※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第四部 ホムンクルス篇   作:炭団

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104、冬木の日々 05

 やがてワルキューレのカードで分裂していたもう一人のエルマが戻った。彼女も私服なので、新都に買い出しに出てくれていたエルマだ。宝具から出て来た日用雑貨を、ピクルスを冷ましているだけで手隙きになっていたマルガリータが受け取って、ストック棚に収めていった。これで当分は保つな。

 もう慣れたが、とにかくこの家は食材の消費より、トイレットペーパーの消費量が凄まじい。その昔……トラや桜が食事に来ていた頃には気付かなかった事だが、聖杯戦争が終わって遠坂が一時住み着いた頃に気付いた。女の子ってこんなにトイレットペーパーを使うのかと。今なら身体の構造的に仕方ない事だとわかるのだが、昔の私はそんな事も想像できん朴念仁であったとつくづく思う。

 

 そんな事を考えながらも手は止まっていなかったらしい。いつの間にやらソースというかタレの素が出来上がっていた。この素をベースにして醤油やフォン、オリーブオイルで割って、ハーブを加えてソースにするのだ。こういうソースを作りたいと考えるようになったのは、やはり日本の気候にある。

 中東は夜以外年がら年中暑いので、住み慣れてしまえば意外と食欲が減退する事もない。減退するのは季節の寒暖差でも昼夜の寒暖差でもない。原因は湿度だ。アラブ人であろうとアフリカ北部の人であろうと、サウナで食欲は湧かないのだ。エスニック料理が得意なマルガリータもそこを指摘している。東南アジア諸国も夏場は湿度が高い。だから食欲増進を促すようああいう味付けなのだと。

 生前、日本に居た頃は季節物というのに随分と拘っていた。いや、『拘る』は語弊があるな。そういうパターン化した生活が性に合っていたと言うか、楽だったのだ。一度何もかもを失った人間だったから、根本的なところで無気力だったのだ。ジイサンに救われた後、元気な少年期を過ごせたのは藤ねえのお陰もあるが、物事をガラス越しに見るクセが私に付いたからでもあった。

 だから友人となってくれた人々との交流も演技のようなものだった。だが、その演技を通じて私の少年期が再構築されたのは間違いない。しかし、だからこそ見る者が見ればわかってしまう。私には自らの内面から湧き上がる『何か』が皆無だった。パターン化された生活が楽と感じるのは、それは何かの真似だからだ。借り物は理想だけではなかった。

 夏場に食べる素麺に必ずかき揚げが必要な訳ではない。藤ねえがかき揚げをリクエストしたのは僅か一回だ。そもそも素麺にはかき揚げが定番な地域なんて限られるだろう。なのに私は素麺を湯掻けば、必ずかき揚げを出していた。そのようにパターン化してしまえば楽だったからだ。

 守護者となってからもそういう部分は変わらなかった。より効率的に、最小の労力で最大の成果を得られるように動いていた。それは仕事の内容が不服だったからだ。誰だってそうだろう? 嫌なことはサッサと終えたいし、何も考えないままに時が過ぎて欲しいものだ。だからこそ、余計に効率的になった。悪循環だな。

 

『抑止工場に勤める無期限工ですね。『取って、入れて、出す』ですか?』

 

 エルヴァに言われたのだが、そういうギャグがあるらしい。言い得て妙だな。だがな、君の言う通りで無期限だぞ? 『やってられるか!』とならん方がおかしい。

 

『逆ですよ。人としての生が終わり、シフトしたから、サバイバーズ・ギルトという心の病から開放されたのです。死んで初めて『やってられるか!』という感情を得られたのですよ』

 

 そう言ってエルヴァは、昨年の夏日に中華丼を作ってくれた。仕上げのごま油が食欲を唆(そそ)る。暑い夏こそ中華丼だとエルヴァは話していた。カロリーもあるし野菜から繊維もミネラルも摂れる。豚肉や海鮮で栄養素も豊富だから夏バテ知らずになる。

 

『焼き立ての餃子を熱々のご飯に乗っけて中華餡を掛けてもオツなものですよ。何なら餡でなくポン酢とラー油だけでも良いです。そういう工夫をしましょうよ。そうすれば『皮で包まず餃子の餡をご飯に乗せるだけでも良いのではないか?』『ニラや豚挽き肉を多目にすれば、もっと夏バテ解消の料理にならないか?』とか思い浮かびませんか?』

 

 そうしてエルヴァは餃子の具をハンバーグのように少し焼いて、レンジでの再加熱で仕上げ、最後に中華餡を掛けていた。エルヴァ式肉汁滴る中華ハンバーグ丼だ。正直呆れた。だが、美味かった。その時は冬場の鍋に合う『ロール餃子』なるものを考えていると話していた。

 具は餃子のそれだが、その具を白菜で包んだロールキャベツのアレンジ版だ。以前、美遊の元の世界に出向いた時も長ネギを皮にした似たようなものを『エル』と話していた。あの時も感心したのだが、彼女は本当にアイデアが豊富で柔軟だ。それに彼女は奇を衒っていない。元々彼女は意外なほど中華料理が上手い。基本というか王道がしっかりしているのだ。なので普通の皮で包んだ餃子でも、肉汁が良く出て美味い。これは具(餡)の捏ね方にある。捏ね過ぎると具に粘りが出て肉汁が出なくなるのだ。

 また具は豚挽き肉、ニラ、長ネギ、少量の生姜が基本だそうで、にんにくはほぼ使わないという。チェーン店の餃子のように白菜やキャベツで野菜多目に作りたい場合は水分が出過ぎるので、先に野菜をレンチンして水分を飛ばしておくか、挽き肉量を増やしラードを混ぜ込むと良いらしい。ラードを混ぜるのは具の野菜が多くなると旨味が少なくなるからだそうだ。

 羽根付きも、蒸し焼き前の差し水に少量の片栗粉を溶いておけば簡単だそうだ。焼き上がり前にゴマ油を少し垂らすと香ばしくなり、なお良いという。

 それよりも小籠包とまでは言わないが、どう肉汁を活かすかで餃子は決まるという。ステーキでもないのに肉汁が大切だという視点と発想。そこに私は大きな衝撃を受けた。こんな言葉を吐いた『凛』は、私の拙(つたな)い経験からも居なかったと思う。それは中華が得意と豪語していた大魔導師もエルヴァに作らせる訳だ(意外だが、大魔導師が一番私の『記憶にある遠坂』っぽい)。これは《アオレアール→『エル』→エルヴァ》と経由・継承された知識と腕前らしいが、これも後で『同一人物に於ける経験の憑依と継承』なのだと気付いて愕然としたものだ。

 私だけの、否、『衛宮士郎』だけの特質では無かったのだ。現に向かいの士郎も美遊の士郎も、彼らの料理は彼らのものだ。確かに若さゆえの拙さはあるが、それでも和洋中満遍なく作れる腕前は、同世代の男子と比べ物にならんほど上手いと言える。そして二人とも食べてくれる人の心を常に大切にしている。料理の原点はそこだからな。あの年齢でそこがわかっているなら立派な事だと思う。

 そんな二人の士郎達はそれぞれが青春を謳歌している。向かいの士郎は現役の穂群原生だが、勉学に弓道にと毎日汗を流している。一方、美遊の兄の士郎はルヴィアとの婚約後、エーデルフェルト本家からの依頼や小用をこなすために今は欧州と日本を行ったり来たりだった。なのでエルマやクロエ達が時々様子を見に伺っていた。

 私とマルガリータも月に2回ほど通っているが、その頻度はアルトリアの家を訪問するより少ない。それはアルトリアが高校生なのもあるが、エルマや桜がよく面倒を見ているからだ。あの三人がそんな友情で結ばれるとは……何とも言えない感動だが、三人が三人とも尊敬する人としてエルヴァを挙げるところが面白い。知らぬ間に部活以外でも交流があったのだろうな。

 

 

 

 そんなエルヴァは転身した時に、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)を投影し、矢にも変えていた。エルヴァ達と初めて逢った時の事だ。エルヴァは易々(やすやす)と幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)を投影し、マスターである『凛』が張っていた結界を傷付けずに矢を放ったのだ。あの投影能力の高さと、魔術と併用した弓矢の腕前に私は舌を巻いたものだ。

 現在は偽・螺旋剣(カラドボルグ)にしてもⅡではなく、異なる性能を込めた独自のⅣにまで進化させている。そこも驚きなのだが、私は彼女が投影してくれた魔剣・グラムがまともに解析できなかった。ショックだった。何よりグラムに『魄斬り』という能力がある事を知らなかった。魔力は喰うが、腕があれば一刀のもとにヘラクレスの十二の試練(ゴッドハンド)が切れるらしい。

