛けておった。一応、儂等は身なりを外人の旅人に見えるように扮しとる。ランサーは背中に大きなリュックを背負い(今回使う礼装や魔術道具が入っとる。儂もエーテルを出すまではあそこに詰められておったんじゃ)、短パンにTシャツじゃ。じゃから儂もエーテル出力して似たような姿になっておった。ええじゃろ? ランサーのあれも杖の転身機能の応用なんじゃぞ。儂と50m離れれば転身が解けるのじゃがな。
それでヤツのシャツの胸には『電光石火』と書いてある。そういうのが好きそうじゃからな。『さ~びす』じゃよ。ちなみに儂の胸には『閃光ルビー』じゃ。これは以前、エルヴァがルビーと話しておったのをたまたま聞いての、そこから拝借した。何でも競走馬に付けられた数多くの二つ名の中の一つらしい。
何故競走馬なんじゃと思うが、エルヴァは話し上手じゃから、同じ名であるルビーを持ち上げる材料にしておったのじゃろう。色々あったんじゃが、これと『華麗なる一族』しか覚えておらん。
「ゾウケン、わかったぜ。少し先に別の川があるそうだ。そこを少し遡れば温泉があるんだと」
「ほぅ」
「そこまで行けば蕎麦屋があるらしいぜ」
「蕎麦か。ええのぅ」
そうして儂等は蕎麦屋に向かったのじゃ。そこでランサーは盛り蕎麦を大盛りで頼んでおった。儂は焼き目のある油揚げとスダチの薄切り、大根おろしが載ったのにした。名はなんと言うのじゃろうな? 品書きの写真で選んだのでわからん。届いた蕎麦は太麺で繋ぎのない十割蕎麦じゃった。風味も味も良い。が、慣れん者にはもそもそとした食感が合わんじゃろうし、器から引き出す時にすぐ切れるので困りよるのは目に見えておった。
何よりランサーのように盛り蕎麦じゃと、余程慣れた上級者でなければ切らずに引き出せんじゃろう。じゃからこういう良い店は昔から十割蕎麦を食べ慣れん者からの悪評も多いものなのじゃ。その悪評、即ち自らの無知の露呈じゃというのに。腹がくちれば勘定を済ませ店を出て、温泉に付き合わせた。ランサーには悪いが、そこの泉質はリューマチや神経痛に効くらしい。
「神経痛……。なぁ、ゾウケンさんよぉ? エーテルを出してるだけで、今のあんたの実体は杖なんだろう?」
「そうなんじゃが、ほら、アレじゃ。『ふぁんとむぺいん』とか言うやつじゃよ。気分の問題じゃ」
「そ、そうかよ」
湯から上がるとここが逗留も出来るとわかったので部屋を借りた。ランスロットはランサーほど足は早くない。じゃからアロンダイトは明日にして、本日は部屋でゆっくり検討する事にした。幸いな事に領収書さえ取っておけば、支払った分は全部凛とルヴィアが返してくれる事になっとる。じゃから儂とランサーは、近場を散策して時間を潰しておった。
この支流でなく、元の川をもっと先に行けば更に良い温泉と高級なホテルがあるのはわかっておったが、儂等は観光ではない。仕事となればこんなものじゃろ。散策も飽き、部屋に戻って2時間ほど経った夕方6時頃にランスロットが来おった。食事の用意は儂の方で宿に三人分と話してあったので問題ない。
晩飯はこういう山間部にしてはまぁまぁじゃった。ランサーもランスロットも満足しておったよ。寝る前にもう一度入った風呂も良かった。
翌朝。宿を引き払った儂等は真一の村に行き、アロンダイトで詰まりを取り除いた。以前の間桐臓硯では見えなんだ、汚物と言ってええのかの? 歪み澱んだ霊体が気味が悪いほどどこぞに流されて行くのが見えた。ああいうのがへばりついて、真一達に霊障を起こしておったのじゃろうな。
思うところは様々ある。アハト然り儂然りじゃ。聖杯欲しさに、どれだけの澱みを無視して来たのじゃろう。じゃが、それを恥じ、反省する時期は過ぎた。今はこうして仲間となった気のええ奴らとともに悪しき霊障を取り除き、そこに住まう罪も咎もない人々の安寧を確保するだけじゃ。
儂の犯した罪は消えんが、要所要所に凛から預かった浄霊の礼装を取り付けていけば、それなりの達成感と満足感があった。すべてを終えればちょうど昼じゃった。儂等は昼飯を我慢し、吉野川まで歩いて少し開けた街に出た。山を越えれば香川県じゃが、ランサーが我慢できんと言ったのでそこにある食堂に入った。味は価格なりに普通じゃった。
「なんつ~か、あれだ。舌が肥えちまったのかね?」
「ですね。エルヴァ殿やエルマ殿との付き合いが長くなればなるほど……」
「だな? もうプラスアルファ、何かが欲しい気になるよな?」
「はい」
今更じゃが、神話にも残る英霊にここまで言わせるとは……げに恐ろしきはエルヴァであり、そこに追いつかんとするエルマよな。マルガリータやアーチャーも腕は確かなんじゃが、『あいであ』では負けよるよなぁ。
「じゃ、ゾウケン。とっとと帰ろうか」
「随分と気が急いておるのぅ」
「ったり前ぇだろう。オレの足ならゆっくり走っても晩飯までに冬木に着くからな」
「いや、それですと私がついて行けませんが……?」
うむ、ランスロットを置いていくのかえ?