 そうして私は自分に足りないものを自覚したのだ。いや、前々から薄っすらとは気付いていた。だが明確に自覚したのは今回が初めてだった。だから今夏の梅干しであり梅ソースな訳だ。これは真似でも何でも無い。見習うべきはそういう工夫が思い付く、彼女の思考の柔軟さだからだ。その柔軟さと既成概念を打ち破っていくスタイル。魔術師とは思えぬ健康的な生活と健全な精神。凛やルヴィアが彼女に憧れるのもわかる。

 いや、そう簡単に『わかる』と言っては私の知っている、過去の『遠坂』に失礼か。ここは並行世界だ。凛もルヴィアも、記憶にある彼女達ではない。何より私の本来のマスターが、実は並行世界の『凛』なのだ。さらに言えば凛とルヴィアの師匠が凛の並行世界存在である魔法使いの『凜』で、彼女の師匠である大魔導師がまたまた『凜』であり、本来のマスターである『凛』の師匠でもある。

 何を言っとるのか理解に苦しむと思うが、私自身がこれを他人にどう話せば理解されるのか、上手い方法がさっぱり浮かばない。だいたい『衛宮士郎がアーチャーに至った存在』が私以外に四人も居たという事実……これが一番堪えた。もはや『衛宮士郎』という名は『忌み名』ではなかろうか?

 とあるクチの悪い大金持ちの魔女は、『キチガイ製造システム』と言い切っていた。

 

『普通は記憶を失ったとしてもです。命を救ってくれた養父に恩は感じても、余程の人格者か良い職業に就いていない限り、ずっと憧れ続けなんてしませんよ。それに長じれば養父の生い立ちなども調べますでしょう? 聖杯戦争後は養父がこの街に来た理由にも察しが付きます。不良が子猫を拾ったら『美しい』のですか? 『あれ?』となって、考え直しませんか?』

 

 こう言われれば何も言えん。だが今の私がそう感じるのも、エルヴァや『エル』の言葉を借りれば、死んだ事で人からシフトしたからだ。サバイバーズ・ギルトと聖剣の鞘で無理矢理固められた思考方法や固定観念が砕けたからだ。だから今の私は『バカも死ねば治る見込みがあるのだな』とどこか達観しているし、バカな行動を起こしそうな『衛宮士郎』が目の前にいれば『ハメられるなよ』と手助けくらいはしてやりたくなる。と言うか……。

 

『生きとし生けるもの……この宇宙と言わず、三千世界全部を救う覚悟がないなら、向いていませんから諦めなさい』

 

 と、こちらの想定外なスケールで窘(たしな)められた。更には、

 

『正義の味方の定義は? そもそも『誰かを救いたい』という行為が希望なら、そいつは自己満足に浸りたいためだけに他人の不幸を望む悪魔です。昔受けた恩を別の『誰かに送りたい』という『恩送り』なら、そのチャンスが巡るかどうかは運ですから、まずは自分の幸せを考えて人生設計するのが吉です。そうではない、みすみす不幸になるのが見えている人をこそ救けたい、救いたいというなら、それは法人を作って組織立てても難しいです。私でも地球の裏側で、たった今死んでいく人は救えません。そんなのは『神』でも無理ですよ。もしそれが願いであり理想だと言うなら、白い壁に向かって独りでくっちゃべっている者と何の変わりありません。まずは一人の人として自らの幸福を願いませんと。パンは2個あるから分けられるのですよ?』

 

 と、こんな具合だ。2個あるから分けられるに対して、割れば良いだろうと言ってはダメだ。今度はそれが1日に必要なカロリーだと言われる。それは自分が生き残るための必要なカロリーだと。だがこれは間違っていない。何故なら極寒の雪山や灼熱の砂漠での鉄則だからだ。なので砂漠で後半生を生きた経験のある私は何も言い返せなかった。

 そしてこれらが当時高校生だった『エル』という魔女の考え方であり、エルヴァの考え方でもあった。そしてこれらの会話は『エル』がこちらに来ていた頃になされたものだ。また、その真意は私の過去を非難している訳でもなかった。私もエルヴァとの1年弱を通じて、凛やルヴィアと同じく彼女を身内のように感じている。

 なので思うにだ。あれはある種のテストであり面接だったのだろう。エルヴァは大魔導師から依頼を受け並行世界に渡る場合がある。おそらくその時に私という英霊が『使える者』かどうかを『エル』やエルヴァが見ていたのだ。いや、もしかしたら大魔導師が、そうアドヴァイスしたのかも知れん。詳しくは知らないのだが、どうもあの魔導師の凜は4番目の『アーチャー』と『かつての主従』を越えた因縁があるらしいからな。こういうのも、とばっちりと言うのだろうか?

 

 そうこうする内に真一が戻った。少し気になったが『ただいま』という表情は明るい。転校先で問題はなかったようだ。友人はできたのだろうか。マルガリータがカバンを部屋に置いて手を洗って来いと言い渡した。きっとおやつだろう。量はそんなにないのだが、まだ胃の小さな子供には、栄養補給の機会はある程度あった方が良いというマルガリータの考えによるものだ。

 マルガリータは人格を持った礼装ではあるが、情がとても篤(あつ)い人だ。仲間となった我々にも親愛の情を示してくれるし、中でもルヴィアへは明確だ。これは彼女がルヴィアの事を子供時代から知っているからだそうだ。またロシア時代も近所の子供にいつも手作りのお菓子を配ったりしていたという(ロシアの女性は概して子供には親切なのだそうだ)。

 まぁ、冬場のロシアならばカロリー摂取の機会は重要だろう。この子供の体格や内臓の成長度に合わせて、成人の食事の回数とは別に間食の機会を設けるという発想は、北欧やロシアでは当たり前の事らしい。私は子供を育てた経験がないのでなんともはやなのだが、離乳食以降の乳幼児にとって『おやつ』という名の間食はとても重要なのだそうだ。

 年がら年中過酷な砂漠と違い、冬のみが過酷な北欧やロシア。そして四季折々の果物や地方ごとに銘菓などがある日本。おまけに国土が狭いので流通も良い。『食』の観点から言えばまさに奇跡の国だ。それ故に、おやつと聞くと『今の日本に必要か?』と、疑問が湧く。だが、カロリー摂取の機会というのも良く分かる。幼児には重要な事だろうと納得もできる。

 しかし真一は6年生だぞ? そこはどうなのかと考えていたら、真一が食堂に戻って来た。そこでマルガリータが出したのが、球状のミニ・パンケーキと、ワイングラスに盛ってちょうどくらいのパフェだった。

 

「あの丸いパンケーキは何だ?」

「あれは以前来られた『巫女のイリヤさん』に教えて頂いたものです。たこ焼き用の鉄板で焼くんですよ。粉も米粉を使いました」

 

 たこ焼きの鉄板か。

 

「パフェは?」

「私が作ったクリームに、バナナとキウイを少し挿したものです。真一くんの体格から容量はあれくらいでしょう。パンケーキにディップしても美味しいですよ」

 

 むむむ。焼き菓子かケーキにムースしか思い浮かばん私は日本人だな……。発想が『おやつ』でなくスイーツだ。マルガリータがこういうのも得意だったとは。いや、勉強になった…………いや、待て。たこ焼き器が既に日本のものではないか!? そもそも『おやつ=スイーツ』という私の固定観念がどこから来ていた? 西欧かぶれは私の方ではないか?!