「ランスは霊体化してリュックに入ってろ。ゾウケンも杖に戻りな。それなら3時までには帰れるぜ」
そうして儂等は冬木を目指したんじゃ。
着替えてから下に降りれば、厨房でアーチャーさんとマルガリータさんが何やらしていた。マルガリータさんがしている事はわかる。いつものピクルス漬けだ。だけどアーチャーさんは?
「何をされているんです?」
「ああ、いよいよチャレンジしようと思ってな。選別は終わったので、今はヘタを取っている」
目の前に置かれたカゴには、かなりの量の梅が入っていた。青梅が黄色や橙色に変化している。選別とはキズがないかどうかで選りわける事を指す。そうして選んだ梅を、今度は爪楊枝などで皮を傷つけないように注意しながらヘタを取るのだ。これは5月の終わり頃にもしていた。その時は全部青梅だったから梅酒の仕込みだった。となると今回は?
「まさか梅干し?」
「正解だ」
だから『チャレンジ』なのか。以前お姉様が『いつか自分で漬けたい』と話されていた梅干し。
方法は簡単らしいが、白梅酢の管理と仕上げの天日干しに付いて回る制約が厳しいと聞いている。三日三晩干さないといけないので、梅雨明けをその頃に迎えられるよう、逆算して漬け掛からないとダメなのだ。それでふるい落とされた傷物は、ジャムやシロップ、梅味噌、梅ソースなどの使い途があるから棄てずに取っておくのも大事だ。
いや、どっちかと言うと梅ジャムや梅ソースの方がこの家では受けが良い。
「ルヴィアさんが3年生だから?」
「読み過ぎだよ、エルマ。まぁ、私の好奇心だけではないがね」
私が想像したのは、今夏がルヴィアさんにとって最後の日本の夏になる可能性があるから、そこをアーチャーさんが気に掛けたからではないかというものだった。そこプラス、知らない間にお姉様から梅干しの漬け方を聞いていて、今夏にチャレンジしようと踏み切ったのではないかだった。だけど理由はそれだけではないらしい。
「わからんか? せっかく日本に居るのだからな。もっと梅の可能性を追求したくなったのさ」
例えばシシカバブーに梅肉ソース、例えば鶏モモのソテーに梅肉と青紫蘇から作ったソースなどなど……。食欲が失せやすい暑い夏を越えられるオリジナルなソースを考えているらしかった。発想の下地はやはり砂漠での体験だ。そして作業を見せる事で、マルガリータさんがどういう言葉を発するかも期待しているらしい。何れにせよこれらの成果が現れるのは、今月下旬から来月に掛けてだろう。
「ところでエルマ。昼食はどうするね?」
そういや、私食べてないな。
「何かあります?」
「材料はあるからな。大抵のものは作れるぞ。何でも良いなら適当に作るが?」
忙しそうなのに。何か悪いな。だから私はその優しさに満ちた気持ちにお礼を言って、外食に行くと伝えた。行き先は決まっている。マウント深山の食堂『あさみ』だ。私は入ってすぐにご飯の小とお味噌汁を注文し、ガラスケースから玉子焼きとお魚の煮付けを取って、オバさんにレンチンを頼んだ。
この皮が赤い魚は赤魚だ。梅雨の時期は鮮魚コーナーが寂しくなる。春から夏に近ずくと産卵を終えた痩せた魚しか居ないからだ。つまり旬が外れている。だけど今は世界中から魚が輸入され、冷凍で保存されている。お姉様は『こういう時期こそアカウオですよ』と仰っていた。だから赤魚の煮付けは納得だ。
このアカウオは世界中に生息するメバルやメヌケの仲間で、それらの半加工冷凍魚の総称と言うか、流通用の『商品名』だ。なので『赤魚』という個体が居るわけではない。そしてメバルやメヌケの仲間だから、釣り人なら知っていると思うけど、白身に適度に脂が乗って煮魚にするととても美味しいのだ。
だけど流通に乗るほとんどが、頭を落とし内蔵を抜いた海外からの冷凍加工品だから、その正体が不明なのもあって、無意識に避けていたり意外と知らない人が多い食材でもある。だから高値が付かず、これで良いのかというくらい安かったりするのでお姉様はアカウオの身を崩さない解凍方法や、レシピを色々考えておいでだった。例えば解凍なら、今時期から夏に掛けては『氷水解凍』という方法がお薦めだ。