 後でエルマから『テレビ脳』と言われた。テレビは無益な洗脳装置だから、西欧の名家ではテレビなんて置かないし、子供には見せないものなのだそうだ。イスラム諸国の過激派が目立つのも、『イスラム=諸悪の権化』と刷り込みたい『誰か』が放送局を使ってそういう放送を流しているだけだ。砂漠で生きた経験があるならわかるでしょう? と、言われた。

 実にその通りで、砂漠の民は民達で欧米を嫌っていた。何もない砂漠で産出される唯一の天然資源である石油。これがなければ彼らは輸入品が買えない。それ即ち、貧しき末端の民の死だ。搾取する側、搾取される側。王侯貴族が闊歩し、農奴から搾取していた中世の時代のままなのだ。その事を私は砂漠で知った。現代社会は、まるで映画セットのように見てくれだけを変えているだけ。中身は中世のままなのだ。人類はこれぽっちも進化していない(かつてのジイサンが言った言葉らしい)。

 つまり世界の、いや、西欧諸国に生きる人々はネズミーランドのゲストと同じで、共同幻想に陥った状態なのだ。その幻想に自分達もどっぷり浸かっていると考えない、テレビに毒された者達の考える『正義』とは何だろうか? 一見物わかりな良さそうなタイプから出る『どっちもどっち論』とは何だ? 今の私には物事の本質を見抜けぬ愚か者の戯言にしか聞こえん。

『エル』ならば『洗脳完了した奴隷』とも言うであろうか。そこはわからんが、少なからずエルマなら似たような事を言うだろう。エルマは家族や友人思いの優しい子だし、基本は常識人だ。おまけに困った人や不幸な目に遭いそうな者を放っておけない性格だ。子猫が流されているからと未遠川に飛び込み、信号が変わってしまい横断歩道に取り残されてしまった老人を助けに車道を走って、次の信号で一緒に横断歩道を渡って来るような子なのだ。先日もトロンメルと一緒になって貧血を起こした老人を助けている。

 元々エルヴァがそういう事をしていたので、それを見習っているだけとも言えるが、こうも真面目な行為が度重(たびかさ)なると『模倣』だ『真似事』だと言えるものではない。実に立派な子なのだ。だが、そんな良識ある子でも本質は魔術師であり、魔術の結晶であるホムンクルスであり、ランサーとアサシンを抱えるマスターでもあった。

 だから相手次第で意外とキツいところはあるし、一度でも敵と見做した相手にはとことんだった。『即行でシャワーを浴びて来い!』と私が怒鳴らざるを得ないほど、血の匂いをプンプン漂わせ、返り血まみれで帰って来た事もあった。まぁ、話しを聞けば凛もルヴィアもエルマを庇った。新都で恐喝されていた学生を庇い、組の名を出して恐喝していた側全員を叩きのめし、気絶寸前のそいつらが漏らした『兄貴』をアサシンが拉致し、その組の親組と警察署に『解散届け』を出したのだ。

 今もその『組』の構成員全員が行方不明のままだ。倫敦に渡る前のエルヴァはそこを心配していた。

 

『考えたくありませんが、アオレアールと何らかのコネクションがあり、売った可能性があります』

『売っただと?』

『今の中国では臓器売買禁止でしょう? なければ他所から持って来るのが魔術師ですよ?』

 

 そういうルートに噛んでいるのではないかとエルヴァは懸念していたのだ。

 そして悪党や不届き者はどこにでも居る。弱者を捨て置けない優しいあの子は、裏でそういう事をしでかしている可能性があると言うのだ。またこれらが公(おおやけ)にならなかったのは、昨年の議員や報道機関の誘拐失踪事件の頃と重なっていたからだそうだ。つまり(おそらく)現象とアオレアール達が動いた時期を見計らってエルマは、エルヴァに黙って動いたのだ。

 だから恐喝云々も、事実そういう事があったのかも知れないが、完全な難癖であり、冬木に悪党を住まわせないようにする口実だった可能性もあるという。現状、今の冬木市にはテキ屋の藤村組以外に『や』の付く者達は存在しない。エルマがアサシン達を使って締め出したのだ。

 さて、諸君。私はエルマの信じる『正義』をどうこうは言えないし、これらの行為に対する是是非を問う立場にもない。だが知り得た情報とエルマの立場だけは開示しよう。まずエルマは今年の新春1月の時点で凛と同じ『セカンドオーナー』になっていた。これはどういう事かと説明するとこうなる。まずエルヴァはこの地に残る上で、エーデルフェルトと交渉した。

 その交渉内容が、この世界でのエルヴァが知りうる限りの霊地の詳細なマップと、それぞれの霊地が根っこでどう繋がっているかの相関図の提供だった。それを引っ提げて、彼女はエーデルフェルトの霊地開発臨時顧問となった。更に報酬として開発済の霊地を得、幾つもの共同開発事業にも参画し莫大な富を得た。そして同じく未開発の霊地をエーデルフェルトを通じて魔術協会に登録した。

 そうして彼女は去年の秋までにファーストオーナーに収まっていたのだ。そこに続いてエルマはエーデルフェルトから霊地の運営権を買い取り、とあるところのセカンドオーナーになっていた。それが1月の話な訳だ。つまりこの冬木に於けるセカンドオーナーである凛に名目上は並んでいたのだ。

 

 そして『エル』から受け取った金銭や、エルヴァからの援助で霊地そのものを買い取ったのが2月だ。それらを登録し直し、晴れて新春3月からファーストオーナーに収まっていた。だからこそエルマは凛に対する仁義を通したのだ。

 現在、日本に住まうアインツベルン家の居住料、霊脈使用料などをセカンドオーナーである凛に支払っているのはエルマに他ならない(美遊の兄の士郎達が背負うべき居住料を凛に支払っているのはルヴィアだ)。これらは一般人には預かり知らぬ事だ。何より暴力団のみかじめ料と変わらんからな。だが、エルマは敢えてなぁなぁにせずスジを通したのだ。

 そしてここが大事なのだが、エルマにとっての冬木に於ける悪の廃絶は、世話になっているセカンドオーナー(凛の事だ)と、主筋であるエルヴァに対する仁義であり、向かいの衛宮家の面々が平和に生きる事ができる街にするための溝浚い(ドブさらい)でしかない事だった。つまり人助けもその人のためと言うより、この街をより良くするための意味合いの方が大きい。だから凛もルヴィアもエルマの肩を持つのだった。

 そして彼女は穂群原卒業後は大学に通いながら(英語教諭になりたいのだそうだ)、起業する計画も立てている。これはアサシン達が安心して働ける場を提供する事が目的だ。それの軸が二つあって、一つが清掃業だ。実に真っ当だが、オフィスビルといった昼間の清掃だけでなく夜間の工場清掃、孤独死や自殺後に行う特殊清掃も請け負う積もりらしい。

 そしてもう一つが探偵業だった。素行調査に浮気調査などなどだろうか? もしかしたら企業情報なども扱うのだろうか? 何れにせよアサシンにはうってつけの仕事ではないだろうか。だが、これらも自分が儲けたいからではないという。先程も言ったがアサシン達が安心して働ける場を提供する事が目的なのだ。エルマはそういう子だ。

 だが、あの子は筋金入りの魔術師でもある。大学時代、他の学生より受講数が多い教職課程を取りながら、食品衛生責任者の資格と、調理師免許を取得していたのだ。調理師免許とはあれだぞ? 2年以上の実務経験がなければ取得できないのだ。それも週に4日以上、1日6時間以上の勤務実績がなければいかんのだ。

 食品衛生責任者の資格は私もマルガリータも取得している。これはメイドを全員フィンランドに返す時に取っていた。だがそれは衛生に関する講座を受講したという証明のようなもので、誰でも少し勉強すれば取得できるものだ。だが実務実績が必要な調理師免許だけは違う。

 実際は免許がなくとも店を開く事は可能だし、メリットは『調理師』を名乗れる事くらいだろう。だがそれでも効果は大きい。エルマは免許取得後、ハラールの食材を使った持ち帰りとデリバリーの弁当店を起ち上げた。それが予想外に繁盛して、冬木にはこんなにムスリムが居たのかと驚かされた次第だ。これもアサシンの中の料理が得意な者を活かすためだった。

 また、学園生時代からランサーにも料理を教える傍ら、様々な資格や免許を取らせていた。今のランサーは大型トラックやバスが運転できる。これも彼が自立できるための手段だった。

 

 以上で大体わかっただろうか? エルマは自分の正義なんて、これっぽっちも考えていないし求めていない。それを他人に押し付けようとも考えていない。ただ、エルヴァと衛宮家の人々のためと、凛やルヴィアのために動いているだけに過ぎない。これをして『機械的だ』『所詮はホムンクルスか』とは言えないだろう? ロボットのようだった昔の私より、余程人間的だと思わんか?