この方法は0~3度の氷水を作り、そこにジップロックに入れた冷凍品を浸けて僅かな温度差で解凍するところにキモがある。こうすると解凍とともに切り身から出てくるドリップが最小で済むのだ。すると味の変化が少なく済み、後で使いやすい切り身となる。最悪なのが常温放置の自然解凍と、レンジでの解凍だ。その二つが一番ドリップが出て不味くなる。
きちんと解凍できれば包丁も入れやすくなるので、更に腹骨を取ったり小骨を抜いたりして、煮付けだけでなくフライやソテーにも仕える。また身が柔らかいだけでなく、近海のメバルとは違い、メヌケと同じ深海魚に近い魚だから、毒素を身体に溜める事もあまりない。だから離乳食にも安心して使えるし、ミルク粥の具にも良い。
とにかく手間を惜しまなければ、何にでも使えるから、知らないと損をするお得な食材が『アカウオ』なのだった。
ああ、やっぱり煮付けに限るなぁ。ご飯が進むよ。この『あさみ』は本当に良いなぁ。お姉様はこのお店を御存知なのかな? まぁ、知ってはいるだろうけど、入った事は無いと思う。お姉様は家で自分で作って、ゆっくり味わって、それも皆んなと一緒に食べる派だから、外食を滅多になさらなかった。
あのアメリカのお姉様にしたって、お国が違うのに外食は滅多になさらないと聞く。アメリカだよ? アメリカ。ああいう文化の国で、家の料理だけで済ませられる奥さんなんて居るのか? お姉様以外居ないような気がする。お仕事の関係でフンボルトさんは外食が時々あるそうだけれど、中学生のパミちゃんがお弁当持参だと知った時は本気で驚いた。
サンドイッチに果物のランチパックでなく、本当にご飯とおかずのお弁当を持たせていらっしゃるのだ。まぁ、おかずは洋風らしいけれど、よくぞパミちゃんをご飯好きに変えたものだと感心する。それだけ美味しくて、腹持ちも良いんだろうね。何かそういうお弁当サークルみたいなのを、主婦仲間の人と起ち上げているらしい事がメールにも書かれてあった。
ところが変わり立場が変わっても自分のライフスタイルは変えない。こういう人は本当に強い。例えばこちらのお姉様は、学園生時代、友人に誘われれば外食もやぶさかではなかったけれど、それさえも勉強タイムと見做されていたようで、ファストフードでなくご飯物のあるお店が多かったと先輩から聞いている。まったく自分のスタイルを崩さないのだ。
新都を抜け、ほぼ遠坂神社の辺りまで行くと『磯尻食堂』という美味しい食堂があるそうだ。事実、あっち方面に住む級友や先輩は『有名店だ』『美味しいお店』と口を揃える。あいにく私は入った経験がないのだけど、どうもそこはお姉様の級友のご実家で2~3回セイバーさんと訪問したらしい。だけどそれも級友の顔を立てる意味でなく、味の研究だったみたいに聞いていた。とことん貫いていらっしゃるなぁ。
それだけに、『あさみ』はどうだったのだろうと気になった。今夜、メールで問い合わせてみようかな。
梅と塩を交互に瓶詰めできた時分に、外食に出ていたエルマが帰って来た。『何か手伝える事はないか』と訊ねて来たが私は断り、自室へ下がらせた。エルマは少し働き過ぎだ。そういう性分なのかも知れないが、これでは遠い倫敦のエルヴァも心配になるだろう。まだ『高校2年生だ』と言う前に、実質の年齢が3歳にも満たないのだ。
ここまで人を気遣い、心を汲めるホムンクルスに出逢ったのは初めてだ。こういう人造生命体を造るアインツベルンというより、『エル』の技量に驚かされるし、個性は違えどエルマとトロンメルという姉妹の持つ性根に私は前々から感じ入っていた。要は気に入っていたのである。
凛もルヴィアもそういう風に二人を導いたのはエルヴァだと口を揃える。間近で見ていた私もそうだろうなと納得するばかりだ。