 更にもう一つ、これも知らせよう。欧米の先進国の中で一番食品添加物の多い国はアメリカで、その数がおよそ130種類以上だ。ああ、ジャンクフードの国だ。酷いものだよ。では日本は? その数が実に1500種類以上だ。覚えておき給え。先進国で癌患者が一番多い国が日本なのだ。

 農薬、野菜などの洗浄液、加工肉などで使用される結着剤に発色剤。これら怪しげな添加物が認可され、流通に乗る唯一の先進国が日本なのだ。しかも海外から仕入れても、ある特定の期間が過ぎたり、日本で加工すれば堂々と日本産と名乗れるユルユルな制度。そして本来なら、こういうグレーな事をこそ報道しなければならないのに、その責務を放棄している報道機関。

 どこが社会の木鐸か。木製なら燃やし、金属製なら鋳直すべき腐った存在に成り下がっている。が、そんな穴だらけの制度を許しているのは政権与党であり、各省庁であり、そんな与党に献金する、その制度を利用して儲けたい企業だ。君達の納める税金はそんなイカれた政治家と官僚という名の寄生虫を生かすための給料に消えて行くのだ。

 その税金も社会のインフラ整備や福祉のために使われているかどうかは怪しい。真実は謎なのだ。なぜならその収支報告もそいつらが出すのだからな。更にそれらが正しいかどうかを一般人に知らせるための報道機関までもが腐っていると来たものだ。言い換えれば、日本だからこそここまでの不正が横行しても持ち堪えていたのだ。そして君達の中の何人が家庭を築けた? 何人が子供を残せた? 何人がクルマなどを買えた? 君達は国是として徐々に断種させられ、貧困の果てに根絶する事を望まれているのだ。だが、今後はわからん。昨年の現象事件以降、各国の政治がどんどん変わっているのだ。

 現象とは英霊を使った世界革命であるとは私でも言えない。本当に今後どうなるのかわからんのだ。ただ、エルマとトロンメルは楽観視している。マルガリータも楽天的だし、凛とルヴィアも特段変化はない。この傍観しろという態度こそが答えなのだろうか? その当時の私は『今日は何を作ろうか』と、現実逃避していた。何故なら動きようがなかったからだ。

 だが香港のアオレアール然り、冬木のエルマ然りだ。彼女達は世界の動向の三歩先、四歩先を視ていた。エルマのハラール弁当は宗教的な選別だけでは無かったのだ。流通ルートから生産地での扱い、育て方まですべて明確にしてあったのだ。そして新中国で生産される野菜や果物の幾つかもいつの間にやらハラール認可を受け(おそらくアオレアールのアサシン達が監修し、生産者は中国内の回教徒だろう)、生産地や肥料のやり方までが明確にされた『ブランド物』に切り替わっていた。

 虫除けの農薬は適宜使うので完全なオーガニックではない。それでも、化学化合農薬でなく有機農薬の濃度をコントロールして使用するので安心感は違う。また更に上のブランドとして、完全オーガニックなロシア物や中国物が出回り始めたのがエルマが大学3年生頃だった。それに応じるようにしてテレビのニュースも産地偽装だけでなく、日本の制度のおかしさを次々とすっぱ抜くようになっていた。世界は本当に変わったのだ。だがそれは近未来の話だ。

 2005年今現在の私は、

 

『ああ、ランサーやゾウケン達は無事に仕事を終えただろうか?』

 

 と、厨房で益体もなく呟くばかりだった。

 

 

 

 

 

 何もする事がなかった私は、自室のラジカセで音楽を聴いていた。曲はシューベルト(1797-1828)の交響曲大ハ長調だ。若死にした天才を惜しむ気持ちからなのか、シューベルトという作曲家の作品は、書きかけであろうが、途中で飽きて捨て置かれた断片であろうが一切構わず楽譜が管理された。それがシューマン(1810-1856)とシューマン夫人(1819-1896)の功績だ。

 この交響曲大ハ長調もシューベルトの死後、シューマンが楽譜を発見したもので、同じハ長調の交響曲が二つあったので演奏時間の長そうな方を『大』をグレートとしただけで、『偉大』という意味は一切ない。だけどこれほどの名曲を発表する機会がなかったシューベルトを思うと胸が痛む。彼の歌曲が有名だったのは当時からで、出版社も音楽家仲間も彼を歌曲の人と見做していた。だけどそのレッテル貼りが繊細な彼をして発表させなかった。病に冒され気が弱くなっていたのもあったろう。実に残念だ。

 ところで当時のシューマン婦人は既に一流のピアニストとして有名で、夫のシューマンはたまに作曲もする、一批評家でしかなかった。シューベルトの遺稿を数多く世に問うたところは偉いのだが、その大仰な論調は飽きられつつあって、その内新聞に取り上げられなくなった。なのでお金のないシューマンのために、婦人はコンサートをよく開いていた。そうやって糊口を凌いでいたのである。

 だから婦人が幾ら気を遣っても、周りはそうは見ず、夫のシューマンを付き人かヒモのように眉を顰めて見ていたそうだ。夫婦のあり方なんて人それぞれだと言えるのは現代だからだ。ロベルト・シューマンの生きた1800年代前半は、江戸時代後期から末期に掛けてで、シューマンが元気な頃は、ちょうど徳川家斉が大御所として好き放題していた文化・文政期でもあったのだ。

 ゾウケンくんや遠坂永人さん、ユスティーツァ様が大聖杯を設置したのが、天明の大飢饉のおよそ10年前だ。おそらく1770年頃だろうと思う。これは江戸時代後期に入った宝暦・天明期で、田沼意次が幕政を動かしていた頃だ。

 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(ジョージ・フレデリック・ハンドル(※))(1685-1759)、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)、ニコロ・パガニーニ(1782-1840)、カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826)、フランツ・シューベルト(1797-1828)、フレデリック・ショパン(1810-1849)、ロベルト・シューマン(1810-1856)、フランツ・リスト(1811-1886)、リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)、アントン・ブルックナー(1824-1896)、ヨハネス・ブラームス(1833-1897)、ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)、グスタフ・マーラー(1860-1911)、クロード・ドビュッシー(1862-1918)、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)、ジャン・シベリウス(1865-1957)、モーリス・ラヴェル(1875-1937)……。

 

※)ヘンデルは英国に帰化している。なので英語読みの名前が正式名となり、英国人は彼を『ハンドル』と呼んでいる。また、有名な『水上の音楽』も、西欧のどこかの宮殿の庭にある池や湖の音楽でなく、テムズ川がモチーフである。

 

 作曲家以外でならマリー・アントワネット(1755-1793)、カスパルス・ファン・ハウテン(1770-1858/ココアで有名なバンホーテンの創業者。チョコレート工場を開いたのが1815年、ココアパウダー分離の特許取得は1828年だ)、フランス革命(1789-1795)と、こう書けば何となく歴史の流れや繋がりがイメージとして想像きるのではないだろうか。

 ここでカスパルス・ファン・ハウテンを取り上げた理由は、最初の産業革命(1760-1830頃とされる)とほぼ被るからだ。つまり彼が生きた時代は魔術が衰退し、世の神秘が遠ざかって行きつつあった時代でもあったのだ。要は化学の台頭であり、医学が大きく発達していく時代だった。

 そう言えるのは産業革命だけでなく、チョコレートにもある。チョコレートは東インド会社が南米のカカオと東南アジアのサトウキビを持ち帰ったものから始まった。それを科学者や機械技術者が今のように発展させたもので、その昔は薬代わりの苦い飲み物だったからだ。だからモーツァルトの時代にチョコレート菓子はなかった。お茶の葉がやっとの時代なのだ。なので映画『アマデウス』でコンスタンツェがサリエリ(アントニオ・サリエリ/1750-1825)からチョコを貰うシーンは創作だ。

 また悪妻とされるコンスタンツェだけれど、生前の放蕩三昧だったモーツァルトが遺した借金をすべて完済したのはコンスタンツェだったりする。一見華々しいモーツァルトだけれど、彼はギャンブル中毒で、おまけに人の善意を踏み倒す極悪人であり、事あるごとに『うんこ』を連発する教養なき下品なバカだった。

 これは音楽以外の教育を父親が施さなかったためだ。幼少の頃からその才能を貴族の見世物として父親は小金を稼いでいた悪党だ。なのでモーツァルトはその作品が無ければ、幼稚園児なみにしか振る舞えない常識知らずだった。サリエリでなくとも怒って当然のどうしようもないクソ野郎だったのだ。

 また、コンスタンツェの旧姓はウェーバーで、『魔弾の射手』を書いたウェーバーとは従姉弟であり、実家はそこそこ身分も高く、子供達にきちんと教育を施す立派な家だった(だから宮廷に出入りできた)。そしてその実家は現在のバーデン=ヴュルテンベルク州にあったそうで、同州のバーデン=バーデンへはよく湯治に出掛けていたそうだ。

 一方のサリエリはウィーン楽友協会の黄金ホール(ニューイヤーコンサートで有名なホール)の設計や音響に協力したり、ベートーヴェンのコンサートに尽力したり、晩年にはシューベルトを一時的に指導したりと、とても立派な人格者だった。映画『アマデウス』はイタリア系のサリエリを貶めるやっかみ混ざりの当時の噂話を誇張・改悪したデタラメな映画だ。ただ、エンターテイメントとしては面白い。

 

 

 

『ゾウケンくん! ヘブンズフィール(聖杯戦争)より、生(ナマ)ベートーヴェンでしょうに!? もし、お逢いできて生演奏まで聴かせて戴けたら、それこそがヘブンズフィール(天国的体験)でしょう!?』

『な! 天国的体験か……。本当じゃの……儂の人生は悔いる事ばかりじゃったわ』

 

 楽聖の存命期間に生きていながら一度も逢えなかったとは……。いや、逢おうとも思わなかったとは。記録に拠るとユスティーツァ様は音楽好きで、チェンバロやピアノを嗜まれていたそうだ。だから森の館へは大量の楽器が持ち込まれたという。きっと大聖杯の礎となられる前の準備期間は音楽を楽しまれた事だと思う。

 またお姉様は『ここではどうなるのかわかりませんが』と前置きして、森の敷地内にある館とは別の別荘に『エル様』の世界では結構な数量の楽器や食器類が時間凍結されて残っていたそうだ。そんな中に本物のストラディヴァリのヴァイオリンにヴィオラ、チェロ、たくさんの楽譜があったと仰った。なお、あちらの館は新しく建て替えられ本当に倉庫というか保管庫にされていて、別荘にあった歴史的な名品の数々を保管しているそうだ。

 

『ストラディヴァリで一番貴重なのは現存数からもヴィオラとチェロの方です。ですので『エル』はヴァイオリンを凜に譲っていましたね』

 

 魔法使いの凜様がピアノ以外にヴァイオリンを嗜まれるのは知っていたが、本物のストラディヴァリを持っているとは知らなかった。ならここにも残っているのではないかと思ったが、前置きの『ここではどうなるのかわかりませんが』は、相続するのがクロエちゃんなのかエルヴァちゃんなのかがわからないという意味なのだと漸く気付いた。

 だけど……。もし、ゾウケンくんがヴァイオリンを弾けたなら、ユスティーツァ様とヴァイオリン・ソナタを試せたろうにと残念に思う。ベートーヴェンの遺した名曲『クロイツェル』ソナタは1803年の作曲だから無理でも、モーツァルトの初期のものなら楽しめた気がするな。好きな人に好きと言えず、『崇高な目的が……』って、モテない男性の言い訳だよ。

『君が生き延びる以上の理想なんてこの世にない』とか言って、ゾウケンくんにはユスティーツァ様を止めて欲しかったな。

 

 

 

 なお、シューベルトの大ハ長調を『天国的長さ』と言ったのはシューマンだ。この交響曲の完成は1826年頃で、シューマンが発見したのが1839年だ。日本では第二次聖杯戦争がいよいよかという頃で、天保の大飢饉が起きた頃でもある。きっと馬鹿みたいに霊脈から魔力を吸い上げ準備をしたのだろう。碌な事をしてないな、魔術師は。しかもゾウケンくんは、こんな時代でも堂島の米相場で大儲けしていたのだ。

 その天保の大飢饉が1832年からで、大塩平八郎の乱が『嫌味な役人倒せ』の1837年だ。アヘン戦争で清が敗北したのが1840年で、幕府が異国船打払令を改めて薪水給与令を出し、柔軟路線に転じたのが1842年であり、ペリーが日本との交渉を持ち掛けて来たのが1853年である。正式な年号は不明だけれど第二次聖杯戦争前夜、ゾウケンくんは香港に出向いて触媒となる聖遺物を買い付けていたらしいから、この幕末から明治のどこかで起きたのは間違いないだろう。

 その後の第三次は『二・二六事件』も絡むので、1936年頃なのは間違いない。そして第四次が1995年頃だ。第二次だけ周期からのズレが大きく感じるのは、第一次前の魔力吸い上げと天明の大飢饉が大いに関係あるらしい。まぁ、その時に日本の霊脈を相当ズタボロにしたんだろうね。そしてその反省が全然活かされず、第二次前に天保の大飢饉を起こしている。本当どうなんだと思うよ、私は。

 

 その昔、ベルリン陥落でソ連に接収された数々のテープに入っていた、1942年のフルトヴェングラー指揮/ベルリン・フィルのグレート。せっかくの名演奏なのに、聴くたびにこういう聖杯戦争に纏わる事を思い出して気が滅入る。だから、私はいつの間にか勉強机に突っ伏して眠ってしまっていた。

 

『『エル様』なら平八郎の乱に乗じて農民にお金をバラ撒いたろう。ついでに自分の懐にもお金を入れただろうけど。でも少なからず幕藩体制をもっと早く終わらせていたと思う。そうしてノコノコやって来る船の本国を支配下に置いていった筈だ』

 

 そんな妄想滲みた夢を見ていた。そこを起こされたのは誰かが私の鼻を摘んだからだった。

 

「な、何?」

「ただいま。『私』ですよ」

 

 ああ、新都に行ってくれてた方か。その後、日用雑貨は既に下で片付け終えた事、トロンメルへの本を手に入れた事、探していたCDを何枚か手に入れた事などを話してくれた。

 

「ありがとう。ご苦労さま。じゃ、戻ってくれて良いですよ」

「嫌です。しばらくこのままで」

「どうして?」

「あの肉じゃがの美味しさは共有したくないからです」

「は?」

 

 ベッドに腰掛けイタズラっ子っぽい含み笑いをする、もう一人の私。こうして客観的に見ると、去年より大人びた顔つきになった気がする。まぁ、自分でも胸が大きくなってきたなぁと自覚はあったけれど……。

 

「それって反乱?」

「何を言って……。そもそもあなた自身が『エルマ本体』でもないでしょう?」

「まぁ、そうだね。ワルキューレを使っている間は対等だね」

「そうだよ。自分自身に優劣をつけないで」

「なら、共有したくない肉じゃがの味って何よ?」

 

 自分同士で言い争っても不毛なので、あちらも私も苦笑するばかりだ。そして学園に行っている方が戻ったら正直に話すし、その後元に戻ると約束してくれた。これも個性なのかなぁ。彼女だけ、こういうプチ反乱を時々するのだ。だけど私も他の私も、彼女が一番面白いと考えている。

 そして元に戻ったら、この子にもう一度逢いたいと願う私と、この子として私にあれやこれや言うのを楽しいと感じている私も居るのだ。ワルキューレはそういう意味で扱いの難しいカードだけれど、慣れれば自分の意外な面が知れて面白いのだった。

 

 

 

 

 

 音楽室の戸締まりを終えれば、右腕に着けた腕時計が6時前だった。バンドの練習中から気付いていた事だけれど、窓の外はもう雨が振り始めていた。特別棟の廊下に誰も居ない事を確認してから、先輩と抱き合い唇を重ねた。5分くらいそうした後、職員室に寄って鍵を返した。それから下足室でポンチョを羽織って校舎を出た。

 

「帰り、気を付けろよ。結構降ってるぞ、これ」

「ですね。先輩も落車しないで下さいね」

 

 自転車でコケる事を『落車』と言い始めたのは姉さんだった。どうもロードレース用語らしく、それが正しい言葉なのだとその時に初めて知った。その事を近藤先輩にも話してあったのだ。また、ギターを弾く私が腕時計をしているのも姉さんの影響だった。校内は教室の前や廊下、窓から見える中庭に時計があるので無くとも困らないのだけど、軽音部の練習中はスタジオ兼用の倉庫に交代で入る順番があるので自前の時計が必須だった。

 そしてギターやベースの人は大抵腕時計を右腕にはめていた。勿論左腕にはめても、外してスカートのポケットに入れていても誰も咎めはしない。だけど私達2年の女の子は、軽くて小さくて少しお洒落な時計を皆んな持っていた。これは姉さん達の学年の影響でもあった。あの学年の先輩方は皆さんキメる時はキメていらした。だから姉さんもシチズンのちゃんとしたのをハメていた。

 それなのにギターをバリバリ弾いていたから私も外さなくなったのだ。だけどエルマから『弓道の時は外していた』と聞いて、『本業はあっちだよね』と妙に納得してしまった憶えがある。爪を伸ばさず整えて、いつも指先を綺麗にしていたのも、弓道のためとお料理のためだったのだ。それに校則違反になるような事はしない真面目な人でもあった。

 だけど、ソックスや足袋で隠れる足の小指にだけマニキュアをしている事をエルマに教えられて『姉さんも女の子だなぁ』と改めて思ったものだ。だからその小指のマニキュアをお風呂で確認したときに『じ~ん』とした。エルマに教えられるまで、気付かなかったのだから私も大概だ。

 そんな隠れたお洒落、姉さんの『可愛いトコロ』を知るにつけ私は自分では気付かない内に変わって行ったのだと思う。まさか1年生の間に彼氏ができるなんて思いもよらなかったな。

 

 ゆっくりゆっくりと自転車で坂を下って先輩と別れた。坂を降り切った先の交差点で、先輩は隧道の方へ、私は洋館街の方角へ左右に別れる。姉さんと吉川先輩がお付き合いを始めた頃に隧道は無かった。だから近藤先輩は交差点で曲がらず、真っ直ぐ走って冬木大橋を渡って帰っていたし、それは吉川先輩もそうだった。

 だけど私の行動範囲が拡がり、近藤先輩からも教えられた事で、吉川先輩がどれだけ姉さんを思っていたのかを知る事ができた。実は吉川先輩のお宅は隣の市なので、学園坂を使わず、円蔵山を反対に降りる方が近いのだ。それをぐるりと回って通っていたのは姉さんが編入して以降だという。つまり、どこかで見掛けて一目惚れだったらしい。ただ姉さんが気付いていなかっただけで。

 半分英霊で、魔術師で、誰よりも人の視線や気配に敏感なのに、吉川先輩を意識し始めたのが体育祭以降って……。あれから1年経って私達も2年生だ。修学旅行を終え、初めて迎えた体育祭もあっという間に終わってしまった。私個人の感想としては自分の体育祭より応援に行った小学部の運動会の方が楽しかった。

 なお、この辺の話しを私が端折っているのは、私自身が5年生や6年生という小学校時代を経験して居ないからだ。だから個人としてイリヤちゃんやクロエちゃんを応援できても、そこに郷愁も感慨も何もない。なので運動会もエンターテイメント的に楽しめた(実際、良かった)という意味なので端折ったのだ。その内、修学旅行ともどもあの子達が語ってくれると思う。

 ただその運動会は切嗣さんがスチール・カメラマンなのは当然だけど、エルマがアサシンのビデオカメラマンを選抜していて、それらの映像を編集して、衛宮家と美遊ちゃんの家、倫敦(姉さんに)、カリフォルニア(あちらの姉さん)、そしてスイス(こちらはお館様とエルヴァちゃんに)に送っていた事だけは知らせておこう。

 

 家に到着し、いつもの場所に自転車を止めポンチョを脱いだ。襟元から染み込んでいたのか、結構制服の襟が濡れていた。『ただいま』と玄関で声を掛け、2階の自室に入ったら即座にノックされた。既に私服に着替えているエルマだった。だけど階下で『ただいま~』というエルマの声がした。ワルキューレなのは分かっているが、どうしてこんな時間まで?

 

「ギターを置いたら、さっさと脱ぐ。あっちのとあなたのと、今朝私が着ていたのを一気に洗うから」

「それでワルキューレで分けたままだったの?」

「ううん。戻りたくないってプチ反乱を起こされた」

 

 この時、私は『ああ、あのエルマか』と思った。この意味はエルマ本人から聞いていたのだ。一人だけ個性の強い『自分』が居ると。だけど取り敢えず、今回は何故分けたのかと、本日の大まかな流れを訊いた。そこは『初登校の真一くんを私に代わって送るため』が主で、二に『日用雑貨と私へ贈る本を買うため』、三に『学園に行くため』だったとすんなり分かった。

 実際、受け取った本は嬉しかったので、当人に直接お礼を言った。日用雑貨の買い出しも労った。勿論、真一くんのために小学校まで付き添ったというエルマにもお礼を言った。だけど学園に行くのは学生なら当たり前の事なので、そのエルマには何も言わなかった。だけどこの三人。同じエルマなのに個性の差を感じる。

 ワルキューレの個性が明確にバラけ始めたなぁと私が感じるのは夏を過ぎた頃なのだけど、こんな頃から少人数での分裂だと明確に『あ、このエルマだけ違う』と感じられるのがわかった。今回だと買い出しに出ていたというエルマだ。そしてその『買い出しエルマ』と比べると、『学園エルマ』は大人しめで、『見送りエルマ』は軍師のように感じられた。リーダーって訳じゃないだろうに。

 こんな不思議で微妙な違いがあったなんて。当のエルマはもう少し前からそれぞれの違いがわかっていたそうだけど(本人だから当然だ)、新しく気付いた私には驚きだった。なのでこれは良い機会だと考え、私の方から地下のランドリールームで話し合わないかとエルマ達を誘った。そう考えたのは今の内に話し合って、もっとワルキューレを把握した方が良いと思えたからだ。

 だから残る四人を出せないかと、三人のエルマに話してみた。すると二人しか出て来なかった。

 

「え? 二人?」

「お話は聞いておいてくれだって」

 

 ボイコットだった。しかも出て来た二人も『チェッ』とか『何だよ~』ってめっちゃ面倒臭そうだった。服装は二人ともペンギンのイラストがあるスウェットだったから、どこかヤサグレたヤンキーっぽい。と言うか今にもツバを吐きそうな顔だった。エルマは真面目で優しい性格だけれど、相手が横暴で理不尽なら、全く言う事を聞かないし不満な態度を隠そうともしない。

 姉さんと同じように真面目で曲がった事が嫌いなタイプだけれど、ケンカを売るのを厭わないタイプでもあった。だからある意味では姉さんより怖いところがあった。例えばゾウケンくんは、鶴野さんの奥さん、つまり慎二くんのお母さんを蟲の餌にしちゃった訳だけど、エルマはこれを聞いても許していた。

 それは奥さんが浮気していたからだ。魔術師の家に嫁ぐというのは、秘密を共有する仲間になるという事だ。門外不出の秘密を浮気相手にポロッと漏らせば、最悪は魔術協会に間桐家が抹殺されかねない。だからゾウケンくんは奥さんの口を封じたのだった。これを聞いて私も納得した。

『エル様』なら、身内がそんな事をしでかしたら記憶を消して放出だろうけど、間桐臓硯にはそこまで完全な記憶操作の魔術が無かったのだろう。それで鶴野さんにしてみても、浮気の事実を知っていたか知らなかったのかはわからないけど、真相を知って『仕方ない』と納得してしまったのだと思う。

 ただ、そんな裏切りが桜への虐待に繋がって行った可能性もあるから、問題の切り分けは大事だなと思う。まぁ、その辺はエルマとゾウケンくんが話し合えば良い。

 

「き、嫌われてるの?」

 

 私は思わず最初の三人に訊ねた。だけど三人は困惑しながら首を横に振るばかりだった。だけど黒とピンクのスウェットの二人は私を洗濯機に押し付けんばかりに迫り、『聞いてよ、トロンメル』と訴えて来た。私はエルマの事を姉だと思っているし、尊敬している。また、姉妹として心が通じあっていると信じている。そんなエルマが妹である私に懇願するように訴えて来たのだ。

 

「カードで分裂したとしてもさ、皆んな同じ私なワケ。わかるでしょう?」

「そ、誰が偉いみたいな上下なんてないの。皆んな平等なのよ」

「なのに、いっつもあいつが偉そうにああしろ、こうしろって」

「で、あいつ。あの腰巾着め。ムカつく~~」

 

『偉そうなあいつ』とは、真一くんを送ってくれた『見送りエルマ』の事だ。そして腰巾着は学園に行っていた『学園エルマ』だった。新都に行っていた『買い出しエルマ』には、特に何も不満は無いらしい。だけど私が『見送りエルマ』を『軍師』っぽいと感じたのは間違いないようで、二人は彼女に不満があるみたいだった。念のために言おう。このランドリールームに居るのは、私以外全員エルマだ。

 こんな素っ頓狂で奇天烈な状態に陥ると、人は自然と客観視、あるいは客対視して、自分を無意識で意識の外側に置こうとするものだけど、この時の私は何故かエルマの思いを受け止めて、自分の中に取り込もうと思った。『取り込もう』というのは深く理解しようと考えたという事だ。そうして考えて、何となくわかって来た事があった。

 

「これ。依怙贔屓とか差別とかじゃなく、ワルキューレの仕様じゃないの? もしかしないでも分裂の順番に文句を言ってる?」

 

 つまりワルキューレのカードで転身したら、最初はエルマ一人だろうけど、分裂の能力を使えば否応なく一人目が『見送りエルマ』になって二人目がおそらく『学園エルマ』、三人目が『買い出しエルマ』だ。こんなの仕様としかしか言えないし、文句があるなら『見送りエルマ』じゃなく、カードを作った『エル様』に言うしかないんじゃないのかな?

 だけど現状『エル様』には逢えない訳だし、文句なんて言って良いお相手でもない。出て来ていない二人はそれがわかっていて、ある意味『賢い』のかも知れない。そしてこの睨み合いと言っていい状態なのに、『学園エルマ』も『買い出しエルマ』も止まった洗濯槽から、エルマと私の制服ブラウスとスカートを取り出してシワを伸ばし、それを黒スウェットとピンク・スウェットのエルマが受け取ってハンガーに掛けボイラー室へ干しに行っていた。息ピッタリだ。

 

「やっぱりどう考えても仕様だよね?」

 

 戻った黒スウェットとピンク・スウェットは、私から目を逸らせた。やっぱり、自分でもわかってるんだ。何なの、この姉どもは?

 

「もしかして私で遊んでる?」

 

 また目を逸らせた。図星か……。私は『ピンク・エルマ』のスウェットを摘んで言ってやった。

 

「エルマ、趣味が悪いよ。正直、ダサい」

 

『ピンク・エルマ』の顔が真っ赤になった。だけど本当に趣味が悪いぞ? 姉さんが見たらどんな顔をするだろう。

 

「あ、あ、あなたに言われたくないのよ!」

 

 すると『ブラック・エルマ』と『見送りエルマ』が私の肩を叩いて首を横に振っていた。『わかっているなら、もう言うな』とばかりに。だから一同の顔をぐるりと見渡してから、自分の考えを話した。

 

「分裂はきっと宝具の中で行われていて、本物というか本体のエルマは宝具の中なんだよね?」

 

 ワルキューレのカードだけそうなんだと思う。それがあっての分裂機能なんだと。そしてその時の『分裂したてのエルマ』は裸なんだ。だから宝具に取り込んである緊急時の『お泊りセット』を着て来るしかなかった(出先で誰かに貸すか、自分で使うにしても予備の予備なのだと思う)。つまり今の『ピンク・エルマ』も『ブラック・エルマ』もスウェットの下は下着も着ていないのだろう。

 それは女の子ならヤサグレて当たり前だ。対人が余り得意じゃないから愛想がないと言われる私でも、毎日お風呂に入るし、近藤先輩とデートじゃない日でも、服も下着も髪もちゃんとしている(三葉虫柄のパンツを持っているのは秘密)。これも女の子なら当然の事だ。しかも私達は『人様に仕えてナンボ』なホムンクルスでありメイドだ。下着無しならそれは腹が立つと思う。

 

「また逢えるようになってからだけど、言い難いなら、私から『エル様』に言おうか?」

「「言わなくていい!」」

 

 五人同時に声を揃えて言われた。やっぱり私で遊んでいただけのようだ。その後、エルマ達はサクッと一人に戻った。それで私達は晩ご飯を頂きに食堂に行った。真一くんと凛さん達は既に食事を終えていた。凛さんとルヴィアさんは部活をしていないので、私とエルマが遅い時は先に食べていて欲しいとお願いしてあるのだ。

 真一くんは小学生だからアーチャーさんかマルガリータさんが先に食べろと薦めたのだと思う。イリヤ姉さんはわからない。朝は家で食べる事が多いが、お昼と晩ご飯はアルバイト先のまかないで済ませたり、アルバイト帰りに食べて来たりするからだ。ただ、電話はアーチャーさんなりマルガリータさんなりに、きちんと入れているらしい。

 

 

 

 それで晩ご飯、お風呂となって、乾いた洗濯物にアイロンを掛けて部屋に戻ったのが今しがただ。ちなみに晩ご飯のメインは牛さがり(ハラミ)の生姜焼きだった。とても美味しかった。お味噌汁もお豆腐と油揚げにネギと私の好きな具だった。それと春キャベツの糠漬け。男の子ならご飯を最低三杯は行くだろう。私は一杯半だったけれど(エルマも一杯と二口分くらいだった)。

 なお、私とエルマは三角食べは出来るようになったけれど、口中調理が苦手だ。これはルヴィアさんもマルガリータさんもそうだ。日本生まれの日本育ちと言っても、やっぱりバックボーンの文化が違うんだよねぇ。丼ものも具→ご飯→具→ご飯を一度飲み込んでは繰り返している。

 それはさておき、生姜焼きが美味し過ぎた。基本のタレ(お酒、味醂、醤油)に、刻んだり卸した生姜や玉ねぎなど加えて炒める料理だから誰でも作れる。けれど、ハラミは初めてだ。別にお肉は豚肉でなくても良いというのはわかっている。鶏胸肉でもササミでも良いし、つくねでも美味しくできるだろう。だけどハラミがここまで合うとは。

 とは言え、この生姜焼きという料理の始まりの発想は、臭み抜きの薬味である生姜をどう活かすかだった筈だから、鯵のなめろうを焼いた『さんが焼き』をベースに考えても良い訳だ。だから内臓であるハラミも合うんだろうね。と言うか欧米がポークジンジャー止まりなのは、『なめろう』もタタキも無いからだ。姉さんもこの手のアレンジが好きな人だったから、カツオやカジキの生姜焼きなんてのも作っていた。

 それとエルマやアーチャーさんもこの手の料理が得意だったりする。それはアサシン達も砂漠の民で豚肉を避けないとダメな人が居るからだ。またラム(生後1年未満の子羊肉)やホゲット(生後1年~2年未満)はともかく、マトン(生後2~7年の羊肉)ともなれば独特の臭みが強い。

 だからハーブ(特にローズマリー)や香辛料(カレーは本来臭み抜きのための料理だ)が欠かせないのだけど、臭み抜きはシンプルな方が素材の味が活かせるものだ。そこをアーチャーさんは研究した事があるそうで、そこでもやはり日本の『つみれ』や『つくね』が参考になったという。

『つみれ』は摘み入れるが語源で、主に汁物に入れる食材を指すらしい。『つくね』は捏(つく)ねるが語源で、主に焼く食材を指すという。つまりなめろうを焼くさんが焼きもハンバーグやミートローフも、日本の料理的に言えば『つくね』の一種で親分的存在らしい。それとイワシの団子汁のように精肉を叩いたり擦り潰してもあまり美味しくないのだとか。これは『肉感』が消えるからだそう。

 イワシの団子汁にゴボウやニンジンを入れるのは、歯ごたえや食感が欲しいからで臭み抜きの意味はないらしい。だから粗挽きの挽き肉に薬味を加えて混ぜ合わせ、手で丸めるかスプーンで掬ってお鍋に入れるのが正解なのだそうだ。だけど、そういう『つみれ』を皮で包んで餃子や焼売状にしてしまえば、焼いても揚げても使えるし、文化の垣根を飛び越えてポトフの具にもなる。

 勿論、こんな事するのは姉さんで、アーチャーさんもびっくりしたそうだ。そういや、スープにミートローフを落として煮込む方法は西欧には無いらしく、そういうレシピがもし本に載っていたら、考えたのはまず日本人なのだとエルマが話していた。これも『つみれ』という食材とお魚を食べるという文化が先にあったからだろうね。

 中国の餃子が蒸しや茹でなのも中国人が皮を主体に考えているからで、うどんのようにモッチリ感や食べごたえが重要視されているらしい。対する日本が薄皮の焼き餃子ばかりなのは具を主体に考えるからだそうだ。この場合は『つくね』になるのかな? それでイリヤ姉さんが言うには、行き付けのラーメン屋さんの餃子が飛び上がるほど美味しいらしい。姉さんはまだそこを知らないそうだけど、アーチャーさんは『確かに美味かった。一度入ってみるべきだ』と話していた。今度、先輩と行ってみようと思う。

 

 また、姉さんはアーチャーさんとジンギスカン料理について討論した事があるそうだ。何でジンギスカン? と思ったら、あれって羊肉だから、良い題材になったらしい。つまり下処理や下拵えを含んだ臭み抜きや、薬味をほとんど使わないタレに魅力を感じたそうだ。まぁ、羊肉の場合はマトンを避けてラム肉を選び、生姜焼きにしてしまえば普通は気にならない。

 ブロック肉の段階で少し臭う場合は、脂をしっかり取り除き、牛乳などに浸けると良いらしいね。それとお味噌に漬けて味噌焼きなんかも良いそうだ。だけどジンギスカンは違う。あれってリンゴを使うのだ。そしてこのリンゴの臭み抜きはジンギスカンだけでなく、焼肉などにも使われるようになった。

 そうして焼肉屋さんは事前にタレに漬けるところも、食べる時のタレしかないところでも、味がフルーティになって行き、遂には市販の焼肉のタレもどんどんと甘酸っぱくなって行ったのだそうだ。こういうのを調べる人って何だろうなと思うけれど、それが姉さんだからどうしようもない。間違いなく姉さんの料理に対する情熱は、錬金術や魔術のそれ以上だ。

 それで生姜焼きでなく、卸したリンゴを使ったアップルソース焼きなんてのを作ってくれた事があった。これがまた美味しいのだ。これも豚、鶏、牛を問わない。酢豚にも使えるから興味のある人は試してみて。だけど女性の感じる美味しさと、男性の感じる美味しさは微妙に違っているらしく、アーチャーさんは生姜焼きの方が美味しく感じるそうだ。

 またコマ肉の生姜焼きの場合は、片栗粉でのコーティングを事前にした方が生姜のタレが絡んで美味しいそうだ。片栗粉と調味料をまぶして食材の肉を揉むのは中華料理の仕込みの定番らしいけれど、タレが絡むのと同じ理屈で油もかなり吸うそうだ。だからアーチャーさんは一長一短かも知れないと話していた。なので一度揚げる方向でも考えているらしい。

 この一度揚げるというのも中華料理の仕込みの定番で、野菜などを炒める前に行う『素揚げ』という技法だそうだ。これをすると野菜が色鮮やかになりしゃっきり仕上がるらしい。しかも思ったより油を摂取しないで済むのだという。また臭み抜きにもなるそうで、レバニラ炒めのレバーは素揚げしているお店としていないお店だと、その差は歴然とあるのだとか。そういや姉さん、野菜炒めの前によく食材を揚げてたなぁ。あれはそういう事だったのか。

 でもアーチャーさんは野菜炒めでも揚げないよね。どうしてって訊くと、先入観で揚げる方が油を摂取すると思っていたかららしい。だけど野菜の固さや火の通り加減で炒める順番や炒める長さを調整しているし、そっちに慣れてしまっているからだそう。でも今回のような生姜焼きだと野菜は玉ネギ一種だから、お肉をもっと活かす方法はないかと前々から考えていたらしい。だけどまだまだ試作の段階で、食卓に載せるオーケーを出せないのだそうだ。

 こういう自分に甘くない人は偉いと思う。それにこの家は女の子ばかりだから、アーチャーさんは基本マヨネーズを添えないのだ。その代わりと言っては何だけど、かいわれ大根を大量にお皿に敷き詰め(一人半パックから1パック)、別添えでリンゴとニンジンを卸したソースを付けてくれる。それが本当に有り難い。

 これはさっきも言ったが生姜焼きという料理に玉ネギくらしか入っておらず、圧倒的に野菜分が足りていないからだった。だからといって葉物野菜を一緒に炒めたら、それはもう肉野菜炒めだ。姉さんも生姜焼きにはブロッコリーをよく添えていたし、今時分ならポテサラやじゃこ入りのコールスローを添える事も多かった。これも栄養素を考えてと、余れば翌日のお弁当にも使えるからだった。

 皆んなそれぞれ姉さんロスを感じているけれど、アーチャーさんも結構大きなロスを感じているみたいだね。

 

 

 

 部屋に戻った私はアンモナイト柄のパジャマに着替えベッドを直していた。すると廊下からドッタンバッタンと煩い音が飛び込んだ。何だ何だとドアを半分開けて首を出すと、廊下はシーンとしている。凛さんも首を出していて、二人で顔を見合わせて首をひねった。すると今度はどこからか一瞬怒号が聞こえた。自分の大きな声に恥ずかしくなったのか、声は急に消えたのだけど。

 間違いない。声の主はエルマだ。凛さんも不思議そうな顔をしながら、『今の、エルマだよね?』と言わんばかりに、エルマの部屋のドアを指差していた。エルマに何かあったんだろうか? 私は少し心配だった。だからエルマの部屋の様子を覗いてみる事にした。そして凛さんには、静かになったので『エルマがお騒がせしました。お先に休んで下さい』と伝えた。

 それでその後すぐにエルマの部屋のドアをノックした。すると探査魔術で私だと認識したのだろう、ドアの鍵がガチャリと音を立てて外された。それを『許可』だと受け止め、ノブを回して部屋に入った。エルマは勉強机の上のパソコンと睨めっこしていた。お見事なまでにバカみたいに開いたウィンドウをブチブチ言いながら閉じている。どうやらブラクラを踏んだらしい。あの叫び声はそういう事だったようだ。

 漸く片付いたデスクトップのブラウザが開いていたのは某巨大掲示板の不倫・浮気板だった。女子高生がどこを見ていたのだと言いたいが、だけどこういうところにアサシンの仕事が転がっているのも事実らしく、エルマが事業として興信所を立ち上げるまでのこの頃は、単発で探偵業のようなアルバイトや、ハッカーまがいの事を行っている者や、何故か介護士専門学校に通うが者が何人か居た。

 

(だけど、この介護士資格を持つアサシンが、冬木や県、果ては国家に大きな影響を与え、流れを起こす存在になる事を私はまだ知らなかった)

 

 パソコンが得意なエルマがブラクラを踏んだのも、何かの情報を追っていたからだろう。熱くなったらリンクをパンパン踏むのはエルマの悪いクセだ。そんなエルマの部屋はCDラジカセからモーツァルトのピアノ協奏曲第20番が掛かっていた。それも渋い、姉さんがお手本とまで言っていたクララ・ハスキル盤だ。

 エルマはモーツァルトの事はボロカスに言うけれど、彼の遺した音楽だけは好きらしく、普段からよく聞いている。特にマイナー(短調)が良いらしく(メジャー(長調)の多いモーツァルトには珍しい)、ピアノ協奏曲で言えばの20番と24番だ。その流れからなのか、グリーグのピアノ協奏曲(イ短調)やチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(変ロ短調)、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ハ短調)なんかもよく聴いていた。

 クラシック好きなルヴィアさんなら、お国は異なれどグリーグと来れば『ペール・ギュント』でしょうと言うだろうし、姉さんにしてもチャイコフスキーなら交響曲の4~5番を推す人で、ピアノも弾くお二人はラフマニノフならピアノ協奏曲第3番(ニ短調)一択だ。つまりCMで流れたりするメジャーな、自分でも弾ける曲は聞かないのだ。

 そしてこのピアノ協奏曲第3番は『リストの超絶技巧練習曲を延々30分は弾き倒す』ような難曲で、速さと情感を両立させながら楽譜通りに弾けた人は、最盛期のウラディミール・ホロヴィッツだけで、作曲者でピアノ名人だった、当のラフマニノフでも無理だったそうだ(あちらの世界の先代お館様がアメリカでラフマニノフの演奏とホロヴィッツの演奏の両方をお聴きしている。なお、お館様は1850年のお生まれなのでラフマニノフより歳上なのだった。また大婆様はヘンデルやバッハよりも歳上で、ベートーヴェンの第九初演(当然ベートーヴェンの指揮)を当時のお館様とお聴きになったそうだ)。

 だけど『エル様』にピアノを指導したマアエモ様は軽々とこの難曲を弾いてらしたそうで、当然ながら『エル様』もバッチリだ。学園の体育館でシンセやキーボードを積み上げ『タルカス』を弾いたのは伊達ではない。だから姉さんがルヴィアさんを指導したりしていたのだ。そんな姉さんは後年、辻井伸行さんというピアニストのコンサートに何度も足を運ぶようになる。

 なお、その時の灯ちゃんの子守と家の留守番は吉川先輩が行っていた。道場の伯母さんだけでなく吉川先輩のお母さんが、この機会にと育児と家事を手解きしたのだ。だから後年の吉川先輩は、しっかりイクメンになっていた。姉さんの悪いところは、家事炊事に育児を全部時自分でしてしまうところなのだそう。だけど夫婦はそんなものではない。まして吉川先輩はサラリーマンと違い道場の跡継ぎだ。なので自由になる時間はどうにでも出来た。そこを伯母さんとお母さんが『吉川家の悪習を断つ』とばかり立ち上がったのだった。

 またこの灯ちゃんをモデルにした育児には道場主である伯父さんや、お父さんにお兄さん方も夜から参加させたそうで、灯ちゃんをお風呂に入れたのは弘一お兄さんで、受け取って身体を拭いたのは弘二お兄さん、着替えと天花粉は先輩だったそうだ。これは『心構え』を教えた伯母さんとお母さんが偉かったね。だって効果は覿面で、弘一お兄さんも弘二お兄さんも結婚後は無事イクメンになったらしいからね。

 その後、エルマから『お騒がせしてご免なさい』と謝罪があったので部屋をお暇した。

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